石の上にも○○年~物書き志望女のひとりごと -32ページ目

石の上にも○○年~物書き志望女のひとりごと

日常で気になったことや、長い物書き志望歴で思ったことをランダムに綴ります。

宝塚ファン歴たった1年弱の、ほぼ初心者の私でもショックだった。2/18に発表された雪組トップ望海風斗さんの退団である。

 

私がハマってからの短い期間にも、星組の紅ゆずるさん、花組の明日海りおさん、と男役トップの方の退団があった。トップでない方の退団もどんどんある。時期はそれぞれだが、みなさんそのように普通に卒業していく。だから、5組のトップの中で今最も上級生である望海さんの退団も、おそらくそう遠くないとファンの方々は覚悟していたはず。

 

でも、ファンの入口に立ったばかりの私ですらこの衝撃……。

 

望海さんの存在感は格別だった。観ずにはいられない、好きにならずにはいられないオーラがあった。つい先だって、オリンピックの聖火ランナーに決まったと聞いて感極まり、そのたった200メートルを見に行こうかと本気で悩んでいた私である。

 

歌、踊り、お芝居、と三拍子そろった素晴らしい男役なのである。初めて望海さんの出演作をDVDで観たのは半年くらい前だけど、その印象たるや強烈だった。たちどころに引き込まれた。その後憑かれたようにいくつか続けざまに観たが、どのお役も計り知れない力強さがあった。

 

「エリザベート」の犯人兼狂言回し、「オーシャンズ11」の邪悪なボス、「るろうに剣心」の仇奴。いやあ、そういう「悪い」奴らを、おっそろしく魅力的に見せてくれて、悪役好きな私はすっぽりハマったのでありました。

 

かと思えば、「ファントム」の孤独な音楽家や「壬生義士伝」の貧しい武士はチャーミングだった。純粋さや家族を守ろうとする愛に溢れていて、それまでの悪役ぶりがウソのような善玉で。振り幅の広い、七色の演技力に再び惚れ直したのでした。


去年のFNS歌謡祭で、ほんの一部披露してくれただけなのに濃い深い闇を広げたトート閣下も素晴らしかった。いつか「エリザベート」の舞台で全部通して観てみたかった。

 

望海さんはトークも楽しい。昔から宝塚オタクで、宝塚が大好きで大好きで仕方なかったそう。少女時代の日記は天海祐希さんへのお手紙としてしたためていたほどという。お芝居でもショーでもその大好きさが伝わってくる。実際ご苦労も多いはずなのに、楽しくてたまらないという気持ちがガンガン響いてくる。そんな方なのだ。

 

「オレは夢を売る男」と彼女が歌い上げたナンバーがある。「オーシャンズ11」での野望に満ちたカジノオーナーの持ち歌である。客にひととき大金持ちになる夢を見させてやるという、汚い金儲けに理屈をつけたものであるから、意味は違う。でも、望海さんは間違いなく舞台上で「夢をくれる男」である。3時間、必ず心踊り震える夢の中へ引っ張って行ってくれる。

 

退団会見の、すがすがしい笑顔がまたとても魅力的だった。寂しいけれど、10月までの舞台と、そして今後のご活躍を楽しみにしたいと思います。

 

(了)

 
 
 

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野村克也さんといえば、私にとってはフルーツサンドの人である。

 

もう10年以上も前になるけれど、何かのバラエティで野村夫婦の1日を追いかけるような番組をやっていた。そのとき妻の沙知代さんが朝食に作っていたのがフルーツサンド。栄養とノムさんの好みを考え、たっぷりスライスしたイチゴやバナナと生クリームをパンに挟み、それをホットサンドメーカーで焼く。

 

これがもう、ものすごく美味しそうでどうしてもどうしても食べたくなってしまい、その日のうちにホットサンドメーカーを購入した私……。

 

が、結局私がフルーツサンドを作ることはなかった。

 

最初にハムチーズサンドにトライしたのだが、この器械、ものすごく細いパンじゃないと入らない。ミミつき8枚切りなんかとても無理。ミミを落としても具材はそうそう詰め込めず、薄いハムとチーズだけでも溶けたチーズがはみ出てしまった。その焦げが器具内にこびりついて洗うのにめちゃくちゃ苦労したため、その後活躍することはなかったのだった……。

