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ぼくは占い師じゃない

易のブログ……だったのですが、最近は白橋 升としての創作活動「遊星出版」の話題や日常雑記を綴っています。遊星出版のサイト(Googlesite)で作品を紹介しています。活動や作品の紹介はこちら(遊星出版公式サイト)→https://sites.google.com/view/yuusei-press

坎。
水です。
陰にはさまれて真ん中に陽があるカタチから、
真心といったイミもある。
水はどんな器に入れられても、
そのカタチに従うから、
真心があるとされる、という観方もあります。
穴、落ち込むというイミも別にあります。

でもいままでの説明で一番腑におちないのは、
(3)人物のとこじゃないでしょうか。

すべて陽のコード番号:1、乾がお父さん。
すべて陰のコード番号:8、坤(後述)がお母さん。
結局、その間の2から7までの6つの八卦は、
お父さんとお母さんの子供たちというわけです。

八卦はそれぞれ、陰または陽3つの線(爻)からできていますが、
人物に関しては、陰と陽で少ない方の爻に着目して意味づけされています。
この坎の場合は、陽爻ひとつに陰爻二つですから、
真ん中の陽爻に着目するわけです。

長男でも末っ子でもない、真ん中にいる男(陽)。
だから「中男」ってわけです。

この陽爻が一番下の段にいくと、上から、





となって、
これは、最初に生まれた男の子、つまり長男をあらわします。
すでに説明しました、コード番号:4、「震」の卦です。

同様に、この陽爻が一番上の段にいくと、上から、





となって、
これは、最後に生まれた男の子、つまり末っ子をあらわします。
つぎに説明します、コード番号:5、「艮」の卦です。
そうです、
爻は、下から数えていきます。

-----------------------キリトリ線----------------------------
(1)コード番号:6
(2)総合:水。まごころ、苦労/困難、縁の下の力持ち
(3)人物:中男(年齢または位が中ほどの男)
(4)身体の部分:耳
(5)数字:一、六
(6)季節:冬
(7)色:黒、白
(8)味:塩辛
さて、巽。
風です。
吹き渉る風。
そっと入ってくるすきま風から、
アラシまで。

ところで毎回載せている以下のリストの「(4)身体の部分」で、
なぜ、風が「股」なんでしょう。
ちょっと想像つきませんよね。

風にマタで……マタに風が吹く…
わーった!ノーパンだぁ!

連想としては上出来ですが、この場合はちがいます。
上の図を見ていただければ判ると思いますが、
この巽のシンボルは上から、

陽(つながった線)
陽(つながった線)
陰(きれた線)

となってまして、一番下の切れた線(陰)のところが、
二股に分かれたように見えます。
だから、「股」。
ようするに八卦の記号「みたまんま」からつけたイミなんですね。
前回の「震」では「(4)身体の部分」は「足」となっていますが、
これは、震の「動く」というイミ自体からきているイミです。

このように、易システムでは柔軟に、
自由に連想して意味づけされています。
「(2)総合」における基本の意味さえ外さなければ、
自由に解釈してもよい、ということでもあります
(と、ぼくは思っています)。

なお、(5)数字、(6)季節、(7)色、(8)味はそのかぎりではなく、
こちらは五行学説と結びついて、機械的に導かれたイミです。

じゃ、「(3)人物」はどうやってイミづけられたのか。

そのへんは、次回に書きたいと思います。

-----------------------キリトリ線----------------------------
(1)コード番号:5
(2)総合:風。風のたより、うわさ、ジプシー
(3)人物:長女(年齢または位が上の女)
(4)身体の部分:股
(5)数字:三、八
(6)季節:春
(7)色:青、碧、緑
(8)味:酸味
カミナリ。動き。
総じておちつかないイメージのこの卦です。
声あってカタチなし、
雷鳴は大きくてびっくりするけど実害がない、形がない。
下のリストにはないケド、電気・電信・通信などもこの卦の領分。
今だとインターネットもこれに入るのでしょうね。

また親父の話ですが、

以前、ウチの親父に、
インターネットの存在意味がよくわからん、なにがそんなにスゴいんだ?
と、きかれたことがありました。
もちろん彼は、こんなブログとは無縁の生活を送っております。
ケータイももってないし。
ツーカーのCMにでてくるガンコオヤジを地で行っているわけです。

