ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート -24ページ目

ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

クラシックの本場ヨーロッパで職人として働いている技術者の視点で弦楽器をこっそり解明していきます。
お問い合わせはPC版サイトのリンクかアメブロのメッセージから願いします。

こんにちはガリッポです。

訂正というか補足です。
前回オランダのオールドヴィオリンを紹介しましたが、作者名をピエタ―・ロムボウツと書きました。ラベルにはフレデリック・ヤコブスとなっています。ヤコブスは師匠で楽器はヤコブスの工房のものです。作ったのが弟子のロムボウツではないかという事でした。型はアマティのものなのにf字孔はシュタイナー型です。
メーカー名としてはフレデリック・ヤコブスで間違いではありません。実際に作ったのはロムボウツではないかという鑑定士の意見でした。


先日はこんなことがありました。一般的なイメージとしてオールド楽器は柔らかい音、現代の楽器は硬い音というイメージを持っています。
おそらく東ドイツのものと思われる高いアーチのオールドのスタイルで作られたヴァイオリンを修理しました。時代は1800年代でしょうが作風がフランスのモダンヴァイオリンの影響を受けていないものです。
オールドの時代にも安価な楽器は作られまさにそんな感じのものでした。

修理が終わって弾いてみると近代的な戦前の量産の品のような鋭い感じの音がしました。オールド楽器特有の柔らかい音ではないと思いましたが、しばらく弾いているとボリューム豊かに鳴り始めました。音の鋭さで強い音に感じるのではなく柔らかく音が出るようになったのです。

楽器の音色自体は耳障りな鋭い音であっても、楽器には懐の深さがあり柔らかな豊かな音が出てきたのです。

このように柔らかいとか硬いというのは一つの要因ではないように思います。非常に複雑なものでそれを人間が文学として「柔らかい」という言葉を使っているのだと思います。科学的なものではなく文学としての表現という面もあるのではないでしょうか。

不快な耳障りな音

普段からたくさんの弦楽器の音を聞いていると中にとても不快な音のものがあります。
よく「耳障りな鋭い音」という書き方をしていますが生理的に受け付けない耳障りな音の楽器があります。

黒板をひっかいた時のような背筋がブルブルするほど不快な音があります。考えられるのは特定の周波数の音が強く出ているからでしょう。人間が不快に感じるのは高い音で2000~5000ヘルツくらいの音だと言われています。

本来弦楽器というのはこの音域の音が強く出る楽器で表板の材料のスプルースもそのような特性を持った材料だと思います。オーディオ用のインシュレーターとして様々な木材でテストするとスプルースには高音を耳障りにする不快な音が強く出る特性があるのだわかります。

弦楽器は耳障りな不快な音がするのが当たり前でこれが少なめであれば上質な音に感じるのではないでしょうか?

実感として鋭い音のヴァイオリンやチェロは割合としては多く決して珍しいものではありません。安価なものにも多いです。とても柔らかい滑らかな音がするもののほうが珍しい印象があります。

ただしこれには個人差がかなりあるように思います。同じ音でもとても不快に感じる人もいれば特に気にならない人もいるようです。

クッションの柔らかさ

それに対して特に弓で感じる硬さや柔らかさもあるでしょう。弓自体には硬い弓と柔らかい弓があり弾いた時に感触の違いが分かると思います。楽器もあるものは弓の毛がじわっと沈み込むような柔らかさがあり、あるものはちょっと弓の毛が触れただけでギャーと音が出るものがあります。
ギャーと嫌な音がするのはさっきの話で、嫌な音でなければ発音が良いと評価されることもあるでしょう。特にチェロなどでは好ましい特性と考えられます。

楽器自体にも柔軟性があります。表板もものによっては柔らかいものと硬いものがあり、低音側はバスバーで支えられているだけで裏板とのつっかえ棒はありません。裏板は魂柱をつっかえ棒として駒を支えていますが、裏板も柔軟性が違います。

このような構造が駒にクッション性を与えています。魂柱の位置も駒から離していくとクッション性が増していきます。弦の張りの強さももちろんあります。駒から離れるほど柔らかくもなります。

駒だけでなく楽器全体の剛性も感触として感じるでしょう。弓に伝わる感覚だけでなく音にも大きな影響があると思います。

楽器の柔軟性が増すには板の厚みが重要です。板が厚いと楽器自体の剛性が高くなり、薄いと低くなります。
また古い木材も剛性が落ちて柔らかくなっていきます。
「オールド楽器が柔らかい」というのはこの部分でしょう。板が薄いものが多いのと木材がふにゃふにゃに柔らかくなっています。

さっきの東ドイツのヴァイオリンでは音自体は鋭いのに構造としての柔らかさがありました。
このような例はモダン楽器にはよく見らます。フランスのモダン楽器は薄く作られていて胴体の剛性としては柔らかいはずですが、必ずしも音色は柔らかいとは限りません。むしろとても鋭いものがよくあります。
イタリアなどのオールドヴァイオリンは音自体も柔らかいし、構造としても柔らかいイメージがあります。格別に柔らかいのです。

構造の柔らかさは板の厚みのように測定したり、表板を持ってみれば柔らかさが手の感触で分かります。しかし音自体の鋭さは弾いてみないとわかりません。弦楽器というのは鋭い音がするのが普通で、柔らかい音がするのは特別なものだと私は思います。なぜそのような違いが生まれるか理由は分かりません。

人による好み

生理的に感じる耳障りな音も個人差があるようです。

それ以上に弓を扱って音を出す作業にも好みがあるのが当然だと思います。弓に伝わる感触が柔らかめが良いという人もいれば硬めが良いという人もいるはずです。

魂柱を駒に近づければダイレクトな音になり、離していけばクッションを挟んだような音の出方になります。

ふにゃふにゃのオールド楽器を初心者が弾いてもうまく音が出ないということもあります。そのような楽器は初心者の手に負えないものです。
ちょうど楽器のランクもそれに合っていて、安価な量産楽器では硬くダイレクトなもので、現代のハンドメイドの楽器もまだまだ硬いものです。
モダン楽器になると硬いものと柔らかいものがあってオールドになるとふにゃふにゃです。

初心者が量産楽器から新作のハンドメイドの楽器に買い替えるのも初心者用からランクアップするときにちょうど適度なものなのです。腕前がそれ以上にならなければそれが最適な楽器という事にもなります。

それ以上力のある演奏者では物足りなくなるでしょう。モダン楽器やオールド楽器の世界に足を踏み入れていくわけです。このため現代の職人を巨匠だの名工だのもてはやすのには違和感があります。

モダン楽器は硬いものと柔らかいものがあってものによって違います。現代の硬い楽器と変わらないようなものもあるし、オールド楽器に近い柔らかいものもあります。

現代の楽器でも私の作るもののように柔らかい構造のものもできます。考え方の問題です。

大きな傾向としては初心者向きなのが硬い楽器、上級者向きなのが柔らかい楽器という事にもなります。ほとんどの人は中級者以下ですから実際に弾いてみてしっくりくる楽器を選ばないといけません。こうなると意見はかなり分かれるでしょう。教師やオーケストラ奏者では好みは様々です。我々は楽器店としていろいろなものを在庫として用意しないといけません。

楽器屋で働いている者としては先生ごとの好みを理解しないといけません。逆に言えば、習っていると先生の言うことが絶対のように思えますが、別の先生なら言うことが全く違うということです。

外骨格の構造で小さな楽器ほど剛性が高くなります。ヴァイオリンでは柔らかすぎるという問題はあまりありません。一方チェロではサイズの割に板が薄いこともあってずっと柔らかい構造になります。板が薄い方が低音が出やすくなるため厚く丈夫に作ると低音楽器として機能しなくなります。柔らかすぎるチェロは手に負えないと感じる人が多いでしょう。

クッションの好み

弦楽器や弓にはこのようなクッション構造があります。ふつうエレキギターにはありません。

ベッドや枕、ソファー、靴の中底などでもクッションがあると好みというものがあると思います。ふかふかのものが良いという人もいれば硬めのほうが良いという人もいます。
うどんやラーメン、パスタの麺の硬さもこだわる人がいます。

私が未だに馴染まないのはヨーロッパの枕で羽毛のフカフカの枕です。ホテルなどに行けばあるかもしれませんが、柔らかすぎて頭の重さを支えることができません。日本人の私にしてみれば枕を使っている意味が無いです。
江戸時代にはかなり硬い枕を使っていたはずです。時代劇などでは見ます。そうでなくても子供のころはそば殻の枕を使っていました。子供は頭が大きいので枕は要らないと言えば要らないのですが、それで慣れてしまったのでフカフカの枕はどうにもならないです。
日本の枕を持って行きたいところですが、とんでもない荷物になるのでウレタンのようなスポンジ状のものを使っています。

一方よく言われるのは自動車です。
70年代くらいまでは高級外車といえばアメリカ車だったそうで、昭和の映画スターなどはキャデラックなどのアメリカの高級車を持っていたものです。今でも根強いファンがいます。
80年代からはドイツ車とりわけメルセデスベンツがお金持ちの象徴となりました。

昔のアメリカ車というのはサスペンションやシートなどのクッションがフカフカでフワフワしたような乗り心地だったと聞きます。我が家の国産車もそれを真似たのかフワフワのもので子供には車酔いしやすい物でした。今日日本車がアメリカに受け入れられているのはもともと、国土のサイズこそ違えどもアメリカ的なものを目指していたからでしょう。アメリカ人は日本車を「スムーズライド」と絶賛します。
ロールスロイスも昔はそんなもので専門の運転手じゃないと車を揺らさないで運転できないという特別なものだったそうです。

それに対してドイツ車やスウェーデン車といえばゴツゴツとした乗り心地で車体も頑丈に作られてゴトゴトするものでした。初めてサーブというスウェーデンの車に乗せてもらった時は驚きました。こちらに来てBMWに乗ってもそんな感じがしました。アウディも古いものだとドイツ車らしいもので、最近のものは角が丸くなったような当たりの柔らかさを感じます。

ただ単にクッションを硬くすればバタバタと騒々しい車になってしまいます。ゴトゴトするけどバタバタしないのが高級車たる所以で長年の蓄積の賜物でしょう。

それに対してヨーロッパでもフランス車は快適さを重視したもので柔らかいものだそうです。ドイツでも東ドイツは舗装状態が悪く、東西統一後はごく最近になるまでフランス車のほうが適していたという話も聞いたことがあります。

最近はグローバル化で違いが無くなってきているようです。はっきりした違いがあると自分の好みのものを選ぶことができます。日本人なら中立で好きなものを選べるメリットがあります。一方メルセデスベンツなどはあまりに日本でたくさん売れるので日本向けの製品は柔らかい乗り心地にしているそうです。外見がベンツであれば中身は日本車と同じで良いという消費者も多いのでしょう。


弦楽器の世界でももう少しこのようなことが語られるようになると良いなと思います。現状では「値段が高い=良い楽器」としか語られていません。

そうでは無くて良い楽器というのは人によって違うということです。特に意見が分かれるのが教師です。習う人によって考え方が違うのです。ビオラなどはいろいろな考え方があります。

教師の方には楽器によってそういう違いがあることを知ってもらいたいです。自分が使ったことのないタイプの道具もあるのです。私もカンナの道具の研究に何年も費やしましたし、砥石も研究しました。師匠は教えてくれなかったことでもさらに自分で取り組んでいくと無視してはいけなかったと気づくものです。

高級車にはメーカーによって哲学があります。職人も異なるアプローチで高級感を追求していくべきです。また高級車よりもレースカーやトラックのような実用性のほうが大事だとも考えられます。音楽を生み出す道具として高級感なんていらないとも考えられます。

私は単なる道具というよりは古代ギリシアから続くヨーロッパの伝統的な美意識が大事だと思います。

クッションは様々な部分にある


弦楽器の何に興味を持つかということがあります。多くの人は値段や製造国名、作者の名前を気にするでしょう。私は柔軟性や弾力を気にします。

例えば駒の形は駒の柔軟性に関わっています。モダンヴァイオリンの駒はバロックのものに比べて柔軟な構造になっています。魂柱の位置やきつさも剛性に関係してきます。板の厚みやアーチの構造、輪郭の形との組み合わせも剛性に影響します。

簡易的なバロックヴァイオリンとしてモダンのバスバーのついた硬い構造の量産楽器にバロック駒を付けガット弦を張るととてもひどい耳障りな音になります。オールド楽器で小さなバスバーに戻してバロック駒を付けるとしっくりきます。

組み合わせが大事なのだと思います。
音が良い楽器を作るためには、何かがどうなっているほど音が良いというのではなくて、奇跡的な結果が生まれる組み合わせを見つけないといけません。
私が見つけた面白い組み合わせは、真っ平らなアーチのニコラ・リュポーのスタイルだったり、逆にぷっくりと膨らんだピエトロ・グァルネリのスタイルでした。全く違うものが両方音が良いということがあり得るのです。どこに正解があるかは全く分かりません。この時、柔軟性や剛性がうまくバランスすることが大事なのだと思います。高いアーチのほうがこれを間違えると失敗しやすいでしょう。

しかし現代では正解と信じられているものがマニュアル化されています。マニュアルを経典のように信じる人が「偉い師匠」となってマニュアルから逸脱するものを試作することさえ許されないのです。その結果硬い新作楽器ばかりになるのです。

薄い板と厚い板


新作楽器では木材がまだまだしっかりしているのでどうしても硬くなります。さらに厚めの板厚で作ることが多いためもっと硬い構造になります。硬い構造の楽器でまだまだ鳴っていいない新作で「音量感」を得ようと思うと音が鋭い物の方が強く感じます。キンキンカチカチの現代の楽器の音です。初心者向きのものです。この方向では数十年経って鳴るようになってくるともっと鋭い音になっていきます。

現代の楽器の中では突出していたように思えても、モダン楽器やオールド楽器と比べると全く違う世界のものであることに気づくでしょう。
そのようなものも新品のうちは意外と地味な渋い音だったのかもしれません。

まっ平らなアーチで幅の広いモデル、板が薄ければ一番柔軟なものができるでしょう。十分な柔軟性が確保できれば、それにちょっとアクセントを加えても良いんじゃないかと思います。高いアーチなどもその一つです。


イメージとして薄い板の楽器はペラペラのもので安物と思うかもしれません。一般的に工業製品はそうです。しかし私は厚めの楽器の音のほうが薄っぺらに感じます。まだ私がヴァイオリン製作を学んで2年目くらいのころです。いろいろな現代の作者の楽器の音を聞いて感じました。先輩方に見事に作られた現代の楽器でうすぺっらい音に感じました。それはなぜだろうかと当時は疑問に思いました。もっと厚くすべきなのかとも考えました。

今ならわかります。厚い板のものは表面的な鳴り方でクッションや深みを感じないからでしょう。柔軟性が無いためにムチのような「しなり」が無いのです。スポーツなら野球やゴルフ、テニスなどで強い打球を打つためには全身がムチの様にしなってボールに打撃を与える必要があります。それ以外のスポーツでも全身をバネのように使います。
これは本当に微妙なもので柔軟性が高いほど良いという単純なものではないでしょう。

弦楽器はバネの集合体とも言えると思います。
演奏者も含めて、すべてがうまくはまったときに奇跡的な音が生まれるのかもしれません。



こんにちはガリッポです。

今回はいくつかのヴァイオリンを鑑定士に見てもらったのでその話です。
20年も職人をやっていれば多少は分かるようになるものです。

1.パオロ・アントニオ・テストーレのラベルの付いたヴァイオリン
今回お客さんから価値を教えて欲しいと依頼を受けていたのはパオロ・アントニオ・テストーレのラベルの付いたヴァイオリンでした。スクロールは個性的で渦巻の部分だけを残してペグボックスから下をすべて新しい木材で作りなおす修理がほどこされています。表板はミディアムアーチで周辺のチャネリングの溝は大きく深く彫られています。裏板はパフリングが入っておらず、2本線を先のとがったものでひっかいてあるだけです。これらの特徴はテストーレ家のヴァイオリンに見られるもので間違ってはいません。

しかし私は見た瞬間に「違う」と思いました。
パオロ・アントニオはテストーレ家の中でも珍しいのか本に写真の資料がほとんど出ていません。ガルネリモデルで作られたともあります。ランドルフィにも尖ったf字孔のものがあります。
確実に比較できる資料もありませんが、印象としてオールドのイタリアの楽器の感じがしませんし、古さを感じません。しばらく前にグランチーノがありましたが全く印象が違います。
他のテストーレの楽器にはアマティに共通する基礎が見られますがこの楽器には見られません。

鑑定結果はやはり私の考えと同じでした。
問題はテストーレじゃないとすれば作者は誰なのかということです。時代が新しいということは私もわかっていましたが鑑定士によれば1900年頃のドイツのものだそうです。しかしザクセンなどの大量生産品で無いことは私にはすぐにわかります。テストーレに似せて作られたものです。残念ながらテストーレのラベルがついているために誰がテストーレに似せて作ったのかわかりません。テストーレなら1000万円以上することも少なくありませんが、作者不明で特別美しくもないこの楽器は100万円もしないでしょう。いくらで買ったかは知りませんが1000万円以上すると思っていたのが100万円もしないとなればショックは大きいでしょう。

ザクセンの量産品ならわざわざ鑑定士に見てもらう必要はありません。これも明らかにオールド楽器ではありませんが、はっきり結果が出たほうが依頼主も良いでしょう。

音については直接的でオールド楽器のような柔らかさや深みがありません。いかにも新しい時代の楽器の音です。

2.ジオフレッド・カッパのラベルの付いたヴァイオリン
これはヴァイオリン教授のコレクションです。
カッパはトリノの職人でアマティ型のヴァイオリンを作った人です。クレモナのオールド楽器では古いタイプのもので、トリノにはのちにG.B.グァダニーニが来て、フランスで修行したアレサンドロ・デスピーネが来るとプレッセンダやロッカのようにフランス風のモダン楽器を作る流派を形成しました。カッパの流派は古いものでアマティ型のヴァイオリンを作っていました。

見るとアマティ型の楽器で古びたような感じになっています。しかし私には一瞬でこれがモダン楽器だとわかります。アマティモデルなのかカッパのコピーなのかはわかりませんが、作風があまりにも近代的すぎるのです。モダン楽器としてみるときれいに作られているし、アンティーク塗装の雰囲気も良いです。したがって見事なモダン楽器ということになります。しかしカッパの偽造ラベルがついているために作者が誰なのかはまったくわかりません。

鑑定結果は私の考えと同じで上等なモダン楽器だとのことです。1万ユーロくらいの価値はあるだろうとのことです。名前が無くて1万ユーロというのは楽器のクオリティだけの値段です。

音はやはり固く直接的でアマティ型のオールド楽器の雰囲気ではありません。カッパなら1600年代のスタイルで楽器も古いですが、これはモダン楽器の音がします。


3.ピエトロ・グァルネリのラベルの付いたヴァイオリン
これも同じ教授のコレクションです。
ピエトロ・グァルネリと聞いて楽器を見ると見た目の印象からヴェネツィアの方かと思いましたが、ラベルを見るとマントヴァのピエトロのものがついていました。マントヴァのピエトロにはちょっと詳しいですから全く違うのがすぐにわかりました。もし偽造ラベルを貼るのならベネツィアのピエトロにするべきでした。
しかし、近代にアンティーク塗装で作られたものではなくオールド楽器であることはすぐにわかりましたし、他のベネツィアの作者かもしれないとも思いました。しかしこれといってそっくりなものも見つかりませんでした。
ピエトロ・グァルネリでないのは分かりましたが、他のイタリアのオールド楽器かもしれないと思いました。

鑑定家結果はフランスのオールド楽器ではないかという事でした。詳しくはもう少しよく調べないとわからないそうです。
フランスのオールド楽器とは意外でした。フランスではアマティを元にしてオールド楽器を作っていたためイタリアの楽器のように見えます。多くのフランスのオールド楽器にはイタリアの作者の偽造ラベルが貼られているでしょう。フランスのオールド楽器の作者はあまり有名でないため、モダンのフランスの作者よりも値段が安いというおかしなことになっています。


4.ガエタノ・ガッダのラベルのヴァイオリン
ガエタノ・ガッダはアマチュアの流派のヴァイオリン職人ステファノ・スカランペッラの弟子です。クオリティはまともな教育を受けたプロの職人のレベルには無く素朴なものです。速く作ったことでも知られています。
この楽器も同様な品質で、モダン楽器の高い水準とはかけ離れて素人が作った様な感じもします。しかし形などがガッダとは一致しません。
ニスは琥珀色で、ドイツやチェコなどの量産楽器の感じはしません。手作りの感じがあります。
イタリアの楽器であることは十分に考えられます。音は窮屈で優れたモダン楽器のようなソリスト的な演奏はできません。

鑑定結果は1960年代のイタリアの楽器で作者は、同じ時代には数えきれないほど職人がいるので誰なのかはわからないそうです。イタリアの現代の楽器に詳しい人に見てもらう必要があるようですが、楽器のクオリティから見てもノーネームのイタリアの楽器で十分でしょう。このような楽器はうちでは音も今一つで売れる可能性は期待できません。日本の業者が好きそうなものです。ノーネームのイタリアの楽器にガッダのラベルがついているのですから「化ける楽器」というものです。化ける楽器というのは安い値段で仕入れて言葉巧みに高い値段で売れる可能性があるというものです。日本向きの楽器です。