 

と、そんな風に家事力のない私、このホットサンドメーカーを使いこなし、更にはノムさんの栄養管理全般に行き届いている沙知代さんを尊敬したわけで

 

ノムさんご本人の話に戻ると、三冠王、プレイングマネージャー、ID野球、ボヤキ、再生工場とキーワードがいくつもある。古田敦也さんや田中将大投手の育ての親としても有名で、それまでの野球の常識を破る数々の素晴らしい実績あふれる方。

 

でもONと同世代だったため、すごい記録やプレイでも、彼らの活躍の陰に隠れてしまった。だから「月見草」と自らを呼んだ。そういう気持ちは大した才能も実績もない私にだってよくわかる。

 

それでも、ノムさんが野球に関してトップオブトップだったことは間違いない。それはファンサービスにおいてもそうだった。

 

ノムさんが楽天の監督をしていたとき、試合帰りのバスに出くわしたことがある。選手達は疲れていたのか、誰も顔を見せてはくれなかった。でもノムさんだけは窓を開け、笑顔で手を振り続けてくれた。

 

そのときの私は相手チームの応援のために球場に出向いていたので、出てきたバスが楽天のものだと分かった途端、一瞬がっかりした。でもその対応に、「ノムさん、どんだけプロなんだ」と心が晴れたっけ。

 

「マー君神の子不思議な子」

ノムさんが田中将大投手をそう評したことがある。でも、ノムさん自身、野球の神様の子供なんじゃないか。そう言ったって、誰も否定しないと思う。

 

今頃は、沙知代さんと天国でフルーツサンドを食べているといいな。

 

心よりご冥福をお祈り申し上げます。
 
(了)
 
 
 

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私の自慢。

それは何年にも渡って投稿し続けた、シナリオ、小説、その数である。

 

乱投稿と言ってもいいくらい、もう数えることも諦めてしまったほどの量。郵便料金だって考えるのが怖いほど。それらのタイトルを並べたExcelの表は、ギッシリ行を詰めた2枚目がもうすぐ終わる。

 

そのほとんどが落選なわけだけど、下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる、こともある。ごくたま~に、一番ではないものの、当選したことも一応あるのである。

 

そうなると慣れないことを頼まれる。

「受賞の言葉」というやつを。

 

とにかく、落ちた量が多すぎるので、賞に残ったという実感が湧かない。夢か妄想かドッキリじゃないかとずっと疑っていた。

 

というようなことをつらつらと書いた。どのくらいの量を落ちたのか、どれだけの年数を物書くことに費やしたのか。何かの手違いで、「入選は間違いでした」などと再度連絡がくるのかも、と不安におののいたり。そのくらい、信じられないほど嬉しいと。

 

そして、授賞式というものにも参加させていただいた。とても和やかに、担当の方や選者の方、他の受賞者の方とお話できて、本当に楽しい時間だった。

 

と、その隙間時間に、こそっと担当の方から言われたのが。

「受賞の言葉、とてもうれしいお気持ちが伝わってきました。けれど、受賞作品はどういう思いを持って書かれたのかも知りたいです」と。

 

はっ……。


全くもって抜け落ちていた。その肝心な部分が。何てこと。物語ならば主題の部分だろう。こんなアホなものを書いて自分は物書きを目指していると言えようか……。

 

授賞式から帰ってすぐに書き直し、速攻で送った。その際、直す前の文章を読み返したわけだが、「受賞までの道のり」「どれだけ落ちたか選手権」みたいなとんちんかんな内容。顔から火が出そうだった。

 

それで思い出したことがある。


小学生の夏休み、読書感想文を書いた時のこと。


何の本かは忘れたが、「その本を読みたくて読みたくて探して探してようやく見つけました。とても面白かったです。おわり」というような内容で出した。先生も何とも評しようがなかったのだろう、ただ丸が一つついていただけだったように思う。

 

その時から全く成長していない……。投稿した数を数えるより、もう少し目を向けないといけない欠点、一つ見つけました……。


(了)

