その腕の中で眠りたい ◇17 | 有限実践組-skipbeat-

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■ その腕の中で眠りたい ◇17 ■





 このあと連れて行かれたそこがどこなのか…は、仁子にとって興味深いものだった。

 何故かと言えば、表向きは全くそういう風には見えない門構えだったのだ。



 煉獄を連想させる赤々としたゲートは明らかに武骨で、それはずいぶん分厚い鉄板で出来ているのだろう、門が開き始めると深く重い地響きが轟き始めた。


 だが、意外なことに開放された門の向こうで待ち構えていたのは、明らかにプロの手により整えられたと思われる広大な芝生庭。そして近く、または遠くに霞んで見えるいくつもの白い建物だった。


 建造物の距離感を見る限り、まるで高級なロッジのように見えなくもなかったが、正しくはVIP御用達の秘された個室ラウンジだった。

 いや、正確には、個室ではなく戸建てだが。



 こんな所にこんな場所があったのか、と仁子は大きく目を瞠り、そして息を飲んだ。




 やがて辿り着いた大きな建物のガレージに乗り込み、車が停止した所で自動シャッターが閉鎖。

 これで完全に閉じ込められたことになる。


 車のドアが開き、促されるまでもなく車外に降りる。と同時に建物内に通じる扉が開き、そこから現れた人物を見て仁子は再び目を見開いた。



「 やぁ、遅かったね 」


「 …っ…セディ…ッッ!! 」



 現れたのはセドリック・D・ベネット。

 この3年間、決して振り向いてくれることが無かった彼だった。



「 どう、して…? 」


「 ん?それは、面白そうだったから、かな 」


「 面白そうって…!! 」


「 いや、面白いだろう?演技者の父が、こんな事をしようって言うんだから。よっぽど怒っているんだろうな、と思ってね。せっかくの声がけだし、見物しない手は無いと思ってね 」


「 余計なことは言わんでいい。さて、仁子。LAで女優を目指しているというお前に一つの道を提示してやる。私の事務所に所属させてやろう 」


「 ……どういう、こと? 」


「 言っておくが無給扱いだからな。しかし、やる気があるなら所属後にベネットがいる事務所に派遣させてやってもいい。ただし、所属を明かした状態で、な 」


「 …っ? 」



 意味が通じず眉を顰めた仁子を見て、ベネットがクスクスと嗤い始めた。



「 ねぇ、仁子。随分えげつないことを考えると思わない?ライバル会社に顔出しで預けるなんてさ。

 当然、誰もが仁子をスパイだと思い込むだろうね。あるいは、誰かの足を引っ張りに来た刺客だと考えるかな。当然、ことあるごとに仁子は標的にされるだろうし、散々いじめられるかもしれないね 」


「 なんで、そんなことっっ…。今までずっと無視していた癖に、今になってプリンス・セディがそんなことに手を貸すなんて…!! 」


「 さっきも言っただろ。面白そうだと思ったからだよ。何しろ仁子のおかげで多少のショックを受けちゃっていたからね。日本女性はキョーコのように純真で情に厚いと信じていたのに、実はそうじゃない女もいるって知らされてね… 」


「 嘘を付くな、セディ。そもそも、キョーコを呼び捨てにするな 」


「 おー、こわ。そういうとこ、ぜんぜん成長していないんじゃないの?敦賀蓮くん 」


「 どんな名前でも俺を呼ぶな。お前にどうこう言われたくない 」


「 ここでいがみ合うな、二人とも。本題をすり替えてはいかん 」


「 …だね 」


「 です 」


「 仁子。やってみなよ、君なら出来るって。だって君、そういうの結構好きそうだもんね 」


「 …っ!! 」



 仁子は当然迷った。


 たとえどれほどの人間に邪魔をされても、そんなのはいくらでも跳ねのけられる自信がある。


 けれど、仁子はただアメリカで女優としてデビューできればいいという訳ではないのだ。

 富も、名声も、出来れば権力もある人物の後ろ盾を得て、華々しくデビューを飾れなければ高園寺絵梨花の鼻を明かすことは決して出来ない。

 安泰な地位を築くことが出来ないのだ。



「 あれ、迷っちゃう?何だ、意外。二つ返事でやるって言うと思っていたのに。もし所属できたら業界の色んな男に声を掛けてもらえる機会が増えるかもだよ?君はそうしたかったのだろう?それを足掛かりに、強力な後ろ盾を得るチャンスが巡って来るかもなのに。

 3年間、それこそ若さをキープした甲斐があるってものだろう?もっとも、もしそんな男を見つけられたとしても、いい様におもちゃにされて捨てられるのがオチだろうけどね 」


「 ……っっっ!!!どうしてそう思うのよ!! 」


「 ほら、分からない。愚かだな、仁子は 」


「 愚かなのは私じゃない。世の男性たちの方よ!私、ずっと不満に思っていたのよ!

