石の上にも○○年~物書き志望女のひとりごと -34ページ目

石の上にも○○年~物書き志望女のひとりごと

日常で気になったことや、長い物書き志望歴で思ったことをランダムに綴ります。

5/9の日経新聞で、作家の堂場瞬一さんが書かれていたこと。

「外へ出なくてもできる」

「一日中椅子に座ってパソコンの画面をうんうん唸っているようなイメージ」

作家のお仕事とは、世間からするとそうなるのだろう。で、この外出自粛の中、「原稿が進むこと進むこと」とも。

 

物語を書きたい私としても、このステイホーム週間はまとまった時間が取れそうという意味で期待があった。引きこもり推奨の日々、他の予定が全てなくなったので、創作に専念できるだろうと。

 

ところが、堂場さんのように「進む進む」とはならない。プロの方と比べても仕方ないけれど、パソコン画面に向かってもキーの一つも叩けない。とにかく、まずその前段階の「準備」が大事なのはわかっていた。

 

当然まずアイディア。それを膨らまして起承転結のストーリー作り。調べたいことがあれば資料を探し、それからプロット。ここでエピソードの羅列。キャラ立て、箱書き(シーンごとにエピソードを並べたもの)。私の場合、そこまでできてからようやく「原稿を書く」ことを始められるわけで。(人によっては全く違ったり、他にもルーティンがあったりすると思う)

 

なので、アイディアもない段階でステイホームとなってしまっても、せっかく膨大にある時間が有り余ってしまう。そんなもったいない、とGW前、とにかくアイディアを出しまくった。それぞれにストーリーを一応つけてみた。で、ステイホーム週間突入。

 

ところが、いつも以上に進まない。いや、下手に時間がある分進むのだけど、何か違う方向に進んでいる気がする。ストーリーはこっちへ行くはずなのに、思いの外主人公がヘタレでそうなってくれない、とか。主人公をクールに設定し直すと、友人との会話が成り立たなくてやっぱりストーリー迷走、とか。じゃあその友人とのシーンは不要で別のエピソードを考えないといけないんじゃ? とか。そのたび立ち止まり、プロットに戻ることになる。


直して書き直してまた直す。それでもそのたび何か変、となる。とりあえず書き進んだところまで読み返してみると、まああちこち取っ散らかっていてちっとも面白くない。わあーと叫び、それを全部投げ捨てて違うネタに移ろうか、とやけ気味になる。

 

ええ、確かにパソコンを打つ時間は増えた。例えば「あいうえお」の繰り返しなど中身のない文章を一日中打つみたいな、キーの早打ちのようなことならば50枚くらい平気で進む自信はある。

 

外に出かけない、ということは、何かが急にポッと浮かんでくるチャンスがないということでもある。電車でボーッとしているとき、どこかへ早足で向かっているとき、何かを小耳に挟んだ時。


つまり、書き手が座ってばかりいると創作上の人物も動かない、と。

よく言われる、人物が勝手に動き出すというのは、そういうのが土台になって初めて成る……私の場合。


自分があれこれ動いてみることがアイディアを膨らませる大事な要素だと、そういえば遠い昔に気付いた、なんてことがあったような。

 

あれは確か、物書きになりたいからと仕事を辞めたときだった。書く時間を作ったはずなのに、一日中家にいると何も浮かばない。時間はただ無駄に過ぎていく。

そう、作家さんはただパソコンに文字入力をしているだけではないのです……。今更また同じことを思い知った自分。

 

そんな後悔をこの時期さんざん思い出しつつ、だから必死で作品一つ仕上げた。面白くない駄作だとしても、これをできなくてどうする、と自分の中の何かと戦っていた、このステイホーム週間でした。

 

(了)

 

 

 

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ゴールデンウィークはステイホーム週間。なので今年はほとんど外に出なかった。

 

たまに買い物、散歩くらい。それも朝一番に済ませてしまったので、気候がよくわからずに終わった。そもそも直前が平年より相当寒い春だった。ずっと薄めのダウンを羽織って出かけ、それでちょうどいいかむしろ寒い日もあったのだ。

 

それが、先日外に出たら、暑い。家の中はあまり日が当たらないので気付いていなかった。ダウンなんてとんでもない。日射しは刺すように強いし、ツツジもいっぱい花をつけていて、いつのまにか初夏になっていたのだった。

 

そんなような、このおうち週間で気付いたこと。

 