 
 

北海道から九州まで10分で行くとか、砲丸投げ500メートルとか、自分の足で車より速く走るとか。はたまた過去に戻るとか。

 

私が、物理的に不可能=「できない」と思っていることである。

 

「どこでもドア」や「タイムマシン」、あるいはサイボーグ的な技術革新が進み、いずれ夢やSFでもなくなるのかもしれない。でも、今のところはまだ「できない」と思われる。

 

そういう、今のところ、世界の殆どの人ができないだろうことは別にして、個人差でできる人とできない人がいる分野はある。

私の場合、それは「人の名前を覚える」という分野。

 

そういうことに長けた方を、どれだけ尊敬し、羨んできたことか。私は若い頃から物覚えは悪く物忘れは得意。あんまりひどいので歳を取っても困らないと思っていたが、甘かった。そのレベルからでも見事にどんどん悪化するのである。


アーチスト、俳優、お笑いコンビ、アナウンサー。最近の新しい人ならともかく、昔からなじみの、ずっと好きだった俳優名まで出てこなかったときには愕然とした。

 

加えて普段仕事場でご一緒する方の名前まで。いや、直接は関わりがなくあまり話さなくても、社内で顔を合わせたり何かを取り次いだりもするわけで。お顔は存じていても名前が出てこないことが増えて、……ヤバすぎる、と震撼した。

 

が、最近はもう、愕然も震撼もしなくなった。笑顔と話術でごまかしたり、カンペを作って都度都度確認したりでやり過ごす。覚えられないんだから「できない」んだから仕方ない。ま、いっか、と。

 

けれど、こういう「できない」はウソである。最近気付いて更に慄然とした。

 

宝塚にハマって早10か月ほど。花月星雪宙の5組あってそれぞれに7080人が在籍、他に10人ほどのベテランが組をまたいで出演する。そんな大人数の全員ではないが、少なくともそれぞれのトップ、二番手、三番手さん、他目立つ方なら大体わかるようになった。

 

で、そのお名前、元祖キラキラネームとでも言いましょうか、どの方も凝っている。どう読んでいいのかわからない漢字も多い。だから、一般的な佐藤とか鈴木とかよりとんと頭に入ってこない……と思っていたのに。

 

ええ、「好き」というのはめちゃくちゃ強い。覚えちゃいました、この凄まじく物覚えの悪い私が。更にこのキラキラネームは当然芸名で、ジェンヌさんには別にあだ名がある。


例えば、芹香斗亜さんならキキちゃん、月城かなとさんならレイコさん。望海風斗さんならだいもんさん、鳳月杏さんならちなつさん。本名にちなんだり等で芸名とは全く違うことが殆ど。それも……しっかり覚え込んだ。

 

すごいな、私。その気になればできるんじゃん……。

 

そういえば昔、「冬ソナ」ブームの頃、「ビデオとか機械全くダメ!」等と言っていた自称機械音痴主婦達が、ヨン様見たさにめっちゃ使いこなすようになった社会現象があったっけ。

 

「できない」も、うまく人参で釣ってみたら結構そうでもないのかも。

 

(了)

 

 

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初めて飛行機に乗ったのは、学生最後の冬だった。卒業旅行でヨーロッパへ出かけた時だ。

 

正確には覚えていないけれど、直行便ではなくどこかを経由したので、20時間とかかかったと思う。ただでさえ乗り物酔いしがちな私、初フライトがそんな長時間とはかなり酷で、着いた時には灰になっていた。

 

何がイヤかって、離陸の、目の裏から胸の奥のあたりがズレるような不快感。着陸なんかそれが10倍くらいになって、ガガーンなんて衝撃音と共に来るからズレるなんてもんじゃなく、前後上下左右がぶわっとぐちゃぐちゃになるような感じ……。

 

初フライト、それほど気分が悪くて何も考えられなかったのに、ものすごく印象に残っていることがある。

 

