唐突ですが、わたくし、ウツの経験があります。
まあ、ここで、ヘーキでこんなことを書いているわけですから、
今は、ほとんど良くなっています。
ウツには単極性と双極性のものあって、
双極性のものはある一定期間で「躁状態」と「ウツ状態」をくりかえし、
単極のものはどちらか一方の状態が間歇的にか継続的にか出る、
ということらしいんですが……
ここでその経験談を書くつもりはないですが、
最初に、先生に力強く言われたことがあります。
「この病気は必ず治る」
ビョーキも、ビョーキのままってことはないんですね。
必ず変化します。
また日が昇るように。
「変わらないものはない」のだから、「いいこと」はずっと「いいこと」でありつづけることはできない、
という話をしました。
ここで終わってしまうとクライだけなんですが、そうはなりません。
システムにいわせれば、ものごとには陰の側面と、陽の側面があるからです。
「変わらないものはない」のだから、
「わるいこと」も「わるいこと」でありつづけることはできないのです。
もし、たとえ今、失意のドン底にあったとしても、
そのままその状態がずっと続くことはありえない、
と、易システムはいってるんです。
もしそれが本当に「ドン底(=それ以上、下がない)」状態であるなら、
もうあとは「よくなる」変化しか起こりえません。
そして、逆説的ですが、変化し続けることは変化しないのです。
実際、易経の経文には、悪い状況のときは「あとは昇るだけだよ」と、はげまし、
よい状況のときには、「あまりはしゃぐな」
といった感じで注意するような内容のものが多いなあ、
とは、だれかがいっていましたが、ぼくもそう思います。
結局、何がよくて何がわるいのか、という話は、
その時々に人々が感じる感想または一時的な判断であって、
そこにあるのは、ただただ淡々と「変化することのみ」というわけです。
目のある白黒の巴形が二つ絡み合っている図は、
そのことをあらわす古来よりのシンボルで、太極図といいます。
黒地は「陰」、白地は「陽」、
白地にある黒い点は「陽中の陰」を、
黒地にある白い点は「陰中の陽」をあらわしています。
周辺の対応部分に、
グラデーションをつけた4つのYES・NOパターンを配してみました。
そう、YESとNOさえも、絶対ではありません。
変化します。
流れる季節のように。
前に、「易システムのルール」というお話をしました。
だけどこれ、「ルール」というよりは、
ものごと、そういうもんだよね、そう思うよね、
という易システムを開発する過程で、
昔の人がみつけた真理(ていうと、大げさですが)……
に近いものです。
[ルールその1]
単純から複雑へ、というルール。
たしかにわたしらの身体をみても、
素粒子→原子→分子→細胞内器官→細胞→臓器→……
という具合に単純なものからだんだん複雑なものになっているようだし、
目で見ることのできない、悩み、とか、日常のモンダイなんかも多分、
複数のより単純なモンダイのピースから成り立っているのでしょう。
[ルールその2]
は、陰は陽へ、陽は陰へ、変わってしまう。
ひいては世の中、変わらないものはない、というルール。
カノジョまたはカレシと一緒のとき、
あるいは、一家団欒でこの上ない幸せを感じているときなんかは、
ずっと、永久にその状態が続くような錯覚を覚えたりします。
でもまあ、そんなことはないわけです。
カレシ、カノジョ、家族とは別れるときが必ず来ます。
たとえばもし、一生一緒にいたいと二人が思って、
幸運にも、そうなったとしても、
やがて死がその袂を分かつでしょう(考えたくはないですが)。
かなしいけど、事実です。
ずっと変わらないもの、ずっとそのままのものもありません。
しかし、ここでクラクなってはいけません。
システムのルールがいっているのは、
「変わる」
というということだけなのですから。
だけどこれ、「ルール」というよりは、