その1:毎朝毎晩熱を計る日々、思っていたより平熱が低いことを知る。ずっと36.5℃だと思い込んでいたけど、それは若い頃の話。そういえば近年高熱が出たっぽいときしか計っていなかった。年を取ると平熱下がるとの噂、聞いたことはあったが、実感……。

 

その2:水道代、跳ね上がる。請求書、二度見。家族みんなずっと在宅、しかも感染防止対策でやたらに手洗いするため、目を疑う金額になっていた。

 

その3:タオルが常にびしょぬれ。理由は2と同じで、やたらの手洗いで替えても替えてもすぐにそうなる。洗濯する身としてはキーッともなる。

 

その4:ゴミ出しばかりしている。家にいると何でこんなに出るかな、というくらい、料理、紙関係のゴミ。テイクアウトしたものの容器。暇に任せて年末並みに掃除しまくって大量に出た不用品。マンションのゴミ置き場があるのでそちらに出しておけばいいが、とにかく1日1回にとどまらない。どのお宅も同じらしく、いつ行ってもすごい量がたまっていた。

 

その5:ラジオ体操とは、キツイものだったと知る。

運動不足を少しでも解消するため、1日10分のテレビ体操で体を動かすのが日課になった。この番組は、いくつかの運動+ラジオ体操という構成。見本のお姉さんが5人いて、彼女らを必死で真似る私、正直あのように美しくはとても動けない。かつ、子供の頃いかにいい加減にラジオ体操していたかを痛感。お姉さんのやる通りにしっかりやると、回旋にしても伸脚にしても深呼吸にしても、相当ハード。ジャンプに至っては、音楽が余ってしまう。要は跳躍の高さが出ないため着地が速すぎるわけで、1リズムにつきお姉さん達より1回2回多く飛んでいる……。せめてそれが正されるくらいの足腰を作りたい。

 

そして気付けば初夏だった。……と思ったらここ数日は冬に逆戻り。閉じこもっていると季節感がなくなる上にこの気温変動の目まぐるしさよ……。たまの外出時、一体どういう服装が正しいのか全くわからない。今年はたぶんどこへ行っても換気のためにあちこち開け放されているだろうから、その分も読めない。


ああでも、例年のようなクソ暑い真夏は、気付かないうちに終わってくれるとありがたいのだけど。

 

(了)

 

 

 

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漫画家の野間美由紀さんが亡くなった。

 

ツイッターでついこの前まで愛猫や手料理や手芸のことなど普通につぶやいてらしたのに……。ほとんどのコミックスを持っている私には、いきなりすぎてショックが大きい。

 

花とゆめ(白泉社)などに掲載された「パズルゲーム☆はいすくーる」シリーズが代表作だと思う。

 

この漫画は高校生が主人公の学園ミステリだけれど、長く続くうちに、大人になってからの「プロフェッショナル」、中学生時代の「Jr.はいすくーる」、高校卒業後探偵になる前の「プレステージ」、彼らの子供達が主人公となる「NEXTゼネレーション」等、時代を行き交うようになる。

 

私個人としては、職業や舞台が自由に広がる「プロフェッショナル」の世界が特に好きだった。

 

また、もう少しアダルト向けの、宝石をキーにしたミステリ漫画「ジュエリーコネクション」シリーズも私の愛読書だった。精巧に描き込まれた宝石達に毎度毎度見惚れた。ストーリーの中での宝石の使い方も面白く、何度読み直したことか。

 

野間さんのコミックスには、雑誌掲載時は広告欄(翌号の予告など)だったスペースに、読者へのメッセージが細かい字で目一杯記されていた。内容は、ファンレターへのお礼やお勧めミステリや、アイディアを思いついたきっかけなどの裏話。

 

例えば、「パズルゲーム☆プレステージ」PRACTICE4の「証明写真は語る」。主人公が妙なサイズの写真を拾い、調べてみると銃の取得と狩猟免許に使う証明写真の大きさだった――という、胸のざわつく展開。

 

この話は、ご自身が写真屋さんにお子さんのプリントを取りに行ったとき、目にした証明写真のポスターを見て思いついたという。そりゃ私だってそういうのを見たことはあるけど、全くスルーしていた……。

 