隣に座っていた外国人の40代くらいのおばさんである。


晩御飯の時、スチュワーデスさん(=CAさん 当時はそう呼ばれていた)に「fish or beef?」と聞かれ、そのおばさんは「fish」と答えた。が、ほとんど残した。ああ私より気分の悪い人がいる。やはり大量に残した私の罪悪感が少し薄まった。


のも束の間、そのおばさん、何やらスチュワーデスさんに英語でガチャガチャ絡み始めた。「beef」のみが聞き取れた私、まさかと思ったが、果たしてそのおばさんのところにbeefが運ばれてきた。


えええ? 二度注文ありなのか? と思ったが、私にはそんな元気も図々しさも英語力もない。

 

でもそのおばさん、beefも結局ほぼ残した。かと思うと今度は揺れる飛行機に恐怖の悲鳴を上げ始めた。

 

勘弁してくれ。

 

こっちだって気分がすぐれず、食欲もないから眠りたいのに、その後も絶えずスッチーさんを呼び出してはガタガタまくし立てる。

 

そういうもんなのか? 飛行機というのは怖いし気分悪くなるしだから、スッチーさんに当たり散らす頼りまくるものなのか? 

 

と、無理やり目を閉じながら(眠れないけどそのおばさんの行動を見たくない故)グルグル回った思考は、忘れられない思い出となった……。

 

そんな悪印象のせいか、今でも飛行機はあまり得意じゃない。

 

まずあの閉塞感、拘束感にいやあな気分を覚える。座ったが最後、トイレすらなかなか立ちにくい状況。食事や飲み物の提供時間には通路を通れないし、窓は開けられない、絶えず轟音に包まれている。しかも大体長時間である。


降りる順番争いも疲れる。上の荷棚を開けながら通路を確保し後ろをけん制する輩。預けた荷物の受け取りも、1つ目はすぐにコンベアに出てきたと喜んでも、あと1つが延々出てこない、なんてことも多い。グループごとにまとめて出してくれないものかといつも思う。

 

そんなこんなで私には苦手意識の強い空の旅。少しでも快適に過ごせる小技などをお持ちの方、是非教えていただきたいです。


(了)

 

 

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インスタグラムというものを始めて、もうすぐ2年くらいになる。


ちょっと心踊った小物、美味しかったもの、安らいだ景色。そんな写真を撮って投稿するのが結構楽しい。そして、コメントや「いいね」をくださる方がいらっしゃるのがまた嬉しい。


私の方もたくさんの方のフォロワーになり、あちこちで「いいね」を押す。


景色。

~これは外国の方の写真に多いのだけど、あまりにも異文化だったり壮大さだったりに驚き、ワクワクするもの。


~カメラがご趣味で飛び歩いている方の、ご本人も興味津々なのが伝わってくる深みのある情景。


ぬい撮り。

~これはぬいぐるみか、または人形も含むと思うのだけど、あたかも彼らが何かをしているような写真。旅行だったり木登りだったり食べ歩きだったり。ツボな写真がやたらある。


キャラ弁。

~もう、どんだけお料理得意なんですか? 私にも作って欲しい! 毎日こんな凝ったの作れるなんて本当に尊敬します、といった子供のお弁当の写真。


~他にも、売り物にしてくれないかな、といったハイレベルな模様パンや、手作りおやつ。ネットショッピングしてください! の思いを込めて「いいね」する。


喫茶、飲み屋。

~美味しそうなコーヒー紅茶ケーキ、お酒につまみ、お料理。ヨダレが出そうになりながら「いいね」。


こうして書くと、やたらに「いいね」しているようだけど、その手が止まる自分基準がある。


たとえば、私はゆるキャラやサンリオ好きなのだが、ぬいぐるみを支える手が写っていたりすると、その世界に入れなくなって「いいね」できない。


いくら可愛くても頭にかぶる系のものが得意でない。で、この類いもやはり「いいね」しない。


それから、ご本人やお友達の顔出ししているもの。昨今いろいろある事件を考えると心配になり、「いいね」できない。


かといって、何とかアプリで目や輪郭を操作した人物などは、人形みたいに見えて、これまたいいとは思えない。


あとは、雑さが感じられるもの。とにかく撮った。記録した。ノリだけの、通りすがり的な感じがするもの。心が動かない。


写真というもの、以前は現実世界のただの切り取りだと思っていた。

でも、こうして日常的にいろいろな写真を見るようになって、ちょっと感じ方が変わった。


撮った人の感性がにじみ出るものなのだなあと。


丁寧な構図、柔らかな目線、被写体への愛着、優しさ。そんなものが伝わってくる写真がある。多分、写っていないけど感じられるそういう思いが「いいね」を押させる気がする。


