ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート -23ページ目

ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

クラシックの本場ヨーロッパで職人として働いている技術者の視点で弦楽器をこっそり解明していきます。
お問い合わせはPC版サイトのリンクかアメブロのメッセージから願いします。

こんにちはガリッポです。

休暇をとって帰国も考えていましたが無理そうなので、夏休みにしました。

散歩に行くと

こんなきれいな建物があったりします。でも左側の窓を見ると窓枠がひどく傷んでいます。中の部屋も物置のようになっています。修復が手つかずという所でしょうか?
古いお城が安く売っていることもありますが買ったら大変です。

さて今回は休暇なので全く楽器とは関係のない話です。オリンピックでも餃子が話題になりました。餃子は最近はちょっとは知られるようになったのかスーパーでも売られています。もともと日本料理では無いですがパッケージには日本風のものだと書いてあります。
おそらく日本製の機械で作っているのでしょう、見た目は日本の餃子と全く同じです。しかし食べてみると中身が違います。とてもがっかりするものです。見た目が同じであるだけに食べた瞬間の違和感が大きくがっかりするのです。それならまだ、イタリア料理のラビオリとかロシアや東欧の餃子のほうが別の料理として食べられるので良いです。

なぜそんなことになるのか不思議です。工場ではそれだけの設備を投入しているのに中身を日本の餃子とは全く違うものに変えています。
これは一つはこちらの人がイメージする「アジア料理」というのがあってそのイメージに沿っていないといけないからではないかと思います。アジア料理というのは漠然としていて実際には存在しないものです。でもイメージです。

日本人が経営する日本料理屋で餃子を買っても、日本の実家の近所のお店に比べるとがっかりするものでした。
味の素の冷凍餃子も日本食材店で売られています。これでも大都市まで買いに行ったり冷凍運送代を払ってまで食べようとは思いません。日本に帰国したときの楽しみにした方が良いです。

かつては全く餃子が売っておらず自作を試みたことがありました。しかし皮がうまく作れず得体のしれないものができていました。2時間かかって作ってなんだかわからない餃子風のものを作っていました。それも長らくやっていません。

それでもう一度研究しなおして作ってみました。

小麦粉が種類が多くてどれを使っていいのかわかりませんでした。最近は日本人の方のブログなどもあってどれを使えば良いか実験された方がいました。
日本のような強力粉や薄力粉という分類がありません。

過去に失敗していた経験も全く無駄ではなくこれでもかというくらいに練ったらいい感じに皮ができました。

なんとなく餃子っぽいものができました。

蒸し焼きにするとなかなか良い照りが出てきました。フライパンも古いのでクッキーを焼くときのシートを敷いています。

焦げ目が弱いですが十分焼けています。
ラー油などもサラダ油に一味唐辛子を混ぜて放置するだけで似たようなものができます。

餃子が難しいのは①生地をこねる②中身を作る➂生地を薄くして丸くする④包む⑤焼くのすべての工程が難しい所です。一か所でも失敗するとせっかく作ったものが台無しになってしまいます。それで怖かったので少し皮を厚めにしました。この結果皮は厚めにはなりましたが破れることも無くきれいにできましたし、皮自体もつるっとした滑らかな質感で腰があるものです。かつて大失敗していたころから比べると信じられないくらいうまくいきました。これならもう少し皮が薄くてもよさそうですが、これはこれで皮自体に存在感があって麺のような食べ応えがあります。満腹感もあります。

餃子っぽいものができたという以上のものです。店で売っている中身が別物の餃子はもちろん味の素の冷凍餃子や日本のスーパーで売っている加工済みのチルド餃子よりはしっかりしたものを食べている感じがします。

プロの作るものとは全くかけ離れているでしょうが餃子が手に入らない環境では自作できるなという自信が付きました。日本でなら食べに行った方が簡単です。

時間がかかるもので作るのに2時間かかって食べるのは一瞬です。慣れてくればそこまで時間はかからないでしょう。

いずれ職場の仲間にも披露する日が来るかもしれません。


ヴァイオリン作りと似ている点は、どの工程でも大きなミスをしないことが重要です。そうすれば何とか食べられるものができます。

欠点が無いものを目指すというのは面白みはありませんが、台無しにしないというのはとても大事です。

まだまだ良くなる可能性があるように思いますが、餃子ばかり作っているわけにもいきません。祝日や休暇をとったときの楽しみとしましょうか。餃子ができればシュウマイもできるのではないかと考えています。


またお仕事頑張ります。
コンサートのチケットも購入したので、様子もレポートしたいと思っていますが、いかんせんコロナの状況が日増しに悪化しています。演奏会自体も中止になるかもしれません。
こんにちはガリッポです。


夏休みをいただいているので軽めの内容です。

今回もモダンヴァイオリンの話題です。

イギリスのマンチェスターで1901年に作られたものです。

一見してとても美しく作られていて、量産品ではないことが分かります。
作者は、ジョルジョ・アドルフ・シャノーです。お気づきの方もいるかもしれませんが、ジョルジョ・シャノーと言えばフランスの一流の職人です。
ジョルジョ・シャノーはヴィヨームに比べれば知名度こそそこまでではありませんが、楽器自体は同等以上でしょう。
ジョルジョ・シャノーには息子がいて、ジョルジョ・シャノーと言います。2番目のジョルジョ・シャノーも一流の腕前で1851年にロンドンに移住しています。この作者はその息子なので、フランス系の2世ということになります。名前はジョルジョ・アドルフ・シャノーでまた同じ名前です。

一見した感じでフランスの楽器製作の基本がしっかり叩き込まれているように思います。品質も高く美しい完成度を持っています。しかし父親のシャノーを本で見ると、もっとフランスっぽいです。いかにもフランスというものです。それから比べると、フランスらしさは薄くなっているようです。しかし完成度の高いストラディバリモデルはまさにフランスのものです。裏板の長さは357mmで19世紀前半のフランスのものよりは短くなっています。19世紀後半ヴィヨームの時代には、オリジナルのストラディバリに近いものがつくられるようになりました。

f字孔は丸い部分が大きいですね。

コーナーはちょっと先端が細めです。コテコテのフランスの楽器の四角い感じではありません。

スクロールもちょっと独特です。

しかし基本的な仕事のタッチやペグボックスの作りなどはフランスの基礎が感じられます。

アーチもフランス的な美しいものです。高さ自体もモダン楽器らしいです。

ニスは軟質系でとても柔らかいものです。フランスの楽器の赤いニスとは違うようです。
柔らかいニスはベトベトして汚れが付着しやすく、消しゴムのようにこすれると減っていきます。1901年の楽器でも見た目はそれ以上に古くなっています。演奏者も松脂を使い過ぎです。ニスと松脂と汚れが一体になっています。

ドイツのマイスターの楽器にもこのような柔らかいオイルニスが使われています。当時の流行ということでしょうし、いまでも「柔らかいニスが音が良い」というウンチクを聞いたことがあるかもしれません。その頃の考えでしょう。実際には硬くても音が良い楽器があります。

父親のジョルジョ・シャノーがイギリスに渡った1850年頃からイギリスのヴァイオリンの作風が変わったように思います。ヒルもストラディバリコピーを作っていますが、いかにも近代的なものです。かなりフランスのモダンヴァイオリンの影響を受けているでしょう。今でも我々が知っている常識の多くはその頃形成されてきたものです。

イギリス人はフランスの楽器のまねとは言わず、ストラディバリを再現したと言い張った事でしょう。これは現代の楽器製作でも同じことです。
近代や現代の楽器製作の基本はフランスで確立したもので、何世代も重ねた今ではそうとは知らずに自分はストラディバリを再現したと思い込んでいるのです。

しかし、今でもフランス的な楽器作りが根底にあり、それが主流です。だからどこの国の作者のものでも似たり寄ったりなのです。一方でこのシャノーの様に世代を重ねるごとにはっきりとしたフランスの特徴、クオリティは失われて行きました。
どこの国の楽器でも20世紀のものはフランスの楽器の出来損ないというわけです。

今ではフランス流の楽器作りと、ストラディバリなどのイタリアのオールドの楽器作りが混同されています。これが私が研究しているテーマです。

本当にオールドらしい楽器を作るにはフランス流の楽器作りを捨てないといけません。一方でフランスのスタイルはストラディバリをよく研究して作られました。自己流の楽器よりもストラディバリに近いのです。本当に微妙なところです。

私はヴィヨームのストラディバリのコピーでもストラディバリとは基本が違うと思います。イタリアのモダン楽器でもオールドの時代とは全く違うと思います。
私がアレサンドロ・ガリアーノのコピーを作って、ミラノのヴァイオリン製作学校で先生をしていたイタリア人の職人に見せたらびっくりしていました。それは全く彼らの作っているものとは違うものだったからです。

知識としてはそのようなことを知ってもらいたいです。業界の偉い人たちも、現代風とオールド風の区別がついておらず混同しているということです。だから彼らの言うようなことはあまりあてにならないのです。


このため楽器は評判ではなく自分で選ばないといけないのです。


でも私にしかわからないということではなくて、頭を柔らかくして素直に楽器を見れば、現代のものとオールドが全く違うことは一目瞭然です。

混同しているというよりは、自分たちの信じている作り方がストラディバリと同じだという建前が無いと権威として存在できないのでしょう。
学校で教えるなら業界の常識である現代風の作風を教えるのは当たり前です。その時「先生が言ったから」と絶対に正しいと思い込むのです。特に西洋では「低学歴」の職業ですから、客観的な研究によって知識を改めていくという姿勢はありません。偉い師匠が言った教えが経典のように信じられていきます。それに対して不真面目な教え子や独学の職人は現代のプロとしての水準にも達していません。それから比べれば、現代風にまじめに作られた楽器は見事なものです。

つまりかつて(19世紀)には、ストラディバリと他のオールド楽器との違いを研究してストラディバリの特徴を誇張したと言えるでしょう。他のオールド楽器とは違うものとしてストラディバリをとらえたのがモダン楽器といえるかもしれません。各地でオールド風の作風が惰性で伝わっていたのを一新したのです。

それに対して私は、他のオールド楽器と同じものとしてストラディバリを捉えようとしています。これは逆転の発想です。他のオールド楽器と多くの部分は共通であり、表面的な部分にストラディバリの癖があるという見方です。他の作者もそれぞれ癖があって面白いものです。


多くの人は歴史には興味がありません。自分の師匠くらいしか見えていません。元をたどればフランスから来ているということも知りません。また新しい流行が起きると飛びつきます。コンクールで受賞した作品のまねをするのです。

オールドのものと区別するためにも、モダン楽器はよく知らないといけません。オールドと違うからと言ってバカにするべきではありません。19世紀のものはもう忘れられた技術になろうとしています。実際に音を試してみればバカにはできないはずです。一方でオールド楽器はまた別ものです。どちらも興味深いものです。
現実的な予算で学生やプロのオーケストラ奏者などが実用的に考えると優れたモダン楽器を手にすることは当面の目標になるはずです。
新品でも同様に作れば優れたものになります。まさに失われた技術です。

私にとってはそれに対していかに魅力的な楽器が作れるかが厳しい試練だと思います。現代の職人は無知によってうぬぼれていてはいけません。
高いアーチの楽器などは面白いものです。モダン楽器とは別の世界を探求したいものです。しかし実用的に優れたものでなくてはいけません。

見事なオールド楽器のコピーであれば、弾く前には注目を集めます。でも実際に弾いた後ではフランス風のものの方が良いという人は少なくありません。だったらフランス風のものを作る方が消費者のニーズに応えることになります。

「実力=音」で評価されるのは難しいのです。商人が実力による楽器評価を避けるわけですよ。

寸法と板の厚み



寸法は教科書通りのストラディバリモデルです。ストップが193㎜程度で現在の195mmよりわずかに短く、ネックも2mm短くなっています。手の小さな人にはありがたいものです。
フランスのモダン楽器で193mmは普通です。さらにf字孔の中心よりも駒の位置がだいぶ下にあります。表板の中でf字孔の位置がやや上にあるのです。これは最近の発見です。フランスの楽器をパッと見たときの印象に影響があると思います。

板の厚みはいかにもフランスというものです。表板は全体的に2.5㎜程度で中心付近はわずかに厚くなっていますが、2.8mmなどは十分薄くて現在では3mm以下で作る人は少ないのではないでしょうか。
裏板も全体的に薄めです。イギリスで作られてもフランスの基礎はそのままです。

音については残念ながら、期限が迫っていてニスが柔らかく完全に乾いていなくてこの時は触れず試すことはできませんでした。

ガット弦を張っています。今でも年配の方ならガット弦を張っている人がいます。

マンチェスターのG.A.シャノーはかなり数を作った様なので割と存在するようです。
値段は最高で25000ユーロで為替相場によりますが310~330万円ほどです。ちなみに初代のジョルジョ・シャノーは1300万円ほどになります。

こうやってフランスの楽器作りが各国に伝わって行ったのが分かる例です。また職人たちは仕事を求めて各地に移動していたことが分かります。最近紹介している作者は皆あちこちに移動しています。私も日本からこちらに来ています。音楽家と同じです。産地にこだわるのはあまり意味が無いと言えるでしょう。

またフランスの高度な楽器製作も世代を重ねるとすぐに失われてしまいます。アマティやストラディバリと同じです。教えるのが非常に難しいのがヴァイオリン製作です。私も苦労しました。

職人に教えるのも難しいくらいですから、皆さんが理解するのはほとんど無理です。






こんにちはガリッポです。


私も夏休みをいただきます。働き始めてから夏に休暇をとったのは初めてです。お盆休みのようなものはありませんから休暇を取らないと休みはありません。


今回は雑多な内容です。

はじめにチェコのフランティシェク・クリーシュのヴァイオリンの購入者が決まりました。私がこれは売れるだろうと感じたものですが、間違っていませんでした。現地の人たちの音の好みを把握しています。こちらの人たちは買う時は作者の名前も見ずに弾き比べて選ぶだけですから、読みが当たったというわけです。

