ワンポイントコラム
<韓国朝鮮 歴史のトリビア>
278. ヒュージョン史劇全盛の理由
 
 
 
私のオキニ、と言うより消去法的に選んだドラマ『シュルプ』が無事終了しました。
連続で5話視聴して波濤の展開に圧倒されたので少々頭をクールダウンしたのち、近日ドラマレビュー記事を書かせて頂きます。

 

 

このドラマも、現在韓国で「ヒュージョン史劇」と呼ばれる新しい形式の史劇ドラマです。
この反対語として「正統チョントン史劇」の語が有ります。
所謂(いわゆる)昔ながらの史劇で、日本で言えばNHK大河ドラマに相当するでしょう。とは言え歴史史料が豊富な日本と違い韓国の正統史劇もフィクションが多い傾向に有りますが…

 

 

ヒュージョン史劇の範疇には現代劇的な「ファンタジー史劇」「ロマンス史劇」「トレンディー史劇」なども含まれ、大きなカテゴリーとなって居ます。
 
本日はこのヒュージョン史劇の歴史と近年韓国で流行る理由を述べて見たいと思います。
本来ならドラマ・映画レビュー欄で述べるのが筋かも知れませんが、最近「ワンポイントコラム」欄が寂しく閑古鳥が鳴いて居るので、ドラマの歴史と言う事でコチラの欄で書かせて頂きます(笑)。
 
ヒュージョン史劇が登場したのは1980年代後半、ノテウ盧泰愚大統領時代です。
 
確認出来る資料として
1987, KBSの『TV小説』、
1990, MBCの『マダン(床)深い家마당 깊은 집』
1990, MBCの『踊るカヤグム춤추는 가얏고』
が始初作品に挙げられます。

 

<踊るカヤグム>

 

当初全くの添え物だったヒュージョン時代劇は2000年代中後半から全盛期を迎えます。
このキッカケを与えたのはヒュージョン史劇のレジェンドとして今も人気の『ホジュン』(1999年)です。
 
このドラマ『ホジュン』は朝鮮王朝時代の医学書「東医宝鑑」の著者として広く知られている朝鮮時代の代表的名医ホ・ジュンの人生記を扱った作品ですが、王朝中心の伝統史劇から脱し、漢方医学という異色の素材と専門職職人の成功ドラマという風変わりな形式を通じてご存じの通りドラマ最高視聴率をマークするなど、テレビ界に突風を起こしました。

 

 

このドラマはベストセラー歴史小説『トンイポガム東医宝鑑』の映像化ですが、彼の前半生には不明な点が多い為、大胆なフィクションを交えて構成して居ます。

 

元々韓国国内の時代劇は主に朝鮮王朝時代を背景に、王室の宮廷陰謀劇と権力闘争に焦点を合わせた「政治時代劇」が主流でしたが、この作品の成功を基に、以前には扱わなかった『サンド商道』『太陽の人イジェマ』『チャングムの誓い』など、伝統的な時代劇の公式から脱した、想像力と現代像が反映されたフュージョン史劇が大勢登場しました。

 

 

2000年代以後、時代劇の進化速度はますます速くなり、『チュオクの剣』『ヘシン海神』『チュモン朱夢』『太王四神記』などに至るまで、現代劇かと見間違う「史劇らしくない史劇」と評価される作品が大勢登場するに至ります。
 
タモ茶母(下働きの女性:チュオクの剣)・宦官(王と私)・商人(商道)・宮女(チャングム)・妓生(ファンジニ)など、専門の職業人たちを主人公に生き生きと描く史劇が活発に制作されました。
特に『チャングムの誓い』は日本を始め世界的にブームを巻き起こし、時代劇のグローバルな「韓流ブーム」を主導し、食べ物、宮中文化、医学など幅広い人気を引き起こしました。

 

 

その後、時代劇の範囲はさらに拡張され、歴史的史料がほとんどない古朝鮮・高句麗(チュモン朱夢)や渤海時代(テジョヨン大祚栄)にまで及びました。
ファンタジーから戦争物、メロドラマ、専門職ドラマに至るまで様々なジャンルとのヒュージョン(融合)が加速されて行き、人物を扱う方式もより現代的で緻密な描写になって行きました。