「パズルゲーム☆プロフェッショナル」PROBLEM10の「旋律の銃弾」では、オルゴールが出てくる。といっても手持ちの小さなものでなく、大昔の大仰なもの。こういうオルゴールの博物館があることもその欄で知り、足を運んでみたら実際に曲を聴かせてもらえた。現代のレコードやCDとどう違うの? くらいの素晴らしい音色の演奏が再現されるのに驚いたっけ。

 

こういうオルゴールは中に組み込むロールペーパーにいくつもの小さな穴が開いていて、それが巻き取られる際に音を出す仕掛け。「旋律の銃弾」では、そんなオルゴールが曲を奏でたとき、何か変な一音が混じる。その異音は、ペーパーに撃ち込まれた弾丸の穴のせいだった? となり、ええっ、先が気になる! と読むのが止まらなくなるストーリーだった。

 

(余談だが、「プレステージ」はPRACTICE、「プロフェッショナル」はPROBLEM、「はいすくーる」はNOTE、「NEXT」はCONCLUSIONと、章立てが時代ごとに違い、そんな細かいこだわりがまた好きだった)

 

野間さんという方は、作品から想像するに、可愛らしいデザインやアンティークな小物がお好きなのだろうと思う。だから初めはネタとしてではなく、ご趣味の延長としてオルゴールに興味がおありだったのではないか。そこからそんなストーリーを広げていった。証明写真と同じく、普段の手近なところを見つめる目が違う。広げていく創造力が違う。私も面白い物語を創りたいなら、こういう力をつけないとダメだろうと思った。

 

最初は単にストーリーが面白いから好きだった。でも自分が創作するようになってからはお手本に思えた。野間美由紀さんは私にとってそんな漫画家さんだった。

 

本当に残念です。謹んでお悔やみ申し上げます。

 

(了)

 

同じく花とゆめで活躍されていた大好きな和田慎二さんが亡くなったときのショックを思い出しました→「和田慎二さん、逝く」

 

 

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シナリオ学校に通っていた頃、よく言われたことがある。


テレビは時代をリードするものだから、それを頭に置いて番組を作っている。だからドラマシナリオを書くなら、時代性を取り入れることが一つのポイントなのだと。

 

今のテレビは、日がな一日コロナコロナ。見ていて鬱々とした感情しか湧き上がらない。そういうのを何とかしようと、アーチストやタレントがテレワークでつながって励ます番組がどっと出てきた。最初は「おお、こういうやり方もあるか」と確かに時代を感じた。まさにテレビは時代の最先端を進むもの。と、うなずいたのだけれど。

 

正直そろそろ飽きてきた。


ドラマやバラエティは、新しい収録ができないためにコンテンツ不足。その中で「時代感」という使命を果たそうとしているのだろう。けれど、あまりに多いと内容に関係なくどれもこれも同じに見えてきてしまって。

 

テレワークという時代性ある新しい形なのはいい。でも、自宅の壁やらカーテンを背景にした俳優やアーチストは、照明が家庭用のせいか暗いし顔映りもよくない。音声も途切れがち。違う場所にいる多くの人が画面を分割してつながるというのも、オンライン飲み会や在宅勤務と同じで単調。要は、テレビのプロの技が使われていないからか、見る側の素人がやることと大して変わりばえしないように見えるのである。

 

そんな中、そうではない穴埋めもあった。過去の人気番組の再放送だ。私としてはこっちに軍配。

 

例えばTBSの「JINー仁ー」(2009年、2011年)。2クール分を3週に渡って週末で一挙放送してくれた。この録画があればGW後もしばらくはもつ、なんて思っていたけど、一気に見終わってしまった。タイムスリップの医者ものだけれど、伝染病のくだりなんか恐ろしいほど今とリンク。仁先生が未来からタイムスリップしてきてくれないかしら、と本気で思ってしまった。

 

日テレの「野ブタ。をプロデュース」(2005年)もいい。私の好きな木皿泉さん脚本。昨日見た回の、手帳という小道具の使い方など実に上手くて勉強になる。まだ高校生役の亀梨くん&山Pが若くてかわいい。結婚引退してしまった堀北真希ちゃんがいい味を出している。当時ヒットした主題歌も好きだった。

 

同じく日テレ「ハケンの品格」(2007年)は続編が近日オンエアということでの再放送らしいが、鬱憤を発散できる爽快さがある。

 

