継ぎネックの修理について | ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

クラシックの本場ヨーロッパで職人として働いている技術者の視点で弦楽器をこっそり解明していきます。

こんにちはガリッポです。

ヨーロッパでは洪水の被害が出ていますが、私の街は大丈夫です。
しかし増水した川でレジャーボートに乗っていた人が転覆して亡くなっています。激流の中で船を出すのが考えられません。

もともと雨が少ないので治水意識の低さに日本人は驚くことが多いです。うちの街でも川の中州に家がたくさんあります。河口付近のデルタ地帯ならともかく中流域で川の中州に家を建てるなんて考えられません。日本ではキャンプやバーベキューですら増水して事故になっています。
こんな最中に不動産会社の広告のパンフレットが入っていました。表紙の写真は3つの街で建物が水面すれすれにあるものばかりでした。人々の購買意欲をそそる素敵な物件の写真として掲載しているのですから。日本人からしたら怖いです。

傾斜がなだらかで広い流域面積を持つ大陸の大河は、雨が降ると水位がじわじわと上がっていきます。雨が何日か続けば無いに等しい堤防ギリギリになってきます。
3日も雨が続けばギリギリで、これまでは4日も続くことは無かったというだけです。
川底に滞積する土砂を取り除くような工事もしてないでしょう。川辺の建築現場で発掘などをしていると昔の建物の基礎が今よりもずっと低かったようです。これで気象変動が原因だと騒ぎ立てるのですから困ったものです。洪水は昔から自然に起きるもので古代エジプトが洪水で栄えたのは有名な話です。

日本の梅雨に台風が来たら一発で大洪水です。

面白いのは大雨のあとで、レタスのような野菜を買うと泥だらけになっています。日本なら「被害額が・・・」となる所ですが、そのまま売ってしまうのです。そんなところもいい加減です。


コロナの方はどうもワクチンだけでは感染拡大を防げそうにないです。
ヨーロッパの人たちはワクチンを過信して感染が急増しています。死亡者や重症者が増えなければ致死率が下がったと言えるでしょう。それが収束の姿なのかもしれません。しかし、ウィルスを自由にさせておくと新たな変異種が生まれる危険もあります。
ずっと様子を見ていないといけません。

学んだことはヨーロッパの人たちには予防という概念が無く、感染が拡大し大量の犠牲者が出てから初めて危険性に気づく人たちで、収まるとすぐに忘れて学習しないということです。
意外な一面が分かりました。

こんなようすですから工業製品の品質管理なんて期待できないわけです。


それから前回紹介した魂柱傷の修理をしたヴァイオリンですが、楽器を届けて5日後に持ち主の方が亡くなられました。修理の完成を楽しみにされていたので私も全力で修理をしていました。先々代の時代からのお客さんで最も親しい方でした。これが最後の仕事になりました。とにかく音楽を愛している方でいつも来ると私の作った楽器の音を最高だと言ってくれていました。

継ぎネックの修理

前回は魂柱傷の修理で難易度が高い定番の修理でしたが、今回は継ネックです。

継ネックはヴァイオリンでも完全に一週間かかる修理ですから直ちに20万円コースです。この時点でそれより安い楽器は修理を施す値打ちがありません。
継ネックが必要になるのは様々なケースがあります。

①ネックが折れた
②ネックの角度や長さがおかしい
➂ネック・指板の太さやネックの厚みがおかしい
④バロックとモダンで仕様を変える
⑤古く見せるため、ダミーの継ネック

等です。

①ネックが折れた
これは簡単な理由です。ネックが事故などによって折れてしまった場合、他に直す方法がありません。特にチェロやコントラバスで多く、修理代はヴァイオリンの何倍にもなります。コントラバスの継ネックはめったにやりませんが、何度かやったことはあります。安価なものでは接着剤でくっつけて木ネジで固定することが多いです。しばらくは使えるでしょうが、ネジが金属で木材と硬さが違うため、木材のほうが潰れていってグラグラになってきます。そうなると抜けはしなくても調弦や音程も不安定になります。