これらはすべてニセモノでした。持ち主の方の不名誉でもありますから写真は控えさせていただきます。
日常的に偽造ラベルの楽器は多くそのほとんどはただの大量生産品にストラディバリなどのラベルを貼ったものです。それらは我々も鑑定に出す必要もありません。これらのものも、本物かもしれないという期待は全くなく私たちはニセモノだと分かっていました。それを確認しただけです。

アムステルダム派のオールドヴァイオリン

それにしてもすべてニセモノでは鑑定に出す意味もありませんが幸い一つはまともな楽器もありました。

オランダのピエタ―・ロムボウツという作者のオールドヴァイオリンがあります。ラベルには1692年作とあります。これはかつてヒルの鑑定書があったものでしたが紛失したそうです。オランダのオールドヴァイオリンもフランスと同様にアマティを元にしたものでした。実際に楽器を見ても間違いなくオールド楽器ですし、アマティを元にしていることも明らかです。

裏板の輪郭を見ると完全にアマティの形です。

スクロールは独特でどこのものとも違います。

渦巻のところだけがオリジナルでペグボックスから下は新しく作られたものです。
それでも特徴をとらえて上手く作られていると思います。ちょっとモダンっぽい感じもしますが古い本の写真しか資料が無いのでわかりません。

アーチもいかにもオールド楽器というものです。その中でもシュタイナー的な感じではないのがイタリア的です。

これは鑑定士も貴重なものでオランダが国を挙げて行っているアムステルダム派のオールド楽器の調査に貸し出すべきだとのことだそうです。

もしかしたら日本にも江戸時代にこのようなヴァイオリンが最初のヴァイオリンとして持ち込まれていたかもしれませんね。

ヴァイオリンについてよく聞くウンチクがあります。オランダのヴァイオリンのパフリングにはクジラのひげが使われていたというものです。皆さんも聞いたことがあるでしょうか?
これがそれです。見た目ではクジラのひげかどうかわかりません。

値段は最大で800万円くらいでしょうか。この楽器は裏板に魂柱傷があります。しかしうまく修理されているので致命的ではないでしょう。
板は例によって驚くほど薄いものです。オールド楽器ではいつものことです。

修理が済んで演奏できるようになるのが楽しみです。この楽器は売りに出すものだということは言っておきます。


鑑定

私も偽物か本物かは分かるようになってきました。難しいのは偽造ラベルが貼られていた時、それがいったいどこの誰が作ったものなのかということです。ニセモノだから価値が全く無いということはなく見事なモダン楽器ならモダン楽器としての価値があります。他のオールド楽器でも貴重なものです。
この前のチェロもロッカのラベルが貼られていましたが、フランスの作者の名前が分かれば1000万円以上するかもしれません。ロッカのラベルではずっと安くなってしまいます。

偽造ラベルを貼られてしまうともともとその楽器の持っていた価値さえも危うくなります。

今回はヴァイオリン教授のものがいくつかありましたがニセモノでした。優れた演奏家でも音で本物か偽物か見分けることはできません。私のような職人なら一瞬で分かります。
音についても我々はオールド楽器はこんな音というイメージがありますが、優れた演奏者ならどんな楽器でも良い音がしてしまうのかもしれません。一方この前のチェコのヴァイオリンは別の教授が太鼓判を押したもので確かに音は良かったです。演奏の技量は無名な作者の音の良い楽器を見分けることに使った方が良いでしょう。

本物の時は見た瞬間に「そうそう、これこれ」と感じるものがあります。「どうかなあ?」と長引くようなものはたいがい鑑定に出しても偽物です。

このような楽器を買ってくる人がいくらでもいるくらいですから、一般の人には違いが分からないようです。これは審美眼とかそういう物ではありません。
「自分にはもって生まれたセンスがあるから本物は見分けられる」と考えているとどぶにお金を捨てるようなものです。

作風の違いは美的センスの問題ではなく製造工程の手順などから生まれることもあります。かつては合理的な製造法と考えられていたのです。もっと合理的な方法があみ出されると変わっていきました。
オールド楽器では考え方がモダンとは違うので雰囲気が全く違います。
最初のテストーレの例のように知識ではすべて正しい場合もあるので言葉で理解しても意味がありません。

高価な値段のものが美しく作られているとは限りません。素人の様な作風のスカランペッラなら美しすぎるために偽物ということもあります。
大事なのは美しいかどうかではなく、作った人が誰かということです。作者の名前が有名なら値段が高いのであって、美しさで値段が決まっているわけではありません。

無名な作者やマイナーな流派の場合には作者名や産地のプレミアが無いので楽器の美しさが値段に直結します。それでもプレミア無しではどんなに美しくても1万ユーロ(約125万円)が限界です。

私は鑑定が確かなものを買うべきだと思います。当たり前ですけども。


こんにちはガリッポです。

ヨーロッパはイースターの休暇です。
クリスマスと並ぶ重要な祝日ですが日本ではなじみがありません。

コロナで復活した趣味が音楽鑑賞です。それでオーディオを何とかしようとしてクリスマスの時期にもやっていましたが、続いています。
https://ameblo.jp/idealtone/entry-12650883401.html

オーディオの話は弦楽器とは関係が無いので避けるべきだと考えていましたが、音響工学的なことを面白いと思う人もいるようです。
趣味としてのオーディオはともかく、原理としての音の仕組みは面白いでしょう。

年末年始は音が細かくミニチュアのオーケストラを聞いているような音で、何とかスケールの大きな音にしたいと取り組んだのでした。
そうしているうちに音の鋭さ、硬い耳障りな金属的な音が気になるようになりました。何とかならないかというのが課題です。

インシュレーター

オーディオではインシュレーターというものがあります。オーディオの世界の不思議の一つは機器が接している物体の特性が音に現れるというものです。
スピーカーやオーディオ機器を設置するとき、棚などに直接置くのではなく何か間に物を挟むのです。それがインシュレーターというものでヨーロッパでは金属の先のとがったものを逆さにすることが多いです。これはチェロのエンドピンとも似ていて、受け皿の方もあります。商品の開発もそっくりです。スパイクと呼ばれるもので金属でできていることが多いです。また別の考えではゴムもあります。スピーカーの場合、ゴムは振動を床に伝えないことでアパートなどの騒音対策になるばかりでなく、音を変える効果もあるはずです。

この分野は世界的に有名なメーカーは無く、それぞれの国でローカルな企業の製品が出回っています。このため日本で有名なものをこちらでは入手できません。

この時昔から言われてきたのは「振動対策」というものです。振動が音に悪影響を与えるため振動を抑えることが必要だというのです。アナログレコードの時代なら針がレコードの溝のわずかな凹凸を読み取って音にするので振動が悪影響を及ぼすと考えられたのでしょう。しかしこれがデジタルになっても同じというのが理由が分かりません。
私は単に素材の物理的な音響特性がなぜかわからないけども音になって現れると考えています。
ゴムならゴムっぽい音になり、金属なら金属的な音になるというわけです。
どちらに変化させたいかによって選べばよいはずです。また複合素材も考えられます。金属とゴムを重ねたものもあります。

私が昔から好きなものは木材で作ったものです。
木材のような音になれば弦楽器などのアコースティックの楽器はそれらしく聞こえるからです。

以前、黒檀、メイプル、スプルースの素材でスピーカーのインシュレーター作って試したことがあります。一番柔らかい音だったのがスプルースです。この三つの素材はヴァイオリンに使われるもので身近にいくらでもあるのでタダで実験できたのです。
今回は音が鋭いことが問題なので一番柔らかい音のスプルースを使います。以前試した職場のシステムでは柔らかすぎて眠くなるような音だったので採用しませんでした。今は部屋の響きが多すぎるのでゴムを使って響きを抑えています。

はじめにCDプレーヤーで試してみました。レコードプレーヤーならわかりますがCDプレーヤーでもちゃんと違いが出るのが不思議です。スプルースで作ればスプルースっぽい音になります。ヴァイオリンの表板やピアノの響板に使われる素材ですからそれらの楽器がそれっぽく聞こえるようになります。

最初にやった実験は厚みを変えた事です。ヴァイオリン職人でなければ思いつかない発想でしょう。5mmと2.5mmで試すと5mmのほうが明るい響きが多くなり、2.5mmのほうが明るい響きが抑えられ澄んだ音がします。これは予想通りで5mmではインシュレーターの効果が強すぎるので薄い方が良いです。このようなものは振動説では説明ができません。板の厚みによって物理的な特性が変化することは弦楽器で知っています。


さらに、問題になるのが4点で支えるとどうしてもぐらつきが起きてしまう事です。スピーカーやオーディオ機器の足の下に4点で挟むとどうしても対角線でぐらつきが出てしまうのです。

そこではじめ少し厚めにしておいてカンナで削って高い方の対角線の二つを薄くしていきぐらつきが無くなるようにしました。この効果はインシュレーターの素材自体よりも大きいのかもしれません。音が安定しました。オーディオではわずかな環境の変化で音がすべて変わります。ぐらつきを無くすと音の変化が少なくなりました。

これは弦楽器の魂柱でも似ています。魂柱をちょっと動かすだけで目まぐるしく音が変わる場合は魂柱が不安定になっています。音が変わったことに一喜一憂するのではなく魂柱を交換したほうが良いでしょう。表板と裏板の面に魂柱の面が合っていません。

オーディオマニアがちょっとしたことが音が変わると言うのなら何か不安定な要素があるのかもしません。

次に試したのは目止めです。ヴァイオリンの製造では色のついたニスが木の中に染み込んで染みを作らないようにするために何かを木に塗りこみます。これは無色のアルコールニスです。これを染み込ませてみます。両面に施し、固まるとアルコールを付けた布でふき取って表面についている分はすべて取り除きます。

目止めを施すと、フワッとした明るい響きが抑えられ楽器の音がむき出しになるようです。音はクリアーになる反面鋭さも露呈します。
とはいえ、CDプレーヤー、アンプ、DAコンバーター、スピーカーとスタンドの間、スタンドと床の間のすべての個所にスプルースのインシュレーターを入れると効果が強すぎるので、すべてに目止めを施すことにしました。

これによってやや音は柔らかくなり、ヴァイオリンの音はヴァイオリンらしくなりました。しかしまだ鋭いのです。

パンドラの箱

オーディオの世界が理解しがたいのは電源です。
電源ケーブルやノイズフィルターなどよくわからないグッズが発売されていて最低何万円もするものがゴロゴロあります。オーディオの世界の異常さを揶揄するときにやり玉にあげられるものです。

私はひとまず別の壁のコンセントからオーディオのためだけに電源を取ることにしました。これはとても大きな変化がありました。これまで音を柔らかくするのにしてきた苦労がバカバカしくなるくらい大きな変化でした。一気に進みました。

電源が音に変化があることは分かりました。問題はどのグッズを買ったらいいのかわからないことです。電源関係のパーツはとても高価なのですが、どのメーカーのものを買ったら音が柔らかくなるのかわかりません。もしかしたら鋭くなるかもしれません。
まずアンプの着脱可能な電源ケーブルを変えてみました。定価が2000円位のものが1000円ほどで売っていたので変えてみました。これは音は変わったけども柔らかくはなりませんでした。低音がはっきりして、空間の音の広がりも増えてクリアーになりました。ただし、音を柔らかくする効果は無くそのまま音が良くなっただけです。

テーブルタップ(延長コード)を変えてみることにしました。電源にお金をかけるのはハイエンドのマニアなので何万円もするのが当たり前です。
この分野も世界的に有名な大手メーカーはあまりなく、安い価格のものはありません。

ローカルでは初心者が最初に買うべきという定番のものがあります。

見た目は普通の「ホームセンターで売っているような」ものですが、中身が違うようです。外から見ても違いは分かりません。値段は6000円くらいで、ホームセンターのものは1000円くらいですからとても高いです。しかしハイエンド用のものは1万円以下では無いのでそれに比べたら安いものです。

これを実際に試してみると高音は柔らかくなり思った通りの効果がありました。低音も音域が広がり空間もリアルになりました。もしかしたら製造コストは1000円のものと変わらないのかもしれませんが実際に望んだとおりの音に変わったのでその価値があります。もし何万円もするもので「音が良くなった」としても自分の望む音にならなければそれは失敗です。それが事前にわからないのがオーディオアクセサリーの難しい所です。

電源関係について言えば音が変わるのは間違いありません。しかし自宅のコンセントがどうで、事前にはグッズによってどう変化するかが分からないので何を買っていいのかわからないというのが問題です。
定番の安価なもので良い結果が得られました。これ以上を求めると泥沼にはまるでしょう。開けてはいけないパンドラの箱です。

ギターケーブルで作られたRCAケーブル

これらのことで一番最初に比べれば劇的に音が柔らかくなっています。年末年始の休暇のあとで職場のステレオと聞き比べたらまだまだ硬い音だったのが、今ではほとんど変わらないくらいになっています。
音の鋭さに対して敏感になりすぎているのかもしれませんが、それでもまだ鋭さを感じます。

そこで購入したのがこれ

これはゾマーケーブルというドイツの業務用・楽器用ケーブルメーカーの作っているギター用のケーブルを使って作られたRCAケーブルです。
ギターケーブルはギターシールドとも言うようですが、エレキギターとアンプをつなぐものです。
ゾマーケーブルには様々な音色の製品があり、中に「Classique」という電線があります。プラグを両端に取り付けるとケーブルが完成するわけです。自分で作ろうかと考えましたが、はんだ付けの経験もそんなにないのでどこかの業者が完成させたものを買うことにしました。この辺は前回の話と同じで、はんだ付けくらいできるだろうと思いますが、回数を重ねていくほどに上達するのは間違いありませんし、プロが使うような道具や材料を揃えたら完成品を買った方が安いです。ケーブルを何十本も作るならやるべきでしょうがそんな気はありません。

はんだ付けは電気製品の工場でもパートタイムの主婦が担当していたりします。すごい回数をこなしているので、正社員のエンジニアよりもうまかったりします。回路の設計などは全くできなくてもはんだ付けだけはたくさんこなしているほうが上手いのです。これが職人の世界では当たり前です。

値段は材料だけを買えば2000円位で完成品はその倍くらいです。電線自体は安いものでコネクタープラグが高いのです。これはノイトリックというメーカーのものでひとつ350円位のものですから4つで1400円になります。この世界では安いものですが常識からするとかなり高いです。オーディオマニア用にはチープですが業務用として信頼のあるものです。

このケーブルが面白いのは「60年代のギターの音がする」という製品です。普通オーディオ用のケーブルは信号をできるだけそのまま伝えることが求められます。音声信号に欠損が無く余計なものを足したりしないのがケーブルでは理想です。そのための技術を謳って何万円や何十万円もするオーディオケーブルがあります。

それに対して楽器用のケーブルは音を変えてしまって良いのです。ベース用のケーブルなら低音だけが出れば良いとも言えます。オーディオケーブルはギターだけでなくあらゆる音声信号を忠実に伝えなくてはいけません。

このためオーディオ用のケーブルには限界があると思います。現実に音響機器や部屋の音響条件に問題があったとき音を変える必要があります。例えばグラフィックイコライザーという機械があり周波数ごとに音量を変えられるのです。このようなものの弱点は余計な回路を通すことで音質が劣化するということです。私の場合にはおおむね音は気に入っているのですが、ちょっとの鋭さをどうにかしたいのです。

高音質が売りの高級オーディオケーブルではこのようなことができません。建前上、コストのかかる技術的な方法で伝送ロスを減らし、電磁波や振動などの影響を受けないというのが高級ケーブルの値段の高さの理由だからです。つまり、安いケーブルでは信号が正しく伝わらないといういわば「脅し」です。このため音を意図的に作るということは悪いことだと考えられます。誰にとっても音が良くなるという建前で売っています。

これだと、高級ケーブルを買っても私が望んだ音に変わるのかわかりません。音の調整用としては使えないのです。それに対してこのギターケーブルははっきりと「60年代の音」と明示しています。ギターアンプもオーディオ機器も基本的には似たような技術で作られていて60年代の音といえばイメージできるものがあります。音域は狭く低い音と高い音が出にくいのです。それを暖かみのあるノスタルジックな音とすれば無限の高音質地獄から逃れてくつろいで音楽が聴けるでしょう。
本格的にやりたいならアナログレコードや真空管アンプ、実際に古いオーディオ機器を使うのも手です。それはお金はかかるし、音質も進歩しているので、音質が悪いと感じるのも事実でしょう。ケーブルくらいなら雰囲気だけですから。

ゾマーケーブル「Classique」の音

DAコンバーターとプリメインアンプにつないで使用すると、ずっと響きが豊かになり空気感が暖かくなりました。低音と高音が弱くなり。中音中低音域が充実します。一方本当の古いオーディオ機器のような音質の劣化はありません。古いラジオの音を再現するようなエフェクターもありますがそのようなものではありません。
音は高音質なままで、低音と高音が弱くなる感じです。高音が弱くなれば音の鋭さも軽減します。中音の響きも豊かで鋭い音が埋もれます。空気全体がのんびりとしたものです。日ごろの疲れもあって眠くなってしまいました。冷たい張り詰めた空気がリラックスしたものに変わりました。
ただし、録音条件によってフォルテシモの時には鋭さが出ます。弱くはなっているけども鋭さは健在です。これ以上はケーブルでは無理でしょう。

普通のミニコンポやワイヤレススピーカーなどでポップミュージックを聞く場合はむしろ低音と高音を増強してズンズンシャカシャカやるわけですが、全く逆の特性です。相当なレベルのオーディオ機器でないと必要な人はいないでしょう。

ただ寝ボケたような音になっただけではありません。そこは楽器用ケーブルです。アタックとレスポンスは手ごたえがあるように作ってあるようです。音楽的な躍動感は十分にあります。むしろ以前より指揮者の動きが伝わって来るようです。ソロヴァイオリンのニュアンスも表現が豊かになったようです。

ギター用ということでオーディオ用には合わないかもしれないと思いましたが、ケーブルによる音の変化は限られているのでこれくらいの「演出」はやっても良いでしょう。HiFiという宗教では禁止されていることですが現実には音を変える必要性があります。ギターケーブルの分野はこんなにユニークな製品があって、それを作れる技術があるのが面白いです。

エレキギター用がクラシック音楽に合っているのも面白いです。
もちろんジャズなんてそれ以上です。

しばらくこれで様子を見ようと思いますが、それでも音が鋭いならウォルナットのインシュレーターを作ろうと思います。スプルースは弦楽器の木材なのでヒステリックな耳障りな音を持っています。これがウォルナットなら高音が弱くなり暖かみのある音になるはずです。材料はすでに注文してあります。

このように素材を変えて音の違いを作るのはギターやドラムなどの楽器では常識です。ヴァイオリン族の弦楽器では材料が決まっていて安価なものにする以外で他のもので作られることはありません。ヴァイオリン族の楽器は考え方が古いのだと思います。

ロートのヴァイオリン

ヴァイオリンの世界は上流階級の文化を良しとする戦前の西洋の考え方でできていると思います。ヨーロッパでクラシックのコンサートに行くなら、男性はスーツにネクタイくらいしていくのは普通です。最近はもう少し砕けてノーネクタイもあるかもしれませんが、ロックのコンサートとは違う格好で行くでしょう。
上流階級の文化では「上等なもの」というのが決まっていてみな同じものを良いと考えなくてはいけません。

これに対して戦後のポップカルチャーでは様々なこだわりを持ったクリエーターたちが文化を作ってきました。楽器も新しい電子楽器が作られたり、音にこだわりを持った製品も作られてきました。メーカーが想定したのとは違う使い方で効果を生み出して人気が出た電子楽器もあります。
大きな楽器メーカーが異なる素材や方法で試作品を作って開発すると設計を定めて工場で同じものを大量に作ったのでした。名器と呼ばれるようなギターもあるでしょう。
これに対してヴァイオリンの世界はハンドメイドのものが上等だとされ、工場で大量生産されたものは安物だとみなされてきました。

しかし実際私が経験したのは、ハンドメイドの職人は音をイメージして作り分けているのではなく、ただ伝統にしたがった方法がでヴァイオリンを作っているだけでした。音がどうなるかは全く分からず定められた寸法にミスや傷をつける事なく作ることが求められているのです。

これに対して西ドイツのロートというメーカーのものを最近続けて見ることになりました。
以前紹介したのは1970年製のものでした。
https://ameblo.jp/idealtone/entry-12657883578.html

今回のものは95年製でドイツは統一されているのでGermanyになっています。

基本的なスタイルは以前のものと同じです。より機械化が進んだと思われます。

縦の木目の年輪の断面が強く出ているのは前回は自然の色だと書きましたが、ニスで色を付けているのではないという事でした。木材自体をどうも薬品で反応させて色を付けているようです。表板は場所によって吸い込む量が違うので染料や薬品を染み込ませるとムラになってしまうのです。このため薬品で染めるのはとても難しいです。何かそのような技術があるのでしょう。非常に自然に染まっているので気付かなかったです。
ハンドメイドの職人はそんな技術もないくせに「薬品で染めるのは邪道!」と偉そうにしているだけです。

材料も安価なものでいかにも量産品という感じがします。しかし量産品としては品質の高いものです。

例によってスクロールは機械で作られたものです。

量産品の教科書みたいなものですが音は悪くありません。1970年のものと同じように低音が豊かでよく鳴る感じがします。70年のものに比べるとちょっと鳴り方がおとなしいようです。それでも音の性格はよく似ています。板の厚みを測ると同じようになっています。20万円くらいの値段なら音は良い方だと思いますし、下手なハンドメイドの楽器よりも良いでしょう。

この楽器を見ているとギターのような新しい時代(といっても20世紀後半)の考え方で楽器が作られているように思います。設計を定めて「メーカーの音」というのがはっきりあって同じものを大量に生産しました。上流階級でなくても買えるリーズナブルな値段で作り、お金持ちの習い事というイメージを打ち破ったのです。
このようなメーカーが世界で有名になり一時代を築いたのには理由があります。私も20年やって来てようやくわかってきました。

一方量産品をバカにして来た職人たちは右肩下がりで苦しくなってきています。
日本の楽器店もイタリアの楽器を高く売るためドイツの量産品を否定するためのよくわからない理屈を作り上げてきました。本当に弾き比べてどちらが音が良いか自分で判断する必要があるでしょう。

私は個人的にこのような量産品に硬さを感じますが、新作のハンドメイドの楽器が柔らかいかといえば必ずしもそうでもないです。同じように硬いなら音量があって低音にボリュームのあるドイツの量産品のほうが良いでしょう。

手作りでも本当に音が良くなければ買う価値は無いと思います。

また勘違いすべきでないのはドイツの量産品が皆このようなものではないということです。世界的に有名になったメーカーですが、こちらではこのようなものは少なく、戦前の量産品や最近の旧共産国の量産品が多いです。私がドイツの量産品について持っている音のイメージが日本の業者のものとは違うことをこのような製品で知ることになりました。

それにしても音が良いということで売っていた西ドイツのものをイタリアの楽器を売らなくてはいけなくなるとそれを否定するのだから商業とは変なものです。技術者の私にはわかりません。

ヨーロッパの音?