日テレ(またも)の金曜ロードショーでは、ネットで「観たい映画」の視聴者リクエストを行っている。おとといは「トイストーリー3」を放映していて、以前からこのシリーズ大ファンの私は観入ってしまった。(以前見た感想はこちら→http://baseballdrama.blog18.fc2.com/blog-entry-75.html#more)

 

良作は、時が経っても何度観ても良い。ドラマに限らず、過去のスポーツの名勝負や宝塚の舞台などの放送もある。思わず引き込まれ、気分が洗われる。


時代を先取りするのがテレビの役目かもしれないけれど、こういう不測の事態の時。立ち止まって振り返るのもありな気がする。


ここ何年も、前へ前へ早く速くと追い立てられる感じがしていた。過去の良いものを観直す時間も余裕もなかった。それらからは、必ずパワーなりひらめきなりの何かをもらえるものだと改めて思った。

 

(了)

 

 

 

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このご時世、学校もオンライン、帰省もオンライン、飲み会もオンライン。政府が推奨するものはみんなオンラインで、お仕事も同じく、それがいわゆるテレワーク。

 

私がやっているバイトは、ざっくり言ってしまえば「データ入力」で、このほどその噂のテレワークというやつを初体験した。

 

そもそも紙ベースの物をパソコンに入力する仕事なので、その紙がないとできないんだし、と諦めていた。それがどうにかできるように環境を整えてもらえた。


むろん、一気に在宅へ100%切り替えられるわけじゃなく、出社日もある。でも、たとえ半分の日数でも安心感は全然違う。

 

ただし、割と泥縄的にバタバタとレクチャーされてあとはよろしくね、って感じだったので不安もあった。家で一人で、さてこれから業務開始するぞ、ってときに、「パソコンが会社のサーバにつながらない!」なんてことになったら。つながっても途中でワケわからんフリーズでもしたら。

 

けれどあっさりクリア。意外に何のトラブルもなくサクサク進む。紙分のデータ自体をパソコンに取り込んでもらえたので、それをいつものデータとして入力する形。紙がないのは画面上を行ったり来たりとイマイチやりにくいが、それも慣れるとどうにかなってくる。

 

何より通勤がないのが楽すぎる。片道1時間、化粧や着替えやお弁当などの支度、万が一のための余裕分を含めると、3時間ほどが浮く。


今は電車に乗ること自体が怖いので、それがないとストレスが全く違う。家を出ないのでマスクも節約でき、助かる。平時の時でもラッシュや何かの事故で遅れた大混雑などもあった。その、会社に着いただけで今日の仕事は終わった的な体力消耗とも無縁。

 

「今日は午後から通り雨が」なんて天気予報があっても洗濯物を外に干せて、昼に取り込める。今の時期、それで十分乾く。

 

水筒で持参していたコーヒーも、メーカーで保温したまま、好きな時にカップに注いで飲む。その際のおやつとして、前日にクッキーとかケーキなどを焼いておく。これを楽しみに仕事のテンションも上がる。


気温変化の激しいこの時期、服選びに失敗し、
会社で震えっぱなし、または汗だくなんてことも。あるいは冷房戦争。それもない。こころゆくまで着ぶくれすることも可。


そういえば、オリンピック開催が決まってから、今年の夏の通勤を恐れていたっけ。真夏のクソ暑さには毎年やられ、必ず体調を崩す。それに加え、オリンピックの大混雑に巻き込まれたらと思うと憂鬱で。


世の中にテレワークという手があるということは知っていたけど、まあ自分には無縁だろうと思っていた。でも来年オリンピックが開かれるとしたら使えるだろうと思うと気が楽だ。

 

ただ、通勤は意外に歩数を稼いでいた。それが全くなくなった。でもお菓子の摂取量は増えている。……そういえば私、糖尿病予備軍だったんだっけ……。

 

それに。

 

ビデオ会議だと映像が粗いということに気付いてしまった。そうなると化粧もせず服は上半身だけそこそこ、という技を使うように。元々少ない女子力が落ちるばかり……噂に聞いてはいたが。


物を書くために会社を辞めた大昔を思い出す。テレワークなんて影も形もない時代だったけど、毎日通わなきゃいけない先がなくなり、「わーい」と日がな一日物を書いていた(そのうち書けなくなって心地悪くなったけど)。ほぼほぼ家に籠っていたのは一緒。女子力が落ちたのも一緒。運動不足も食べ過ぎも一緒。