まず見た目の段階でも、よくできたモダンヴァイオリンで音も悪いはずがなく売れるだろうとは思いましたが、音はそれ以上でした。
よく鳴るし、ソリスト的なスケールの大きな演奏が可能となるものです。さらに低音がとても強いバランスでまさにビオラのような音、それでいて高音は耳障りではなく柔らかさのあるものです。
それだけ素晴らしい楽器なのに知名度はなく商人が我々とは全く違う眼鏡で楽器を見ていることが分かります。

見た目でもある程度そういう勘というのは働きます。表板がぱっくりと割れていて演奏できる状態では無い楽器でしたが、良さそうだったのだったので引き取ったものです。

個人一人では、見た目で楽器を選んで音が気に入るのは難しいかもしれません。しかし弦楽器店なら、様々な音の楽器を取り揃えておくことで、「運命の楽器」に出会う人が出て来るわけです。このため作りが良い楽器は注目に値します。

言い換えるとどこの誰が作ったものでも、品物としてよくできていれば、音は誰か気に入る人が出てくるだろうということです。
ヴァイオリンというのは決められた通りに作ればそんな変な音にはなりません。変な音のヴァイオリンを作りたくても作り方が分からないほどです。
普通に作るだけでヴァイオリンらしい音のものができます。それが100年もすればよく鳴るようになっているというわけです。だから作者名はあまり重要ではありません。モダン楽器なら個性ある我流のものよりも、スタンダードなものの方が私は「基本が分かっている」と評価します。クリーシュは多くの経験を積み、自分の狭い世界ではなくモダン楽器の基本をちゃんと理解しているように思います。それでさらに個性もあって音も優等生的に優れた上に個性もあるというものです。

一方で我々は専門家として「これが良い音です」とは言いません。好きな音のものを選んでくださいというだけです。人によって好みが様々なので音が良い楽器を選りすぐって売るようなことはできません。もしやろうとしてもその店主の好みの音にすぎません。だから、作りがちゃんとしてればそれで良いのです。


購入者が決まってカスタマイズはアジャスター付きのテールピースに変えた事です。この辺りも使う人の好みの問題です。

ジョフレド・カッパラベルのヴァイオリン


ジョフレド・カッパのラベルが付いたヴァイオリンがあります。コレクターのヴァイオリン教授の持ち物です。他にもオールド楽器をいくつも持っている人ですから審美眼があるかのように思うでしょう。演奏技量もあって楽器の良し悪しもわかると思うでしょう。

しかし私が見ると一瞬でこれが、ジョフレド・カッパでもイタリアのオールド楽器でも無いことが分かります。
20世紀の初めころに作られた「コピー」です。初めからカッパのコピーとして作られたのか、アマティか何かのモデルで作られたものに偽造ラベルを貼ったのかはわかりません。アマティのラベルを貼ると「そんなわけない」と疑われるでしょう。知名度の低いカッパにすることで「もしかしたら?」と思わせるのが狙いだと考えることができます。

カッパ自体がアマティ的なイタリアのオールドヴァイオリンなのでアマティモデルで作られたものと全く離れているというわけではありません。品質はアマティよりも落ちますので、カッパならアマティのクオリティや特徴が完全でなくても良いというわけです。しかしタッチが全く違い、この楽器ではオールドの雰囲気がありません。

スクロールを見ても全くオールドの雰囲気はありません。しかし丸みが綺麗に出ていて仕事自体は丁寧なものです。

オールド楽器にしては状態が新しすぎるものの、下地の着色の色合いや木目の雰囲気、陰影をつけてアンティーク塗装で塗られたニスの雰囲気も良いものです。

アーチなどは高さは多少あっても近現代的なものでオールドっぽさはありません。

100年ほど前に見事に作られたアンティーク塗装の楽器ということになります。鑑定に出しても150万円くらいの評価を言っていました。作者不明の楽器にしては破格の高値です。それだけ見事なアンティーク塗装の楽器では評価が高くなるということです。

仕事自体の質は高く、雰囲気もあるので物としての価値は高いものです。しかし弾いてみると音はあまり芳しくありません。音がどうこうという前に鳴りっぷりが悪いですし、オールド楽器の見た目からすると硬すぎる感じがします。これならなんでもないストラド型のモダン楽器のほうが売れる可能性があるかなと思います。

こういう楽器はずっと在庫として残るような気がします。ヴァイオリン教授の所有物だからと言って良い物とは限りません。

音は弾かないとわからない

私が見れば一瞬でモダン楽器だとわかるカッパラベルのヴァイオリンでも一般の人には見分けるのは難しいかもしれません。名器をいくつも持っている教授でも分かりません。

だから弾いてみないと楽器は分からないのです。
ちなみにクリーシュの方も別の音大教授に薦められて購入したそうです。こっちは音について確かでした。

通ぶって知ったようなことを言うよりも、ただ素直に音に耳を傾けるべきです。


当ブログでもいろいろ紹介していますが、板が薄めのモダン楽器はほとんど売れて残っていません。主に音大を目指す学生や音大生が買っています。残ってるのは板が厚めのものです。

板が薄い方が音が良いとは言いません。これは好みの問題です。こちらの地域の人たちには好まれるものです。

19世紀のモダン楽器には板が薄めのものが多かったのでそれがモダン楽器の基本と考えた方が良いでしょう。それが今では若い才能が求めているものです。
20世紀には何らかの理由で板を厚くすることを考えたのかもしれません。理屈で考えたことは理屈にすぎないという例です。このような知識を集めることは逆効果なのです。
こんにちはガリッポです。

コロナの方は状況が数週間前とは全く違ってきました。
これまでの考え方はすべて見直さないといけないかもしれません。
さっぱりわかりません。

前回継ネックを施したドイツのモダンヴァイオリンを紹介します。

一目見ただけで近代的な品質の高いガルネリモデルのヴァイオリンだとわかります。
典型的な大きなf字孔は、デルジェスでもイル・カノーネと呼ばれるパガニーニが使っていたもののようです。ヴィヨームがコピーを作って、デルジェスのイメージとして一般的になったのでしょう。意外とこのようなタイプのf字孔は多くありません。

作られた年代は1927年と書いてあります。同じ時期にイタリアのジェノバで作られたヴァイオリンにもよく似たものがあります。ジェノバはパガニーニ出身地で、パガニーニの死後、自身の意思でカノーネを市に献上しています。それらを元にして作ったというわけですが、忠実なコピーというよりも、この楽器と同じように現代風にモディファイされています。
この時代にはヨーロッパ全体でこのような作風が流行したと考えて良いでしょう。

裏板は板目板を使っています。形はいかにもガルネリモデルといったものですが、美しくモディファイされているように見えます。オリジナルに忠実にというよりは美的に完成度の高いものになっています。
板は通常とは木目の向きが90度違う板目板になっています。これはデルジェスもたまに使用したものです。
塗装は軽いアンティーク塗装で下地は黄金色に着色され、オレンジ色のニスが6~7割くらいの面積で塗られています。

剥げた様な跡を人工的につけています。しかしとても1740年頃のものには見えません。アンティーク塗装はしてあるとはいえ、どう見ても20世紀の楽器であることが分かります。
一方20世紀の楽器として見れば美しく安価な量産品とは違うことが一目瞭然です。
ニス自体も柔らかいオイルニスで、長年手入れがされていなかったので汚れが多く付着していました。掃除してきれいになりすぎたかもしれません。

したがって新品の時には汚れを再現したようなアンティーク塗装ではなく、ピカピカの新品の楽器に「陰影をつける」という手法で7割くらいの面積にニスを塗って、傷をつけたものだったはずです。
私は新品のような楽器でニスが剥げていて傷がついているというのは、デルジェスのようなものを再現するならやりません。とても古い楽器には見えないからです。

私なら軽いアンティーク塗装の場合、100年前のモダン楽器を再現するようにするでしょう。ほぼ新品のようで一部だけニスがはがれたり薄くなったりして、隅っこに汚れがたまり、全体的にもうっすらと汚れがついているような感じにするでしょう。

この楽器も新品のころはかなりおかしかったでしょうが、100年近く経って馴染んできています。

継ネックしたヘッド部ですが継ぎ目も目立たなくなっています。ガルネリモデルのスクロールとしてよくあるのは渦巻きの2周目が大きな半径になっていることです。
これもイル・カノーネのタイプのスクロールです。実際は父親のフィリウスアンドレアが作っていたスクロールが多いので、もっとアマティ的なものが多いです。
しかしイメージとして定着したガルネリモデルというのはこのようなものです。

これはオリジナルのイル・カノーネに似せているというよりは近代的な楽器としての美しさを持たせていると思います。整ったきれいな丸をしています。
カノーネの荒々しいタッチはありません。
いかにもモダン楽器というものです。

反対側のも同様です。

前から見た様子でもオリジナルに似せようということは無くバランスよくできています。
継ネックの継ぎ目は完全に無いようにすることはできません。正当な修理なので隠す必要もありません。もっと色が濃いニスの楽器なら隠せるかもしれません。しかし全体の色調のトーンがうまく再現できたのでひどくおかしいということは無いでしょう。

後ろ側も安価な量産では無いことがすぐにわかります。木材の取り方が独特なのでこの向きで杢が強く出ます。このような取り方はアマティで多いですが、ストラディバリになると無くなります。つまりストラディバリのスタイルが一般的なものとして定着したということでしょう。

アーチも近現代風でごく普通のものです。普通といっても安価な量産品のようなものではなく、バランスが取れていて整っていますし、仕上げもきれいです。相当な数をこなした職人で無いと意外とできないものです。ごく普通のものを作るのは結構難しいのです。
このためすぐに高級品だとわかります。一方でオールド楽器と全く違うこともわかります。
横板も板目板を使っています。
うちでは珍しくエヴァ・ピラッチを張っていますが、持ち主のチョイスでソリスト的なものとしては代表的なものです。

ヨハン・カール・パーデヴェトという作者

このような見事なドイツの楽器であれば、そこに作者名がついていればおよそその作者のもので間違いないでしょう。
ラベルにはJ・カール・パデヴェトと書いてあります。発音はパーデヴェットの方が良いでしょう。
製作地はカールスルーエでラベルにはカールーエとミスプリントされています。上部ブロックについているラベルにはカールスルーエと書いてあります。
1887年に生まれて1971年に亡くなった作者で時代も新しいこともあって相場などは分かりません。つまりオークションなどでは全く注目されておらず記録が無いということです。
近年ドイツのヴァイオリン製作者協会が発行したドイツのモダン作者の本にはヴァイオリンが出ています。フルバーニッシュでアンティーク塗装ではありませんが、f字孔がまさに同じです。焼き印なども同じで本物でしょう。それだけでなくドイツのモダン作者として一流だということです。

値段は1万ユーロを超えるくらいでしょう。150万円くらいのものです。

どうやってこの作者がヴァイオリン製作を学んだかですが、マルクノイキルヒェンで最初の教育を受けて、その後ミュンヘンのジュゼッペ・フィオリーニのもとで働いています。さらにハンブルクのゲオルグ・ヴィンターリングのもとで働いています。
フィオリーニの弟子といえば、アンサルド・ポッジなどが有名ですが兄弟弟子にあたるということです。

それでもどちらかと言うとヴィンターリングの感じのほうが近いかもしれません。ヴィンターリングもドイツでは一流のモダン作者として有名です。

楽器自身も美しく、ビッグネームの弟子ということで本来なら値段が高くなくてはおかしくありませんが、そこはドイツの楽器です。150万円という値段はフィオリーニの弟子という肩書にしては安すぎます。

板の厚み



表は薄くだいたいどこも均一でグラデーションはありません。フランス的です。
裏板は厚みがあります。やや厚めで20世紀の楽器としては普通でしょう。特に厚すぎるということはありません。また板目板は柔軟性が高いので問題になることは無いでしょう。

モデル自体は細身になっています。一般的な現代の楽器よりも5㎜くらいは幅が細くなっています。
たいてい美しい形にデザインしようとすると細くなってしまうものです。外観を美しくするために細身のモデルになったのかもしれません。本に出ている少し後の年代のものは幅の広いモデルで、同様のf字孔がついていますが、デルジェスのモデルなのかよくわからないものです。

気になる音は?


表板にはあけられた形跡もなく、バスバーもオリジナルでしょう。今回の継ネックをしてネックは理想的な状態になりました。
100年以上経っている楽器ならバスバーを交換するのも手ですが、持ち主の判断です。

試奏すると、100年近く経っている楽器だけあって発音も良く音が出やすくなっています。基本的に優れたものです。
キャラクターとしてはものすごく低音が強く深みのあるものではなく、中音に厚みがあっていわゆる「明るい音」の傾向です。前のチェコのヴァイオリンの様にビオラのような暗い音の楽器ではありませんし、もの凄くソリスト的な感じもありません。
ただし嫌な鋭い音ではなくモダン楽器としては柔らかい方、明るめの音で発音もよく優れたものだと思います。
裏板の厚いことで高い音域が響くようになっているのだと思います。これは好みの問題です。

典型的な現代の新品のものに比べれば深みのある音でしょうが、オールドやモダンのような感じではありません。明るめのモダン楽器というそんな感じです。
日本人の学生やプロのオーケストラ奏者が探しているものでしょう。これをイタリアのものに限定すれば最低500万円、1000万円くらいは必要かもしれません。

ミルクールのものと比べると繊細で上品な音がすると思います。ただしミルクールのものも個体差がありますし、逆にミルクールの上級品なら量産楽器特有の音というのも確認できません。
音としては好みの問題としか言いようがありません。
見た目はミルクールの中級品よりは美しく、各部に統一感があります。マイスター作と言えるものです。

ドイツのモダン楽器やマルクノイキルヒェンの流派であれば力強い音の反面耳障りというイメージもあります。しかしこの楽器ではそうでもありませんから流派で判断するのではなく個別の楽器を試奏するしかありません。

鋭い音のモダンや現代の楽器はどこの国のどこの流派のものでもよくありますので、特に理由は無いでしょう。普通に作れば鋭い音になるということです。
したがって試奏して強い音がしても特別珍しいものではないということです。有名な作者の高価な楽器で鋭い音がすると「さすがよく鳴る」と考えず、安価な楽器やオールド楽器も試してみるべきです。