ものごと、そういうもんだよね、そう思うよね、
という易システムを開発する過程で、
昔の人がみつけた真理(ていうと、大げさですが)……
に近いものです。
[ルールその1]
単純から複雑へ、というルール。
たしかにわたしらの身体をみても、
素粒子→原子→分子→細胞内器官→細胞→臓器→……
という具合に単純なものからだんだん複雑なものになっているようだし、
目で見ることのできない、悩み、とか、日常のモンダイなんかも多分、
複数のより単純なモンダイのピースから成り立っているのでしょう。
[ルールその2]
は、陰は陽へ、陽は陰へ、変わってしまう。
ひいては世の中、変わらないものはない、というルール。
カノジョまたはカレシと一緒のとき、
あるいは、一家団欒でこの上ない幸せを感じているときなんかは、
ずっと、永久にその状態が続くような錯覚を覚えたりします。
でもまあ、そんなことはないわけです。
カレシ、カノジョ、家族とは別れるときが必ず来ます。
たとえばもし、一生一緒にいたいと二人が思って、
幸運にも、そうなったとしても、
やがて死がその袂を分かつでしょう(考えたくはないですが)。
かなしいけど、事実です。
ずっと変わらないもの、ずっとそのままのものもありません。
しかし、ここでクラクなってはいけません。
システムのルールがいっているのは、
「変わる」
というということだけなのですから。
ipodシャッフル買いました。
一ヶ月待ちでやっと手に入りました。
突っ込んだ曲のシーケンシャル再生と、
ランダム再生しかできません。
この記事は製品レビューではないので、
ここでは、プロダクトがいいわるいのハナシはしません
(そういう記事は他をあたってみてください。
たぶんいっぱい見つかると思います)。
ここで取り上げたのは、
この製品のウリがランダム再生(シャッフル)だから。
少なくとも、アップルというメーカーは
「グーゼン」に意味を置いているということです。
あるいは、これから置こうとしているのか。
パッケージの裏におもしろいことが書いてあります。
「次の曲は何?」
「心が読める?」
読めるわきゃーありません。
小さいころから、
ガッコーや周囲のオトナたちから
吹き込まれてきたリクツからいえば、
あんなフリスクのアニキみたいなキカイに
心を読まれるわけはない。
でも、何回かに一回はそう思える瞬間があるんです。
おっ、イイナ。
ドンピシャだ。
意味がある感じがする!
いえいえ違います。
そもそも「意味のないこと」
なんてないんですよ(とぼくは思います)。
偶然に意味を置くって新しいことなんですね!
いえいえ、易システムは、
アップルができる何千年も前から、
偶然に意味をおいてますヨ。
一ヶ月待ちでやっと手に入りました。
突っ込んだ曲のシーケンシャル再生と、
ランダム再生しかできません。
この記事は製品レビューではないので、
ここでは、プロダクトがいいわるいのハナシはしません
(そういう記事は他をあたってみてください。
たぶんいっぱい見つかると思います)。
ここで取り上げたのは、
この製品のウリがランダム再生(シャッフル)だから。
少なくとも、アップルというメーカーは
「グーゼン」に意味を置いているということです。
あるいは、これから置こうとしているのか。
パッケージの裏におもしろいことが書いてあります。
「次の曲は何?」
「心が読める?」
読めるわきゃーありません。
小さいころから、
ガッコーや周囲のオトナたちから
吹き込まれてきたリクツからいえば、
あんなフリスクのアニキみたいなキカイに
心を読まれるわけはない。
でも、何回かに一回はそう思える瞬間があるんです。
おっ、イイナ。
ドンピシャだ。
意味がある感じがする!
いえいえ違います。
そもそも「意味のないこと」
なんてないんですよ(とぼくは思います)。
偶然に意味を置くって新しいことなんですね!