コロナの影響で自宅で過ごすことも多くなり、音楽鑑賞を充実させようということで悪戦苦闘してきました。デジタル時代に対応するつもりがCDを買うというスタイルに落ち着きそうです。私の世代ではCDの登場は衝撃的だったし何度も何度も聞いていました。
私は小学生のころからパソコンを持っていてプログラミングなどをして遊んでいたものです。高校生くらいになってくるとアナログの魅力にすっかり取りつかれました。その究極がヴァイオリンなのです。

私のステレオが鋭い音がするのは、老朽化のせいなのか初めからそうだったのかもわかりません。この仕事をしていて耳が良くなってそれが分かるようになったのは間違いありません。オーディオマニアが良い音だと考えるのとは違うということでもあります。

ヨーロッパ製のスピーカーなので、以前は「これこそがヨーロッパの音」と思い込んでいたのでしょう。今では現地の同僚や音楽家と弦楽器の音について意見を交換する日々です。そんなヨーロッパへのあこがれは薄っぺらなものだったようです。

音が鋭い問題もこて先のことでは限界があって、本質的には電子回路に改造をするなり機材を入れ替えたりしなくてはどうにもならないでしょう。そうすると今度は別の問題が出てきて永遠に終わらないでしょう。

それにしてもこの電線が私のヴァイオリン製作の哲学と似ているのが面白いです。電線ひとつでそんな世界があるというのが勉強になります。
こんにちはガリッポです。

はじめにハンガリーのヴァイオリンについて質問をくださった方にお知らせです。返事を書くのに遅くなってしまいましたが、コメントを返信しておきましたので見てください。
その作者もウィーンと関係が深く、ウィーン、プラハ、ブダペストは一つの関連のある地域と考えて良いでしょう。ハンガリーとオーストリアが一つの国だった時代もありますから。


今回のテーマはヴァイオリン職人の教育です。
成り行きで新人の教育係になってしまいました。課題で期限内にヴァイオリンを作らなくてはいけません。うちの工房に来てすでに一台はヴァイオリンを作っているので最初は余裕で「分からなかったら聞いてね」というくらいの感じでいたらとんでもないです。期限ギリギリになってこれはまずいと私が手取り足取り教えることになりました。

アマチュアにヴァイオリンを作るのは無理?

ヴァイオリンを作りたいという人はいて、趣味で取り組んでおられる方もいます。読者の方の中にも熱心な方はいるでしょう。
しかしながら、職人の教育をしていてアマチュアにヴァイオリンを作るのは不可能だと痛感しています。少なくとも私は教えることができません。
うちの工房でも何人かの「おじさん」の面倒を見たことがあります。先輩の職人が教えていました。見ていると新しい作業工程を意気揚々とはじめますが、そのうち自分の技能では手に負えなくなり先輩が代わりに作業工程を完成させていました。
「自分でヴァイオリンを作りたい」と言ってやってきたのに、殆ど先輩が作ったようなものでした。家族や知人には「自分でヴァイオリンを作ったんだ」と自慢するでしょうが、実際はほとんど自分では作っていません。

なぜこのようなことになるかは今になって身をもって感じています。
ヴァイオリンを作ることはゴルフに似ています。それぞれの工程で初めは大まかに加工して次第に完成の形に近づき、最後にピタッと決められた寸法や形に持って行きます。それぞれのホールで一打目をドライバーで打って最後パターで穴に入れるようなものです。

その最後がとても難しく穴にボールが入らないのです。木材を削る場合寸法が無くなったら終わりなので、カップをオーバーしたら一からやり直しです。それ以前にオーバーしてもOBです。

パターを持つ手がフラフラでスウィングする軌道がバラバラ、力加減が全く分かっていないと毎回どこにボールが転がるかわかりません。
ゴルフでも素人がグリーン上で何度も往復している姿を見ますがそれと同じです。
パットが確実に入るにはプロゴルファーの技量が必要です。
道具を持つ手がフラフラで仮に正解が分かってもその通りに加工できないのです。
正解は単純なものばかりではなく、グリーンの傾斜を計算するように正解をイメージしたり目で見たりしないといけません

パターが入るようになるとホールアウトして次のホールに行けるようになります。
ここまで来ると、今度は一打目が大事になります。一打目で的確な位置に持ってくることが勝負を決めます。そこまで行くのは一人前の職人のレベルですから、見習の職人に期待はできません。もし共同制作するなら師匠が粗削りをして大まかな形を作ると弟子が仕上げを行うのが合理的です。仕上げはとても難しいですが、フリーハンドで感覚に頼る荒削りに比べれば経験や才能がいりません。
パターが入りさえすればその工程を完成させられるのですが、何度やっても入らないのです。見ている方はじれったくなって代わりにやりたくなります。私が代わりにやれば一打でチョンと打つだけで入ります。しかしこれが初めて数年の職人では全くできないのです。
アマチュアなら工房に5年10年も通ってもできるようになるかわかりません。こちらはそんなに待っていられないので代わりにやってしまう方が楽です。

バスバーの接着面を合わせる作業などは1本目や2本目のヴァイオリンでは1週間くらいかかるのが普通です。私はヴァイオリン製作学校で一本目はビギナーズラックで6時間ほどでできました、先生は天才と勘違いしたのかもしれません。2本目ではちゃんと1週間かかりました。工房に勤めるようになってプロのレベルが求められるようになるとそれもまったく通じず最初のうちは訳が分かっていませんでした。
趣味のおじさんは何日やっても自分ではできずに先輩にやってもらっていました。

見習の子は今回9時間かかって材料が小さくなりすぎてやり直すことになってしまいました。この子は才能が無いのかとがっかりしました。
私の豆カンナを貸してあげると1時間でもう少しのところまで行きました。それから半日くらいで隙間なく接着できるくらいになりました。
つまり、どこをどれだけ削るべきかはわかっていても、道具が悪いために削るべきところと違うところまで削ってしまって、何時間やっても改善されず完成に近づいて行かなかったのです。
バスバーの加工についてはちゃんと理解していました。道具を整備する腕が無かったのです。

今回は見習の職人の課題なので代わりにやるわけにはいきません。刃物を研ごうにも道具を持つ手がフラフラなのでうまく研ぐことができません。切れ味が悪く、刃の形状があっていない使いにくい刃物でやっているのですからなおさら難しいです。

ヴァイオリン製作学校の先生なら、そんなことは承知でノウハウがあるのでしょうが、こっちは自分がヴァイオリンを作っている感覚が身についています。私に教わるということは小学生がいきなり大学の講義を受けるようなものです。

グラグラのパターでどうやってホールに入れるのか、私にはわかりません。何か「ずるい方法」が必要です。私が指示した通りにできるためには、朝から晩までフルタイムで取り組んで5年は必要でしょう。私が教えるものをアマチュアでは作るのは無理です。

今回はニコラ・リュポーのモデルでヴァイオリンを作っているので、リュポーなどフランスのヴァイオリンの写真や実物を見せてこの通りにしろというのですが、私に見えていることが見えていないのです。当ブログでもいろいろな楽器の写真を載せて「ほら」と紹介しているのですが、おそらく私が見えているものも皆さんには見えていないでしょう。それが修行を何年もやっている職人の卵でも見えていないのですから、反省しないといけません。もっと解説が必要でしょう。

見習の子は作業工程の初めの時点では全く見えていません。こうやってやるんだと規則性を図に書いて教えてもめちゃくちゃになってしまいます。私は「この子には無理か?」と心配したのですが、粘り強く教えて作業の終わりには私が言っていることが分かるようになります。イメージした通りにはできませんがおおよそ近づいてきます。
目は悪くないので一安心です。本人もその工程の初めの時と最後の時点で全く世界が変わったことに驚いています。私が教えているのはそのレベルだからです。当然完全にフランスのヴァイオリンのようなものができるはずもなく、失敗した箇所がいくつもあります。それでも前回作ったヴァイオリンに比べたら雲泥の差です。前回のものは「ただヴァイオリン」を作っただけです。今回は「モダン楽器」を作ろうとしているのです。

正解が見えても、その工程の完成間近のところで全く先に進めなくなります。寸法を割ってしまったら終わりなので、泣きそうになります。
課題が終ったら刃物の研ぎ方からやり直しです。そして5年くらいすれば何とかできるようになるでしょう。

職人の仕事はスポーツに似ています。頭でイメージした通りに体が動かないといけません。教えるとなると難しいのは考えていないからです。
見習の子を見ていたら脇が開いていました。腕だけでノミを使っているのです。腕全体でノミを押して削ろうとすればフラフラになります。腕を体に密着させて固定すればノミを押す作業は上半身全体を前に倒すことによってできます。手先はコントロールするだけです。コントロールするのは手先で押すのは上半身です。これを同時に行えばうまくいくというわけです。

見本をやって見せてもまねさせても何かが変なのです。野球を初めての人に教えるようにぎこちなくて二人で大笑いしていましたが、ひどいものです。もう何年も修行しているのにですよ。
身長が違うので私は台の上に乗ってやってみたりしました。
体格が違えば姿勢も変わってくるのでしょうが原理は同じはずです。

それにしても大笑いしながらやっていたので私の師匠は「お前ら、何遊んでるんだ?」と不思議そうな顔で見ていました。楽しく教えちゃいます。

筋力も必要です。別に筋力トレーニングをするわけにもいきません。力いっぱい押したり引いたりするのではなく、ゆっくり正確に動かせないといけません。
職人としてフルタイムで働いていないと無理です。

以上の理由で厳しいようですが、私はアマチュアにヴァイオリンを作るのは無理だと考えています。ヴァイオリンは1台や2台作って終わりなのではなく、一生作り続けないと高い品質のものを作れないのです。特に最初の段階では師匠に事細かく教わらないとできません。教えるほうも膨大な時間が必要です。道具も数が多く一通りそろえたら100万円は超えるでしょう。授業料の代わりが労働というわけです。
確実にできているヴァイオリンを買った方が安くて良いものが手に入ります。
いくつもあるヴァイオリンを試奏して音が気に入ったものを選べば良いです。音は意図的にできる部分と、できない部分があります。何年やっても思ったような音の楽器は作れないかもしれません。

ヴァイオリンを作るのはプロとして一生続けないと習うのにかけた膨大なコストを回収できないと思います。だからプロとしてやっていかない限り費用対効果でヴァイオリン作りをやる値打ちは無いと考えています。ヨーロッパ式の合理的な考え方です。

趣味でヴァイオリンを作るというのは、全くヴァイオリンを弾いたことのない人がヴァイオリンの先生に、チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲が気に入ったから1年以内に弾けるようにしてほしいと要求するようなものです。木工の中では超難度でアマチュアなら木箱か本棚で満足すべきです。

私が教えたいこと

私は小学生に大学の講義をするような教え方をしてしまいます。自分が学んだことをすべて教えたいからです。
当然習う方はキャパシティを超えています。それでも自分の成長に喜びを感じているようです。前回作ったヴァイオリンからは1段階どころが2~3段階上のものができてきているからです。当然フランスの一流の職人のようにはいきません。

19世紀のフランスではミルクールで「ヴァイオリン製作」を学んだあと、優秀な子はパリのリュポーやヴィヨームなどの工房に入って、リュポーやヴィヨームの作風を学びました。ヴァイオリンがすでに作れるようになってから、さらにリュポーやヴィヨームのスタイルを理解するというわけです。それが今回は一度に来ているのですから無理な話です。

本来なら見習の段階では単にヴァイオリンを作れるようになるだけで十分なはずです。ヴァイオリンが作れるようになったら一流の職人のようなものを勉強すれば良いのです。ミルクールのヴァイオリンはまさにそんなものです。ヴァイオリンというだけのものでいわゆる量産品です。アマチュアなら量産品のレベルでも作るは難しいでしょう。だから買った方が安いのです。

見習の職人はこれから職人として会社に雇われて働けるようになるのが目標です。上司の指示通りに作業をこなせば給料がもらえて暮らせるということです。指示通りに作業をできるようになるのに何年もかかります。他の職業のように会社に入ってすぐに働き始めるようなことはできません。働くことができるまでにならないといけないのです。本来その段階ではリュポーの作風がどうとか言っているレベルではないのです。

作業員の品質管理として、決められた仕様に対して正確に加工すること、商品に傷や欠損が無いことが求められます。教育もそのようなものが本来のものです。したがって決まった通りの作風で、表面に傷ひとつないものを作らないといけません。
このため流派の特徴がはっきりと表れるので産地が特定できるのです。

しかしこれで自分はヴァイオリン作りをマスターとしたと思い込んでしまう職人が多いです。プロとなってもさらに完成度を高めるだけです。


これだと私は面白くありません。
決まり切ったもので欠点が無いだけのものを作る師匠が多いですよね。皆さんも展示会や店頭で見た通りです。現代の楽器はどれもそっくりなのです。ヴァイオリン製作コンクールを見ればみなそっくりです。その師匠の工房に弟子入りして腕を磨いても同じことです。
それでも明らかに「プロの職人」と認定できるものです。それ以下のものでは素人のレベルです。

もともと私の夢は工業製品の企画をすることでした。物欲は良くないものと言われますが、私は工業製品が大好きでした。自分でも工業製品を考えて作ってみたいと思っていました。しかし現実にそんな職業に就くのは難しかったです。大きな企業ではポストが限られていますし、人気職種なら競争も厳しいでしょう。さらに現代の工業製品は分業で、マーケティング、設計、デザインなどの役割が分担されています。

そんな中ヴァイオリンの製作は一人ですべてのことができます。単に見た目が綺麗なだけでなく、実用的な性能も持っています。音には嗜好性や芸術性もあるのですから素晴らしいものです。そんな素晴らしいものを作れるのに、常識で定められたものを欠点が無いように作るだけで楽しいのでしょうか?そのうち嫌になってしまうでしょう。
現にヴァイオリン職人の修行をしたのに全くヴァイオリンを作っていない職人が多くいます。偉い師匠に厳しく欠点を指摘され楽器の作り方を習ったのに欠点が無い楽器を作るのはハードルが高く気力や時間が無いのです。

見習のチェックして、「カーブの美しさが出ていない」と指摘します。ここをもう少しくぼませないと滑らかなカーブが出ないよと。見習の子はきょとんとして全く意味が分からないようです。ストラディバリは特徴が控えめでオーバーにはしていません。アマティの写真を見せてこの通りだと説明して、フランスの楽器の写真を見せるとはるかに控えめですがやはり同じようになっているのです。というのはフランスの楽器はストラディバリをお手本としています。ストラディバリは基本にアマティの特徴があります。ストラディバリはその特徴を控えめにしています。アマティほどはっきり表れていないのです。その自然さがストラディバリなのです。説明した後に作業に取り組んだ楽器を見るとうまく刃物をコントロールできず完全ではないけども、それっぽくなっています。本人はひどく感激して楽器を見る時の目が今までと変わったことに驚いています。アマティやストラディバリ、フランスの楽器を見て美しさが分かるようになったのです。そういう喜びを様々な工程で味わってもらいたいのです。

弦楽器の基本設計はアマティ家によって行われました。彼らは単に音が出るだけの楽器を作ったのではなく、一つ一つの作業の中に美しさを求めました。美しさが生まれることに喜びを感じていたのでしょう。オタクやマニアというような異常な一家だったと思います。そのために弦楽器は高価なものになってしまいました。チェロなどは「安価な」量産品でも100万円くらい当たり前のようにします。

私が古いイタリアの文化が好きなのは大の大人たちが「ベリッシマ!」と我を忘れて美しいものに感嘆の声を上げていたことです。これが現代の西欧の国では「私は正しい」ということを主張してきます。正しい方法で欠点なく作った私の楽器は正しい楽器で正当な対価をもらうと主張しています。私には楽器がそう語りかけてくるのです。師匠は弟子の欠点を指摘し、それ以外のことは何も言いません。そのような師匠から一度作り方を学べば次の世代に指導することができます。

私はそのような教え方はしません。
オールドの名器を見せて欠点だらけであることを教えます。それでもオールド楽器がいかに魅力的であるかを知ってほしいです。
昔の人たちは結構自由に好きな形に作っていました。自分で自由に作りたいものを作って良いのです。私の言う通りでなくても良いです。
音響面でも私の経験を教えます。0.1ミリやそこらが音については重要でないことも教えます。

見習の子は今まで習ったのと違い私がネチネチ粗探しをしないことに驚いていました。リュポーの作風のディティールについては初めは何を言っているかわからなかったでしょうが、そのうち分かるようになると美しいものができたことに笑顔になっていました。

私は過ちを叱責したりすることができません。この国の社会人としてはダメでしょう。犬の訓練のように良いことと悪いことをはっきりとさせないといけないのです。犬を飼うのは向いていないでしょう。しかし私は外国人だし、そのあたりは好きなようにやっています。ヨーロッパの人たちは「正しい」「間違っている」ということにとても厳しいです。自分は正しいということをアピールすることで生きて行けるのです。でもヴァイオリン職人の世界では正解とされているものが、何となく代々受け継がれてきた根拠がよくわかないものばかりで、優れた名器に当てはまらなかったりするものです。

今は課題のことで頭がいっぱいでその子が一生ヴァイオリン作りを続けていくのかは本人も考えていないでしょう。私の方が先走って考えてしまいます。

そんな見習の作った未熟のヴァイオリンでも音には期待しています。
楽器というのはなぜかわからないけどもその人の音というものがあります。私は暖かくて優しい音がするのですが、市場の好みは力強いものです。前回作った「赤いヴァイオリン」でも私のものよりも力強い音がしていました。うまくできていなくても何も心配することはありません。私が現代では忘れられたモダンヴァイオリンの基礎を教え込んでいるので優れたものになるはずです。

板の厚みについてはフランスの仕組みで寸法を決めて設計図を与えました。実際に出来上がったものを測ってみるとところどころ削りすぎて寸法を下回っていました。薄くなりすぎている個所が多くあったのです。どんな音になるか興味があったので私が寸法を測っていつものように紙に書き留めていました。測った後寸法を見て私はニヤニヤ笑っていました。この前のチェコの楽器のようにこれは良さそうだと思ったので、「決められた寸法を下回るという天然のセンスがあるな」と感心していたところです。慎重すぎると音には良くないものです。
それを見て「普通は決められた寸法を下回ってしまったら怒られるものなのに、あなたは笑っている」と驚いていました。

20年私が先輩でもいざ演奏家の前に自分の楽器が出たときには全く対等です。職人の言うクオリティなどは気にしないからです。人によっては見習の作った楽器の方を気に入る人がいるでしょう。私の楽器はちょっとマニアックですから。だから私は偉そうにはしません。

アマチュアで作っている人には厳しいことを書きました。意地悪を言っているのではなく、客観的な技術の話です。謙虚であることの重要性はプロでもアマチュアでも変わらないでしょう。参考にしてください。

バロック楽器など古楽器を作る人には素人のような人が多いです。基本的な技能が無いのに既存のものを超えられると安易に考えています。モダン楽器をちゃんと作れてから古楽器を作るべきだと思います。

そのモダン楽器も今では忘れられた技術になっています。




こんにちはガリッポです。

前回のイギリスのチェロの続報から。
チェロ教師の方が試奏しましたが特にDやC線に違和感はなかったようです。エヴァピラッチの3/4で試奏用には十分でしょう。弦長が3/4と7/8の間ですから明らかに小さく感じたはずです。「自分には小さすぎる」と言っていました。
強く興味を持った人は自分の好みに合わせて追い込んでいく必要があります。

