先日見たNHKのドラマ「黄色い煉瓦〜フランク・ロイド・ライトを騙した男〜」では

帝国ホテルのライト館建設に関わって煉瓦造りに携わった人びとを取り上げていましたが、

「帝国ホテル建築物語」なる一冊を読んでみますれば、そこには実にさまざまな人が関わって…とは

考えてみれば当然のことながら、実に興味深い話が展開しておりましたですよ。

 

帝国ホテル建築物語/植松三十里

 

まずもってプロローグで登場するのは明治村関係の人たち。

建築物語であるどころか、ライト館の明治村移転に絡む仰天もののエピソードが語られるという。

言われてみれば「なるほど!」ながら、大正時代の建築物であるライト館を何故に明治村に?ですな。

 

背景としてはアメリカとの関係を良好に保って、小笠原・沖縄の返還を実現したい佐藤栄作首相が、

訪米した折の記者会見でアメリカの記者からフランク・ロイド・ライトの設計による帝国ホテルの建て替えに関して聞かれ、

「保存します」と言ってしまったことが発端であるということでして。

 

しかし、大正時代の建物を明治村に移すという、その年代差の問題は建築の違いにあることが

果たして意識されていたのかどうか。明治村関係者がびっくりしたのも当然と思われるのは、

明治期の建物は擬洋風建築でもって外見が煉瓦や石でも芯の部分は木造であると。

これに対して大正時代に造られたライト館はばっちり鉄筋コンクリートですので、

木造のように解体して組み直すことができないわけですね。

 

結果的に苦肉の策として取られたのは「様式保存」という形。

要するに、見た目の様式はそのままに一から建て直すということですので、

基本的に明治村の建物は移築されてそのままに保存されるものながら、

ライト館はほかの建物とは異なっているということなわけなのでありますよ。

 

と、ここまでのお話ライト館の明治村移転に関わるプロローグとエピローグの部分でありまして、

肝心なのはその間に挟まったホテル建築の物語。フランク・ロイド・ライトはもとより、

彼に心酔する建築助手の遠藤新、創造性を発揮させてもらえないと嘆くもうひとりの助手アントニン・レーモンド

建築の遅れにやきもきするばかりのホテル支配人・林愛作、経営者として怒り心頭の大倉喜八郎などなど

登場人物たちがいずれも個性全開で建築に関わっていくのですなあ。

ときには誰もが足を引っ張っているようでもあって、建築は遅れに遅れる…。

 

先に見たドラマで、久田吉之助がいっかな黄色い煉瓦を納品しないことにホテル側は業を煮やしますけれど、

ライトのこだわりで柱一本建てるのに何度もやり直しが繰り返されるところを見る側からすれば、

(もちろん単なる柱でなくして、ライトなりの意匠を凝らしたものではあったのですが)

久田がライトを騙したとか言ってられなくもなるような。いずれも職人魂のようなものだとするならば、です。

 

ところで、先のドラマではひどく印象悪く描かれていた牧口銀司郎というホテル差し回しの職員。

ひたすら久田に食ってかかって…という印象で、なにごとも効率よくというビジネスマンでもあるかなと思ったものですが、

実はこの人、本書によれば相当な苦労人であったのですなあ。

 

帝国ホテル出入りのクリーニング屋の奉公人で、丁寧な仕事ぶりが認められ、

林愛作にホテル直営のクリーニング部門を任されることに。

丁寧な仕事には誰もが感心するもので、帝国ホテルが外国人客から高評価を得たのも

牧口のいるクリーニング部門があったればこそてなこともあるようで。

 

それが全く畑違いの役回りながら常滑に派遣された部分だけを切り取ると

ドラマのような描き方になってしまったということでありましょうかね。

 

そんな常滑がらみのエピソードの他にも、

帝国ホテルの建物を覆うのは黄色い煉瓦ばかりでなく大谷石でもありますので、

その大谷石採用となる流れ、そして大谷石の石工たちとライトたちのやりとり、

このあたりも見どころならぬ読みどころでありましょうか。

 

大正といっても未だ江戸の気風を残す頭と職人たちは、さながら北関東の博徒の親分子分といったところかと。

血気盛んな一面とは別に「男心に男が惚れて」じゃあありませんが、いったんライトの才を見抜けば

とことん協力してやろうという気概にあふれているのですよね。

 

とまあ、まとまりのない紹介になりましたですが、帝国ホテル・ライト館建設の発端から明治村移転まで

実に興味深く読んだのでありました。詳しくはもちろん、本書をご覧くださいまし。とても読みやすいですよ。