ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート -25ページ目

ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

クラシックの本場ヨーロッパで職人として働いている技術者の視点で弦楽器をこっそり解明していきます。
お問い合わせはPC版サイトのリンクかアメブロのメッセージから願いします。

こんにちはガリッポです。

日本の感覚からしたら驚くようなこともあります。先日は弓が折れたというので電話があって今は予約制で来てもらっています。電話ではよくわからないので持ってきてもらうのが一番です。見ると先端が折れていて、弓としては終了です。
欲しい人がいれば価値は全くゼロということはありませんが、演奏に使用できる弓として販売することはもうできません。

接着剤でつけることも試してみることはできます。しかしどれだけ持つのかわかりません。うちの店では接着した弓は販売はできないけど試奏用に使っていたりします。そうすると誰もが欲しいという弓がありますが、残念ながら売ることができません。
意外にも20年くらいは持っています。

今回は取りあえず接着することになりました。

高価な弓で保険にも入っていなければ大きな損害になるわけです。
しかし聞くと2万5千円位のヴァイオリン弓だというので最悪の不幸とは言えないでしょう。
更に話を聞くと、この先音大に進学するという事を言っていました。
日本人の感覚からすると音大を目指している高校生が2万5千円の弓を使っているというのは信じられませんが、楽器も同様にとても安価な量産品でした。

師匠も慌てて、もうちょっとまともな弓の良さを分かってもらうために修理の間に使うように弓ケースに入るだけの弓を貸し出していました。自動車で言えば代車です。

日本人からすると呆れるようなことがあります。子供の教育にお金をかけるという概念が無いのです。
大学なども無料に近いものです。それでも費用が掛かって学生がデモをしているくらいです。日本で学費削減を求めた学生デモなんて聞いたことがありません。私が東京の大学に行っていたころも学生運動の残党は他の学生のことなど考えていませんでした。大人の政治家と同じです。支持されるわけがありません。


それに対してアジア系の保護者は全く違います。まず一流の先生に習わせようとレッスン料を惜しみません。そこまでは日本人と変わらないでしょうが、なぜか楽器にはお金をかけずレンタルの楽器や弓を使います。レンタルの楽器を借りて行って、音が悪いと文句をつけてもっと良いものに交換させようとします。弓などはかなり使い込んでから交換を要求してきます。次の人に貸すための毛換えの代金だけでも赤字です。

レンタル用の楽器はインターネットや総合楽器店で安いものを買うよりはずっとましな品質なものですが、あくまで「演奏が可能」ということを専門家として保証しているだけです。弦楽器専門店でなければそれすら危ういのです。音については欲を言ってもらっては困ります。ヴァイオリンと弓とケースと肩当や松脂などすべてついて月に2000円くらいですから。肩当やあご当てなどは違うタイプのものを選ぶこともできます。

音が良いものが欲しいなら買ってくださいと押し問答で大変です。
アジア系のお母さんのアグレッシブさはすぐにお金を払ってしまう日本人とは全然違います。


本当の音が良い、値段に見合った楽器や弓なら高いものを買っても良いでしょう。

チタン製のテールガット


しばらく前にテールガットについて触れました。業者に注文する用があったのでついでにチタン製のテールガットも発注しました。
その時は、スチールのテールガットは音の強さが期待できるものの、細すぎてナットに食い込んでしまうのが問題だと指摘しました。チタン製のものはずっと太く圧力が分散することでしょう。

メーカーは中国の企業です。値段は通常ヴァイオリン用のプラスチックものが、200~300円位のものです。チタンのものは2000円くらいします。通常の10倍なのでとんでもない高価なものです。
カーボンやケブラーのもので600円位です。
なおかつ中国製で2000円というのはかなり高い気がします。とんでもない粗悪品であれば「騙された」ということになりかねません。

見た目は悪そうではありません。仕組み自体は単純なものです。

プラスチックのものから交換しましたが、ネジの部分の直径が大きくてテールピースの穴に入りませんでした。ドリルを使って手動で穴を大きくして入れました。テールピースの干渉する部分を少し削りました。
多少の加工が必要になる場合があるということです。

このような工具を使えば手動で穴を大きくできますが、問題はドリルの方を0.1mm刻みで揃えると相当お金がかかります。2.4mmで行けました。しかし一度に大きく穴を広げようとすると割れてしまうかもしれません。まず2.3mmで様子を見てから2.4mmのものを使うとテールガットが通りました。



私が2010年に作ったヴァイオリンで試してみました。もともとプラスチックのものを弾いてから、音を忘れないようにできるだけ急いで交換しました。

明るく輝かしい音に変わったと言えるでしょう。つまりスチール弦の様な音です。
G,D,Aについてはよく鳴るようになった感じがします。E線は鋭くなる方向なので一般的にはマイナスの効果でしょうか。
全体的に鳴りが良くなる代わりに、高音はきつくなると考えたほうが良いでしょう。
したがってケースバイケースです。
E線はうちでは柔らかい音を好む人が多いですが、もっと強くもっと強くという人や文化圏もあると思います。人間というのは周囲の人の価値観に影響されるものです。その場合にはE線もプラス効果になることでしょう。

私は特に明るくしたいという希望はありません。ただし響きが多くなった分だけ明るい音になっています。さらに数日後にもう一度弾いてみると、もともとの楽器のキャラクターの音が正反対になるとほどの変化ではないようです。ビフォーアフターで明るくなったと思っても客観的にはそれほど明るくなってはいないということです。
しかしよく鳴る感じはします。
そのヴァイオリンは普段弾いていないので寝ぼけていたような音が目が覚めたような感じになりました。


このチタンのテールガットは有名な弦で言うとエヴァピラッチの様な音です。エヴァピラッチも好き嫌いが分かれる弦ですから、これも好き嫌いがあるはずです。

エヴァピラッチは音量が増すとかよく鳴るという印象を受けやすく人気の出た弦です。それ以降も各社さらにそれを超えるような弦を研究していますが、手放しでほめられるようなものは難しいです。

使っている人は多くありませんが、現代の高級スチール弦もあります。例えばピラストロのフレクスコア・パーマネントなどがありますが誰も知らないでしょう。
スチール弦はあまりにもナイロン弦とは音や使い勝手が変わりすぎるかもしれません。それに対してテールガットを金属にするだけならそこまで大きな変化はないでしょう。

そういう意味では面白いものです。
しかし誰にでも音が良くなると薦められるものではありません。それならまだカーボン系のもののほうが良いでしょう。

なぜこのような音の違いが生じるのかはわかりません。チタンは軽いから音量が増したと考えるのはおかしいでしょう。
重さは測っていませんが、スチールで同じ直径なら軽くなるとは思いますが、金属の中では軽いというだけです。ましてやこれは合金であってチタンそのものではありません。中国メーカーですからチタンがどれくらい含まれているかもわかりません。

はっきりわかる違いは、弦を張ったときの「伸び」です。

通常のプラスチックのテールガットは弦を張ると伸びて思ったよりも長くなってしまいます。一つは形が馴染んでいないので引っ張られると長くなるというのもありますが、材質自体も伸びると思います。伸びた場合はねじを締めて短くすることができますが、すべての弦を一度降ろさないといけません。この時魂柱がゆるければ転倒してしまいます。

カーボン(炭素繊維)やケブラーのものでも思ったよりも伸びます。詳しいことは分かりませんが炭素繊維やケブラーもそれ自体は化学繊維です。引っ張られるとかなり伸びます。
これらはネジはついておらず結んで止めなくてはいけません。この時弦を張る前と後で予想以上に伸びてしまいます。
正しい長さにするためにはナットの部分であまりをゼロかマイナスにしなくてはいけません。無理やり引っ張って何とかナットにかかるくらいです。

もっと昔はガットが使われていました。これも伸びます。バロックヴァイオリンでは今でも使いますが伸びてしまいます。

これに対してこのチタンのテールガットはほとんど伸びません。伸びたかどうかわからないほどです。
弾力や伸性は素材の性質として大きな違いがあると思います。

私は昔洗濯機の脚の下に大きなゴムの塊を置くとずいぶんと静かになった経験があります。弾力のあるものは特定の音を弱める効果があると思います。もし音が鋭くて嫌ならプラスチックのものを使えば良いわけです。

一方で前回話したように、新作楽器が全然鳴らないという場合にはその問題をある程度解決してくれる効果があると言えると思います。

カーボン系はその中間でしょうか?
直接比較していませんが、音は明るくはならないと思います。プラスチックよりはダイレクトで強い音になると思います。

材質と音

この前はオーディオの話をしましたが、オーディオの世界、特にアナログの世界では材質によって音が違うことは当たり前のことです。たとえばスピーカーを設置するときの台の材質によって音が違うということです。私も高校生のころ初めはコンクリートブロックを使いました。それから木製のものに換えました。コンクリートなら石の様な音がするし、木製なら木のような音がします。鉄製なら鉄のような音がするでしょう。鉄のスタンドを作っているメーカーは鉄っぽい音にならないように研究を重ねて製品化するのです。オーディオの趣味では常識です。
スピーカーの下にはがたつかないためにクッションを挟みます。ゴムとかコルクとか金属や木製の物あります。素材ごとに音が違うわけです。
東急ハンズに行っていろいろな素材を買ってきて試すなんてのはよくあることです。
ちなみに会社用のサブウーファーには黒檀で作りました。硬い木材なら、ゆるくなりがちな低音がガチっとするからです。表面にセロテープを張ると少し澄んだ音になるようです。その下は石の板です。棚に布を重ねて石板を置いて黒檀のスペーサーを挟んでサブウーファーを置いてあります。私にとっては黒檀はそこら辺にある素材です。

オーディオ用のケーブルもそうです。
銅線にはしなやかなものと、硬いものがあります。しなやかなものは音も柔らかく硬いものは硬い音がするものです。絶縁体として使われている外側の樹脂製の被膜も硬いものは引き締まった音になり、柔軟性のあるものなら柔らかい音になるというのは一般的な傾向です。製品によって音が違うのは事実です。

同じことはチェロのスチール弦にも言えます。
最新の高級チェロ弦はスチールとは思えないほどしなやかになっています。耳障りな音のするものは硬いです。

弦メーカーはそのような素材を吟味して製品を作っているわけです。

カーボンというものは専門家ではありませんが、F1の車体を作る様子が本に出ていたことがあります。初めは布のようなしなやかなものを型に貼り付けて行って専用のオーブンで焼くとカチカチになるという物でした。
カーボン製のヴァイオリンも試したのはそのようにとても硬いものでした。厚みは2mmくらいしかなかったと思います。
テールガットに使われるのは焼いていない柔らかいものです。

カーボン製のヴァイオリンは木製のものに比べると音は強い音がしますが、柔らかい音ではありません。現代のユーザーはとにかく強い音を求めているのでカーボンの音の強さに魅力を感じるかもしれません。
しかし柔らかさを求めると難しいです。どうやって柔らかくするかです。
例えば周辺をゴムやプラスチックのようなものでクッションを付ければどうかとかいろいろ考えられます。つまりハイブリッドです。
単独で理想的な素材があればそれが最高でしょうが様々な工業製品では他の材料と組み合わせることで製品として成立しています。

そういう意味ではカーボンは最高の素材とは言えないでしょう。
弓の場合には当初はカーボンで弓が作られましたが、とても軽くて持った感じがあまりにも木製のものと違い過ぎました。弦への圧力も不足し力を入れる必要のあるものでした。
そこで今ではカーボンを骨としたプラスチック製の弓が実用化しています。重さも弾力も一般の弓と近い上に品質が安定しているので下手な安物の木製の弓よりも良いんじゃないかということで販売されています。
更に外側が木目調になっていて見た目も木製に近いものまであります。

当初はカーボン弓自体が珍しく新しさに飛びついた人もいるでしょうが、今では木製と変わらないことを目指しています。

カーボンはとても硬い素材なので木製に比べて強さがあると思いますが、音については柔らかさが不足する可能性もあります。しかし金属の様な耳障りな音は避けられると思います。音色自体は暖かみがあると思います。


今回のテールガットはチタンでした。チタンは軽金属で軽いということで注目される素材です。しかし強度はスチールよりはずっと落ちるようです。かつて弦楽器の製作や修理用にチタン製のクランプが作られていました。バスバーなどを付けるときに使うものです。メリットは軽いので表板に重さをかけずに接着できることです。クランプの重さで表板がたわんでしまっては歪んだ状態で接着することになってしまうかもしれないということです。

実際はスチール製でも大丈夫です。ただ軽いということは扱いやすいのは間違いありません。このチタンのクランプは締め付ける力がスチールよりもずっと弱いです。スチールよりも強度が弱いからです。この製品はコストも高いでしょうし、効果もないので製造されなくなってしまいました。

あご当てのネジにもチタンのものがあります。加工がしにくいのか材質そのものの性質なのかチタンはネジの精度としてはあまり良くないです。普通のものはニッケルメッキを施してあります。ニッケルアレルギーなどがあると他のものは無いかということになります。

後はチェロのエンドピンにも使われています。スチールに比べると軸が太くてそんなに軽くないように見えます。スチールは強度があるので細いものでも丈夫です。

ヴァイオリンのE線アジャスターにもあります。値段が異常に高いのとウィットナーのような信頼性があるかと疑問があります。

スチールとは鋼のことで鉄を化学変化させたものです。刃物では今でも鋼が大事な素材です。職人の私としてはスチールに絶大な信頼を置いていますが、チタンは技術的には軽い素材として注目されています。商業的には魅力的に見えるのか高い値段で商品化されています。

私たちは鉄製のカンナを使っています。アメリカのスタンレーというメーカーが特許を持っていたものでネズミ鋳鉄という鉄でカンナの本体ができています。一時期アルミニウム製のものが作られたそうです。軽いのですが傷が付いたりダメージを負いやすいということで作られなくなってしまいました。鉄は安価で強度があるので私は好きな素材です。

でも世の中の人たちは古いものは悪いと考え新しいものが好きなので鉄の良さも忘れられているようです。

音響的には金属なので金属的な音がする原因となるでしょう。
チタンとスチールのテールガットで音が違うのかは試さないとわかりません。このようなものは製造するメーカーが試作品を作ってテストしてもらいたいです。スチールでも音が良いならその方が安くて助かります。商売と考えるとアクセサリーパーツに湯水のようにお金を出すタイプに絞ったほうが良いのかもしれません。

個人でスチールのワイヤーを買って自作すると結局はお金がかかりすぎてしまいます。中国以外の企業が熱心に取り組んでいないということも今の時代を象徴していると思います。

スチールの中でも音が違うかもしれないとなるとチェロ弦に使われているものが一番良いのではないかと考えたのでした。

チタンのテールガット

長々となりましたが、チタンのテールガットにしてみて、大失敗ということはありません。すぐにでも元に戻そうとは思いません。よく鳴るようになった感じはします。
ただし、私が目指している「オールド楽器のような音」に近づいたかと言えば違う方向性でしょう。カーボンのほうが落ちついた音だと思います。

よく鳴って高音も柔らか、音色の味わいも増す、そんなものができれば最高ですがありません。
だから使う人の好みや、楽器との相性の問題になります。
だいたいみんなそうです、手放しに改善するなんてことはありません。

しかしテールガットの違いが音の違いになるということは面白いです。あまり意識していなかった人も多いでしょう。

ヴァイオリン用だけでなくチェロ用もあるみたいです。チェロはそもそもスチール弦を使っているので違和感はさらに少ないかもしれません。


小さなことの話題になりましたが、実際はずっとチェロの修理の仕事をしています。これは「地獄の仕事」と言ってもいいくらい難航しています。そのことを書きたかったのですが、あまりにも仕事が進まずに書くことさえできません。

次は書ければと思います。

他には職場の人数を減らして先輩は自宅で仕事をしています。私が新人の教育係になっています。これも面白い経験です。ヴァイオリンづくりをずっと学んでいますがはじめはこだわりの世界に入る以前です。職人としての基本的なことができないと話になりません。そろそろ私がブログでも語っているような古い楽器の魅力について教えられるくらいになってきました。
テールガットの実験なども興味があるようです。












こんにちはガリッポです。

去年から音楽鑑賞の趣味を復活させてきました。
体力を維持するために仕事をセーブして音楽でも聞こうかというところです。
物を作る人はインプットもしていないと創造の源が枯れてしまいます。



こんなCDを買いました。

バッハの管弦楽曲の全集です。もうちょっとパッケージは何とかならなかったのかと思いますが、内容は本格的なバッハスペシャリストのものです。

私はもともと古楽ファンで東京にいた学生の頃も、レコード屋さんに行っては古楽のCDを買いあさっていたものです。
レコード店で古楽のコーナーに行くとまず邪魔なのはバッハ、テレマン、ヘンデル、ヴィヴァルディです。これらを避けて音楽史の本に名前だけが出ている音楽家のCDが無いか探すわけです。教会の記録などに音楽家の名前は残っているのですが、楽譜が残っていて演奏されてCDになっているのはわずかです。
名前をいくつも覚えていて「あった!」と宝探しのようでした。インターネットで検索するのとは違うものを選んだようです。今見るとなんでこんなものを買ったのかと不思議に思うようなものがあります。CDを買うとそこに宣伝で同じレコード会社の他のCDが紹介されています。素晴らしい作品だと思えば、それと似たようなものが無いかリンクが続いていきました。
こちらに来てからは古楽のイベントがありそこでCDを売りに来ていました。行くといくつもCDを買うことになってしまうのでお金が無い頃はあえて行かないようにしていたくらいです。楽器の展示もありましたが素人のようなものが多いです。まともなモダン楽器も作れないような人がバロック楽器を作っていることが多いです。