その一方で小さなチェロとは思えないほど音が良いとも言っていました。
演奏技量からするともっとスケールの大きなチェロがあっているだろうとは思います。モダンチェロのほうが良いでしょう。

体が小さくてどうしても小さなチェロが良いという人にはうってつけのものです。むしろ日本人向けかもしれません。売りに出しているものなのでどうしても小型のチェロで音が良いものが欲しいという人に譲ることはできます。なにぶんコロナで行き来も難しいのですが。


今回はチェコのモダンヴァイオリンの紹介です。
結論から言うと音はとても良いです。なんでこんな作者が無名なのか、やりきれない思いがします。ちゃんと評価している人がいないのです。

フランティシェク・カレル・クリーシュのヴァイオリン



フランティシェク・カレル・クリーシュ(1887~1943年)はチェコのプラハの生まれでシェーンバッハの学校で学んだあとドイツのライプツィヒ、ザールブリュッケン、スイスのチューリッヒで働きプラハに戻って、この楽器は1921年にプラハで作られたものでちょうど100年です。

作風はどこのものなのかはっきりわかりません。少なくともボヘミアのシェーンバッハの面影はありません。チェコと言ってもボヘミアはもともと東ドイツの流派で国境が今と違ったのです。プラハの方は音楽都市として独自の流派を形成していました。本によるとクリーシュはヤン・クリークの作風に似ているのだそうですが、クリークはウィーンのマーティン・シュトッスに学んだそうです。
そういわれるとマーティン・シュトッスにも似ているように思います。
それも一つのプラハの流派ということですね。ドボルジャークという職人も有名です。これもシュバイツァー(ウィーン→ブダペスト)やクリークの影響を受けた父と息子はシルベストゥルやガン&ベルナーデルのところで働いてフランスの影響を強く受けています。
同じチェコでもシェーンバッハとは全く異なります。

このような名前は、お馴染みの重要な職人として語っていますが皆さんは全く聞いたことも無いかもしれません。

f字孔はウィーンのマーティン・シュトッスに似ています。

エッジの溝は浅いカーブでコーナーもややフランス的な感じがあります。作風はとてもいろいろなものが混ざっているようです。

スクロールは渦巻きのところが小ぶりでビオール族の楽器のようでもあります。仕事自体はきれいです。

アーチはアッパーバウツの一番広い所から上と、ロワーバウツの一番広い所から下が真っ平らになっています。

中央はエッジから大きくえぐられたようなカーブをしています。

かなり個性的なアーチです。

もう一つの特徴は横幅がとても広いです。

左から2番目がクリーシュのヴァイオリンです、他のものよりも明らかに幅が広いのが分かると思います。

サイズと板の厚み



サイズは中央に書いてあります。ミドルバウツのカッコ内はアーチを含まない幅です。
ストラディバリモデルよりも5㎜近く幅が広いと考えて良いでしょう。

表板の厚みは中心だけが厚めになっていますがそれ以外は薄めにできていています。裏板もオールドのイタリアやフランスのモダン楽器のように薄くなっています。
どこの流派にも流派の「規則」をやぶった薄い板の楽器が散発的にあるとこの前も語りましたがまさにそれです。最初に習ったシェーンバッハにははっきりとした特徴があります。それとは違います。
先生に習ってもそれで終わりとせず別の場所で学んだり研究を重ねたのでしょう。
今でも先生や師匠に習ってその作風で一生を終える職人のほうが多いです。

クリーシュのヴァイオリンの音は

今回は表板がバスバーのところでぱっくりと割れてしまったのを修理したものです。バスバーのところは木片で補強できないので表板を浅くくりぬいて新しい木を張り付ける修理をしています。
バスバーも新しいものとなり万全の状態です。

修理したてですぐに弾いてみるとまず驚くほど音量があります。音は鋭いものでは全くなく柔らかさがあります。低音のボリュームが豊かでまさに「ビオラのような音」です。
うちでは最も売れるタイプの理想的なものでしょう。
力のあるソリストが弾いたらデルジェスのような力強い音が出るんじゃないかと思います。

お店に小さな女の子が来ていて、同僚が「ヴァイオリンを弾くの?」と聞いたら「うん」と答えて「どの弦の音が好き?」と聞いたら「G」だと
小さな子でもちゃんとわかるんです。それに引き換え理屈でこねくり回す大人たち。


値段は作者が有名でないために相場もありません。プラハの楽器はわりと評価が高くてクリークやドボルジャークで300万円ほどです。それより無名なクリーシュでも200万円で高すぎるということはないでしょう。音で言えば完全にそれ以上です。見た目も琥珀色の茶色で個性的なアーチなのでイタリアの作者のラベルに貼り換えて800万円で売っても音が悪いからニセモノだ思う人はいないでしょう。詳しい人ならそのイタリアの作者の楽器がこんなに音が良いはずがないと気づくかもしませんが…。

幅が広くて板が薄い、アーチが平らで100年経っていればよく鳴るのは普通のことです。作者の名前が有名かどうかは関係ありません。
その上でアーチには個性があり、音も柔らかい音がしてよくあるやかましいだけのモダン楽器とは一味違います。必ずしもオールド楽器のコピーを目指したわけではないのにソリスト向きの力強さが大前提で、さらに音色に味わいや柔らかさもあるのです。私は見事な楽器だと思います。勉強になります。

とはいえ、音大生や音大を目指しているような学生がこの楽器の良さに気づくかというとまた別の話ではあります。あくまで好みの問題です。

作風も個性があり立派な作品ですね。それで無名で値段が安いとすれば、まともに楽器の良し悪しを評価して値段に反映させている人なんていないということです。これは肝に銘じておくべきものです。

かなり個性的なアーチですがこれも音を悪くしているようではないようです。ミドルバウツのエッジを大きくえぐったオールド楽器では窮屈になってしまうため味のある音色と引き換えに豊かなボリューム感は抑えられるというイメージを持っていました。
これくらい大きなサイズで全体的にフラットなものならそれくらい変わったアーチのほうが音にキャラクターが出るのかもしれません。
それが単にまっ平らなだけだとよくあるようなモダン楽器になってしまうかもしれません。意図したかどうかは分かりませんがモダン楽器の優れた点を生かしながらも味のある美しい音の楽器ができているのです。

①幅が広い、➁平らなアーチ、➂板が薄いもの、が100年も経てばとりあえず鳴るでしょう。十分よく鳴るのであれば多少音量を犠牲にするようなことでバランスを取ったり音色にキャラクターを与えるようなことをしても良いと思います。例えば二つだけ条件を備えれば良いということです。ピエトロ・グァルネリのコピーでは幅が広いモデルで板が薄く、アーチは高い物でした。


幅が広いモデルもヴィヨームがとても幅の広いビオラを作っていてそれにも似ているような気もします。

モダン楽器の良い所を寄せ集めたような楽器でもあります。私はオールド楽器のほうが格上だという意見には賛成しません。実際に弾いてみると虜になってしまうモダン楽器もあると思います。弦楽器は理屈で考えてはいけないと思います。

まとめ

このような楽器を目の当たりにすると、自分が楽器職人として学んだことがちっぽけな事だったと気づきます。現にクリーシュはシェーンバッハの学校で習った作風とは大きく変わっているはずです。各都市で様々な職人に学んだり一緒に仕事をしたり、優れたモダン楽器やオールド楽器を見て、音楽家との交流など幅広い知識を身に付けて行ったのかもしれません。このような偉大な先人も無名なのです。

みなさんが知りえる知識などは楽器製作を学ぶ初心者が知るようなレベルのものです。知識なんて捨てて実際に楽器を感じてみてください。

同じチェコでもプラハとボヘミアでは作風が違うということも知ってもらいたいです。プラハはウィーンとも関係が深いのは作風にも表れています。
フランスと関係の深かったドボルジャークもいました。国名でイメージするのはやめたほうが良いでしょう。

これより音が良い楽器を作れる職人が現代にどれだけいるでしょうか?
偉そうにできる職人などいないと思います。
まあ、謙遜しなくても100年後には匹敵するものになっているかもしれません。
こんにちはガリッポです。


これは何を削っているかというとカツオ節です。
鰹節はヨーロッパではスペインやフランスで生産されていて日本食材店で削ってあるものを買うことができます。これは私が日本から持ち帰ったものです。

アメリカの工具メーカー、スタンレーの「ローアングルブロックプレーン」で削っています。
これでだしを取って汁を作ってお蕎麦を同僚に振舞いました。
大西洋岸で生産されているとはいえ、こちらの人たちは魚をカンナで削るなどは信じられないように驚いていました。
削りたては香りがすごく良く、昆布とともに大量に入れてだしを取れば本格的ですね。濃縮つゆでも日本の味が出せますが、新鮮な出汁は格別でした。
みなあっさりと平らげていました。かつおの味は西洋の人にもわかるようです。

ちなみにそば粉は昔は西洋でも食べられていたそうです。加工の仕方は違うのでしょうがそば粉は食べていたそうです。今ではほとんど食べられなくなりました。おばあちゃんの味という感じのもので同僚はそば粉の風味が好きだそうです。日本風のだしもお気に入りで教えた濃縮つゆでスープを作っています。今回のものは格別でした。うまく宣伝すればトリュフくらいの扱いになるんじゃないかと思うほど評判は良かったです。

他に白菜を浅漬けにしました。これも好評でぱりぱりとした食感とみずみずしさが珍しく「さわやかだ」と言っていました。
外国人はこんなもので喜ぶのですから意外です。

外国に住むと日本食の完成品が売っていないので自分で作ることが多くなります。かつおも削り節よりも自分で削ったほうがふんだんに使えます。

日本でもかつおを削ってだしを取る人は少なくなったでしょう。カンナは相当切れ味が必要で刃が研げないといけないからです。

イギリスのオールドチェロ


前回まではフランスのチェロを紹介しました。これがいかに優等生であるかはこれから紹介するイギリスのチェロと比べれば明らかです。

以前にも紹介したトーマス・スミス、1764年製のチェロを修理しました。
イギリスのオールド楽器はシュタイナー型のものが作られていました。当時はシュタイナーが名器として有名だったからです。ミッテンバルトからも輸入されていたようです。シュタイナーの流れをくむミッテンバルトの楽器が当時はもてはやされていたのでしょう。イギリスで作られた楽器もいわゆるシュタイナー型です。

ちなみにフランスやオランダではアマティをお手本にしたものが作られていました。フランスの作者がストラディバリ風に移行するのは比較的容易だったとも言えます。リュポー以前にも中間的なものがあり、リュポーが始めてストラディバリのコピーを作ったのではなく、リュポーは単に支配者としての偉い地位にいただけかもしれません。リュポーやヴィヨームは単に職人としての能力だけではなく権力を握ることに長けていたのだと思います。もっと腕の良い職人を弟子などにして楽器を作らせていたのかもしれません。これは「ゴーストライター」のようなものですが、西洋の社会では当たり前のことです。日本でも職人の世界では屋号を継ぐ「長男」はメディアには職人として出てきても熟練の雇われ職人からは未熟者だと思われているケースは少なくないでしょう。
同様にトリノのグァダニーニ家ではフランス人の職人に楽器を作らせてフランス風の作風だった時代があります。

職人の世界がこういう物だということは知っておくべきです。
ヴァイオリンなどは訓練すれば誰にでも作れるもので、特定の作者を信仰の対象にすべきではありません。音はなぜか知らないけどもみな違います。試奏して好きなものを選ぶだけです。

話はそれましたが、まずイギリスのチェロの写真を見てもらいましょう。

まず大きさが小さいです。右がこの前のフランスのモダンチェロで左がスミスのチェロです。胴体はスミスが73.5cmでモダンチェロが76.5cmです。75cmくらいが今では普通のチェロの大きさです。ストラディバリは若い頃には巨大なチェロを作っていてだんだん小さくなっていきました。若い時期のものは胴体を小さくする改造を受けているものが多くあります。大きすぎると演奏しにくいというのがチェロの問題です。
子供用では3/4が69cm、7/8が72cmなので73cmということは大人用の大きさはあることになります。

それに対してストップ(表板の上端から駒まで)の長さが38㎝です。標準的な寸法は4/4が40cmで、7/8が39cm、3/4が37cmです。ちょうど7/8と3/4の間の長さになります。ネックの長さも短く弦長(振動する部分の長さ)も7/8と3/4の間です。

このチェロの厄介なところはサイズが規格に合っていないことです。
値段の相場は最大で550万円ほどです。オールドにしては安いのはサイズの小ささも原因かもしれませんが、子供用に買うにしては高すぎます。

トーマス・スミスはチェロを多く作ったようでオークションなどの記録にも常に出ています。

オールドチェロが難しいのは作られた絶対量が少ない上に、サイズの規格が決まっていなかったことです。バロックチェロなどに改造して「ピッコロ・チェロ」にしても面白いかもしれません。しかしバロックチェロ奏者は割合としてモダンチェロに比べて極端に少ない上にお金持ちは多くなく500万円を超えるようなチェロを簡単に買うことができません。

このためモダンフィッティングとして今回は売り出すことになりました。
チェロは古い割には状態が良く、表板の陥没なども見られません。
過去には修理が行われていて必ずしもやり直さなくてはいけないことはありません。

アーチはオールドらしくぷっくりと膨らんだものでドイツ的なものです。

指板を交換して厚みを増せば駒もいくらか高くできます。駒の高さは4/4と考えると低すぎます。3/4と考えると十分な高さがあります。解釈によってどの高さにしていいかわかりません。

以前より幾分高くすれば7/8としては理想的な高さになったでしょう。
それ以外はペグやテールピースなどの部品の交換とニスの補修だけです。

意外にもニスの補修はフランスのモダンチェロよりもはるかに楽でした。いわゆる黄金色で強い色はなく傷や汚れも多すぎて目立ちません。
横板はモダンチェロほどではないにしてもやはり割れだらけです。チェロでは普通です。ニスが乾燥してひびが浮かび上がっていたのでクリアーのニスで埋めて平らにしました。
全体的にうっすらとクリアーのニスを塗り磨きあげれば完成でした。
上からニスを塗るべきかは迷う所でしたが、過去にも何度も施されているので私が初めてではありません。光沢が出る最低限の量です。

トーマス・スミスのチェロ



形も雰囲気もモダンチェロとはだいぶ違います。f字孔はシュタイナー的なものです。難しいのは弦のチョイスです。
長さのことです。
まずピラストロのパーマネント・ソロイストの4/4のもので試してみました。AとDはオールドらしい味のある音で本当に素敵なものです。スチール弦とは思えない柔らかい音です。うっとりするような美音です。
しかしDとGは張りが弱くプランプランになっていて弓が駒付近から離れると急に音が弱くなってしまいました。そこで3/4の弦を張ることにしましたが、実は3/4は製品のラインナップがとても少ないのです。ラーセン、ピラストロ・エヴァピラッチ、トマスティク・スピルコアなど限られています。スピルコアは4/4のようなタングステン巻きはありません。
エヴァ・ピラッチを張ってみるとゆるいという問題は解消されましたが、音はしっくりきません。
低音のボリューム感は小さいチェロとは思えないほどあるのですが、鈍いというかピタッと決まらないのです。
検討の余地がありますが、選択肢が多くありません。次はラーセンでしょうか?

シュタイナー型でも南ドイツ系の黒っぽいニスではなく黄金色のものです。これはニスに秘密があるのではなく古くなると木が変色して普通のニスが黄金色に見えるようになるのです。イタリアの太陽は関係ありません。


アーチはモダン楽器とは全然違うものです。初めにこんもりと丘のようなアーチを作ってから周辺に溝を彫ったようです。土手のようになっています。

木材は繊維のうねりが表面に現れて波打っています。このうねりが杢と呼ばれる縞模様を生むのです。

コーナーは細くてヴァイオリンくらいしかありません。

この前のフランスのものがこちらです。

スクロールもシュタイナー的な形で「喉元」が大きくくびれています。

これは以前に紹介した写真ですが緑の線ところが丸みが無くまっすぐになっています。これはおそらくのこぎりで切り抜くときに失敗してしまったのでしょう。手作りです。

フランスのストラドモデルとはだいぶ形が違います。

こちら側はノコギリのミスが出ておらず丸みがあります。
色はアマティ的で仕事のタッチもオールドらしい繊細なものです。



ここも独特です。次のフランスのものがストラディバリに近いです。

グラデーション理論に基づく板の厚み



こちらがこのチェロの板の厚みです。センターの合わせ目には修理跡があり寸法は信用できません。
まず言えることは表と裏の板の厚さがほとんど同じということです。
そして中心が厚く同心円状に板が薄くなるグラデーション理論が見られます。
私が知る限りこのようなはっきりしたものでは最も古い時代のものです。
私にとっては驚きです。グラデーション理論がオールドの時代のイギリスにすでにあったということですから。グラデーション理論の楽器は1900年頃から増えてきます。
あとの時代に改造された可能性も否定はできないのでもう少しサンプルが必要です。

前回のフランスのものに比べると中間の厚みのところが多くなります。一方薄い所は3.0mm以下でヴァイオリンのような厚さです。エッジ付近はアーチが溝から土手になっているところでカーブが不雑なので内側を彫るときには不規則な厚さになりやすいです。

もしかしたらグラデーション理論はイギリスから出てきたのかもしれません。知っている人がいれば教えて欲しいですが、今後の課題です。

魅惑的な音

G線とC線については未だにセッティングを見つけていませんが、AとDは暖かみのある美しい音色を持っています。うっとりするような魅惑的な音です。全体としても小型なのに低音に寄った「暗い音」がします。オールドらしい音と言っても良いでしょう。厚みの話をしてきていますが、この楽器はそこまで薄くはありません。それでも古いものは暗い音になっていくのでしょう。
コピーなどを作るとき「オリジナルと同じだから正しい」というのではなくて再現したときに音も似てくるようなものを選ばないといけません。
低音もボリューム自体はあります。サイズでは考えられない豊かな低音です。ただし演奏者にはしっくりこないのです。

音量についてはホールで試してないのでよくわかりませんが、特別小さいという感じはしません。体が小さな人にとっては4/4と変わらない音を出せるチェロとして貴重でしょう。

難しいのは弦の長さが合わないことです。

3/4では長さが足りず糸を巻いてあるところがナットにかかっています。
これはテールガットを伸ばせば解決するでしょう。
ラーセンの3/4を試してみようということにはなっていますが、弦の選択肢が極端に少ないのが小さいチェロの問題点です。

それとて細かいことであって全体としてはオ―ルド楽器らしい味のある魅惑的な音がします。この前のフランスのチェロが優等生だったの対して全く違う世界があります。

弦楽器の面白い所です。
普通に考えれば音大生やオーケストラ奏者など万能なチェロが必要な人はフランスのモダンチェロはとても優れていると思います。一方小型のスミスのチェロは味のある愛らしいチェロです。

チェロに限らずヴァイオリンにも言えることです。
優秀なモダンチェロのような楽器も確実に需要があるでしょう。さらにオールドチェロのようなチェロを作ったらどうなるか面白いですね。ヴァイオリンではまさに実現しています。…時間が無いのです。

チェロのサイズの問題についても話しました。
女性など体や手が小さいと4/4では大きすぎるので7/8のチェロが無いかという問い合わせは時々あります。普通は3/4から4/4に変えるときは子供の成長が喜ばしいことですが、大人はこれ以上自分が大きくなる可能性がありません。

ヨーロッパでは体格が大きいので7/8はめったにありません。チェロもヴァイオリンもそうです。普通にお店に行って好きなものや価格帯を選んで買えるような状態にはありません。音は絶対に悪いということは無いと思います。うちで仕入れている量産品はG.B.グァダニーニのモデルで楽器の中央付近はゆったりと作られているので4/4とそん色ないです。もちろん4/4は数が豊富なのでいくつもあるものの中らから音が良いものを選んだりできる分有利です。弦の長さもあっています。

オールドの時代には大きさが定まっていなくて、グァダニーニもサイズが小さいチェロを作っていました。フランスの楽器製作の真価はこんなところにもあります。今では当たり前になっていることがフランスで確立したのです。



こんにちはガリッポです。

弦楽器についてはウンチクはあてにせず、試しに弾いて音を聞いて判断することが大事だと話して来ています。

職人の知識についてチェンニーノ・チェンニーニの言葉が的を得ています。ルネサンス時代のイタリアの画家で画材など絵画の技術について本を書いた人です。これには分量について「〇〇過ぎず××過ぎない」と書かれています。
何か材料を入れる時には多すぎず、少なすぎない量を入れろということです。「それがどれだけなんだ?」と今の人は思うでしょう。昔のイタリアの人の本は面白くて当たり前のようなことをどや顔で語ったりするのです。

料理のレシピなら調味料を何グラム入れるか書いてあればわかりやすいですね。
でも実際に素人が料理して失敗するのはしょっぱすぎたり、味が無かったりします。
調味料は「多すぎず、少なすぎず」が正しいのです。

その中で多少の違いは食べる人の好みの問題でもあるし、作る人の個性でもあります。そういう中間的なあいまいさがあります。
多すぎたり、少なすぎた失敗を経験して適量というのが分かるようになります。これが経験知です。
だから職人の仕事は失敗を多くするほど理解が得られるというものです。