いわく、

いくら検索したってお腹はいっぱいにならない。
腹が減ったら、かあちゃんにメシをつくってもらうか、
コンビニでベントー買ってくるしかなろーて。
いくらネット通販が便利ったって、
そこには物をつくる人、届ける人など、
カタチあるものがあってはじめてサービスがなりたっているわけで、
インターネットだけあってもしゃーないだろう、と。

御説、ごもっとも。

ネットだけあってもしゃあーないでしょう。
他に何にもなければ。

ネットはそういうカタチあるものを結びつける、
「コエ(情報)あってカタチのない」ものです。

親父がそういう問いをしてきたのは、
多分、どこかのだれかが、

インターネットは万能!、
インターネットさえあればなんでもできる!、
まんせー!まんせー!!インターネット!!! 

ってなことを親父に吹き込んだんでしょうな。

あるいはそんなニュアンスのPRをどっかでみたか。
人騒がせなこってす。

実は、ネットに限らず、そのもの「だけ」で、
他とはまったく無関係に、
独立して存在しているものはないんですね。

無人島にただ一人ながされた人だって、
ジャングルという「他システム」が生産する酸素を吸い、
海という「他システム」が提供する魚を食らって、
生きのびようとするでしょう。
人生に絶望しているんじゃなければ。

いつでもどこでも、
ぼくたちは「宇宙」という巨大な織物(web)の一部です。
生物学的「死」のあとも。

-----------------------キリトリ線----------------------------
(1)コード番号:4
(2)総合:雷。移動、動き、猛進、落ち着かない、初めてのもの/事/人/場所
(3)人物:長男(年齢または位が上の男)
(4)身体の部分:足
(5)数字:三
(6)季節:春
(7)色:青、碧、緑
(8)味:酸味
火(転じて、文明・文字・文書・技術)。
明らかになること、区分。
派手。ファッション。外見。

アンディ・ウォーフォールにいわせれば、
「見た目こそすべて」なんだそうですが、
そりゃあ、物事の半分じゃあないでしょか。
「すべて」じゃないヨネ。
見た目は、もちろん大事。
中身もネ。
ってわけです。

ハナシ変わりますが、ぼくからみると、ウチの親父は
とーーっても偉そうにしゃべっているように見えるんです。
口癖は

「あいつはバカだ」。

おフクロによると、TVなんか見てるときによく連発しているそうです。
そう言っているときは多分チョーキモチイイんでしょうね。
だって暗に「自分はそうじゃない!」って主張してるってことですから。
あるとき、

「そんな言い方じゃ、だれもお父さんのハナシ聞かないよ」

っていったんですが、

「アホか!ちゃんとスジがとおってりゃ、人は耳を貸すのだ!」

というおおせでした。

いや~、どーかな。スジが通ってても、やっぱり聞かないだろうナ。

話し方というのは、いわば、目に見える部分。
居酒屋でいえば、店ガマエです。
そのハナシの内容は、いわば、中身。
居酒屋でいえば、店ン中で出される料理や酒の味。

料理や酒の味は、
まずはその店に客が入ってくれなければ分からないわけで。
いくら料理や酒がウマくても、
入りたくなくなるような店ガマエじゃねえ。
それとおんなじで、内容がいくらスジのとおったいい話でも、
態度が横柄で聞いてくれなきゃ(=客が入ってくれなきゃ)、
始まりません。

見た目……やっぱ、大事ですね。
もちろん中身もですが。
昔は、ボロは着てても心は錦、なーんて思ってましたけど、
今はチョットこざっぱりしたカッコしたいな、と思います。

結局、上のようなことは父親には言いませんでした。
だって、言ったらきっと

「おまえはバカだ」

って言われるもんね。

-----------------------キリトリ線----------------------------
(1)コード番号:3
(2)総合:火。飾る(ファッション)、かしこさ、チエ
(3)人物:中女(年齢または位が中ほどの女)
(4)身体の部分:目
(5)数字:二、七
(6)季節:夏
(7)色:赤、紫
(8)味:苦味
沢。
せせらぎ。
さざなみのようにひろがってゆくよろこび。