そういうわけで古楽ファンでありながらバッハはちゃんと聞いたことが無いという有様でした。金(きん)を採掘している人が川でお皿みたいなものに土砂を入れて洗って金を見つけます。バッハをその時の土砂のように扱っていたのでした。ひどい話です。

私はヴァイオリンを見ればそれが見事な腕前の職人のものなのか、単に安上がりに作ったものなのかすぐにわかりますが、音楽ではそこまでわかりません。ただし、特別有名でない作曲家でも聞いてみると十分に楽しめたり、美しいと感じたりするものが多くあります。そもそも音楽というのは天才個人の作るものではなく、多くの人たちの音楽愛によってできているように思います。それは政治権力の支配を超えて人々に愛されるものです。

同じ時代の同じジャンルの音楽はみなそっくりです。カリスマ的な音楽家のものでなくても楽しめてしまうのが音楽の懐の深さでしょう。


音楽鑑賞の趣味を復活させたので眠っていたCDを出して来ました。

こちらはビアジオ・マリーニのものです。
マリーニはニコラ・アマティと同じ世代のヴァイオリン奏者で作曲家でした。出身はブレシアでこちらもヴァイオリンを作っている町でした。マジーニよりは一回り以上年下になります。そのあたりの流派のヴァイオリンを使っていたかもしれません。

普通バロック時代の音楽家は「歌もの」、つまり声楽曲がメインですから器楽曲は珍しいです。マリーニもモンテベルディよりはずっと年下でモンテベルディの下でヴァイオリンを弾いていたとも本には出ています。他にも本にはヴィルトーゾのヴァイオリン奏者の名前が挙がっていますが、CDでは見たことがありません。

とはいえヴァイオリン自体がまだ新しい楽器だったことでしょう。名前が残っているのはアマティ家やガスパロ・ダ・サロなどですが、実際は他にもたくさんヴァイオリンを作っている人はいたのではないかと思います。
アマティ家しかヴァイオリンを作っていないならイタリア中の教会や宮廷で演奏されていたのなら足りません。

いずれにしてもマリーニを聞けばニコラ・アマティがどんな音楽を聴いていたのかということでもあります。

マリーニも同じ時代の他の作曲家とそっくりな音楽です。バロック時代の芸術と言えば何と言ってもカトリック教会の芸術という面が強いでしょう。何故か日本の歴史教育ではカトリック教会が悪者にされてしまいました。当事者でもないのにです。中立な立場で見事な芸術や文化を楽しめば良いでしょう。ド派手な教会や宮殿などの建築がまずあって、そこに飾る彫刻もダイナミックで素晴らしいものです。天井や壁には絵が描かれました。その中で音楽も演奏されるわけです。

そのような美意識を音楽で表現しようとしたという点ではとても芸術性の高い音楽のように思います。聞いているには高い集中力を要求し、全身に力が入って息が詰まるような気迫のこもった音楽です。

一般によく知られているバロック音楽はもっと後の時代のもので貴族の優雅な暮らしを演出するものです。リラックスして楽に呼吸ができます。それもまた天上の世界をイメージしたようなエレガントなものです。現代ではそのような芸術はあまり評価されないでしょうが、私は作るのが簡単だとは思いません。心地よいものを作るのはあきらめたのではないかと思うほどです。

古典派といわれるような音楽は、芸術の時代区分から言えばロココというべきものでしょう。オペラ・ブッファの演出も作曲家を導いたことでしょう。バロックとロココは対照的のようでもあり連続したものでもあります。歳をとった今ではそれくらいのもののほうが仕事から帰って疲れた心が休まります。
古典派も知られざる作曲家が多く、作風はみなそっくりです。私にはモーツァルトだけが群を抜いているとはわかりません。それでもモーツァルトの交響曲全集も買って毎日のように聞いています。

私の中で新時代の音楽鑑賞としてベートーヴェンやシューベルトくらいまで聞けるようになってきました。

普通は歴史というと今を頂点となるように都合のいい史実を並べたものです。たくさんの人が認めるためにはそうなっていないといけません。

しかし何か新しいものが生まれれば、何かは失われています。
学生時代にのめり込んだことが自分が作っている楽器の作風に現れていますね。芸術家になるほどの才能が無かったので自分にできる職業で表現しようということです。

20歳ころに漠然と思い描いた理想を超えるものは生涯出てこないかもしれません。残りの人生はそれ実現するかどうかだけです。
もの自体は10年くらい前に作れるようになっていました。さらにそれが多くの人と分かり合えるようになってきました。幸せなことです。


3本のヴァイオリン


たまたま修理が終わったヴァイオリンが3本あります。
まずはこれから

これは弓とヴァイオリンをセットで使われていなかった中古品を10万円位で買ったものだそうです。弾けるようにしてほしいという依頼です。
指板も工場から出荷されたままでぐにゃぐにゃだったので削り直して、ペグも機能するように削り直し、駒と魂柱を交換し、テールピースをウィットナーのものにしました。弦は自身で購入されたものにE線だけ交換しました。

まず弓はマルクノイキルヒェンの作者の知れたもので最低でも20万円はするでしょう。ほとんど未使用でオリジナルの状態です。さすがに毛が古いので交換すれば使用可能です。この時点ですでに安い買い物です。
ヴァイオリンは一見して綺麗に見えます。大量生産品ではありますが品質は高い方で20万円では買えないでしょう。30~40万円してもおかしくないでしょう。
最低でも50万円はするものを10万円で買えたというわけです。

角は丸くなっていてチェコのボヘミア地方の量産品という感じがします。ラベルなどは無くほとんど未使用のような綺麗さなので時代が分かりません。

作り自体はハンドメイドのような感じがあります。量産品で仕上げを丁寧に行ったものでしょうか?
ニスはいかにも量産品という感じで現代のアクリルのものが使われているようです。だとするとチェコがスロバキアと分裂して独立した90年代以降の物ではないかと思います。


次の候補者は

これはミルクールの量産品です。量産品でもコーナーやエッジの加工、アーチの作り方など随所にフランス的な要素が見られます。
これもマイナーな修理です。ペグボックスの昔の修理がまずく、傷口が開いていたので接着しなおしました。後は駒と魂柱の交換などです。

裏板は安い材質で一枚板なのもはぎ合わせる作業を簡略するためのものでしょう。

スクロールはフランスの楽器にしては美しくなく、ヘタな修理の跡もあります。それでも渦巻の部分の彫りこみが浅いフランスの特徴があります。

ラベルにはF.ブルトンと書いてありますが量産品でよくあるものです。

1890年で明るい色ではありますが、130年も経っているとさすがに古さを感じます。値段は私たちのイメージはただの量産品の中で木材の感じから言ってもグレードは低いものです。
ミルクールの楽器の相場は職人のイメージよりはずっと高くて50万円くらいは簡単にします。ミルクールの量産品は40~100万円位と考えると良いでしょう。これよりももっとひどいものはたくさんあるので「フランスだから」と言って買う価値が全く無いものが多いです。



最後はこちら

東ドイツのエルバッハのフリッツ・ピューラントの1971年製のヴァイオリンです。

現在エルバッハはマルクノイキルヒェンに統合されているようです。
マルクノイキルヒェンの量産品に比べると明らかにクオリティが高くきれいです。

マイスターのヴァイオリンといっても良いレベルです。
弦の被膜の金属が錆びていたので弦を交換し、ニスの補修をしました。

さっきのフランスのものと比べると新品のような状態なのに角が丸くなっています。これは1900年ごろミラノの流派などがアンティーク塗装の要素として行ったものが戦後には大流行したということです。東京にもドイツで修行した職人やその教え子が多くこのような感じのものは多いと思います。

昔のコレクションではクレモナのオールド楽器などもエッジを丸く削ったかのようになっています。黄金色の楽器に丸くなったエッジがクレモナの名器というイメージがあったのでしょう。
この楽器は黄金色というよりは明るい黄色です。黄金色を作るのは難しいです。しかしイタリアの楽器=黄金色というイメージがあったのかもしれません。50年経っているので新品の時よりは色が落ちついているはずですがそれでもまっ黄色です。

値段は東ドイツのマルクノイキルヒェンのマイスターは西ドイツの都市のマイスターに比べると量産楽器の影響があり、また経済水準の低い東側の国に輸出していたこともあってものすごい速さで作られて値段もそれほど高くなかったはずです。

しかしこう見ても明らかに品質が高いもので共産国の工業製品としては例外的なものです。職人の人生観は政治体制に負けてないのです。
東ドイツは共産圏の中では最も優秀な工業国だったことでしょう。国としても甘くてベルリンの壁を開けてしまったためにソビエト崩壊のきっかけを作ってしまいました。
それくらいのんびりしているほうが地球や人間にとっては良かったのかもしれませんが、他国との競争には勝てません。


こういう楽器の値段はとても難しいものです。マルクノイキルヒェンのマイスターなら60万円位という考え方もあります。現在では西欧で新作楽器が150万円くらいするのが普通でしょう。それは現在の生活水準、労働時間の短さ、社会保障や文明生活の費用が加算されるからです。
そう考えると60万円は安すぎます。

また戦前のドイツのヴァイオリンの値段もよほど有名でないと1万ユーロ(約125万円)を超えません。これは前回から話しているようにモダン楽器は知名度の高い一部のものだけがべらぼうに値上がりし、それ以外のものは新品よりも安い値段にしかならないのです。

誰の目が節穴なんでしょうか?
オークションに参加する人です。

その節穴の人の言うことをウンチクとして語るのは愚かなことです。

弾き比べ

まずははじめのボヘミア風の楽器から。弾いてみるといかにも量産品という音がします。品質が高いだけに量産品らしさが確実なものになっているようです。量産品らしいというのを言葉で言うのは難しいですが、そんな楽器から始めた人なら「懐かしい」と思うでしょう。
かえって品質が悪い方が、イチかバチかみたいなところがあります。

楽器の剛性は量産品らしくカチカチで裏板はいつものように厚めになっています。これは手を抜いて薄くしなかったというよりは、すでにそのような楽器製作が何世代も続いてそれが正しい厚さだと信じられていたのでしょう。量産楽器の教科書のようなものです。

弓とともに10万円で買ったなら買い物としては失敗ではないでしょうが、やはり楽器というのは試奏して選ばないといけないという例です。弓も当然使いやすいものを選ばなくてはいけません。


次はミルクールのブルトンです。
これは意外なことにとても柔らかい音がします。私はモダン楽器や量産楽器は音が鋭いものが多いと言ってきました。モダン楽器で量産楽器ですが、音が柔らかいです。高音も柔らかく美しいものです。アーチは平らでいかにもフランスのモダン楽器というものです。

このように何の規則性もありません。
ヴァイオリンの音は弾いてみないとわからないのです。

柔らかくて、音は出やすいので優れた楽器です。音色は単調な気がします。


最後はピューラントです。
この楽器はうちの店で買って8年間使っていなかったそうです。その時張っていたエヴァピラッチが錆びていました。それでも明るくて強い音がしていました。現代のヴァイオリンによくある音です。

新しいオブリガートに換えると少し暖かみのある暗い音になり音量は増大しました。やはり傷んでいる弦ではダメなようです。オブリガートでもとてもよく鳴っていました。
作られてちょうど50年のヴァイオリンです。明らかによく鳴ります。
これ以上は100年経っても変わらないでしょう。

音色自体は現代の楽器としては正統派のものです。つまり現代の正統派の楽器ならどんな有名な作者の新品の楽器よりも優れていることになります。

天才などではなくても普通に作ってあればヴァイオリンというのは50年もすればよく鳴るようになるということでしょう。この楽器はほとんど使われていないような状態でもそうなっているというのが興味深いです。
よく弾き込んでいれば20~30年くらいでも鳴って来るのではないかと思います。

この楽器を仕入れたのは15年以上前です。師匠は当時安く売りすぎたことを後悔しています。
当時は現代の他の職人の楽器に対してはライバル心もあって低く評価したかったのでしょう。自分たちの流派のやり方とちょっとでも違う所があるとダメな特徴だと考えケチをつけたのです。視野が狭かったのでした。

確かにニスの色は明るすぎるし、エッジまで同じ色で塗ってあるのも不自然です。角を丸くするのならエッジの部分は色が薄くなっているほうがちょっと古く見えます。
しかし音量では我々の楽器が負けています。真摯に受け止める必要があるでしょう。

たくさん楽器を見て来て師匠も私もだいぶ分かるようになってきました。

音は予測不能

初めのものは10万円で買ったのなら間違いなく上等な量産品だと思いましたが、弾いてみたらいかにも量産品という音のものでした。

ミルクールのものもよくありますがこんな柔らかい音のものは珍しいです。見た目よりも音は良かったと思います。ガン&ベルナーデルでも量産品といえば量産品です。最低ランクでも300万円以上しますし下手なハンドメイドの楽器よりも音が良いということを報告してくれた人もいます。

最後のものは20世紀の楽器らしいものです。作風やスタイルには流行があり、当時はそんなものが流行ったという感じです。音も明るくいかにも現代の楽器です。我々の師匠の師匠くらいの時代のトレンドだったのでしょう。
今では暗い暖かみのある音が私たちの地域では好まれます。ニスも濃い色のほうが好まれます。

このため20世紀の楽器作りを惰性で続けていたのでは全くこのような「中古品」に太刀打ちできません。
これが60万円くらいで、全然鳴らない新作楽器が150万円なら全く話になりません。さらに日本で売っている値段は現地よりずっと高い200~300万円です。
我々職人にとって脅威なのはクレモナのマエストロではありません、このような楽器です。

20世紀の職人とは違う「魅力的な音」の楽器を作らなければいけません。

こんにちはガリッポです。

弦楽器について理解するのに一番大事なのは先入観を無くすことでしょう。偉そうなことは言えません。職人には職人特有の思い込みがあり現実を直視できないものです。

先週はこんなことがありました。
ペグの具合が悪いので見て欲しいとヴァイオリンが持ち込まれました。見ると中国製のとても安価なヴァイオリンであることが一瞬で分かります。ケースと弓とセットで10万円もしないようなものです。オンラインショップなど店によってはもっと安い値段で売られているかもしれません。
仮に「中国の5万円のヴァイオリン」と呼ぶことにしましょう。

ペグの材質や加工、取り付けが悪いのでうまく機能しないのはいつものことです。うちの店では量産楽器を仕入れる時には、ペグもついていない状態で仕入れてうちでペグを取り付けています。工場で仕上げたものでまともなものは無いからです。

ペグを削りなおしたり穴を削りなおせばまともになりますが、あまりやりすぎるとペグがどんどん奥に入って行ってしまうので最小限にしかできません。ペグ交換となれば3万円くらいはかかってしまいます。

それで何とか調弦ができるようになったヴァイオリンですが、演奏できるかチェックする必要もありますが、どんなひどい音がするのか興味もあります。
試しに弾いてみると意外とまともな音がしました。

ちゃんとヴァイオリンらしい音がするのです。どちらかというとやや力強さもありかと言ってひどく耳障りでもありません。初心者のお客さんにはお薦めできるまっとうな音のヴァイオリンでした。
それが5万円なのですから安いです。

例えば私が作るヴァイオリンは音はとても柔らかいですが、強さという点では大したことがありません。それに関して「店頭で」弾いたくらいならこの5万円のヴァイオリンに負けているかもしれません。ホールに持って行けばまた違うでしょうが、自宅や練習室くらいなら負けてしまうかもしれません。私はそのようなことは知っているし当たり前のことだと思っています。

更に去年はジュゼッペ・ペドラッツィーニのヴァイオリンを紹介しました。これはかなり変わった音の楽器でギャアアアという鋭い音がします。それに比べると中国の5万円のヴァイオリンのほうが万人向きもまともな音だと思います。つまり多くの人にとってはペドラッツィーニよりも好ましいということです。
ペドラッツィーニは700万円くらいは簡単にするでしょう。そうなると700万円のヴァイオリンよりも5万円のヴァイオリンのほうが音が良いということがあり得るのです。私はそんなのは普通にあることで変わった出来事だとは思いません。

なんでこんなことが起きるのかといえば、ヴァイオリンというのは安価なものも高価なものも同じ仕組みで、同じ大きさで、同じ材質でできているからです。つまり同じものなのです
これが軽自動車と高級スポーツカーならエンジンが660㏄と5000㏄のように違います。当然パワーが違います。高級スポーツカーはエンジンを運転席の後ろに載せていることがよくあります。重量のバランスが良いからで、F1レースでは初めは前にエンジンが載っていて、後ろにエンジンを載せはじめチームが強かったということでそれ以降どのチームもエンジンを後ろに載せるようになりました。軽自動車で後ろにエンジンがあったら人も荷物も載せられずに不便なのでエンジンは前についています。

このような違いがあるので走行性能には差が出ます。しかし、ヴァイオリンはみな同じ方式で作られています。つまりみな同じなのです。高価なものにも画期的な違いはありません。ヴァイオリンは完成するまでどんな音が出るかわかりません。作っている途中で音を調整しながら仕上げるようなことはできないのです。

そのスポーツカーも公道では軽自動車と同じ速度でしか走ることはできません。制限速度が決まっているからです。それでもなぜスポーツカーを買うかといえば人によって違いますが、理系の趣味とてしてはメカニズムに興味があってそれが理想的な形であることを頭で理解しているからです。
本当にレースに出るなら実際にレーストラックを走ってタイムを測れば良いです。意外と高級スポーツカーよりも普通の量産車を改造したもののほうが速いかもしれません。

