GLAY TAKUROさんの言葉(19/10/13) | 石の上にも○○年~物書き志望女のひとりごと

石の上にも○○年~物書き志望女のひとりごと

日常で気になったことや、長い物書き志望歴で思ったことをランダムに綴ります。

 

 SONGSで、GLAYの対談を見た。デビュー25周年だそうで、彼らの初期の頃に撃ち抜かれた私、そんな長いことファンだったのかと思うと、感無量です。

 

 メロディとかビジュアルとか素朴な人柄とか4人の仲の良さとか、好きなところはたくさんあるけれど、一番好きなのは歌詞。

 

 大抵曲調に惹かれ、何度も口ずさんだり鼻歌を歌ったりして、さて歌詞をしっかり見てみようか、となり、読んでみて二度目の感動をするのが常。

 

 何でこんなに美しい言葉を紡げるんだろう。日本語の繊細さや凛とした部分を拾い出し、それがただの羅列じゃなく、鮮やかなドラマを作り出している。構成を見れば、出だしはまず一番のさびで惹きつけ、その後は起承転結で耳を逸らせない。

 

 ……あら。これ、どこかで聞いたことがある話。

 

 そうそう、物書きを目指す最初によく言われることなのである。コンクールに出すときは、最初の10枚が命。そこで審査員に飽きられたらあとは読んでもらえない。だからトップに一番惹きつけるエピソードを持ってこい、と。

 

 そして起承転結。最近はそうでない構成を勧められる事もあるが、基本はこれ。まずきっかけ=起があって、それが発展し=承、何かの化学変化=転、そして結末=結。

 

 まあ、曲だって物語といえば物語だから、基本は一緒なのだなあ、とあらためて思った。でも、GLAYだよ。あの、国民的ビジュアル系バンドだよ? 畏れ多くも同じだあ、なんて勝手に共感を得ていいものか?

 

 と、おののいているくせに、そのSONGSでのTAKUROさんの言葉にまた引っかかった。共感してしまった。

 

今回ニューアルバムを作るにあたり、「メンバーが今心で思っていることを出して歌詞にしよう」と言ったという。

 

売れに売れて露出しまくっていた頃は、彼らも20~30代で、同じ年代に向けた曲を求められていたのかもしれない。自分達の求める方向からすると違和感があっても、そういうものを書かなくてならないという使命感や、そうじゃなくちゃ売れなくなるかもといった危機感もあったんじゃないだろうか。

 

でも今は、若い子に刺さらない歌詞じゃダメ、ではなく、その子達もいつかわかるときが来る、というスタンスを取れるくらいの余裕が持てるようになった、という。

 

彼らはGLAY、国民的ビジュアルバンド。わかってます、私ごときが「同じだあ」とかのたまうレベルじゃない。

でもちょっとだけ勇気をもらえた。GLAYでさえそうなのだ。私が躓いたって全然おかしくない。

 

以前、雑誌で漫画原作をしていたとき、自分の書きたいものが、出版社から求められる方向とずれていた。それでもその雑誌で居場所を得るにはその方向でひねり出すしかなく、それを続けているうちに自分が何をどう書きたいのかわからなくなったのだった。

 

そういうことを考えず、心に思ったことを書く。最近はそう心がけるようになった。それができるようになって、ようやく再び物語を作れるようになった気がしている。

 

ターゲットを考えてそこに刺さるものを作ることができるのがプロなのだろう。でもその前に、自分が何をどう思っているか。それを見失わないのが大事なんだなあ、とTAKUROさんの言葉を受け止めてみた。

 

 しつこいですが、彼らはめちゃくちゃプロです。ちょっとでも「同じ」だなんて思うだけでも申し訳ない……けど、それに感化されて頑張ろうと思えた。そんなファンでいても、いいよね。  (了)

 

 

 

 

 

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