こういうことを理解しているのが本当にわかっている職人ということです。
楽器作りなら、大きすぎず小さすぎず、細すぎず太すぎず、厚すぎず薄すぎない
、硬すぎず柔らかすぎない…ということを感覚でつかんでいることが重要です。

それに対してウンチクのような知識は机上の空論です。誰か偉い人がそう言っていたとか業界で言われているとかそんなのは本当の知識ではありません。言葉で考えたことなど空想でしかありません。

360mmを超えるフランスのヴァイオリン


フランスの楽器の話をしていましたが、まずは大きさの話からです。
フランスのヴァイオリンの特徴は胴体の長さが360mmを超えるものが多いです。362~3くらいが典型的なフランスのモデルです。
それに対して国際標準とされているヴァイオリンの大きさが355mmです。

このような数字を見たときに355が正しくて362は間違っているのではないかとい疑問を持つ人がいるかもしれません。


私に言わせれば大きすぎず小さすぎずの範囲内なので全く問題ありません。音に関してこのような違いは無視してかまいません。それ以外の要素のほうが大きいと考えています。

このため気にするべきなのは演奏しにくくなるかどうかだけです。ヨーロッパの場合には体格が大きいので気にする人はまずいません。ヴァイオリンを買う時に360mmを超えているかどうか何も考えていません。
フランスのヴァイオリンだけでなくフランスのヴァイオリン作りが伝わったドイツでもザクセンの量産品でも360mmを超えるものがたくさんあります。でも誰も大きさなんて気にしていません。

日本人でさらに女性なら小柄な人もいるので気になることもあるでしょう。私の働いている感覚だと見過ごしがちです。

380mmあったらもうそれはビオラです。5mmやそこら長くてもヴァイオリンです。なぜフランスのヴァイオリンが大きいかの一つの理由として考えられるのは、ストラディバリモデルを美しく完璧な形にしようとするとちょっと長くなってしまうということです。
丸みを帯びたモデルにすると四角いモデルに比べて数ミリ長くなります。ストラディバリも黄金期のものは358mmくらいありますから、摩耗してすり減っていることを考えるとほとんど360mmくらいあります。それでさらに形を整えたら362mmくらいになり、アーチをまたいで測れば直線距離より長くなるので363mmくらいにはなります。
黄金期のストラディバリを元にしたらそうなることあり得ます。ストラディバリも黄金期のものがみな同じ大きさではありません。数ミリの違いなんてどうでも良いと考えてたのはストラディバリ自身なのです。

1mmや2mmの数字にこだわらないのがよくわかっている職人だということはさっきのチェンニーノ・チェンニーニの話の通りです。ストラディバリがまさにその「分かっている職人」です。

360mmを超えることでより完璧な美しい形になっているのがフランスのストラディバリモデルです。

わりと有名な事でも知らない人もいるでしょうから言いましょう。最新のことは知りませんがヒラリー・ハーンはヴィヨームを使っています。ヴィヨームのガルネリモデルで全長は360mmを超える大型のものです。実際のデルジェスは352~3mmくらいかさらに小さいものもあります。
このためオリジナルとは関係のないフランスの「ガルネリモデル」ということになります。
これについて小柄なヒラリー・ハーンは大きすぎると言いながらも使っています。まあ、神童と言われるような人は成長しきる前から大人用のヴァイオリンを弾いて国を代表するオーケストラの前で弾いていたりしますからそんなもんですよ。

全長が長いのでビオラのような音にならないのかという話ですが、ただ形が丸くなったから長くなっているだけで振動する部分の面積は変わりませんし、ストップの位置が同じなら振動する部分の弦長も変わりません。
実際にはリュポーやヴィヨームのようなフランスのヴァイオリンはストップが192~3mmくらいです。195mmが標準とされているのでちょっと短いです。このため減の張力や左手の抑える位置などはヴィオリンのサイズのままかむしろちょっとわずかに短いくらいです。


フランスの当時の職人たちはやはり大型のものが良いと考えていたのは間違いないでしょう。全長以上に横幅が重要です。モダン楽器は横幅を広く取ってあるものが多いです。イタリアの作者ならフランスのものよりもさらに横幅の広いものがあります。
モダン楽器の考え方では横幅が広いことは重要だったのでしょう。幅を広くすると四角い形になりますからきれいな丸みを付ければ全長も長くなるというわけです。

以前には独学で見よう見まねで作ったようなヴァイオリンはたいてい横幅が狭いという話をしました。幅が広くて整った形を作るのは難しいのです。

一方アマティには小型のモデルと大型のモデルがありました。大型と言っても353mmくらいですが、小型はずっと小さく初代のアンドレア・アマティのものでは3/4の子供用くらいしかありません。
値段は大型のアマティモデルのほうがずっと高いです。
1600年代の作風のイタリアのオールド楽器には小型のものがたくさんあります。それよりも大型のほうがゆったりとゆとりがありスケールの大きな演奏ができるということで今では高く評価されています。そのような大きなものを良しとする考え方がフランスの考え方です。実際には小型でも音量のある楽器があったり、大型でも音量のない楽器があります。

ともかくその結果窮屈になることはなく、スケールの大きなソリスト用の楽器として優れているのがフランスのモダンヴァイオリンです。

ビオラの音のようにならないかということについては大きさよりも板の厚さが重要です。ビオラでもビオラらしい音がしないものが多くあります。うちの会社で15年くらい前に先輩が作ったビオラが今でも売れ残っています。これは厚い板厚で作ってあってビオラらしい音がしません。ストラディバリのモデルで全長は長いにもかかわらず、私がアマティのモデルで作った小さなビオラのほうが豊かで深みのある低音が出るのです。これは板の厚さが違うからです。
全長を数ミリ長くしたくらいでは「ビオラのような音」にはなりません。

これが分かっていないとしたら実際に実験した経験がないのです。そもそも音響工学的な発想を学んだことが無い人が多いです。
頭の中に技術的な頭がすっぽり欠落しているのです。言っていることはファンタジーです。

もっと言うとこちらでは「ビオラのような音」のヴァイオリンはとても好まれます。低音を弾いた時に「快感」を覚えるからです。私が日本で習っていた先生もそんな音が好きでフランスのヴァイオリンを使っていました。

心配するどころかビオラのような音になって良いのです。
しかしそれは全長とは関係ありません。私がおととし作ったデルジェスのモデルのヴァイオリンは小型なのに低音が深く豊かなものでした。

もう一つビオラの音の問題は鼻にかかったような音になることです。これも全長とは関係ありません。規則性は見出せません。

板の厚さについて


板の厚さについては古い楽器には薄いものが多いのは資料を調べても修理をしていてもわかります。しかし本で調べてみるとデルジェスには結構厚いものがありバラバラです。注意深く作っていなかったようです。
パガニーニが使っていたことで有名なイル・カノーネと呼ばれているものはかなり板が厚いものです。コピーを作った職人の話を聞くと全然鳴らなかったそうです。
ジェノヴァ市の所有でほとんど使われていないものです。イタリアのヴァイオリン奏者に貸し出して演奏をすることがあります。私がまだ日本にいたころ東京オペラシティでサルヴァトーレ・アッカルド氏が演奏したことがあって聞きに行きました。他の楽器と比べることも無いので音量があるかはよくわかりませんでした。当時アッカルド氏が言っていたのは自分が使ってるストラディバリは以前ジノ・フランチェスカッティが使っていたもので「準備ができているもの」だそうです。それに対してイル・カノーネは全然弾いていないので実践で使える状態にないとのことです。アッカルドの考察が正しいのかはわかりませんが現時点で鳴らないことは確かです。
カノーネというのは大砲のことで音量があることからそう呼ばれていたものです。ヴィヨームによってモダン楽器に改造されています。その時にコピーを作ってパガニーニ献上したところパガニーニは弟子のカミロ・シヴォリに与えて自分は弾きませんでした。
当時はモダン楽器やバロック楽器が混在していたし、作られて50年以上経っていたカノーネは、私がドイツの楽器で経験したように新作よりもはるかに鳴ったのかもしれませんし、パガニーニだけが弾きこなせたのかもしれません。こんな話だけでも面白いですが、私は興味があって職人になる前に本で読んだ話です。


古い楽器は修理などによって削られている可能性もあり、それがもともとの厚さかどうかは分かりません。
それでも1600年代のアマティ家やシュタイナーのものはまあ薄いです。その流派では薄いのが普通だったはずです。ストラディバリも1600年代のものは薄いものが多いですが結構バラバラです。グァルネリ家もデルジェスよりも前の世代は薄いものです。デルジェスはいろいろです。
オーストリアの国立銀行のコレクションではストラディバリなどの名器をたくさん所有しています。本が出ていて厚みも表示されています。ここのコレクションにあるものはみんな薄いです。薄いのは例外ではなくむしろ主流だと考えたほうが良いでしょう。

私は10年以上前から興味がある楽器があれば厚みを測って記録しています。これをやるのに30分~1時間くらいかかるので余計なことをしていたら生産性が落ちます。でも10年もやっているとどれくらいの厚さが普通なのかとか、流派ごとの特徴などが分かってきます。

ドイツのオールドやフランスのモダンにははっきりしとした特徴があります。チェコのボヘミアも決まったスタイルがあるし、現代のドイツの楽器にも特徴があります。でもどこの流派にも流派のルールに従わないで作られたものがあります。厚い板厚が良いと信じられていた流派の中にたまに薄いものがあるのです。
このようなものはどこの国のものでも関係なくモダンの優れた楽器のような音がすることがあります。どこの国にでも散発的に古い楽器を研究したり、薄くしたら良くなるんじゃないかと考えて試した人がいたようです。生物では収斂進化と言いますが、全く関係のない流派なのに同じような板厚になっているものがあります。おそらく流派の「しきたり」を守る事よりも自分が望む音を作り出そうとした異端児だったのでしょう。そんな人が一定の割合でいるということが面白いです。マイナーな流派なら値段も安いのです。

その一つがこの前紹介した西ドイツのロートです。西ドイツの流派は東ドイツやチェコから移住してきた人たちの流派です。元の東ドイツの楽器ではグラーデーション理論で中心から外に行くにしたがって薄くする方式になっています。この方式だと厚みに差をつけるため中央や中間部分が厚くなりトータルとして厚めになります。
これに対してロートはフランスのものに近い板厚になっています。値段を安くするために機械化して近代的な製造法で作られました。その分音響的に重要な部分は手抜きをせずに作られています。
ブログでは1970年のものを紹介しましたが1995年のものでも同じ厚さで音も似ていました。
それに対して戦前の東ドイツの量産楽器は分業で別々の人が音のことなど何も考えずに安い単価の仕事をできるだけ数多くこなすように雑に仕事をしていました。外観さえヴァイオリンのようなものができると売ってしまっていたのです。

それに対してロートははっきりと「設計」というものがあり、機械で同じものを量産して安い値段で音の良い楽器を作ってきました。20万円くらいの値段なら驚くほど音が良いものです。特に低音にボリュームがあり「快感」を感じます。
私はやや硬さを感じるので、量産品の限界も感じますが、よく鳴って低音に快感を感じるので場合によっては偉い師匠の流派のしきたりに従って作られたハンドメイドの楽器より音が良かったとしてもおかしくありません。

日本では、この西ドイツのヴァイオリンの音が良すぎたらそれより高い楽器が売れないので「明るい音神話」を作り出したのかもしれません。

ロートはギターメーカーのような近代的なメーカーであると言えると思います。
メーカー独自の音を作り出す設計を定めて機械で量産しているのです。それに対して伝統的なヴァイオリン職人の世界は戦前のままです。偉い師匠が言ったことを経典のように信じて実験などそれ以外のやり方を試みれば怒られるという世界です。師匠もそのまた師匠に教わっただけでだれも実験はしていません。


板の厚みについては厚すぎず、薄すぎないということが重要です。その範囲の中で音色には違いが出るので好き嫌いの問題です。ただし古い楽器では木材のも変質しているので厚めのものでも、深みのある豊かな低音が出るかもしれません。50~100年くらい経っていればよく鳴るものもあります。そういう意味でも数字にこだわる必要はありません。
ただ木材がしっかりしている新品で厚めのものはどちらかというと難しいです。音が重くて出にくく、鳴りにくいという感じを受けることが多いですし、特にホールでの遠鳴りは厳しいと思います。

ロートのヴァイオリンなら板が薄く作られていてよく鳴る感じがします。これに対して「安い楽器は安易に板を薄く作ってあるので、初めは鳴るけどもそのうち鳴らなくなる」、「板が厚くて鳴りにくい楽器こそが本物だ」というウンチクも聞いたことがあるでしょう。
しかし1970年のロートは1995年のロートよりもさらによく鳴ります。19世紀のフランスの楽器もよく鳴ります。少なくとも生きてる間は気にする必要が無いでしょう。300年経っても薄い板の楽器は一線で活躍しています。1000年くらい生きる人は厚いものを買った方が良いかもしれません。
「安易に板を薄くする」と考える日本人はヴァイオリンの演奏を苦行にしたいのでしょう。

こちらではもっと古い量産品が多いので板が厚すぎる量産品が多いのです。ロートのように合理的な生産方法で薄めの板になっている量産品は少ないです。安い楽器のイメージが違いますね。

フランスの楽器の板の厚さ


フランスの楽器の板の厚さのはっきりした特徴は表板については、厚みが一定であること、ヴァイオリンならどこもかしこも2.5㎜程度です。
ストラディバリにも同じようなものはあると思いますが、違うようなものもありいろいろあります。
その中でフランスの職人は「2.5mmで一定」というやり方だけを選んだのでした。もしくはばらつきを平均化し規則化したとも言えるでしょう。

裏板は魂柱の来る中央のところだけ横に帯状に厚くなっていてそれ以外がごっそり薄くなっているシステムです。コントラバスの裏板が平らなものに似ています。裏が平らなコントラバスは魂柱のところだけ横に帯状に柱のような木材が張り付けられています。コントラバスはヴィオール族の楽器でヴァイオリン族ではありません。ヴィオラ・ダ・ブラッチオやヴォオラ・ダ・ガンバのような楽器の大きなものです。フランスはバロック時代でも割とヴィオール族の楽器が使われ続けた国です。イタリアではヴァイオリン族の楽器にとってかわられていました。

発想としてはおかしくはなくむしろ伝統的とすら考えられます。

ストラディバリやアマティもいわゆるグラデーション理論のようなことはありませんが、真ん中だけが厚いのではなくもう少しなだらかになっています。大雑把には似ていますが、フランスのほうがより厚い部分が少なくなっています。しかし2mmを下回るようなことはありません。これがオールド楽器なら2mm以下の薄い所があったりします。平均すれば同じような厚さと言えるかもしれません。

これは前回のチェロです。
見ればわかるように表板はどこも同じような厚さになっています。センターの合わせ目は修理のため木片が貼りつけてあり参考になりません。現代チェロでは駒の来る中央はずっと厚くするものです。私もこんなに薄くする度胸はありません。
裏板は説明した通り中央が厚く急に薄くなって薄い部分が広くなっています。厚い部分から薄い部分まで均等に分布するグラデーションではなく、大事なところだけ厚くしてあとはごっそり薄くするというのがフランス式です。
ガンやベルナーデルのチェロでも同様のものを見たことがあります。

一方でヴィヨームのチェロはTheストラッドのポスターに出ているものも、私が実際に見たものも板がかなり厚い物でした。このチェロはより古典的なフランスのスタイルと言えるでしょう。

言ったらフランスのシステムは極限まで無駄がない厚みと言えると思います。このシステムで私は作ったことがありますが、別にオールドイタリア式と比べても変な音にはなりませんでした。それどころか最もソリスト用の楽器として優れたものでした。

板の厚みと音の関係

板の厚みと音の関係については図で説明します。

はっきり測定したわけではありませんがイメージとして板の厚い楽器の音を赤線、薄い厚みの楽器の音を青線で示しました。
板が薄くなると低音が出やすくなる代わりに中音が減ります。厚い板のものは中音が多く低音は控えめになります。高音については厚みとの規則性がよくわかりません。
厚みの違いで音に違いを作れるのは中音と低音域です。
チェロの場合にははっきりと違いが出ます。厚い板のものはA線とD線にボリュームがありG線やC線は深々とした豊かな低音が出ません。ただし倍音として中音域の音が出るので必ずしも音自体が小さいというのではなく明るい響きの多い低音になります。

板が薄めのチェロは低い音から出始めます。チェロの音域で高い音というのは中音域です。厚い板のチェロは一番低い音は出にくく高い音のほうが得意なものになります。あくまでこれは理屈です。

このチェロでも青い線のように低い音からちゃんと出ます。裏板がぶるぶる振動するのが弾いている人に肌で感じられます。でも高い音が極端に弱いということはなく均等な感じがします。もちろん日本のようにクレモナの新作の板の厚い楽器がたくさんあれば赤い線のようなものが普通に感じられてフランスのチェロは高い方の音が弱いと感じるかもしれません。
低い音から均等に出ていると上の方は大人しく感じると思います。

この辺は好みの問題でチェロは低音楽器らしく深々とした低音の魅力が欲しいという人もいるでしょうし、ソロ演奏のクライマックスは高い音なので高い音が重要という人もいるかもしれません。
個人的にはバッハの無伴奏なら低音が深く豊かである方が良いと思いますけども。

薄い板のチェロでは高い方の音がおとなしくなるだけでなく音色自体も明るいものではなく落ち着いた味のあるものです。
私は工場で作られたチェロを改造することをたくさんやって来たのでこのあたりの規則性については経験があります。薄くすると低音のボリュームは増しますが高い方は控えめになります。

そんなことを予想していましたが、チェロ奏者の同僚に弾いてもらうと青い図のように均等に低い音から出ているように思います。クレモナの新作が主流の世界なら珍しい暗い音でしょうね。
音色は深みと味があり暖かみがあります。
意外だったのは高音も決して大人しくはなく伸びやかさや音量もあります。それでいて嫌な金属的な音はしません。低音ももやっとしたゆるい音ではなく、はっきりと抜けの良いダイレクトな音です。

その意味ではとても優秀なチェロです。
上手い人に弾いてもらいたいものです。

新作のチェロで薄く作るとはっきりと高い音の弱さが出たり、低音がもやっとした音になるかもしれません。このような相反する要素は古さによって両立するというのはあると思います。優等生的なものでも実は希少なものなのです。

100年も経っている楽器では癖が強いものが多いです。古いからと言って手放しで称賛できるわけではありません。しかしこのチェロは素直で癖が無いです。優等生ですが、よくある新しいチェロとは全く音色が違うものです。


実はこのチェロは所有者が亡くなって遺品をもらったのだそうです。100万円を超えるような修理が必要ですからお金がかかりますのでタダというわけにはいきません。ラベルにはロッカと書かれていますがラベルが偽物であることは分かっていたようですが、フランスの上等なチェロであることが分かっていたのか不明です。一般の人は見てもわかるわけがないからです。
もし作者の名前が分かれば1000万円になる可能性は十分あると思います。あげちゃった遺族も価値が分かっていなかったのでしょうね。私が「これは良いチェロ」だと教えても持ち主は「これは良いチェロだ」と言います。その思っているよりも良いチェロだと私は言いたいです。

横板がオリジナルではないので値段も下がるでしょうしコレクター向きではないかもしれませんが実用上は問題なく舞台で横板が不自然だとは気づかないように私が仕事をしました。
音大生やプロのオーケストラ奏者、チェロ教師など皆が血眼になって探しているものです。そんなものがある所にはあるんです。それがヨーロッパです。

鑑定に出せば鑑定書を発行してもらうには下手すれば車が買えるくらいかかるので簡単に払える金額じゃないです。鑑定もせずに「良いチェロ」だと信じて使い続けることでしょう。
実際はその思っているよりも良いチェロです。

加工精度について

あと質問があったのは加工精度についてです。フランスの職人の腕が良いことはもちろん加工精度にも表れています。それに対して日本人の職人も加工精度が高いのではないかという意見です。日本人も腕の良さはバラバラで加工精度が高い人は限られています。しかし、伝統的に職人の世界で腕が良い職人が師匠に認められていくという慣習があります。外国の研究者がアジアの美術品について言うには、基本的には似たものを作っていますが日本人の作るものは完成度が高いと言います。日本では精密に作られたものが高く評価されてきたのです。
まともな神経の人は自分に精密なものを作る才能が無いと分かれば職人を辞めて他の仕事をするようになります。しかし中には神経が図太くて自分は天才だと思い込んでいる人がいます。またそんな人に限って商売のうまい人もいます。心当たりのある人もいるでしょう。

そう考えると意外と必ずしも日本人がそうだとは言えません。私もたくさん知り合いがいます。一方ヨーロッパでも腕の良い職人はいますし、宝飾品などの工芸品では驚くほど細かい仕事で作られたものがあり、「日本人は器用だ」という考えには疑問があります。ヨーロッパに行くことがあったら王族や教会の宝物などを見てみると良いでしょう。お箸を使えるから器用だとも言いますが、日本人がフォークやナイフを使えば不器用です。西洋の人たちのほうがずっと器用に使います。ただ慣れているだけです。

しかし木工に関しては日本には歴史があり、刃物を極限まで研ぐ文化は他に類を見ないものです。ヨーロッパは意外と木材は少なく石やレンガで家を作っています。
木造の住宅はアメリカのほうが多いです。アメリカは木造大国です。

刃物の切れ味に異常なまでにこだわり正確に木材を加工するということには日本人は異常なこだわりを持っています。

ただし腕が良くて加工精度が高ければ日本人もフランス人と同じものが作れるのかというとそうではないと思います。
日本人が仏像を完璧に仕上げてもギリシャ彫刻のようにはなりません。フランスの新古典主義ではギリシャ彫刻を研究してさらに完璧にするものでした。ギリシア彫刻を知らない日本人がいくら正確に加工してもフランスの彫刻のようにはなりません。

余談ですが仏像も元はガンダーラにいたギリシャ人が作ったと聞いたことがあります。奈良の国立博物館にはギリシア彫刻のような仏像があります。それが日本に伝わるまでの間にいわゆる仏像になったのです。それを腕の良い仏師が完璧に仕上げると見事な仏像です。仏像には仏像の伝統的なスタイルがあります。同じ職人が実在する高僧などを彫ったら生き写しであるかのようなリアルな姿で彫られているものがあります。しかし同じ人が彫っても仏像になると伝統にしたがった形になります。別の種目の競技のようなものです。
これは言ってきたように代々職人が世代を重ねていく中には、才能のある人や無い人が混ざっています。お坊さんのような人も作って来たでしょう。
皆が生きている人間のようにリアルに彫像を作れる人ばかりではありません。そうするとマスコットキャラクターのような決まった形ができて、それをうまく作れるか作れないかです。キャラクターの人形でもクオリティーが高いものと低いものがあります。

このように加工精度が高くても何に対して正確に加工するかということが重要になります。フランスのモダン楽器を理解していない人が正確に加工してもフランスの楽器のようにはなりません。イタリアのオールド楽器を理解していない人が正確に加工してもオールド楽器のようにはなりません。


ではどうしたらいいのでしょうか?
フランスのモダン楽器やイタリアのオールド楽器をよく研究して正確に作ったらどうでしょうか?