なぜ柔らかい音になるかもわかりませんが、そちらの方が例外的と言えます。何か秘密があるのかもしれません。

幅の狭いモデルも現代的なアーチなら特に問題にはならないでしょう。これが高いアーチのものなら窮屈になるかもしれません。
私がバスバーを交換すればさらに柔らかい音になるでしょう。現時点ではどうしてもという感じはしませんが、ソリスト的な意味でもやったら良いかもしれません。

ごくごく優等生的な楽器で新品よりも発音が良く値段が150万円くらいですから我々現代の職人にとっては強敵すぎます。この路線では太刀打ちできません。

このあたりの楽器はあまり知られていません。それだけに実力よりも価格がはるかに安いです。現代の職人はこのような優れたものがあることを知らずにうぬぼれているのです。
こんにちはガリッポです。

ヨーロッパでは洪水の被害が出ていますが、私の街は大丈夫です。
しかし増水した川でレジャーボートに乗っていた人が転覆して亡くなっています。激流の中で船を出すのが考えられません。

もともと雨が少ないので治水意識の低さに日本人は驚くことが多いです。うちの街でも川の中州に家がたくさんあります。河口付近のデルタ地帯ならともかく中流域で川の中州に家を建てるなんて考えられません。日本ではキャンプやバーベキューですら増水して事故になっています。
こんな最中に不動産会社の広告のパンフレットが入っていました。表紙の写真は3つの街で建物が水面すれすれにあるものばかりでした。人々の購買意欲をそそる素敵な物件の写真として掲載しているのですから。日本人からしたら怖いです。

傾斜がなだらかで広い流域面積を持つ大陸の大河は、雨が降ると水位がじわじわと上がっていきます。雨が何日か続けば無いに等しい堤防ギリギリになってきます。
3日も雨が続けばギリギリで、これまでは4日も続くことは無かったというだけです。
川底に滞積する土砂を取り除くような工事もしてないでしょう。川辺の建築現場で発掘などをしていると昔の建物の基礎が今よりもずっと低かったようです。これで気象変動が原因だと騒ぎ立てるのですから困ったものです。洪水は昔から自然に起きるもので古代エジプトが洪水で栄えたのは有名な話です。

日本の梅雨に台風が来たら一発で大洪水です。

面白いのは大雨のあとで、レタスのような野菜を買うと泥だらけになっています。日本なら「被害額が・・・」となる所ですが、そのまま売ってしまうのです。そんなところもいい加減です。


コロナの方はどうもワクチンだけでは感染拡大を防げそうにないです。
ヨーロッパの人たちはワクチンを過信して感染が急増しています。死亡者や重症者が増えなければ致死率が下がったと言えるでしょう。それが収束の姿なのかもしれません。しかし、ウィルスを自由にさせておくと新たな変異種が生まれる危険もあります。
ずっと様子を見ていないといけません。

学んだことはヨーロッパの人たちには予防という概念が無く、感染が拡大し大量の犠牲者が出てから初めて危険性に気づく人たちで、収まるとすぐに忘れて学習しないということです。
意外な一面が分かりました。

こんなようすですから工業製品の品質管理なんて期待できないわけです。


それから前回紹介した魂柱傷の修理をしたヴァイオリンですが、楽器を届けて5日後に持ち主の方が亡くなられました。修理の完成を楽しみにされていたので私も全力で修理をしていました。先々代の時代からのお客さんで最も親しい方でした。これが最後の仕事になりました。とにかく音楽を愛している方でいつも来ると私の作った楽器の音を最高だと言ってくれていました。

継ぎネックの修理

前回は魂柱傷の修理で難易度が高い定番の修理でしたが、今回は継ネックです。

継ネックはヴァイオリンでも完全に一週間かかる修理ですから直ちに20万円コースです。この時点でそれより安い楽器は修理を施す値打ちがありません。
継ネックが必要になるのは様々なケースがあります。

①ネックが折れた
②ネックの角度や長さがおかしい
➂ネック・指板の太さやネックの厚みがおかしい
④バロックとモダンで仕様を変える
⑤古く見せるため、ダミーの継ネック

等です。

①ネックが折れた
これは簡単な理由です。ネックが事故などによって折れてしまった場合、他に直す方法がありません。特にチェロやコントラバスで多く、修理代はヴァイオリンの何倍にもなります。コントラバスの継ネックはめったにやりませんが、何度かやったことはあります。安価なものでは接着剤でくっつけて木ネジで固定することが多いです。しばらくは使えるでしょうが、ネジが金属で木材と硬さが違うため、木材のほうが潰れていってグラグラになってきます。そうなると抜けはしなくても調弦や音程も不安定になります。

②ネックの角度や長さがおかしい
ネックの角度は使っているうちに狂ってきます。
古い時代に作られたものや修理されたものでは現在とは違う角度になっていることもあります。現在でも無知な製作者や修理人によって間違った角度に取り付けられるていることもあります。

長さについては現在では標準化されています。ヴァイオリンなら130mmというように決まっています。またストップとの比率も重要です。持つ場所と抑える指の位置に関係してきます。例えばネックが短くてストップが長ければ高いポジションの演奏をするときには指を伸ばさないといけません。

角度が狂ったものを直すにはいくつかの方法がありますが、一番完璧なのが継ネックです。他の方法だと理想通りにできない点が生じる場合があります。
角度は一生弾き続ければ一度くらいは修理が必要なものです。

当然専門店として売りに出す楽器では正しくなっていないといけません。このため継ネックを施す価値があるか楽器を見極めるのが重要です。量産楽器で継ネックが必要なものは買い取ったりしません。


➂ネック・指板の太さやネックの厚みがおかしい
これは太すぎたり分厚すぎたりする場合には削れば良いですが、細すぎたり薄すぎたりすると継ネックをしないといけません。時代や流派によって様々で売り物にするなら標準的になっていないといけません。このような原因で施すのは売りに出す楽器に多いです。
自分の所有物ですから持ち主は自分の好みに合わせてネックを細くしたり薄くしたりすることはできます。しかし売る場合には標準に戻さないといけません。


④バロックとモダンで仕様を変える
多くのオールド楽器に施されているのはこの理由です。バロックのネックは規格が定まっておらずバラバラだったので現代の標準的なものとは違います。
長年使っている途中でモディファイされて細くなっていることもあります。

また逆の可能性もあります。
バロック楽器を探すのはとても難しく、モダン仕様の楽器を選んでからバロック仕様に改造することもあり得ます。


⑤古い楽器に見せるためのダミー
このような理由でオールド楽器には継ネックされていることが多いです。もし継ネックされていなければ、オールド楽器ではないということになります。
このため古い楽器に見せかけるために継ネックをすることがあります。私は意味が無いのでやりません。製造の段階で継ネックをすると成形や木材の色などがスムーズすぎて新品の時からほどこされていたことが分かります。間違った長さでネックを切断してしまったなどで新品でも継ぎネックされているものがあります。仕事の精度が高ければ購入を避ける理由にはなりません。精度が低いと修理をやり直さないといけなくなるかもしれません。

更にダミーで継ネックがされているように見せかけるために、ひっかいて継ぎ目を描いてあるものがあります。ザクセンの量産品に多いものです。木目が続いているので分かります。

すごく凝ったものだとシュタイナーのライオンのヘッドがついているようなものでは通常使われるメイプルとは違う木材が使われています。修理ではそれにメイプルの継ネックを施されていることが多いです。完璧なシュタイナーのコピーを作ろうと思えばライオンの彫刻は別の木材で作るというのもあり得るでしょう。そこまで凝ったことをする例は多くは無いと思いますが、デルジェスでも安価なメイプルで作られたヘッドに上等なメイプルで継ネックされているものがあると思います。わかる人にはわかる雰囲気の違いです。


継ぎネックの修理

今回はネックが折れてしまったモダンヴァイオリンの修理です。100年くらい前のドイツのもので明らかに量産楽器とは趣が違います。マイスター作の楽器と言えるレベルのものですから継ネックを施す価値があります。

はじめにやるべきことはネックを胴体から取り外すことです。ヴァイオリンの場合には比較的簡単に外せますが、チェロやバスになると抜けないことが多いです。そうなると細かく切断して取り外したほうが胴体へダメージを与えるリスクを低減できます。どうせ折れたネックなら構いません。木材の性質を理解すると薪のように割っていくことができます。

次に必要なのは継ネックに使う木材を探すことです。初めから継ネック用として売られている材木があります。基本的にはオリジナルのネックやヘッド部分と似た木目のものを探すべきです。修理の基本というのは壊れる前とできるだけ同じにすることですから。
しかしさっきも述べたように単純に上等な木材を使う場合もあります。

このため、大量のストックが必要になります。新作でネックを作った切れ端でも足りる場合があります。

今回難しかったのはオリジナルのものが普通のヘッド・ネックとは90度向きが違うのです。裏板も横板も板目板で作られていてネックもそのように作られていました。継ネック用のストックには一つもそのようなものが無く私がかつて作ったビオラのネックの切れ端を候補にしました。しかしこれがギリギリで果たして足りるのか心配でした。

アマティはそのような向きでヘッドが作られていることが多いです。修理によって通常の向きのネックに継ぎ足されていることが多いです。このため上等な木材さえ使えば、ヘッド部分と向きが違う木材でも良いと考えられます。

さらにペグの穴を埋めます。必ず必要なのはEとG線の穴です。そこに新しい木材が接着されると全く同じ位置に穴をあけるのが難しいからです。

継ネックの手法にはいくつかの方法があります。接手とでもいうのでしょうか。
有名なのはフランス式ですが、昔のやり方と考えた方が良いでしょう。合理的ではありません。今回は師匠が考えもなく始めたものを引き継いでやったのでこんなようになりました。同じことを見習がやっていたら私に注意されるでしょう。生まれた順番の差です。

このタイプは弦の張力に対してとても強いのでチェロやバスではよくやる形です。ヴァイオリンではもう少し簡単な方法で良いと思います。
正確に加工するのはとても難しいです。私はこの作業専用にノミを改良しました。それは意外と便利で他の仕事にも使っています。平ノミの裏面は完全に平らな鏡面にするのが基本ですが、私はごくごく浅い外丸のラウンドを付けています。外丸の彫刻ノミでは丸みが強すぎるのです。ネック入れにも便利です。

さらに難しいのは新しいネックをちょうど合うように加工することです。加工自体はカンナで平面に加工するだけなので簡単ですが、面の角度を間違えるとヘッド側と合いません。左右傾いてしまうと指板が斜めになってしまいます。それを調整するのに長さがいるのですが、今回はギリギリということで慎重に作業しました。

このようにぴったりはまるというわけです。


これで接着完了です。継ネックの難しい作業は接着面を正確に加工することです。新作よりもはるかに正確な腕前が必要です。

それよりも増して他の作業量が多いです。

ペグボックスの中もくりぬきます。これも2時間では終わりませんでした。特に気を使うのはオリジナルと同じように再現しなくてはいけない点です。これは私が疑問に思う修理がなされたものが多くあります。もともとのスタイルを熟知していないといけません。新作なら自分のスタイルで作れば良いのですが、修理の場合には時代や流派による特徴を知っていないといけません。今回は師匠が始めたものを引き継いだのでオリジナルを見ていません。困ったものです。

指板を取り付ける面もヘッドに対して傾いていてはいけませんが、長さも正確に切断することが必要です。写真のように余裕はありませんでした。材料がギリギリだったからです。
しかしこれだけあれば手動ノコギリできることができます。

こういう見えない部分を正確に加工するのが品質の差です。

指板を付けた後でさらに裏板のボタンの幅に合うように側面を正確に加工します。

指板は機械で少し大きめに加工されたものが売られています。それを仕上げて張り付けるわけですが、これも師匠が途中までやっていました。見習なら注意される精度で、手順もおかしくやり直しが必要でした。
指板交換だけでも一仕事で、それなりにお金がかかるものです。

この後はネック入れの作業です。その前に通常は過去についていたネックのために彫られたほぞを埋めないといけません。一番理想的な方法は上部ブロックの交換ですが、表板を開けないといけませんし、それもまた誤差が出るものです。もっと簡単なのはほそだけを埋めるものです。
今回はオリジナルよりも太めの指板になったので埋める必要はありませんでした。ネックも胴体に埋め込む部分を0.2~0.5mm長くすれば行けるという目測通りでした。指板の寸法は作者のオリジナリティよりも演奏のしやすさを優先するべきです。
太目にして演奏しやすくなるというよりは標準にしただけです。それもほんのわずかです。
ネック入れの作業は90%の精度でやるなら短時間でできますが、本当に何もかも正確にやろうと思うと膨大な時間がかかってしまいます。特にチェロやコントラバスになると大変です。バスはあまりやらないこともあってか3日くらいかかってしまったこともありました。
自作の楽器を楽器店に卸す場合は、買いたたかれてしまうのでこんなことはやっていられません。しかし演奏上や音についてとても重要な部分なので自分の店で直接お客さんに楽器を売るなら必要なコストです。

スクロールにはゆがみがありまっすぐなのかよくわからなくなります。
これはすべて胴体の方のほぞの加工にかかっています。

加工するのは3面でこれでネックの角度や長さ、傾きなどが決まります。当然にかわで接着するだけですから面はネックの方とぴったり一致しないといけません。ネックの角度を高くしようと思えば真ん中の面の下の方を削ります。左右に傾いていれば中央の面の傾きを変えます。ネックの長さが0.2mm長ければこの面を0.2mm削ります。短くなったら戻せません。
左右の面のほうが重要とも言えます。くさび上になっているのでこれを広げていくとネックが深く入ってきます。修理の場合には裏板のボタンに合っていないといけません。そのほかもっとたくさん気を付けることがあります。

ネックの角度が決まったらネックを加工する必要があります。これも時間がかかる作業です。
量産楽器などで見事に加工されているケースはありませんから見分けるポイントになります。胴体やほかの部分は「個性」ということで何でも良いのですが、ネックだけは個性で済ますわけにはいきません。アマチュアの作者の楽器を見たときにまず見るのは指板やネックです。それ以外はそんなに文句も言いません。
私もネックの加工は難しくて、演奏者に指摘されます。偉そうなことは言えません。
少なくとも短時間で雑に仕上げたのではだめです。

