その腕の中で眠りたい ◇12 | 有限実践組-skipbeat-

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 前話こちら↓

 【11011】



■ その腕の中で眠りたい ◇12 ■





 その日から一週間ほどの間、仁子はキョーコの代わりに毎日ヒズリ宅を訪れていた。


 家の奥にいるジュリエナに声がけしたあと、仁子は柔和な笑顔で再びデュリスに向き直った。



「 デュリスさん、どうぞ。ご案内しますね 」


 言ってデュリスを促した仁子の心は弾んでいた。期待していた以上の大物が目の前に現れたと思った。



 今日、来客があることは事前にジュリエナから聞いていた。その時は一瞬期待が膨らんだが、すぐに萎れてしまっていた。


 なぜかと言うと、来客予定の人物はただの親戚のおじさんだという説明しかジュリエナはしなかったからだ。

 鎌をかけてみたものの答えに変わりはなく、本当にそうなのかと肩を落とした。


 自分の血筋である森住家がそうであるように、クー・ヒズリとジュリエナの親戚ならきっと芸能関係者に違いないと踏んだのに。



 だが、ふたを開けてみればどうだろう。

 とんだ収穫を得た…と仁子は思った。





 ――――――― やった!最高についている!!




 もしも自分の記憶通りであるならば、この人は勝利者の父、Mr.Dに違いない。


 日本では顔写真の公開はされていなかったが、3年前、LAに来てからすぐ読破した原文ままの演劇論には著者の顔写真が載っていた。



 名声

 権力

 財力とともに


 米国芸能界で辣腕を振るう人物の顔と名前は全て頭に入っている。

 間違うはずがなかった。


 なぜなら自分はただアメリカで女優としてデビューするだけでは意味が無いのだから。


 出来ることなら高園寺絵梨花より裕福な家柄の立場となり、周りにかしづかれながらの華々しいデビューを飾りたい。

 またそうでなければあの女には絶対に勝てないのだ。




 歩みの途中で仁子は笑顔で振り返り、デュリスの顔をまじまじと見つめた。


 この初老の男性が、自分を見て眉を顰めた理由が、『 こんな所に逸材が 』…だったらいいな、と仁子は都合の良い夢を見た。

 もちろん、そうでなくても後にそう思わせてみせるけど。




「 …今日、クーはいないのかな 」


「 はい。2時間ほど前にお出かけになってしまったみたいです 」


「 どこに行ったか、君は知っているのか? 」


「 いえ。私がお邪魔したときには既にお出かけされたあとだったので…。クーさんは見ているこっちが心配になるぐらい、毎日お忙しそうにされていらっしゃるんですよ 」


「 そうか。所で君は誰なのかな? 」


「 あ、はい!自己紹介が遅れてしまいました。私はKimiko Morizumi と申しまして… 」


「 ちょっと、なぜそこで立ち話をしているの?入ってくればいいじゃない 」



 デュリスの質問に応じて仁子が自己紹介をしようとしたところでジュリエナが横槍を入れた。

 挨拶が無視されるタイミングとなってしまったが、彼女は決して笑みを崩したりはしなかった。



 別にいい。自分を売り込むなんて、この先いくらでも出来るから。




「 そっちの部屋にいたのか、ジュリ。ところでこの子は一体… 」


「 あら、そう言えば仁子のことを話していなかったわね。仁子はキョーコの友人なんですって。ね、仁子 」


「 はい! 」


「 …っ…友人? 」



 デュリスは眉間に深い皺を刻んだ。




 ――――――― 整理したい女じゃない。始末したい女だ




 電話越しだというのに

 あんなにはっきりと憎しみが伝わって来たあの言葉。

 恐らくあれは久遠の本心だったに違いない。



 だが、20歳の女性が同じ年の女性を、しかも大勢の人前で堂々と川に転落させる…などという常識から逸脱した行為をやってのけたという久遠の言葉を、やはりデュリスは信じ切れていなかった。