楽器も同じで本当に音の良い楽器を求めるなら作者の名前や値段は伏せて、実際に弾いてみて音が良いものを選ばなくてはいけません。このことを口を酸っぱくして言ってきています。

スポーツカーもまた趣味であり、見た目の美しさもあるし、ものを買う動機はいろいろあります。必ずしもインチキとは言えません。


「音が良い」というのも定義するのは難しいものです。弾く人によっても出てくる音が違います。私が中国の5万円のヴァイオリンの音が悪くないと言っても、「いや、こんなのはダメだ」と言う人もいるでしょう。

このような安価なものはペグ、駒、指板などに問題があり、弦もとても安価なものがついています。すべて手直しや交換をすれば楽器の値段を超えてしまいます。

チェロにはさらに大きな問題があります。

このチェロでは駒の足が全く合っていませんがそれよりも、駒が低すぎて振動している弦が指板に触れてしまい異音が発生しています。このため駒を2cmくらい指板に近い所に立ててありました。駒が指板に近くなると相対的に弦と指板の間の隙間が大きくなります。しかし2cmも違うと指板上で弦を抑える位置が変わってしまいます。超初心者を除けば2cm駒の位置が違ったらまともに弾けなくて困ることでしょう。駒の加工もいい加減なら伐採されたばかりの新しい木材を無理やり接着して作ってあるので変形してしまい駒が合わなくなったのでしょう。
かと言って駒を交換したらチェロの値段よりも高くなってしまいます。

だからうちではそのようなものは扱いません。専門店の責任としてそのようなことが起きれば無償で修理しなくてはいけないからです。無料でも買った人は不愉快な思いをするでしょう。高くても初めからちゃんとしたものだけを売るほうを選びます。
職人もいない会社が中国製の楽器を売っていたとしたら修理もできません。

弦楽器を見分ける3者のプロ


年に一回くらいはしなくてはいけない話です。初めての人もいるでしょうし、忘れかけている人もいるでしょう。


弦楽器についてはその良し悪しを見分けるプロが3者いるという話です。
それは、①演奏者 ➁楽器商 ➂職人 です。
いずれもそれを職業としていればプロです。この3者が同じ評価を下すなら話は簡単です。問題は全く違う評価基準を持っていることです。つまり良いものとして選ぶものが全く違うのです。

プロが選んだとしても、全く違うものが選ばれますから、誰が正しいのかということになります。

演奏者はに興味が強いです。音が良い楽器が良い楽器と考えます。
当たり前のように思うかもしれませんが他の2者のプロはそうではありません。

職人は品質に興味が強いです。高い品質のものを作るには時間がかかるため、製造コストが高くなります。一方で安く作ると品質が悪くなります。このため品質を見て楽器の値段を考えます。中国の5万円のヴァイオリンは品質と製造国の賃金水準から5万円なのです。音は関係ありません。
職人は単にその職業に従事しているだけでなく、「職人の道」を人生観としています。師匠からは正しい職人の生き方として美しいものを作るということが叩き込まれます。このため品質の劣るものを嫌います。実際には十分良い音がするものでも悪い楽器だと考えます。見事に精巧に作られたものも音がさほどではないものはよくありますが職人はこれらを高く評価しがちです。


楽器商はお金に興味が強いです。楽器商にとって良い楽器とはお金になる楽器、つまりよく売れる、高く売れる楽器を良い楽器だと考えます。作者の知名度が高ければよく売れるので価値が高いと考えます。だから知名度が値段を決めます。音は関係ありません。
楽器の値段はオークションなどによって決まります。音楽家でオークションに参加している人はまずいないでしょう。ヴァイオリンというのは年間に数台、せいぜい10台くらいしか作れないものなので作者名を指定して買おうとすれば数が少ないのです。それはオークションに参加するわずかな人が選んでいるのであって、ヴァイオリン奏者の総意ではありません。オークションに参加するのはお金に興味が強い人たちです。

このため有名なペドラッツィーニの楽器は700万円するのです。どんな音がするかではなくチャールズ・ビアの鑑定書があることが重要です。これが無ければ700万円は怪しくなります。音よりも紙切れのほうが大事なのです。

なぜ700万円のヴァイオリンよりも5万円のヴァイオリンのほうが音が良いことがあり得るのかお分かりいただけたでしょうか?

ホプフのヴァイオリン


実際の楽器の例で見てみましょう。



年末にホプフのヴァイオリンについて紹介しました。四角い独特の形をしています。


またほかにホプフが修理のために持ち込まれました。指板を削って駒と魂柱を交換し、ニスの補修をするというルーティーンの修理です。
楽器を見るとダビット・ホプフという名前が手書きのラベルに書かれています。私はホプフのニセモノなんてわざわざ作らないとこの前も書きました。しかしこれはニセモノでしょう。ずっと新しい感じがします。

とはいえ、同じくクリンゲンタールで作られたものでしょう。ホプフはホプフの家族によって1800年ごろに作られたオールドのものがあり、その後も20世紀までクリンゲンタールで作られた楽器を広くホプフの名前で売っていたようです。その意味ではホプフとしては本物ですが、時代がずっと後なので「ダビット・ホプフ」としてはニセモノでしょう。

輪郭の形は似ています。まさにホプフモデルでシュタイナーともストラディバリとも似ていません。

ニスはラッカーのようです。したがってせいぜい1900年頃のものでしょう。

ボタンのところにHOPFの文字は無くパフリングがとがっています。

スクロールもオールドっぽくありません。

継ネックをしてあるように見えますが、木目がつながっていて一つの木材のように見えます。

継ネックとペグボックスの継ぎ目がうねっています。継ネックをするなら普通はまっすぐな面を合わせるほうが簡単なはずです。こんな難しいことはしません。これは単にひっかき傷で線を付けているだけです。ナットの下のところで線が途切れているので間違いありません。
継ネックは古い楽器に見せかけるためのダミーということになります。ホプフに見せかけたホプフ派の楽器です。



更に別のホプフもあります。

これは明らかに20世紀の大量生産品です。

形はやはりホプフ型で裏板にはHOPFの文字があります。

パフリングはマルクノイキルヒェンの大量生産品によくみられるものです。真ん中の白い部分がとても細いのが特徴です。黒い部分は茶色の木を染めたもので色が褪せて灰色っぽくなっています。

全体としてもストラディバリウスというラベルが貼ってあるような大量生産品とよく似た雰囲気のものです。
したがってその工場ではストラディバリモデルなどとともにホプフモデルも作られていたのでしょう。


ホプフの値段を提示することが難しいのはこのようにバラバラなものが含まれているからです。おそらくホプフのヴァイオリンの値段は2000~1万ユーロくらいではないかと思います。オールドである初めのものは状態が良ければ1万ユーロに近いもので、最後のものはせいぜい2000ユーロくらいのものでしょう。中間のものは値段もその中間です。

音の違い

初めのものは1800年頃のオールドのホプフと言えるでしょうが後のものは近代のものです。形は同じホプフモデルですが、見るとすぐに新しいという感じがします。時代によって雰囲気が変わっています。この違いがどうやって生まれるか私が研究しているところです。簡単に言えば職人というのは時代に左右されるものだということです。これは職人に限らないでしょう。

興味深いのは音の違いです。
最初のものは柔らかい味のある音でオールド楽器らしい音がします。新しい楽器でこのように柔らかい音のものはまあ無いです。音だけでなく楽器全体が柔らかい感じがしました。

2番目のものも落ち着いた音ではありますが、楽器全体に硬さを感じます。モダン楽器という感じがします。

3番目は明るいはっきりした音です。ミルクールやドイツの他の量産楽器とも似ています。嫌な耳障りな音は無く不快ではありません。

どれが一番良い音なのでしょうか?
「明るい音が良い音」と考えているなら最後のものが一番良い音になるでしょう。柔らかくて暗い音が良いならオールドのものが良い音になります。

つまり客観的に音が良いとか悪いとかいうことは無いのです。

「明るい音が良い音」と考えるなら一番安い新しいものが一番音が良いことになりますが。それは最も安価なもので手に入ります。一方「柔らかくて暗い音」が良いなら新しい楽器ではまず手に入りません。古い物の方が数が少なく希少なので入手は難しくなります。私はそのことを知っているのでオールドのホプフが貴重なものだと考えます。でも音は各自の自由です。


これらの三つのホプフに共通して言えることは割と発音が良く、嫌な耳障りな音もなくどれも悪くありません。しかし職人にとっては精巧に作られているわけではなく、シュタイナーやストラディバリのような美しい名器のお手本に習っていない独自の形で美しいとは思いません。知名度は低く楽器商は全く興味が無いでしょう。オークションで高値が付くことはありません。

でもうちの地域では有名なヴァイオリン教師の方がオールドのホプフを使っています。その人の娘さんはクラシックファンなら誰もが聞いたことのあるオーケストラのヴァイオリン奏者でイタリアの名器を使っています。その母親がホプフを使っているのです。実際にオールドの楽器を知っているプロがイタリアのオールド楽器の音だと言っているのです。私のほうが初めは信じられませんでした。

先生もプロに含めれば演奏家が評価している楽器です。それに対して職人や商人は全く興味のない楽器です。このため値段は安くオールドでも100万円位しかしません。


私は変わっているので興味を持っています。
ホプフモデルについて考えてみると四角い形をしているのが特徴です。アッパーバウツとロワーバウツの幅は近代的なストラドモデルに比べてかなり細いです、しかしミドルバウツの幅はストラドモデルよりもずっと広いです。そういう意味ではグァルネリ・デルジェスの特徴をさらにそれ以上にしたものです。アーチはあまり高くなく古いものはオールド楽器らしく板が薄くなっています。

構造的に窮屈ではなくむしろ理想的のようにさえ思えます。その結果音も悪くありません。他のマルクノイキルヒェンのオールド楽器ではもっと窮屈な構造で苦しくなるような耳障りな音のものもよくあります。

最後のものは量産楽器らしく裏板がかなり厚めになっています。最後まで削っていないからです。音はやはり明るい音がします。

確かに音は違う

中国の5万円のヴァイオリンやホプフの量産品でも音が悪いとは言えません。そのような音が好きという人がいれば良い音です。
じゃあ「ヴァイオリンなんて5万円で十分か?」と言われると5万円のヴァイオリンではオールドヴァイオリンのようなやわらかい味のある音は出ません。ホプフの100万円位のものならそのような音が得られます。オールドヴァイオリンの様な音が良いなら5万円のヴァイオリンでは無理です。
明るい音が良いなら20~30万円くらいの戦前の量産ホプフのほうが音が良いことになります。
19世紀のモダン楽器なら明らかに音量があるものもあります。

したがって自分がどんな音のものを求めているのかということが重要になってきます。それが珍しい音なら入手は難しくなります。よくあるような音ならかなり安い値段でも同じような音のものはあるでしょう。それに何百万円も出す必要はありません。

先生やプロの演奏家もそれぞれ好む音が違います。
音しか興味が無い先生は、100年くらい前の楽器の音の強さを良しとする人もいます。一流の職人の新作ハンドメイドの楽器よりも、100年以上前の量産楽器を修理や改造したもののほうが音が良いと言う先生は少なくありません。そのような仕事ばかりしている職人もいて話を聞けば私よりも職人にとって厳しい現実を認識しています。

一方で楽器の価値は音だけでもありません。趣味となれば腕の良い職人の作ったものが欲しいという人もいるでしょう。職人はそれを見分けることができます。
楽器店で「名工の作品だ」として売られているものが他の職人と変わらないレベルやそれ以下であればすぐに分かります。職人は名工というのは嘘だと考えます。
名工でも何でもないものに何倍ものお金を払うのはバカげていると職人は考えます。
楽器自体がありふれたものなら音もそんなに抜きんでたものではないと経験上知っています。しかし本当のところは弾いてみないとわかりません。
こうなると逆も考えられます。無名な職人の楽器でも音が良いかもしれません。

私は職人としてオールドやモダンの名器がどのようにできているか構造を研究しています。私なりにこのようなものだろうと共通項が見えてきています。それにしたがって楽器を探したり自分で作れば、手あたり次第試奏して選ぶよりも大外れはしないかもしれません。

しかし良い音は自由なので私の考えに反するものの中に音が良いものもあるかもしれません。しらみつぶしにすべての楽器を弾けばそれ以上のものもあるかもしれません。それをするには自分で音が分からないといけません。そのような自信はあるでしょうか?自分が「これだ」と選んだものが他の人に弾かせたら酷評されてしまうかもしれません。それが怖いですね。

自信が無ければ職人の意見も参考にして総合的に楽器を判断すれば、自分が持っている楽器のことを信じられるでしょう。弦楽器というのは信じて弾き続ければ鳴ってくるものです。商売人は都合のいいことを言うので危険ですよということでもあります。










こんにちはガリッポです。

前回はオーディオのアクセサリーパーツについてお話をしました。同じようなことが楽器の世界でも考えられるわけです。ポピュラー音楽のジャンルであれば全く同じことが言えます。楽器や録音に使うケーブルがあるからです。

オーディオマニアというような人は世界中にいてとても熱心です。日本ではブームになったころがあるようですが、私の世代では絶頂期を知りません。それが完全に衰退したかといえば、インターネットで各自の試みや意見が交換されるようになったり、売っているお店が少なかったものが通販によって買えるようになってむしろじわじわと人気が出ているようです。また携帯音楽プレーヤーからヘッドフォンがブームとなりそれをきっかけに入門者も増えた事でしょう。昨今のステイホームも追い風になっていて品薄になっている製品が多くあるくらいです。

これに比べると弦楽器の世界はずっとマイナーなままです。個人レベルでもヴァイオリンの製造は始めることができるので小さな規模の事業者が多く大手電機メーカーのような研究体制は持っていません。
大量生産を含めても中小企業がほとんどで有名なメーカーもありません。ヤマハやGEWAのような大手楽器メーカーもありますが、弦楽器の世界では会社は大きいほど低く見られるのも事実です。職人が重んじられる世界ということです。

一方で職人の私からすると、職人の手作りだから自分の作っているものは良い楽器だと偉そうにしていると成長がありません。

そんな中でもアクセサリーパーツは未熟な分野です。手作りでパーツを作ることができても、消耗部品では値段が高すぎます。やはり機械を使って大量に生産する必要があります。私もバロックヴァイオリン用のテールピースを量産工場のために設計をしたことがあります。
でもバロックヴァイオリンの中で音が良くなるというものではなく、そもそもバロックヴァイオリン用のテールピースが量産されていないので何かしら必要だから作ったまでです。

私はいくつも異なる試作品を作って音を聴き比べて設計を完成させていったのではなくて、わずかに残っているオリジナルのテールピースの写真などから具体的な形を起こしただけです。もちろん実際にバロックヴァイオリンで使用して機能性は保証できます。それすらヨーロッパの製品というのは怪しいものです。こちらに来てすぐ野菜の皮をむくためのピーラーを買いました。しかし全く切れませんでした。工場で製品を作っている人やそれを販売すると決めた人は一度もそれを試したことが無いのでしょうか?そんなレベルです。
それに比べれば私が設計したものはちゃんと弦を留めて演奏で不具合なく使えるレベルのものです。しかし、音を良くするために設計を何度も変更したりはしていません。

モダン楽器用のテールピースでも同じようなものです。昔から決まった形がいくつかあって、それぞれ黒檀、ツゲ、ローズウッドの3色がありました。音を吟味した製品というよりは単に伝統に従って作ってあるだけです。それがヴァイオリン、ビオラ、チェロ、コントラバス、さらにミリ単位でサイズ違いがあり、3/4,1/2,1/4,1/8,1/16とサイズ違いも作らなくてはいけません。製品を揃えるだけで大変です。小さい方はほとんどアジャスター付きのプラスチック製です。かつては金属でした。

私は異なる素材でテールピースを作ったこともあり、ブログでも紹介しています。
今はローズウッドの取引が難しくなり、それに代わる代替の素材が検討されています。各社バラバラのものを使っていて統一されていません。
例えばタマリンドというマメ科の木材などは硬度や密度が高く、しっかりとした音で音色に暖かみもあると思います。そのようなものが業界として統一されれば自分で作る必要はありません。やはり大量生産された方が使いやすいです。手作りなら値段も高いですが、私は朝から晩までその仕事ばかりをすることになるでしょう。やはり専門メーカーがあるわけです。

新しい形状のあご当て


同じようなことはあご当てにも言えます。
音が良くなるように吟味して作ってあるというようなものではありません。そもそもあご当てはあごに挟んで楽器を安定させるためのものです。それが一番大事な機能で安定した楽器からしっかりした音が出るというものです。


あご当てはうちではGEWA(ゲバ)のものをスタンダードとして使っています。昔から多くの種類の形状の物あり、演奏者が好みに応じて選べばいいというものです。品質はものすごく高くはありませんが、他のものよりはましというものです。値段は25~30ユーロ(3000円~3500円)位のものです。GEWAはドイツのメーカーでケースなどは有名ですがあご当てはドイツ製ではありません。中国かインドかそんなところです。

一番一般的なのは「ガルネリ」というもので普通ヴァイオリンを買うとついているものです。もちろんグァルネリ・デルジェスが設計したものではありません。当時はあご当てはありませんでしたから。特定のメーカーのものではなく、メーカーによって微妙に違います。
それで何の不満もなく弾いている人は多いと思います。

ただ現代の木工機械の性能が上がっていてもっと3次元で凝った立体造形ができます。昔からある標準的な形には改良の余地があります。

GEWAなら「カントゥーシャ」というモデルがあってうちでは多くの人がフィットするのでよく使っています。写真でもほとんどこれがついていると思います。
これがそうです。ガルネリよりは少し真ん中寄りについています。あごの骨にフィットしやすい形状になっています。とはいえあごの骨には個人差があるので全員に合うというわけにはいきません。

これと似たようなデザインのものがオットー・テンペルからも発売されました。GEWAのまねとは言いません。オットー・テンペルモデルと書いてあります。とても高価なものです。

さらにユニークなものがあります。コンラッド・ゲッツというマルクノイキルヒェンのメーカーです。

形自体はさっきの2社のドイツのメーカーと似ています。この製品では「超軽量」を謳っています。値段は定価が29ユーロとなっています。GEWAと変わりませんが見た感じの品質は良さそうです。

私は「軽いから音が良い」ということに根拠があるのかわかりません。しかし一般に弦楽器業界では基本的な知識としてそう信じられています。実際に試した人がいるのでしょうか?

