石の上にも○○年~物書き志望女のひとりごと -25ページ目

石の上にも○○年~物書き志望女のひとりごと

日常で気になったことや、長い物書き志望歴で思ったことをランダムに綴ります。

書き終えたものを読み直すと起こる現象。

 

たぶん物語を創作する人はみんなそうだと思うけれど、とにかく必ずあちこち直したくなる。

 

人物の発言なら、言葉尻に違和感があったり誰が言ったかわからないようなベタな言い方だったり、を。

 

地の文ならば、やたらに長くなっている一文や主語が途中で入れ替わっているような悪文を。

 

構成上、この段落はこっちへ持っていこう、このエピソードはもっと後ろがいいかもしれない。

 

そういった直しをガンガン入れたくなるのである。

 

自分が第三者目線となって読んでみると、引っかかる部分、気になる部分、わからない部分がウジャウジャ出てきて、どうにかしたくなってしまうのだ。

 

私の場合、レトリックとか文体とか、高度なテクニックが使えるわけではなく、とにかく読み手にこちらの意図をすんなり伝えたい、という思いだけ。

 

なのだが、これが本当に難しい。

 

自分だけがわかっている独りよがり、説明しすぎ、逆に説明不足、などを何百回何千回見つけてしまっただろうか。

 

そんな豊富すぎる反省も生かせず、今でも同じことを繰り返し、読み直しては直すのだけれど。

でも、そういう内容的な物ならまだいい。

 

誤字脱字レベルの間違いの何と多いことか。

ワープロの弊害と言ってしまえば言えるけど、もちろん笑えない。

 

ときに、ネットで公表している物語に「誤字報告」という項目で連絡をくださる方がいると、神様のように思える。

 

更に、誤字でも脱字でもない、自分の「書き方の悪癖」にも、毎度毎度うんざりする。

 

3行おきに同じ表現を使っている。直した部分に、以前の「てにをは」が残っていて「○○がは」とか「××をに」になっている等。

 

でも、一番多いのが、修飾語の位置が悪くて文の意味がわかりにくいこと。

 

たとえば、先日書いた文だけど。~「鏡にはすっぽりケープをかぶった頭がロットだらけですっぴんの私が映っている」

 

後から読んでみると「すっぽりケープをかぶった」のは、頭なのか私(つまり首から下)なのかわからん状態。

 

言いたいのは「すっぽりケープをかぶった私。頭がロットだらけの私。すっぴんの私」。

修飾語は全部「私」にかかる、ってことを、作者だけがわかっている。読み手に親切でない。数日後の自分が読んでも、多かれ少なかれ「?」が湧く。本当に多いこのパターン。

 

まただよ、といつも思う。どうして最初書いた際に気付かないんだろうと。

 

読み直して直せばいいや。そういう気持ちで最初は勢いを大事にたたき台として書いている。だからいいっちゃいいのだけれど。でも、何度か読み直して修正した後でもこれはある。

 

何度同じことを繰り返すのだろう……少しは学習したい。もっとサクッとスッキリした文書を書けるようになりたい。……けど、やっぱり今書いている話にもまた見つけてしまった……。

 

(了)

 

 

 ↓「降りつもる」がお題の短編です。8分で読めます。

「3時間の落ち葉」 

 

 

 

 

↓「おめでとう」がお題の短編です。7分で読めます。

「誕生日の不幸」 

 

 

↓「復活」がお題の短編です。12分で読めます。

「昭和きんこんかん」

 

 

 

 

 

 

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このコロナ禍において、外出が激減。

 

ウインドウショッピングやら外食やら不要不急っぽいものは取り止め、不要でも不急でもない用事は、ほぼオンラインに置き換わった。

 

その分移動にかかる時間労力が浮いて、わーい、と物語を書く時間に充てるようになった。

 

つまり、座ってパソコンに向かっている。興が乗ってキーを叩く手が進めば進むほど座っている。座って座ってほぼ座りっぱなし。トイレに立つときになって初めて○時間も座ったままだった……と気付くことも。


物語を書く以外の時間もほぼそんな調子なもので、これが長期間続いているのが祟ったか、このほどプチぎっくりになってしまった。

 