特に難しいのは指板の先端、ナットペグボックスのつながりです。

ネックは胴体に接着する前の方が作業性が良いのでほとんど完成ギリギリまで加工しますが、最終的には楽器を持って構えてみてしっくりくるように仕上げが必要です。そちらの方が時間がかかるほどです。
このままでは新しくつけた部材が白すぎます。これでは不自然です。


このように染めると違和感がありません。
私はおそらく誰よりも研究していることです。

このように違和感が無いように色を合わせればニスの仕事ははるかに簡単になります。真っ白な木でそこだけ暗い色のニスを塗るとなると大変です。

筆の毛が一本ついていますが、目止めのためのものでこれは取れます。

下地の色がうまく出れば薄いオレンジのニスを塗り重ねるだけですから簡単なものです。これが真っ白な下地では何回塗っても古い楽器の感じが出ませんし、オリジナルの部分との違和感も強くなって、ごまかすために他の部分よりも色が濃くなって失敗したものはよく見ます。
また使用して手が触れてニスがはがれてくると真っ白な下地が出てきて悲惨なことになります。

着色で勝負が決まるのです。また量産品ではネックが極端に強く染められていることが多いので見分けるポイントになるくらいです。

手が触れる部分はいずれ汚れて黒くなっていきます。ここをニスで保護すると触り心地がベタベタしてプラスチックのように感じられます。なのでニスは塗りません。ネックはニスは塗らないので色を付けるには染めるしかないのです。
量産楽器ではラッカーやアクリルの塗装がされてあるものもあります。

続きは次回

大方の仕事は終わりましたが、ネックの角度が変わると駒も新しいものに変えなくてはいけません。長年手入れがなされていないので他のニスの部分も補修が必要です。厄介なのは穴埋めしたペグの穴です。

板目板で作られたドイツのモダン楽器がどんな音なのかも興味があります。

継ネックはネックを継ぎ足す作業で難易度の高いものです、しかしそれ以外に付随する仕事量が多いため高額になります。しかし音や演奏に重要な部分であり手抜きは許されません。
こんにちはガリッポです。

見慣れぬ鳥がいました。コウノトリのようです。例の赤ちゃんを運んでくるというあの鳥です。昔の人の考えることは面白いものです。

私も遅ればせながらワクチンの接種に行ってきました。ファイザー・ビオンテック製のものでした。8月に2度目を完了して9~10月くらいに帰国できないかと考えてはいます。わかりません。
副作用で発熱などが言われていたので次の朝体温を測って見ると36℃でした。同僚に言うと平熱が37.5℃だそうです。私は37.5℃もあったらベッドにいなくてはいけないと言いました。調べて見ると西洋人とは体温が違うらしいです。
腕を動かしたり力を入れると注射を受けた箇所が痛むので寝づらく、寝不足気味になったくらいでした。

魂柱傷のヴァイオリン

前回裏板と表板に魂柱傷のあるミルクールのものと思われるヴァイオリンの続きです。途中ワクチンの接種もありましたが、副作用もなく無事完了しました。

裏板に何か書いてありましたがよく見えませんでした。紫外線を当てて見るとはっきりしました。それでも手書きの文字は分かりにくいです。過去にラベルがはがされたようです。
真相はよくわかりませんが1863という数字が作られた年だとしても古さは合っているように見えます。ヴィヨームと書いてあるようにも見えます。
しかし楽器のクオリティがフランスの一流の作者のものではないのでフランスに関係のある作者でも一流品で無いことは確かです。となればミルクールというわけです。今回はそれ以上詮索する必要はありません。

年代よりも古く見えるくらいですが、アンティーク塗装もあるかもしれません。


小画面でご覧の方には見にくいかもしれませんが丸いブツブツは虫食いの跡です。

星空のように散りばめられています。
割れも多く状態としては良いとは言えません。

それに対して裏板は雰囲気があって美しいですね。まさにストラディバリのイメージです。色分けする程度の簡単なアンティーク塗装がされているだけだったでしょうが150年もするとこんな感じになります。

コーナーもパフリングも繊細で仕事はきれいです。

こんな魂柱傷も

目立たなくなりました。

スクロールは一流のフランスの作者には遠く及ばない完成度です。渦巻の中心にはピンでマーキングをした跡が残っています。エッジは黒く塗られストラディバリやフランスの楽器の特徴でもあります。

イタリアの作者ならこれくらいのクオリティはよくあります。でもこのレベルではフランスの一流の作者とは言えません。


これくらいのほうがかえってオールド楽器のような雰囲気もします。

表板のアーチは結構高さがあります。ストラディバリにあるように上が平らになっているのではなく、駒のところを頂点に尖っています。これもフランスの楽器の特徴です。裏板はフラットです。

f字孔はやたら太くなっています。失敗したのでしょうか?フランスの一流の作者なら現代のものよりも細く魂柱が入らないものです。後の時代の人が広げたのかもしれません。いずれにしても大惨事です。

裏板はとても美しくそれを見ただけでもひどい量産品ではないでしょう。しかし完璧さもないので中級品です。フランスでこのレベルなら量産品の中~上級品です。イタリアの作者なら名工と呼ばれるでしょう。
板の厚みなど音に関わる点に手抜きが無いので実用的にもよさそうです。
表板と裏板のアーチ、裏板のクオリティとスクロールのクオリティなど、同じ作者とは思えない違いがあります。やはり別々の人が作ったものを組み立てたものでしょう。

気になる音は?

弦は持ち主の希望で低音の2弦にはガット弦のピラストロ・オリーブ、A線にはナイロン弦のコレルリ・アリアンス・ヴィヴァーチェ、E線にはカプラン・ソリューションズという特殊なコンビネーションになっています。

ガット弦はナイロン弦以上に伸びるので張ってすぐは音程が安定しません。一晩経ってみるとかなり音程が下がっていました。ガット弦を使うためにはペグをちゃんと使いこなせないといけませんし、駒の傾きにも注意が必要です。
弦を張ってから一晩経って試してみると、この前のミルクールのものとは違って鋭い音ではありません。年代も古いこともあって、古い楽器らしい音がします。低音はガット弦のためか枯れた豊かな音がします。鋭く強くというよりはボワッと豊かに響きます。高音も鋭いだけではなく豊かさがあります。暗い一辺倒ではなく、響きに厚みがありオールド楽器のような雰囲気のあるものです。
このような音を聞くと、現代の新作楽器とは全く音が違うことが分かります。
いかに現代に巨匠だと言われていても主流の作風ではこんな音は出ません。

このような音が好きだというのなら、現代の巨匠は量産品の中級品にもかなわないということです。
これで100万円もしないなら安価で雰囲気のある楽器と言えます。

見た目も実際の年代よりも古く見えるの状態の悪さゆえです。これが新品同様にほとんど使われていなかったものならもっと新しく見えます。

音についてもそれに合っています。
板の厚みも現代のものよりもずっと薄めでそれも古い楽器のような音に貢献しているでしょう。この前修理した量産品は板が厚すぎましたが、これはちゃんとしたものです。

楽器の状態と音


虫食いやひび割れだらけのヴァイオリンですが、音はオールド楽器のような雰囲気が感じられるものです。だとすれば状態が悪い方がオールド楽器の音に近づくのかもしれません。
ならわざと楽器を割ったら音が良くなるのかもしれません。しかしそんなことをする勇気はありません。

一方で割れが起きやすいのはそれだけ木材が変質しているとも言えます。木材が古くなって枯れてくると割れやすくなるということです。この楽器が保管されていた場所が木材の変質を早める条件だったのかもしれません。
割れが多いということは木材が枯れているということを表しているのかもしれません。

それでも割れたほうが音が良くなる、という可能性は否定できません。少なくとも強度が落ちて柔軟性が増すと思います。小さな楽器のヴァイオリンでは強度が低すぎて問題になるケースは少ないでしょう。これがチェロやコントラバスならもう健康的な音が出ないということになりえます。チェロでは割れが多い楽器は修理を始めると終わるかどうかさえもわかりません。

このようなことからも、作者が天才であるかなどはさほど重要でないことが分かります。

これは東ドイツのオールド楽器でしょう。状態がひどいです。見るからに割れだらけで、魂柱傷はまともに修理されていません。

痛々しいです。


裏板もぱっくりとまっぷったつです。


スクロールを見るとモダン楽器の影響を受けるより前の時代のものだとわかります。

このような楽器の値段は状態が良ければ20~100万円くらいです。この状態ではほとんど値段が残りません。例によって魂柱傷の修理もやり直す必要があります。
売り物としては価値のないものですが…。

弾いてみると意外にも良い音がします。こんなのでも巨匠とされている新作楽器で得るのは難しいでしょう。枯れた味のある音で柔らかくて豊かな音がします。

痛々しい傷に見えるのは傷跡をパテのようなもので埋めてあって、それが木材よりも黒く見えるからでしょう。割れてすぐにうまく修理すれば傷も目立たなくなりますが、長年放置された傷や修理が下手だとこのようになってしまいます。それでも補強をうまくやれば機能上は問題なく音が良い可能性は十分にあります。この楽器も修理はされているのです。

これは売り物にならないのでレンタル用の楽器にします。レンタルで借りた楽器がこれなら、新作楽器の音には味気なさを感じるでしょう。

神経質にならなくていい

弦楽器について非常に細かいことを気にする人がいます。しかし弦楽器について理解するにはもっと大雑把に捉える必要があります。バリバリに割れても音が悪くなるどころが良くなるのかもしれないのです。

一方修理にかかる費用には注意が必要です。チェロでは修理代が簡単に100万円を超えてしまいます。

安易に修理を始めると、ここもここもと修理箇所がどんどん増えていき、請求する金額がとんでもなくなってしまいます。お客さんを驚かすことになってしまうので「もう金なんて要らねえよ!」と江戸っ子の様になってまた骨折り損のくたびれ儲けになってしまいます。

だから状態には気を付ける必要があるのです。いくらでもお金を出すという気があるなら修理すれば音は貴重なものかもしれません。

今回の修理はやさしい方でした。一つ一つこなしていけばできるものでした。もっと厄介な楽器はたくさんあります。木材がもろくなっていると直している作業で他のところが壊れてしまいます。直しているのか壊しているのかわからなくなります。私が壊したならその修理代は請求できません。こうなると地獄です。修理してもまた何年後かに新しい割れが出てしまいます。

しかし考え方としては、天才が計算しつくして作り上げたもので、それが少しでも変わってしまうと音が悪くなるというものではありません。
適当に作っても良い音のものがあるし、バリバリに割れても音は悪くならないのです。弦楽器はそんなものです。


こんにちはガリッポです。

『金の斧 銀の斧』の寓話がありますね。木こりが池に斧を落としてしまうと女神が現れてあなたが落としたのは・・・というあの話です。女神もおとり捜査のようなところがありますが正直な木こりが得するという話です。
同じように舌切り雀では助けた雀がお礼に、小さなつづらと大きなつづらを用意しておじいさんは小さな方を選びました。それには宝物が入っていて、欲張りなおばあさんは大きなつづらを選んで中からお化けが出てきたというような話です。
お化けの方が珍しくて今なら価値がありそうですがそういうことではありません。本当にひどい目にあったということです。それを仕込んでおいた雀もすごいですが、そんなことは良いです。
いずれにしても欲が浅い人のほうが結果として良いものを得たという教訓です。

同じようなことは弦楽器の世界にいると感じることだと思います。

前置きがありましたがこの前触れたDominant PROを試してみました。

勤め先で1960年代に作られたヴァイオリンに4弦セットで張ってみました。

テールピースの方は黒です。

メーカーを超えて統一された色分け規格が無いのでどれがどの弦が見分けるのが大変です。

先々代のヴァイオリンは作者のキャラクターでもありますが、もう50年以上経っていることもあってとにかくよく鳴ります。新作では全く太刀打ちできないものです。一方で音色については独特で今ひとつピンとこないものです。オールドやモダンの深みのある音とは違うし、かと言って現代の明るい音とも違います。何とも言いようのないよくわからない音です。そしてどちらかというと荒々しいものです。

ドミナントPROを張ってみると低音は暗く暖かみがあり味わい深いもので、音量や反応も良いです。高音はやや鋭い感じがしますがE線については他のものを試してみると良いでしょう。後輩が弾いても気難しさは無くすんなりと弾きやすいと気に入っていました。最新の製品だけあって単に甘い音というのではなくて現代的なクリアーではっきりした音でもあると思います。D.G線は特に良いです。チェロ弦のように下の2本をトマスティクにして…なんて考えだしたらきりがありません。
もともとヴァイオリンに音量があるので落ち着いた暖かみのある音になったことは望ましい変化だと思います。上等なモダン楽器のような感じが出てきました。パフォーマンスが向上したかというとよくわかりません、もともと鳴る楽器なので。何かを強調したような無理な感じが無いので割と万人向きだと思います。オリジナルのドミナントはもう長い間使っていませんので比較はできません。

私が弦を選ぶ時は自分の会社で売る楽器や自分が作った楽器に張ることが多いです。そうなると楽器が本来持っている能力以上のものが出ればよく売れて良いわけです。そうやって新製品が出てくると期待します。

一方で人によって弾きにくいという人がいると本来持っている能力すらも発揮できません。したがってずば抜けたパフォーマンスを一部の人だけが可能なものではなく多くの人や多くの楽器でオールマイティーに使えるものが求められます。その点に関しては合格だと思います。好みの問題としか言いようがありませんが好感は持てます。少なくてもうちではハイパーフォーマンスを謳う物よりは需要がありそうです。

欲が浅ければ良さが分かるものかもしれません。

他のトマスティクの新製品はTIというものとロンドというものがあります。ロンドはソリスト的なものでTIは暖かみのある室内楽的なものだそうです。したがってうちではTIのほうが興味深いです。今回のドミナントPROでも十分な感じもするのでさらにTIがどうなのか代理店が試供品を持ってこれないか待っています。早いところではすでに購入は可能ですが、焦ってはいません。

魂柱の傷

古いヴァイオリンを買う時に特に注意するべき点は表板や裏板の「魂柱傷」と言われる割れです。ちょうど魂柱が来るところにひびが入ったものです。通常の割れに比べると楽器にとって重要な位置で修理も難しいからです。