それでも製品として薄く加工する方が精巧であるとはいえると思います。高度な技術で美しく作られているということです。この時点でクオリティが値段と比べれば高い製品だということは言えます。

ただしGEWAのガルネリと比べると明らかに小さいです。あごの骨が当たる部分は限られているのでそれ以外の場所は必要ないと言えばそうなのでしょう。

実際に試してみないと何とも言えません。人によっては合う人もいるかもしれません。各社が新しいモデルを作っていることは注目に値すると思います。製造機械が進歩しているので付属部品の安価な製品に品質の良いものが出てくることを期待しています。

手ごろな価格で上質なものは常に求められています。そのようなメーカーが現れるとすぐに人気になってしまい商品が手に入らなくなってしまいます。
いつも手に入るのは、中国製のひどい物か無駄に高い物のどちらかしかありません。良質な中級品を私は求めています。

もう一つは昔からある古典的なモデルしか売れないということもあります。テンペルの新しいオットー・テンペルモデルも注目度は高くありません。マイナーなゲッツともなれば鳴かず飛ばずです。
私が期待しているのは音ではなくあごにフィットする形状と見た目の綺麗さです。多くのメーカーの古典的なモデルは教科書通り決まった形に作っているだけであごへフィットはあまり考えていません。
この製品に期待したのは効果があるかないかに関わらず「超軽量」という謳い文句を付けることで有名ではないモデルでも店頭に並べる理由になるのではないかということです。

惜しい部分もあるメーカーです。有名ブランドでないために贅沢に製造コストをかけることもできないし、仕上がりや材質もひどい物よりはましという程度です。

それが日本に入ってくると「高級ドイツ製」となり値段が何倍にもなるでしょう。

ピラストロからパーペチュアルのビオラ弦が登場




詳しくはメーカーのHPを見てください。
https://www.pirastro.com/public_pirastro/pages/en/Perpetual-00010/
チェロ用から登場しました。個人的には嫌いな音ではありません。引き締まって角の立った力強い音で、暖かみのある暗い音色です。それでいて金属的な嫌な音は抑えています。一方で値段が異常に高いことは不満点です。

次にヴァイオリン用が出ました。これは手放しに歓迎できるものではありません。チェロと同じように強い音ではあると思います。しかし耳障りで無理やり音を強くしているような印象を受けます。好き嫌いは分かれて高級弦ならこれと取りあえず薦められるものではないでしょう。

ビオラならチェロに近いので面白いかなと思っていたところに製品が出ました。

特徴はC線がスチールだということです。ビオラはナイロン弦が一般的です。ヴァイオリンのE線と同じでA線はスチールなのが普通です。それだけでなく一番低いC線もスチールになっています。さらに巻いてある金属はタングステンでチェロの低音用の弦に使われているものです。
ビオラは低音が弱かったり、甘い音のものが多いのでスチールのC線で力づくで鳴らすということでしょうか。

ピラストロくらいになれば試作品をいくつも作って多くの音楽家にサンプルを試してもらって製品化までこぎつけているはずです。

ただしスチール弦の場合ちょっとペグを動かすだけで調弦が大きく変化してしまうのでアジャスターを付けるのが普通です。こうなるとA線とC線にアジャスターが必要になります。

また弾いているときにでもC線とG線で急に弓に伝わる感触や音が変わってしまうかもしれません。当然ピラストロもそんなことは分かっていて商品化したので配慮はしているはずですが。

製品としては変化球的なものです。個人的にはシンプルなものでいい結果が得られる方がよりベターだと思います。

まだ手元に届いていませんのでわかりませんけども速報です。

アクセサリーに求められるもの


私は音を調整できる手段が増えることは歓迎します。イメージする音に近づけることができれば好きな音で演奏ができるからです。

しかしユーザーが求めるために商業上「音が良くなる」アクセサリーが求められるでしょう。特に日本人はこのようなことに熱心です。音が良くなると称して高価なフィッティングパーツを薦められたという話を聞きます。

「音が良くなる」と言って商品を売ることは「儲かります」と言ってリスクのある金融商品を売るのと同じことです。ヨーロッパでは責任をあいまいにするためにそこまで言わないと思います。ゲッツのあご当てでも「超軽量」と書いてありますが、音が良くなるとは書いていません。軽量というのは重さを測れば分かることですが、音が良いかどうかは主観によって変わってしまうからです。


私は自分の楽器の不満点を解決するということが重要だと思います。音が鋭くて困っている人には柔らかい音に変化するもの、音にパンチが無いという人には鋭い音に変化する全く別のものが必要で、誰にとっても「音が良くなる」ということは現実的ではないと考えるからです。

したがってメーカーはあらゆる方向性の音の製品を用意して、ユーザーが自分の問題解決に合うものを選べるべきです。

現実にそのようなことは実現していません。ユーザーが理解していないからです。

こちらはヴァイオリンのテールガットです。もともとはガットが使われていたのでその名前ですが、現代ではそれ以外の素材もあります。

左からプラスチック、カーボンやケブラー、スチールです。
音はプラスチックが一番柔らかく、カーボン系のほうがダイレクトで力強く、スチールが金属的な音だと思います。

カーボンのほうが音が良いというのではなく、場合によってはプラスチックのほうが甘い音になるので良いというわけです。
スチールは力強さが最も期待できますが細くてナットに食い込んでいくのであまり使いたくはありません。私はチェロの弦でテールガットが作れないかと思っています。スピルコアなら力強くラーセンなら柔らかいと音の違いまで作れるでしょう。
しかしばらけないように留める方法が分かりません。弦の力は強いのでしっかり留めないと演奏中に外れしまう恐れがあります。

先日もっと太いものを使っているのを見かけました。これは何だろうかと思ったらチタン製のものではないかと思います。チタンは「軽量」を謳い文句にします。
私はそんなことはどうでもいいです。金属特有の鋭い音が出るようなものが使えれば、楽器によっては目が覚めるような音に変わるのではないかと期待が持てます。
チタン製のものは中国メーカーのものでちゃんと試奏して作っているのか疑問があります。しかしながら一つの選択肢として試してみたいと思います。


とはいえ、アクセサリーによる効果はわずかなものであり、楽器本体がそもそも持っている音が圧倒的に重要で、しっかり弾きこなすほうがはるかに重要でしょう。10メートル以上離れたときの音の違いが聞いている人にわかるかも疑問です。

それでも自分が好きな音で演奏ができれば気分も違うでしょう。
ユーザーの希望がビジネスを成立させるのです。





こんにちはガリッポです。

休暇は終えて仕事を始めました。
変わった出来事もないのでこの前の続きです。

ステイホームで家で過ごすことも多くなり音楽鑑賞も趣味として盛んになっていると思います。そうでなくても、一流の音楽家の演奏を聴いたり、滅多に演奏されない曲を聴いたりするのには自宅で録音物を聴くことになります。

音楽家でも自分で録音や編集などをする人なら音響機材の重要性を認識していると思いますが、特にアコースティックの世界では無頓着な人も多いでしょう。
一方でオーディオマニアの人はクレイジーな世界のようにも思えます。普段から弦楽器の音をよく聞いているヴァイオリン職人として音楽をまともに聞けるように取り組んでいます。

ヴァイオリンの音と同じ音をオーディオから出そうとすれば、手持ちのオーディオと同じ音のヴァイオリンを作ればいいわけです。皆さんはそういうわけにはいかないでしょう。本末転倒です。

スピーカーはソナス・ファベールのエレクタ・アマトールⅡという90年代終わりのものです。オーディオに詳しい人ならなるほどというチョイスでしょう。
このメーカーの設立者のフランコ・セルブリンという人がとても弦楽器にこだわりを持っていてユニークなスピーカー作って有名になったイタリアのメーカーです。
見た目がまず、ウォルナットの天然の木材でできています。普通スピーカーというとパーティクルボードやMDFにプリントの木目を張り付けてあります。前面には革が貼ってあり家電製品というよりは工芸品のようです。

工芸品のような木の暖かさ、イタリア人の音楽に対する考え方、とりわけヴァイオリンにこだわりのあるメーカーということで有名になったものです。今でも中古品はかなり高い値段がついている高級ブランドでもあります。

実際に音について言えばイメージと近いものがあります。未来のハイテク製品だとか、正確な計測器具というよりは暖かみのある音で音楽を聴かせるというものです。
音楽のノリがよく楽しく聞こえるので、本当のコンサートに行くと眠くなるくらいです。

というわけで当時若気の至りで勢いにまかせて買ってしまったのですが今でも愛用品です。今ならもうこんなものは買えないでしょう。


ヴァイオリンという楽器の音を出すのに特にこだわって作られた製品ということが言えます。弦楽器は弓と弦をこすることによって複雑な音が出ます、これがリコーダーのような木管楽器ならもっと単純ですし、ピアノでもチェンバロに比べると澄んだ音がするように進化しています。それに対してヴァイオリンは複雑な音を持っています。シンセサイザーでも再現が難しいものです。

たいていのスピーカーではヴァイオリンの音はなんとなくあやふやに聞こえるだけですが、これは弦楽器が生み出すいろいろな音を細部までとらえようと意識して作られていると思います。単に高音質なだけでは澄んだ綺麗な音はしますが、味のある枯れた音が出ません。


それでもいくつか問題点があります。
まず細かく描きすぎているという点です。実際にホールで聞けば楽器の音などというのはそんなにはっきり鮮明に聞こえません。それに対して高級オーディオは鮮明であるほど音が良いと考えられているようです。
モノラルだったものがスピーカーを左右2つ使うことでステレオ再生というものができるようになりました。1960年頃から普及してきました。これによって舞台があたかも存在するかのように聞こえます。これを英語ではサウンドステージといいます。

このスピーカーでは音が細かすぎるためにサウンドステージがミニチュアのように聞こえます。オーディオマニアはオーケストラの楽器の音源が一つ一つ分かるくらい鮮明なのを高音質と考えるでしょうが実際はそんなふうには聞こえません。もっとごちゃごちゃになってほしいわけです。

ヴァイオリンは優れた名器ほど音がホールに豊かに広がるので音がどこから聞こえてくるのか音源がはっきりしなくなります。安い楽器は楽器のところで音が鳴っているように聞こえるので音源が特定しやすいのです。つまりオーディオマニアが良い音だという音は、安いヴァイオリンの音なのです。


もう一つは金属的な音がするのが問題です。
かつては私はほとんどバロック音楽しか聴かない古楽ファンでした。古楽の録音ではたいてい弦楽器の音はカチャカチャとした金属的な音になっています。自分でバロックヴァイオリンを作ってもそんな音ではないようですが、広い場所ではモダン楽器のような音の豊かさが無いのでそのように聞こえるのかもしれません。

このため金属的な音であることはバロック音楽の録音とは一致していました。有名なレーベルではハルモニアムンディなどはそうですね。だから特に気になりませんでした。

しかし最近はモダン楽器も聞きたいと思うようになって問題となったわけです。

見た目の木材の暖かみとは裏腹にこのスピーカーは結構金属的な冷たい音がします。これはドイツや北欧のメーカーにも多い印象があります。実はこのスピーカーも自分で作っているのは箱だけでスピーカーの部品自体は北欧のメーカーのものです。


暖かみのあるキャビネットの音とスピーカーユニットの冷たい音が同時に同居しているというちぐはぐなものです。これを一つにしたいです。


このため全体としては、鮮明すぎる音をあいまいにしてぼかしたいというわけです。普通オーディオマニアはそういうことは考えないでしょう。鮮明なほど音が良いと考えるのが普通だからです。

音をぼやかせると、眠くなるような音になってしまうので音楽的な表現は失ってはいけません。

また小型スピーカーなのでスケール豊かな低音は出にくいものです。小型とはいってもウーファーの直径は18㎝と現代では特別小さい方ではありませんが、大きなスピーカーのようなゆったりとした音は難しいです。
それもポイントです。

DAコンバーターからはじまった

前回DAコンバーターの話をしました。PCの音を良くしたいという理由からでした。パソコンなども買い替えるとちょっと音が良くなったりしたものでした。ヘッドフォン出力から出しても新しいものを買ったら音が良くなっていたようです。
それに比べるとミュージカルフィデリティのDAコンバーターは激変といえます。

これをCDプレーヤーとつないでも金属的な音は和らぎました。それでもまだ金属的すぎます。

そこでスピーカーケーブルを交換しました。
ミュージカルフィデリティがイギリスのメーカーで感心したということもありますが、他によく知っているのはタンノイというスピーカーメーカーです。これもイギリスのメーカーで名門中の名門です。
タンノイには昔の家具調ステレオみたいなシリーズと、現代的なものがあります。私がコンサートホールの音を最もうまく再現していると思うのは現代のタンノイだと思います。音楽的な表現も優れています。オーケストラでもビブラートが鮮明に聞こえるし、フォルテシモではド迫力です。
私がクラシックファンに薦めるならモダンタンノイです。

オーディオケーブルのメーカーにもイギリスのQEDというメーカーがあります。

QEDのスピーカーケーブル

理系的な知識を持つ人がオーディオマニアの世界をクレイジーだと思う典型が「ケーブル」です。電線で音が変わるわけないだろうというものです。こちらでは原住民の神秘的な呪術に例えられ「迷信」として批判されています。

弦楽器の弦とも似ています。こだわる人はものすごくこだわるし、気にしない人は全く気にかけません。日本ならヴァイオリンを買えばドミナントが張ってあるでしょう。お店としては安い弦なので費用が掛からなくて済みます。オーディオ機器では「赤白ケーブル」というものが付属していることが多いです。


QEDのPrpfile 79 Strandというものを買いました。これは1メートル2ポンドほどのもので300円位のものです。それ以前には日本から持って行った日本製の10倍以上の値段のものを使っていました。アクロテックというメーカーのもので今はアクロリンクに会社が変わっています。

このようなものは外国製品はとても割高になります。日本で安い日本製の物がヨーロッパではものすごく高い値段になっていたりします。ヨーロッパにいるならヨーロッパのものを買った方が安いです。


繋ぎ変えて聞いてみると、金属的な音がだいぶ減って高音も柔らかくなりました。値段は10分の一ですが音が悪くなったという印象はありません。
もともと残響の響きは多かったのですが、QEDでは広いホールに響き渡るという感じなりました。低音は引き締まっていたのが豊かになりました。全体的に音は柔らかくおおらかな鳴り方になったので狙った方向に変化したと思います。

つまり音は変わる関わらないかで言えば変わるということが言えます。しかし値段が高いほど音が良いかについてはよくわかりません。
同じQEDの上級モデルになればもっと良くなるかもしれませんが、不満を解消するということにピッタリ合っているかはわかりません。

この安価なケーブルはコンサートホールで録音されたものは響き渡るのですが、スタジオで録音されたようなものならエコーが増えるようなことはありませんし、ポップスのように人工的に加工されたエコーならそのように聞こえます。
低音が多く入っている録音なら豊かな低音に聞こえるし、低音が少ない録音なら低音は控えめになります。

テレビなどの音声でも出演者の声が汚ければより汚く聞こえます。したがって音源の音がそのまま出ているだけのようです。これが以前つけていたような高級ケーブルならあらゆる音が美化される効果があったかもしれません。

高級ケーブルは理屈の上では伝送中に音(電流)が劣化するのをいろいろな手法で防いでいると説明されています。でも実感としてはフィルターのように耳障りな荒っぽい音を除いたり、高音質に聞こえるような癖を与えているように思います。

2ポンドのこのケーブルでは音源の音質が良ければ全く不満はなく、録音の音質やデジタル音源の圧縮が悪ければそのまま悪い音で出るということでしょう。

ともかくCDの録音が良ければ狙った通りの改善が見られたと思います。

QEDのデジタルケーブル

これでもかなりいい結果が得られましたが、さらに欲を出してCDプレーヤーとDAコンバーターの間のデジタルケーブルもQEDのものにしてみました。


はじめに付けていたのはドイツのインアクースティックというメーカーの2000円位のものでした。かつてはモニターPCという名前で日本でも売られていました。現在ではパソコンのモニターと混同してネットの検索結果では出てこないのがブランド名を変えた理由でしょうか。

QED Performance Digital Coaxial Audio Cableというものです。PerformanceはProfileよりも上級シリーズで5000円以上するものです。これがデジタルケーブルでは一番安いものです。

理屈上はデジタルケーブルなどは音は変わらないはずです。たまたま3000円位で新品同様の中古品が売りに出されていたので気軽に買ってしまいました。

そんなに変わらないだろうと思ったら大間違いでした。

インアクースティックのものに比べて高音は柔らかくなって希望通りでした。しかし望んだ変化以上に全体的に音が変わってしまいました。スピーカーケーブルでもそうだったのですが、音が空間に響き渡るのがもっと強くなりました。ワンワンと響いて風呂場の様な音になってしまいました。