あれから何年? 世の中はこんなに変わったというのに、同じ轍を踏みまくっている自分に、ちょっと唖然としている……いや、喉元過ぎてめっちゃ忘れていたというべきか。


(了)

 

 

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フランスのノトモイツさんという方が、7メートルのベランダを3000往復し、42.195キロを完走したとのこと。


このところの外出自粛で運動不足が懸念される。

 

私の普段の運動といえば、週1のテニスがメインだったのだけど、今は休止。それ以外は柔軟体操、腹筋背筋、腕立てとマエケン体操(肩甲骨を回すやつ)くらいだった。でも「なるべく、できたらやるね」というレベル。


まずいなあと思って、Eテレのテレビ体操を録画し、とにかく毎日のどこかでその10分だけは死守することにした。


他にないかと考えた末、思いついたのはマンションの階段の上り下り。でもこれ、どのくらいの運動になる?

 

今の時代、ありがたいことにスマホに普通に歩数計がついている。歩数だけでもわかれば目安にはなる。

 

何とか自粛前の1日平均5~6000歩は稼ぎたい。階段なら結構いけるだろう、と、マンション最上階までムダに上り、1階までムダに下りる。


けれどこれが稼げない。1往復でたかだか600歩前後ってことに愕然とした。6000歩には10往復しなくてはならない! 体重を引き上げる分、なかなかに負荷はかかるのでかなりへこたれる。おまけに私はよく足を踏み外すので、ものすごく要注意。滑って足でも折って病院行き、なんて絶対ならぬ。


ということで、とりあえず自分に甘く、2往復くらいでよしとする。

 

じゃあ、と、周辺をひとまわり走ってみる。息が切れたところでイヤになり、見ると300~400歩。うーむ、全然足りない。

 

くじけそうになっていたところに、冒頭のノトモイツさんのニュースを見た。フルマラソンに幾度も参加する方だそうで、こんな環境でも42.195キロを走った。ベランダで。


これを、やってみる?

 

うちのベランダじゃ、7メートルもなくて、せいぜい3メートル。ま、3.5あることにして、そうすると単純計算で往復数はノトモイツさんの倍。……6000往復? ……気絶していいですか?

 

そんな壮大な野望は無理だけど、せめて100往復くらいは頑張ってみてもいいんじゃない? というより頑張らないと体力の危機。とやる気を奮い起こす。

 

でも……100往復=3.5m×100×2=700m……目が回りそうな割に距離は伸びない。

 

とりあえず雨なので家の中を行ったり来たりしてみた。けれど、ちまちま端数を埋めるくらいの歩数。景色も変わらないし、飽きるなあ。やっぱりベランダの方が多少なりともやる気になるかも。


しかし翌日は風が強かった。翌々日は寒かった……とかグズグズ。(私見ですが、球技が好きな人種は「走るだけ」とか「筋トレだけ」とかが苦手だと思う)

 

仕方ない、ニンジン作戦。


頑張れたらおやつに自家製のバナナケーキをたっぷり食べよう。(←おうち時間が増えてから作ってみた。うまくできたので再度作る予定)。おいしい紅茶も淹れて。うんうん、それなら頑張れるかも。

 

けどすぐ「食」に興味が向くのもヤバイ。それじゃあせっかく走っても元の木阿弥か、マイナスか。ついでに言うなら、ろくに運動していないのにお酒も飲みたくなる。外に出ないので昼から気兼ねなく飲めちゃうのが怖いところ。

 

やはり検討段階でグズグズしている場合ではない。42.195キロは無理としても、ベランダマラソンを今日から始めよう。始めるべき。始めねば。

 

(了)

 

 

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年度末の恒例なのか、こういうご時世のための激励特番なのか。このところ、テレビで歌のスペシャル番組が多い。懐かしいものから新しいものまで一気に聴けて嬉しい。歌は心を癒すし思い出とリンクするし口ずさめば発散にもなるし。

 

そんなのを見ているうちに気付いた。私の中で、一つ聴くともう一つを思い出すというセットになっている歌がある。今のところ自覚したのは二組だけど。

 

一組は、プリンセスプリンセスの「M」⇔槇原敬之の「もう恋なんてしない」。(敬称略)

 

「もう恋なんてしない」は、同棲していた彼女と別れてしまったらしく「いつもよりながめがいい 左に少しとまどってるよ」とある。


こういう表現、好き。

いつも隣にいた彼女がいなくなったから、その陰になっていた景色が見えるようになった。「寂しい」とは言っていないのにひしひしとそれが伝わってくる。

 