飲み物をいい加減に飲み込んだせいで、かなりの勢いで咳込んだ。ちょうどそのとき何かに手を伸ばした中途半端な姿勢だった。ぷちんと音が聞こえた気がした。

 

そして左の腰にずっと痛みの素が居座っている。こいつが、私が立ったり座ったり寝返りしたりするたび「おーいここにいるぞ」と主張してくるのである。

 

元々自分、雑でガサツで横着な性格。だから必要でなければ縦のものを横にもしない。立ったり動いたりも最小限にしたいタイプ。

 

食事を運ぶときも多かろうが重かろうがトレーに乗せまくって一度にすませたい……のに、ちょっとずつ小分けに軽くして何度もマメに運ばないと。

 

布団から出たくないから、普段は目一杯手を伸ばしてポチッとしていた加湿器やら照明やらのスイッチ。今は一度ベッドから降りてちゃんと側に行ってからオンオフ。

 

すぐそこの床に落とした物を拾うときも、きっちり一度立って移動してしゃがんで手に取る。間違ってもものぐさに体を伸ばしまくるだけで取ろうとしてはいけない。

 

雑でガサツで横着な自分、何でも丁寧で細やかに手間暇かけるこんな生活、ストレスフル。

 

このところキツくなってきた寒さのせいもあるだろうけど、やっぱり運動不足からの腰の衰えか。

 

今や省略されてしまったコロナ以前の移動労力、少なくとも1日5000歩は下らなかった。それがこのところ百歩単位にしかなっていない。

 

元々ただ走るだけ、歩くだけ、は嫌いなので、ランニングもウォーキングも続かず。こんな怠け者が1人で日々運動能力や筋力維持のための努力をするのはかなり難しい。

 

思いっきり書く時間が取れるのに、それはイコール座りっぱなし、つまり運動不足&腰痛との戦いになるわけで。

 

以前、小説の書き方を習った学校で、「腰痛の持病があるので」と、立ったまま2時間もの講義をしてくれた作家の方がいた。私とそう年齢は変わらなく見えたのですごい体力だと思ったが、作家さんにとっては腰痛とは職業病に近いのかもしれない。

 

でも、職業でもない自分が、そういう病だけがプロと同じでも、全然嬉しくはない。

 

(了)

 

 

 

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物語を書かない人は「そんなバカな」と思うかもしれないが、書いているうちに「キャラが勝手に動き出す」ことがある。

 

何か事件が起こると、そのキャラらしい反応をする。そのキャラらしいセリフを言い、そのキャラらしく動き回るのである。


ときにはそのせいで、最初に考えていた物語の筋書きが変わっていくこともある。

こうなってくると、そのまま任せた方が話が自然に展開し面白くなっていく、と自分では思っている。

 

で、こういう現象が起こると、書き手はすごく楽。キャラが勝手に物語を引っ張っていくので、キーボードを打つ手がそれを追っかけて行くだけでいいのだから。

 

ところが、これが滅多に起きない。

 

これまで、長編短編小説シナリオなどたくさんの物語を創作してきた。その中で主人公キャラが勝手に動いた実感があるのは、たった1つのシリーズのみ。動いたからこそ自分の中でシリーズに出来たのだと思う。今のところ25話まで書けている。

 

こういう話にしよう、というポイントだけ決めると、その主人公が勝手にああだこうだやってくれて、面白いサブキャラに出会ったり、埋もれていたエピソードを引っ張り出したりしてくれるのだ。

 

そういうときの書き手の気分は楽しくてたまらない。読み返してもあまり直しも要らないことが多い。

 

が、これはごくごくレアなケースで、こういうことを目指してキャラ作りをしているはずなのに、なかなか動いてくれない。


動かないからこちらが適当に「こうしようか」と行動させると、物語が止まったりする。ああでもない、こうでもない、と迷宮に迷い込むことにもなる。

 

そういうときは、そのキャラはまだ「生きる」ところまで行っていないのだと思う。

 

こういう風に滞ってしまうときに思い出すのは、物書き講座等でよく教わる「主要人物の履歴書を書け」ということ。

 