いえいえ、易システムは、
アップルができる何千年も前から、
偶然に意味をおいてますヨ。
さてお話を、陰と陽のペア、四つの組み合わせのお話に戻します。
カンタンにふりかえっておきますと、
YES(純陽)NO(純陰)だけではチョット表現力が足りないので
間にいくつか段階を設けたのでした。
[(1)陰中の陰]:陰だけ。純陰。
[(2)陰中の陽]:陰の中の陽のきざし。
やがて陰と陽の状態は逆転。
[(3)陽中の陽]:陽だけ。純陽。
[(4)陽中の陰]:陽の中の陰のきざし。
……
このあとはどうなるんでしょう?
実は、
やがて陽と陰の状態は逆転して、
(1)へもどるのです。
つまり、(1)と(4)は「はじめ」と「おわり」ではなく、
ウロボロスのようにつながっていて、
永遠に変化し続ける一連のプロセスの中の一ステップに過ぎないとうことです。
これに関連して、易システムにはいくつかの原則があります。
[ルールその1]:ものごとのはそれがいかに複雑に見えても、その基本は単純(陰と陽みたいに)。
[ルールその2]:陰は陽へ、陽は陰へ、変わってしまう。
そういう可能性を「常に」はらんでいる。
つまり、ある一定の状態のまま、
変化しないものはなにひとつとして、「ない。」
[ルールその3]:「変化し続ける」というその法則自体は、変化しない。
このシステムをを使うときはこのルールをいつもどこかアタマのスミにでも置いといてください。
カンタンにふりかえっておきますと、
YES(純陽)NO(純陰)だけではチョット表現力が足りないので
間にいくつか段階を設けたのでした。
[(1)陰中の陰]:陰だけ。純陰。
[(2)陰中の陽]:陰の中の陽のきざし。
やがて陰と陽の状態は逆転。
[(3)陽中の陽]:陽だけ。純陽。
[(4)陽中の陰]:陽の中の陰のきざし。
……
このあとはどうなるんでしょう?
実は、
やがて陽と陰の状態は逆転して、
(1)へもどるのです。
つまり、(1)と(4)は「はじめ」と「おわり」ではなく、
ウロボロスのようにつながっていて、
永遠に変化し続ける一連のプロセスの中の一ステップに過ぎないとうことです。
これに関連して、易システムにはいくつかの原則があります。
[ルールその1]:ものごとのはそれがいかに複雑に見えても、その基本は単純(陰と陽みたいに)。
[ルールその2]:陰は陽へ、陽は陰へ、変わってしまう。
そういう可能性を「常に」はらんでいる。
つまり、ある一定の状態のまま、
変化しないものはなにひとつとして、「ない。」
[ルールその3]:「変化し続ける」というその法則自体は、変化しない。
このシステムをを使うときはこのルールをいつもどこかアタマのスミにでも置いといてください。
大事なことだと思うので、グーゼンの話を続けます。
「グーゼン」という言葉はクセモノです。
「そんなのグーゼンだよ」というとき、その言葉の中には、
『悪いケド、アタクシはその出来事にイミを置いていません』
というメッセージが同時に含まれています。
『イミないじゃ~ん!』ってわけです(古いナ)。
どんなことにイミがあってどんなことに「ない」のか。
それは、ヒトそれぞれですね。
ナニにイミを置くのか?
それはすなわち、この世界についてのものの観方~そのヒトの世界観に直結するハナシで、極端にいうと「すべてに意味がない」ととらえることもできます。
「すべて」って、どこまででしょう。
そういっている、ご当人様も、含まれているんでしょうか。
そーいう、
「意味などない。信じるものなどなにもない……フッ」
というふうに、なにもかもをとらえることを、
ニヒリズムというそうです。
ぼくはあんまりスキな世界観じゃありません。
別にカッコいいとも思わんし。
ある問いが生じた。
もちろん解決するのは自分だけど、
ヒントを得ようと思って、アタマをカラッポにして、
真剣に(「深刻に」じゃないところがポイント)コインを投げた。
その人にとっては、「その時出た」コインの裏表は、
コインの裏表以上のイミを持ちます。
考えてみたらアタリマエか。
だって最初から、そのつもりで投げたんだもんね。
当然、彼または彼女は真摯に、
真剣にその回答を受け入れるでしょう。
「深刻に」じゃないところがポイントです。
「グーゼン」という言葉はクセモノです。
「そんなのグーゼンだよ」というとき、その言葉の中には、
『悪いケド、アタクシはその出来事にイミを置いていません』
というメッセージが同時に含まれています。
『イミないじゃ~ん!』ってわけです(古いナ)。
どんなことにイミがあってどんなことに「ない」のか。
それは、ヒトそれぞれですね。
ナニにイミを置くのか?