兌の卦をみて、決まって思い出すのは、女性のおしゃべりです。
兌のイメージとしては月並みデスネ。

「話を聞かない男、地図が読めない女」という本だったか、
こんなようなことを読んだおぼえがあります。
女性はしゃべること「自体」を楽しむことができるけど、
男はそうではなく、話しかけられるとそれを「問題提起」ととらえ、
いちいち「オレが解決しなくちゃ」モードに入るので、
たくさん話しかけられるととても疲れる。
いきつく先は、お互いはそういうイキモノなんだ、
という認識不足によるケンカ。

けだし、もっともだなあ、思ったことがあります。

周囲には比較的寡黙と思われているらしいうちのカミサンも、
ぼくという身内にはよくしゃべります。
職場のハナシなどになると絶好調です。
正直、チョット疲れるときもある。

もっともぼくは、

「話は聞かないし、地図も読めない男」

なんで、ぜんぜんヘーキなんですがネ。

ふおっ、ふおっ、ふおっ。

-----------------------キリトリ線----------------------------
(1)コード番号:2
(2)総合:沢。コトバ、表面的、あらわれて(始まって)すぐ消える(終わる)
(3)人物:少女(年齢または位の低い女)
(4)身体の部分:口
(5)数字:四、九
(6)季節:秋
(7)色:白、金
(8)味:辛味
なんというか……ひとことでいえば「パワー」です。
オール陽。つけいるスキがありませんね。
アソビがない。
天。天に駆け上がる龍。

男性原理。父よあなたは強かった、というわけですが、
あまり、力んでばかりいると、
思いがけない方向からの衝撃に弱くなりがちです。
臨界を越えるとポキッと折れちゃう。
柔軟な方が結果的に粘り強かったりします。
免震ビルがしなるのと同じ。
とはいえ、パワーはパワーで、不足すると、
思ったように前に進めません。

じゃ、どっちなんだよ!

と、怒られそうですが、
コタエは「どっちも」です。
世の中そうカンタンに
白黒ズバズバ割り切れるもんじゃあありません。

ほどほど。
「いい」加減に。
適度に。
適切に

YESとNOの間のグラデーションです。

-----------------------キリトリ線----------------------------
(1)コード番号:1
(2)総合:天。父、主/長、勢いの強さ/力強さ
(3)人物:父
(4)身体の部分:首、頭
(5)数字:四、九
(6)季節:秋
(7)色:白、銀
(8)味:辛味
これからしばらく、以下のような項目と順番で、
各八卦について書いていきます。

(1)コード番号:
(2)総合:
(3)人物:
(4)身体の部分:
(5)数字:
(6)季節:
(7)色:
(8)味:

(1)はぼくが勝手にきめたコード番号ですのでおいとくとして、
(2)から(8)にいくしたがって、抽象的なことから、
より具体的なイミになっています。

そらいいんだけど……

ただ並べられても読む方は退屈しちゃいます。
そんなわけで、アタマにカンタンなコメント
(ていうかムダバナシだな)などをくっつけて……

一気に八つ全部ならべる、
というのも長くなっちまってイケヤせん。
そういうわけで、

   「八卦シリーズ」

というタイトルで、8回シリーズにさせていただきます。

8つ全部でそろったところで、
お待ちかね(誰も待ってねーってばよ)、
この八卦をつかった
オリジナルの占いなどをご紹介したいと思います。
お楽しみに(誰も楽しみにしてねーってばよ)。
単なるYES・NO(陰陽)からはじまって、
陰陽符号を二つ組み合わせた4つのパターン
(四象といいます)になり、
続いて、八卦ときました。

陰陽(YES・NO)から四象への拡張、
四象から八卦への拡張は、
いままでの材料が使われて、
新しい秩序がカタチづくられる過程でもあり、
これを、「創発(エマージェンス)」といいます。
人間を含む自然もこの創発という過程を経て進化していくようです。
そういう意味でも易システムは
この世界の縮図であるということもできると思います。

たとえば、
いままで単体の男、女であったものが、
結婚することで家庭をつくるということも、
従来の、単独の男と女という材料をつかって、
家庭という新しい秩序が創発した……
と、とらえることもできるでしょう。
子供ができれば、新しい仕組みであることはより明確ですが、
そうでなくともそれは、今までの要素を含み、
かつ、いままでになかった仕組みなのです。

「新しい」秩序~仕組みである、
というところがポイントです。

ある男女による家庭という仕組みは、
その男がひとり、その女がひとりの状態のころには、
まったく、カケラも存在しなかったしくみなのです。
ただふたりが集まっただけなのではなく、
別の、今までになかった、
まったくあたらしいイミがそこにはある。

そのイミは各家庭で異なると思います。

それは……

新しい功利でしょうか。

相手が自分のニーズを満たしてくれるから??