それが私のやっていることです。



もう一つ加工精度にこだわる問題は冒頭のチェンニーノ・チェンニーニの話になります。0.1mmまで正確に加工することにこだわってもその数値は誰が決めたのかという話になります。師匠の師匠のそのまた師匠…となると中には一人くらい変な人もいるかもしれません。むしろ知ったかぶりして偉そうに説教する「ウンチクを言うタイプ」の人は必ずいるものです。自分で失敗を重ねて感覚をつかまないといけません。
定規で測れる部分だけしか数字は出ません。弦楽器はほとんどが曲線や曲面でできているため測れない部分が多いのです。測れるところだけ正確に作ってそれ以外はどうでも良いというのが加工精度にこだわる人の作っているものです。自分では見落としているところがあるのに気づかないのです。これも現代の職人、とりわけ日本人の職人の特徴でしょう。

うちで教えている見習の職人はちょうど今、課題でヴァイオリンを作らないといけません。時間が決まっていて早く作らないといけないのです。それが実務的な教育です。
それだとただ急いでヴァイオリンを作るだけです。お手本としてリュポーの写真を見せていますが、とてもじゃないけどそんな美しい物は作れません。

実は大雑把に雑に作っても美しく見えるということがあります。
なぜかというと古代ギリシャ以来ヨーロッパの美意識というのは形のバランスによって美しさが生まれるからです。ギリシア神殿が計算され尽くしているというのは聞いたことがあると思います。またイタリアルネサンスのミケランジェロは「定規は手に持つな、目に持て」と言っています。定規で測るのではなく目の感覚で美しいと感じるバランスを作り出すのです。そうすれば仕上げが完璧でなくても美しく見えるのです。
時間が限られていて美しいものを作ろうとすれば細かいところは完璧ではないけどもバランスが取れているものです。これは実は一番難しく才能がいるものです。

私はこの課題自体が間違っていると思います。
90%の精度で作って美しいものができるのはストラディバリくらいです。
感覚だけで作って完璧ではないのに美しいというのがストラディバリです。
そんなの見習いにできるわけがありません、私にも無理です。

上手い画家や漫画家がラフに描いた絵を見たときにすごいと思うでしょう。むしろそっちの方が才能がいるのです。

まだお手本に近づけるように丁寧に作ったほうが見栄えのするものができる可能性があります。

またストラディバリの「完ぺきではないけど美しい」というものを手直しして完璧にするのはとても難しいです。これはフランスの人たちが目指したものです。完璧さを求めるほど些細な欠点や矛盾点があらわになってきます。定規で測れない所は人間の目の感覚できれいに見えるようにしないといけません。ずっと見てると訳が分からなくなってきます。ほんのわずかな違いが見えるかという話です。

だからフランスの一流の楽器製作は人間の限界だと考えています。現代の優秀な職人がヴァイオリン製作コンクールを目指して完璧な楽器を作ろうとしても同じ限界に達します。それ以上の完璧なものは作れないというレベルに到達していると思います。抜きんでた天才がいるというよりは十分な才能を持った人が訓練するといつしか限界に達するということです。そのような人がフランスにはたくさんいたということです。現在のヴァイオリン製作コンクールでも上位の20%くらいの人はみなそうです。だから1位を決めることがバカげているのです。

有名になるのはその中のごく一部でしかありません。
それはあくまで外観の完璧さであり、見た目の完成度がずっと低くても音が良い楽器はいくらでもあります。
だから天才とか世界一とかそんなものはヴァイオリンの良し悪しに関してはファンタジーなのです。私はいつもどこの誰が作ったものの中に音が良いもの、あなたにとって運命の楽器があるかはわからないと言っています。ウンチクで作者の評価を語ることは現実の世界とはかけ離れたファンタジーを語る事です。

こんにちはガリッポです。

前回は西ドイツのロートのヴァイオリンについて紹介しました。そのようなものは滅多に見ることが無いという話をしたら、修理に持ち込まれたヴァイオリンがロートのものでした。1995年製のものなので日本にも同じようなものが輸入されていたことでしょう。スクロールは例によって機械で作られたものです。
早い段階で機械でスクロールを作れるようにしたのは西ドイツの工業力でしょう。戦争で貧しかった時代から技術で暮らしを豊かにしたい思いがあったのでしょうが、このことが安物というイメージを作ってしまいました。


さて修理をしていたフランスのチェロがようやく終わったのでした。

10月の時点ではこのような感じでした。
先輩がここまでは修理したのですが「ニスの仕事が得意だろ」ということで私に回ってきました。得意というよりはこれまで一生懸命やって来ただけです。
何が難しいかと言えば他の部分の色がものすごく濃いです。同じ色を作って塗るだけでも至難の業です。
ましてや150年くらいは経っているので古さも必要です。

このような濃い赤茶色のニスはフランスの楽器にはたまにあります。いくつかある色のうちの一つです。赤でも黒でもないのが難しい所です。

モダン楽器が難しいのはオリジナルのニスがふんだんに残っていることです。そっくりのニスを作るのは非常に難しいです。この手のフランスのニスは風化しているのか磨いても光沢が出ません。
新しく塗ったところはピカピカになってしまうのでいかにも新しく塗ったように見えてしまいます。
この楽器の場合には過去の修理でオイルニスの上から無色のラッカーでコーティングされています。つまりオイルニスの上からラッカーが塗られているのです。
ラッカーは量産楽器の代名詞ですから修理で上からラッカーを塗るなどというのは悪い修理です。柔らかいオイルニスの上に硬いラッカーが塗られています。そのせいなのかわかりませんが、ニスはひび割れを起こしています。
表面は細かい割れにおおわれてすりガラスのように曇っています。
そのためラッカーを研磨すると鏡面のようになるのですが、ラッカーが削り取られたところはオイルニスが顔を出します。そこだけ光沢が出ません。
全部を均等にしなくてはいけません。

それ以外にも横板の過去の修理に問題があり修理跡が悲惨な状態になっていました。割れてすぐ私が修理すればもうちょっとましだったのにです。しかし古いチェロはみんなそうなっています。横板はバキバキに割れています。

新しい木材は白すぎるので着色をしました。他の部分に比べれば明るく見えますが、着色としてはとても強く染めています。普段の新作楽器で染めているよりもはるかに強いものです。
もしニス塗を白木から始めていたらいつまでたっても色が濃くなって来ないでしょう。

フランスの楽器製作


19世紀のフランスの楽器製作について書けば本が一冊は書けるでしょう。それはモダン楽器について本を書くことと変わりません。そうなるとバロックから始めないといけません。

社会の変革とりわけフランス革命から、演奏会のスタイルの変化、音楽の趣向の変化・・・などそれだけでブログの記事には収まりません。

試験問題ならフランス革命によって音楽が貴族社会のものから一般市民のものになって、大きなコンサートホールで演奏されるようになり音量を求めて改良されたというのが模範解答でしょう。

私はそれだけでなく芸術の歴史と関係があると考えています。美術史では新古典主義といわれる時代です。
これは日本人にとって最もなじみのない芸術と言えるでしょう。有名なのはダビットやアングルという画家です、この時点で「誰?」という感じでしょう。

日本で人気の近代絵画といえばモネ、ルノアール、ゴッホ、ピカソあたりが大スターでしょう。しかし芸術に疎い人はピカソを見ても「何だヘタクソだ」と思うかもしれません。じゃあ「上手い」というのはいったい何なのでしょうか?最高に上手い絵を描いたのがダビットやアングルというわけです。

興味があったら調べてみてください。絵の「上手さ」では人類の歴史の頂点に立つような完璧な絵です。

小学校などで絵が上手いと言えば、物や人物を本物そっくりに描ける人のことでしょう。西洋美術は江戸時代までの日本のものに比べれその点ではるかに上手な絵が描かれていました。しかし西洋美術が目指したのは本物そっくりのリアルさではなく、現実のものよりも美化された理想化された美しさです。それは古代ギリシアにさかのぼります。ローマ時代には奴隷のギリシャ人に学んだのでした。
中世にはそのような文化は忘れさられて、再び復活させようとしたのがルネサンスの芸術です。
新古典主義は古代ギリシアやローマ、イタリアルネサンスの作品をお手本にしながらもさらに完成度を上げて完璧なものへとするものです。
この時お手本とされたのがミロのビーナスであったりダ・ヴィンチのモナ・リザだったりするわけです。このためルーブル美術館で最も重要な作品として知られています。観光客はそんなことは知らずに記念に見て帰ろうとするのですが、他の新古典主義の作品には目もくれません。

それがあまりにも完璧であったために嫌気をさした人たちが反抗心を抱いて近代や現代の芸術が生まれたと言っても良いでしょう。近代や現代の芸術を知るためには必ず新古典主義の芸術を知らなくてはいけません。残念ながら日本の美術館やデパートにお客さんを呼び込むことはできないでしょう。

近代や現代の芸術が正しくて、それ以前の保守的な芸術が間違っていると教え込まれたのなら考え方を中立にして見ると良いと思います。素人目にも見事な絵だと思えるでしょう。むしろ芸術に対して中立で自由な考えを持っているほど過小評価されていることに気付けるでしょう。

工業製品やファッションでも基本として古典的な美意識がヨーロッパにあると思います。ギリシャ彫刻や神殿の建築に見るような形のバランスによる美しさです。例えばアメリカで作業ズボンとして履かれていたジーンズをヨーロッパの高級ブランドが形を整えてパーティーにも履いて行けるものにしました。今ではヨーロッパの国民服と言えるくらいになっています。そのアメリカでもヨーロッパの移民の集まりですからすでに基本は備わっています。英語で言えば「ビューティフル」という概念です。
それに対して日本の工業製品は欧米の人たちに「クール」と言われます。クールはカッコいいということですが、西洋の美意識の基礎を持っていない日本人が何かを作ると革新的に見えるのです。だから日本のものはクールと言われても美しいとは言われないのです。

日本人にはわからない西洋の基本的な美意識が新古典主義でありフランスの楽器製作でもあります。
ミロのビーナスやモナ・リザに相当するのがストラディバリとグァルネリ・デルジェスなのです。
それらを研究して、さらに改良を加えて完璧なものにしたのがフランスのモダンヴァイオリンです。フィッティングにも改良を加え音量の増大を目指したものでした。見た目だけを作ったのではなく、音についても実験を重ねた事でしょう。

現在の我々がヴァイオリンについて知っていることのほとんどはこの時のフランスの人たちの考えです。フランスのヴァイオリンを知ることは今日知られているヴァイオリンについて知るということとほとんど同じことです。
フランスの影響を受けていないヴァイオリン職人などは一人もいないのです。独学でも何かしら「ヴァイオリン」というイメージがあったことでしょう。それがフランスのものが元となっているからです。

しかし現代の我々はあまりに無知であるため、それがフランスによって作られたものだということを知りません。フランスがルーツだと知らずに作者のオリジナリティだとか、ストラディバリの再現だとか考えているのです。そもそもストラディバリを特別視するのはフランスの考え方です。その時点ですでに影響されているのです。

もしフランスの影響を脱した楽器を作るなら、フランスの楽器についてよく知らなければいけません。フランス要素を自分の楽器から抜き取るにはそれが何なのか知らなければいけないからです。しかし実際にはフランス要素が自分の楽器にたくさんあるという事さえ知らないので画期的なものは生まれません。みなフランスの楽器の出来損ないのようなものを作っているのです。

現代の職人は本やポスターなど印刷物から型を起こしてストラディバリのモデルの楽器を作っています。ストラディバリを選んでいる時点でフランスの影響を受けていることになります。
一方で、現代の職人の作るストラディバリモデルは細部にまで目が行っておらずあやふやになっています。私はストラディバリはアマティの特徴を基礎に持っていると考えていますが、多くの人はアマティをストラディバリよりも劣ったものと考えていて学ぼうとしません。そのためアマティの基礎が分からないままストラディバリモデルを作っているので多くの場合、無頓着なものになっています。

それに対して19世紀のフランスの作者はストラディバリを非常によく観察しています。現代の我々よりもストラディバリをよく見ています。その上でさらに細かな改良を加えて理想化し完璧なものにしたのがフランスのモダンヴァイオリンです。

現代の職人の多くが無頓着である部分について、フランスの楽器を見るとちゃんとストラディバリの特徴が再現されているのです。

逆に言うとフランスの楽器はストラディバリに縛られているので、もっと大胆なデザインはできません。その点ではイタリアのモダン楽器のほうが自由度があります。そのためイタリアのモダン楽器のほうがストラディバリから離れた現代的なものに見えます。ストラディバリの特徴に無頓着になっているということです。フランスの楽器のほうがストラディバリに近いとも言えます。


見習の職人にヴァイオリン作りを教えていますが、うちの勤め先にある型はストラディバリやデルジェスのものがたくさんあります。しかしこのストラディバリの型は大事なところを理解せずに作られたのでつじつまが合わなくてうまくいきません。歴代の職人たちはうまくいっていないことに気づかなかったのです。

またストラディバリはアドリブで作っている部分が多くかなりアバウトです。私は「お手本通り」のものをうまく作れることで一人前の職人として認められると考えています。ストラディバリそのものもお手本としては気まぐれで、勤め先にある型ではお手本としてはあやふやなためにどうやって作って良いかわからないものです。

そこで私はお手本としてフランスのヴァイオリンを薦めました。リュポーやヴィヨームの写真を見せて好きなものを選ばせました。本人がリュポーを選んだのでそれにしました。もし写真にあるようなフランスの楽器と同じものが作れれば間違いなく超一流の職人です。私でも自信が無いのですから、見習いにそれだけのクオリティを望むことはできません。しかしお手本のレベルが高ければそれから何段階か質が落ちてもまだ見習の中ではトップクラスの出来となるでしょう。

それができればプロとして認められて、仕事を任せられるというわけです。

もちろんそれが創作活動の最終地点ではないのかもしれません。私はスタート地点に立つのに必要なことだと考えています。
フランスの楽器の影響を受けない独自の作品を作りたいならフランスの楽器について知らなければいけないのです。

早速その成果は出ています。
作っている途中ですが見習の楽器のレベルとしてはずっと高いものになっています。スポーツでも指導者によってぐんと伸びることがありますね。
私も教える中で学んでいます。

選抜と教育のシステム


私は楽器の作風や音について、「国は関係ない」ということを言ってきています。しかしこれには「フランスは除く」という但し書きが必要でしょう。
普通は作風や音について個人差のほうが国の差よりも大きい、もしくは同じ国でも作風や音はバラバラと考えるべきです。だから国で判断せずに個々の作者や楽器で評価しないといけないのです。

しかしフランスに至ってはそうではありません。教育システムが他に類を見ないものだったからです。作風が統一されていて腕の良い職人が選抜される仕組みがあったのです。一流のフランスの楽器には同じ特徴があるのです。

技能水準が低ければ同じ設計のものを作っても仕上がりがバラバラになります。作風が統一されているだけでなく、腕が良いことも重要です。
腕が良い人と悪い人がいるのは、どこの国でも同じです。他の国では腕が良い人も悪い人も楽器を作ることが許されていました。フランスでは腕が良い人しか一人前の職人として認められませんでした。
特にイタリアでは伝統的に下手な人も楽器を作り続けてきました。モダンの時代には下手な職人でもイギリスやアメリカなどに輸出することができました。

下手な人の作る楽器はどこの国のものもそっくりです。これは音痴な人が歌う歌がそっくりなのと同じことです。絵が下手な人の描く絵も世界中似ています。
その中でイタリアのものだけが500万円以上の値段が付き、それ以外の国のものは50万円にもなりません。

フランスでは決められた作風のものを作り、腕が良いと認められた人だけが一人前の職人として楽器を作ることが許され、それ以外の人はミルクールの工場で量産品を作ったり、ケースなど他のものを作ったりしました。

このような仕組みが確立したのは19世紀のフランスだけなのです。今は自由な社会なので当時の水準の楽器は作られなくなりました。現代芸術が古典芸術の技術を失わせたのと同じです。口がうまければだれでも職人としてやっていけます。手仕事から口仕事に変わりました。

今ではオールド楽器と同じようにフランスのモダン楽器も忘れられた技術になりつつあります。

フランスのチェロ


チェロはヴァイオリンとは製造にかかる労力が全く違います。しかし値段は2倍といわれています。少なくとも4倍の労力がかかるのに値段が2倍にしかならないとすれば作れば作るほど貧乏になると言えるでしょう。

うちの勤め先でもかつてはチェロを多く作っている時期がありました。チェロの評判が良かったからというのもあったのですが、そんなことをしていたら経営難になってしまいました。それ以来作らなくなってしまいました。

したがって親しい人や昔からのお客さんなどにどうしてもと頼まれたときだけチェロを作ることになります。コネが無いとチェロが作ってもらえないというそんな状況です。

このため現実に販売されているチェロのほとんどが何らかの手抜きが行われているものだと考えたほうが良いでしょう。安く作るために機械で作ったり、弟子や見習いに安い給料で働かせて作ったりしているわけです。プロの職人のものよりもヴァイオリン製作学校の生徒のチェロのほうが利益を考えずに作っているので物が良いこともしばしばです。

修理も同じことでやればやるほど貧乏になっていきます。修理代を単価で計算すれば簡単に100万円を超えてしまうのですが、お客さんはまさか修理に100万円もかかるなんて思っていませんから正式な修理代金を告げればひどいショックを受けることになるでしょう。そこで空気を読んで驚かさないようにするので貧乏になってしまうのです。
このためチェロの修理はやらないという職人も多くいます。一人でやっているような職人なら時間が無くてできないということもあります。

良いチェロが欲しいと言って店に行っても手抜きのチェロしかないわけです。しかし手抜きしたからといって音が悪いとは限りません。音にとって重要なところがちゃんとしていれば良いわけです。それは実際に弾いてみて確認するしかありません。

こんな中で確実に良いチェロは無いかといえばフランスの19世紀のものです。共通の作風の腕の良い職人が集まって町工場のようなレベルで作ればコンスタントに数を作ることができます。高い品質で音響的も考えられ経験豊富なものです。
一流の職人の名前がついていれば1000万円くらいは最低でもするものです。
イタリアのモダンチェロならさらに値段は高いのに品質はまちまちで本当にひどいものもあります。

ヴァイオリンももちろん優れたものですが、チェロになるとさらにフランスの職人たちの真価が発揮されたと言えるでしょう。
しかしミルクールの量産品はあくまで量産品です。品質は様々で外はきれいでも開けるとひどいというものがたくさんあります。フランス製であることが重要なのではなく、フランスの腕の良い職人によって作られたものであることが重要です。

近年フランスの楽器の値段の上がり方は急速なってきています。弦楽器を投機対象にする人が増えたこともあります。モダン楽器自体の評価も上がっています。かつてはオールド楽器が買えない人が仕方なく使う物と考えられていました。今ではソリストが愛用するものとなっています。

現代でも職人たちが技術的に理想と考えている楽器の基礎がモダン楽器です。それが職人だけでなく演奏者にも知られるようになってきたのです。
業界の見解ではモダン楽器とストラディバリは同じものだと考えられています。モダン楽器はストラディバリと同様に優れたものだということになるのです。
例えばパリとロンドンは海を挟んで目と鼻の先です。フランスの楽器製作がロンドンに伝わりフランス風に作ったヴァイオリンをストラディバリのコピーとして売ったのがヒル商会です。このため現代の業界の常識ではモダン楽器とストラディバリは同じものなのです。フランスの職人に学んだプレッセンダやロッカなどのトリノの流派はストラディバリの再来と考えられて値段が高騰しました。サッコーニはストラディバリの秘密を解明したと信じられています。サッコーニはフィオリーニに学びましたが、フィオリーニの出身地のボローニャにはフランスからガンが来て働いていました。
フランスの影響が強い職人の作ったものはストラディバリにそっくりに見えたのでフランスの影響を受けたことが隠されて「ストラディバリの再来」と宣伝されたのでした。
彼らの作るものはストラディバリと同じだと演奏家にも浸透してきたのです。