履歴書と言っても、いつどこで生まれてどの学校を卒業し、こういう資格を持っています、とかいう、就活用のとは違う。

 

もちろん、方言が物語に関係するならどこで生まれたかは大事だし、学歴に関する話が展開するなら卒業したのがどんな学校かというのも重要。

 

でも結局、その人の信念を決めるような過去の出来事や両親兄妹との関係、どんな人を何故尊敬しているか、逆に何故恨んでいるか等々のことが作れているかどうか。だと解釈している。

 

で、何か起こった時にこの人どう反応する? と考える。

 

例えば道で犬に会ったら頭を撫でるのか逃げるのか睨み合うのか。上司に怒られたら言い返すのかしょげるのか黙って成果を見せつけるのか。

 

などと細かく作り込んではみるのだが、それでもなかなかうまくいかない。

そして今日も四苦八苦しています。

 

(了)



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漫画家さんの業界で、「年末進行」という言葉があると聞いたことがある。


年末年始は出版社も印刷所もお休みになるので、その分早めに原稿をあげなくてはいけないことを指すらしい。

 

昨年末、私もやってみた。

定期投稿しているコンテストが2週間おきの締め切りを年初に迎えるのと、他1月初めに出したいコンクールがあったので、年末年始の用事が立て込んでいた私は、その分前倒しを計ったのである。

 

これが……キツかった。

 

一番作業時間を食うのがベタ書きなので、まとめて時間の取れる日をそれに当てたい。


なのに、その日までにろくなアイディアも出ない、プロットも膨らまない。

せっかくのまとめ空き時間に、ぼやーっとするしかないもったいなさに焦る焦る。

 

仕方なく、過去作の焼き直しで乗り切ろうと、気に入っていてお蔵入りしている且つテーマが合いそうなストックを引っ張り出した。


で、コンクール規定に合わせて書き直したりしていたのだが……結局制限枚数以内に全く収まらない! と放り投げた。

 

そうなってから、ようやくどうにか形になりそうな新しいアイディアが出る。もうまとめて取れる時間もあまりなく、ものすごい勢いでとりあえず叩き台のつもりで書き上げた。


もう1本の方は何とか焼き直しで枚数もクリアしたので、計2本、年末休み前に仕上がったことになる。

 

おお、やればできるじゃないか。

自主年末進行、成功。


この調子で今後も早め早めにベタ書きさえできれば、大分楽にこなしていける。よしよし、……


なんて思ってたけど、その次のお題からしてまた今詰まっている。やっぱり何も出てこない……


またギリギリになるまでそんな状態で、締切直前にアイディアが出て、ものすごい勢いで書かないと間に合わない……予感がプンプンする……。

 

商業誌に連載をしているわけじゃない。誰かから催促されるわけでも仕事でもないし、マスト事項では全然ない。

 

でも、何というか、それだからこそ、1回飛ばしてしまうと次ももういいか、となって書けなくなってしまう気がする。それがイヤなのだ。


苦しいし面倒だしキツイとは言いつつ、自分で自分に引いたラインは守りたい、というか。

 

以前、知り合いのライターさんが言っていたことがある。

彼女はネットに連載を持っていたが、更新は週1回めどと言われていたそうで。でも、毎日更新していた。だからといって報酬が増えるわけではないのに。

 

何となくわかる。


それをしなくても怒られないし誰も困らないけれど、自分に負けたような気になる……んじゃないだろうかと思う。

 

というわけで、早くひねり出したい、次のアイディア。

 

(了)

 

 

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「100年の友」

 

 

 

 

 

 

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この物語に書いたここのエピソードは、こういう裏付けがある、こんな思いを込めた。

そういう裏話が、書いた話の数だけある。


それはストーリーに大いに関係あることも、全然どうでもいい些細なこともある。

 

例えば、最新作短編「誕生日の不幸」 。

 

私が小学生低学年の頃に、祖父の家になぜか1冊だけあった少女漫画雑誌(当時すでに古本だったかも)。そこに載っていた「誕生日が怖い」という読み切りを思い浮かべて書いた。

 

もうストーリーも作者も忘れてしまって、ネット検索もかけてみたのだけどヒットせず。

でも確か、楳図かずおさんばりの絵で呪い系の話で、怖くて眠れなくなるのをわかっていて祖父の家に行くたび読んだ。

 

