前回は飽和脂肪酸が悪玉なのかどうか、検証しました。
飽和脂肪酸と長寿に関する仮説
飽和脂肪酸の特徴は、身体の中では、活性酸素の影響を受けません。
活性酸素の影響を受ける脂肪は、炭素の二重結合がある不飽和脂肪酸だけです。
人間を含めた生き物の寿命は、身体の大きさで決まるわけではありません。
そのいい例として、ゾウの寿命が約70年に対し、人間はゾウより小さくても、約80年の寿命があります。
身体の中で、いかに活性酸素の影響を大きく受けるかで変わってきます。
活性酸素の影響がどう寿命に影響するのか、ある仮説があります。
仮説の名前を、膜ペースメーカー理論といいます。[1][2]
ここでいう膜とは、細胞膜や、カルジオリピンと呼ばれるミトコンドリアの内膜のことです。
ミトコンドリアとは、僕たちが動く原動力となるエネルギーを作り出す小器官です。
僕たちの細胞やミトコンドリアは、アミノ酸とリン脂質と水から出来ています。
リン脂質は、脂肪を材料にして作られ、膜と呼ばれる疎水性のある境界を形成します。
このリン脂質が、飽和脂肪酸由来なのか、不飽和脂肪酸由来なのかで、活性酸素の影響を受けやすいかどうかが変わってきます。
ネズミが属するげっ歯類は、人間と比べると寿命が短い動物です。
マウスの寿命は1〜3年といわれていますが、ハダカデバネズミだけは例外で、30年もの寿命があります。
ハダカデバネズミを調べてみると、リン脂質中のPUFAが少ないことが分かりました。[3]
貝類の研究では、長寿の貝は短命の貝と比べて、ミトコンドリア内膜での活性酸素の影響が少ないことが確認されています。[4]
牛やワニの腎臓を使った実験でも、膜ペースメーカー理論が支持されています。[5]
反対に寿命が短くなる要因として、ミトコンドリア内膜のカルジオリピンが活性酸素によって酸化し、損傷することにあります。[6][7]
カルジオリピンが酸化すると、ミトコンドリアが損傷し、更に活性酸素を発生させて、組織が損傷していきます。[8]
心血管疾患におけるミトコンドリア活性酸素の増加は、カルジオリピン酸化の増加と関連していることが示されています。 [9]
また、PUFAがリン脂質に蓄積し酸化することによって、細胞死に関わっていることが指摘されています。
その酸化をブロックすると、ミトコンドリアから発生する活性酸素や脂質過酸化、細胞死から保護されました。[10]
必須脂肪酸は身体の中で合成できる
必須脂肪酸は、身体の中では合成出来ないとされていました。
しかし驚くべきことに、身体の中で合成が出来ることが確かめられています。
緑黄色野菜に含まれる不飽和脂肪酸からオメガ6のリノール酸[11][12]、オメガ3のリノレン酸[12]が合成できます。
また、肉類に多いアラキドン酸からオメガ6のリノール酸[13]、
エストロゲンというホルモンからオメガ6とオメガ3が合成されます。[14]
つまり、ジョージ・バーが提唱した必須脂肪酸という定義すら怪しいということです。
では最後に、必須脂肪酸の意味を違う視点から考えてみましょう。
まとめ
必須脂肪酸の定義は、
- 欠乏すると障害が出る
- 体内で作ることができない
- 身体の中に少ない
ということになっています。
- 欠乏すると障害が出る
に関しては、①でお伝えしたように、ビタミンやミネラル不足で障害が起こりました。
- 体内で作ることができない
に関しては、前述したように身体の中で合成ができます。
- 身体の中に少ない
に関しては、身体の中にたくさんあると酸化して害になるから、身体がわざと少なくしている。
というように考えられるのです。
今の物質主義の世の中は、足りないから入れる。という考えが大きく根付いています。
これは必須脂肪酸だけではなく、必須栄養素と呼ばれるものも同じです。
油のこと②でもお伝えしたように、僕は生き物や人類が生きてきた歴史から紐解くというのが大切だと考えています。
これだけ長い歴史を生きて繋いできたのに、必須脂肪酸というのは、これまでの歴史を否定していますし、今更感があります。
現在では確かに、人間の寿命は伸びてはいます。
しかし、寿命には様々な交絡因子があります。
例えば、昔と今を比べると衛生環境は格段に良くなり、外科的な手術も向上していますし、食べ物が手に入りやすくなっています。
昔の人は寿命が短かったから、必須脂肪酸や必須栄養素が大切だと思うかも知れませんが、
百歳長寿が多い沖縄の伝統食は、現在の栄養学では信じられない食べ方をしています。
病気を予防したり、老化を予防するなら、先人たちが食べてきたものにヒントがあると考えています。
今回は何回にもわたって必須脂肪酸についてお伝えしました。
今後も油については様々な文献を紹介していきます。
【関連記事】
【参考文献】
[1] On the importance of fatty acid composition of membranes for aging.
J Theor Biol . 2005 May 21;234(2):277-88.
[2] The links between membrane composition, metabolic rate and lifespan.
Comp Biochem Physiol A Mol Integr Physiol . 2008 Jun;150(2):196-203.
[3]Membrane phospholipid composition may contribute to exceptional longevity of the naked mole-rat (Heterocephalus glaber): A comparative study using shotgun lipidomics.
Exp Gerontol . 2007 Nov;42(11):1053-62.
[4]The Relationship between Lifespan of Marine Bivalves and Their Fatty Acids of Mitochondria Lipids.
Biology (Basel) . 2023 Jun 9;12(6):837.
[5]Membrane lipids and sodium pumps of cattle and crocodiles: an experimental test of the membrane pacemaker theory of metabolism.
Am J Physiol Regul Integr Comp Physiol . 2004 Sep;287(3):R633-41.
[6]Mitochondria-targeted plastoquinone derivatives as tools to interrupt execution of the aging program. 1. Cationic plastoquinone derivatives: synthesis and in vitro studies.
Biochemistry (Mosc) . 2008 Dec;73(12):1273-87.
[7]Oxidative phosphorylation and aging.
Ageing Res Rev . 2006 Nov;5(4):402-33.
[8]Cardiolipin as an oxidative target in cardiac mitochondria in the aged rat.
Biochimica et Biophysica Acta. 2008;1777(7-8):1020–1027.
[9]Tobacco smoking induces cardiovascular mitochondrial oxidative stress, promotes endothelial dysfunction, and enhances hypertension. American Journal of Physiology. Heart and Circulatory Physiology. 2019;316(3):H639–H646.
[10]Phospholipids with two polyunsaturated fatty acyl tails promote ferroptosis.
Cell . 2024 Feb 29;187(5):1177-1190.e18.
[11]The synthesis and metabolism of hexadeca-4,7,10-trienoate, eicosa-8,11,14-trienoate, docosa-10,13,16-trienoate and docosa-6,9,12,15-tetraenoate in the rat.
Biochim Biophys Acta . 1968 May 1;152(3):519-30.
[12] Synthesis of linoleate and alpha-linolenate by chain elongation in the rat.
Lipids . 1995 Aug;30(8):781-3.
[13] Apparent in vivo retroconversion of dietary arachidonic to linoleic acid in essential fatty acid-deficient rats.
Biochim Biophys Acta . 1986 Sep 12;878(2):284-7.
[14] Effects of menopausal hormone therapy on erythrocyte n-3 and n-6 PUFA concentrations in the Women's Health Initiative randomized trial.
Am J Clin Nutr . 2021 Jun 1;113(6):1700-1706.
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