夏休みをいただいているので軽めの内容です。
今回もモダンヴァイオリンの話題です。
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イギリスのマンチェスターで1901年に作られたものです。
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一見してとても美しく作られていて、量産品ではないことが分かります。
作者は、ジョルジョ・アドルフ・シャノーです。お気づきの方もいるかもしれませんが、ジョルジョ・シャノーと言えばフランスの一流の職人です。
ジョルジョ・シャノーはヴィヨームに比べれば知名度こそそこまでではありませんが、楽器自体は同等以上でしょう。
ジョルジョ・シャノーには息子がいて、ジョルジョ・シャノーと言います。2番目のジョルジョ・シャノーも一流の腕前で1851年にロンドンに移住しています。この作者はその息子なので、フランス系の2世ということになります。名前はジョルジョ・アドルフ・シャノーでまた同じ名前です。
一見した感じでフランスの楽器製作の基本がしっかり叩き込まれているように思います。品質も高く美しい完成度を持っています。しかし父親のシャノーを本で見ると、もっとフランスっぽいです。いかにもフランスというものです。それから比べると、フランスらしさは薄くなっているようです。しかし完成度の高いストラディバリモデルはまさにフランスのものです。裏板の長さは357mmで19世紀前半のフランスのものよりは短くなっています。19世紀後半ヴィヨームの時代には、オリジナルのストラディバリに近いものがつくられるようになりました。
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f字孔は丸い部分が大きいですね。
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コーナーはちょっと先端が細めです。コテコテのフランスの楽器の四角い感じではありません。
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スクロールもちょっと独特です。
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しかし基本的な仕事のタッチやペグボックスの作りなどはフランスの基礎が感じられます。
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アーチもフランス的な美しいものです。高さ自体もモダン楽器らしいです。
ニスは軟質系でとても柔らかいものです。フランスの楽器の赤いニスとは違うようです。
柔らかいニスはベトベトして汚れが付着しやすく、消しゴムのようにこすれると減っていきます。1901年の楽器でも見た目はそれ以上に古くなっています。演奏者も松脂を使い過ぎです。ニスと松脂と汚れが一体になっています。
ドイツのマイスターの楽器にもこのような柔らかいオイルニスが使われています。当時の流行ということでしょうし、いまでも「柔らかいニスが音が良い」というウンチクを聞いたことがあるかもしれません。その頃の考えでしょう。実際には硬くても音が良い楽器があります。
父親のジョルジョ・シャノーがイギリスに渡った1850年頃からイギリスのヴァイオリンの作風が変わったように思います。ヒルもストラディバリコピーを作っていますが、いかにも近代的なものです。かなりフランスのモダンヴァイオリンの影響を受けているでしょう。今でも我々が知っている常識の多くはその頃形成されてきたものです。
イギリス人はフランスの楽器のまねとは言わず、ストラディバリを再現したと言い張った事でしょう。これは現代の楽器製作でも同じことです。
近代や現代の楽器製作の基本はフランスで確立したもので、何世代も重ねた今ではそうとは知らずに自分はストラディバリを再現したと思い込んでいるのです。
しかし、今でもフランス的な楽器作りが根底にあり、それが主流です。だからどこの国の作者のものでも似たり寄ったりなのです。一方でこのシャノーの様に世代を重ねるごとにはっきりとしたフランスの特徴、クオリティは失われて行きました。
どこの国の楽器でも20世紀のものはフランスの楽器の出来損ないというわけです。
今ではフランス流の楽器作りと、ストラディバリなどのイタリアのオールドの楽器作りが混同されています。これが私が研究しているテーマです。
本当にオールドらしい楽器を作るにはフランス流の楽器作りを捨てないといけません。一方でフランスのスタイルはストラディバリをよく研究して作られました。自己流の楽器よりもストラディバリに近いのです。本当に微妙なところです。
私はヴィヨームのストラディバリのコピーでもストラディバリとは基本が違うと思います。イタリアのモダン楽器でもオールドの時代とは全く違うと思います。
私がアレサンドロ・ガリアーノのコピーを作って、ミラノのヴァイオリン製作学校で先生をしていたイタリア人の職人に見せたらびっくりしていました。それは全く彼らの作っているものとは違うものだったからです。
