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ちなみにお話はもう終盤に来ています。
前話こちら↓
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■ その腕の中で眠りたい ◇13 ■
「 キョーコ、待て!お前はまだまだこれからだろう!! 」
たぶん、そんなことを言いながら病室に飛び込んだ記憶がある。
そして二人がいる個室に駆け込んだ瞬間にデュリスは我に返った。
「 ……っっっ??? 」
何故かと言えば、キョーコのいる病室には機器など一つもなかったのだ。
あったのは音なく滴る点滴ぐらい。
閑散とした部屋の様子にデュリスの目が点になった。
「 あれ、グランパ、どうし… 」
「 …っ……私としたことがっっ!! 」
それもそのはずである。
60フィートの高さから川に転落したキョーコは即死してもおかしくなかった。だが彼女は奇跡的に助かって、しかも肋骨の骨折と肺に穴が開いている以外の大きな外傷もなかった。
だからこそ搬送治療後に付けられていた沢山の機器や酸素マスクも数日後には不要とみなされ取り外されるに至った訳で、それゆえ久遠の要望を込めたデュリスの依頼は許可をされ、連日のように蓮がキョーコにマッサージを施すことが出来たのである。
絶句しているデュリスの横。キョーコがいる個室から二つ離れた右隣の病室には殺気が漲っている。見ると大勢の看護師や医師が緊張感を伴う表情で行き来していた。
どうやら異常を知らせた機械音の発生源はあちらの病室だったらしい。
久遠がキョーコの名を呼んだのは、そのタイミングでたまたまキョーコが目覚めたかららしかった。
何ともお騒がせなタイミングである。
ともかく、己の早とちりと勘違いの合体選手だったことに気付いたデュリスは、扉に寄りかかりながら顔を真っ赤にさせた。
羞恥で顔を赤らめるなど何年振りのことだろう。
「 …グランパ? 」
「 ああ、すまん。ちょっと思う所があって感慨にふけってしまった 」
「 このタイミングで? 」
「 …ふっ…。いや、何でもない。ところで、キョーコはいま目覚めたのか? 」
ベッドを目的地にゆっくりと歩みを進めたデュリスへの返答はなく、蓮はただ笑顔を浮かべたのみ。しかしそれが答えだとデュリスは悟った。
孫の両手はキョーコの手を握っていて、デュリスがキョーコの顔を覗き込むと確かに彼女の両目は開いていた。
「 …キョーコ、おはよう。久しぶりだね。私を覚えているかな? 」
コクン…と、小さく頷くのが見えて、大丈夫そうだと思った。
良かった、目覚めてくれて本当に良かった。
これで久遠に隠し事をしなくて済む。
「 そうか。…どうだ?目覚めたばかりでまだ何も思いつかないかも知れないが、して欲しいことがあるなら言ってみなさい。出来る範囲でその願いをかなえてあげよう 」
「 ……っ… 」
「 ん?思いつくのがあるのか?なんだ? 」
「 お・・・いた 」
「 うん? 」
「 ……お腹空いたから、ご飯が食べたい、です。美味しいやつ 」
そんな欲のないセリフに思わず笑った。
いや、ある意味生きることに貪欲だと言えるのかもしれないが。
このあと、院内が騒然としているのに申し訳ないと思いながらも看護師にキョーコが目覚めたことを報せ、病室で医師の診察を受けた。
ご飯が食べたいと再びキョーコが医師にそれを伝えると、医師も瞬間的に吹き出して笑った。
「 ははは、そりゃあいい。患者がみんなそんな風に言ってくれたら、こちらとしても治療のし甲斐があるってもんだ 」
キョーコが眠りに就いている間、キョーコの体が一日に必要とする基礎代謝分は点滴で補われていた。
基礎代謝とは、人間が生命を維持するのに必要な必要最低限のエネルギー交換のことだ。
静かに寝ている状態で消費されるエネルギー量は、成人では一日に400キロカロリー前後だと言われている。が、それはあくまでも最低限のものに過ぎなかった。
「 そうか。フィアンセのマッサージで筋肉がある程度動かされていたこともあって、もしかしたら少し栄養が足りていなかったのかもしれないね。もっとも、体は現状を維持しようと働くものだし、糖分は足りていてもタンパク質を全く摂っていなかったこともあって今その栄養が不足している。だからお腹が空いたって感覚があるのかも 」
そう言って医師は二人を微笑ましく見つめた。
「 そうだね。プロテイン飲料なら少しずつ飲んでも構わないよ。けど、固形物を食べるのは2~3日の我慢が必要かな。そしたら退院しても良し! 」
許可をもらって、キョーコは早速プロテイン飲料を口にした。
途端に体中の筋肉が喜んだ気がしたのが面白かった。
お祝いのご馳走は退院後に…という約束をキョーコと交わしたデュリスは、目覚めたばかりのキョーコに重荷を背負わせる気がして申し訳ないと思いながらも本題を口にした。
綻んでいた久遠の表情が一瞬で引き締まったのを見た時はとても心苦しかった。
「 ……え?森住仁子が、いま俺の家にいるんですか? 」