 久遠の談とジュリの談。

 どちらを信じるべきなのか判断に迷う。


 だからこそデュリスは口を開いた。


 現状を正確に把握しておかねばと考えて。



「 それで?この子がキョーコと一緒に遊びに来たってことなのか? 」


「 いえ、それがね… 」


「 待って、ジュリママ!私から説明をさせてください! 」



 仁子がしゃしゃり出てきた。



「 まずお詫び申し上げます!ジュリママにももう一度お詫びします。本当にごめんなさい! 」


「 それはもういいわ。だって仁子が頭を下げるなんておかしいじゃない 」


「 でも、私が止められなかったのが悪かったんです。もしそれが出来ていたら京子さんは今こんな事になっていなかったはずなんです。だから、そのことを私は本当に後悔しているんです! 」


「 なんだ?何の話だ? 」


「 それがね、キョーコったら、いま流行りのバンジーに挑戦して失敗しちゃって、入院しちゃっているんですって 」


「 …っ?! 」


「 京子さん、LAで結婚式を挙げられることをすごく喜んでいました。しかも日本でトップクラスの俳優、蓮さんのお父さんがハリウッドのアクションスターだったと知って、それも本当に嬉しかったみたいで…。

 バンジーぐらい簡単に出来なきゃねって言って、あっという間に飛び降りてしまって、こっちがびっくりしちゃって… 」


「 は? 」


「 そうですよね。本当に『 は? 』って感じでびっくりしちゃいますよね。でも私もびっくりしたんです。実は私、LAで女優になりたくて日本の芸能界を辞めて、こっちに来て3年が経っているんです。その間、日本に一度も戻っていなかったから、リカー専門店で京子さんを見つけた時は本当に嬉しくなっちゃって 」



 そのあとの彼女の言はこうだった。



 リカー専門店で京子を見つけた仁子は、久しぶりに知り合いに会えたのが嬉しくて、京子の後を追いかけた。

 着いた先はバンジー場で、ちょうど取材クルーが来ていて、蓮が取材を受けていた。


 その間、話せるチャンスだと思って声を掛けるとすぐ京子は気づいてくれて、久しぶりねって言って、親し気に笑ってくれたという。


 報道で聞いた結婚について言及し、結婚おめでとうと言うと、ありがとうと返してきた京子は、それから自分の未来の家族について色んな自慢話をしたあと、仁子に向かってこんな事を言ってのけたとか。



『 日本では清水の舞台から飛び降りる…なんて言うじゃない?これだけの祝福をもらったらお礼の意味を込めて飛び降りない訳にはいかないわよね 』



 そのとき取材クルーの音頭でおめでとうの声があちこちから飛び交っていた。

 その歓声を受けながら京子は喜び勇んで欄干を乗り越えてしまったのだ。


 それはあっという間の出来事だったという。



「 私、本当にびっくりしちゃって!!でも京子さんらしいって言えばそうなんです。だって京子さんって、以前から周囲の人間があっと驚くことを平気でやってのけちゃう人だったので。

 日本の映画で忍者役のオーディションに参加したときも……あ、そのオーディションで私は京子さんと知り合ったんですけど、まるで打ち合わせ済み!みたいな技を披露したことがあったんです。それが本当に凄かったから、同じオーディションを受けた人たちが不正じゃないかって疑っちゃったぐらいで…。そんな事あるはずがないのに。

 実力がない人って憶測でものを言っちゃうんですよね。最終的にはそのオーディションに私と京子さんの二人が残ったんですけど、自分の力不足を認めて私が辞退する形で京子さんに役が決まったんです。そんな成り行きでしたけど、京子さんの実力は誰もが判っていたんじゃないかな。だって見事なハマリ役でしたから。想いが届かなくて泣いちゃう姿とか、すっごくリアルで良かったんです。あの姿、もう一度見たいなぁ…って、今でも思い出しちゃうぐらい 」


「 それで? 」


「 仁子がわざわざウチに来てくれて、キョーコがバンジーに失敗したことを報せてくれたのよ 」


「 その節は本当に突然すみませんでした!お電話番号を知っていればすぐお知らせすることが出来たんですけど、流石に知りませんでしたし、蓮さんは気が動転していてこんな事にまで気が回らないんじゃないかって、そう思ってご迷惑だと判っていたのにお邪魔しちゃいました。でもとにかく知らせなきゃって思って、慌ててタクシーで駆けつけて。タクシーの運転手さんならお家を知っているかなって思って 」