バランスとしては高音のほうが地味で低音が豊かに伸びています。暖かみのある暗い音になりました。
響きが多すぎるのですが、それは細かなニュアンスまで再現しているわけで録音がはまればコンサートホールのような響きになるはずですが、録音が悪ければワンワンした音になるだけです。

演奏のニュアンスも変わったように感じられます。オーケストラなら指揮者が変わったようです。勢いの良い演奏をしていた人が繊細なタッチに変わりました。デジタルケーブルで演奏のニュアンスまで変わるのですから驚きです。

全体としてはQEDのほうが良いのかもしれませんがワンワンとしてしまうバランスに問題があります。

スピーカーの位置の調整


ケーブルにはエージングが必要だという意見があります。エージングというのは電気を長時間流していくと音がよくなるということです。弦楽器なら弾き込んでいくと音がよくなるのはよく知っていますが電線でもそうなるというのは理屈が分かりません。

はじめに付けたインアクースティックのデジタルケーブルは金属的な音が強くCDプレーヤーを何日もずっと鳴らしっぱなしにしていたら音が少し柔らかくなったような気はします。このまま何か月も使い続ければもう少し柔らかくなるのかもしれません。QEDのほうが柔らかいのですが音がワンワンとしてしまいます。インアクースティックに戻したほうがいいかもしれません。

それに対して他に音を変える方法があります。スピーカーの位置を変えることです。スピーカーの位置はわずかでも動かせば音が変わります。弦楽器の中につっかえ棒として入っている魂柱に似ています。


上下左右3次元で右と左があるので位置は無限です。場所が変わるとすべて音が変わるというのですからどこにしていいかわからないものです。

まず床からの距離はスピーカースタンドを使用しているのでそれで固定としましょう。実は高さを変えることができるものですが面倒なのでいじらないようにしましょう。

左右の間隔を変えてみました。
間隔を広げると空間がクリアーになり広がったようです。狭めると音の広がりがなくなってごちゃごちゃになりワンワンした音がまとまって厚みが出るようです。私の希望はごちゃごちゃにしたかったので前よりも狭めることにしました。

後ろの壁からの距離については壁に近い方が高音が金属的で鋭いようで、離していく方が柔らかくなるようです。同時に空間の響きも豊かになります。ますます風呂場状態になっていきます。あまり壁から離すと部屋も狭くなりますし鋭さと天秤にかけて適当な位置を探しました。

前よりも壁から離した結果音が柔らかくなり、響きも広がったのでさらに間隔を狭めました。

これでバランスが良くなったのでとりあえず音楽は聞けるようになったでしょう。少なくともエージングよりもスピーカーを動かすほうが音の変化は大きいものです。

QEDのデジタルケーブルに換えた直後はワンワンしたようなものだったのが結構カチッとした音になっています。

弦楽器の音を再現?


後はオーディオの事を忘れて音楽を聴けば良いだけです。

コンサートホールの音になったかといえば無理があります。しかし好きな音で音楽が聴けるようなったことは間違いありません。暖かみのある音で豊かに響き渡りクラシックらしい荘厳な響きが楽しめます。小型スピーカー特有のミニチュアサウンドステージは中型スピーカーくらいの感じにはなったでしょう。音楽のニュアンスも伝わってきます。楽譜のリズムを外したようなアドリブもはっきり聞こえます。

協奏曲でヴァイオリンのソロはかなり良い線を行っていると思います。難しいのはオーケストラパートです。
ソロならこの前私が作ったピエトロ・グァルネリ型のヴァイオリンの様な音になりました。

ずっと気にしてきた金属的な音も、モダン楽器にはそんな音のものもあるので間違っているとは言えません。でもオーケストラ全体が金属的な音がするのはおかしいです。
一方チェロではほとんどの人がスチール弦を使っているので金属的な音のほうが良いです。ヴァイオリンの音を柔らかく調整するとチェロでは弱くなりすぎます。

ピアノ伴奏のヴァイオリンソナタではさすがに本当のヴァイオリンの音と同じかというと難しい所があります。録音のマイクが近すぎたりするのかもしませんが音がはっきりしすぎます。子供用の1/2くらいのヴァイオリンのような感じがします。もっと自然に大らかに鳴らなくてはいけません。


更にRCAケーブルもアクロテックからQEDに換えようかとアイデアもあります。さらに風呂場のようになる危険性もあります。
それでも無理ならアンプの交換になりますが、高価になるので手が出ません。

音の変化の難しさ


オーディオでも楽器の調整でも音の変化を感じるのは難しいことです。

私が疑うのは、その変化が相対的なものか絶対的なものかということです。

前と比べて変化した違いにだけ注目していると大きく変わったような気がします。しかし全体として見れば変わったのはわずかのことかもしれません。

このような調整やエージングによって音が柔らかくなったと思って休暇を終えて久々に会社に行って会社のステレオの音を聞くととても柔らかく聞こえました。こんなに柔らかい音だったのかと思いました。
音が柔らかくなったと思っていたのは単に耳が慣れたからかもしれません。

理屈上は基準としてもう一つオーディオシステムが必要です。そちらは常にいじらないでおくべきです。何かをやったら聴き比べるべきです。

楽器でも音を調整する前に、もう一つ別の楽器と弾き比べをしておいて、調整後のものとまた弾き比べるとどうでしょうか?

魂柱を動かして調整したときは同じ楽器の「ビフォーアフター」を比べたのですごく変わったように感じたのが、別の楽器と比べるとやはり元の楽器の音であることに変わりがなかったということに気づくでしょう。

音の調整には懐疑的な見方も必要だと思います。

こんにちはガリッポです。

ヨーロッパでヴァイオリン職人の仕事をしていますので、いつもはヴィオリンなど弦楽器の話をしていますが、今回はお休みをいただいているので関係ない話をしましょう。

大学生だったころはお小遣いの多くをCDの購入に使っていました。職人として就職してからは初めは給料が安くて生活していくだけで精一杯でしたし、小さな都市なので品ぞろえの良いお店のもありません。
ラジオから流れて来る音楽を聴くだけで積極的には聞いていませんでした。

去年はコロナの影響で家で仕事をする時期もありました。家では自分の好きな音楽をかけることもできます。そんなわけで興味が戻ってきました。

どんな音楽を聴こうかというのは今なお模索中であります。




今では携帯音楽プレーヤーやスマホやタブレット、PCを使って音楽を聴くことも多くなっているようです。いろいろなサービスがあって今でも十分に理解していません。同様に訳が分からなくて音楽から遠ざかっている人がいるとすれば残念です。

その前にハードウエアとして音質をよくするためのアイテムがあるのです。USB-DACというものです。知っている人は良いですが、私は全く知りませんでした。

DACというのはDAコンバーターの略で昔からあります。CDのようなデジタル信号をアナログ信号に変換してスピーカーから音を出すためのものです。しかしDAコンバーターを買うということはありませんでした。CDプレーヤーを買えば内蔵されているからです。それどころかスマホやPCにも内蔵されています。

DAコンバーターとCDを回転させてレーザーで信号を読み取る装置が別々になっているのはものすごく高価なものに限られていたので縁のないものだというイメージでした。

これに対してUSB-DACはUSB端子で入力が可能だというものです。デジタルのIT機器からDAコンバーターに接続できるというものです。
なぜ必要かと言えば、IT機器に内蔵されているDAコンバーターは安上がりのもので音質が期待できないからなのだそうです。

最近はヘッドフォンがブームで数万円のヘッドフォンともなれば音質が良すぎてデジタル音源特有の嫌な音が聞こえてしまいます。そこでヘッドフォンの端子につなぐのではなくUSB-DACに接続します。ヘッドフォン用の製品はボリュームがついていてヘッドフォンアンプが内蔵されています。

私の場合にはヘッドフォンは使わないのでボリュームもヘッドフォンアンプも必要ありません。

USB-DACは中国メーカーのものなら1万円程度で、高級オーディオメーカーなら10万円や20万円は当たり前です。5万円位でも安い割には音が良いみたいな世界ですからビックリです。

中国メーカーも進歩は著しいのでしょうが、また買い直すのも嫌なので割高でもオーディオメーカーとして歴史のあるメーカーのものを買おうと考えました。


私が選んだのはミュージカルフィデリティというイギリスのオーディオメーカーのものです。ヨーロッパで買えるもので一番安いのはオーストリアのPRO-JECTというメーカーのものですが、音については全く情報がありません。次いでケンブリッジオーディオというイギリスのメーカーのものです。ネットでの評判は分かれているようです。

ミュージカルフィデリティのものは3万円位です。せっかく買うなら手持ちのCDプレーヤーの音もよくできるものの方が良いと思いこれにしました。一般の人にして見れば買う必要のないものに3万円、オーディオマニアからすれば一番安いクラスの製品です。

ミュージカルフィデリティのV90-DACというものでボリュームもヘッドフォンの端子も何もついていないものです。日本では販売していないようです。

ミュージカルフィデリティは一般的なオーディオメーカーとは違い音楽の魅力を再現することをモットーとしたメーカーです。これも言葉ではよくわからないものです。
一般的にオーディオ製品というのは家庭用のものと業務用のものがあります。家庭用でコンパクトなものは家電店で売っていて、高級なものはオーディオ専門店などでオーディオマニアのために売られています。
業務用のものには楽器店で売っているような音楽家向けの製品があります。
おそらく「音楽」というのは業務用のような考え方なのではないかと思います。

クラシックの場合には生の音なのでいわゆる音響機材というのは必要ありません。それが現代のポップミュージックでは必須のものです。そこにミュージシャンによってはとてもこだわりを持っている人もいます。ちょうどヴァイオリンで音が良いか悪いか気にするようなことです。
学園祭などで学生バンドの演奏を聴いた後でプロのバンドの演奏を聞けば楽器や機材のレベルが全然違うのが分かります。
オーディオマニアではないのですが、こだわりのある世界です。

実際にミュージカルフィデリティのDACをPCとアンプの間に接続して試してみるとまずまろやかな音に変わりました。デジタル音源特有の嫌な高音が和らぎました。デジタルは低音はクリアーで優れているのですが、高音に難があります。波長が短くなると粗さが出てしまうからです。さらにネットで扱われる音源はデータの量を減らすために圧縮がかけられているのでソースによっては聞くに堪えないものです。これがアナログであればAMラジオのように音が悪くてもそんなに嫌な音ではありません。

それについては人工的にアナログ信号を再現して補うのがこのようなDACの性能です。

さらにメーカーの特徴である音楽性については躍動感が増しました。

例えばドラムの演奏では全身を使って叩いているドラマーの動きが伝わって来るようです。
ちょっとレトロな音色でもあり、特に合っているのは60~70年代くらいのロック音楽でしょうか。最新のデジタル技術で真空管のギターアンプやアナログレコードのようなそういう音を再現することを目指しているのだと思います。まさに私の趣味で、昔のものが持っている魅力をいかに現代に通用するレベルにするかということです。それも過剰すぎずに作られているのが見事です。勉強になります。

クラシック音楽でもメリハリの効いた表現になっています。イギリスやフランスのバロック音楽で太鼓を使っているとドン!ドン!と中世やトルコなどの音楽のようでクラシック音楽ではないかのようです。
オーケストラでも指揮者の意図が伝わってくるように感じられます。フォルテシモではド迫力です。聞いていて楽しくなるのはこのメーカーならではなのでしょう。

このミュージカルフィデリティのDACはACアダプターが付属しています。上級モデルでは電力を供給する電源の部分が内蔵されています。それ以外は同じようなものらしいので差は電源だけということになります。
実はこのDACに使えるメーカー純正のグレードアップ用のアダプターがあります。それを1万円くらいで購入しました。これにすると低音が深くしっかりしたように思います。ネットで買ったので予想以上にサイズが大きくてびっくりしました。本体とあまり大きさが変わらないです。写真で本体の横に写っている黒いものです。


これでPCを使って音楽を聴けるようになったかというのが問題です。たしかにデジタル音源のマイナス点は解消されました。一方でCDプレーヤーからデジタル出力でこのDACに接続するとさらに音が良いのです。
PCから出力した場合も音は綺麗ではあるのですが、薄っぺらい感じがします。CDのほうが音に立体感があり生々しくスケールが大きく感じます。

私の気持ちとしてはネットでいろいろな音楽を試しに聞いてみて、気に入ったものをCDで買ってCDプレーヤーで再生するという方向に流れてきています。

iPodのブームのころにも全く無関心だったのでハードディスクなどに音楽データをコレクションするという習慣もありません。結局またCDを聞くという結論に至りそうです。

ネットではものすごくたくさんの音楽が配信されているとなるとどれを聞いて良いかわかりませんし、もっと他に良いものがあるかもしれないとザッピングをしてしまいます。CDなら途中でいじらないので音楽に集中できるように思います。

私は、なにも進歩がありません。
最新のDAコンバーターで15年以上前のCDプレーヤーがグレードアップされただけです。知らない音楽を学ぶのとBGMとしてはネットの音楽も使えそうです。


グレードアップ電源アダプター、ケーブル類なども入れると5万円くらいの出費です。それで20年前のオーディオ機器を今風にアップデートして買い替える必要はありませんから無駄遣いとも言えないでしょう。



趣味というのは物を考えるヒントになるものです。
弦楽器の世界は市場規模が小さく、伝統産業で近代的な考え方が理解されていません。師匠がそうだと言ったらそれを信じるだけでした。

オーディオ機器は現代の工業製品で弦楽器のような謎に包まれた世界ではなく事細かに理論化されています。もし理論の通りに行くのなら、理想通りに作られ高性能になればなるほどどのメーカーのものも同じ音になるはずです。しかし実際には全くその逆で高価なものになるほど音がバラバラになっていきます。高価なオーディオだから音が良いということではなく「なんじゃこりゃ?」という音になりえるということです。カタログに書いてある能書きは無視して実際に聞いてみるしかありません。

一度高級店や大型電気店でいろいろなスピーカーの音を聞かせてもらうと良いでしょう。あまりにも音が違うのに驚きます。
「これが一番売れています」と紹介されたものを聞くと「何だこの音?」というようなこともしばしばです。それが難しさです。

私は生の弦楽器の音を普段から聴いていますから、一般のオーディオマニアとは耳が全然違うのでしょう。つまり人によって好む音や、聞こえ方が全然違うのです。メーカーは「自分たちの理想の音」を作り上げて勝負します。販売する人はそれぞれのメーカーの特色を理解してユーザーの好みに合うものを知らせるのが仕事なはずです。実際には月の売り上げ目標のほうが大事なのかもしれませんが…。

このような多様性は趣味やモノづくりの面白さでもあります。


これに対して弦楽器製作は画一的なものでした。
我々のヴァイオリン職人の世界では「巨匠=音が良い」しかないのです。良い音のヴァイオリンが欲しけれ値段の高い有名な作者のものを買えば良いという単純な考え方でした。職人は有名な職人の弟子になることが目標でした。

音は「良い」「悪い」という一つの尺度で測れるものではありません。
店頭で楽器の弾き比べをしているお客さんに話を聞けばみな「難しい」と言います。試奏して10本のヴァイオリンを1位から10位まで順番に並べれば良いでしょう。
そういうことはできません。音は何とも言葉では言い表せないけども、確かに違うというものです。それに順位なんて決められないのです。

順位なんて決められないのに値段に反映させることなんてできません。少なくともうちのお店では、音で値段を決めてはいません。


音には趣味趣向があり、多様な音があるということをまず知らなくてはいけません。実際にミュージカルフィデリティでは音楽の躍動感を再現する、真空管やアナログレコードのような音を最新のデジタル技術で再現するというはっきりとした意図を持っています。違う考え方のメーカーとは音が違うのは当然です。

それと同じようなことは弦楽器の世界では聞きません。
作者が私はこういう音を目指していますとは聞かないです。こういう音を目指して作られたものだとして売られているのも聞きません。「〇〇だから音が良い」と理屈は言いますが具体的にどんな音を目指しているのかというのが無いのです。その結果の音について冷静に評価をしていないので理屈が本当かどうかもわかりません。

多くのユーザーは「音が大きい」ということを優れた楽器と考えるでしょう。何の断りも無ければそのことになります。となれば耳障りでも何でも良いのです。
しかし私が目指しているのはそれとは違います。「オールド楽器の様な音」というのをはっきりと目標にしています。オールド楽器の様な音が良いのか現代の楽器のような音のほうが良いのかは個人の自由だと思います。
「有名な作者だから音が良いに決まっている」と売られている現代のものからオールド楽器の様な音が出ないのです。

それは良いか悪いかではなく「違う」ということです。
違いについて考えることをしてこなかったのが弦楽器の業界です。

楽器製作ではどこをどう変えると音がどう変わるかという教育は受けません。お手本通りに正確に加工できるか問うだけです。そのお手本は偉い師匠のそのまた師匠の誰かが言っていたものです。

発想を変えることが必要です。


もしオーディオに興味がある方がたまたまこのページを訪れて下さったなら、「原音」である楽器がどんな風に作られているか知るのも良いでしょう。

オーディオでヴァイオリンの音を再現するという事にも次回挑戦します。





2021年、新年あけましておめでとうございます。

今年もまだまだ先が見えません。
ワクチンの接種が始まっていますが、大多数に行きわたるまでには時間がかかります。
我慢比べに勝つのは人類かウィルスかどっちでしょうか?