自分がアップする写真も、そんな風に大事に何かを切り取りたい、と思うようになった今日この頃。


(了)

 

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最近の年末年始は第九を始め、結構クラシックを聴くようになった。


その度、オーケストラのバイオリンなどの弦楽器に不思議な感覚を覚える。演奏したことがないせいか、とても何かをこすって出しているようには思えないその柔らかい音色が、どうしてもイメージと一致しないのだ。


おそらく音楽や楽器にずっと馴染んでいなかったせい。


ポピュラーでもクラシックでも聴くのは好きだし、カラオケで歌うのも好き。


でも子供の頃は、音楽という物に近付くことに一種の怖さを持っていた時期があった。


小学生のときである。

クラブではないが、放課後に有志で楽隊みたいな練習をしようという動きがあった。親に勧められ、私も参加した。それを率いていたのが音楽の先生だったのだが。


その初日、たぶんコーラスなのかどの楽器を弾くのかの適性を見るためだと思うが、みんなで何かを歌った。私は背が低かったため前の方に並んでいたのだが、いきなり言われたのだった。


「そんなつまらなそうな顔で歌わない!」と。


表情を出すのが苦手な子供だった。今でもあまり豊かとは言えない。で、何度言われても、いや言われれば言われるほど強張ってしまい、「笑いなさい!」などと叫び始めた先生の要望にはますます応えられない。その結果、「あんたなんか一番後ろへ行きなさい!」と、ヒステリックに追いやられてしまったのだった。


今なら、感情がストレートで自分の思うまま口にも態度にも出てしまう方だったのだろう、と想像できる。音楽という専門だから感情が優先するのは長所なのだろうと納得もできる。


けれど子供の私にはあまりのショックで、その有志による演奏活動には二度と参加しなかった。


元々私は音程が不確かで、いわゆる音痴というヤツである。皆の前で一人ずつ独唱するテストなどは、いつも失笑されるか先生に「あら音程おかしいわよ」と言われるか。そんな苦手科目だった。でも嫌いじゃなかった。


けれど、「後ろへ行きなさい!」事件から、音楽に近寄ることが怖くてたまらなくなった。自分がつまらなそうな顔をしていて笑顔をはっきり出せないということもそのときまで知らなかった。それが誰かを不快にさせ怒らせるなんてことがあるということも初めて知った。それがとてもショックだったのだ。


数十年前のことだけど、ハッキリ覚えている。たぶんその先生には日常茶飯事だろうから忘れているだろうけど。


年月を経て、いわゆる厚顔無恥な部分が増えてから、私もボチボチ音楽に近づくようになった。そして何かの楽器ができたら楽しいだろうな、と思うことが増えた。もしも人生の初期に音楽のそういう楽しさを知れば、もう少し自然と「つまらなくない顔」「笑顔」が出るようになったかも知れない、などとも。


音楽は音を楽しむと書く。あの先生の言ったことは、音楽をやっているうちにきっとそうなる、という点では多分正しかった。


でも、楽しいと知る前に笑顔を要求されても、それは順序が逆だったのじゃないかと思う。無理無理笑顔を作っているうちに本物に変わる、ということもあるかもしれないが、そうじゃない教え方をしてくれていたら。


ひとつでも使いこなせる楽器がある。それだけで、きっとたくさんの豊かな思いができた。今から始めても遅くはないだろうが、あの年頃に身につけるのとは全然違う意味合いになると思う。


(了)

 

  

 
 

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福袋の季節。


昔は何が入っているかわからない、というのが主流だった。だから売れ残りをまとめて詰め込んでるんだろうな、どうせ見えないからそれらを一気に在庫処分する気なんだろう、と疑ってかかっていた。


