ドイツのモダンヴァイオリン、J・K・パーデヴェット | ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

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クラシックの本場ヨーロッパで職人として働いている技術者の視点で弦楽器をこっそり解明していきます。

こんにちはガリッポです。

コロナの方は状況が数週間前とは全く違ってきました。
これまでの考え方はすべて見直さないといけないかもしれません。
さっぱりわかりません。

前回継ネックを施したドイツのモダンヴァイオリンを紹介します。

一目見ただけで近代的な品質の高いガルネリモデルのヴァイオリンだとわかります。
典型的な大きなf字孔は、デルジェスでもイル・カノーネと呼ばれるパガニーニが使っていたもののようです。ヴィヨームがコピーを作って、デルジェスのイメージとして一般的になったのでしょう。意外とこのようなタイプのf字孔は多くありません。

作られた年代は1927年と書いてあります。同じ時期にイタリアのジェノバで作られたヴァイオリンにもよく似たものがあります。ジェノバはパガニーニ出身地で、パガニーニの死後、自身の意思でカノーネを市に献上しています。それらを元にして作ったというわけですが、忠実なコピーというよりも、この楽器と同じように現代風にモディファイされています。
この時代にはヨーロッパ全体でこのような作風が流行したと考えて良いでしょう。

裏板は板目板を使っています。形はいかにもガルネリモデルといったものですが、美しくモディファイされているように見えます。オリジナルに忠実にというよりは美的に完成度の高いものになっています。
板は通常とは木目の向きが90度違う板目板になっています。これはデルジェスもたまに使用したものです。
塗装は軽いアンティーク塗装で下地は黄金色に着色され、オレンジ色のニスが6~7割くらいの面積で塗られています。

剥げた様な跡を人工的につけています。しかしとても1740年頃のものには見えません。アンティーク塗装はしてあるとはいえ、どう見ても20世紀の楽器であることが分かります。
一方20世紀の楽器として見れば美しく安価な量産品とは違うことが一目瞭然です。
ニス自体も柔らかいオイルニスで、長年手入れがされていなかったので汚れが多く付着していました。掃除してきれいになりすぎたかもしれません。

したがって新品の時には汚れを再現したようなアンティーク塗装ではなく、ピカピカの新品の楽器に「陰影をつける」という手法で7割くらいの面積にニスを塗って、傷をつけたものだったはずです。
私は新品のような楽器でニスが剥げていて傷がついているというのは、デルジェスのようなものを再現するならやりません。とても古い楽器には見えないからです。

私なら軽いアンティーク塗装の場合、100年前のモダン楽器を再現するようにするでしょう。ほぼ新品のようで一部だけニスがはがれたり薄くなったりして、隅っこに汚れがたまり、全体的にもうっすらと汚れがついているような感じにするでしょう。

この楽器も新品のころはかなりおかしかったでしょうが、100年近く経って馴染んできています。

継ネックしたヘッド部ですが継ぎ目も目立たなくなっています。ガルネリモデルのスクロールとしてよくあるのは渦巻きの2周目が大きな半径になっていることです。
これもイル・カノーネのタイプのスクロールです。実際は父親のフィリウスアンドレアが作っていたスクロールが多いので、もっとアマティ的なものが多いです。
しかしイメージとして定着したガルネリモデルというのはこのようなものです。

これはオリジナルのイル・カノーネに似せているというよりは近代的な楽器としての美しさを持たせていると思います。整ったきれいな丸をしています。
カノーネの荒々しいタッチはありません。
いかにもモダン楽器というものです。

反対側のも同様です。

前から見た様子でもオリジナルに似せようということは無くバランスよくできています。
継ネックの継ぎ目は完全に無いようにすることはできません。正当な修理なので隠す必要もありません。もっと色が濃いニスの楽器なら隠せるかもしれません。しかし全体の色調のトーンがうまく再現できたのでひどくおかしいということは無いでしょう。

後ろ側も安価な量産では無いことがすぐにわかります。木材の取り方が独特なのでこの向きで杢が強く出ます。このような取り方はアマティで多いですが、ストラディバリになると無くなります。つまりストラディバリのスタイルが一般的なものとして定着したということでしょう。

アーチも近現代風でごく普通のものです。普通といっても安価な量産品のようなものではなく、バランスが取れていて整っていますし、仕上げもきれいです。相当な数をこなした職人で無いと意外とできないものです。ごく普通のものを作るのは結構難しいのです。
このためすぐに高級品だとわかります。一方でオールド楽器と全く違うこともわかります。
横板も板目板を使っています。
うちでは珍しくエヴァ・ピラッチを張っていますが、持ち主のチョイスでソリスト的なものとしては代表的なものです。