プロの音楽家の方々はとても苦しい状態が続くかと思います。
全体としては家で過ごす時間が多くなり音楽への関心は高まっているようです。

私自身もその一人です。
家で過ごす時間が増えて、結局何をするようになったかと言えば音楽を聴くということでしょうか。
仕事で力を使い過ぎているので自分で楽器を演奏するほどの気力はありませんが、せめて音楽を聴くことはこだわりを持って行きたいです。

ハイテクには疎い職人なので、デジタル時代の音楽環境の整備に四苦八苦しているところです。

ともかく、皆さんもお体には十分気を付けて音楽を楽しんでください。

2021年元旦
こんにちはガリッポです。

今年も仕事納めです。
2020年は変な年でしたね。

私はあまり生活は変わりませんでした。ずっと仕事ばかりです。ただ免疫力を損なわない為にも仕事はセーブし家で過ごす時間が増えました。
気が付いてみると何の趣味もなく仕事一筋でした。
一年も暇な時間を過ごせば自然と好きなものは見つかって来るでしょう。それでも何となく疲れた一年でした。休暇をいただいて休めたいと思います。

ホプフのヴァイオリン

代表的なヴァイオリンのモデルと言えば、ストラディバリ、デルジェス、シュタイナー、アマティ、マジーニなどです。
全くこれらとは違う独特なモデルがあります。

前回も触れましたが東ドイツのクリンゲンタールのホプフモデルです。

裏板のボタンの下にHOPFと刻まれています。焼き印というよりは彫ったような感じもします。

形は独特で他のドイツのオールド楽器とは全く違います。シュタイナーモデルではありません。f字孔も尖って大きなものです。

ニスも南ドイツのような真っ黒のものではなく黄金色をしているものが多いです。

スクロールはひびが入って状態が悪いですが、シュタイナー型のものとは全く違いますし、近代のものとも違います。

この楽器にはラベルがついておらずはっきりした年代は分かりません。ニセモノか本物かで言えば、わざわざホプフモデルのニセモノを作ることは無いでしょう。間違いなくホプフ派のものです。形が独特なのですぐにわかります。同じ時に3本も修理などで手元にあって比べて見ても同じ形です。

アーチはオールドのドイツの楽器にしてはそれほど高くないものですが、近代のものとは全く違うので本物のオールドヴァイオリンだとわかります。年代は1700年代の後半に多く作られたようなのでそのあたりでしょう。

ホプフモデルはホプフ本人が作ったものだけでなく地場産業として他の業者も作っていたようです。したがってHOPFはクリンゲンタールのブランドのようなものだそうです。しかし形は統一されていてそっくりです。
ホプフはマルクノイキルヒェン出身の一族ですぐ近くの街に工場を作ったくらいの感じです。マルクノイキルヒェンのローレンツという家族の1700年頃の楽器にも似たような形のものがあり裏板の同じところにLORENZと刻まれています。マルクノイキルヒェンでは1600年代からシュタイナー型とは違うフラットなアーチのものを作っています。ストラディバリがフラットなアーチを発明したというのは無理があります。

ホプフは20世紀まで続いて大量生産品が作られていました。戦後まであると思います。しかし近代の量産品は形がホプフ型であるだけでそれ以外はストラドモデルの近代的な量産品と変わりません。今ではホプフ型も無くなってしまいました。

オールドのマルクノイキルヒェンのネックは斜めに取り付けてあり、モダン楽器とあまり変わりません。そのためバロック時代のオリジナルのネックをそのままモダン仕様として使い続けているものがあります。

ネックの構造としては最も先進的なものだったと考えられます。

この楽器は状態も悪く修理も感心しません。値段は相場の本にも記載されていません。

これは作者のラベルがついておらず裏板にHOPFと刻まれているだけでは、作った人が様々で、近代の量産品まで含まれてしまうため値段がはっきりしない為です。

一般的にマルクノイキルヒェンのヴァイオリンの相場が2,000~10,000ユーロくらいです。これは新しい物や古いもの関係なくヴァイオリンというものの値段です。つまり産地名やメーカー名によるプレミアが無いので品質がそのまま値段になるということです。

これがオールドであることは明らかで1700年代の終わりごろのもので高価な方でしょう。近代の量産品ならずっと安くなります。しかし状態が悪いので最高額は難しいでしょう。

ホプフのヴァイオリンが邪険にできないのは、前回私が説明した条件を備えているからです。実際この楽器も弾いてみるとオールド楽器らしい音がちゃんとするのです。
一般的なモダン楽器に比べると柔らかくて高音も柔らかいものです。
枯れたような渋い味のある音で高いアーチの窮屈さも無いです。

音だけで言えば2流~3流のイタリアのオールドヴァイオリンに近いものがあると思います。値段は1万ユーロ(120~130万円)もしないわけですが、頭数が多く入手できる可能性も高いものです。

値段からしたらびっくりするほどの音のものです。愛用している地元では有名なヴァイオリン教師もいます。100万円程度でこの楽器なら新作を持っている周りとは全く違うレベルの楽器になります。オールド楽器の音がするのですから。

他とは全く違う個性的なモデルで何かのモノマネではないオリジナリティあふれるものです。過小評価されている典型と言えるでしょう。ユーザーにとってはお買い得です。ただし、近代の量産品はただの量産品です。古いものでは修理にお金がかかることも忘れてはいけません。

チェロの修理


他にはチェロの修理もやっていました。

これはW.H.ハミッヒの1888年にライプツィヒで作られたものです。モダンチェロらしく綺麗に作られています。

右上のところがニスが剥げている軽いアンティーク塗装できれいに作られたものです。

作者について詳しく見て見るとヴィルヘルム・ヘルマン・ハミッヒは1838年に生まれ1925年に亡くなっています。
マルクノイキルヒェン出身でベルリンのカール・グリムの下で修行しています。
マルクノイキルヒェン系の作者では最も評価が高く、ヴァイオリンの相場は2万ユーロになっています。
ライプツィヒに自分の工房を構え楽器の製造を行いベルリンにも支店を持ったそうです。
音楽の盛んな都市で活躍したということで値段もドイツの作者ではかなり高くなっています。
チェロは普通倍といわれていますが、フランスのものでも2.5倍くらいすることは普通です。そうなると5万ユーロくらいの値段になってもおかしくありません。600万円くらいですからかなり高いです。
ハミッヒが特別なのはチェロをかなり多く作っていることです。別にびっくりするほどのチェロというわけではありませんがコンスタントに上等なチェロを作り続ければ歴史に名前を残すことになります。

今回の修理の依頼はこれです。ネックにひびが入っています。

チェロではよくあることです。

指板を外してみるとネジが入っていました。ネックが折れたのは最近ではなくすでに木ネジで修理がされていたものでした。それも耐えられなくなり傷が開いていたのです。

安価な楽器やコントラバスではちゃんとした修理をするとあまりにも高額になってしまうのでこのような修理をするしかないこともあります。しかし600万円もするチェロでこの修理はいただけません。
問題はネジと木材の強度が違うため、ネジを支点としてぐらついてきてしまう事です。木材がつぶれてしまいます。
こうなるとネックが抜けはしないけどもヒビが徐々に大きくなり調弦が不安定になってしまったり、音が弱ったりします。

これを名の知れた鑑定士のところで買ったのだそうです。ネックが折れていることは知らされておらず、今回初めて発覚したものです。もしネックが折れているのなら修理代は差し引いて値段を付けなくてはいけません。権威のある鑑定士でも所詮は商人でこの程度なのが弦楽器業界です。

これはネックを新しくする継ネックという修理が必要です。お金はちゃんと支払われるのできちんと修理することができました。
このような綺麗に作られた楽器に正当な修理を施すことはややこしいことは何もありません。ただただ作業の量が多いだけです。
粗悪品では何もかもが滅茶苦茶で修理は難しいです。


ノコギリでペグボックスの壁を切ります。

チェロは弦の力が強いので引っ張りに強い構造にします。

新しいネックを差し込みます。

このような作業を自動的にできる機械があれば多くのチェロを救えますが、残念ながらとても慎重な手作業が必要となります。
接着面も完璧に合わせるのは難しいものですが、それ以外の作業量も膨大です。
ネックがヘッド部分に対して斜めになったりしないように気を付けるのがシビアです。

ネックの加工もとても手間のかかる仕事です。

ニスもオリジナルの様に再現しなくてはいけません。これは私なら簡単にやってしまいますが。

こちらはもっと難しいです。この程度になっていれば継ネックの跡も目立たないものです。

ハミッヒのチェロ



チェロでこれだけの品質ならとてもきれいに見えます。コーナーは師匠のグリムの影響があり角は丸く独特な形になっています。

ニスはマルクノイキルヒェン特有のラッカーではありません。においが違います。分厚いオイルニスでしょう。当初は柔らかったのかもしれませんが今ではしっかりしたものです。

マイスタークオリティのチェロと言えるだけのスクロールです。

横板のコーナー部分の合わせ目を見ると大量生産品と似ています。これはおそらく外枠式で作られたものです。製法自体は大量生産と同じような方法で高い品質で作られたものです。
ストップが長いのもマルクノイキルヒェンの特徴で41㎝あります(現在の標準は40cm)。

チェロで有名になるくらいの数を作った作者なら大量に作るための手法が用いられています。マルクノイキルヒェンの出身であり親族も多く弦楽器の製造に従事していたので、ライプツィヒやベルリンに店を構えていても工場はマルクノイキルヒェンにあったということでしょう。パリとミルクールの関係に似ています。

現在でもこのようなことで大量にチェロを作れば相当売れてチェロの作者として有名になれるでしょう。

日本には腕の良いまじめな職人がたくさんいるのでうまく組織すればこれ以上のチェロの工場も作れるかもしれません。

このチェロで私が気になる点は裏板がかなり厚いことです。600万円もする有名な作者のチェロでもこの程度です。

ちょっと珍しい弦のコンビネーションになっていることに気づいたでしょうか?

修理前についていたものですがC線だけがトマスティクのスピルコアで他がラーセンになっています。普通はGとCの2本をスピルコアにします。スピルコアは古い世代のスチール弦で金属的な強い音がします。ラーセンは柔らかい音が特徴です。C線だけスピルコアなのが珍しいです。

裏板が厚いせいだと思いますが、低音が弱いのです。はじいてみるとG線くらいから鳴り始めるよくあるタイプのチェロです。C線が弱いと感じたのでしょう。

それでも1888年のチェロで古い分だけ音にも深みがあり、鳴り方も強くなっています。学生やプロのオケ奏者がこぞって欲しがるレベルのものです。これで裏板がもっと薄ければ文句ないのですが、チェロというのはこの程度のものでも600万円もするのです。それだけ良質なものは作られた量が少ないのです。

今回の修理によって駒の高さもずっと高くなりました。力強さも増したでしょう。音が変わったなら別の弦も考えると良いでしょう。


今年はこれで終わりでしばらくお休みになるかもしれません。私は休暇を取って自宅に待機します。楽器以外のことを考えて過ごしたいと思います。
こんにちはガリッポです。

高いアーチの楽器の特徴について考えてきましたが、それ以前にヴァイオリンとして必要な条件は何なのでしょうか?値段が高いとか作者が有名だとかどこの国の人だとかそのような技術とは関係のない点を考えても意味が無いことは明らかです。

私の考える良いヴァイオリンとは


前回は窮屈さについてお話ししました。
ソリスト用の楽器には、窮屈な構造だけでなく柔軟性の不足もスケールの大きな演奏の妨げとなると思います。板が厚すぎるということです。
アーチの構造が窮屈でさらに板が厚ければ条件としては最悪です。
周辺に削り残しが多いのも妨げとなると思います。

板の厚みについては裏板の魂柱の付近は厚くなくてはいけません。最低3mmは無いと変形して魂柱のところがボコッと出てきてしまいます。音の面でも強い音が出なくなってしまうと思います。3.5mmもあればとても強い音の楽器はいくらでもあります。
表板も魂柱のところは魂柱によって傷つくので耐用年数を考えると薄すぎないほうが良いと思います。特にチェロの場合には弦の張力が強いので駒の付近は厚めになっている必要があります。

どうしても厚くなければいけない部分は決まっていてそれ以外はごっそり薄くしてもかまわないということです。

まさにこのように作られているのが19世紀のフランスのモダンヴァイオリンでソリスト用の楽器として優れたものです。私もコピーを作ったことがありますが、広いホールでの遠鳴りに優れたものでした。

優れた演奏者はどんな楽器を弾いても力強い音を出します。その時にアーチが窮屈になっていたり、板が厚すぎれば演奏の邪魔をすることになると思います。

ヴァイオリンの場合には幅の広いモデルでアーチが平らで板が薄ければ問題ありません。というのはヴァイオリンは小さな楽器なので剛性が高くなりがちです。剛性が不足するということはあまり考えなくても良いのです。これがチェロやバスになると剛性が高すぎても低すぎてもダメという難しいものになります。一方子供用の楽器では弦の張りが弱いだけでなく剛性が高すぎるためスケールの小さな楽器になってしまいます。小さな楽器ほど丁寧に作るべきなのですが、コストを考えると短い期間しか使用しない小さな楽器では難しいです。



一方で初級者~中級者では何を弾いても力強い音が出るということは難しいでしょう。そんなことはあり得ませんが、楽器が勝手に鳴ってくれるようなものが求められます。50年以上経った楽器では音が強くなっていますし、長年弾き込まれた楽器では音が出やすくなっています。プロのオーケストラ奏者も長時間の演奏では楽だと感じるかもしれません。

一方でキャパシティが大きすぎる楽器は弾きこなせないということもあります。試奏だけで楽器を選ぶなら結果的には剛性が高いヴァイオリンのほうが音が出やすい、出しやすいということは十分に考えられます。
量産楽器に慣れていればそれに近い楽器のほうが弾きやすいのは当然です。

量産楽器はたいてい剛性が高いです。持っただけで「硬いなあ」という感じがします。隅っこまでちゃんと加工していないこともありますし、厚すぎる板や部材を木工用ボンドでガチガチに接着してあります。ニスは硬いラッカーやアクリルをスプレーで分厚く塗っています。扱いに慣れていない子供や初心者、職人が常駐しない総合楽器店などで扱うには繊細な商品ではいけません。魂柱をきっちり入れるとカチカチになってしまってどうしようもないです。グラグラだと結果としては柔軟性が生まれて音がましになることがあります。でも本当に良い楽器なら魂柱はきっちりと入れたほうが最大の能力を発揮できるでしょう。

人数としては上級者のほうが少ないわけですから、「売れるヴァイオリン」というのは剛性が高い楽器かもしれません。日本の場合には演奏者人口も少なくお店を維持するためには「売れるヴァイオリン」を揃える必要があるでしょう。何らかの能書きがつかなければ話になりません。「いかに売れるか」ということにものすごく企業努力をした結果が、こちらとはまったく違うタイプの楽器が出回っている所以でしょう。
ヨーロッパの場合はそんなに企業努力はせずに少ない労力で働くことで利益を上げようという考え方です。お客様は神様ではないので消費者が必死になって良いものを探さなくてはいけません。業者の言う事などは信用せずとにかく多くの楽器を試奏して音の良いものを探すのです。


私が良いヴァイオリンだと考えるのは売れるヴァイオリンとは違います。説明してきたような条件を満たしているものです。作者がどこの国の人だとか、名人だとか巨匠だとか値段とかは関係ありません。
でも全く売れないこともありません。良さが分かる人のために用意すれば良いのです。


もし言葉で言うなら「柔軟性」が大事だということですが、こんなことは聞いたことは無いでしょう。オールド楽器の修理で表板を開けて持ってみるとふにゃふにゃになっています。これも新しい木材よりも柔軟性が高いのです。小型のモデルや窮屈な構造、高いアーチでもこの柔軟性によってカバーできる部分はかなりあると思います。現実に小型のオールドヴァイオリンでも、新作の現代の楽器に比べて遜色がないかそれ以上のキャパシティの大きさを持っています。それは値段が違うので当然と言えば当然ですが、現代の職人が「作ってはダメ」と考えているオールドのスタイルでも現代の楽器には負けません。ドイツのオールド楽器なら値段でも高すぎる値段で売られている新作の楽器よりも安いものがあります。
このようなオールド楽器が競合するのは19世紀のモダン楽器です。これは意見が分かれると思います。

新作楽器でも条件を満たしていれば決して悪くないことは私が実際に楽器を作って証明しています。

柔軟性や剛性という言葉を意識に置くだけでもこれまで言われてきたこととは全く違う見方ができるようになるでしょう。弦楽器というのはある種のバネのようなものとイメージすると良いかもしれません。
バネの仕組みは各部が相互に作用しとても複雑で単純には語れないものです。仕組みを頭で考えるよりも「結果がすべて」だと考えたほうが良いでしょう。その方が職人にとっては厳しいと言えます。理屈を口で言うだけで名工だと認められるなら簡単です。

薄い板の音の特徴


もちろん薄ければ薄いほど良いとか厚ければ厚いほど良いということはありません。「適度」が求められます。

私が言っているのは、薄い方が今の説明のように楽器として柔軟性が増すということと、低い音が出やすくなるということです。逆に中音域は減衰することでしょう。中音域の倍音が減るので暗い音になるのです。板が薄くなると中音域の振動を吸収してしまうというわけです。