私は昔からそういう疑い方をする性格なのである。

 

けれど、何が入っているのかわからないのに○万円とか出す気がしなかった私でも、今年は買ってしまった。生まれて初めて。


その福袋デビューは、ゴルフの衣料品6点セットである。


何年か前、知り合いの買った袋を見せてもらってからずっと気になっていた。その知り合いはいまだにそれらを重宝しているものだから。


そしてついに今年、私がゲットした中身は、帽子、ソックス、ネックウォーマー、シャツ、インナー、そして防寒アウターの上下。すべて某スポーツブランド物である。


ゴルフをやらなくても普段使いできる、お洒落で機能的なものばかりしかも近年は買う前に中身を見せてくれる。今回、試着までさせてもらってしまった。


正当なお値段と比べると、控えめに見積もっても5分の1くらいと思われ、大満足のお買い物だった。


でも、同じように中身を知らされ、かなりのお買い得、というセットでも手が出ない物もある。


行きつけの喫茶店のコーヒー豆セット。何回か分のコーヒーチケットとコーヒー豆の詰め合わせで、なかなかに魅力的ではある。


でも、これに関しては疑り深さが覆っていない。そのコーヒー豆、売れ残りなんじゃない? かなり古いものなんじゃないの? と。


食べ物の福袋となると、そういう点で衣料品とは違い、二の足を踏んでしまう。結局、正規の値段でフツーのを買います、となって終わった。

 

それでも自分の疑り深い性格、歳と共に大分丸くなってきたんじゃないかとは思っているのだが。

 

中学生の頃、初めて塾に自分でお金を納めに行った日のことを覚えている。確か入会金の4万円。中学生にとっては大金だった。


その封筒を鞄に入れて電車に乗って塾へ向かった。途中誰かに狙われたらどうしよう、と心配で心配で、何度も鞄に手を突っ込んでは確認した。


その何度目かのとき、4万円の袋が指に触らない。鞄を大きく開けたりひっくり返して探したりしたら、周りの人に大金を持っていることがばれちゃうんじゃないか。そう思って姿勢は変えず必死でごそごそ手探り。でも指に触らない。

 

座っていた席で、じわーっと涙が溢れてきた。「お金、取られちゃったんだ……盗まれちゃったんだ」と。


今思えば、どんな奴がどうやったらそんな離れ業ができるんだ、とすぐにわかるはずだけど。疑り始めた中学生の疑念は膨らむばかり。


どいつだ、誰だ、と周り中の大人を一人一人涙目で睨みつけた。みな知らん顔をしている。悔しくて更に涙が出た。塾へ着いたら先生に訳を話さなきゃ、でも信じてくれないかも、と、また疑いは広がる。

 

しかし、結果としてお金はあった。あまりに周りを疑って何度も封筒を触ったため、鞄の奥の奥に入り込んでしまったという、何ともバカバカしいオチ。


今はそれほどのアホではなくなったものの。丸くなってきた、というか常識的レベルに近くなってきたはず、と思いたいものの。


そのとき以来、自分のことが誰より疑わしい。もう○十年、何かあるとすぐにヤラカシテシマッタ、自分のバカバカバカ、と思ってしまう。それがまた次の失敗を呼ぶ。


自分に自信が持てにくい人生を送ってきたのは、他にも理由はあれど、そういう疑り深い性格のせいもあるかも知れないな、とも最近思う……。


(了)

  

 
 

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去年同様、備忘録的に、今年はどれだけの量のものを書いたのかなあと振り返ってみる。


小説①10枚

小説②80枚

小説③200枚

シナリオ①100枚

シナリオ②55枚

小説④30枚

小説⑤10枚

シナリオ③55枚


……といった具合で、長短合わせて小説5本、シナリオ3本。他、このブログを週1更新(毎回2.5枚くらい)。


去年は長短合わせて小説8本、シナリオ3本、他、このブログ。比べると大分ペースダウン。


概ね、どこかのコンクールをターゲットに定めて書いたものだけど、今年は朗報はなし……。


1本だけ毛色が違って、観劇舞台からシナリオ起こしをしたもの。もちろん宝塚の舞台で、ご贔屓さんの出演しているお芝居である。とても勉強になった。→「宝塚にハマり、シナリオを起こす」


