令和5年度 上下水道部門Ⅲ-1【SDGs】
【問題】水道事業は我が国の生活基盤を支えるインフラとして重要な役割を果たしており、水道管路の総延長は72万kmに達し、膨大な資産を有している。水道事業の年間電力消費量は 74億kWh/年、CO2排出量は422万tCO2/年となっている。
2015年の国連サミットにおいて、持続可能で多様性と包摂性のある社会の実現のために、持続可能な開発目標(SDGs)が2030年を年限とした17項目の国際目標が設定された。SDGsの達成に向けて、政府においてはアクションプランを発表しており、水道事業においても計画的な取組が求められている。
(1)水道事業においてSDGsの達成に向けて、「6.安全と水とトイレを世界中に」、「7.エネルギーをみんなにそしてクリーンに」、「9.産業と技術革新の基礎を作ろう」の目標に対して、技術者としての立場で多面的な観点で、2つ以上の目標から3つの重要な課題を抽出し、それぞれの観点を明記したうえで、課題の内容を示せ。
(2)前問(1)で抽出した課題のうち最も重要と考える課題を1つ挙げ、その課題に対する複数の解決策を示せ。
(3)全問(2)で示したすべての解決策を実行しても新たに生じるリスクとそれへの対策について、専門技術を踏まえた考えを示せ。
【解答例】
(1)安全・安心な水の供給
目標「安全な水とトイレを世界中に」を達成するため、すべての国民が安全な水を飲むことのできる環境を整える必要がある。汚水処理の普及等により水源水質は改善しているものの、PFASの流出、かび臭物質の上昇等の水質汚染リスクが顕在化している。
このため、将来に渡って安全・安心な水道水を供給できる体制を維持することが課題になっている。
(2)省エネルギー対策の推進
目標「エネルギーをみんなにそしてクリーンに」を達成するため、エネルギー効率の改善率を増大させる必要がある。水道は施設型産業であり、事業活動に伴いエネルギーを消費し、相当量の二酸化炭素を排出している。
このため、水道事業体において省エネルギー対策を強化することが課題になっている。
(3)DXの推進
目標「産業と技術革新の基礎を作ろう」を達成するため、水道の事業基盤を持続可能なものにする必要がある。一方、人口減少の加速により、水需要と料金収入が減少するとともに技術者を確保することが困難化している。
このため、事業運営の効率化と維持管理の省力化の観点からDXを推進することが課題になっている。
2 最重要課題に関する解決策
前述の課題のうち省エネルギー対策の推進は、気候変動の抑制に繋がるため、これを最重要課題と位置づけ、その解決策を以下に示す。
(1)取水施設における省エネルギー対策
取水ポンプは、水道施設の設備のうち最大規模の出力である。このため優先的に省エネルギー対策を実施する。具体的には、高効率モーターの採用、ポンプのインペラーカットによる効率向上、バルブ制御からインバーター制御、台数制御への変更等を行う。
(2)浄水施設における省エネルギー対策
凝集沈澱ろ過方式の浄水場には、凝集用のフラッシュミキサー、フロキュレータ等の攪拌設備が存在する。こうした設備で高効率モーターを採用する。また、凝集沈澱池の更新時に機械式から迂流式に変更する。
排水処理施設において、高効率型の脱水機を採用する。また、前処理として薬品注入設備、ろ過濃縮装置等を設置する。これにより汚泥の減量化を図り、脱水工程等における消費電力を削減する。
(3)配水施設における省エネルギー対策
送配水ポンプについて、高効率モーターの採用、インバーター制御の導入等を行う。
配水管内の残存水圧を有効利用し、電力使用量を削減する。具体的には、受水槽を介さない増圧ポンプ方式を採用する。配水管網の整備やブロック化を図り、直結式給水が可能な範囲を拡大する。
また、漏水はエネルギーの浪費になるため、定期的に漏水調査を実施し、速やかに修理を行い、老朽化が進んだ水道施設を計画的に更新する。
(4)庁舎等の建築物の省エネルギー対策
庁舎等の建築物において、ヒートポンプ式の空調設備、LED照明設備等を採用する。従業員の教育、指導により省エネルギー活動を推進する。
(5)水道システム全体の省エネルギー対策
浄水場、配水池等の施設間を結ぶ連絡管を整備・活用し、消費電力が最少になるよう水量の配分を調整する。施設を更新する際、位置エネルギーを有効活用できるよう施設の再配置、統廃合を行う。
3 新たに生じるリスクと対策
前述の解決策によりエネルギー使用の合理化が可能になり、二酸化炭素の排出抑制と高騰する電力費の縮減が可能になる。
ただし、施設整備には膨大な費用と期間が必要である。SDGsの目標年次の2030年までに、物価上昇や法令改正等の影響を受け、予定通りに事業が進まない可能性がある。