 私が通っているヨガクラスの女性で、最近投資銀行家と結婚して高級住宅街に住み始めたのがいるけど、その女ったらとんだブスで!それに頭だって良くないのよ。しかも私より年上!そんな女がどうやって投資家に取り入ったのか知らないけど、これだけは断言出来るわ!もし彼女と私が一緒にその男と出会っていたら、その男は絶対私のものになっていた!運がいいだけの女が心底ムカつくわ! 」


「 ふぅん、そう 」


「 私だって、どこに行けばリッチな男性に出会えるか、それさえ知っていたら3年間もこんな生活送っていなかったわ!そもそも、どうして贅沢なライフスタイルの女たちってあんな平凡な人ばっかりなのよ!京子さんだってそうじゃない!演技だって記憶力だって私の方がずっと上よ!それなのに…。

 かなり普通の、つまらない女が、ものすごく裕福な男性と結婚できちゃうのを疑問に思うわ。私を選べばいいのに!私なら家柄だって申し分ないし、美人だし頭だっていいのに 」


「 性格は最悪だけどな 」


「 蓮さんっっ!! 」


「 だからね、今こそ君の疑問に答えてあげるよ、仁子。3年間、君を無視し続けた本当の理由を 」


「 …セディ… 」


「 はっきり言うよ。ビジネスの視点からすると、君と関係を持つのは悪い決断だ。理由はとても単純だよ。君がやろうとしているのは、美とお金の交換だからだ 」


「 美と、お金? 」


「 ここで一つだけ重大な問題がある。美はそのうち無くなってしまうという事だ 」


「 そんなことないわ!だって私は3年間ずっと… 」


「 だが、それは永遠には続かないだろう。いま20歳の君だって10年後には30歳になっている。50年後なら70歳だ。そうだろう?

 一方、プリンス・セディは君にとって大層魅力的な資産に見えるだろうね。当然だ。この男の富や名声や稼ぎは本人が努力し続ける限り上がり続けるのだから。だが、君は?

 君は毎年どんどん美しくなっていくだろうか?答えは否。君はやがて老いていく 」


「 それは、あなただって同じじゃない!セディ!! 」


「 同じじゃない。美しか資産を持たない君と一緒に考えられては困る。プリンス・セディは俳優でもあり、アーティストでもあるんだ。しかも器の大きさが君とは違う。

 そもそも君の美はいつか値下がりする資産じゃないか。そこに魅力など一つも無いと、どうして気づけないのかな。頭が良いなんてよく言えたよ。3年間も。ずいぶん無駄な時間を過ごしたものだ 」


「 ……っ!! 」


「 いいかい?ウォールストリートではね、どんな取引にも担保保有というものがある。

 例えば、ある資産家の男が仁子とデートしたとしよう。デートは仁子を短期に保有することだ。

 だが仁子の美は値下がりする。すると資産家の男はどう考えるか。簡単だ。仁子をあっけなく手放す。投資家の多くは売買するものの価値が落ちると判ればそれを手早く売ってしまうものだからね。

 一方、今回久遠はキョーコと結婚する訳だけど、結婚は相手を長期的に保有することだ。実に賢い選択だと思うよ。なにしろキョーコは魅力的な日本女性だからね。頑張り屋で、努力を決して怠らない、心の美しい女性だ。

 仁子が彼女にすげ代わろうとしたところで無駄な努力だ。急激に価値が下がるものを長期保有することに意味などないんだよ。男はそんなバカじゃない。ましてや稼ぐ男ほど頭が切れるものだ。

 お前みたいな女、短期で十分だ。あるいはリース契約で十分なんだよ 」


「 ……っっ!! 」


「 この説明で納得できないなら、デュリスの話に乗るがいい。そして確かめてみるといいよ。

 仁子を弄ぼうとする男はきっと山ほど群がるだろう。そして散々騙され、体を貪り尽くされればいい。そんな10年後の仁子を見て笑ってあげるから 」


「 だったら、教えてよ!!どこに行けばそういう男に出会えるか!! 」


「 ・・・・知ってどうする? 」


「 決まっているじゃない!絶対手に入れて女優に返り咲いて… 」


「 無駄だよ、仁子。言っておくが、無駄だ 」


「 決めつけないで!! 」


「 セディの言う通り、無駄なんだ、仁子 」


「 Mr.デュリス… 」


「 お前がどこの芸能事務所のドアをノックしたところで無駄だ。たとえどんな男の後ろ盾を得たとしても。何しろ全米の芸能事務所を相手に太刀打ちできる者など世界中のどこにもいないのだからな。