これが量産楽器の場合にはこの時点で寿命になってしまいます。修理代が楽器の価値を超えてしまうからです。それ以上に他の魂柱傷が無い楽器があればそちらを買う方が楽で、いくらでも数があるのが量産楽器ですから少しでも厄介な傷があればうちでも購入は避けます。わざわざ面倒なものは買いません。
それ以外は全く新品のように状態が良く、本当によく見ないとわからないような小さな割れ傷があるだけで価値がゼロになってしまうのですから、価値を見て欲しいとか売りたいとして持ってきた人にはショッキングです。

そう言うと魂柱傷は致命的な損傷だと思うかもしれませんが、表板の場合にはオールド楽器や19世紀のモダン楽器では当たり前のものです。表板の魂柱が接するところは消耗品と考えた方が良いかもしれません。
裏板は美的な意味で大きなダメージになります。コレクターは嫌うかもしれません。しかし修理をちゃんとすれば演奏家の実用上は全く問題がありません。

いずれにしても修理技術の向上によってかつては深刻な損傷だと考えられていたものが、実用上問題のないものになりました。そのため損傷を恐れて中央付近を分厚く作って音が悪い楽器を作るのはどうかと思います。20世紀の楽器製作の理論もまだ修理技術が無くて魂柱傷を恐れすぎていたのも影響しているかもしれません。

魂柱傷が発生する原因は、やはり「衝撃」が加わったためだと思います。特に駒の上から強い衝撃が加わると駒の脚の付近に強い力がかかります。つっかえ棒になっている魂柱が表板を突き破ってしまうのです。魂柱傷がある楽器を見ても、修理の経験でも板の厚さとの関係は分かりません。厚い板の楽器でも割れているものはあるし、薄いものでも割れていないものがあります。普通は薄い板のほうが弱いと考えられるわけですが、別の面としては薄い方が弾力があり、多少耐えられるとも考えられます。木材は厚くなると弾力が無くなるので竹を割るように簡単に割れるようになります。

裏板については、これも衝撃が原因でしょう。裏板の魂柱付近の厚みが薄い楽器では明らかに裏板に変形が見られます。いずれ耐えられなくなることはあり得ます。
また全体が同じ厚さでも力が逃げないようです。裏板の全体が同じ厚さのプレスのミルクールの楽器では厚みの割にはひどく変形しているものがあります。

ヴァイオリンの裏板中央の厚みについては3.5mmくらいあるものはよくあって普通です。2.5㎜くらいだと薄すぎます。3.0mmくらいはグレーゾーンでよくわかりません。


つまり、新たに魂柱傷が起きた場合、修理によって実用上健康な状態に戻すことができるということです。魂柱傷があるものを買う場合でもちゃんと修理されていれば問題が無いということです。

問題なのはちゃんと修理されているかです。私が見る感じだと3割もまともに修理されているものは無いでしょう。せいぜい2割くらいでしょう。したがってほとんどの場合、魂柱傷のある楽器を買っても修理をやり直す必要が出てきます。

こちらでは古い楽器が多いので魂柱傷のある楽器も多いですし、修理された時代も古いものが多いですから、見事な修理がほどこされたものは滅多にないです。

日本でも事故が起きて業者に頼んだら、適切でない安上がりな修理をしただけで高額の修理代を請求されたという読者の方もいます。


修理の方法

一般的な割れ傷の場合には接着して小さな木片を補強として取り付けます。

それが魂柱の場所だと邪魔になってしまうのです。そのため傷の個所に木片を付けることができません。
通常の割れは接着した傷に力が集中しないように補強すれば十分ですが、傷の上を魂柱でぎゅうぎゅう押すわけですから全く違います。

そこで陸上競技場のトラックのようなオーバルの形の椹木を埋め込みます。これは手のかかる修理で、ただ単に表面に薄板を張り付けただけのものが多くありますがこれではわずか0.5㎜ほどで強度が足りません。

上の図のように彫って新しい木を埋め込むと元と同じカーブと厚みになります。

下のようにすると魂柱がうまく合いません、作業はトリッキーで想像しただけでも嫌になります。仮に魂柱が入ったとしてもすぐにでも倒れそうです。
何よりも元の楽器の設計と変わってしまいます。
修理代を節約するために簡単に修理する方法が求められますが、残念ながらありません。もっと小さな木片を魂柱の真下に埋め込んだりするとその木片が傷を押し広げてしまいます。上の図のように接着面を広く分散させないといけません。


これがなぜ難しいかといえば、曲面と曲面を一致させるためです、その上、表板や裏板はグニャグニャと弾力があり常に変形すること。形が変化するものにピッタリ合うように正確に加工することはできません。

また接着時にクランプで圧縮すると板の薄い所を変形させてしまったり割ったりしてしまいます。

このため「型取り」が必要です。裏板や表板の型をそのままとってあてがうのです。これがサッコーニのころは木材を削って作っていたと聞きます。現代では石膏を使って型を取ります。この時表板を板に張り付けて変形しないようにしなくてはいけません。石膏はある種の石の粉を水に溶くと、石膏が水と反応して固まるというものでそれ自体は古いものです。この時に防水が必要です。そうでないと表板はぐっしょりと濡れてf字孔から石膏が抜けて、石膏に取り込まれて固まってしまいます。
防水のためにアルミ箔というのは知っていると思いますが、薄い金属をかぶせます。すずや銀などです。アルミ箔では厚みがあり伸縮性もなく深いしわが入ってしまいます。


石膏の型に押し付けることによって表板が動かない状態になるのです。また接着するときにも表板が変形することがありません。これで正確な作業ができます。

さらに表板が変形している場合はさらに石膏の型を削って表板を熱した砂を入れた布袋を押し付けることで変形を直すこともできます。

これだけ大掛かりな修理になるので量産楽器ではやらないのです。

今回の修理


なぜ量産楽器とハンドメイドの高級品を見分ける必要があるかといえば、このような大掛かりな修理をするかしないかの判断になるからです。つまり別の楽器を買った方が安いというわけです。現実的には表板も開けずに外側から接着するだけだったり安上がりな修理をして壊れるまで使うケースが多いでしょう。いつまで持つか補償はできません。
もちろん希望すれば修理することはできます。

今回依頼の楽器は表板に割れが発生したために持ち込まれました。表板を開けて修理を始めると過去の魂柱傷の修理が例によってまずいことが分かりました。
後で傷が開いたらまた楽器を開けないといけません。

実際に裏板は修理がまずくすでに傷が開いていました。持ち主は気付いておらず修理を始めてから発覚したものです。

楽器自体は表板にも虫食いの跡が大量にあります。虫食いは穴がたくさん開いているだけで強度には問題が無さそうです。横方向にトンネルを掘られるとそこが弱くなりますが、丸い穴がぽつぽつ開いているだけなら軽量化されたくらいのことです。それより大きな穴が表板には二つ空いていますが問題ありません。そうです、f字孔です。

外から見ると黒い丸い点々がたくさんあるので下手なイミテーションかと思いましたが、すべて虫食いの跡でした。

しかし裏板を見ると美しい木材のストラドモデルで仕事も繊細です。作者名はよくわかりませんが1863と書いてあるように見えます。それが作られた年なら古さの感じが合っています。見た感じミルクールの中級品くらいでしょうか。
ミルクールの楽器なら50~100万円はしますから中級品ならその間くらいです。時代も古めで板の厚みも理想的で音も良いでしょう。修理をする価値があると思います。
先々代のころからの最も親しいお客さんということもあって最善を尽くして修理に当たります。その一家は音楽を何よりも大事なことと考えていて、それ以外の生活は質素で贅沢もせず、音楽のためなら出費をいとわない信念の持ち主の方です。修理代がいくらかかるか事前に聞くことはなくとにかく楽器が最善になるように仕事をすると満足されるのでした。その期待に応えるのが私の務めです。
予定になかった修理ですが師匠も承認です。

とはいえ石膏で型を取った大掛かりな修理をしている時間はありません。ササっとできないかというわけです。

型を取る方法としては歯科医療用の素材があります。

これはシリコンで、粘土のような柔らかいものに硬化剤を練り混ぜて反応すると固まるものです。これ自体には弾力があります。スポンジのような発泡性のものではないので圧縮に対してはとても強いです。多くの修理で利用しています。これでもいけないことは無いでしょう。

それに対して今回使ったのは温度によって硬さが変化するプラスチックのようなものです。60℃のお湯につけると粘土のようになって、冷えるとカチカチになります。強い力で圧縮することもできます。表面を削ることもできるので、駒の脚で押しつぶされた部分を押し戻すこともできます。石膏の場合には乾くのに2週間くらいかかるので、これは1時間もあれば十分ですから劇的に早いです。

これまで私はよくこれを利用してきました。魂柱傷の修理は難しく考えすぎているように思います。こんなもので十分です。

魂柱傷の修理は別に秘儀というほどのものではありません。
プロとして教育を受け技能を身に付けできなくてはいけません。
それが8割以上の魂柱傷がまずい修理を受けているとすればプロと呼べる職人がそれくらいしかいないということです。

この前も就職先を探す場合について触れました、給料や知名度ではなく、教わることができる職人がいるかがとても大事になります。具体的にはこういうことです。

初めに学ぶのはとても難しくて、正しい方法をすべて教わった上でも、悪戦苦闘するものです。しかし、これができるようになってくればそこまで難しいものではありません。コントラバスを経験すれば、ヴァイオリンなんて小さいものですからどうってことはありません。どこまで簡単にできるかが私が取り組んでいるところです。

天才である必要はありませんが、プロの教育を受けないと全くできないものです。しかし今では表板なら半日くらいのものです。裏板のほうがはるかに難しくて1日くらいかかります。それでも初めてやったときは何日かかったかわからないほどでした。
私は仕事は遅い方ですが、難易度が高い仕事となると普段手際が良い人よりも早くなります。

半日で直せるものなら量産楽器に施しても楽器の値段以下に収まるでしょう。


接着した後は元の裏板と同じ厚さになるように削ります。できれば若干厚めにしたいところです。しかし厚くし過ぎると周辺とカーブが合わなくなります。削りすぎてしまうと残念ですので注意が必要です。

完成です。

表板はもっと大変なことになっていました。ヴァイオリンが何百年も持つと言ってもこの表板はひび割れが多すぎます。とてももろく割れやすくなっています。普通は割れに対して一列に木片を付ければ良いのですが、3つ以上の割れを一つの木片で補強してるところもあります。細かいものを山ほどつけるよりはシンプルな修理です。修理には美しさは不要かもしれませんが理路整然と整っていると腕の良い人が修理したように見えるでしょう。魂柱の椹木は中は見えないので削り取ってみないとちゃんと接着できているかわかりません。この時職人の仕事の雰囲気によって想像することになります。他の修理が汚なかったり、変な自己流だった場合には怪しくなります。疑わしいとやり直さないといけません。疑わしきは罰するというわけです。

エッジ全体に板を張り付けて「2重にする」修理は過去に行われていましたがその木材ももろくなっていました。この表板は開けて置いておくと自然と曲がっていきます。それを無理やり横板に接着すればひびが無数に入ってしまいます。
そのためフレームに固定してバスバーや木片を付ける修理が必要です。曲がったままのところにバスバーや木片を付けるとその形で固まってしまうので余計に無理がかかります。

ところがひびがすぐに入ってしまいフレームに固定することすらできません。


もとはこんな状態でした。
上の写真のようにエッジの椹木を新しくして初めてフレームに固定することができるようになりました。これのほうが魂柱傷の修理よりも手間がかかっています。

魂柱傷と楽器の価値

表板についてはオールドやモダン楽器では魂柱傷があるのが当たり前ですから特に価値の低下は考えなくても良いでしょう。

それにたいして裏板は伝統的に魂柱傷があると劇的に価値が下がったものです。しかし今では実用上全く問題なく修理することができます。

注意すべきことは良くない修理がされている場合、やり直すための費用がかかる可能性があるということです。他に同じようなものがたくさんある量産楽器や現代の楽器ならわざわざ手を出さないほうが賢明です。

この楽器も傷や穴だらけで状態が良いとは言えませんが、音については可能性があります、楽しみですね。
今回も大掛かりな修理になりました。今回新たに割れた箇所だけではなくバスバー交換も含め全体的に修理をやり直しています。このためこのような修理では壊れる前よりも音が良くなるケースが多くあります。

事故などで大きな損傷を受けたとき、精神的なショックは大きいでしょうがお気に入りの楽器の音は損なわれないので安心してください。
こんにちはガリッポです。


弦についてブログでの取り扱いは検討するほど難しさを思い知ります。
ヴァイオリンについてはナイロン弦が主流なので中級品でもひどく悪いということがありません。もともと素材として優れているのでひどく嫌な音がしないということです。これがスチールなら特別なものが必要になります。

私が考えたのは、各メーカーの中級品を試してみることです。たいがい定番の主力商品は子供用などのバリエーションが豊富なものです。その中で好きなメーカーを見つけて、上級品や新製品を試すというのが効率的だと思います。特に最近の高級品は楽器や演奏者によって当たり外れが大きいように思います。基本的な楽器の能力や音は中級品でも十分で、それ以上の趣味趣向となったときに高級品があると考えた方が良いかもしれません。ガット弦もしかりです。

チェロはそうはいきません。「悪くない中級品」が求められていますが各社成功するには至っていないようです。かつては高級スチール弦も種類が少なく良いものが限られていて、何種類かから選べば良かったのが今では選択肢が多くて値段も高いので試すだけに4万円も出すのは大変なものです。ヴァイオリンと違って耐用年数もあるので試しに違うものを張ってみようなんてわけにもいきません。
ラーセンのイル・カノーネさえまだ試す機会が無いうちに、トマスティクからロンドというものが出ました。これだけ製品が豊富になってくるとヴァイオリン同様にラーセン、トマスティク、ピラストロ、ダダリオの中から好きなメーカーを決めると良いかもしれません。

各社がしのぎを削っているのは明るく輝かしい「ソリスト用」というもので、近年聞くようになったのは「focused」という言葉です。日本語にすれば焦点があっているとか集中しているという意味です。はっきりとした音と言えます。
世界的に望まれていて特にアメリカや日本で好まれるものです。
「音量が増大する」という魔法のような効果が期待されるのは当たり前ですが、技術的には無理もあるようです。

