調べ物(19/9/22) | 石の上にも○○年~物書き志望女のひとりごと

石の上にも○○年~物書き志望女のひとりごと

日常で気になったことや、長い物書き志望歴で思ったことをランダムに綴ります。

 物語にしてもエッセイにしても、何かを書くときにはどうしても調べ物が必要となる。

 

 例えば、物語の主人公を日本語教師にしたいと思った場合、学校の環境とか生徒それぞれの国の事情とか、外国人の間違えやすい言い回しとか。実際の日本語教師の方にお話を聞いたり、いろんな書物から引いてきたりする。

 

 エッセイにしても、例えば映画についての感想でも、当然その映画を観なくては書けないし、出演者や監督のそれ以前の作品と比較したくなることもあるから、その知識も欲しい。

 

 何かの名前や事柄をうろ覚えのまま書いて大間違いというスットコドッコイも、私の場合大いに考えられる。

 

 なので、一応誰かの目に触れる物を書くのなら、やっぱり確認したい、調べておきたい、と思うわけである。

 

 私の場合、調べ物が下手くそなので、とっちらかってまとまらないことが多い。めんどくさくなってしばらく放りっぱなしにしたため、読み終えていたはずの資料の内容をすっかり忘れてしまったこともよくある。

 

 なので、資料として選んだ本は、まずさっと一読、とはやらない。とにかく「使えそう」と思うところを、ページ数とあらましをメモしながらトロトロ読むのである。でもそうなると殆どの内容が「使えそう」な気がして、ほぼ丸写し、なんてこともあり、逆に何が何だかわからないメモ書きになったりもする。

 

 これをどうやって整理して使うか、が、私の永遠の課題なのだろうと思う。

 

 調べたことは使いたくなってしまう。だからたくさん調べたら、もったいなくて全てを、つまりたくさんの説明を並べ立ててしまう状態に陥ってしまう。

 

 読者としての自分を考えた場合、こういう本はなかなか読み進めなくて、大体途中で挫折する。説明が多すぎて、気になるストーリーの展開や人物の感情が、その間止まってしまうからである。あくまで読解力の弱い自分の場合であるが。

 

 そう感じてからは、調べたことの3割くらいを使うのがいいのかな、と思っている。というより、「日本語教師の話を書こう」と思ってそれらについて調べ始めるよりは、「言葉のあやにこだわる話」を目指すためには、主人公の職業が日本語教師だとハマリそうだな、だから調べてみよう、という立ち位置の方が自分の場合いいような気がしている。

 

 そして、最近は昔に比べ、ネットで調べられることが多いのが楽。でも 物足りないこともあるし、紙じゃないと頭に入りにくい気もする。


 だから単純なことはネットでもいいが、もっといろいろ深く、と思ったら図書館へ行ってあれこれ物色し、自分の読みやすい資料を見つけたい。でも欲張って10冊ギリギリまで借りても、相性が悪くて結局ほとんど見ない本もある。

 

 そして、以前も書いた通り、「読書体力」が最近急降下している。資料読みの効率は悪く、書き始めるまでにかかる時間は増える一方。焦る時間も増える一方。


 そうすると、書く意欲もどんどん下がってくるので、調べながらざっくりあらましを作る、ストーリーを書き始めながらまた調べる、とか毎回流れが変わる。この辺の案配は試行錯誤だなあ、と思っている毎日である。


(了)

 

                     

 

 

 

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