うちの会社で同僚がずっとビオラの修理をしていました。ドイツのオールドのビオラで38㎝台のとても小型のものです。修理が終わって弾いてみると一番低いC線の音がものすごくボリュームがありました、高音もビオラ特有の鼻にかかった音もなく柔らかい音のものです。板はオールドらしくビックリするほど薄いもので表板が大きく変形し、裏板も魂柱のところに割れができるほどのものでした。修理は大変でしたが報われたものです。
見た目も真っ黒なら音も暗い音です。
低音の出方は楽器のサイズよりも板の厚さのほうが重要なのです。
女性のヴァイオリン奏者などがビオラも弾くなどという場合には良いものでしょう。オールドで希望のサイズのビオラ自体がまれで、現代の小型のビオラで充実した低音のものは珍しいです。アーチは高いため反応は良いです。値段は大した名のある楽器でもないので100万円もしないくらいでしょうが、100万円あったからと言っていつでも買えるものではないでしょう。弦楽器市場の相場というのはおかしなものです。

このビオラの場合には低音の魅力はありますが低音だけが極端に強いのでちょっと板が薄すぎるかもしれません。「薄いから鳴る」とかそういうレベルではなく副作用も出てくるのです。

しかしわれわれの弦楽器の業界でそのような工学的な考えは聞いたことがありません。工学では強度を高めると重くなる、軽くすると強度が低くなるというような相反する関係が出てきます。弦楽器の業界では何かをすると音が良いとか音が悪くなるとかばかりで音がどのように変化するか具体性のない考えしか聞きません。

だからそのような教えを聞くと「試したこと無いんだな」とすぐにわかります。
でも弦楽器職人は工学的な発想を持っていないのが普通なのでしょう。音楽家と技術者は頭の仕組みが違うのでしょう。
かと言ってかえって理系の人の方が怪しいケースも多いです。思い込みが激しくて理論が飛躍しやすいです。お医者さんが患者を診察するようにまず知ることから初めて対処法を考えなくてはいけません。基本的なことを知りもしないのに訳の分からない理論に飛びついてしまいます。


今回のピエトロ・グァルネリ型のヴァイオリンでも板の厚みはとても薄い物でした。高いアーチに柔軟性を与えるのに板の厚みが重要です。さらに低音の出方も味のあるオールド楽器の様な音色には重要です。板目板に比べると柔軟性が不足します。手加減してはいけません。組み合わせも大事です。



板の厚みは演奏者には音の出やすさの感触として感じることもあるかもしれません。よくf字孔のところを見て「これは薄い楽器だから」みたいな言い方をする人がいます。f字孔のところだけでは板の厚さは分かりません。ちゃんと測らないと思い込みを深めるだけです。


音の鋭さ

オールド楽器では柔らかい音のものが多く、モダン楽器では鋭い音のものが多いということを言ってきました。しかしこれについて理由は分かりません。
こう言うとフラットなアーチは音が鋭くて、高いアーチでは音が柔らかいと思うかもしれません。私が異なる高さのアーチで作った場合にそのような傾向はみられませんでした。高いアーチのほうが鋭いこともありました。

古くなると音が柔らかくなるのではないかとも考えられます。これはある程度はありそうです。ただしモダン楽器の中で19世紀初めのものと後半のものでそのような傾向ははっきりわかりません。古いモダン楽器でもとても鋭い音のものがよくあります。
しかし最も鋭い音がするのは100~150年くらい経った楽器のように思います。それからは柔らかくなっていくのかもしれません。

不快な鋭い音がする原因もよくわかりませんが、人間の耳が敏感な音域の倍音が特に強く出ているということでしょうか。危険を感じたり知らせたりする場合の音と似ていて本能的に脳が反応するからなのでしょう。
板の厚さとの間に法則性もありません。

安価な楽器に多いことは経験上知っています。
特に鋭い音のものは戦前のドイツのものや19世紀終わりのミルクールの量産品にあります。でもすべてがそうというわけでもありません。

雑に作られたものや、ガサツな職人の楽器には鋭い音のするイメージがあります。

実際にバスバーの付け方では心当たりがあります。
量産品で耳障りなもののバスバーを私が交換すると穏やかな音になります。

それでもバスバーだけが原因とは言えないでしょう。
楽器そのもののキャラクターは変わらないからです。

そもそも鋭い音の楽器自体が多くて、仕事の粗い職人のほうが多いからそう感じるのかもしれません。ともかく粗い仕事の職人の鋭い音の楽器はたくさんあります。

丁寧な仕事でも鋭い音の楽器はあります。
なんとなく我が強い職人のイメージはあります。カリスマ性のあるような人はそんな感じです。

実際のところは分かりません。

私はストラディバリのコピーを作ると特に柔らかい音になります。他の職人の作るストラディバリモデルのヴァイオリンは全くそうでないものがたくさんあります。

ストラディバリのアーチは資料は豊富で、最近はMRIのような機械で撮影した断面写真や動画もあります。ストラディバリの構造は音の柔らかさと関係があるかもしれません。ただし私は現代風に作っていたころから鋭い音のものは作ったことが無いです。板の厚みやアーチの高さとも関係ありません。
アマティやストラディバリの様なアーチの構造が音の柔らかさを生み出している可能性はあります。

鋭く耳障りと否定的に感じるか、輝かしく力強いと肯定的に感じるか個人差もありますし、同じ音でもそれほど鋭く感じない人もいるでしょう。

元来日本人は繊細で鋭い音には敏感だと思います。日本の人が鋭いと言っているのはそれほど鋭くないのにと思うケースがありました。
新作楽器で鋭いと言っても100年くらい経った楽器の寒気がするほど耳障りな音の楽器に比べたらかわいいものです。黒板をひっかくような音です。

鋭い音のほうが強い音として売れるので業者はそのような楽器ばかり集めることもあるでしょう。こうなると繊細な人には希望の楽器が無いということになります。

耳障りでないというのとものすごく柔らかいというのも違います。
特に高音がものすごく柔らかいのはオールド楽器でないとまず無いです。高価なイタリアのものだけとは限りません。以前東ドイツのザクセンの流派のオールド楽器でクリンゲンタールのものを紹介したことがあります。これはとても柔らかい高音で10本以上モダン楽器や新作楽器を弾き比べてもまったく次元の違う柔らかさでした。クリンゲンタールのホプフという家族や流派のものはものすごくたくさん作られ見るとすぐにそれとわかります。値段はたいてい20~120万円などというよくわからない相場になっています。普通ヴァイオリンはそれくらいの値段なので相場の意味がありません。すべてがそのような高音とは限りませんが新作では全く無い音というのもあります。

私の楽器は新作の平均ではずっと柔らかい方でしょう。

両極端を知るとどれくらいなのか分かるようになるのですが。


高いアーチの楽器の音


高いアーチの楽器の音についてはこの前も触れましたが、先ほどのビオラも高いアーチのものでした。低音がボリューム豊かであることはお話ししましたが、それ以外の音は細いものです。音の質自体は柔らかく耳障りな鋭い音ではありませんが、太く豊かな音ではありません。このほうが典型的な高いアーチの音でしょう。

私の印象ですが、響きが豊かで太い音ならはっきりしない音になり、細く集中した音ならはっきりと強く感じます。圧力の概念に似ています。バッグの取っ手なら細いと手に食い込んで重く感じます。
高いアーチの楽器を弾いた時に音が強いと感じるのがこれに似ています。

板自体の特性としてみるとアーチが高い方が強度が高くてタッピングするとすぐに振動が収まります。フラットなものはポーンといつまでも振動します。時間軸で言えば反応が早いのは高いアーチの方です。

フラットなアーチでは持って曲げることができますが、高いアーチの楽器はすぐにどこかが割れそうになります。そのような柔軟性は無いです。
実際の演奏ではそこまで大きく楽器が変形することは無いのですが、弾くときに高いアーチのほうが融通が利かず弓のコントロールはシビアになって、フラットなほうが乱暴な弾き方でも音が潰れない幅があるように思います。これは上級者の人に聞くと「全然問題ない」と意見が帰って来るのでむしろそうでない人にとって重要かもしれません。

フラットな楽器特有の弾き方や高いアーチ特有の弾き方というのはあると思います。ただし、十分な腕前であればどちらでも弾けるということでしょう。高いアーチの楽器の中でも神経質なものと融通が利くものがあると思います。

この規則に従えばフラットな楽器のほうがにぶい音になるようではありますが、それについては鋭い音色でカバーできます。ただし高音についてはどうして耳障りになります。

これも楽器よりも演奏者の個人差のほうが大きいと思います。どんな楽器を弾いても柔らかい音を出す人がいます。この場合はモダン楽器でとても柔らかくて美しい高音を奏でてるので何の文句もありません。上級者でもモダン楽器を使いこなしていれば聞いていて何も文句を言うことはありません。見事な演奏に酔いしれるだけです。

だから絶対にモダン楽器では柔らかい音は出ないということではありません。ただし楽器の傾向として鋭い音のものが多いということは感じています。E線が鋭くて困っているという相談や調整はよくあります。


柔軟性という点ではモダン楽器のほうが優れた構造と言えるでしょう。
ただオールド楽器ではミラクルがあります。
カチッとした強い音のモダン楽器ではある所で限界に達してしまうのです。それが柔らかい音のオールド楽器ではそれを乗り越えていくようです。「柔よく剛を制す」という言葉ありますがまさにそんな感じです。

最終的には力のある演奏者が柔らかい音の楽器を弾いた時に最高のパフォーマンスが得られるように思います。


後は弾いている本人がどう感じるかとなると、ちょっとピリッと刺激的な音のほうが手ごたえがあるということもあるでしょうし、高いアーチなら柔らかい音でも手ごたえがあるかもしれません。後はケースバイケースでしょう。

ピエトロ・グァルネリモデルのヴァイオリンを写真で



裏板からです。高いアーチの楽器はこすれてニスがはがれやすいので周辺の溝にしかオリジナルのニスが残っていないことがあります。そこには汚れもついていて元のニスの色は分からなくなっています。
はがれた部分には修理の人がニスを塗るわけですが、今回はオレンジ色のニスを全体に塗ったような様子を再現しています。


ぷくっと膨らんだアーチが特徴です。

全体としてはこのような感じです。


古びた感じになっていると思いますが、わざとらしくならないように苦労したものです。



スクロールも古びた感じが出ていると思います。
ノミの刃の跡も残っているのがグァルネリ家にはよくあります。

深い所に汚れがたまっている様子です。


黒檀のペグを付けています。



総括


幅の広いモデルにフラットなアーチで板が薄ければ剛性は最も低くなるでしょう。しかし十分な柔軟性が確保できればアーチにキャラクターを付けることで音にもキャラクターを与えることができると思います。
アーチも高い方がフラットな物より強度があるはずです。しかしそれよりも板の厚さによる柔軟性のほうが大きいようです。アーチを高くしても素材としてはふにゃふにゃなのは変わらないからです。一方で強度のおかげで音の反応は敏感になると思います。デメリットとしては融通が利かず上級者向きになるということです。

普通イメージするのは高いアーチの楽器はバロックや古典派の音楽、フラットな楽器ではロマン派や現代の音楽をイメージします。音楽の進化と同時に楽器も進化させてきたからです。
絶対に逆の音楽が弾けないということは無いでしょうが、チェンバロとピアノのように目指している方向性というのは一般的にはあると思います。

今回のものはバロックヴァイオリンに改造してもバロックヴァイオリンのスペシャリストが興味を持ちそうなものですが、モダン仕様でも十分楽しめると思います。それだけでなくロマン派の音楽でも堂々とした演奏ができるオールマイティーな楽器だと思います。

弓にもそのようなタイプがありますし、演奏者を見ていてもタイプがあります。
フラットな楽器を見事に弾きこなす人もいますがフラットな楽器は豊富にあるのに対して、このようなタイプの楽器は手に入れることさえ難しいです。

アーチが高いか平らか以前にヴァイオリンとして満たすべき条件があり、そこにアーチの高さが変わることで性格が違ってくるというその程度だと私は思います。








こんにちはガリッポです。

今年の年末年始はヨーロッパで新型コロナウィルスの感染者がとても多いので日本に帰ることは控えます。

私自身が感染しておらず、飛行機や交通機関も空席だらけで何ら危険性が無いとしても、皆がそのように考えると感染が広まってしまうのが新型コロナのややこしい所です。

当初は外国から感染が伝ったので国境の封鎖などの処置が行われました。3月の第一波では国境近くや観光地、空港周辺など外国と接点の多い場所で感染が多く、地方では比較少ないなど、地域差がとても大きかったです。

しかしヨーロッパの人たちは6月ころに感染が少なくなると、7~8月には喜んでバカンス旅行に出かけました。この時「国内なら大丈夫」というよくわからない考えで国内旅行やEU内の旅行を盛んに行ったあと9~10月には感染の急増が起きました。現在ではクリスマスを前に経済にとって最悪となるロックダウンが避けられない状況になっています。

この第2波ではあらゆる地域に偏りなく感染が広がりました。全国的に感染が広がったので死者の数も第一波を上回っています。


よく考えてみれば当たり前のことで、最初の段階は外国との接点が入り口となるわけですが、すでにウィルスが国内に入っているなら国内で移動すればウィルスを国内のすみずみまで行きわたらせることになります。「国内だから大丈夫」というのは間違った考えだったと思います。考えはいろいろあるでしょうが私は専門家ではないので状況から推測しているだけです。


でも人間というのはそんなもので、3~4月に悲惨な事態を迎えたのに7~8月になるともう忘れて旅行に出かけました。そして9~10月に感染が爆発するという事態を予測できませんでした。

数か月もすれば過去のことは忘れてしまうし、すぐ先の未来のことも予測できません。
人間がそういうものだと今回の一件ではっきりわかりました。
また国や政治がどうというよりも、一人一人の行動が感染症では重要だということもわかりました。

数か月もすれば過去のことは忘れてしまうのに何百年も前のことなどは興味が無いのは当然ですね。
毎日何百年も前のことばかり考えて生きているのは私くらいでしょう。


ピエトロ・グァルネリモデルのヴァイオリンを作って分かった事


現代ではめったに作られることのないような変わったヴァイオリンを作ってみましたが、音響面ではとても印象的なものになりました。

私個人の楽器作りのこだわりのレベルなのか、客観的な知識として語れることなのか難しい所ではあります。
客観的に語るにはわからないことが多すぎます。
それを研究することを職業にしているわけではなく、作ったものは製品として売らなくては収入にならずやっていけません。

客観的な知識として語るのは難しいです。私が言えることは、「音の規則性は分からないので弾いてみるしかない」という事だけです。
あらかじめ何らかの特徴でふるい分けすることができないのです。

私は「オールド楽器の様な音を目指している職人」というはっきりとした個性を楽器の外見でも表現して分かりやすいように努めています。もしオールド楽器の様な音の楽器が欲しいなら真っ先に試してみると良いでしょう。
しかし一般的にはそのような特徴のある音を主張していることはあまりありません。見た目は全然違うのにオールド楽器の様な音の楽器もあるかもしれません。

また、オールド楽器の様な音が絶対に正しいということはありません。現代の楽器の音のほうが好きならそれでもいいです。

そういうわけで私個人のこだわりの部分を語っていくことが多くなるかもしれません。

板目板と柾目板

今回は同じモデルのものを2016年にも作りました。その時とはっきり違うのは裏板の木目の向きです。
前回は板目板(いためいた)と呼ばれるもので、今回は柾目板(まさめいた)を用いました。板目板と柾目板が分からない人は調べてください。木工の基本的な知識で木目の向きが90°違います。

野球のバットでは持つときに向きが決まっています。バットにはメーカーのマークがついていてそれを目安にしているそうです。柾目板の方向でボールにぶつけるとよく飛ぶのに対して板目板の向きでは飛ばないそうです。
それくらい強度に違いのあるものです。

木工をやっていれば材木をどの向きで取るかということが基本中の基本です。

ヴァイオリンでは多くの場合は柾目板が使われます。板目板の方が珍しいものです。うちの見習の職人も初めて作るヴァイオリンには練習のために柾目板で作らせましたし、次の楽器もその次の楽器も柾目板です。板目板を使うのは特別な時だけです。

作業していれば分かることですが、板目板の裏板を薄く加工していくとふにゃふにゃになります。とても柔らかいものです。柾目板とは強度が全然違います。

こちらが2016年に作った板目の一枚板のものです。

こちらが柾目板を2枚真ん中で張り合わせた今回のものです。

音の違いは前回のほうが暗くて柔らかい音でした。去年のデルジェスのコピーも板目板で作りました。これもとても暗い音でした。それはお客さんが暗い音のものを希望されたので、もし柾目板で作って明るい音になってしまってはまずいので板目板のものを薦めたのです。
結果その通り暗い音になりました。

暗い音というのはこの前から説明していますが、低音がよく出るときの音色です。つまり材質として裏板の柔軟性が高い方が低い音が出やすくなるということです。
これは表板でも同様のことが言えます。表板は材料によって硬さが違います。柔らかい材料では暗く柔らかい音になります。特にチェロでは顕著です。
ただし表板の場合には見た目ではわからないので皆さんは楽器を選ぶ時には参考になりません。

それに対して手作業で削る作業をしていれば、硬い材料は本当に骨を折る作業になるので嫌でも分かります。柔らかいものもグニャグニャして不安定でやりにくさもあります。
コツコツ叩いてタッピングで音が分かるというよりは、手先に伝わる感覚として分かります。刃物が欠けたりもします。
これが職人の感覚です。