これがヨーロッパでは暖かみがあり豊かな響きのあるものが好まれるでしょう。このため各社はこの2系統の音の製品を用意するようになっています。ピラストロではガット弦の時代からこのような性格分けがあり現在ではエヴァピラッチとオブリガートという関係になっています。

基本的には「世界向け」と「ヨーロッパ向け」という地域に分けた製品のラインナップになると思います。こういう事情があるので私がお客さんと接する中で感じていることも日本の皆さんにはピンとこないかもしれません。

一方で日本の業者は変な空気を読みすぎています。
おそらく明るく輝かしい音を良い音だと信じている人が多いため、それが単に好みの問題であると言われると信念が傷つけられた印象を受けるでしょう。お客さんに気を使うあまりに相談しても単刀直入にものを言ってくれないでしょう。
それも元をたどれば、自分たちが売りたい楽器を称賛するために作り上げた理屈を否定しないように気を使っているとも言えます。
嘘をつくと嘘を重ねることになってしまいます。
私は嘘をつき通すのは面倒で自信がありません。
自分の好みを相対的なものだと自覚したうえではっきり言ってもらえる方が対応しやすいです。

弦の開発がどのように行われているかは私もわかりません。少なくとも新製品がたくさん出るということは迷いが相当あるようです。トマスティクは一度にドミナントプロ、TI,ロンドという3種類も新製品を出しています。開発して来た候補を一つに絞れなかったとも言えるでしょう。
チェロ弦ではバリエーション違いをはじめから用意したラーセンのイル・カノーネ、バージョン違いを次々と発売したピラストロのパーペチュアルもそうです。

作っている会社の人も甲乙つけがたいのですから、群を抜いて優れたものなんてないということです。

シェアを伸ばそうと新製品を出すけども、新製品に注目しているのはマニアくらいでほとんどの人は知りません。種類が増えることによってわかりにくくなり、さらに昔からある定番のものに人気が集中するという悪循環のように思います。

インシュレーターの開発

コロナのために余暇時間が増えたので音楽鑑賞の趣味を復活すべくオーディオ機器のバージョンアップを試みていました。

デジタル時代に対応するべく外付けのDAコンバーターを追加するところから始まりましたが、結局CDを買うというスタイルに落ち着きました。
音質面では金属的で耳障りな音が不満で、それを解消したいと思っていました。言い換えればオーディオ的な音をもっと自然な音にしたいのです。
DAコンバーターやケーブルの交換、電源タップの交換などで多少の効果はありましたがまだまだ柔らかく暖かみのある音とは程遠い物でした。

オーディオの不思議なところの一つは、スピーカーやオーディオ機器の触れている物質の音がするというものです。石の上に置けば石のような硬い冷たい音になるというわけです。
オーディオラックは自作したものですが、ラックとオーディオ機器の脚の下にインシュレーターというものを挟みます。スピーカーとスピーカースタンドとの間、スピーカースタンドと床の間も同様です。

以前にも紹介しましたが、私は木材の素材としての音が好きなので、木材でインシュレーターを作っていました。ヴァイオリンに使うのはスプルース(ドイツトウヒ)というものです。これは確かにヴァイオリンらしい音になりましたが明るく耳障りな鋭い音を持っていました。これに対してウォルナットを試してみると高音が落ちついて低音が厚くなり暖かみのある音になりました。この意味では効果があったと言えます。

しかし新たな不満点が生じました。
普段は暖かみがあり柔らかい音なのに、オーケストラのフォルテシモのような一度に音量が増すとガチャっとつぶれたような音になるのです。素材として硬すぎると思います。
特に音量を上げるほどひどくなります。「歪みが生じる」ということだと思います。クッションのストローク感が足りないのです。

そこではるかに柔らかい素材のコルクを試してみました。
ウォルナットに比べると確かに歪み感は減りました。音自体は明るく低音は控えめになり濁ったような音です。
更にクリアーさが必要です。

そこで目を付けたのが「ナノジェル」という素材です。日本では「耐震ジェル」として100円ショップなどで売っているようです。こちらには100円ショップはありませんしロックダウン中で商店も開いていないのでアマゾンで注文しました。地震が無い国では耐震ジェルという商品名はありません。ガラス製の天板などを固定する目的のようです。

これはポリウレタンのような高分子素材で粘着剤ではなくヤモリの手足の様に分子の引き合う力で接着するというものだそうです。生産国がほとんどすべて中国なので理屈が本当なのかわかりません。
私は粘着力は必要なくむしろくっつかないように処理が必要なくらいです。

はじめに4mm厚のものを試してみるとこれが失敗でした。
素材自体の柔軟性で音は柔らかくなるはずですが、アコースティックの楽器が持っている豊かな響きが吸収されて鋭い芯の音だけが残るようでした。余計に鋭くなってしまいました。これはゴム系のインシュレーターでも起きると思います。日本ではソルボセインなども昔から売られています。余ほど音量が大きければ良いのでしょうが、近所迷惑になってしまいます。小音量で豊かな音にするために響きを大事にしたいです。


次に0.5mm厚のテープ状になっているものをコルクに張り合わせてCDプレーヤーで試してみました。音の柔軟性は増しコルクの弱点の音の濁りが無くなり澄んだものとなりました。さらに重ねて厚みを増すと効果はより強くなりました。そこでアンプやスピーカーなどあらゆるものに試してみました。そうすると効果が出過ぎて4mm厚の時と同じような傾向になってきました。そこで厚みを減らしていきました。
このテープは接着力の無い面が滑るので危険でもあります。スピーカースタンドと床の間で使うと位置がずれていく可能性があります。スピーカーの位置は少しでもずれると音が変化します。掃除などの時に思わず動かしてしまうかもしれません。そこで1mm厚の両面テープになっているナノテープを購入しました。

更に電源タップにも同様のナノテープ+コルクを四隅に取り付けました。その下にはシナノキの板を敷くともっとも柔らかさが得られました。弓の毛を固定するくさびに使われている柔らかい木です。
一方DAコンバーターは初めから柔らかい音を持っていて使わないほうが良い結果が得られました。

スピーカー用にはコルクを二枚重ねにして1mmの両面タイプを張ります。それから適当なサイズに切ります。

音を柔らかくすることが目的でしたが、様々な対策の副産物として音がクリアーで澄んだものとなり低音もはっきりし全体的に高音質になりました。

一音一音はっきり聞こえるのがオーディオマニアの好む音ですが、響きが豊かでなにがなんだかわからない音になりました。私の望んだものです。小型スピーカーとは思えない豊かな音になりました。音色には暖かみがあり昔(大昔)の大型スピーカーのような懐かしさのあるものですがHiFiとしての優秀さもあります。音楽的な抑揚表現はもともと過剰なほどで多少マイルドになったくらいです。

結果的に1000円もしないナノテープとコルクのシートで希望の音にすることができました。オーディオアクセサリーの世界では何万円もするのがざらですから。問題は材料の値段ではなく組み合わせを試した実験の労力が大きいです。

このようなインシュレーターは振動が機器に悪影響を与えるため振動を吸収すると音が良くなると言われています。しかしやってみると効果が強すぎるとマイナスになってしまいます。どうもその理屈は嘘のようです。

このようなことがあるので私は決してゴムやプラスチックのような素材を毛嫌いしません。同じようなことはナイロン弦でも起きると思います。例えばピラストロのヴィオリーノなどは澄んだクリアーな音が得られると思います。

このナノテープは面白い物なので弦楽器にも応用できないかと思います。
あご当てと胴体が触れる部分などに挟んだらクリアーな音が得られるかもしれません。弦の張力がかかる所は耐久性の問題で難しいと思います。
修理の時のクッション材としても使えるかもしれません。

開発のまねごとをして見ましたが半年かかりました。弦の開発もこういう事なんだろうなとは思います。

「好きな音」という概念

オーディオ機器でも一般の人はメーカーごとに音に特徴がありそれに好き嫌いがあることを知りません。ボーズとかソニーとか有名なメーカーのものが技術があって良さそうだと思うわけです。しかしオーディオ機器はそんなに技術が進歩するわけでなく、スピーカーなどは自作できるものです。そしてよくわからないことが音に違いを与えます。最終的にどんな音にしたいかというメーカーの基準が音を決めます。これに対して好きな音のメーカーというのができます。
自作では原価は安くできますが、好みの音を求めて試行錯誤を繰り返すと家じゅうがスピーカーだらけになってしまいます。このためヴァイオリンも自作するよりも買った方が安いです。

高級オーディオ店ではスピーカーなどを試聴して購入するのが当たり前です。自分の好きなCDを持って行って音を聞かせてもらうのです。

一般の人はそんな買い方はしません、何となく評判の良さそうなメーカーのものを買うだけです。マニアでも「ブランド信仰」というのがあって試聴しない人もいるでしょう。これは合理的とは言えません。昔有名になった機材を使い続けて若い人が聴くと「ゴミ捨て場に捨てられているステレオのような音」に感じるでしょう。
一方で無限に高音質を追求すると「高音質っぽい音」になるだけです。多少の懐かしさも趣味趣向の問題です。

今回の調整で私の好きな音に近づきました。
これは楽器でも同じです。鋭い音のモダン楽器よりも柔らかくて味のあるオールド楽器の音のほうが好きです。優秀なモダン楽器の高音は芯がはっきりしています、それに対してこの前のコンサートマスターの弾いていたアレサンドロ・ガリアーノではフワッとして形がありません。これが私が「別次元」と言っているものです。


とはいえ好みの問題です。
私のヴァイオリンも新作にしてはそのような雰囲気になるように目指しています。
しかし試奏しても良さに気づかない人もたくさんいます。

まず、音というのは好みがあるということをぜひ知ってもらいたいです。
弦メーカーやオーディオメーカーのような近代産業ではない弦楽器の世界では、作者は意図的に好みの音を作り出そうとさえしていません。決められた方法で作って来ただけです。国ごとに音の好みがあってもヴァイオリン職人はそれを作れないので生産国で音の特徴も無いのです。

私はそこに新しい考え方を取り入れました。
異なる構造の楽器を作ってみて、自分が好きな音のものを残していくという手法です。理屈は分かりません、結果のみです。

当たり前のように思うかもしれませんが、職人の間では正しい作り方が流派ごとに決まっていて違うことを試すだけでも師匠は機嫌を損ねるものでした。ヴァイオリン製作学校の先生は決められた数値を最高だと思い込み、モダンやオールドの名器がどんな風になっているかも知りません。

それでもなぜかわからないけどもそんな音になるということの方が多いです。
私の作るものは柔らかい音がします。理由は分かりません。
同じ師匠の門下でも音は違います。

手抜きによって作られた粗悪品でなければ、知名度や値段に関わらず我々は立派な楽器だと考えます。音は理由もなく作者や楽器ごとにみな違い好きな人がいるかもしれないからです。

私たちがその楽器の音をどう思うかは重要ではありません。買う人は自分で好きな音の楽器を選ばないといけません。










こんにちはガリッポです。

過去数か月の記事でも弦楽器の実際についてお聞かせすることができたと思います。漠然としたイメージだったものが具体的な理解に変われば良いなと思います。

商業というのは荒唐無稽なイメージで成り立っていて、イメージを売買していると言っても良いかもしれません。しかし技術者から見るとイメージは全く実際とはかけ離れています。イメージにあったものしか売り物にならないので日本には輸入されません。クラシック音楽の歴史の浅い国ですから輸入されないと初めからあるということはありません。
野菜や果物を見ればお店にはきれいな形のものが並んでいます。自分で野菜を育てるといろいろな形のものができます。それらは売り物になりません。特に日本は厳しくヨーロッパに来たら驚くでしょう。不揃いの野菜や果物が店に並んでいるものです。それは基準が緩いのであって、それでも規格外は売り物になりません。そのようなものに特に厳しいのは日本人です。つまり外国ではそうではないということです。
弦楽器もイメージに合ったものだけが輸入されてきました。しかし実際にはもっと複雑なのです。ドイツのモダン楽器のほうがフランスの大量生産品よりも一流のフランスの楽器に近いという話もしました。オールド楽器の風情を残すナポリの楽器がミルクールのものと音が似ているという話もしました。こうなるとめちゃくちゃです。
一方で適当に作ってあるオールド楽器に別次元で音が良いものがあるとも話しました。科学的に考えればそれは単なる客観的な事実です。職人は適当に作りなぜか知らないけど良い音の楽器になったのです。
我々の常識からすれば、天才的な才能を持った人が研究を重ね努力の末に音が良い楽器の作り方を編み出すと思い込んでいるかもしれません。天才によって計算され尽くして一台一台渾身の力で作られたものが名器だと思い込んでいるかもしれません。
しかし、それはわれわれの勝手な希望でしかありません。適当に作ってあるかどうかは物事を客観視できる職人ならわかります。我々はオールドの名器を見てニヤニヤと笑っています。そんなオールド楽器のおもしろさもわかってもらえると良いなと思います。


逆もまたそうです。
海外では『Superdry 極度乾燥(しなさい)』というファッションブランドが有名になりました。イギリスの企業の製品でこのようなロゴがプリントされていれば日本人は不思議に思うものです。日本人がイメージする英国紳士淑女の服装と全く違うだけではなく日本語に違和感があるからです。

公表されないので分析するしかないのですが、当然日本の有名なビールの銘柄が元になっているはずです。寿司屋に行けばちょっと凝ったところなら日本のビールも置いているかもしれません。なんとなく日本に良いイメージを持っているくらいの人が知りえる知識です。
日本語のロゴがついていると読めないけども、向こうの人にとっては日本っぽいですね。それでスーパードライを直訳して極度乾燥と訳したのでしょう。平仮名もあったほうが日本語っぽいですから(しなさい)も加えたのかもしれません。現在では「極度乾燥」のみになっています。

これに対してエドウィンのような日本企業が進出するのは難しいです。エドウィンは海外向けの製品ではロゴがカタカナで「エドウィン」と書いてあるものがあります。面白いのはセーターで中国で作っているんでしょうけども編み機のフォントの問題か「エドウィソ」に見えるのです。そうなると日本製品に見せかけた偽物のようですが、これがエドウィンの正式な製品です。
サイズや体形が違うので日本で売っている者とは全く異なるラインナップになっているようです。ヨーロッパのスタッフが企画して中国で作らせて誰もカタカナが分からないのでしょう。

