【問題文】
Ⅰ-1 上下水道事業は、水循環と強い関わりを持っている。水道事業では、水源として水資源を利用し、下水道事業では、汚水処理により水質保全に寄与している。近年、社会構造の変化及び気候変動等の要因により、水循環に問題が生じている。今後の持続可能な社会の実現には、健全な水循環が不可欠であり、様々な分野での取組が求められている。
上記のような状況を踏まえ、以下の問いに答えよ。
(1)上下水道事業においても、健全な水循環構築のための取組が求められている。これについて、技術者としての立場で多面的な観点(水量・水質・水辺環境)から、健全な水循環の構築に関して上下水道事業に共通する課題を複数抽出し、その内容を観点とともに示せ。
(2)前問(1)で抽出した課題のうち最も重要と考える課題を1つ挙げ、その課題に対する複数の解決策を示せ。
(3)上記のすべての解決策を実行した上で生じる波及効果と専門技術を踏まえた懸念事項への対策を示せ。
(4)前問(1)〜(3)の業務遂行において必要な要件を、技術者としての倫理、社会の持続可能性の観点から述べよ。
【解説】
必須科目は、リード文と4つの質問で構成されています。それぞれについて解説することで、解答作成のアプローチを説明したいと思います。
●リード文
リード文の1行目に「上下水道事業は水循環と強い関わりを持っている」と文章があります。
まず、「水循環」の意味ですが、「水が蒸発、降下、流下又は浸透により、海域等に至る過程で、地表水又は地下水として河川の流域を中心に循環すること」なのだそうです。
内閣官房水循環政策本部事務局のHPで確認できます。
雨が降って→山に浸透して→水が湧き出て→川や地下水脈ができて→海に流れ→海で蒸発した水分が雲を作って雨を降らす
という具合に自然界では水が循環しているという意味ですね。
この水循環に上下水道が含まれているという考え方があります。
水道事業は、河川や井戸から取水・浄水・配水します。一般家庭や事業所はこれを使用・排水します。
これを下水道事業が集水・浄化し海域等に放流しているわけです。
これは河川が海に流れていくのと同じことですから、上下水道は水循環の一部というわけです。
ただし、内閣官房が定義する水循環は自然界に限定されています。
上下水道は水循環の内側ではなく外側に存在しているわけです。
これが国のコンセプトですから、技術士の試験においても「上下水道事業は水循環と強い関わりを持っている」というフレーズが使われているるわけです。
リード文の2〜3行目に、「近年、社会構造の変化及び気候変動等の要因により、水循環に問題が生じている」という文章があります。
社会構造の変化と気候変動、2つの事柄と水環境の関係性について言及する必要があります。
まず、社会構造です。
社会構造という言葉だけ取り上げて、その意味を考えると広範なものになってしまいます。
しかし、社会構造の変化が水循環に及ぼす影響について考える場合、内容が限定されてきます。
具体的には、以下のとおりです。
①過疎化は、山林が管理されなくなり、これが水源涵養機能の低下を招きます。
②都市化は、舗装の増加、土壌浸透の減少に繋がり、降雨時の内水氾濫や水辺環境の消失を招きます。また、公共用水域への生活雑排水の流出は閉鎖的水域の水質悪化に繋がります。
③人口減少社会の到来は、水需要の減少、料金収入の減少に直結します。財源不足は、水インフラの老朽化対策の遅れに繋がります。施設の老朽化の放置は、水質悪化・水量不足といった影響に加え、管渠の漏水、道路陥没等の重大な二次災害を招くリスクがあります。
気候変動についても同じです。
上下水道分野において、気候変動が水循環に及ぼす影響について考える場合、以下のようなことをクローズアップするべきです。
④多雨傾向は、浸水被害の発生に繋がり、越流による河川水質悪化、上下水道施設の浸水被害の発生を招きます。さらに、合流式管渠における雨天時の越流、河川における高濁度発生は水道水質の悪化を招きます。
⑤少雨傾向は、渇水の頻発、水辺の消失を招きます。