このため、省エネルギー対策を踏まえたアセットマネジメントを実施し、PDCAサイクルで改善することにより実効性を高める。さらに、広域連携や官民連携を推進し、効率的・効果的に取組みを進める。
【出題された背景や狙い・解答に繋がるポイント】
この問題のリード文は、SDGsについて言及しています。SDGsは、Sustainable Development Goalsを略したもので持続可能な開発目標という意味です。2015年9月、国連サミットで「持続可能な開発のための2030アジェンダ」が採択された際に示されたものです。SDGsに関する国内の動きとしては、2016年、総理大臣を含む全閣僚を構成員とするSDGs推進本部が設置されました。この推進本部は、日本のSDGsモデルを世界に発信することを目指して「SDGsアクションプラン2018」を策定し、これを毎年更新しています。2023年は、SDGsの目標年次2030年とSDGsの採択年2015年の中間に当たり、国連のSDGサミットが開催されました。これにより国際社会でSDGsへの関心が高まっており、このことが当該テーマの出題された背景になっていると思われます。
問題文(1)は、3項目の目標を提示しています。具体的には、目標6「安全と水とトイレを世界中に」、目標7「エネルギーをみん、なにそしてクリーンに」、目標9「産業と技術革新の基礎を作ろう」です。その上で、これら目標に関連する水道事業に関する3つの課題について説明することを求めています。
SDGsは、17項目の目標で構成されていますが(図1参照)、これら目標は複数のターゲットで構成されています。ターゲットは合計で169あります。
このため、目標の文言だけを読んで課題を抽出するのではなく、目標に紐づけされたターゲットの中から水道事業に関連深いものをピックアップして、水道の技術的課題を示すことが解答を作成する際のポイントになります(表1~表3参照)。
【当該テーマについて上記以外で勉強するべき事柄】
SDGs については、これまでに水道及び工業用水道分野で出題されたことはありません。今回、初めての出題ですが、SDGsの目標年次が2030年であることを踏まると、今後も出題される可能性があります。今後の試験対策としてSDGsについて勉強する場合、表1~表3のようにSDGsの目標及びターゲットと水道の技術的課題を関連付けて整理をしておくことをお勧めします。
また、今回出題された3項目の目標以外では、目標13「気候変動に具体的な対策を」について勉強しておくべきです。具体的には、豪雨災害に備えた水道施設の耐水化、落雷による停電に備えた自家発電設備の整備、海水面上昇による海水遡上に備えた水質監視等について、内容を整理しておけば良いでしょう。
図1 SDGs
表1 目標「6.安全な水とトイレを世界中に」のターゲットと水道の技術的課題
目標のターゲット |
水道の技術的課題 |
6.1) すべての人々の、安全で安価な飲料水の普遍的かつ平等なアクセスを達成する。 |
・安全・安心な水の供給 ・過疎地での多様な給水方法の採用 |
6.2) すべての人々の、適切かつ平等な下水施設・衛生施設へのアクセスを達成し、野外での排泄をなくす。女性及び女子、ならびに脆弱な立場にある人々のニーズに特に注意を向ける。 |
- |
6.3) 汚染の減少、投棄廃絶と有害な化学物質や物質の放出の最小化、未処理の排水の割合半減及び再生利用と安全な再利用の世界的規模での大幅な増加させることにより、水質を改善する。 |
- |
6.4) 全セクターにおいて水の利用効率を大幅に改善し、淡水の持続可能な採取及び供給を確保し水不足に対処するとともに、水不足に悩む人々の数を大幅に減少させる。 |
・渇水対策の推進 ・水源水質の保全 |
6.5) 国境を越えた適切な協力を含む、あらゆるレベルでの統合水資源管理を実施する。 |
- |
6.6) 山地、森林、湿地、河川、帯水層、湖沼などの水に関連する生態系の保護・回復を行う。 |
- |
6.a) 集水、海水淡水化、水の効率的利用、排水処理、リサイクル・再利用技術など、開発途上国における水と衛生分野での活動や計画を対象とした国際協力と能力構築支援を拡大する。 |
・省資源の推進 ・海水の淡水化 |
6.b) 水と衛生に関わる分野の管理向上への地域コミュニティの参加を支援・強化する。 |
- |
注) 表中において各ターゲットの「2030年までに」という文言は省略している。
表2 目標「7.エネルギーをみんなにそしてクリーンに」のターゲットと水道の技術的課題
目標のターゲット |
水道の技術的課題 |
7.1) 安価かつ信頼できる現代的エネルギーサービスへの普遍的アクセスを確保する。 |
- |