……という思いとタイトルしか覚えていないのだが、その感覚を「キモ」として書いてみたのがこの「誕生日の不幸」。

だから元のものとは全然違うだろうし、「怖い」方向も全く異なっていると思う。

 


他にも。

「守護神の選択」

 

 

この作品は、ドラえもんを思って書いた。ドラえもんのように爽やかな児童向けな話とは程遠いけれど。

 

もちろんドラえもんは子供の頃に愛読していたしアニメも好きだった。何も考えず、いいなあ便利な道具、あれ欲しいなあ、みたいなスタンスで読んだ。


たとえば、タケコプターとタイムマシンのうち1つ選ぶとすればどっちにする、とか、絶対欲しいのは暗記パンと翻訳こんにゃくだな、とか。

 

でも最近、知り合いが「いつもドラえもんに頼る前提ののび太が嫌い」と言ったので、目からうろこ。そういう見方もあるんだ、と。

 

というわけで、もしドラえもんが助けてくれることに慣れきったのび太が増長したら。そのことにドラえもんが不満を持つようになったら。という考え方で出来上がったのがこの「守護神の選択」。

暗くて何の救いもない話になってますが。

 


それから、

「お迎え百人出来るかな」

 

 

この主人公は、セルフカバー的な感じで書いた。

 

何年も前、イノシシ的な勢いのある、嫌味でかつ破壊力のある元気な女性を書いたことがあって。彼女のストーリーはその後も自分の中でシリーズとして何作も続いたので、キャラがよく走ったのだろうと思う。

 

自分が書いたヒロインをなぞる感じなのだから、同じように走ってくれるだろうと思ったのが間違い。

その当時の自分が若かった、と痛感したのだった。今の私は、あの勢いや破壊力を書くにはパワー不足になっていて、走るどころではなかった……。

 

それから

「礼状の波紋」

 

 

これは、海のボート事故に居合わせた人たちのその後を書いたもの。

 

よく聞く小話「溺れた恋人と親友のどちらを助けるか」といった話を思い浮かべて書いた。でもそういう選択の話じゃなくて、その人たちがどんな思いでそこにいてその後それがどう影響したのか、が気になって書いてみた話。


書いたものどれもこれもに何らかの、裏話と言うほど大げさではないけど、キッカケやキーみたいなものがある。


要は創作って結構、自分の見聞きしたいろんなことを基にして出てくる妄想なんだな、と思う。

 

(了)

 

 

 

 

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書いているときには気づかない。後々読み返してみて初めてわかることがある。

面白くない……ってことが。

 

これはときどき起こる私の中の現象。

 

そこに分類される完成作の中には2タイプあるように思う。

 

1つは、書くことが惰性になって、何となくいつも通りのルーティンを辿らないと気が済まないから書き上げて見直して仕上げるだけ仕上げた、というやつ。

 

思い入れも共感もないので、出来上がったものが面白いわけがない。書いている途中で気づけよ、と思うのだが、放り出すことができず、とにかく完了させることが目標になってしまっているのである。このパターンは早く卒業したい。というか、さっさと捨てる癖をつけたい。

 

もう1つは、気合が入り過ぎてどうにもぎこちなく、ちぐはぐな出来になっているやつ。


これは結構頑張っただけあって、後から自分で「つまらない……」と感じた時のショックは計り知れない。

 

調べたことを余すことなく使いたくて説明が多い。どうしてもこういう結末にしたいがために強引な展開になっている。だからキャラが変な動きや会話をして、読み手が全然感情移入できない。

気合が入っていただけに、丁寧さを心掛け、考え抜いて書いたつもりだったのに。

 

はあ。

 

まったく力を抜いて、何も考えずに書いた物語の方が面白かった、ということも結構ある。

 

ホント、創作ってわからない。

作者の気合と、作品が面白いかどうか、は比例しないみたい。

 

今は、創作のイロハとか書き方講座とかいろいろと出回っている時代で、その大量な情報に振り回されることもある。

 