②ネックの角度や長さがおかしい
ネックの角度は使っているうちに狂ってきます。
古い時代に作られたものや修理されたものでは現在とは違う角度になっていることもあります。現在でも無知な製作者や修理人によって間違った角度に取り付けられるていることもあります。

長さについては現在では標準化されています。ヴァイオリンなら130mmというように決まっています。またストップとの比率も重要です。持つ場所と抑える指の位置に関係してきます。例えばネックが短くてストップが長ければ高いポジションの演奏をするときには指を伸ばさないといけません。

角度が狂ったものを直すにはいくつかの方法がありますが、一番完璧なのが継ネックです。他の方法だと理想通りにできない点が生じる場合があります。
角度は一生弾き続ければ一度くらいは修理が必要なものです。

当然専門店として売りに出す楽器では正しくなっていないといけません。このため継ネックを施す価値があるか楽器を見極めるのが重要です。量産楽器で継ネックが必要なものは買い取ったりしません。


➂ネック・指板の太さやネックの厚みがおかしい
これは太すぎたり分厚すぎたりする場合には削れば良いですが、細すぎたり薄すぎたりすると継ネックをしないといけません。時代や流派によって様々で売り物にするなら標準的になっていないといけません。このような原因で施すのは売りに出す楽器に多いです。
自分の所有物ですから持ち主は自分の好みに合わせてネックを細くしたり薄くしたりすることはできます。しかし売る場合には標準に戻さないといけません。


④バロックとモダンで仕様を変える
多くのオールド楽器に施されているのはこの理由です。バロックのネックは規格が定まっておらずバラバラだったので現代の標準的なものとは違います。
長年使っている途中でモディファイされて細くなっていることもあります。

また逆の可能性もあります。
バロック楽器を探すのはとても難しく、モダン仕様の楽器を選んでからバロック仕様に改造することもあり得ます。


⑤古い楽器に見せるためのダミー
このような理由でオールド楽器には継ネックされていることが多いです。もし継ネックされていなければ、オールド楽器ではないということになります。
このため古い楽器に見せかけるために継ネックをすることがあります。私は意味が無いのでやりません。製造の段階で継ネックをすると成形や木材の色などがスムーズすぎて新品の時からほどこされていたことが分かります。間違った長さでネックを切断してしまったなどで新品でも継ぎネックされているものがあります。仕事の精度が高ければ購入を避ける理由にはなりません。精度が低いと修理をやり直さないといけなくなるかもしれません。

更にダミーで継ネックがされているように見せかけるために、ひっかいて継ぎ目を描いてあるものがあります。ザクセンの量産品に多いものです。木目が続いているので分かります。

すごく凝ったものだとシュタイナーのライオンのヘッドがついているようなものでは通常使われるメイプルとは違う木材が使われています。修理ではそれにメイプルの継ネックを施されていることが多いです。完璧なシュタイナーのコピーを作ろうと思えばライオンの彫刻は別の木材で作るというのもあり得るでしょう。そこまで凝ったことをする例は多くは無いと思いますが、デルジェスでも安価なメイプルで作られたヘッドに上等なメイプルで継ネックされているものがあると思います。わかる人にはわかる雰囲気の違いです。


継ぎネックの修理

今回はネックが折れてしまったモダンヴァイオリンの修理です。100年くらい前のドイツのもので明らかに量産楽器とは趣が違います。マイスター作の楽器と言えるレベルのものですから継ネックを施す価値があります。

はじめにやるべきことはネックを胴体から取り外すことです。ヴァイオリンの場合には比較的簡単に外せますが、チェロやバスになると抜けないことが多いです。そうなると細かく切断して取り外したほうが胴体へダメージを与えるリスクを低減できます。どうせ折れたネックなら構いません。木材の性質を理解すると薪のように割っていくことができます。

次に必要なのは継ネックに使う木材を探すことです。初めから継ネック用として売られている材木があります。基本的にはオリジナルのネックやヘッド部分と似た木目のものを探すべきです。修理の基本というのは壊れる前とできるだけ同じにすることですから。
しかしさっきも述べたように単純に上等な木材を使う場合もあります。