「 間違いなく。本人が自己紹介でそう言った。…し、ジュリもそう言っていた。それに、お前が言った通りの外見だった。3年前の写真と全く相違ない人物がそこにいた 」
「 …っ…信じられない、なんで… 」
「 その理由についてだが、お前の家に行ったのは電話番号が判らなかったからだと言っている。久しぶりに会えた友人キョーコが止める間もなく自分の目の前で飛び降りた。そしてバンジーに失敗した。自分はその友人が異国の地で結婚する事を知っていた。だから友人としてキョーコの家族となる人たちに報せなきゃと思いつき、タクシーで押しかけてしまった、と 」
「 失敗ってなんだよ!! 」
「 それから一週間、仁子は友人のキョーコの代わりに自分が出来ることをしてあげようと、毎日お前の実家に足しげく通っているそうだ。そのことをジュリは喜んでいた。気が紛れて助かると 」
「 …っっっ!!! 」
久遠が殺気立ったのが分かった。同時に腰を上げた久遠の両手がきつく結ばれているのが見えた。
デュリスにはそんな孫の心理状態が手に取るようにわかった気がした。
いま彼が何を考えているのか、これから何をしようとしているのか。
そんなこと、聞かずとも分かる表情だったのだ。
デュリスは慌てて腰を上げた。
老い先短い身であるからこそ、未来ある若者の手を引く。
行かせてはいけないと直感で悟っていた。
「 待て、久遠!!どこに行こうとしている? 」
「 どこって。ちょっとそこまで。出かけてきます 」
「 ちょっとってどこだ?!どこに行って何をする気だ? 」
「 大丈夫です。心配せずとも、ちょっと様子を見に行く… 」
だけですよ…と、蓮が口走ろうとした時だった。
「 お座り、コーンッッッ!! 」
それは先ほど目覚めたばかりとは思えない大きな声だった。
思わず二人で振り返る。
ベッドのへりに背中を預けて座っているキョーコは確かに頼りなげなのに、その声は十二分に張りがあった。
もしかしたら、先ほど口にしたプロテイン飲料が早速効果を発揮したのかもしれない。
「 お…すわりって、キョーコ 」
「 いいから、コーン。そこへお座りなさい 」
「 ……っ… 」
「 床に正座です!! 」
「 ぷっ! 」
イスに腰かけようとしていたのに、注意を受けて床に正座をした久遠のそれでデュリスは不謹慎にも笑ってしまった。
今の今まであれほどの緊張に包まれていたというのが嘘みたいな展開だった。
「 いま、どこに行って何をしようとしていたの、コーン? 」
「 なにって…別に 」
「 別にじゃないでしょ。何を考えているの!あなたは久遠・ヒズリってだけじゃない。いまは敦賀蓮でもあるの!そのぐらいの自覚、あるんでしょ? 」
「 アリマス 」
「 そう。だったら良かったわ。一瞬、忘れているのかと思っちゃったから 」
「 何も忘れ物なんてしていない 」
「 本当ね?じゃあいま私たちがどこにいるのかも、なぜこんなところにいるのかもちゃんと覚えているって事ね? 」
「 もちろん…!! 」
不意にデュリスの脳裏にこんな答えが過ぎった。
いま二人はアメリカにいて
仁子の策にハマってしまって、LAの病院でベッドの上にいる…という意味か?…と。
だが、その考え自体がそもそも間違っている事を知る。
「 そう。結婚式を挙げるためよね?そのために私はあなたとLAに来たの。だと言うのに、あなたは私の真っ白なウエディングドレスに鮮血を撒き散らす気ですか?そんな宝石、欲しくない!! 」
「 キョーコ… 」
「 久遠。お願いだから私のために怒らないで。気を昂らせたりしないで。何より自分を見失わないで。あなたはそんな人じゃない。私はそう信じたいの 」
「 ……だけど、キョーコは腹が立たないの?怒りが沸いてきたりしない?こんな目に遭わされて、憤りを感じていない訳じゃないだろ? 」
「 確かに、憤りを覚えないはずがない。悔しい思いだってもちろんある。だけど、だからって負の感情に流されたくないの。だって私…。私は胸を張って堂々と、久遠のご両親にご挨拶をしたいのだもの。そのためにずっとずっと頑張って来たのをあなたは見ていたでしょう?!私はどんな時でも誇れる自分を決して見失いたくない!! 」
言い終わったと同時に溢れ出したキョーコの涙は
この世のものとは思えないほど美しく
誇り高き花嫁の存在を感じ入ったデュリスもまた、目頭を熱くしていた。
どうも年をとると涙脆くてかなわん。
やはり、と言うべきか。
信じるべきはこの二人に違いない。
ごめんと謝罪を口にしながらキョーコの涙を優しく拭い、繊細にキョーコを抱きしめた久遠の背中を見つめながら、デュリスはそんな確信を得ていた。
⇒◇14 に続く
笑いあり、涙ありww
何より、思い出せてよかった…の感慨あり。
ちなみにお腹が空いた~の下りは私の実体験です。プロテイン飲料は小さな巨人ですぞ(笑)
⇒その腕の中で眠りたい◇13・拍手
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