それらの「やってはいけない」的なことを考えすぎるよりは、面白ければいい、と思うことにしている。

もちろん、面白さの感じ方は読み手によって違うので、書く自分が面白いと思えればいいと。

 

そういうスタンスで書いているのになあ……

 

自分で面白くない、と思えてしまうとガッカリなんです……。


(了)

 

 

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「考えるヒーロー」

 

 

 

 

 

 

 

 

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物語を創作するとき、私には躓く箇所がいくつもある。

 

何か書きたい、でもネタが浮かばない。そこであれこれ妄想を浮かべてみるところがまず第一弾のカベ。

例えば、最近取り組んだ「復活」というお題。

 

案1.何かで傷ついた主人公が、出会った人や事件をきっかけに元気復活する。

案2.さびれた場所が、こんなウルトラCで活気が復活。

 

というような案以外に、今までどんな復活が印象的だったかを考えてみる。

 

例えば「ターミネーター」という映画では、主人公を殺しに来るサイボーグが何度でも「復活」して追ってくる。

 

昔読んだ「恐怖の復活」という漫画は、古代のミイラが「復活」し、主人公のことをかつて愛した女と思い込んで、追ってくる。

 

とかとか。

 

そんな風に、思いつくことを並べることだけならできるのだけど。

それがなかなかストーリーの形に膨らまないのが躓きの第二弾。

 

その局面でいつも、昔あるシナリオコンクールに向けての公開講座で聞いた話を思い出す。

 

前年に受賞者した方のお話だった。

あるネタを思いついたものの、それが膨らまなくてそのまま寝かせて何年も経った。あるとき、故郷だったか近所だったかの河川の工事があるとニュースで知った。そのことが、そのネタの背景としてつながる!  とピンときた、というのである。

 

その受賞作は映像化され、うろ覚えではあるが、とても深さのあるドラマだなと思った記憶がある。


たぶん、最初に寝かせておいたネタだけで書いたとしたら、あまり新鮮味も実感もないシナリオになっていたんじゃないだろうか。

 

などと勝手に想像。とにかくそのお話がずっと胸に残っている。

 

だから私は、ネタをどう膨らませてストーリーにするかで躓いた時、その方のように浮かんだネタと「つながる何か」を探す。


社会問題でも日々感じていることでも知り合いの面白話でもいい。そこがくっつくと、なるほどようやく物語が始められる気がしてくるのだ。

 

そのためには、ニュースや新聞で時事ネタのチェックが有効に思える。

自分は何に感動し何に怒りを感じるんだろう、といった感情の整理も。

人と話すこと(特に何でもない雑談がいい)も。

それから読書。

あとは過去の経験。

 

そんな中のどれかが生きてくる。その人は暗にそうおっしゃっていたのではないかと勝手に解釈している。

 

でも、最近の時事ネタは暗いものが多く、人との雑談もままならないご時世。感情が動くことも減って、目が悪くなってから読書もなかなか進まない。過去の経験など日毎にどんどん忘れていく。

 

う~ん……この「つながる何か」を見つけられれば、とりあえずは創作が進んでいくんだけどなあ……と、日々苦しんでいる。

 

で、「復活」ですが、こんな風になりました→「昭和きんこんかん」

(12分で読めます!)

 

「つながる何か」が何になったのか、ご想像ください。

 

(了)

 

 

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新年最初に、何とそぐわないタイトル……。

 

でも、つまり、年末の大掃除が、ただの「いつもの掃除のちょっと丁寧なだけバージョン」のつもりが、だんだんノッてきたところで大晦日が終わるというタイムアップ。


そうなると、あとはまあ追々やりゃーいいか、となって、そのうち「ちょっとだけ掃除」すら面倒になる「めんどくさい病」が発病し、おそらく次の年末までやらない……のように重症化してゆく。


年々集中力の発動が鈍く長続きせず消え去るのが早くなる。

 

子供の頃は、トランプやらゲームやら、ボール遊びやお絵描きなど、すぐに集中できたし、一日中でも楽しめた。


勉強のことだけ(やりたくなーいという気持ちを含め)、あるいは部活のことだけしか考えていなかった時期もあるし、就職してからは仕事モードでいっぱいいっぱいだった。

 