このため、大量のストックが必要になります。新作でネックを作った切れ端でも足りる場合があります。

今回難しかったのはオリジナルのものが普通のヘッド・ネックとは90度向きが違うのです。裏板も横板も板目板で作られていてネックもそのように作られていました。継ネック用のストックには一つもそのようなものが無く私がかつて作ったビオラのネックの切れ端を候補にしました。しかしこれがギリギリで果たして足りるのか心配でした。

アマティはそのような向きでヘッドが作られていることが多いです。修理によって通常の向きのネックに継ぎ足されていることが多いです。このため上等な木材さえ使えば、ヘッド部分と向きが違う木材でも良いと考えられます。

さらにペグの穴を埋めます。必ず必要なのはEとG線の穴です。そこに新しい木材が接着されると全く同じ位置に穴をあけるのが難しいからです。

継ネックの手法にはいくつかの方法があります。接手とでもいうのでしょうか。
有名なのはフランス式ですが、昔のやり方と考えた方が良いでしょう。合理的ではありません。今回は師匠が考えもなく始めたものを引き継いでやったのでこんなようになりました。同じことを見習がやっていたら私に注意されるでしょう。生まれた順番の差です。

このタイプは弦の張力に対してとても強いのでチェロやバスではよくやる形です。ヴァイオリンではもう少し簡単な方法で良いと思います。
正確に加工するのはとても難しいです。私はこの作業専用にノミを改良しました。それは意外と便利で他の仕事にも使っています。平ノミの裏面は完全に平らな鏡面にするのが基本ですが、私はごくごく浅い外丸のラウンドを付けています。外丸の彫刻ノミでは丸みが強すぎるのです。ネック入れにも便利です。

さらに難しいのは新しいネックをちょうど合うように加工することです。加工自体はカンナで平面に加工するだけなので簡単ですが、面の角度を間違えるとヘッド側と合いません。左右傾いてしまうと指板が斜めになってしまいます。それを調整するのに長さがいるのですが、今回はギリギリということで慎重に作業しました。

このようにぴったりはまるというわけです。


これで接着完了です。継ネックの難しい作業は接着面を正確に加工することです。新作よりもはるかに正確な腕前が必要です。

それよりも増して他の作業量が多いです。

ペグボックスの中もくりぬきます。これも2時間では終わりませんでした。特に気を使うのはオリジナルと同じように再現しなくてはいけない点です。これは私が疑問に思う修理がなされたものが多くあります。もともとのスタイルを熟知していないといけません。新作なら自分のスタイルで作れば良いのですが、修理の場合には時代や流派による特徴を知っていないといけません。今回は師匠が始めたものを引き継いだのでオリジナルを見ていません。困ったものです。

指板を取り付ける面もヘッドに対して傾いていてはいけませんが、長さも正確に切断することが必要です。写真のように余裕はありませんでした。材料がギリギリだったからです。
しかしこれだけあれば手動ノコギリできることができます。

こういう見えない部分を正確に加工するのが品質の差です。

指板を付けた後でさらに裏板のボタンの幅に合うように側面を正確に加工します。

指板は機械で少し大きめに加工されたものが売られています。それを仕上げて張り付けるわけですが、これも師匠が途中までやっていました。見習なら注意される精度で、手順もおかしくやり直しが必要でした。
指板交換だけでも一仕事で、それなりにお金がかかるものです。