それとも、いままで経験したことのなかった
互いの人生を分かち合い、学びを深めることでしょうか。

四象から創発した八卦にも、
いままでになかったイミが創発しました。
テレビで「占い依存症の女たち」というお話をやってました。
出てきた女性の方は、ぼくからみるとまだマシなほうで、
ちょこっと病的ではあるけれども、
誰に迷惑をかけているでもなし、
別にいいんじゃないか、
という気もしました。

はまると言っても程度問題で、
あまりにもそれに頼ってしまって、
自分でものを考えたり、決めたりすることまで
放棄してしまうような接し方はどうかと思います。

以前に本で読んだ極端な例で、
振り子占いにハマってしまった
おばあちゃんのハナシがありました。
このおばあちゃんは、
コーヒーに砂糖を何杯いれるかまで、
いちいち振り子で決めていたそうです。
そんなことやっているうちに、
コーヒーはさめ、まずくまってしまうでしょう。

だれそれが悪い、なになにがイケナイ、と、
つい、わたしたちは
なんでもかんでも原因を外部に求めがちです。

だけど、あなたのように生き、あなたのように考える人は、
あなたしかいないのです。
あなたの人生に責任を取れるのは、
友人でも親でも兄弟でもなく、あなただけです。

あなたの外にある「ナニカ」ではありません。

占い師は、あなたの代わりに生きてくれる人ではありません。

ぼくは、易という、航海の参考になるかもしれない
システムの運用方法を示すことはできますが、
あなたが振ったダイスの目は、あなたにしか、
あなたの意味で読み取ることはできません。

そういうわけで、
占いは本来、
自分でやって自分で判断するものです
(と、ぼくは思います)。

だからぼくは占い師ではありません。
易システムの作者は、陰と陽のペア、
4つの組み合わせにさらに表現力をもたせました。、
切れた線か、または、つながった線二本で構成される4つのパターンに、
さらに、切れた線かつながった線一本を追加したのです。

4×2で、合計8つのパターンがあらたにできたわけです。
ちょっと冗長になりますが、以下に示しますね。

陰=切れた線、陽=つながった線、とすると、


陽 ← 1:乾(けん)



陽 ← 2:兌(だ)



陰 ← 3:離(り)



陰 ← 4:震(しん)



陽 ← 5:巽(そん)



陽 ← 6:坎(かん)



陰 ← 7:艮(ごん)



陰 ← 8:坤(こん)


数字は、ぼくが勝手につけたコード番号。
そのあとの「乾(けん)」とか「兌(だ)」……「坤(こん)」
とかは、各パターンにつけられた名前です。

ぜんぶで8パターンあります。

切れた線とつながった線でできたパターンを「卦(け)または(か)」といいます。
だから、上の8パターンのことは「八卦(はっけ)または(はっか)」といいます。
どっかで聞いたことありますよね。

そう、お相撲の掛け声、「はっけよい、のこった」の「はっけ」です。

「あたるもはっけ、あたらぬもはっけ」の「はっけ」です
(こっちの方はニヒリストが易システムをからかった言葉っぽいですが)。

易システム~易経からきた言葉は意外と多く、
ちょっと難しい言葉ですが「乾坤一擲(けんこんいってき)」の
「乾」と「坤」は、上のリストの1番と8番の「乾」と「坤」からきています。
ちなみにイミは「のるかそるかの勝負をすること(広辞苑)」。
命を賭したコイン投げです。
コインの裏と表に、テメエの「死」と「生」という意味づけをしたわけですね。

ああこわ。

「咸臨丸」や、「資生堂」などという名前も実は易経からきてます。

同人誌の「同人」なんていうのも。

これってトリビア?
ちゃうわな。