それはすなわち、この世界についてのものの観方~そのヒトの世界観に直結するハナシで、極端にいうと「すべてに意味がない」ととらえることもできます。
「すべて」って、どこまででしょう。
そういっている、ご当人様も、含まれているんでしょうか。
そーいう、
「意味などない。信じるものなどなにもない……フッ」
というふうに、なにもかもをとらえることを、
ニヒリズムというそうです。
ぼくはあんまりスキな世界観じゃありません。
別にカッコいいとも思わんし。
ある問いが生じた。
もちろん解決するのは自分だけど、
ヒントを得ようと思って、アタマをカラッポにして、
真剣に(「深刻に」じゃないところがポイント)コインを投げた。
その人にとっては、「その時出た」コインの裏表は、
コインの裏表以上のイミを持ちます。
考えてみたらアタリマエか。
だって最初から、そのつもりで投げたんだもんね。
当然、彼または彼女は真摯に、
真剣にその回答を受け入れるでしょう。
「深刻に」じゃないところがポイントです。
いやー、はじめて読者様(御一名様)がつきました。
こんなつたないブログを読んでくれる方がいるとは。
うれしいです。
感動にうちふるえております。
アリガタイです。
この「ありがたい」って言葉なんですが、
「人の親切や好意にたいしての感謝の気持ちをあらわす(広辞苑)」ために
使われることが一般的なようですが、よく見てみると、その、当の広辞苑では、
「存在が稀。なかなかありそうにない。珍しい」
という意味を筆頭にあげています。
コイン投げの結果も、
真剣に問いを抱いて、真摯にその結果を受け取るならば、
実にその、「有り難い」ことなんではないかと。
たとえば、コインの表(または裏)の意味だって、
その時の問いの内容によって変わってくるだろうし、
受け取り方だって、
そのときのあなたのコンディションによって微妙に変わってくると思います。
こうとらえると、いつも一定不変のYES、一定不変のNO、
なのではなくて、
実は、「その時だけの」YESでありNOであって、
その結果と、問いを出した人とは、一期一会なんだという気がしてきます。
有り難いことなんです。
グーゼンがグーゼンでなくなる瞬間です。
こんなつたないブログを読んでくれる方がいるとは。
うれしいです。
感動にうちふるえております。
アリガタイです。
この「ありがたい」って言葉なんですが、
「人の親切や好意にたいしての感謝の気持ちをあらわす(広辞苑)」ために
使われることが一般的なようですが、よく見てみると、その、当の広辞苑では、
「存在が稀。なかなかありそうにない。珍しい」
という意味を筆頭にあげています。
コイン投げの結果も、
真剣に問いを抱いて、真摯にその結果を受け取るならば、
実にその、「有り難い」ことなんではないかと。
たとえば、コインの表(または裏)の意味だって、
その時の問いの内容によって変わってくるだろうし、
受け取り方だって、
そのときのあなたのコンディションによって微妙に変わってくると思います。
こうとらえると、いつも一定不変のYES、一定不変のNO、
なのではなくて、
実は、「その時だけの」YESでありNOであって、
その結果と、問いを出した人とは、一期一会なんだという気がしてきます。
有り難いことなんです。
グーゼンがグーゼンでなくなる瞬間です。
ウラナイにはいろんなタイプがあります。
たとえば、非常に長いスパン(一年、十年、あるいはその人の一生)をみるのを得意とするもの。
占星術や、算命(推命)などはこれにあたると思います。
一方、比較的短いスパンをみるものにカード占いや、ルーンのようなものがあります。
易システムは後者に当たるタイプのもので、