つまり裏返せば、それだけを考えていられた。それ以外のことは頭から除外しても、他の人がやってくれたり、後回しにしてもそれはそれでどうにかなっていた、ということだろうと思う。

 

最近思うのは、あることをやりたい、集中したいと思っても、それ以外の様々な雑事に阻まれる、ということ。


自分がやらなかったら他の誰もやってくれない、叱ってくれるわけでもない、でも後回しにできないようなことが年々増えていく。

 

でも自分も昔より無理がきかなかったり、同じことをやるにもスピードがのろくなっていたり。


たとえば病気怪我の治療にも時間を食う。体だけじゃなく精神的ダメージの回復にしても若い頃の倍も3倍も遅い。髪や歯や肌のメンテナンスも必要で。


ああめんどくさい。


また、自分の年のせいではなく、世の中の仕組み上、あれこれめんどくさい時代になっている。

 

何でもかんでもIDとパスワード。いちいち忘れて何度も試したり新たに登録し直したりする。


めんどくさすぎる。。。

 

コロナのせいで外出控えが癖になり、たまに出かけるのさえめんどくさくなってしまった今日この頃。


まあ、めんどくさがりは性分で、子供の頃からとにかく怠け者だった。

 

それでも。

 

そんな私が、もう何年も小説を書き続けている不思議。

小説を書くというのは、ハッキリ言ってとてつもなくめんどくさい作業。

 

アイディアを絞り出す。それをストーリーにまとめる。キャラを作る。構成を練る。背景の調べ物をする。資料を探す。読み込む。ストーリーに落とし込む。たたき台のべた書きをする。それを直していく。直せば直す程もっともっと、となる。

 

どれだけ時間があっても終わらない。

こんなめんどくさいこと、よく続けていられるな、と自分で感心することがある。仕事でもない、強制されているわけでもないのに。

 

ただ、逆に言えば、いくら暇があってもやることがなくならない、退屈しない、ということで。


誰かが言っていた。老後の暇つぶしに、物書きは絶好だと。


これが心底めんどうになって「やーめたっ!」となってしまうとき、自分は気力体力共に完全に老化してしまった、と感じるのだと思う。


なので、まだ元気そうだと自己診断している新年の始めです。

 

(了)

 

 

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年末の恒例の振り返り。今年はどれだけ書けただろうか、の備忘録。もうこんな季節なのか……と、おののきつつ。

 

今年の新作はオール短編小説(8000字=20枚以下)、26本。

他、過去作焼き直しのシナリオ(55枚)、1本。

同じく過去作焼き直し小説(200枚程度)、1本。

 

焼き直しのものはいいとして、2週間に1本のペースで新作短編を書き上げるのは、結構ハードだった。


アイディアが出ない。とりあえずひねり出してもそれがストーリーに膨らまない。どうにかストーリー仕立てにできても面白くない。面白くなくて捨てる。そうなってから突然、全く違うアプローチの物語を思いつく。そしてストーリーにしようと……また始めから繰返し。

 

みたいに、本当にずーっとずっとずっと苦しみながら書いた。

 

結果として気に入っている作品もあるけれど、そんな調子で作り上げたので、いかにも「苦しまぎれ」みたいな、二度と読み返したくない話もある。

 

出来はともかくとして、これはエブリスタという小説サイトで短編のコンクールが2週間おきに開催されているからできたこと。

 

締め切りやお題がないから何も思いつかず何も書けない……という無為な数週間、数か月を過ごしたことが何度もある。それを考えると「苦しまぎれ」でも期限内に完成・投稿を1年間完走できたのは、ちょっと満足感。

 

ちなみにコンクールの結果はこんなに出して、優秀作1本だけ。

 

入賞した他の方の作品をたくさん読んでみて、世の中にはプロでなくてもこれだけのレベルで書ける人達が大勢いるのだ……と肌で感じた。


とにかくみなさん、アイディアが多種多様、筆力もあり、読ませる力も超ど級。

 

楽しんで書いている方、テーマを持って深く掘り下げている方、とにかく書くのが好きだと伝わってくる方、真摯に書くことに向き合っている方。

そういう方々にたくさんの刺激を受けた1年だった。

 