「 仁子は機転が利く頭のいい子ね。女優だったことはいま初めて知った気がするけれど 」


「 あれ?私、お話していませんでしたっけ。すみません!あの日は京子さんのことをとにかく伝えなきゃってことしか考えていなかったし、私が止められなかったせいで京子さんがそんなことになっちゃったから、京子さんに代わって私が出来ることを…って、毎日それだけ考えてお邪魔していたから…。やだ、私、恥ずかしい!! 」


「 キョーコの代わり? 」


「 ええ、その日からずっと仁子はキョーコが来られない代わりに遊びに来てくれているの。何かお手伝いできることは無いかって、気を使ってくれてね 」


「 ……そうなのか。それは私からもお礼を言おう。わざわざありがとう 」


「 いえ、そんな…。自分が出来ることを京子さんの代わりにしているだけなので… 」


「 謙遜することないわよ、仁子。あなたが家に来てくれるだけで気が紛れるから私は助かっているのだし 」


「 本当ですか。それなら嬉しい! 」



 ジュリと仁子は互いに顔を見合わせ、心を許し合った知己のように微笑みあった。



「 ・・・・・・・ 」



 二人からの話を聞く限り、疑わしいところなどどこにも無いように思える。


 そもそも大勢の目があったのだ。こんな細腕の女性が足を持ち上げて人を落下させる…なんてことが容易に出来るはずがない。


 しかし、違和が全く無いわけじゃなかった。どこが、と上手く説明することは出来ないが、強いて言うならキョーコに対する印象だろうか。


 デュリスは数年前にキョーコと言葉を交わしていたし、ローリィからも情報をもらっている。キョーコについてはある程度知っているつもりだ。だが今の話を聞く限り、既に自分が抱いていたキョーコへの心象とは相違があった。


 それに、それが本当のことだとするのならキョーコは自ら飛び降りたことになり、それでは久遠の言と一致しない。



 その齟齬をどう捉えるべきなのか。




 感じ取れる違和は他にもあったが、仁子がいたのでは確認のしようもなく。


 ヒズリ家を後にしたデュリスはキョーコが入院している病院に向かった。

 クーがいるかもと予想していたのと、久遠は絶対ここにいると知っていたから。


 そして、献身的にキョーコに尽くしている久遠を遠目から見つめた。



 その姿には胸に迫るものがあった。だから余計に悩まないはずがなかった。


 さて、どうしたものかと思案をしつつ、手のひらで顎をこする。



 少なくとも久遠の憎悪は本物だった。あの女を始末したい…と言っていたそれもきっと本心に違いない。


 だとしたら・・・・・。




「 ……仁子の件は、キョーコが目覚めるまで久遠には言わないでおく事にしよう 」



 卑怯なやり方かもしれないと思った。だがこれも久遠を守るためなのだ。

 なぜなら、自分ではあの子を止められる自信がない。


 しかしキョーコならそれが出来るだろう。




 いずれにせよ、キーポイントを握っているのはキョーコだ。


 その時なにがあったのか。真実を知っているのはキョーコだけで

 同じく久遠の心を掌握しているのもキョーコだけ。


 ならばキョーコに託すしかあるまい…とデュリスはそう考えた。



 答えを決めて、彼が踵を返したとき。


 異常を知らせる機械音がけたたましく鳴り響き、院内が喧騒に包まれた。

 と同時に聞こえてきた孫の叫び。



「 ……っ……キョーコッ?!! 」



 その異様な大声に

 デュリスは慌てて駆け出した。


 無論、二人がいる病室に向かって。






 ⇒◇13 に続く


私が組むプロット表って、出来事が簡易的に書かれているだけで、アクションを起こす理由付けに関しては全て私の頭の中にしかないのですね。


それを、あまりに執筆間隔が開くと予想できるときにはメモっておくこともあるのですけど、『その腕』に関しては一切していませんでした。…で、見事に忘れていましたぜ(笑)表を見てもちょっとも思い出せない。それでも12話は書いているうちに思い出すことが出来たのですが。


んな訳で、これ以降のプロットを練り直しまっす。



⇒その腕の中で眠りたい◇12・拍手

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