どちらかというと日常的な決断や、
ちょっとしたことなどにも向いているように思います。
なにからきざしを読み取るか、ということでもいろんなタイプがあります。
その人の誕生日を含む暦をベースにするもの。
人相・手相などその人の身体的特徴をベースにするもの。
カード、コイン、ダイスなど、「偶然性」を利用するもの。
易システムは最後のタイプなわけです。
「」をつけましたが、この「グーゼン」といういう言葉がクセモノでして。
なんかこー、「グーゼン」というとものすごくいい加減な感じがするわけですね。
いきあたりばったりというか、タマタマ~っていうか、
あてにならんゼぇ、ってことです。
「そう。その通りだ。サイの目や、コインの裏表には後にも先にも偶然以上のイミがあるわけないだろ。いまさらナニ言ってんだ」
と、ゆるぎない確信をもっておっしゃる向きにとっては、
残念ながら、易システムは利用するにはあまり向いていないシステムかもしれません。
いや、まて、グーゼンとはいっても……
なんかあるかも……
心の隅のそのかすかなちらつき(フラート)が、易システムへの招待状です。
たとえば、非常に長いスパン(一年、十年、あるいはその人の一生)をみるのを得意とするもの。
占星術や、算命(推命)などはこれにあたると思います。
一方、比較的短いスパンをみるものにカード占いや、ルーンのようなものがあります。
易システムは後者に当たるタイプのもので、
どちらかというと日常的な決断や、
ちょっとしたことなどにも向いているように思います。
なにからきざしを読み取るか、ということでもいろんなタイプがあります。
その人の誕生日を含む暦をベースにするもの。
人相・手相などその人の身体的特徴をベースにするもの。
カード、コイン、ダイスなど、「偶然性」を利用するもの。
易システムは最後のタイプなわけです。
「」をつけましたが、この「グーゼン」といういう言葉がクセモノでして。
なんかこー、「グーゼン」というとものすごくいい加減な感じがするわけですね。
いきあたりばったりというか、タマタマ~っていうか、
あてにならんゼぇ、ってことです。
「そう。その通りだ。サイの目や、コインの裏表には後にも先にも偶然以上のイミがあるわけないだろ。いまさらナニ言ってんだ」
と、ゆるぎない確信をもっておっしゃる向きにとっては、
残念ながら、易システムは利用するにはあまり向いていないシステムかもしれません。
いや、まて、グーゼンとはいっても……
なんかあるかも……
心の隅のそのかすかなちらつき(フラート)が、易システムへの招待状です。
4つのパターンの適用例をもう一つ。
たとえば、YES・NOにあてはめてみると、以下のようになりますでしょうか。
[(1)陰中の陰]:NO!だめぇっ!……100%ダメってわけではないですが、YESの可能性は限りなく低いっす。
[(2)陰中の陽]:ふつうに「ダメっす」。ややYESの可能性があります。この芽を大事にそだてれば、あるいは……
[(3)陽中の陽]:YES!よろこんで!「ちょーOK」もコレに入りますか。
[(4)陽中の陰]:「いいよ」。ふつうの肯定・承諾ですね。
ただNOの萌芽をきっちりつみとっておかないと、ひょんなことで心変わりされてしまう可能性もなきしもあらずです。
なお、どっかの居酒屋で「よろこんで!」といわれても(3)にあたらない場合もありますので、ご注意ください。
上の例は、なんだか誰かになにかを頼むようなカッコウになってますが、このレベルになってくると多少は実用性があるのではないでしょうか。
「こ、こんどの土曜、あ、空いてますか?ぎゅ、牛鍋食いにいきませんか。い、イセサキチョーなんスけど」……って言ってみようかな……どうなるかな……?