⑥温暖化による水面上昇は、上下水道施設の水没や海水遡上による水道水質の悪化を招きます。
次に、リード文の3〜4行目です。
「持続可能な社会」というフレーズが出てきます。
昨今、持続可能というフレーズをネットで検索すると、「SDGs(持続可能な開発目標)」に関するサイトが出てきます。
SDGsは国連が定めたもので、持続可能で多様性と包括性のある世界を実現するための国際目標です。
これはこれで重要なのですが、この試験問題に関してはSDGsは特に関係ありませんね。
「持続可能な社会」の意味ですが、「持続可能」だけなら「将来に渡って存続することができる」となります。
これが「持続可能な社会」となると、社会自体は人類が存在すれば自ずと存在し続けるわけですから、単に存在するのではなく、社会が良い状態をキープし続ける必要があります。
そう考えると、「将来に渡って国民のニーズを満たすことができる社会」という意味になります。
リード文の4行目に、「健全な水循環」というフレーズが出てきます。
内閣官房のHPには「健全な水循環」についても定義されています。
「健全な水循環」の意味は、「人の活動及び環境保全に果たす水の機能が適切に保たれた状態での水循環」なのだそうです。
国民のニーズとして、将来に渡って水循環の健全化を維持することが含まれているわけです。
●質問(1)
質問(1)ですが、水循環の健全化を実現するために取り組むべき課題を示すものです。
問題文の2行に「多面的な観点(水量、水質、水辺環境)」というフレーズがあります。
具体的に水量、水質、水辺環境という3つの条件が設定されていますから、それぞれ角度で課題を抽出する必要があります。
さらに、3行目には「上下水道事業に共通する課題」、「その内容を観点とともに示せ」という条件が設定されています。配慮が必要です。
以上のことを踏まえて、水量的な課題について考えてみます。
水量については、降雨が多い場合、少ない場合で分類することができます。
❶多雨については、梅雨前線の活発化や大型台風の上陸等により、全国各地で集中豪雨が頻発するなか、都市化の進展により土壌の浸透面積は減少傾向にあり、洪水・浸水被害抑制の観点から、上下水道施設の浸水対策を講じることが課題になります。
❷少雨については、気候変動により、長期間の少雨が発生するなか、渇水被害抑制の観点から、上下水道事業と関係機関が協力して対策を講じることが課題になります。
次に、水質的な課題についてです。
水質ですから悪化した場合について述べることになります。
❸水質悪化については、都市化の進展により公共用水域の水質汚染が進むなか、水環境と水道水質の悪化を防止する観点から、上下水道施設において対策を講じることが課題になります。また、水インフラの老朽化は、終末処分場からの放流水や浄水場から供給される水道水の水質悪化を招くことになり、上下水道施設の更新・改良を計画的に実施することが課題になります。
最後に、水辺環境についてです。
「水辺」は河川、湖沼、海等のほとりという意味です。
ほとりですから、流れている水を対象としたものではなく、足がつくような浅瀬から岸までの空間を指します。
「水辺環境」は水辺そのものとそこに生息する動植物を含んだ総体を意味します。
水辺環境については、様々な視点がありますが、上下水道については、水辺空間が喪失した場合の課題について述べるのが良いと思います。
❹水辺環境については、都市化の進展、上水道事業による取水量増大により、せせらぎや小河川が喪失する事態が発生しており、動植物の保護と地域環境の改善の観点から、上下水道事業による取組の推進が課題になります。
●質問(2)
質問(2)、前の質問(1)で抽出した課題の一つをピックアップして、解決策を述べるものです。
複数の解決策という指定がありますので、少なくとも解決策を2〜3個以上、提示することが求められます。
例えば、以下のようことを書けばいいでしょう。
①下水道の対策
・管渠の増径、雨水ポンプの増強等による雨水排除機能の強化。
・雨水貯留管、雨水貯留施設、校庭貯留施設の整備による雨水貯留機能の強化