材料は柔らかいほど低音が出やすく音も柔らかくなる傾向があると思います。硬い材料では明るく強い音になります。
一長一短でどちらが良いということは言えません。

板目板の楽器についてはアマティはよく使っています。板目板の一枚ばかりでなく、左右で2枚を張り合わせた板目板もあります。
バーズアイメイプルと呼ばれるぶつぶつのついたものも板目板です。ヤコブ・シュタイナーが好んで使ったことでも有名です。
アマティやストラディバリも時々板目板を使っています。しかしいつもどちらかだけということはなく、自分の中でどちらが良いと決まりごとにはしていなかったようです。

ピエトロ・グァルネリもいろいろな板を使っていて、特に決まったようなものを好んだということはありません。父親のアンドレア・グァルネリは安い材料を使っていたのに対して上等なものを使っていました。ただ、木目の感じや木取りに関して決まりはなかったようです。

前回はモデルにした有名なピエトロ・グァエルネリが板目板だったのでそれとそっくりになるように作りました。今回は自由に木材を選んで私たちの好きなように作りました。

今回のもののほうが明るく力強い音になりました。表板もとても古いストックで高いアーチの楽器が作れる分厚い物でした。今ではそのようなものは楽器用の木材業者では見ないです。
前回は30年くらい前の普通に売っているようなもので、A~B級品くらいのものです。現代のS~A級のものは木目が均一で整い過ぎているのです。オールドの作者では雰囲気が出ないことがあります。ピエトロ・グァルネリもそうです。
そのような表板の違いも関係しているかもしれません。

しかし裏板の木取りがはっきりとした音の違いに現れていると思います。
他の現代の作者でも板目板のものは暗い音がしたケースもあります。普段は明るい音の楽器を作っている人でもバーズアイメイプルのものは暗めの音でした。
私は幾度も作っていてビオラも含めていつもとくに暗い音がします。

これは他が同じで木材だけが違うという場合に言えることです。板を薄くすれば柾目板でも同様の傾向になります。したがって柾目板でも暗い音の楽器は作れるのです。

更に柾目板と板目板の中間のものもあります。

ピエトロとデルジェス


前回はストラディバリとデルジェスに次ぐ第三のモデルを模索してピエトロ・グァルネリを選んだと書きました。しかし、実は輪郭の形だけで言えば、ピエトロ・グァルネリとデルジェスはほとんど変わりません。
見た目は丸みに神経を使って綺麗なバランスで見えるピトロに対して、少々がさつでいびつに見えるのがデルジェスです。しかし形自体はあまり変わりません。少なくとも音響上違いとなるほどの差はありません。

このためピエトロのモデルがデルジェスのモデルに対して音響的に不利であることはあり得ません。その意味では第三のモデルというよりはグァルネリモデルです。

もう一度グァルネリ家についておさらいしましょう。初代のアンドレアはアマティの弟子でアマティ型の楽器を作りました。ヴァイオリンは小型のアマティモデルで幅もとても狭いものです。仕事はアマティよりは荒く木材は安いものを使っていました。当時も値段が安かったのでしょう。アーチも特徴がありアマティとは多少違うものになっていました。
アンドレアの息子にはピエトロとジュゼッペがいました。このピエトロは今回モデルにしたものです。
とても腕がよくグァルネリ家では一番美しい楽器を作りました。クレモナでもアマティやストラディバリに次ぐ美しいものです。父親に変わってグァルネリ家でも中心的な存在だったでしょう。アンドレアの名前で楽器を作ったこともあったようです。
有名なアンドレア・グァルネリのビオラは胴体の形がピエトロのヴァイオリンに似ています。設計や製造はピエトロの手によるものかもしれません。

腕が買われてマントヴァの宮廷の楽器製作者になり、クレモナを去っていきました。弟のジュゼッペはピエトロの影響をとても強く受けていますが、独自の特徴もあります。スクロールなどはノミの刃のあとが残っていて仕上げないことが多く、父親のアンドレア譲りの粗めの仕事です。
ピエトロに比べるとバランス感覚がおかしいのか調和が取れていないモデルがあります。それも私にとっては面白いものです。

ジュゼッペの息子にはピエトロとジュゼッペがいました。また同じ名前なのでややこしいです。2番目のピエトロはグァルネリ家のスタイルで高いぷっくらと膨らんだアーチが特徴です。仕事も粗く美的センスも独特です。アマティやストラディバリに比べたらかなり怪しいです。
私から見れば本当に面白い楽器です。少なくともギリシア彫刻のような均整の取れた美意識は持っていなかったようです。率直に言えば美術のセンスが無いのです。

2番目のジュゼッペは一番有名な通称デルジェスと言われている人です。
この人に強い影響を与えたのは父親のジュゼッペ(通称フィリウスアンドレア)とフィリウスアンドレアの弟子のカルロ・ベルゴンツィでしょう。
ピエトロが確立したグァルネリ家のスタイルとストラディバリの下で修行したベルゴンツィのスタイルがミックスしたのがデルジェスの基本になったと思います。こんなことは本には書かれていません。私が楽器を見ていてそう思ったことです。
マジーニの真似をしてフラットなアーチを作ったとかよくわからないことが書いてあります。
これはデルジェスを革新的な天才にでっちあげるための物語のようです。

つまりグァルネリモデルはすでにおじさんのピエトロによって完成していたのです。そこにベルゴンツィの影響が加わって独自の楽器になったのでしょう。

ベルゴンツィも面白い職人で、ストラディバリの弟子と言われている人はたくさんいますが、作風から見て本当に似ているのはベルゴンツィくらいです。他の人達はちょっとでも似ていると何でもかんでもストラディバリの弟子にされてしまいました。そうすれば楽器が高く売れるからです。

ベルゴンツィは楽器によってはストラディバリにとても良く似たものがあります。しかしベルゴンツィは近代の職人のようにストラディバリを最高とは考えていなかったのでしょう。グァルネリ家で働くようになると作風が変わっていきます。独特なものを作るようになりデルジェスにも決定的な影響を与えることになります。
ベネツィアに行った兄のピエトロはベルゴンツィの影響は受けていないように見えます。したがってベルゴンツィは兄弟子であるだけでなく師匠のような存在でもあったでしょう。このためかピエトロとデルジェスの兄弟は作風が似ていません。

アマティの弦楽器づくりを学んだ初代アンドレアは、アマティに比べて品質が落ちてルーズなものを作って、ピエトロが独自の美意識を加えてグァルネリ家の基礎を作り、ベルゴンツィの影響を受けてデルジェスが独特な作風を作ったというのが私の予想です。

デルジェスが何もない所から何かを作り出したという天才に仕立て上げようという物語には疑問があります。


もう一つデルジェスで不思議な点は、仕事が粗く、細工の美しさには無頓着に見える一方でそうかと思うとそんなに不格好ではないとも思えてきます。

それが単なる粗悪品と違う所です。これはやはり基礎にピエトロ・グァルネリの教えがあるからでしょう。

またグァルネリ家の楽器はアマティが起源になっているのも特徴です。現代の楽器がストラディバリモデルを元にしているのとは違います。部分的にはアマティの特徴がかなり残っています。それがストラディバリとは違う部分に違う形で残っています。

私はこれまでアマティのモデルの楽器を一番多く作っています。アマティの基礎があった上でストラディバリやグァルネリ家の楽器をモデルにして作ると現代のものとは違ったものになるでしょう。

なぜなら近代や現代ではストラディバリはそれまでの楽器製作に比べて画期的な新発明をしたと勘違いしているからです。
ストラディバリが画期的であるならそれ以前のアマティは進化する前の物、原始的なものと考えられるからです。今の工業製品風に言えばストラディバリが「新製品」ならアマティは「従来のもの」というわけです。アマティの特徴はできるだけ排除すべきだと考えられるでしょう。

それに対して私はアマティとストラディバリ、グァルネリ家の楽器の差はわずかだと考えています。共通の基礎だとしてむしろとても重要だと考えています。


前回はそれ以外の作風が現代的なら輪郭の形がストラディバリでもデルジェスでも音は現代的になるという話をしました。

同じようにアマティ的な作風で、輪郭の形をストラディバリにすればストラディバリになるし、グァルネリ家のものにすればグァルネリになると考えています。
このためアマティ的な作風というのはクレモナ派のオールド楽器のようなものを作るためには一番大事なことだと考えています。

アマティの特徴を悪いことだと考える近現代の楽器製作とアマティのスタイルこそが重要だと考える私との違いです。

グァルネリ家の中ではピエトロが基礎になるでしょう。デルジェスは応用編だと思います。

スケールの大きな演奏を妨げる窮屈さ

高いアーチの楽器には室内楽的なものとソリスト用として通用するものがあるということをお話ししました。

それらがどう違うかについてはたびたび触れてきました。その時に「窮屈」という言葉を使ってきました。窮屈な構造になっているものはスケールの大きな演奏は難しくいわゆる室内楽的なものとなるというものです。

小型のモデルが絶対にそうだとは言えませんが、窮屈になりやすい条件ではあります。長さよりも横幅の方向で駒の来る中央が大きくくびれていてアーチが高ければとても窮屈になります。

モダン楽器では横幅を大きめにとる傾向があります。ストラディバリも当時の楽器の中では横幅の広い方で、デルジェスは小さい割にはミドルバウツだけは広めになっています。駒の来る中央が窮屈にならないのです。
幅が広いモデルでアーチの平らなモダンヴァイオリンが窮屈になることはないでしょう。
19世紀フランスのトップクラスの楽器ならソリスト用の楽器として優れています。

しかし近現代の楽器でも独学やアマチュアのような職人の作ったものには窮屈なものがあります。自分でフリーハンドでヴァイオリンの絵を描いてみてください。たいていは幅が狭くなってしまいます。見よう見まねでヴァイオリンを作ると幅が狭くなってしまう場合があります。モダンイタリアの楽器にはこのようなものが時々あります。
他に見たことがあるのはアメリカの作者のものにもありました。

いずれにしてもモダン楽器製作の教育を受けていないと近現代でも窮屈な楽器は作られます。
日本では宮本金八のヴァイオリンもそのような感じだと思います。私も実物を見たことがありますし音も試したことがあります。やはりスケールは小さいものでした。しかし先人として偉大であることには変わりありません。

私がよく知っているアントニアッジもそうですね。あれも引き締まった音で豊かには鳴りません。

それだったら単純にまっ平らなアーチのモダン楽器のほうが無難ではあります。
なんにもアーチの特徴が無いようなまっ平らな100年以上前のものを見ると「鳴りそうだ」という予感がします。実際に弾いてみるとよく鳴ります。こういうことを経験するとヴァイオリンなんて簡単に考えれば良いと気づかされます。

鋭い音の傾向が強いものが多いですが、ネックを入れ直したり、バスバーを交換したり万全の修理をすれば、ひどく耳障りというのは何とかなると思います。

私は真っ平らなアーチの楽器を否定しません。中間的な物よりもまっ平らかぷっくりと膨らんだものかどちらかのほうが面白いと思います。

私はアーチは平らでも高くても何でも良いということを言っています。高いのはダメだと考えられてきたのが間違っているという指摘です。


さて本題の室内楽的なオールド楽器の窮屈さについてですが、私のイメージの世界です。図を描いて説明しても誤解を招くだけでしょう。自分で作っていないと言葉では説明できない世界です。
ピエトロ・グァルネリは特に窮屈さとは正反対のゆったりとした構造になっていると思います。このためにピエトロを選んだのです。

他には同じマントヴァのトマソ・バレストリエリとかベネチアのドメニコ・モンタニアーナなども候補でした。
フランチェスコ・ルジェリも悪くありませんし、ベネチアのピエトロ・グァルネリも良いです。アレサンドロ・ガリアーノもよかったです。特に理想的なのはマントヴァ派のバレストリエリやピエトロ・グァルネリです。ピエトロ・グァルネリは見た目の美しさにも優れています。フィリウスアンドレアやベネチアのピエトロのように「ヘンテコ」な楽器は面白いのですが、その魅力はかなりマニアックでしょう。1億円以上するようなオールドの名器をヘンテコだと面白がっているのは私くらいでしょう。ヘンテコだという事すら普通の人にはわからないですから。
それよりも丸みが綺麗でバランスが取れているピエトロ・グァルネリのほうがまだわかりやすいのではないかと思います。
私自身の感性にもそちらの方が合っています。ヘンテコなものをわざとに作るのは自分の感覚とは違います。

今回は楽器が完成する前に購入希望者が現れました。それは見た目の美しさが決定打となったはずです。

本来ヘンテコな楽器は狙って作るのではなくて天然なのです。でもそこがオールド楽器の面白い所です。
モダン楽器の場合にはお手本としてのストラディバリモデルが決まっていて、完璧でないとその品質の落ちたものにしか見えないです。オールドの楽器を見ているともっと変わっていても大丈夫だということを教えてくれます。

今回のピエトロ・グァエルネリモデルのヴァイオリンなどは恐る恐るストラディバリモデルの近現代の楽器製作から足を一歩踏み出したくらいです。

それですぐに音について良い結果が得られるというのが面白いです。

音を作るアプローチ

私は一見すると音はそっちのけで楽器の見た目に異常にこだわっているように見えるかもしれません。
しかしどうやったら音にこだわることができるのでしょうか?

よくあるのが、表板や裏板の厚みを削りだす作業で、トントンと叩いて音を聞きながら作業をしている光景です。
他には何か数学的な方法で楽器の設計をしたり、木材に何かを塗りこんだりいろいろなアプローチがあります。

しかし楽器の基本的な作りが現代の常識の範囲の中でやっても限界があると思います。

現代では楽器の作り方が決まっていて誰が作っても同じような音のものができます。その中では個体差があり、ちょっと柔らかい音のものや鋭い音のものができます。この時鋭い音のものを「音量がある」などと言ったり「明るい音がする」などと言うのは小手先のことだと思います。

業者はどうせ大した違いは無いから、何かネームバリューになる要素は無いかとそればかり気にします。どんな楽器もそう悪くは無いので巨匠だのなんだのの肩書が付けば良い音に聞こえるというわけです。

50~150年くらい経った楽器には大きな音が出るものはよくあります。フランスの一流のモダンヴァイオリンだけでなく、粗悪な大量生産品でもそうです。このことから何でもそれくらいすれば鳴るようになると考えたほうが良いでしょう。
特に鋭い音のものが多いことも、特別そのようなものを目指して作ったというよりは、100年くらいすると大抵は鋭い音になるということでしょう。

うちの勤め先で1994年に作られたヴァイオリンが戻ってきました。作られてずいぶんなるので明るくよく鳴ります。しかしすでに高音は鋭くなっています。音からすれば日本人がクレモナの巨匠がどうだと騒ぐような明るい音ですよ。

この前はペドラッツィーニがギャアアというやかましい音だと紹介しましたが、この一週間の間にもマルクノイキルヒェンの戦前の量産ヴァイオリンに同じような鋭い音のものがありました。
ペドラッツィーニとはちょっと違うのですが同じように鋭くやかましい音でした。
そんな音なら700万円も出さなくても30万円も出せばいくらでもあります。

ちょっと耳元で強い音が出るかどうかなんてのはその後の数百年を考えると大したアドバンテージではないと思います。むしろ耳障りな鋭い音になってしまうでしょう。


まだ日本にいたころNHKでクレモナのヴァイオリン製作コンクールを取材したことがありました。何人かのイタリア人の職人に密着して一喜一憂を取材したものでした。その時、日本人のプロのヴァイオリン奏者が同行しました。音を審査する現場にいて「耳障りな音」と首をかしげていたような記憶があります。当時西洋に強く憧れていた私はこの人は日本人特有の神経質な人でヨーロッパの人の好む音を分かっていないのではないかとムッとしました。

この方はどちらかわかりませんがピエトロ・グァルネリを使っていると紹介されていました。番組の流れの中で現代の新作楽器は音が鋭くてオールド楽器のような柔らかい音は出ないということは言われていませんでした。番組を見た人は世界一のヴァイオリンを決める大会だと思ったことでしょう。

今になるとそのプロのヴァイオリン奏者の言いたいことが分かります。あの時の表情を今でも覚えています。



根本的に違う音の楽器を作るには明らかに違うものを作らないとダメでしょう。
それは過去には存在しないような未来的な物でも良いかもしれません。

私は過去400年くらいの間にいろいろなものが作られたので自分で変わったものを考え出すよりもよほどぶっ飛んだものがあると思います。
それをはじめからこの職人は天才だとか取るに足らないとか評価を決めつけてしまうよりも、見たもの聴いたものをそのまま受け入れて職人の優劣の評価などは何もしないほうが良いと思います。音響的にユニークな特徴があればどんな音になるのか興味津々です。
実際に自分でも同じものを作ってみれば良いのです。

違うものを作るためには外見からしか入りようがないのです。
実際に外見を真似てみたところ、音もオールド楽器に似て来たのは面白いです。

他の方法でもオールド楽器に似た音は作り出せるかもしれません。しかし単純に同じものを作る方が無理はないでしょうね。
何かの偶然で近現代風の作風でもオールド楽器の様な音のものがあるかもしれません。近代の楽器は同じようなものがものすごくたくさんあるのでそういう可能性もあると思います。意図的に作るよりもありそうです。
だから弾いてみないとわからないと言っているのです。

楽器製作を通して私が学んだことは、シンプルな方法で目的が達成できるのが一番優れた方法だということです。古い楽器と同じものを作るというのはとてもシンプルな考え方ですし、無数のモダン楽器を片っ端から弾いてみるのもシンプルな考え方です。


今回は板目板と柾目板、ピエトロとデルジェスについて、窮屈さについてでした。あまりに多くのことでは一度に頭に入らないでしょうから今回はこれくらいにしておきます。