YES・NOだけの答えが必要ならば、コインを一枚一回投げればいい。
中間の答えがほしい場合は、
・リラックスして、
・深呼吸して、
・問いを心の中に思い描いて……
・明確になったその刹那……
・エイヤ!とコインをなげる
という次第になります。
ていうか、普通にコインを一枚一回投げるときも、上記次第は同じですな。
何度もやると集中がとぎれますので、できれば一回でえいやっ、とやったほうがいい。
したがってコインは2枚用意した方がいいってことですね。
ただし、(2)と(4)はどちらも、裏(陰)と表(陽)の組み合わせですので、どっちがベースなのかわかるように(陽中の陰なのか、陰中の陽なのか)工夫する必要があります。
2枚のうち一方のコインの種類を変えるとか、シルシをつけるとか。
ちなみに、[(1)陰中の陰]、[(2)陰中の陽]、[(3)陽中の陽]、[(4)陽中の陰]は、易システムでは図のようなシンボルであらわします。
昔の人が考えた、陰陽を二つ組み合わせたパターンは、こんな具合です。
[(1)陰中の陰]:陰だけ。純粋に「陰」です。陰の極地です。年老いた陰、老陰ともいいます。「陽」の要素はカケラもありません(潜在しているのですがあらわれていない)。
[(2)陰中の陽]:老陰のような状態はいつまでもつづきません。陰の中にチラリと陽のきざしが見えた状態。
やがて陰と陽の状態は逆転し、こんどは陽が旺盛になってきます。
[(3)陽中の陽]:陽だけ。純粋に「陽」。陰が旺盛なときと同様、老陽ともいいます。
[(4)陽中の陰]:そして、その陽の中に今度は陰のきざしが見えた状態。
やがて陰と陽の状態は逆転し、こんどは陰が旺盛になってきます。
ちょっと抽象的でしょうか?
たとえば季節でいうとこんな感じ。
[(1)陰中の陰]:冬;生き物の活動は最小限度。省エネモードです。
[(2)陰 中の陽]:春;寒さの中にも生命の活動が始まります。
[(3)陽中の陽]:夏;生命活動MAX。
[(4)陽中の陰]:秋;夏のなごりの中にも冬のきざしが。生き物たちは省エネモードに入る準備をします。
最近は地球温暖化の影響で季節もこの限りではなくなってきているようですし、都市生活者というイキモノにはあてはまらないかもしれませんが、イメージはつかんでいただけるかと思います。
[(1)陰中の陰]:陰だけ。純粋に「陰」です。陰の極地です。年老いた陰、老陰ともいいます。「陽」の要素はカケラもありません(潜在しているのですがあらわれていない)。
[(2)陰中の陽]:老陰のような状態はいつまでもつづきません。陰の中にチラリと陽のきざしが見えた状態。
やがて陰と陽の状態は逆転し、こんどは陽が旺盛になってきます。
[(3)陽中の陽]:陽だけ。純粋に「陽」。陰が旺盛なときと同様、老陽ともいいます。
[(4)陽中の陰]:そして、その陽の中に今度は陰のきざしが見えた状態。
やがて陰と陽の状態は逆転し、こんどは陰が旺盛になってきます。
ちょっと抽象的でしょうか?
たとえば季節でいうとこんな感じ。
[(1)陰中の陰]:冬;生き物の活動は最小限度。省エネモードです。
[(2)陰 中の陽]:春;寒さの中にも生命の活動が始まります。
[(3)陽中の陽]:夏;生命活動MAX。
[(4)陽中の陰]:秋;夏のなごりの中にも冬のきざしが。生き物たちは省エネモードに入る準備をします。
最近は地球温暖化の影響で季節もこの限りではなくなってきているようですし、都市生活者というイキモノにはあてはまらないかもしれませんが、イメージはつかんでいただけるかと思います。