ただし私はこれには異論があります。
よく見ると同じではないということですがそれは最先端の研究ですから、世間の理解はそんなものです。

かつてはイタリアの楽器が1流、フランスが2流と考えられていました。今ではフランスの楽器さえ手に入れるのが難しい憧れのものになりました。いまだに2流だと考えているのは時代に取り残された人たちです。特にコレクターではなく実用的で音が良い楽器を求める演奏家に求めれているものです。


修理が完了


色はとても濃い赤茶色でフランスの楽器にいくつかあるニスの一つです。モデルはストラディバリのようでもありますが丁寧に丸みを持たせてモディファイしてあります。ストラディバリのチェロの特徴は細長いものです。19世紀のフランスのチェロは細長いものが多くそれが近代では標準的なチェロのサイズ考えられていました。イタリアなどは割と自由に設計したものがあります。20世紀も末になるとモンタニアーナなど違う形のものが作られるようになりますが、それまではチェロといえばストラディバリ型がほとんどでした。


パフリングは2重になっています。ヴィヨームもこのようなヴァイオリンを作っています。

裏板は一枚板です。チェロでは珍しいものです。
ラベルはジュゼッペ・ロッカのものが貼られています。
ロッカなどのトリノの流派はチェロには独特の形があります。グァダニーニ家の影響かもしれません。
もちろんロッカではありません。
このため作者が誰なのかはわかりません。ただ見た感じでも19世紀終わりごろのものよりは古い感じがします。19世紀中ごろのものとなると値段はぐっと高くなります。もし作者の名前が分かれば1000万円くらいは当たり前です。クオリティは最高レベルとは言えません。しかしチェロは町工場レベルの「工房製」くらいのクオリティでもチェロの中ではかなり貴重なものです。
この状態では作者不明ということで値段はずっと安くなります。500~600万円とかそんな感じでしょう。
ロッカの偽造ラベルを貼ったことで1000万円するかもしれないチェロが500万円になってしまったという愚かな例です。
昔はフランスのチェロがそんな貴重なものだと考えられていませんでした。このためイタリアの作者の偽造ラベルが貼られたのです。
旅費を使ってもパリなどでエキスパートに鑑定してもらえば元が取れると思います。

スクロールはいかにもフランスというものです。フランス以外のものでこの感じは出ません。
ペグボックスは過去の修理で新しい木材を張り付けてあります。

フランスでもミルクールの量産品ではこのレベルには無いことがほとんどです。

ここもストラディバリを研究してあります。ここは他の国のものは独自のものに変わっています。

独特のピシっとした雰囲気があります。

ちょうど見習の職人に教えたところですが、知らないと左の青線のように丸みを帯びたようにペグボックスを加工してしまいます。よく見ると緑の線のようにまっすぐになっています。チェロだけでなくヴァイオリンでもそうです。
そもそもストラディバリがそうだったのです。
もちろんイタリアのモダン楽器ならそれが作者のデザインになるわけですが、ストラディバリからは離れているのです。
言われないと気づかない所です。
教育はとても大事なのです。

独特のピシっとした雰囲気はこういう所からも出ます。ストラディバリらしさもそうです。

パフリングの合わせ目にも特徴があります。

パフリングはコーナーの形に添って緑の線のように流れていますが、先端が赤線のように内側を向いています。
これはフランスの楽器のはっきりした特徴です。
他の国では作者ごとにバラバラなのが普通です。これはとても微妙なので厳格に教えるのが難しいのです。もちろん加工も難しいです。
なぜこのようにしたかというと、ストラディバリの特徴を誇張したからです。
ストラディバリはばらつきがありますが、緑の線のようにコーナーの形に添って先端を伸ばしても、目の錯覚で赤線のように内側に入っているように見えるのです。緑の線よりもちょっと外側に意識的に方向を向けないとアマティのような均等なものには見えません。
これは本当に微妙でコーナーの形が違うと見え方が全然違ってしまいます。
このため特徴をはっきりと誇張したのがフランスのやり方です。
ヴィヨームに至ってはコーナーの形とパフリングの形が一致していません。
きれいに見せるトリックがあります。あまりにも専門的すぎるので割愛します。

このようにストラディバリをよく研究して、規則性を定めてマニュアル化してあるのがフランスの楽器製作なのです。このためストラディバリによく似ているのです。

なにかに気付いたでしょうか?

おかしなところに気づかなかったとすれば私の仕事が成功したというわけです。

そうです。ここが横板を新しくしたところです。
遠目には色合いに違和感が無いでしょう。
濃い茶色はとても難しい色です。新作ではまず使わない色です。新品で赤黒い色にすると角になっている所の白さが目立って悲惨に見えます。これは古いから違和感が少ないのです。

少し明るいのですが、脚でこすれる所なので他よりはニスが剥げているのは普通です。ニスの修理は気持ち明るいくらいにするほうが良いです。たいていは赤味が強すぎてごまかすために黒くすると他よりも濃くなってしまいます。よく見る失敗したニスの修理です。
センスが良い修理というのはやや明るい段階で色合いが見事に調和していることです。

オリジナルのニスはひび割れを越していてそれを再現するのは不可能です。しかし横板のここのパートは修理不能なまでに割れていました。修理を繰り返したり脚でこすれたりして、もともとひび割れはわずかにしか残っていませんでした。それを私は手描きで描きました。残念ながら写真では細かすぎて見えません。
最近はインターネットで商品の写真を見るときれいに見えて、実際に買うと全然違うものが送られてきたりするものですが、私の仕事の場合には実際のほうが良いというもったいないものです。
それでも表面は「ニス塗りたて感」を無くすためひび割れを人工的に生じさせています。

塗りたてではこのような感じです。新品のようです。

今度は逆に古くなりすぎました。古いというよりは長年手入れしていない様子です。この後せっかく付けたひび割れを消すように磨き上げて他の部分と同じ雰囲気になるようにしました。
人工的に起こしたひび割れはオリジナルのものとは割れ方が違うのです。これはあくまで表面にアクセントをつけただけの薄いものです。

これ以上に苦労したのは他の横板の部分で過去の修理跡が目立っていた部分です。一番ひどい横板は新しいものにしましたが、それ以外も悲惨な状態でした。

また光沢の感じを新しく塗った部分と古い部分で統一するのにも苦労しました。

修理の仕事というのは見事な仕事程それが誰にも気づかれないというものです。

長くなったので次回

まだまだ話は尽きませんが10月に初めて2月の後半までかかるというニスの修理でした。普通ニスのメンテナンスなんて数週間のものです。今回は4か月もかかりましたが、その前にどうしたらいいか悩んで木片を使って試し塗りをしたので相当時間がかかりました。実質夏くらいから始めていたようなものです。
目が疲れて休みたかったです。
新しくチェロのニスを塗るのでも4か月もかかりませんから。
この感じならモダン楽器のコピーも作れそうですが、時間を考えると気が遠くなります。
普通にチェロを作るだけでも儲からないのに、モダンチェロのコピーなんて作ったら貧困で死んでしまいます。

このようなチェロはプロのオーケストラ奏者や音大生などがみな必死になって探しているものです。音に関する話を次回しましょう。
こんにちはガリッポです。


まずは前回のチタン製のテールガットのことについてです。
私は値段が高いのではないかと指摘しました。調べてみるとドイツのメーカー、ウィットナーのスチール製のテールガットでも値段はあまり変わりません。
ウィットナーのものはスチールが細くてナットに食い込んでしまうので問題があると考えています。その欠点を改良して素材をチタンにして値段が同程度であるなら、考えられた価格設定だと言えると思います。ウィットナーと同程度の価格で改良されてるということです。
一般的に使われているプラスチック製のものが200円位でスチールやチタンのものが2000円するということをどう考えるかです。全世界の弦楽器奏者が使うようになるとなれば値段は安い方が良いでしょうし、マニアックな人だけが使うならそれくらいの値段でも良いでしょう。

世の中の工業製品ではプラスチックのものが多いです。それは値段を安くするためのもので、金属で作られているものの方が高いでしょう。高級時計は金属で作られていてプラスチックで作られているのは安価なものです。

そう考えれば金属製のものの値段が高いのは当たり前のことです。

音について違いがあるということは言えると思います。改善するかどうかは使う人の主観によります。客観的に音が良くなるということは言えません。

エヴァピラッチのような明るく輝かしい音で音量が増加したと感じるかもしれません。エヴァピラッチはずっと高いですし、耐久性も限られています。2000円でもチタンのテールガットのほうが経済的です。


この中国メーカーのチタンのテールガットはビオラやチェロ用もあります。
チェロはウィットナーのスチールのものでももう少し太さがあります。

一方コントラバスはスチールのほうが主流で純粋にプラスチックのものは珍しいです。




西ドイツのヴァイオリン


日本でドイツのヴァイオリンというと80~90年代に西ドイツのブーベンロイトで作られた量産品が多く輸入されていました。その後は中国や東欧の楽器が低価格帯では主流になったはずです。
有名なのはヘフナーやロートなどです。私のところではあまり見かけることはありません。それぞれ過去に一度見たことがあるくらいです。日本やアメリカに輸出するのを主としたメーカーだからです。
珍しくロートを下取りにしたので見てみたいと思います。

こちらでは量産品はノーブランドのものが多いです。ラベルが何もついていないかストラディバリウスなどの架空のラベルがついているものです。メーカー名がちゃんと書いてある量産品は多くありません。ヴァイオリンを製造する中小企業はたくさんあるのですが世界に輸出するにはビジネスの手腕が必要です、とりわけブランド好きの日本人にはメーカー名が必要なのです。

ロートも個人の職人としてマイスターの楽器を作ったのですが、これは工場製であることが書いてあります。
私がこれまで見たことがあったのはマイスター級のものが一度だけでした。今回のようなものは初めて見ました。

日付は癖のある手書き文字ですが7/70と書いてあるように思います。70年の7月でしょうか。
日本に盛んに輸出されていた時期よりも古いでしょう。
そうすると作られて50年ですからよく鳴るのではないかと期待が持てます。

見た目は普通の量産品です。おそらくニスもスプレーで塗られたものでしょう。エアブラシで陰影がつけてあります。

裏板は極端に安い材料ではありません。こちらもスプレーで塗り分けているようです。
角などは丸くなっていて仕事にシャープさがありません。

パフリングは電動のミニルーターに専用のジグを付けて溝が掘られているはずです。現在では表板や裏板を削りだす時に同時に溝まで加工されます。

表板は縦の木目がはっきり出ています。木材が古くなるとこのように年輪がはっきり出てきます。新しい木材とは明らかに違います。アンティーク塗装でわざと黒くしている場合もありますが量産品ではわざとらしいことが多いです。これは自然の色です。

量産楽器でよく見るのはネックの付け根やペグボックスのところが塗装に境目があるものです。マスキングテープを使って塗装した場合もありますし、これはネックの方を後で削って着色したようです。ニスが塗ってあるところはステインが入らないので色が違って見えるのです。量産楽器ではネックまで透明なニスを塗ってあるものがあります。
私は普通はネックにニスは塗りません。持った時にぺたぺたするからです。

当時ブーベンロイトには渦巻を専門に作る職人がいました。しかしこれは機械で作られているようです。

ノミで削ったのとは明らかに違ういかにも機械で作った感じがします。日本のスズキバイオリンでも同じようなものを作っていたでしょう。スズキバイオリンの最も安いものは渦巻きの最後のところがプラスチックでできているものがあります。
その意味では完全な「大量生産品」です。西ドイツの工業技術の高さとも言えるでしょう。コンピュータ制御ではないのですから。
もしかしたらスプレーの塗装が奥まで入りにくいのでそう見えるのかもしれませんが、そのあたりは私はスプレーで塗ったことが無いのでわかりません。


値段は難しい所でもあります。当時としてはかなり安い製品として作られたのは間違いありません。コストダウンのための手法がオンパレードですから。
ただし現在では、他の工業製品でも「ドイツ製」などはよほどの高級品以外にはありません。
同じような手法で作られた量産品なら中国製品よりも品質が良いと言えます。このヴァイオリンもすごく凝ってある感じはしませんが、右から左に流していくように雑に作られた感じはしません。
だから20万円くらいしてもおかしくないと思います。ドイツ製でメーカー名もついているということになると25万円くらいはいけるでしょう。アディダスのマークがついているジャージと同じです。

余談になりますがプーマのスウェットを買いました。これがかなり品質が良くて丈夫です。ドイツ本国も含まれるヨーロッパ仕様のものです。
プーマがどうかは別として日本の場合には日本のアパレルメーカーがライセンス料を払ってマークを付けて売っていることがよくあります。日本人にはメーカー名が何より大事なのです。


見るからに量産品というヴァイオリンですが、板の厚みを測ってみると薄めに作られています。私が作るものに近いです。

私はいつも「見た目は悪くないけど、表板を開けると中がひどい」楽器が多いことを言っていますが、これについて言えば珍しいそうではない例です。
70年の当時としては近代的なものです。
世界に楽器を輸出するだけ先進的な経営をしていたのでしょう。

気になる音は

50年も経っていて板も薄ければとても期待が持てます。
実際に弾いてみるとまさに予想通りの音です。まずとてもよく鳴ります。とりわけ低音は分厚く豊かな音がします。低音は板の薄さからくるものでしょう。

これで20万円なら驚くほど音が良いヴァイオリンと言えるでしょう。音で値段を決めるなら50万円以上でしょう、しかしさっきのようにコストを下げるための製造法が取られているのでこれは安い楽器です。

ただし楽器のキャパシティとして硬さは感じます。量産品特有の硬さです。それは私が気にするだけのことで誰もが気になることではないでしょう。音もやや硬めです。でもとても鋭い音がするわけではありません。
この硬さが楽器自体の硬さなのか、例えばニスに分厚い人工樹脂のが使われているからなのかわからない所です。この楽器のニスをはがして塗り直せばそのあたりのことは分かりますが、研究が仕事ではないのでできません。

もしそうならニスを変えれば音も柔らかくなりハンドメイドの楽器と変わらない音になるかもしれません。ニスの塗り直しや工場製の白木のヴァイオリンを買って、自家製の天然ニスを塗ったときは柔らかくなりました。
それだけで音の良いヴァイオリンになるかもしれません。


ともかく初心者から中級者くらいなら楽器が勝手に鳴ってくれるようなものが求められます。それについて言えばまさにそんな楽器です。
上級者になると何を弾いても力強い音を出すのでこの硬さが今度は邪魔をするようになるでしょう。

音色はものすごく暗いということはありませんが暗めのものです。私はちょうどバランスがいいくらいに思います。明るめのオールド楽器くらいの感じです。新品の中ではずっと暗い方でしょう。

もし日本に輸入されていたものがこのようなものであれば「ドイツの楽器は音が暗い」ということが言えたのかもしれません。しかし私はたくさんのドイツの楽器を見てきていますが、音色はいろいろです。暗い音のほうがオールドやモダン楽器のように暖かみや味があり好まれるので暗い音の楽器を探している方です。そうなると戦後のドイツの量産品で暗い音のものは珍しいという印象を受けます。

実はブーベンロイトは西ドイツに位置しますが流派としては東ドイツの流派です。戦争が終わってドイツが東西に分かれるときに、チェコや東ドイツにいた職人たちが西ドイツに引き上げて来て産地を作ったのがブーベンロイトです。位置はニュルンベルクの近くです。

それに対してもともと西ドイツにはヴァイオリン職人がいました。大きな産地はミッテンバルトでそれ以外はどこの都市にも職人がいるという状況でした。どこの街にもオーケストラがあり、アマチュアや子供から弦楽器の演奏が盛んだからです。西ドイツのマイスターというとこのような職人の作るものでブーベンロイトとは全く違う流派のものです。

日本にはブーベンロイトのものが「西ドイツのヴァイオリン」として輸入されました。それに対してハンドメイドのクレモナの楽器が高級品として売られたのです。
西ドイツのマイスターの楽器は日本には輸入されていません。日本人が知っているドイツのヴァイオリンは偏っているということです。実際に国際的なヴァイオリン製作コンクールでドイツは常に上位に入賞者を出しています。基本的な教育水準の高さを意味しています。

どこの国でも今は関係がありません。


そしてブーベンロイト製もクレモナ製も日本で売られているのと同じメーカーのものをこちらではほとんど見たことがありません。

ミッテンバルトのヴァイオリン製作

オールドの時代からドイツの大きなヴァイオリンの産地はマルクノイキルヒェンなどザクセン州です。戦後は東側になってしまったので、西側ではミッテンバルトが中心地となりました。ミッテンバルトはマティアス・クロッツ云々の話から始まるわけですが、生産量としてはマルクノイキルヒェンよりもはるかに少ないようです。

ロンドンやニューヨーク、クレモナなど国際社会ではマティアス・クロッツ云々のところで知識が終っていますが、実際にはモダン楽器も作られました。1800年代になると独自にフランスのモダン楽器を真似たものを作っていました。これが不思議と音が悪くなくプロの演奏者にも愛用されています。
オールドの時代から続くノイナー家のルードビッヒがヴィヨームの弟子として働いてフランスの楽器の製造法をミッテンバルトに伝えました。ノイナーはその後ベルリンに自分の工房を構えます。ノイナーの自作の楽器は全くヴィヨームと同じと言っても良いものです。値段は300万円くらいですからお買い得です。
色味などは若干違いますが作りは完全にフランス、それもヴィヨームです。当然年代は少し新しくなります。

ミッテンバルトではノイナー&ホルンシュタイナーという会社で大量生産をしました。これもミルクールの楽器に近いくらいの値段がついています。

このようにしてミッテンバルトにはフランスのモダン楽器の製法が伝わりました。このため1900年ごろのミッテンバルトの楽器にははっきりとフランスの影響が感じられます。

マルクノイキルヒェンの方も弓ではフランスで修行した職人が弓づくりを伝えています。H.R.プレッチナーなどは有名です。ヴァイオリンもモダン楽器の量産ではフランスの影響が強くあります。アンティーク塗装はまさにその例で、特にヴィヨームの手法によく似たものもあります。
それに対してチェコのボヘミアではイタリアの影響が強くあります。

戦後になるとミッテンバルトでもイタリアをはじめとする国際的な作風となり世界の違いがほとんどなくなってしまいます。

話が長くなりましたがこんな楽器がありました。

これはミュンヘンで1918年にグスタフ・グラゼックという人が作ったものです。作者は全く有名ではなく、本には生年月日と亡くなった年が書いてあるだけでした。

私はこれを見たときに「ミッテンバルトっぽいな」と思いました。どこで修行したかは本にも書いてありませんが慣用句で「顔に書いてある」と言うように「楽器」に雰囲気が表れています。

大雑把に見ればミルクールの路線です。しかしディティールはミルクールとは違いがあってフランスのものではありません。

アーチの感じもミルクールみたいですが何かが違うのです。
具体的にどこがどう違うということもあるのですが、雰囲気が違うのです。
このような違いを再現するのは非常に難しく、そこで修行しないと身につかないものです。ミッテンバルトはフランス風になったとはいえ、それが近代のミッテンバルト風なのです。

裏板はランクの低い木材で着色もされていません。「亜麻仁油の目止め」というのがミッテンバルトの伝統で木材は着色せずに亜麻仁油を塗りこんであります。これは乾燥するのに時間がかかるので長い時間太陽光にあてて干しておかないといけません。今なら紫外線のライトがありますが昔は一年乾かすなんてことはあったでしょう。
日本でも無量塔蔵六氏がミッテンバルトのヴァイオリン製作学校で学んで日本で学校を作りました。今でも東京には同様の目止めをする人がいるかもしれません。話は聞いたことがあります。

ニスはアルコールニスで刷毛で塗った跡が残っています。
アルコールニスではオレンジ色の染料が多く使えるので色からしてもアルコールニスという感じがします。

スクロールは手作りの感じがあります。

クロッツ家のようなオールドの時代とは全く違うフランス的なものです。よく見ると指板の幅とペグボックスの幅が一緒になっています。指板の延長線上にペグボックスがあります。
これがフランスのものならペグボックスのほうが指板よりも幅広くなっていてナットのところから急に細くなっています。
それからフランスのものはペグボックスの壁の外側だけ面取りをしています。これは内側もしています。これはミッテンバルトのはっきりした特徴です。

このような細かいことでもミッテンバルトの流派だとわかるわけです。

クオリティはそれほど高くありません。一流の職人と言えるレベルではなく、今ならヴァイオリン製作学校の生徒が作るくらいのレベルのものです。
しかし作られた年の年齢を計算してみると30代後半で駆け出しのころに作ったわけでは無さそうです。弟子が作った可能性は否定できませんが。
f字孔などは典型的な失敗です。幅が太くなりすぎています。

これ以下のクオリティでもメディアで紹介されて有名になり250万円以上の値段で楽器を売っている人がいます。
修理をしましたが、ニスはベトベトで耐久性が無くほとんど剥がれ落ちていました。10年も経っていないものです。
ニスの色もアマチュアの職人が独学で作ったもののようでした。
口がうまければ「楽器は音が大事で見た目は大事じゃない」と音楽家を説得することができます。
しかし実際に音も大したことはありませんでした。
工業製品として最低限の品質もなく、製作学校の並以下の生徒のようなもので巨匠のふりをして楽器を売っているのです。これが現代という時代です。
それをうちで中古品として販売するなら30万円が良い所でしょう。買い取らないでしょうが。


これはそれよりはましな楽器ですが、値段は50万円くらいでしょう。板は厚めで、フランス風というよりも現代風です。現代と同じような厚みになっています。

作られて100年ちょっと経っていますから音がどうなのかは気になります。並の楽器が100年経ってどうなるかということです。

気になる音は

弦を張って調弦している段階でも、鳴らないなという感じがしました。
弾いてみても音量があるという感じはしません。
3/4くらいのこじんまりした感じの音でいわゆるソリスト的なものではありません。低音には全く量感がありません。

一方で「室内楽的」と言えないこともありません。音は柔らかく耳障りな嫌な音はしません。量産楽器の安っぽい感じでもありません。スケールが小さい分音がはっきりして聞き取りやすいとも言えます。

モダン楽器を10本ヴァイオリンを並べて選んだらまず選ばれないでしょう。しかし、50万円くらいで量産品と比べれば上品で優しい音の楽器だと差別化はできます。
弓が弦に触れたとたんにギャーと音がする量産品に比べるとじわっと音が出るので微妙なニュアンスも出せることでしょう。
他に比べる楽器が無ければ普通に使える楽器だと思います。

このように楽器の音というのは良いとか悪いとか言うのは難しいです。


この楽器は柔らかい音がするものですが、理由は全く分かりません。外から見て予想はできませんでした。

板が厚いので低音が出にくく、音が重く楽器から出にくい感じは予想できました。
しかし板が厚い楽器でも予想を裏切る音の可能性もあります。

見た目にも消極的で気の弱い感じがします。作者の性格が音に出ているような感じもしますが何の根拠もありません。後から言っているだけです。

いかにもモダン楽器というフラットなアーチと作風でも室内楽的な音になるのです。

ドイツの音?