・河川改修等による洪水対策
②上水道の対策
・河川増水に伴うゴミ等の流出に備えて、取水口への除塵設備の設置
③上下水道共通の対策
・集中豪雨の発生を考慮した洪水想定シミュレーションに基づく浸水区域の調査
・浄水場、ポンプ所等の高台移設や高床構造の採用
・下水処理施設、取水場、ポンプ所等への防水壁、防水扉等の設置
・相互連絡管の整備等によるバックアップ体制の確保
・施設の複数化や分散配置によるリスク分散
・被災時における応急給水や仮設トイレの設置
・被災施設に関する応急復旧資機材の確保
・BCPの策定と組織体制の確保
・防災訓練の実施、マニュアルの整備
●質問(3)
質問(3)は、前の質問(2)で説明した解決策について、それらを実行した際の「効果」を述べます。
さらに、解決策を実行した際の「懸念事項とその対応策」を述べる必要があります。
解決策と対応策は同じような言葉です。課題に対する具体的な取組内容が解決策です。
その解決策を実行する際に新たな問題点が生じて、それを解消する方法が対応策です。
質問(3)の解答を作成する際、平成26年に公表された『技術士に求められる資質能力』が参考になります。
具体的には、トレードオフの部分です。
複合的な問題に関して、相反する要求事項(必要性、機能性、技術的実現性、安全性、経済性等)が発生することが懸念されます。
その対応策としては、複数の選択肢を提起した上で、リスクの影響の重要度を考慮し総合的な評価を行い、最適な方法を選択することが重要になります。
それから、一つの対策を行うとことで、それが潜在的なリスクが増大する場合があります。
このため、対策による効果だけではなく、その影響についても調査・評価を行い、全体の水循環のあり方を慎重に検討した上で、総合的な対策を講じることが重要になります。
例えば、以下のようなことを書いてもいいです。
解決策を実行することで、上下水道施設の防災・減災対策の充実を実現できる。これにより、洪水・内水氾濫が発生した場合でも、ライフラインを維持できるとともに水循環の健全化に貢献することができる。ただし、こうした取組は相反する要求事項が含まれている。必要性、経済性を優先して脆弱な施設を整備すれば機能性、安全性が損なれる。こうしたリスクの隠ぺい、偽装により、二次災害が発生する可能性がある。また、設計段階では適切な技術であっても、新たな調査、知見により、地球環境、人体への影響が発覚することが懸念される。このため、複数の選択肢を検討し、最適な解決策を提案する。さらに、PDCAサイクルにより改善するべきである。また、技術者が公共の福祉の確保、法令遵守、継続研鑽を実践できるよう、指導・教育体制を確保する必要がある。
●質問(4)
質問(4)は、質問(1)から質問(3)に関する業務、つまり、課題の抽出、解決策の提示、対応策の提示について、技術者倫理、社会の持続可能性の観点から必要な要件を述べます。
これは一般的な内容になります。
こちらについても、平成26年に公表された『技術士に求められる資質能力』が参考になります。具体的には、業務遂行にあたり、公衆の安全、健康及び福利を最優先に考慮した上で、社会、文化及び環境に対する影響を予見し、地球環境の保全、社会の持続性の確保に努めることが重要になります。
【参考】
●必須科目対策に必要な下水道の基礎
※マネジメントサイクルについては こちら をどうぞ。
※アセットマネジメントとストックマネジメントの違いについては こちら をどうぞ。
※「持続と進化」については こちら をどうぞ。
※「資源の循環」については こちら をどうぞ。
※「水の循環」については こちら をどうぞ。
※「下水道による排除・処理」については こちら をどうぞ。
※「新下水道ビジョン加速戦略」については こちら をどうぞ。
●試験対策
※ 技術士合格法のテキストを見たい方は、 こちら をどうぞ。
※ 令和2年の予想問題と解答例を見たい方は、 こちら をどうぞ。
※ 令和元年の試験問題と解答例を見たい方は こちら をどうぞ。