イギリス人がなんとなく日本の雰囲気を感じるくらいがちょうど良いのでしょう。スーパードライのビールをどこかで見たことがあるくらいの感じですね。そのように外国のことはあまり知らないからこそ勝手にイメージすることができます。

それに対して健闘しているのはアシックスでしょう。多くの人が日本の企業とは知らずに愛用しています。特に競技用として愛用していたという話も聞きます。
語源は公表されていませんがアシが日本語で足の意味だと教えると驚いています。これはイメージというよりも製品の質で勝負していると思います。


いずれにしても外国製品に対するイメージというのはそんなものです。知っているか知らないかのギリギリくらいが良いのでしょう。かつてはストラディバリのラベルが貼られることが多かったです。これは何も知らない初心者がなんとなく聞いたことがある名前なのでついていると良さそうな気がするからです。
ロッカとかポッジとかファニョッラとかちょっとかじったくらいの人が目にする名前です。それくらいが一番もてはやされるのです。そこでシュバイツァーとかホモルカとかゲルトナーとか言っても知ってる人が少なすぎます。素人がどっかで見たことがある、聞いたことがあるくらいのレベルがちょうど良いのでしょう。無知な人がもてはやしているものの値段が上がるのです。しかしそれは浅い知識で弦楽器というのはそういう物ではないということをブログでは紹介しています。



職人の間では日本の砥石が有名です。日本の砥石は品質が良いと有名です。
特に有名なのは「キング」という名称の松永トイシの製品です。世界中のヴァイオリン職人が使っていることでしょう。
赤茶色のもので日本でも有名なものでホームセンターには必ず売っていますが、今では他社に優れた製品が出ているので見劣りするようになりました。キングの砥石は柔らくて刃を研いでいるとそこが凹んできてしまいます。それに対して最近の製品は硬くて面が狂いにくいです。それでいて研磨力が高くよく削れます。今ではキングの砥石は砥石が削れるばかりで刃が研げないという印象です。それでも昔は優れたものだったのでしょう。

今日本で有名なのはシャプトンの刃の黒幕というものです。これははるかに硬く面が狂いにくい上に水に漬けなくても良いのですぐに使えて便利なものです。ヨーロッパでも扱っている業者がありますがマニアしか知らないでしょう。
私にとっては硬度の高い刃物が研ぎにくいです。すぐに目詰まりしてしまいます。
特に西洋の現代の刃物はそんなものが多いですし、日本の刃物でも鋼と軟鉄を張り合わせてあるものでは軟鉄の方ばかりが削れてしまいます。それで私はシグマパワーのセレクトⅡを使っています。これはジョリジョリと刃が削れるのが分かります。刃の黒幕も平面維持性が高いのでノミやカンナの刃の裏側を平らにするのに使っています。スクレーパーも良い角ができるので切れ味が増します。包丁も良いです。1000番で人間の食べる程度の硬さのものならスパスパ切れます。

日本ではどんどん新しい製品が出ていますがすべて試すのは難しいです。師匠や先輩は未だにキングのものを使っています。私からすると砥石が削れるだけのものですが、年配の人は慣れ親しんだものを変えるのは難しいようです。使い勝手というよりも知識として「これが最高」と昔に学んだものを変える気が無いのです。見習を卒業した後輩に勧めればすぐに新しい製品の良さを分かってもらえます。先輩の考えを変えさせるのは難しいです。

外国のイメージというのはそうやって固定しやすいです。いまだに日本にはサムライや忍者がいてちょんまげ頭でいると思っているようです。そんな格好をして観光ガイドをしていれば外国人の人気者になれるでしょう。


同じようなことはヴァイオリン弦ではドミナントがあります。こちらではもう使っている人はほとんどいない過去の製品というものですが、日本ではいまだに使っている人が多くいるようです。楽器店でヴァイオリンを買うと初めに張ってあるものです。E線にはゴールドブラカットが定番でした。
初心者の人に言うとドミナントはオーストリアのトマスティクというメーカーの製品です。正しくは「トマスティクのドミナント」というわけです。トマスティクはウィーンやミュンヘンではシェアが高いのですが、世界ではトマスティクよりもドミナントのほうが有名です。トマスティクから新製品が出ました。『Dominant PRO』というものです。
他社やチェロやビオラも合わせるといくつも弦の新製品が出ています。とてもじゃないけどもすべて試すこともできません。

皆さんから使った経験を募集したいと思ったりもします。というのは、個人の工房が仕入れる弦の値段が、大手のオンラインショップとは全然違うのです。とてもじゃないけども価格で対抗できません。そのためちょっと詳しい人はみなネットで弦を買っているでしょう。もちろんうちで買えば、いくつかの弦を試奏して買うこともできますし、貼り換えも楽器の点検もしますし、時間さえあれば楽器のクリーニングも無料でしたりします。そのタイミングで工房を訪れるのは良いのですが、いかんせん値段が違い過ぎます。

一方オンラインショップにはメーカーの宣伝文句が書いてあるだけで何がどんな音なのかわからないものです。アマゾンなどのレビューではユーザーがどんなレベルの人でどんな楽器を使っているかも全く分かりません。工具などは素人が絶賛していても私のレベルでは全く使えないものだったりするので参考になりません。

弦は難しいですよ。人や楽器によって違和感を感じたり、何の問題もなく弾きこなせる人もいたりいろいろですから。
お気に入りの弦の投票とかしましょうか?


E線のゴールドブラカットの方はレンツナーというドイツのメーカーの製品でした。それが今はオプティマという社名に変わっています。
パッケージにもオプティマと書いてあります。張力の違うバージョンがあり特にガット弦のころには強い張力のものを張ってガット弦の弱さを補ったのでしょう。E線の張力は他の3本の弦にも影響があります。輝かしい音を求めて強い張力のE線を求めた考え方があります。張力にもこだわった人だと未だに「ベストチョイス」という考えを持ち続けている人も多いかもしれません。先生の影響もあるでしょう。

今では他の3本も強くなっているのでE線はむしろ柔らかい音にすることができます。うちではピラストロのNo.1を薦めると多くの人が受け入れています。原理的にヴァイオリンは高音が鋭くなりやすいので理屈にはかなっています。もう一つはカプランのソリューションというものです。カプランは今はダダリオのブランドになっています。

だいたい試奏して「良く鳴る」楽器を買うと高音が鋭すぎるものです。その時は気にならなくても使い込んでいくうちに「耳障り」という欠点が気になってくるものです。中古楽器を譲り受けたり安価なものを買えば耳障りなものが多いです。基本的に鋭い音のものの方が多いと考えて良いと思います。良く鳴ると思って喜んで買ったものでも私たちからすれば平凡なものです。柔らかい音のほうが希少です。鋭すぎる音の楽器を持っているとE線の開発に依存することになります。


どの弦を選んで良いのか知る手段が無いですね。ヴァイオリン職人も医者が処方箋を出すように「この弦を使いなさい」と紙切れを渡すだけで診断料が得られるなら良いですね。しかし職人は特権的な仕事ではありません。
プロのテスターのような職業もありません。客観的に楽器や弦などの製品をテストしてレポートするプロです。自分の主観ではいけません。ブログを見ている熱心な方で腕に自信があればそういうことを始めても良いかもしれません。私も多少は協力しますよ。でも演奏家の人は人によって言うことが違うので「※個人の感想です」を超えられません。実現すれば第一人者です。


とても難しいのは音を評価基準を作って客観的に記述することです。そして一つ一つそのような音になる原理を解明していく必要があります。ということは今はそんなことはできていないのでただ試奏して気に入ったものを選ぶ以外には方法がないということです。

















こんにちはガリッポです。

うちではミルクールの量産品もザクセンの量産品と別に変らないという扱いをしているので特別にミルクールの楽器を集めたりはしていません。お客さんは試奏して音の気に入った楽器を選ぶだけですが、量産品はどこの国のものでも量産品という認識でした。

普通は古い楽器の相場では量産品は考えません。ハンドメイドで作者名が知られていると相場で値段が決まるのです。量産品は誰が作ったかわからないし、手抜きのために品質が悪いのが当たり前です。

だから楽器の価値を見る時はまずそれが量産品なのかハンドメイドのものなのかを見分けるのが重要となります。これさえも一般の人には難しいものです。つまり楽器の良し悪しなどは一般の人にはわからないということです。だからウンチクを語るのはバカらしいのです。名前を伏せたら量産品かどうかも分からないそのレベルなのにどうして作者を「天才」かどうかわかるのでしょうか?

私たちでもグレーゾーンの楽器がありどちらかわからないものがよくあります。
職人の間でも意見が分かれることがあります。決して簡単なことではありません。ハンドメイドだと思っていて修理のために表板開けて初めて量産品だとわかることもあります。

うちの師匠などはそんな認識でいますからミルクールの量産品があってもザクセンのものと変わらないような値段で売ってしまいます。職人だから品質で楽器の格が分かってしまうので「フランス製」だとしてもただの安物だということが分かるからです。安上がりなものを前にして「これは見事な仕事です」なんて気持ちにはなりません。

日本での値段はそれよりもずっと高いもので場合によっては何倍もすることもあるでしょう。
うちが安すぎるので考えを改めないといけません。

19世紀のミルクールの量産ヴァイオリンの相場は50~120万円位と思っておけば良いでしょう。プレスのような本当に安上がりなものが50万円もするとなるとばからしくなります。相場としてはそんなものです。職人の感覚では高すぎるものです。

コロナの期間にお客さんの仕事が少なかったので修理されずに眠っていた様なミルクールの楽器を多く修理しましたし、先日も価値を見て欲しいと持ち込まれました。

一つ目はミルクールのビオラで、楽器をパッと見た瞬間はただの粗い仕事のひどい楽器です。しかしよく見ると形がフランスのものでオークションのカタログなどに出ている形をしています。フランスの楽器の本は一流の職人のものばかりなのでミルクールのものとは違います。オークションではやり取りがあります。品質はただの粗悪な楽器ですがミルクールのいくつもある形のうちの一つです。そうなると最低でも50万円くらいになりますから買うのはバカバカしい物でした。
もう一つはパッと見た瞬間にシュタイナー型のザクセンのものかと思うようなアーチで色も真っ黒なものでした。ラベルを見るとミルクールのメーカーなどが詳しく書いてありスクロールなどを見てもフランスのものだとわかりました。ぱっと見ではザクセンのものと変わらない楽器であるということです。一流のフランスの作者とは似ても似つかないものでした。
ザクセンでもシュタイナー型の量産品は特に安物で、本当のシュタイナーやオールド時代のシュタイナー型のものとは全く似ても似つかないものです。10万円も付けるのは難しいです。それと変わらないものです。

他にプレスの楽器もいくつかうちで修理しました。平らな板を曲げてアーチを作ってあるので伸びています。それが乾燥して縮んでくるので割れが出てくるのです。表板を開けるとグニヤグニャで割れている所に木片を張り付け補強するという物でした。無理やり修理してこんなんで大丈夫かなと思っても出来上がって弾いてみると結構いい音がしたりするものです。安物であることは間違いありませんが、音が悪いということはありません。

私もこの前からミルクールのものを修理していました。見た目は悪くないけども中身がひどいという量産楽器の典型でした。以前もちょっと紹介しました。

表板にチェロより厚い所がありました。
一流の楽器なら2.5mmくらいですから全く共通点がありません。リュポーやヴィヨームが気に入ったからと言って代わりに選んでも全く意味が無いということです。この前のドイツのヴァイデマンのほうがよほど一流のものに近いです。

この楽器の場合には修理するかどうか迷いました。すでに過去に修理されていて付属品を交換し弦を張れば演奏できる状態にすぐにできるからです。最低限の仕事で売りに出せるわけですから効率が良いですね。
これでも100年以上は経っていますから新品の量産品よりは音も良いかもしれません。そうなれば十分に競争力があります。

もう一つの考えとしては外見は良くて板が厚すぎるということは改造すれば理想的になるということです。さっきの値段の話で50~120万円とすれば、修理しなければ50万円に近い値段で修理すればずっと高い値段で売れるというわけです。これが中国のヴァイオリンを改造しても評価額は変わりません。

私のように特殊な器具で板の厚みを測る業者は珍しいです。
一般的に値段は外見で決めるので厚みを薄くする改造しても評価額は変わりません。中国の20万円のヴァイオリンを改造しても20万円ですからだれもやりません。
ザクセンの戦前のもので外見が立派なら40万円位にはなるかもしれません。ガラクタとしてただ同然で入手できるならやる価値はあると思います。しかし状態が悪く多くの修理が必要なものはやめた方が良いでしょう。ただ同然で買ったものを40万円で売るとボッタくりと思うかもしれませんが、修理の技術料がかかっています。お客さんの楽器の修理と違いいつ換金できるかわからないのでギリギリでは厳しいです。

今回のものは外見は良いので70~80万円くらいは付けられます、しかし中身がひどく音が悪ければその値段で競争力が無く売れません。売れなければ付属部品を交換した分だけ赤字です。
競争力のある価格帯となると過去の修理も汚いのでせいぜい40~50万円になってしまうのです。

このような量産品は上等なものに比べてそもそも品質が悪いので壊れやすく扱いも雑で状態が悪いものが多いです。さらに過去に行われた修理がひどいことが多いです。かつては本当に安い値段でしたから修理も安上がりに行われました。

このヴァイオリンも過去の修理がひどくて「修理済み」ではありますがリサイクルショップや総合楽器店で売るレベルのものです。職人が経営する専門店で「修理済みとして」売れるような状態ではありません。リサイクルショップやギター屋なら現状引き渡しで35万円、買った後で職人のところに持って行って修理してもらうというそんなところです。それでひどい楽器を買ってしまったことに気づくわけです。

修理されているのに私の基準からすると修理していないのと同じかそれ以下です。
職人によって修理のレベルが全く違います。ネットオークションなら修理済みと書いても詐欺にはなりませんが。

