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ぼくは占い師じゃない

易のブログ……だったのですが、最近は白橋 升としての創作活動「遊星出版」の話題や日常雑記を綴っています。遊星出版のサイト(Googlesite)で作品を紹介しています。活動や作品の紹介はこちら(遊星出版公式サイト)→https://sites.google.com/view/yuusei-press


といっても、水彩画教室のハナシではありません。

陰と陽のおハナシです。

世の中、白黒、YES・NO、0・1で、そうバシバシ割り切れるもんじゃありません。
もし世の中すべてそんなふうに割り切れるものなら、ぼくのパソコンはいまごろ宇宙の帝王です。
だって0・1(でじたる)は得意なはずだから。

陰陽は、すべてです。どちらもこの宇宙のかけがえのない側面なわけです。
一枚のコインが宇宙にも等しい瞬間、それは確かにあると思います。
だけども、「日常生活における実用」という観点からは、やや舌足らずかなア、という気もします。

YESとNO、0と1、白と黒などの間に、もっと段階があってもいいような。
割り切れない……のがゲンジツってもんじゃあないのお?ナア、オッサンよお、ってわけです(だれじゃ、オッサンって)。
そこで昔の人は、単なる陰陽だけではなくて、まず、この陰陽を二つ組み合わせて4つのパターンをつくりました。

つまり、YES・NOの間に段階を設けたわけです。
さて、コイン投げです。
従来のコイン投げの場合、前回のリストでいうと、まあ、一番上くらいのイミでしか使っていないわけです。
しかし、これを陰と陽というふうにとらえると、どうでしょうか。
いきなりコインは重くなります。
陰陽は宇宙のすべてをあらわすからです。

たまにはYES、NO以外のイミでコイン投げをしてみるのもおもしろいかもしれません。

今度コイン投げをするときは、ちょっと立ち止まって、これがひとつの宇宙だったら……と、想像しながら投げてみるのもわるくないかも。MIB(メン・イン・ブラック)という映画がありましたが、あのラストでデッカイ宇宙人が宇宙(銀河)の入ったビー玉を転がしているシーンがありましたが、あんな感じです。

いつものコイン投げのイミがまた違ってくる瞬間です。

ちなみに易システムでは、陰と陽を図のようなシンボルであらわします。
陰は切れた線、陽はつながった線です。
いきなりでかいスケールのタイトルになってしまいましたが……

陰と陽のおハナシです。

易システムの最小単位は1ビットです。0か1か。白か黒か。
とにかくすべてを二つに分けて考えるわけです。
いや、「分ける」という表現は正しくないでしょう。
あるひとつのものを二つの「側面」から観ることを基本ルールとしている、といったほうがより正確です。
それがすなわち陰と陽というわけです。
代表的な意味を以下にならべてみますね。

【陰】   【陽】
NO     YES
裏      表
夜      昼
低いところ  高いところ
消極     積極
下降     上昇
空間     物質
空虚     密
地      天
女性原理   男性原理
 …… ∞   …… ∞

だいたいすべてにおいてこの調子です。
とくにこのリストの最後にある男性女性のところをみて、「男女差別だ!」という感想を持つ向きもあるようですが、そうではなくて、これは「区分」です。分離・敵対・対立ではありません。
「ひとつ」を二つの側面から観た表現の一種。
易システムでは基本要素としてこの表現を使うわけです。
どちらが欠けても事物が成り立たないのはお分かりになると思います。
たとえば光・闇という二側面がありますが、光だけ、闇だけという世界はありませんね。
もし光だけという世界があったとしたら、その光を光と認識することすらできないでしょう。
なんといっても「光しかない」わけですから!
もひとつたとえば、表だけの、または裏だけのコインはありえません(マジックの道具にはあるみたいです。ダブルフェイスっていうらしいですが…余談です)。裏と表があってはじめて一枚のコインたりえるのです。
上のリストは最後が「……∞」になっていますが、陰陽は森羅万象、おおげさにいえばこの宇宙すべてに適用することができます。また、易システムではそのように考えます。
コイン投げっていうと、多くの人には、なんかまー、どーでもいいや、テキトーに決める手段みたいに思われているかもしれません。

ある意味、当たってます。

表と裏に、特に○×以上の深さのある意味づけをしない場合は、確かにそんなもんでしょう。
軽く投げて、勝っても負けてもモンクいいっこなし、ほれ、せーのっ!というわけです。

コイン投げのジョークでこんなのがあります。

「よし、じゃあ、コインで決めよう。表が出たら俺のカチ、裏が出たらお前のマケなっ!」

どっちが出てもオレのカチです。
相手が酔っ払ってたりするとわりとカンタンに引っかかってくれるので便利な手法でもあります……
じゃなくって、こういう意味づけをするとコイン投げ自体を無意味にすることさえできてしまう……
という例です。

易システムでは、このこのコインの裏と表に、システムのもっとも基本となる単位を割り当てています。

すなわち、「陰」と、「陽」です。
易経ってご存知ですか?

中国の古典なんですが、まあ、一言で言えばウラナイの本です。英語だと"Iching"とか(中国語そのままやんけ)、"Book of change"っていいます。
自慢じゃないですが(この言葉の後につづくのは、タイテー自慢です)、ぼくはこの易経と10年以上向き合ってきました(って……つもり)。
相手がそもそも漢文(中国語)だということもあるのですが、これがどうしてなかなか一筋縄ではいかんシロモノでしてねえ。そんなややこしいシロモノになんでそんなに長い間かかわっているのかというと、まあ、「好き」ってことでしょう。
もちろんそれだけではなくて、ケッコー使えるシステムなんです。
そ、システムでありツールなんです。この「易経」というやつは。
ぼくは個人的に「易システム」なーんて呼んでますが、少なくともぼくは「使える!」と思っているにもかかわらず世間的な認知度はイマイチだし、最近は「中国占星術」などというワケのわからん名前でメディアに登場したのを見たことがありますが、あの……占星術じゃないです。ちがいます。根本的に(と、ぼくは思ってます)。

これじゃあ、なんだかなあ、どうしてかなあ、と考えたんですが、どうもあの漢文がいかんのじゃないかなあ、

古典……ああっ!キライだったし!

まあそれで、いい解説書もいっぱい出てるので、自分なりに再解釈して、私家版・易経というのをつくってみようと思い、チマチマ作業を開始したのはいんですが、これがなんか……進まない。
なんでだろーっと考えて、「おい、オマエこれ、明日までな」と、ケツをたたいてくれるセンセーがいないからじゃないか、と。
てーかなんつーか、書かなきゃイケナイ!っていう牽引力がない状態で書き継ぐってのは結構ハードだったりするわけで。
それで、ブログ。
なんとか、できれば、これを読んでくれる人の役に立つ(かもしれない)、私家版・易経を作成かつ提供しつつ、フィードバックなどもらえるかもしれないし、それで相互に教えたり教えられたりで進められればベストですが、そうはならなくても、この場が、少なくとも、私家版・易経の作成の牽引力になってくれれば、それでイイヤてな感じです。

ええと、長々といろんなことを書きましたが、たくさんの人と共感できてなんらかの学びを深めることができればそれに越したことはありません。
毎日…は書けないだろうし、いつまでつづくかわかりませんが、気長におつきあいあただければ、書いた者としてこれにまさるよろこびはございません。
よろしくお願いいたします。