この後はネック入れの作業です。その前に通常は過去についていたネックのために彫られたほぞを埋めないといけません。一番理想的な方法は上部ブロックの交換ですが、表板を開けないといけませんし、それもまた誤差が出るものです。もっと簡単なのはほそだけを埋めるものです。
今回はオリジナルよりも太めの指板になったので埋める必要はありませんでした。ネックも胴体に埋め込む部分を0.2~0.5mm長くすれば行けるという目測通りでした。指板の寸法は作者のオリジナリティよりも演奏のしやすさを優先するべきです。
太目にして演奏しやすくなるというよりは標準にしただけです。それもほんのわずかです。
ネック入れの作業は90%の精度でやるなら短時間でできますが、本当に何もかも正確にやろうと思うと膨大な時間がかかってしまいます。特にチェロやコントラバスになると大変です。バスはあまりやらないこともあってか3日くらいかかってしまったこともありました。
自作の楽器を楽器店に卸す場合は、買いたたかれてしまうのでこんなことはやっていられません。しかし演奏上や音についてとても重要な部分なので自分の店で直接お客さんに楽器を売るなら必要なコストです。

スクロールにはゆがみがありまっすぐなのかよくわからなくなります。
これはすべて胴体の方のほぞの加工にかかっています。

加工するのは3面でこれでネックの角度や長さ、傾きなどが決まります。当然にかわで接着するだけですから面はネックの方とぴったり一致しないといけません。ネックの角度を高くしようと思えば真ん中の面の下の方を削ります。左右に傾いていれば中央の面の傾きを変えます。ネックの長さが0.2mm長ければこの面を0.2mm削ります。短くなったら戻せません。
左右の面のほうが重要とも言えます。くさび上になっているのでこれを広げていくとネックが深く入ってきます。修理の場合には裏板のボタンに合っていないといけません。そのほかもっとたくさん気を付けることがあります。

ネックの角度が決まったらネックを加工する必要があります。これも時間がかかる作業です。
量産楽器などで見事に加工されているケースはありませんから見分けるポイントになります。胴体やほかの部分は「個性」ということで何でも良いのですが、ネックだけは個性で済ますわけにはいきません。アマチュアの作者の楽器を見たときにまず見るのは指板やネックです。それ以外はそんなに文句も言いません。
私もネックの加工は難しくて、演奏者に指摘されます。偉そうなことは言えません。
少なくとも短時間で雑に仕上げたのではだめです。

特に難しいのは指板の先端、ナットペグボックスのつながりです。

ネックは胴体に接着する前の方が作業性が良いのでほとんど完成ギリギリまで加工しますが、最終的には楽器を持って構えてみてしっくりくるように仕上げが必要です。そちらの方が時間がかかるほどです。
このままでは新しくつけた部材が白すぎます。これでは不自然です。


このように染めると違和感がありません。
私はおそらく誰よりも研究していることです。

このように違和感が無いように色を合わせればニスの仕事ははるかに簡単になります。真っ白な木でそこだけ暗い色のニスを塗るとなると大変です。

筆の毛が一本ついていますが、目止めのためのものでこれは取れます。

下地の色がうまく出れば薄いオレンジのニスを塗り重ねるだけですから簡単なものです。これが真っ白な下地では何回塗っても古い楽器の感じが出ませんし、オリジナルの部分との違和感も強くなって、ごまかすために他の部分よりも色が濃くなって失敗したものはよく見ます。
また使用して手が触れてニスがはがれてくると真っ白な下地が出てきて悲惨なことになります。

着色で勝負が決まるのです。また量産品ではネックが極端に強く染められていることが多いので見分けるポイントになるくらいです。

手が触れる部分はいずれ汚れて黒くなっていきます。ここをニスで保護すると触り心地がベタベタしてプラスチックのように感じられます。なのでニスは塗りません。ネックはニスは塗らないので色を付けるには染めるしかないのです。
量産楽器ではラッカーやアクリルの塗装がされてあるものもあります。

続きは次回

大方の仕事は終わりましたが、ネックの角度が変わると駒も新しいものに変えなくてはいけません。長年手入れがなされていないので他のニスの部分も補修が必要です。厄介なのは穴埋めしたペグの穴です。

板目板で作られたドイツのモダン楽器がどんな音なのかも興味があります。

継ネックはネックを継ぎ足す作業で難易度の高いものです、しかしそれ以外に付随する仕事量が多いため高額になります。しかし音や演奏に重要な部分であり手抜きは許されません。