シナリオなり小説なり、こういう書き方をしたいなあ、と思う。

 

「M」でも「あなたのいない右側に 少しは慣れたつもりでいたのに」と、同じような感覚が歌われている。それで私の中で「もう恋なんてしない」とリンクしてしまったみたい。

 

何でいつも男が右で女が左なんだろう、と、そのたびに思うのだけれど。(車道でその並びで歩くと、男が女を車から守る格好になる、というような話を聞いたことがあるけど、私はしてもらった記憶はありません………………)

 

もう一組は、竹内まりやの「駅」⇔寺尾聡の「ルビーの指輪」。(同じく敬称略)

どちらも別れてしまった相手を思い出している歌。


「駅」の出だしは「見覚えのあるレインコート 黄昏の駅で胸が震えた」。おそらく私と同世代なら、その続きもそらで歌ってしまうはず。

 

「ルビーの指輪」は「街でベージュのコートを見かけると 指にルビーのリングを探すのさ」が印象的。これだって歌詞を見ないで歌えちゃう。

 

でも、あまり意味を考えずに覚えてしまえる年頃だった当時は、ただ音とリズムに言葉を乗っけていただけだった。私の場合、カラオケなどであるとき突然「こんな歌詞だったのか」と気付く歌は多く、この二つもそうだった。

 

どちらも失恋相手を思い出すきっかけは、見かけた誰かの着ていたコート。ただそれだけで私の中でリンクしてしまっているようだ。

 

「駅」も「ルビーの指輪」も、まだ元カレ元カノを吹っ切れていない。そしてどちらの歌も、別れてから2年が経っている。

 

何で2年なんだろう。傷が癒えているか微妙な年月だってことなのか……。恋愛経験が豊かではない私には何とも言えないけれども。

 

ただ、この2曲も、とても素敵な言葉選び。未練、心残り、切なさ。そんな単語を使わずに思いが伝わってくる。

 

この二組の歌がそれぞれリンクしたのは、歌詞の内容に似たものを感じたせいもある。でも、物語を書くにあたって、常々思っていることがある。直接的じゃない表現で思いを感じ取らせる書き方をしたい、と。そういうお手本の歌詞だと感じたせいもあるかと思う。


他にもそういったお手本はいくらでもありそう。いい歌、好きな歌の歌詞を改めて見直してみようかな。

 

 

(了)

 

 

 

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このご時世、テレワークという働き方が増えている。けれどそれもパソコンのみでは成り立たないと思う。何かしらの文具は必要になってくるはず。

 

私の場合、書くこと全般について、メインはパソコンでも、いろいろと必要。

 

アイディアメモを書くのは黒ボールペン、日記はシャーペン、気になる新聞記事の単語は蛍光ペンでマーク。原稿をパソコンに打ち込んだらプリントアウトし、赤ボールペンでチェック。修正後更に直したいときは、その同じプリントアウトに青ボールペンで書き込む(紙とインクの節約……ケチケチやってます)。

 

他、消しゴム、定規、クリップ、ホチキス、付箋。付箋は、細長いもの、大型小型、色もピンク水色黄色と数種類使う。そして、パソコンデータをバックアップしておくUSBメモリ。

 

とまあ、最低それだけは筆入れに入れたい。基本的に家での作業だけど、部屋移動やらたまに外、と、どこへ行くにもそれとパソコンさえ持てば完結するような筆入れとしたい……と常々思っているのだけれど。

 

これが20年来満足いかない。どうやっても使い勝手がよくならないのだ。

 

文具売り場や百均にいくと、筆箱コーナーをつい見てしまう。最近は大振りでポケットもあって、ファスナー物でもペン立てのように立てて使えるものもある。

 

私が子供の頃は、「象が踏んでも壊れない」といった売り文句の丈夫なものが主流だった。最近は便利でお洒落なものが増えたなあ、と感心する。ならば今の自分が満足いく筆入れがあるやも知れん、と目を皿のようにして探す。

 

でも、、、

 

持ち歩きに便利なのは袋タイプだろうな……と思いつつ、ファスナーでぐるりと開けなければならないのは面倒。取り出してみないと赤ペンなのかシャーペンなのかわからない。全部出して選んで残りを戻すしかない。そういう風に本作業の前にちょっとでも手こずると、簡単にやる気が削げてしまう……。