去年までは、他のコンクールにもいくつも応募していたのだが、紙に印刷して郵送という募集に対応するのが面倒になってしまった。


それに、結果が出るまで半年以上かかるものが多いし、ほとんど落ちるので何がどう悪かったとかの反応もわからない。

 

まあ大体締め切り代わりとして応募していたわけなので、小説サイトでそれは満たされるし、印刷も要らないし、結果も早い。フォロワーさんからの反応もあってモチベーションを保つにはなかなかいい。

 

来年も短編のネット応募中心になると思うけど、他に手を広げる気持ちもある。でもとにかく今のペースを落とさず、続けて行けるだけ続けてみようと思う。

 

(了)

 

↓「走り出す」がお題の新作短編書きました。14分で読めます!

「兄貴とブランコとラジオ体操」 


 

↓「もう少しだけ」がお題の短編です。12分で読めます!

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小説なりシナリオなりのコンクールに応募しようとすると、大体が「梗概」をつけろという指示がある。

 

梗概とは、あらすじのことで、これが微妙に面倒。締め切りギリギリに本文を仕上げたとき、まだ梗概書いてなかった! と気づくと青くなる。

 

だから私の場合、この梗概を含め、登場人物表、個人情報一覧等、公募先から指示があるものは、先に作ってしまう。

 

もちろん、本文が出来上がってみて書き始めたときの思惑と変わってしまった部分もあるし、強調したい点が抜けてる、とか気づくこともあって、後から直すことが前提ではある。

 

でも、「直す」のと「全く白紙から作る」のとでは、かかる時間も心の追い詰められ方も全然違う。

 

400字原稿用紙50枚なり100枚なりの応募作を、さっと一望できるように、梗概は1枚~2枚指定のところが多い。

 

その中で、こういう主人公がいてこんなことがあってそれがああ展開してそういう結末になった、との流れを書く。

 

私が注意しているのは、まず登場人物がどんな役割なのかがわかるように書くこと。主人公の邪魔をするのか味方なのかその他大勢の多数意見の代表なのか、等。

 

それから、人物名の読み仮名を振ること。

これは自分が読み手の時、読みにくい名前を正確に読めないまま延々引きずったせいで、最後までその人物に感情移入できなかった悲しい経験に基づく。

 

それと、よく言われるのが、結末までちゃんと書くこと。

 

犯人捜しとか、どんでん返しなど、最後が気になるストーリーは魅力的。だから、さわりである梗概には「……というわけで主人公危うし。さてこの先どうなるか、請うご期待」と煽って終わるものが結構あるのだとか。

 

ワクワクしながら読んでもらいたい、という気持ちはわかる。すごくわかる。とってもわかる。

でも、それではあらすじを添付する意味がなくなる。

 

応募する側からすると、犯人や結末がわからないまま最後までドキドキして読んでほしい、伏線にも気付いてほしい、そして最後に「そうだったのか。いや参った!」と手を打ってほしい、と思う。

 

でも、選考する側からすれば、そうかそうか、こういうどんでん返しがあるのか、とわかった上でそこまでの持っていき方を見たいんじゃないかと想像する。

 

応募作のどんでん返しは、書き手が思うほど読み手を驚かせないものが多いらしい。

だから、エピソードの積み重ねが丁寧かどうか、そこに個性があるかどうか、というのを見るんじゃないだろうか。

 

そして、選考者はたくさんの応募作を読まなくてはならないので忙しい。だからあらすじが魅力的でない段階で弾かれる候補になってしまうかも。雑に書いてしまうと本文に行く前に×と判断されてしまうかも、なのだ。

 

そうはなりたくない。だからとにかく本文をちゃんと読んでもらうための導入として、しっかり書いておかねば、といつも思う。

 

……だから、結構面倒なんだな。

 

(了)

 

↓「もう少しだけ」がお題の短編です。12分で読めます!

「100年の友」 



 ↓「変身」がお題の超短編です。4分で読めます!

「考えるヒーロー」 



↓「『今どこにいますか?』で始まる物語」がお題の短編です。12分で読めます!

↓「結婚」がお題の短編です。9分で読めます! 
 

 

 

 

 

 

 

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