音大教授のモダンヴァイオリン | ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

クラシックの本場ヨーロッパで職人として働いている技術者の視点で弦楽器をこっそり解明していきます。

こんにちはガリッポです。


私も夏休みをいただきます。働き始めてから夏に休暇をとったのは初めてです。お盆休みのようなものはありませんから休暇を取らないと休みはありません。


今回は雑多な内容です。

はじめにチェコのフランティシェク・クリーシュのヴァイオリンの購入者が決まりました。私がこれは売れるだろうと感じたものですが、間違っていませんでした。現地の人たちの音の好みを把握しています。こちらの人たちは買う時は作者の名前も見ずに弾き比べて選ぶだけですから、読みが当たったというわけです。

まず見た目の段階でも、よくできたモダンヴァイオリンで音も悪いはずがなく売れるだろうとは思いましたが、音はそれ以上でした。
よく鳴るし、ソリスト的なスケールの大きな演奏が可能となるものです。さらに低音がとても強いバランスでまさにビオラのような音、それでいて高音は耳障りではなく柔らかさのあるものです。
それだけ素晴らしい楽器なのに知名度はなく商人が我々とは全く違う眼鏡で楽器を見ていることが分かります。

見た目でもある程度そういう勘というのは働きます。表板がぱっくりと割れていて演奏できる状態では無い楽器でしたが、良さそうだったのだったので引き取ったものです。

個人一人では、見た目で楽器を選んで音が気に入るのは難しいかもしれません。しかし弦楽器店なら、様々な音の楽器を取り揃えておくことで、「運命の楽器」に出会う人が出て来るわけです。このため作りが良い楽器は注目に値します。

言い換えるとどこの誰が作ったものでも、品物としてよくできていれば、音は誰か気に入る人が出てくるだろうということです。
ヴァイオリンというのは決められた通りに作ればそんな変な音にはなりません。変な音のヴァイオリンを作りたくても作り方が分からないほどです。
普通に作るだけでヴァイオリンらしい音のものができます。それが100年もすればよく鳴るようになっているというわけです。だから作者名はあまり重要ではありません。モダン楽器なら個性ある我流のものよりも、スタンダードなものの方が私は「基本が分かっている」と評価します。クリーシュは多くの経験を積み、自分の狭い世界ではなくモダン楽器の基本をちゃんと理解しているように思います。それでさらに個性もあって音も優等生的に優れた上に個性もあるというものです。

一方で我々は専門家として「これが良い音です」とは言いません。好きな音のものを選んでくださいというだけです。人によって好みが様々なので音が良い楽器を選りすぐって売るようなことはできません。もしやろうとしてもその店主の好みの音にすぎません。だから、作りがちゃんとしてればそれで良いのです。


購入者が決まってカスタマイズはアジャスター付きのテールピースに変えた事です。この辺りも使う人の好みの問題です。

ジョフレド・カッパラベルのヴァイオリン


ジョフレド・カッパのラベルが付いたヴァイオリンがあります。コレクターのヴァイオリン教授の持ち物です。他にもオールド楽器をいくつも持っている人ですから審美眼があるかのように思うでしょう。演奏技量もあって楽器の良し悪しもわかると思うでしょう。

しかし私が見ると一瞬でこれが、ジョフレド・カッパでもイタリアのオールド楽器でも無いことが分かります。
20世紀の初めころに作られた「コピー」です。初めからカッパのコピーとして作られたのか、アマティか何かのモデルで作られたものに偽造ラベルを貼ったのかはわかりません。アマティのラベルを貼ると「そんなわけない」と疑われるでしょう。知名度の低いカッパにすることで「もしかしたら?」と思わせるのが狙いだと考えることができます。

カッパ自体がアマティ的なイタリアのオールドヴァイオリンなのでアマティモデルで作られたものと全く離れているというわけではありません。品質はアマティよりも落ちますので、カッパならアマティのクオリティや特徴が完全でなくても良いというわけです。しかしタッチが全く違い、この楽器ではオールドの雰囲気がありません。

スクロールを見ても全くオールドの雰囲気はありません。しかし丸みが綺麗に出ていて仕事自体は丁寧なものです。

オールド楽器にしては状態が新しすぎるものの、下地の着色の色合いや木目の雰囲気、陰影をつけてアンティーク塗装で塗られたニスの雰囲気も良いものです。

アーチなどは高さは多少あっても近現代的なものでオールドっぽさはありません。

100年ほど前に見事に作られたアンティーク塗装の楽器ということになります。鑑定に出しても150万円くらいの評価を言っていました。作者不明の楽器にしては破格の高値です。それだけ見事なアンティーク塗装の楽器では評価が高くなるということです。

仕事自体の質は高く、雰囲気もあるので物としての価値は高いものです。しかし弾いてみると音はあまり芳しくありません。音がどうこうという前に鳴りっぷりが悪いですし、オールド楽器の見た目からすると硬すぎる感じがします。これならなんでもないストラド型のモダン楽器のほうが売れる可能性があるかなと思います。

こういう楽器はずっと在庫として残るような気がします。ヴァイオリン教授の所有物だからと言って良い物とは限りません。

音は弾かないとわからない

私が見れば一瞬でモダン楽器だとわかるカッパラベルのヴァイオリンでも一般の人には見分けるのは難しいかもしれません。名器をいくつも持っている教授でも分かりません。

だから弾いてみないと楽器は分からないのです。
ちなみにクリーシュの方も別の音大教授に薦められて購入したそうです。こっちは音について確かでした。

通ぶって知ったようなことを言うよりも、ただ素直に音に耳を傾けるべきです。


当ブログでもいろいろ紹介していますが、板が薄めのモダン楽器はほとんど売れて残っていません。主に音大を目指す学生や音大生が買っています。残ってるのは板が厚めのものです。

板が薄い方が音が良いとは言いません。これは好みの問題です。こちらの地域の人たちには好まれるものです。

19世紀のモダン楽器には板が薄めのものが多かったのでそれがモダン楽器の基本と考えた方が良いでしょう。それが今では若い才能が求めているものです。
20世紀には何らかの理由で板を厚くすることを考えたのかもしれません。理屈で考えたことは理屈にすぎないという例です。このような知識を集めることは逆効果なのです。