知識としてはそのようなことを知ってもらいたいです。業界の偉い人たちも、現代風とオールド風の区別がついておらず混同しているということです。だから彼らの言うようなことはあまりあてにならないのです。
このため楽器は評判ではなく自分で選ばないといけないのです。
でも私にしかわからないということではなくて、頭を柔らかくして素直に楽器を見れば、現代のものとオールドが全く違うことは一目瞭然です。
混同しているというよりは、自分たちの信じている作り方がストラディバリと同じだという建前が無いと権威として存在できないのでしょう。
学校で教えるなら業界の常識である現代風の作風を教えるのは当たり前です。その時「先生が言ったから」と絶対に正しいと思い込むのです。特に西洋では「低学歴」の職業ですから、客観的な研究によって知識を改めていくという姿勢はありません。偉い師匠が言った教えが経典のように信じられていきます。それに対して不真面目な教え子や独学の職人は現代のプロとしての水準にも達していません。それから比べれば、現代風にまじめに作られた楽器は見事なものです。
つまりかつて(19世紀)には、ストラディバリと他のオールド楽器との違いを研究してストラディバリの特徴を誇張したと言えるでしょう。他のオールド楽器とは違うものとしてストラディバリをとらえたのがモダン楽器といえるかもしれません。各地でオールド風の作風が惰性で伝わっていたのを一新したのです。
それに対して私は、他のオールド楽器と同じものとしてストラディバリを捉えようとしています。これは逆転の発想です。他のオールド楽器と多くの部分は共通であり、表面的な部分にストラディバリの癖があるという見方です。他の作者もそれぞれ癖があって面白いものです。
多くの人は歴史には興味がありません。自分の師匠くらいしか見えていません。元をたどればフランスから来ているということも知りません。また新しい流行が起きると飛びつきます。コンクールで受賞した作品のまねをするのです。
オールドのものと区別するためにも、モダン楽器はよく知らないといけません。オールドと違うからと言ってバカにするべきではありません。19世紀のものはもう忘れられた技術になろうとしています。実際に音を試してみればバカにはできないはずです。一方でオールド楽器はまた別ものです。どちらも興味深いものです。
現実的な予算で学生やプロのオーケストラ奏者などが実用的に考えると優れたモダン楽器を手にすることは当面の目標になるはずです。
新品でも同様に作れば優れたものになります。まさに失われた技術です。
私にとってはそれに対していかに魅力的な楽器が作れるかが厳しい試練だと思います。現代の職人は無知によってうぬぼれていてはいけません。
高いアーチの楽器などは面白いものです。モダン楽器とは別の世界を探求したいものです。しかし実用的に優れたものでなくてはいけません。
見事なオールド楽器のコピーであれば、弾く前には注目を集めます。でも実際に弾いた後ではフランス風のものの方が良いという人は少なくありません。だったらフランス風のものを作る方が消費者のニーズに応えることになります。
「実力=音」で評価されるのは難しいのです。商人が実力による楽器評価を避けるわけですよ。
寸法と板の厚み
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寸法は教科書通りのストラディバリモデルです。ストップが193㎜程度で現在の195mmよりわずかに短く、ネックも2mm短くなっています。手の小さな人にはありがたいものです。
フランスのモダン楽器で193mmは普通です。さらにf字孔の中心よりも駒の位置がだいぶ下にあります。表板の中でf字孔の位置がやや上にあるのです。これは最近の発見です。フランスの楽器をパッと見たときの印象に影響があると思います。
板の厚みはいかにもフランスというものです。表板は全体的に2.5㎜程度で中心付近はわずかに厚くなっていますが、2.8mmなどは十分薄くて現在では3mm以下で作る人は少ないのではないでしょうか。
裏板も全体的に薄めです。イギリスで作られてもフランスの基礎はそのままです。
音については残念ながら、期限が迫っていてニスが柔らかく完全に乾いていなくてこの時は触れず試すことはできませんでした。
ガット弦を張っています。今でも年配の方ならガット弦を張っている人がいます。
マンチェスターのG.A.シャノーはかなり数を作った様なので割と存在するようです。
値段は最高で25000ユーロで為替相場によりますが310~330万円ほどです。ちなみに初代のジョルジョ・シャノーは1300万円ほどになります。
こうやってフランスの楽器作りが各国に伝わって行ったのが分かる例です。また職人たちは仕事を求めて各地に移動していたことが分かります。最近紹介している作者は皆あちこちに移動しています。私も日本からこちらに来ています。音楽家と同じです。産地にこだわるのはあまり意味が無いと言えるでしょう。
またフランスの高度な楽器製作も世代を重ねるとすぐに失われてしまいます。アマティやストラディバリと同じです。教えるのが非常に難しいのがヴァイオリン製作です。私も苦労しました。
職人に教えるのも難しいくらいですから、皆さんが理解するのはほとんど無理です。