 

筆記具というのは不思議で、持ち歩くとペン先が引っ込んでいても蓋がしてあっても、なぜか筆入れの中が汚れる。付箋はその汚れが移るだけじゃなく、角が丸まったり折れたりする。

 

だから、ペン類と付箋は仕切られているとかポケットが欲しい。USBや消しゴムやクリップも分かれて入るといい。できればシャーペンの替え芯やホチキス、糊や修正テープ、ハサミ、カッターなどもうまいこと収めたい。当然、これら中身が見えやすいこと必須。

 

なんていう素敵な筆入れは今のところ見つかっていない。

 

なので、とりあえず家の中では蓋のない缶タイプに並べるようにした。


見える。汚れない。折れない。うん、満たす。


でもあまり大きくなると重たいし落とした時が怖いので、8×18cmくらいの大きさのものに落ち着いている。お洒落とかスマートさにはめちゃくちゃ欠けるが、今のところ一番ストレスがない。

 

でも、それも次第にどうも使いにくくなった。よくよく見れば、いつの間にか山盛り状態になっている。何かを使おうとすると必ずこぼれて苛つく。仕方なく整理してみたら、赤ペンも黒ペンも2本3本、3色ペンまで加わっている。

 

知らぬ間に定規も2つ入っているし、クリップはばらばらと隙間を埋めている。何でなのか、ヘアピン数本やボタン、安全ピン、キャラクターの根付けなんかも入っている。なくしたら困る小さいものをとりあえずのつもりで入れたみらしい自分……。


整理しても整理してもすぐその状態になる。やっぱりこのタイプも私には合わないのか?

 

ああ、ストレスなく使いこなせる理想の筆入れが欲しい。


でもこんなに長いこと見つからないのは、使う人間のせいなのかなあ。ズボラで面倒くさがりで整理下手。それを証明しているのかなあ……。

 

(了)

 

 

 

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2014年を最後に止まってしまっているけれど、5年間ほど映画のブログをあげていた。

 

レビューした映画は244本。

映画館へ行ったものもあればテレビ録画、レンタルで観たものも含む。このブログを書きたいがために、せっせと映画館へ通った時期もあった。

 

(この時分、映画でも観てみようか、でもどれにしよう、と悩んでいる方。ご参考まで→「筋書きのないドラマ、筋書きのあるドラマ」 自分勝手な感想ばかりだけど、一応そこそこ数はあります)

 

映画のブログを書こうと思い立った理由は2つ。

 

1つは、映画はよく観ていたこと。

 

シナリオの勉強を始めた時に「とにかくたくさん映画を観なさい」と言われた。それまではあまり興味なかったのだが、とりあえずレンタルビデオ屋に通い始めたら、ハマった。年平均200本くらいで10年以上は続いたから、延べ2000本超。わあ自分でもビックリ。

(↑気に入ったものは何度も観ているので、その重複も数に入ってます)

 

もう1つの理由は、自分の脳内がよくわからなかったこと。これは少女期から長きに渡っての悩みだった。

 

人の意見に引きずられる。他人の意見がすばらしくて正しく思え、自分が感じたことが間違いの気がする、あるいはわからなくなってしまうことすら多い。

 

でも、物を書くようになって、自分自身がどう感じたかがどれだけ大事なのか痛感した。

本当はそうは思わなかったのに、そうであったかのように錯覚してしまう。すると……書き進むうちに「何か違う」と行き詰まってしまうのである。自分の感覚で書いていない、誰かの上澄みを貼り合わせているだけだから、方向や気持ちがずれていく。

 

だから、その映画を世間の評価ではなく、自分自身がどう思ったのか、どう感じたのかを整理して、正直に書き表そうと思った。ああいう感想の人が多いけれど、私はちょっと違ってこう思ったんじゃない? と、自分にわからせるために。

 

こんなアホな悩み、普通の人はないんだろうな。人一倍物を考えられない、突き詰められない自分が情けなかった。映画ブログを書いて、思ったことを素直に吐き出せるようになりたい。そう思ったわけである。

 

5年。244本。

少しは解消しただろうか。効果はあっただろうか。自分でもよくわからないけれど、一つ一つ考えながら言葉を探し出そうとした作業は、無駄じゃなかったと思える。

 