 仁子のプロフィールは既に手配済みだ。もし行くことになったらよろしく、と。

 アメリカ全土の芸能事務所および芸能関係者に余さず告知してある。クーが解析したバンジーミスの真相映像とともにな 」


「 な…っ!!! 」



 さすがに理解できたのだろう。

 仁子は顔を青ざめさせた。



「 ひ・・ひど・・・・・っ 」


「 ひどい?この程度が?俺から言わせたら、君がキョーコにした方がよっぽどだ。命を削られないだけマシだと思え 」





 ――――――― 京子さん



『 え……っ 』


『 こんな所で知り合いに会えるなんて夢にも思っていなかったわ。ところで、結婚なさるんですってね。おめでとう 』


『 あ…ありがとう…… 』


『 私、びっくりしちゃった。まさか蓮さんがクー・ヒズリの一人息子だったなんて思ってもいなかったから。京子さんは、まさか知ってた? 』


『 いえ、まさか… 』


『 そうよねぇ。でも今は自慢でしょう?蓮さん、素敵ですものね 』


『 それは、うん。敦賀さんは誰よりステ・・ 』


『 そうよね!自慢したくなっちゃうわよね、気持ち、判るわぁ。あ!だからLAで結婚式なんて考えちゃったのね?日本でトップクラスの俳優、蓮さんとの幸せな結婚を見せつけちゃうだけじゃなく、蓮さんのお父さんがハリウッドのアクションスターだってことも一気に見せつけるチャンスだものね。堂々と宣伝に使いたいわよねぇ 』


『 私は、そんなつもりでLAに来たんじゃ… 』


『 ねぇ、バンジーをやるの? 』


『 …そのつもりで 』


『 そうなのね!ねぇ、知ってる?アメリカでは人生の転換期前に思い切ったことをすると運が開けるって言われているんですって 』


『 あ、それは…。だから私、清水の舞台から飛び降りるつもりでバンジーをって… 』


『 あら、それならちょうど良かった。善は急げよ、京子さん!! 』


『 え? 』


『 ほらほら、いま蓮さんが皆さんから祝福をもらっているでしょ?この瞬間に飛び降りたらインパクト残せると思うわよー。

 それとも、ここで私が泣きながらあなたの名前を思いっきり叫んであげましょうか? 』


『 は? 』


『 ね、なんて言って欲しい?やっぱり、京子さん、やめて、ごめんなさいって泣きながら手すりに縋りついたらいい?それで、そんな重いものでぶたないでー、ごめんなさいって、日本語で泣きながら訴えたら、よりリアルになるかしらね? 』


『 リ・・・アルって、なんの? 』


『 あら、こういうのってよくある事じゃない?婚約者の地元に行ったら美貌を維持している昔の知り合いに再会しちゃったのよ。そこに私がいたなんて、まるで示し合わせたみたいよね。…で、婚約者を奪われるかもと気づいちゃった京子さんが、恐怖におののき私に手を上げたっていう設定よ 』


『 ……っ?! 』


『 きっとみんな大喜びで食いついてくれると思うわー。だって、どこの国の人でも他人の不幸話が大好きだものね。結婚前のスキャンダルならなおさら注目してくれると思うわ。どうかしら、京子さん 』


『 や・・めて、そんなこと・・・ 』


『 あら。だったらここから飛び降りなさいな。背中から、華麗なアクロバティックでね。大丈夫、死なないわよ。だって60フィートしかないんだもの。あなたなら出来るわ、私が保証する。だって紅葉の役だってあんなに見事なアクションをこなしていたじゃない 』




 偶然遭遇した現地取材とはいえ

 カメラが回っていて

 LAに来て初めて、敦賀蓮が

 蓮と認められた上でインタビューに応じている。



 いま、自分のせいでコーンに迷惑かけたくない。



 それに…


 結婚前のスキャンダル?

 そんなの、ありもしないことだけど。

 芸能界に限って言えば、たとえ火の無い所にだって煙が立つことがあるのだ。




 自分一人のことならいい。

 だけど、不名誉な印象を少しでも敦賀蓮に与える訳にはいかない。


 なぜなら敦賀蓮は

 今や日本を代表する俳優の名前なのだから。



 そんなことになるくらいなら……。



「 決まったみたいね。どうぞ行ってらっしゃいませ 」



 自発的に飛び降りた方がマシだと思った。

 そう考えた末の行動だったのだ…と、キョーコは繰り返し蓮に謝罪しながら告白した。


 やっと退院出来たあの日、何度も痛みに顔を歪めながら。




「 それは…っっ!!ごめんなさい、蓮さん!だって悔しかったの!だって私はいまこんななのに京子さんは…!ごめんなさい、もうしません!反省しています!ただ魔が差しちゃっただけなんです。もう二度とこんなことはしませんから、だから… 」


「 君の言葉なんか信じない。

 It's too late to be apologize.You should've known better. 」




 冷めた瞳で見下ろされ、噛み締めるように呟かれた蓮のセリフに


 仁子はガックリと項垂れるしか術がなかった。






 ⇒◇18 に続く


ところで私、実はセドリックと久遠って親戚なんじゃ???とか想像していたりします。つまり、デュリスから見たら二人とも孫…みたいな。

お話には何の関係も無いつぶやきですみません。



⇒その腕の中で眠りたい◇17・拍手

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