今年は去年より書く時間も取れず、書かねばという意志も薄弱だったなあと思っていた。だからこんな結果でも「結構頑張った?」と、取りあえず自画自賛。


ただ、去年はこの時点で、これから形にしようという構想妄想中のものがあった。今年はそれが影も形もない……。このお正月休み、アイディアだけでも幾つか出しておきたいところ。


止まりたくはないので、どれだけ緩やかになっても、来年も書き続けたいと思います。


(了)

 

 

 

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今使っているノートパソコンが9年目に突入した。とても使い心地がいいので気に入っている。


けれどそろそろ、USBの差し込み口が接触不良とかエクスプローラが立ち上がらない日があるとかアダプター繋いでるのに充電されないとか、いろいろと不具合が出てきた。


更にウインドウズ7のサポート終了も近付いてきたので、新しいパソコンを買おうと決意した。

 

昔に比べると随分と安くなったので、結構気軽に「これ」と、今までと同じメーカーのノートを購入。

 

でも、初期設定が面倒なんだよなあ、と、しばらくほったらかして古いパソコンばかり使っていた。いかんと思い、少しずつでも、と新パソコンを設定していった。というより、少しずつしかできなかった。躓きまくりなのである。

 

最初に、マニュアルにアカウントを取れと書いてあるから取った。そのアカウントメールのやり取りをケータイで試したところ、受信は出来るが送信が全敗。


マニュアルは昔に比べて超薄くて、そんな場合の対処法など書いてあるはずもなく、ネット検索に頼る。


それで、結局新たに電話番号などを登録しなくては進まないらしいぞ、という匂い。でも余計な個人情報を入力したくないのでジタバタしてみたが、結局折れるしかなかった。


晴れて送受信ができるようにはなったけど、何か腑に落ちない。こんなこと、9年前も、その前の移行のときも、更にはその前にだってなかった。

 

で、そのNewアカウントでなく、それまで何年も使っていたものを使いたい。その追加の設定がまた……訳わからん。9年前にやったかもしれないが、そのとき一体どうしたんだっけ、とこれまた悪戦苦闘。それっぽい設定を旧パソコンから引っ張り出し、何とか追加、開通。

 

いろいろと所用があったこともあって、ここまで辿り着くのに2ヶ月半。でも後の細かい設定は使いながら追々やっていけばいいや、とまたほったらかして3週間。

 

そろそろデータ移行を本格的にやろうと久々に電源入れたら……えええっ?


OutlookExcelWordPowerPointが立ち上がらなくなっていた! ……どうもソフトごといなくなっている感じ。

 

3ヶ月前にプロダクトキーを入れ、立ち上げて動作確認はした。何でここにきて丸ごと消えてるん!???(怒)

 

もうウンザリ。この新パソコン、見るのも嫌になってきた。メーカーに電話するのも時節柄の混雑でまず繋がらないだろうし、近くのパソコンクリニックへの持ち込みにしても同様。しかも本来フツーはしなくていいはずのそれ。めんどくさいことこの上ない。

 

マイクロソフトのHPからダウンロードしてみようか。それで失敗したらそのときは電話なり持ち込みなりするしかない、と覚悟を決めてトライ。どうせ消えちゃってるソフトなんだから、アンインストールもせずやってみた。

 

……出来た。


でも、途中エラー表示も出ずに画面は固まるわ、今回インストールした奴と立ち上がらなくなった前の奴のアイコンがダブルで出てくるようになるわで気持ち悪い。

 

それでも使えるようにはなった。取りあえずホッとした。


ただ、今後また彼らがいなくなることがあるんじゃないかと疑わしくて気が気じゃない。そのたび再インストール作業なんかしたくない。このまま新パソコンに全面移行して良いのか不安でいっぱいだ。

 

ウインドウズ10になっていろいろと新機能が加わったんでしょうが、あんまり要らない。今までできていたことが確実にできるだけでいいんですけど。

 

(了)

 

 

 

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