私はおざっぱに4つに音を分けます。
順番はどうでもいのですが

①明るくて柔らかい音
➁明るくて鋭い音
➂暗くて柔らかい音
④暗くて鋭い音

ロートのものはどちらかというと暗くて鋭い④ですが、極端にそうではありません。人によってはちょうど良いという人もいるでしょう。
グラゼックのものは明るくて柔らかい①です。

私の作るものは暗くて柔らかい音の➂です。最初のころ作っていたのは①でした。板の厚みもこの楽器と似ていて音も似た傾向です。ただし100年経っても鳴らないというのはグラゼックはさらに板が厚すぎるのかもしれません。
その後オールドやモダン楽器を研究し板を薄くすることで音色が暗くなり③になったのです。
しかしどちらも柔らかい音であることには変わりません。

なぜ柔らかいのかわからないのです。何年か前に趣味でヴァイオリンを作りたいというおじいさんに工房で教えたことがあります。先輩が教えて、殆ど先輩が作ったようなものでしたが2本作ったうち両方ともうちの会社ではできた事のないような鋭い音のものでした。

材料やニス、寸法など全く同じものを使っています。未熟でクオリティが低かったからということも考えられますが、高いクオリティでも鋭い音のものはあります。

このグラゼックも私と同じように柔らかい音のものを作る人なんでしょう。癖としか言いようがありません。
全体としてモダンや現代では鋭い音の楽器を作る人や量産品のほうが多い印象があります。それらは珍しいとは思いません。

柔らかい音のほうが刺激が少ないので静かに聞こえます。鋭い音のほうが強く感じます。しかし鳴るというのはそれとは違います。

柔らかくてよく鳴る楽器もあります。これは珍しいものです。

フランスのモダン楽器の影響が強いのがドイツのヴァイオリン製作です。しかしフランスのものと見間違えることはありません。どうしてもフランスの楽器の感じが出ないのです。フランス人を含めた現代の職人も同じです。私にとってはイタリアのオールド楽器だけでなくフランスのモダン楽器も憧れのものです。

そんなフランスっぽいミッテンバルトの楽器は長らく目にかけていません。数として多くないのです。

来週には1年続いてきたフランスのチェロの修理が終わるかどうか。
全然作業が進まない「地獄の仕事」でした。フランスの楽器の話もまたしましょう。


ドイツの楽器でもいろいろな音があり、「ドイツの音」なんてものはありません。クラシックファンにはドイツ音楽の愛好家も多いでしょうからドイツの音のヴァイオリンがあれば良いのですが残念ながらそんなものはありません。オールドになればさすがに作風に地域性が出てきます。中にはドイツのオールド楽器らしいとイメージするようなものもあるでしょう。

ましてや日本に輸入されていたのは限られたメーカーの量産品だけでした。

ドイツのワインもそうですね。
バブルのころ甘口のドイツワインを宣伝して女性市場を開拓しようとしたのでした。昔は女性はあまりお酒を飲みませんでしたから、甘口のワインなら飲みやすいということでニーズに合致したのです。スーパーなどには必ず甘口のドイツワインがあります。

実際にはドイツにはいろいろなワインがあり白だけでなく評価の高い赤ワインもあります。辛口のワインもあります。好みによって好きなものを飲んでいます。
でも日本でポジションが定まって商品価値があるのは甘口の白ワインだけなのです。

だいたい外国のものなんてそんなものです。何十年も前のところでイメージが止まっているものです。なぜが外国人に人気の商品というのもありますね。
こんにちはガリッポです。

日本の感覚からしたら驚くようなこともあります。先日は弓が折れたというので電話があって今は予約制で来てもらっています。電話ではよくわからないので持ってきてもらうのが一番です。見ると先端が折れていて、弓としては終了です。
欲しい人がいれば価値は全くゼロということはありませんが、演奏に使用できる弓として販売することはもうできません。

接着剤でつけることも試してみることはできます。しかしどれだけ持つのかわかりません。うちの店では接着した弓は販売はできないけど試奏用に使っていたりします。そうすると誰もが欲しいという弓がありますが、残念ながら売ることができません。
意外にも20年くらいは持っています。

今回は取りあえず接着することになりました。

高価な弓で保険にも入っていなければ大きな損害になるわけです。
しかし聞くと2万5千円位のヴァイオリン弓だというので最悪の不幸とは言えないでしょう。
更に話を聞くと、この先音大に進学するという事を言っていました。
日本人の感覚からすると音大を目指している高校生が2万5千円の弓を使っているというのは信じられませんが、楽器も同様にとても安価な量産品でした。

師匠も慌てて、もうちょっとまともな弓の良さを分かってもらうために修理の間に使うように弓ケースに入るだけの弓を貸し出していました。自動車で言えば代車です。

日本人からすると呆れるようなことがあります。子供の教育にお金をかけるという概念が無いのです。
大学なども無料に近いものです。それでも費用が掛かって学生がデモをしているくらいです。日本で学費削減を求めた学生デモなんて聞いたことがありません。私が東京の大学に行っていたころも学生運動の残党は他の学生のことなど考えていませんでした。大人の政治家と同じです。支持されるわけがありません。


それに対してアジア系の保護者は全く違います。まず一流の先生に習わせようとレッスン料を惜しみません。そこまでは日本人と変わらないでしょうが、なぜか楽器にはお金をかけずレンタルの楽器や弓を使います。レンタルの楽器を借りて行って、音が悪いと文句をつけてもっと良いものに交換させようとします。弓などはかなり使い込んでから交換を要求してきます。次の人に貸すための毛換えの代金だけでも赤字です。

レンタル用の楽器はインターネットや総合楽器店で安いものを買うよりはずっとましな品質なものですが、あくまで「演奏が可能」ということを専門家として保証しているだけです。弦楽器専門店でなければそれすら危ういのです。音については欲を言ってもらっては困ります。ヴァイオリンと弓とケースと肩当や松脂などすべてついて月に2000円くらいですから。肩当やあご当てなどは違うタイプのものを選ぶこともできます。

音が良いものが欲しいなら買ってくださいと押し問答で大変です。
アジア系のお母さんのアグレッシブさはすぐにお金を払ってしまう日本人とは全然違います。


本当の音が良い、値段に見合った楽器や弓なら高いものを買っても良いでしょう。

チタン製のテールガット


しばらく前にテールガットについて触れました。業者に注文する用があったのでついでにチタン製のテールガットも発注しました。
その時は、スチールのテールガットは音の強さが期待できるものの、細すぎてナットに食い込んでしまうのが問題だと指摘しました。チタン製のものはずっと太く圧力が分散することでしょう。

メーカーは中国の企業です。値段は通常ヴァイオリン用のプラスチックものが、200~300円位のものです。チタンのものは2000円くらいします。通常の10倍なのでとんでもない高価なものです。
カーボンやケブラーのもので600円位です。
なおかつ中国製で2000円というのはかなり高い気がします。とんでもない粗悪品であれば「騙された」ということになりかねません。

見た目は悪そうではありません。仕組み自体は単純なものです。

プラスチックのものから交換しましたが、ネジの部分の直径が大きくてテールピースの穴に入りませんでした。ドリルを使って手動で穴を大きくして入れました。テールピースの干渉する部分を少し削りました。
多少の加工が必要になる場合があるということです。

このような工具を使えば手動で穴を大きくできますが、問題はドリルの方を0.1mm刻みで揃えると相当お金がかかります。2.4mmで行けました。しかし一度に大きく穴を広げようとすると割れてしまうかもしれません。まず2.3mmで様子を見てから2.4mmのものを使うとテールガットが通りました。



私が2010年に作ったヴァイオリンで試してみました。もともとプラスチックのものを弾いてから、音を忘れないようにできるだけ急いで交換しました。

明るく輝かしい音に変わったと言えるでしょう。つまりスチール弦の様な音です。
G,D,Aについてはよく鳴るようになった感じがします。E線は鋭くなる方向なので一般的にはマイナスの効果でしょうか。
全体的に鳴りが良くなる代わりに、高音はきつくなると考えたほうが良いでしょう。
したがってケースバイケースです。
E線はうちでは柔らかい音を好む人が多いですが、もっと強くもっと強くという人や文化圏もあると思います。人間というのは周囲の人の価値観に影響されるものです。その場合にはE線もプラス効果になることでしょう。

私は特に明るくしたいという希望はありません。ただし響きが多くなった分だけ明るい音になっています。さらに数日後にもう一度弾いてみると、もともとの楽器のキャラクターの音が正反対になるとほどの変化ではないようです。ビフォーアフターで明るくなったと思っても客観的にはそれほど明るくなってはいないということです。
しかしよく鳴る感じはします。
そのヴァイオリンは普段弾いていないので寝ぼけていたような音が目が覚めたような感じになりました。


このチタンのテールガットは有名な弦で言うとエヴァピラッチの様な音です。エヴァピラッチも好き嫌いが分かれる弦ですから、これも好き嫌いがあるはずです。

エヴァピラッチは音量が増すとかよく鳴るという印象を受けやすく人気の出た弦です。それ以降も各社さらにそれを超えるような弦を研究していますが、手放しでほめられるようなものは難しいです。

使っている人は多くありませんが、現代の高級スチール弦もあります。例えばピラストロのフレクスコア・パーマネントなどがありますが誰も知らないでしょう。
スチール弦はあまりにもナイロン弦とは音や使い勝手が変わりすぎるかもしれません。それに対してテールガットを金属にするだけならそこまで大きな変化はないでしょう。

そういう意味では面白いものです。
しかし誰にでも音が良くなると薦められるものではありません。それならまだカーボン系のもののほうが良いでしょう。

なぜこのような音の違いが生じるのかはわかりません。チタンは軽いから音量が増したと考えるのはおかしいでしょう。
重さは測っていませんが、スチールで同じ直径なら軽くなるとは思いますが、金属の中では軽いというだけです。ましてやこれは合金であってチタンそのものではありません。中国メーカーですからチタンがどれくらい含まれているかもわかりません。

はっきりわかる違いは、弦を張ったときの「伸び」です。

通常のプラスチックのテールガットは弦を張ると伸びて思ったよりも長くなってしまいます。一つは形が馴染んでいないので引っ張られると長くなるというのもありますが、材質自体も伸びると思います。伸びた場合はねじを締めて短くすることができますが、すべての弦を一度降ろさないといけません。この時魂柱がゆるければ転倒してしまいます。

カーボン(炭素繊維)やケブラーのものでも思ったよりも伸びます。詳しいことは分かりませんが炭素繊維やケブラーもそれ自体は化学繊維です。引っ張られるとかなり伸びます。
これらはネジはついておらず結んで止めなくてはいけません。この時弦を張る前と後で予想以上に伸びてしまいます。
正しい長さにするためにはナットの部分であまりをゼロかマイナスにしなくてはいけません。無理やり引っ張って何とかナットにかかるくらいです。

もっと昔はガットが使われていました。これも伸びます。バロックヴァイオリンでは今でも使いますが伸びてしまいます。

これに対してこのチタンのテールガットはほとんど伸びません。伸びたかどうかわからないほどです。
弾力や伸性は素材の性質として大きな違いがあると思います。

私は昔洗濯機の脚の下に大きなゴムの塊を置くとずいぶんと静かになった経験があります。弾力のあるものは特定の音を弱める効果があると思います。もし音が鋭くて嫌ならプラスチックのものを使えば良いわけです。

一方で前回話したように、新作楽器が全然鳴らないという場合にはその問題をある程度解決してくれる効果があると言えると思います。

カーボン系はその中間でしょうか?
直接比較していませんが、音は明るくはならないと思います。プラスチックよりはダイレクトで強い音になると思います。

材質と音

この前はオーディオの話をしましたが、オーディオの世界、特にアナログの世界では材質によって音が違うことは当たり前のことです。たとえばスピーカーを設置するときの台の材質によって音が違うということです。私も高校生のころ初めはコンクリートブロックを使いました。それから木製のものに換えました。コンクリートなら石の様な音がするし、木製なら木のような音がします。鉄製なら鉄のような音がするでしょう。鉄のスタンドを作っているメーカーは鉄っぽい音にならないように研究を重ねて製品化するのです。オーディオの趣味では常識です。
スピーカーの下にはがたつかないためにクッションを挟みます。ゴムとかコルクとか金属や木製の物あります。素材ごとに音が違うわけです。
東急ハンズに行っていろいろな素材を買ってきて試すなんてのはよくあることです。
ちなみに会社用のサブウーファーには黒檀で作りました。硬い木材なら、ゆるくなりがちな低音がガチっとするからです。表面にセロテープを張ると少し澄んだ音になるようです。その下は石の板です。棚に布を重ねて石板を置いて黒檀のスペーサーを挟んでサブウーファーを置いてあります。私にとっては黒檀はそこら辺にある素材です。

オーディオ用のケーブルもそうです。
銅線にはしなやかなものと、硬いものがあります。しなやかなものは音も柔らかく硬いものは硬い音がするものです。絶縁体として使われている外側の樹脂製の被膜も硬いものは引き締まった音になり、柔軟性のあるものなら柔らかい音になるというのは一般的な傾向です。製品によって音が違うのは事実です。

同じことはチェロのスチール弦にも言えます。
最新の高級チェロ弦はスチールとは思えないほどしなやかになっています。耳障りな音のするものは硬いです。

弦メーカーはそのような素材を吟味して製品を作っているわけです。

カーボンというものは専門家ではありませんが、F1の車体を作る様子が本に出ていたことがあります。初めは布のようなしなやかなものを型に貼り付けて行って専用のオーブンで焼くとカチカチになるという物でした。
カーボン製のヴァイオリンも試したのはそのようにとても硬いものでした。厚みは2mmくらいしかなかったと思います。
テールガットに使われるのは焼いていない柔らかいものです。

カーボン製のヴァイオリンは木製のものに比べると音は強い音がしますが、柔らかい音ではありません。現代のユーザーはとにかく強い音を求めているのでカーボンの音の強さに魅力を感じるかもしれません。
しかし柔らかさを求めると難しいです。どうやって柔らかくするかです。
例えば周辺をゴムやプラスチックのようなものでクッションを付ければどうかとかいろいろ考えられます。つまりハイブリッドです。
単独で理想的な素材があればそれが最高でしょうが様々な工業製品では他の材料と組み合わせることで製品として成立しています。

そういう意味ではカーボンは最高の素材とは言えないでしょう。
弓の場合には当初はカーボンで弓が作られましたが、とても軽くて持った感じがあまりにも木製のものと違い過ぎました。弦への圧力も不足し力を入れる必要のあるものでした。
そこで今ではカーボンを骨としたプラスチック製の弓が実用化しています。重さも弾力も一般の弓と近い上に品質が安定しているので下手な安物の木製の弓よりも良いんじゃないかということで販売されています。
更に外側が木目調になっていて見た目も木製に近いものまであります。

当初はカーボン弓自体が珍しく新しさに飛びついた人もいるでしょうが、今では木製と変わらないことを目指しています。

カーボンはとても硬い素材なので木製に比べて強さがあると思いますが、音については柔らかさが不足する可能性もあります。しかし金属の様な耳障りな音は避けられると思います。音色自体は暖かみがあると思います。


今回のテールガットはチタンでした。チタンは軽金属で軽いということで注目される素材です。しかし強度はスチールよりはずっと落ちるようです。かつて弦楽器の製作や修理用にチタン製のクランプが作られていました。バスバーなどを付けるときに使うものです。メリットは軽いので表板に重さをかけずに接着できることです。クランプの重さで表板がたわんでしまっては歪んだ状態で接着することになってしまうかもしれないということです。

実際はスチール製でも大丈夫です。ただ軽いということは扱いやすいのは間違いありません。このチタンのクランプは締め付ける力がスチールよりもずっと弱いです。スチールよりも強度が弱いからです。この製品はコストも高いでしょうし、効果もないので製造されなくなってしまいました。

あご当てのネジにもチタンのものがあります。加工がしにくいのか材質そのものの性質なのかチタンはネジの精度としてはあまり良くないです。普通のものはニッケルメッキを施してあります。ニッケルアレルギーなどがあると他のものは無いかということになります。

後はチェロのエンドピンにも使われています。スチールに比べると軸が太くてそんなに軽くないように見えます。スチールは強度があるので細いものでも丈夫です。

ヴァイオリンのE線アジャスターにもあります。値段が異常に高いのとウィットナーのような信頼性があるかと疑問があります。

スチールとは鋼のことで鉄を化学変化させたものです。刃物では今でも鋼が大事な素材です。職人の私としてはスチールに絶大な信頼を置いていますが、チタンは技術的には軽い素材として注目されています。商業的には魅力的に見えるのか高い値段で商品化されています。

私たちは鉄製のカンナを使っています。アメリカのスタンレーというメーカーが特許を持っていたものでネズミ鋳鉄という鉄でカンナの本体ができています。一時期アルミニウム製のものが作られたそうです。軽いのですが傷が付いたりダメージを負いやすいということで作られなくなってしまいました。鉄は安価で強度があるので私は好きな素材です。

でも世の中の人たちは古いものは悪いと考え新しいものが好きなので鉄の良さも忘れられているようです。

音響的には金属なので金属的な音がする原因となるでしょう。
チタンとスチールのテールガットで音が違うのかは試さないとわかりません。このようなものは製造するメーカーが試作品を作ってテストしてもらいたいです。スチールでも音が良いならその方が安くて助かります。商売と考えるとアクセサリーパーツに湯水のようにお金を出すタイプに絞ったほうが良いのかもしれません。

個人でスチールのワイヤーを買って自作すると結局はお金がかかりすぎてしまいます。中国以外の企業が熱心に取り組んでいないということも今の時代を象徴していると思います。

スチールの中でも音が違うかもしれないとなるとチェロ弦に使われているものが一番良いのではないかと考えたのでした。

チタンのテールガット

長々となりましたが、チタンのテールガットにしてみて、大失敗ということはありません。すぐにでも元に戻そうとは思いません。よく鳴るようになった感じはします。
ただし、私が目指している「オールド楽器のような音」に近づいたかと言えば違う方向性でしょう。カーボンのほうが落ちついた音だと思います。

よく鳴って高音も柔らか、音色の味わいも増す、そんなものができれば最高ですがありません。
だから使う人の好みや、楽器との相性の問題になります。
だいたいみんなそうです、手放しに改善するなんてことはありません。

しかしテールガットの違いが音の違いになるということは面白いです。あまり意識していなかった人も多いでしょう。

ヴァイオリン用だけでなくチェロ用もあるみたいです。チェロはそもそもスチール弦を使っているので違和感はさらに少ないかもしれません。


小さなことの話題になりましたが、実際はずっとチェロの修理の仕事をしています。これは「地獄の仕事」と言ってもいいくらい難航しています。そのことを書きたかったのですが、あまりにも仕事が進まずに書くことさえできません。

次は書ければと思います。

他には職場の人数を減らして先輩は自宅で仕事をしています。私が新人の教育係になっています。これも面白い経験です。ヴァイオリンづくりをずっと学んでいますがはじめはこだわりの世界に入る以前です。職人としての基本的なことができないと話になりません。そろそろ私がブログでも語っているような古い楽器の魅力について教えられるくらいになってきました。
テールガットの実験なども興味があるようです。