ヨハン・カール・パーデヴェトという作者

このような見事なドイツの楽器であれば、そこに作者名がついていればおよそその作者のもので間違いないでしょう。
ラベルにはJ・カール・パデヴェトと書いてあります。発音はパーデヴェットの方が良いでしょう。
製作地はカールスルーエでラベルにはカールーエとミスプリントされています。上部ブロックについているラベルにはカールスルーエと書いてあります。
1887年に生まれて1971年に亡くなった作者で時代も新しいこともあって相場などは分かりません。つまりオークションなどでは全く注目されておらず記録が無いということです。
近年ドイツのヴァイオリン製作者協会が発行したドイツのモダン作者の本にはヴァイオリンが出ています。フルバーニッシュでアンティーク塗装ではありませんが、f字孔がまさに同じです。焼き印なども同じで本物でしょう。それだけでなくドイツのモダン作者として一流だということです。

値段は1万ユーロを超えるくらいでしょう。150万円くらいのものです。

どうやってこの作者がヴァイオリン製作を学んだかですが、マルクノイキルヒェンで最初の教育を受けて、その後ミュンヘンのジュゼッペ・フィオリーニのもとで働いています。さらにハンブルクのゲオルグ・ヴィンターリングのもとで働いています。
フィオリーニの弟子といえば、アンサルド・ポッジなどが有名ですが兄弟弟子にあたるということです。

それでもどちらかと言うとヴィンターリングの感じのほうが近いかもしれません。ヴィンターリングもドイツでは一流のモダン作者として有名です。

楽器自身も美しく、ビッグネームの弟子ということで本来なら値段が高くなくてはおかしくありませんが、そこはドイツの楽器です。150万円という値段はフィオリーニの弟子という肩書にしては安すぎます。

板の厚み



表は薄くだいたいどこも均一でグラデーションはありません。フランス的です。
裏板は厚みがあります。やや厚めで20世紀の楽器としては普通でしょう。特に厚すぎるということはありません。また板目板は柔軟性が高いので問題になることは無いでしょう。

モデル自体は細身になっています。一般的な現代の楽器よりも5㎜くらいは幅が細くなっています。
たいてい美しい形にデザインしようとすると細くなってしまうものです。外観を美しくするために細身のモデルになったのかもしれません。本に出ている少し後の年代のものは幅の広いモデルで、同様のf字孔がついていますが、デルジェスのモデルなのかよくわからないものです。

気になる音は?


表板にはあけられた形跡もなく、バスバーもオリジナルでしょう。今回の継ネックをしてネックは理想的な状態になりました。
100年以上経っている楽器ならバスバーを交換するのも手ですが、持ち主の判断です。

試奏すると、100年近く経っている楽器だけあって発音も良く音が出やすくなっています。基本的に優れたものです。
キャラクターとしてはものすごく低音が強く深みのあるものではなく、中音に厚みがあっていわゆる「明るい音」の傾向です。前のチェコのヴァイオリンの様にビオラのような暗い音の楽器ではありませんし、もの凄くソリスト的な感じもありません。
ただし嫌な鋭い音ではなくモダン楽器としては柔らかい方、明るめの音で発音もよく優れたものだと思います。
裏板の厚いことで高い音域が響くようになっているのだと思います。これは好みの問題です。

典型的な現代の新品のものに比べれば深みのある音でしょうが、オールドやモダンのような感じではありません。明るめのモダン楽器というそんな感じです。
日本人の学生やプロのオーケストラ奏者が探しているものでしょう。これをイタリアのものに限定すれば最低500万円、1000万円くらいは必要かもしれません。

ミルクールのものと比べると繊細で上品な音がすると思います。ただしミルクールのものも個体差がありますし、逆にミルクールの上級品なら量産楽器特有の音というのも確認できません。
音としては好みの問題としか言いようがありません。
見た目はミルクールの中級品よりは美しく、各部に統一感があります。マイスター作と言えるものです。

ドイツのモダン楽器やマルクノイキルヒェンの流派であれば力強い音の反面耳障りというイメージもあります。しかしこの楽器ではそうでもありませんから流派で判断するのではなく個別の楽器を試奏するしかありません。

鋭い音のモダンや現代の楽器はどこの国のどこの流派のものでもよくありますので、特に理由は無いでしょう。普通に作れば鋭い音になるということです。
したがって試奏して強い音がしても特別珍しいものではないということです。有名な作者の高価な楽器で鋭い音がすると「さすがよく鳴る」と考えず、安価な楽器やオールド楽器も試してみるべきです。

なぜ柔らかい音になるかもわかりませんが、そちらの方が例外的と言えます。何か秘密があるのかもしれません。

幅の狭いモデルも現代的なアーチなら特に問題にはならないでしょう。これが高いアーチのものなら窮屈になるかもしれません。
私がバスバーを交換すればさらに柔らかい音になるでしょう。現時点ではどうしてもという感じはしませんが、ソリスト的な意味でもやったら良いかもしれません。

ごくごく優等生的な楽器で新品よりも発音が良く値段が150万円くらいですから我々現代の職人にとっては強敵すぎます。この路線では太刀打ちできません。

このあたりの楽器はあまり知られていません。それだけに実力よりも価格がはるかに安いです。現代の職人はこのような優れたものがあることを知らずにうぬぼれているのです。