修理に必要な能力

前回はヴァイオリンを製造して生きていくために、修理は副業だという話をしました。仕事の量として新作楽器を作ることよりも修理の依頼のほうが多いからです。特にヨーロッパでは古い楽器が好まれ、また物置などから古い楽器が出てくることが多いので、知り合いに譲ったりすることも多いです。
新作楽器は名前の有名な特定の人に集中するのに対して修理で有名になることはそんなにありません。

プロの演奏者になれない人が教師になったりするように、新作で売れない人が修理人になっていくというわけです。

しかし修理というのはやってみるとそんなに甘いものではありません。「新作を作るには十分な腕が無いから修理をやる」というのは無理があります。

修理で必要な能力は正確性です。新作楽器なら「これが俺の作風だ!」と言い張れば何でも良いのですが、修理の場合には正確な加工が必要になります。腕は新作より正確でないといけません。損傷個所をくりぬいて新しい木材を埋め込む修理があります。接着面がぴったりでないといけません。より細かく精密な作業が必要で雑な人は修理には向いていません。

また失われた部分を新しい木材で復元します。つまりオリジナルと同じものを作れないといけないのです。
逆に言えば楽器の大半が損傷を受けても表板を作り直す、スクロールを作り直すなどのようなことができればどんな楽器でも直すことができるのです。しかし実際には修理代が高くなりますし、価値も下がってしまうので経済的な理由でできないことが多いです。ただ修理を極めようとすれば必要なことです。表板を新しくしたらニスも古びたようにしないとおかしいです。できるだけ元のものとそっくりでないといけません。新作を作るよりも難しいのです。

現実には新作を作るには腕が十分でないため修理の仕事をしている職人が多いです。そのように修理された楽器の修理をやり直すのは壊れてすぐのものよりも難しいです。

教会のフレスコ画を素人が修復してひどいことになったニュースがありましたね。現代の画家なら自分の画風だと言い張れば良いですが、修復では許されません。


表板を開けたが最後・・・


私はこのまま弦を張って終わりにするか、修理を始めるか大いに悩みました。開けてしまったら最後、何から何まで修理しないといけなくなるからです。開けたままでほったらかしにすれば全く売ることができません。


おそらく過去にネックの根元が大破したのでしょう。横板などにも損傷があります。ボタンも損傷していました。よく見ないとわからないほどでしたがパフリングの厚みギリギリまでくりぬいて新しく木材を入れます。

ただただ正確さだけが求められる仕事です。

上部のブロックごと大破したのでしょう。横板の一部が切り取られていましたが、あまりにも汚い修理だったのでやり直すことにしました。切れている部分を付け足すのです。
同時にブロックも交換します。
反対側も割れがありかつての修理では段差ができたまま接着されていました。

思ったよりもうまくいきました。正確な仕事だけです。木材を選ぶ時も量産楽器なのでそこまで神経を使いませんが違和感が無いものを選ぶと良いです。勤め先は古い会社なので古い材料の切れッぱしが倉庫に眠っています。新しい木では色が違い過ぎます。

ライニングも継ぎ足します。

おそらくネックの根元に加わった衝撃が裏板にまで達したようです。裏板の割れ傷も段差が付いた状態で接着されていました。センターの合わせ目も開いていたので付け直しました。横板の割れも裏側から木片で補強しています。

今度は下のブロック


下側も同様にブロック交換です。こちらも割れていて汚い修理がされていました。
横板のエンドピンの穴も埋めました。

このようなブロック交換の修理は意外と難しくて新作の時とは違い枠も何もないのに表板の形と一致しないといけません。ただ交換しただけでは表板の輪郭の形と合わなくなってしまいます。現物合わせで確認するのが難しいです。

作業の順序は前後しますが裏板の厚みも変えます。ハンドメイドの楽器の場合には作者のオリジナリティを尊重するために改造はしませんが、量産楽器なら可能です、量産楽器のほうが音が良くなる可能性があります。交換前のブロックは割れていて何かを張り付けていますが汚いもので。

中央はすでに薄かったので残して上と下の部分を削っています。全体的に3.5mmくらいでした。中央が3.5mmならよくある厚さです。それを除いて2.5㎜くらいになるようにしました。
交換前の下のブロックが見えます。

裏板の中央の厚さはストラディバリやフランスの一流の作者を見ていると4~5mmの間くらいですが、過去に作られたヴァイオリンでは3.5mmくらいのものはたくさんありますし強度が不足して変形するなんてことはありません。それで音量があって強い音がすることもあります。2.5mmくらいだとさすがに弱いと思います。変形したり音に強さが無かったりします。3.0mm程度だとグレーゾーンです。ダメとまでは言えません。薄くなるほどわずかな差がが大きく強度に影響します。


ラベルは見えにくくなっていますが「CHARLES JACQUOT」と書いてあるはずです。この作者は19世紀のフランスの一人前の職人で値段は最大500万円近くするものです。しかしどう見てもミルクールの量産品でこの作者の評価額はこの楽器には関係ありません。
本などで作者の楽器を調べてもストラディバリモデルならみな似ていますので量産品でも似ています。本を見ても意味がありません。
一流のフランスの職人の楽器はとても高いクオリティで作られていてこの楽器はそのクオリティが無いので本などを見なくても一瞬で量産品だとわかります。

ミルクールの量産品となるとこの作者の作風とは関係ないと考えた方が良いです。当時のミルクールでは同じ「メーカー名」を異なる製造者が使っていたりします。その作者が工場を経営し設計をして品質を管理していたとは考えない方が良いと思います。可能性が無いとは言えませんがずさんなものです。

そのような考え方は戦後のブーベンロイトの時代にならないと通用しないと思います。それまでは地場産業として家々で内職で部品が作られ、工場で組み立てられ集められて有力な職人の名前で売られただけです。有名な量産メーカーになるほど生産量や従業員も多く管理も行き届きません。

だからこの作者の作風や評価について語ることは全く意味がありません。我々としては「何かしら名前がついていると売りやすい」と考えているだけです。これが全く何もラベルがついていなかったり、ストラディバリウスと貼ってあるとガクッと値段が落ちます。

これを日本の楽器店ならウンチクをベラベラと喋るのですが、そんなのはどうでも良いです。楽器のクオリティと音が重要です。

ミルクールの楽器はどれも似たり寄ったりで、名前さえついていれば良いというそれくらいのものです。


それに対して営業マンがこの楽器を売ろうとする場合、誰々の弟子で・・・・と作者の素性を説明するでしょう。でもそれは500万円する自分の作品のことであって、この量産品とは全く関係がありません。そしてこの楽器がそれとは別の量産品であるということを言うでしょうか?

営業マンはこれが量産品であるとさえ言わないと思います。
フランスの一流品は100~200万円では買えませんが、それを知らない人は100万円もすれば高級品と思うでしょう。しかしただのひどい品質の量産品です。勝手に高級品だと勘違いしている人にわざわざ知らせることは無いですから。



要するに大事なのは作者名でも値段でもなく楽器の質と音です。ウンチクは聞き流せばいいです。

板を薄くしてバスバーを交換しました。板を薄くするときにバスバーが邪魔になるので古いものは削り落としました。
割れ傷は木片で補強しました。ぱっくり割れていますが魂柱のところには達していません。これが魂柱のところまで行くと修理が厄介ですので念入りに補強しました。駒の足の真下の補強が来るのは変な感じがしますが、こんなのは意外と影響が無いものです。深く考えない方が良いです。

厄介だったのが過去の修理でf字孔の外側の割れを直したものでした。段差が付いたまま接着し裏から板を張り付けていましたがそれもひどい物でした。私が完全にやりおしました。私が初めからやるならこんなやりにくい方法はしませんがやってみるときれいにできるものです。


コーナーの修理もやり直しました。すでに修理されていたのにやり直しです。全くプロのレベルではありませんでした。エッジもパフリングとの間に隙間がありひどい物でした。過去の修理でつけられた木材は木目が全く違うし、エッジの形も他の部分と合わないものでした。段差もあって一か所もまともに修理で着ているところがありませんでした。
木片をちょっとくっつけるくらいできそうなものですが、わざとずらしてくっつけているのではないかと言うほどです。

ペグの穴埋めには茶色のよくわからない木が使われています。柔らかいので穴埋めには向いていないでしょう。さらにペグボックスと段差がありましたので削りました。Aペグの穴のところには当て木がしてありましたが木目の向きが間違っていて材料も柔らかい木でした。柔らかい木では補強の意味がありませんのでやり直しました。ペグボックスと同じカエデにしました。
ニスの補修も下手くそで色もひどかったです。見るからに痛々しい物でした。

この当て木の形もやりにくいものですが、他の穴に干渉するので形を変えるわけにもいきません。そのまま付け替えました。

色が違うので新しい木を他の部分と同じにするのは難しいです。

私が修理すれば量産楽器でもこれくらいにはなります。

板の厚みを変える作業は割と簡単です。新作をやっている経験が必要で修理だけやっていると経験が不足します。

パーツができたら組み立て

それぞれのパーツの修理が終わると組み立てです。表板を付けてネックを取り付けます。この辺りはルーティーンの仕事です。
ニスの補修も大変な仕事です。新しく加工したところはすべて白くなっていますから。

見た目は悪くないでしょう。これで中がひどかったのが信じられないくらいです。エッジやコーナーなど新しく取り付けた部分も違和感なくなっていると思います。

コーナーの修理は数をこなしているのでルーティーンです。これはとても難しいものです。

新しく付け足した横板はこんな感じです。ここは使っているうちにニスが剥げたり汚れたりするところなのでこの程度で良いでしょう。継ぎ目は全く見えないほどになっていますのでつぎ足してあることは分からないでしょう。
こんなにうまくいくとは私も思いませんでした。
良い修理とはやってあることが気づかれないものです。

この楽器はアンティーク塗装ではなく自然と古くなったものです。しかし下地は緑色に着色されています。このため深みがあるように見えます。
一見してミルクールのものだとすぐにわかるものです。コーナーは細めでフランスの特徴ではありませんが全体の雰囲気でミルクールだとわかります。


アーチは平凡なフラットなものです。ストラドモデルでアーチが平ら、板が薄い、それが100年も経っていれば単純によく鳴ることでしょう。なにも難しいことは要りません。

スクロールはフランスの一流のものとは違いますが量産品としては綺麗な方だと思います。
この前のナポリのものと比べて見ましょう。

こちらが800万円のヴァイオリンのものです。もう、やめてあげましょう。

反対側です。

正面も量産品にしてはピシッとした印象がありますし、指板よりもペグボックス全体の幅が広いのもフランス的です。ドイツやチェコの量産品なら指板の幅とペグボックスの幅が一緒です。

フランスの一流の職人のものとは全然違います。ドイツのヴァイデマンのほうが似ていました。

パッと見て量産品としては綺麗な方だと思います。フランスの量産品もひどいものもありますし、プレスなのにものすごくきれいなスクロールのものがあります。ネックだけ取り外そうかと思うほどです。別々の人が作っていたので胴体とクオリティが合っていないこともあります。
スクロールは音には関係がありませんが私はきれいなものがついているとテンションが上がります。

気になる音は?


音の予測は難しいです。この前は柔らかい音のミルクールのものがあったのでどうなるかはわからないものです。板は薄くしたので低音側が強いバランスの暗い音になるはずです。

実際に弾いてみると予想通り暗い音で発音が良く、力を入れなくても勝手に音が出る感じがします。発音が良く鳴るということです。
音はやや尖ったものです。すごく耳障りというほどでは無いですが明らかに鋭い傾向の音です、これは好みの問題ですごく柔らかい音が良いという人には合っていませんが力強さを優先する人には好まれるかもしれません。
この前のデラ・コルテの時にも暗くてよく鳴る鋭い音と言っていましたが、これもその系統です。その時にそのような音はミルクールのものにもあると言っていました。まさにそれです。
デラ・コルテは800万円、これは80万円くらいのものでしょう。それで音が似ています。全く同じということはありません。全く同じ音のヴァイオリンは無いですから。
感じから言ってガン&ベルナーデルにも近いと思います。300万円以上しますからこれがいかにコストパフォーマンスが良いかというわけです。

おさらいすると音は暗くて鋭めの力強い音です。これはうちでは学生さんなどによく売れるタイプの音です。フランスのものはもちろんドイツのモダン楽器で150~200万円くらいのものにあります。それに比べて80万円位なら割安です。当然それは量産楽器だからです。しかし実力はよくできたモダン楽器に近いものがあります。音大の教授もフランスの楽器を使っている人が多いのでそれに近いものなら使い勝手も似ています。200万円くらいのモダン楽器が買えないならこれでもレッスンを受けられるでしょう。

新作楽器にとっては厳しすぎる強敵です。特にフランス風に作ったら勝ち目がありません。
でも音の鋭さに特徴があり好き嫌いは分かれます。
私の作るものはとても柔らかい音がしますから全く違う方向です。音というのは好みが大きいのです。

量産楽器で80万円というのは高すぎると考えるのが普通です。ハンドメイドの楽器も視野に入ってくる値段です。しかしこの楽器は音については十分に競争力があると思います。見た目も並の職人くらいは十分にあります。ハンドメイドの楽器は作者ごとに癖が強く改造するわけにもいきません。このクラスで同じような音のものを探すのは難しいでしょう。

ミルクールだからというよりも私が修理・改造したことが重要です。同じようなものを探しても売っているとは限りません。

この楽器では過去に多くの個所の修理が行われていましたがたった一か所も合格レベルの場所が無くすべてやり直すか手直しが必要でした。一つも合格レベルの仕事をしなかったのはある意味凄いです。それくらい雑な職人はいます。修理は新作よりも正確で丁寧な仕事が必要です。デラ・コルテが修理をしたら同じようなひどいことになったでしょう。実際にイタリアの修理のレベルが低いらしくイタリア人に修理を教えていたこともあります。


いかにもミルクールの量産品という感じのものですから何のステータスもありません。量産品に100万円以上出すのは職人としては考えられません。東京で100~200万円位で売られていると普通の人は高級品と思ってしまうでしょう。しかし本当のフランスの名品はそんな値段では買えません。ただの量産品です。今回のものも板の厚みはひどいものでした、改造したから何とかなったようなものです。