映画レビューのブログを上げている方は多い。その中で、こんな私の感想にうなずいてくれる方もいたのである。世間の方向と違う、マニアックな物言いにでも、である。

嬉しかった。自分なりの感じ方を流してしまわない癖をつけたい、と思った。

 

物語を創るにあたっても、「自分の感覚」があるなしで、平凡な話でも一味変わる。そう感じる。

 

ちなみに、現在その映画ブログを放置してしまっているのは、そういった悩みが解消したからではない。

 

単に忙しさで映画館に頻繁に通えなくなってきた、2時間をまとめて取るのが難しくなってきた。要は手が回らなってきた……といった理由なので……こんなご時世、おうちでまったり映画鑑賞というのも悪くないかと思っている。

 

(了)

 

 

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いまだ衰えが見えない新型コロナの猛威。予定は仕事以外ほとんどキャンセル、電車やバスや買い物さえも憂鬱な日々。

 

自粛がどんどん生活を圧迫してくるので、家にいる時間が増えた。こんなにゆっくり家にいたのは何年ぶりだろうか……。それはそれでマッタリもするので、この滅入る事態の中、無理やりメリットを考えてみた。

 

1.料理が一品増えた。

家にいる時間が長いので、少し手間をかけてもいいかな、という余裕が出たのである。これは結構精神衛生によい。料理は、メインを火にかけている間にサラダを刻んで、とかの段取りに意外と頭を使うので、余計な思考を追い出してくれる。加えて一品多いことに大威張りできる。(←普段が少なすぎる……)

10何年ぶりかにクッキーなど作ってみようか、などと欲も出始めた。


2.野菜類の冷凍。

これまでもカボチャやニンジン、ブロッコリーなどはよく冷凍してきたが、このたび他にも長持ちさせられる野菜はないか? といろいろ参照。すると、キノコや玉ねぎもOKらしいと知る。主婦として1つお利口になった。(←今更すぎる)

 

3.掃除。

掃除も片付けも、普段は嫌い中の嫌い。だからめちゃくちゃテキトーだった。顕著な例として、買ってから1年以上経つタンスに、しまい切れてないものがまだある(年末もサボった)。今がチャンスと、その一部を引き出しに収めてみた。あら気持ちいい。それに使いやすくて便利。(←そのためのタンスだから)


そもそもその中身は何かというと、薬の類。一つ一つ見てみたら、解熱鎮痛剤が出てきた。ニュースで×と言われていたイブプロフェン……一旦落胆したが、別のも出てきた。そっちの成分にはアセトアミノフェンと書いてある……おお、WHO推奨のやつじゃない? うちにあったのね。いつ買ったのかも覚えてないけど、そのときの私、グッジョブ!


恐ろしいのが、使用期限切れの薬がゾロゾロ出てきたこと。2013年なんてのもあり、未練なく捨てた。おかげでスッキリと整理できた。(←これ、普段からやっとかないとマズイと思った……)


以前海外旅行のために買った除菌シートも見つけた。これ今、お宝でない? 貴重な発見続きに浮かれる。この調子でいくと、現金の2、3万くらいも出てきそう、と期待は膨らむ。(←なかった……)

 

さてタンスの続きを、と思ったとき避難用リュックが目に入った。ずいぶんと前にいろいろと詰め込んだけど、その後放りっぱなし。そっちを先にやるべきか? という気になり、タンスの整理は中断。

 

4.防災リュック。

探ると、期限切れの水や缶詰の他、マスク数枚と手袋が入ってる! おお、快哉! 誰が入れたの? (←私のはず。全く忘れてた)

 

いまだマスクはお店で見かけることがない。消毒液や使い捨て手袋も。ほんの少しではあるが、またもお宝大発見。

 

水や缶詰は買い直さなくちゃならないな、という気付きもあったけれど、とりあえずいいや、ということにする。いざとなればちょっとくらいの賞味期限切れ、どうってことないでしょ。


5.電車賃。

外出しない一番のメリットは、交通費がかからないことか。バイトは定期を買うほどの頻度じゃないので、私用のお出掛けには丸々交通費がかさむわけで。



…………………………とまあ、そんな風に頑張ってメリットを掘り起こしましたが。実際なかなかに実りもありましたが。


料理が一品少なくてもタンスの整理が悪くても冷凍技を知らなくても交通費がかかってもお宝発見がなくてもいい。


とにかくコロナ、少しでも早く収まってくれることを願います。


(了)

 


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