7.2) 世界のエネルギーミックスにおける再生可能エネルギーの割合を大幅に拡大させる。 |
・再生可能エネルギーの導入 |
7.3) 世界全体のエネルギー効率の改善率を倍増させる。 |
・省エネルギー対策の推進 |
7.a) 再生可能エネルギー、エネルギー効率及び先進的かつ環境負荷の低い化石燃料技術などのクリーンエネルギーの研究及び技術へのアクセスを促進するための国際協力を強化し、エネルギー関連インフラとクリーンエネルギー技術への投資を促進する。 |
・再生可能エネルギーの導入 ・省エネルギー対策の推進 |
7.b) 各々の支援プログラムに沿って開発途上国、特に後発開発途上国及び小島嶼開発途上国、内陸開発途上国のすべての人々に現代的で持続可能なエネルギーサービスを供給できるよう、インフラ拡大と技術向上を行う。 |
- |
注) 表中において各ターゲットの「2030年までに」という文言は省略している。
表3 目標「9.産業と技術革新の基盤をつくろう」のターゲットと水道の技術的課題
目標のターゲット |
水道の技術的課題 |
9.1) すべての人々に安価で公平なアクセスに重点を置いた経済発展と人間の福祉を支援するために、地域・越境インフラを含む質の高い、信頼でき、持続可能かつ強靱(レジリエント)なインフラを開発する。 |
・水道施設の強靭化 |
9.2) 包摂的かつ持続可能な産業化を促進し、各国の状況に応じて雇用及び GDPに占める産業セクターの割合を大幅に増加させる。後発開発途上国については同割合を倍増させる。 |
- |
9.3) 特に開発途上国における小規模の製造業その他の企業の、安価な資金貸付などの金融サービスやバリューチェーン及び市場への統合へのアクセスを拡大する。 |
- |
9.4) 資源利用効率の向上とクリーン技術及び環境に配慮した技術・産業プロセスの導入拡大を通じたインフラ改良や産業改善により、持続可能性を向上させる。すべての国々は各国の能力に応じた取組を行う。 |
・浄水場発生汚泥等の有効利用 ・再生可能エネルギーの導入 |
9.5) イノベーションを促進させることや100 万人当たりの研究開発従事者数を大幅に増加させ、また官民研究開発の支出を拡大させるなど、開発途上国をはじめとするすべての国々の産業セクターにおける科学研究を促進し、技術能力を向上させる。 |
・DXの推進 |
9.a) アフリカ諸国、後発開発途上国、内陸開発途上国及び小島嶼開発途上国への金融・テクノロジー・技術の支援強化を通じて、開発途上国における持続可能かつ強靱(レジリエント)なインフラ開発を促進する。 |
- |
9.b) 産業の多様化や商品への付加価値創造などに資する政策環境の確保などを通じて、開発途上国の国内における技術開発、研究及びイノベーションを支援する。 |
- |
9.c) 後発開発途上国において情報通信技術へのアクセスを大幅に向上させ、普遍的かつ安価なインターネット・アクセスを提供できるよう図る。 |
- |
注) 表中において各ターゲットの「2030年までに」という文言は省略している。
【ちょっとした感想】
昨年の令和3年度の予想問題ですが、以下のようなものを作っていましました。
SDGsの目標「エネルギーをみんなにそしてクリーンに」、目標「つくる責任つかう責任」及び目標「気候変動に具体的な対策を」を、上下水道が実現するにあたり、①複数の観点と技術的課題を抽出し、②最重要と考える課題を1つ挙げ,それに対する複数の解決策を示した上で、③解決策に共通して新たに生じうるリスクとその対策、④業務遂行において必要な要件を技術者倫理,社会の持続可能性の観点から述べよ。
SDGsの目標「安全な水とトイレを世界中に」を、上下水道が実現するにあたり、上下水道の普及促進と水質向上が不可欠であることを踏まえ、①複数の観点と技術的課題を抽出し、②最重要と考える課題を1つ挙げ,それに対する複数の解決策を示した上で、③解決策に共通して新たに生じうるリスクとその対策、④業務遂行において必要な要件を技術者倫理,社会の持続可能性の観点から述べよ。
これらの解答例は、以下のとおりです。
R3技術士予想問題の解答例 [必須科目Q15 地球温暖化対策] | 新見一郎 (ameblo.jp)
R3技術士予想問題の解答例 [必須科目Q16 上下水道の普及促進と水質向上] | 新見一郎 (ameblo.jp)
この時は、上下水道部門の必須でSDGsが出題されると思い、こうした予想問題を作りました。
今年の上水道及び工業用水道の選択Ⅲ-1は、この予想問題のコンセプトに合致したものです。
なかなか良い予想をしたのだなぁ、って思いましたね。
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