 

 

この様に2000年代に急速に成長した「ヒュージョン史劇」ですが、成長の原因として幾つか箇条書きすると
❶IT化や史料の現代語訳化による作家のシナリオ参入の容易さ
❷テレビ視聴層で有る20〜40代の女性の好むイケメン俳優・ラブストーリーへのターゲット化
❸トレンドを好むこれらの層へのスポンサーの要請

 

 

などが作用して居ると言え、要するに現代劇を観るかの如く、イケメンと軽いラブコメを欲する若い女性のニーズに送り手の思惑が合致した為と言えるでしょう。
本格的な時代劇よりは、現代的なトレンディドラマに慣れている若い女性視聴者層を簡単に攻略するという意図がハッキリと表れて居ます。

 

 

如何にイケメン俳優目当ての女性層にターゲットを絞っているかの一例として、朝鮮王朝時代、男性は大体15歳頃冠礼を挙げ成人になると皆、髭ヒゲを生やしましたが最近のイケメン俳優たちは内侍(宦官)よろしく永久脱毛したかの様にツルツルの顎(アゴ)で登場します。
歴史的には威厳と権威の象徴だったヒゲも現代では分が悪い様で、一切無かったかの如しです。

 

 

この様に時代劇のトレンドが急速に変化して以前には時代劇を敬遠して居た層が視聴に参入し史劇が活発化されたと同時に、一部では行き過ぎた商業化と恣意的な歴史歪曲が視聴者に混乱を与えるのでは無いかとの声が上がって居ます。

 

劣悪な制作環境と演出のノウハウ不足などによって現代劇以上に「竜頭蛇尾」の作品が増え、批判の声も高まって居ます。

 

 

『チャングム』以降、2009年の『善徳女王』、2012年の『太陽を抱いた月』など、歴史的事実よりはキャラクター性に基づいたシナリオが登場し、歴史的な背景は設定程度の位置に退くことになります。
ここで画期となったのは上記の『太陽を抱いた月』で、コチラもベストセラー小説が原作ですが、架空の王室をモチーフにする事によりフリーハンドを得た上に俳優人気も作用し、最高視聴率42.2%、平均視聴率33.02%と言う脅威の視聴率を叩き出しました。

 

 

この作品の成功に力付けられ、恋愛ドラマのシナリオを制作していた作家たちが大挙参入、俳優もアイドルなどのイケメンが大挙投入され、「トレンディー史劇」とも揶揄される史劇ドラマが多く制作されます。
以前は日本でもそうですが、史劇と言うと中高年の俳優がメインでしたが、最近では若いアイドルなどのキャラクター性に依存して、恋愛劇を繰り広げる「アイドル芸能劇」を見る様なドラマが増えて居ます。
 
こうして「服だけ着替えた現代のメロドラマであって、時代劇ではない」と言われるヒュージョン史劇が確立されたと言うワケです。

 

 

もちろん、この様な時代劇が必ずしも良くないワケでは無く、歴史的に重要な事件がモチーフ程度に退き、代わりにキャラクター性に依拠して良い評価を受けた先のドラマ『チャングム』『ソンドク善徳女王』『チュノ推奴』などが存在します。
 
歴史的背景をモチーフに新たに創造された、或いは再解釈された人物でトレンディなドラマを制作すること自体は歴史に幅を与えてくれ、意味の無い事だとは言えません。
創作を入れても歴史的な大枠は変更しなければ歴史歪曲とはならないからです。
 
しかし問題は、歴史的に劇的な事件を背景に、その中心人物を歪曲して時代劇だと宣(のたま)う事です。

 

 

以前歴史歪曲問題が巻き起こり2話で打ち切りを余儀なくされたドラマ『朝鮮クマサ駆魔史』に見る様に、ファンタジーと歴史歪曲との境界の線引きが重要になると思われます。
 
と同時に最低限の時代考証も重要で、最近のヒュージョン史劇は歴史的人物が登場しないから大丈夫だと時代考証を無視する傾向に有りますが、特定の時代を扱うだけにその時代にふさわしい小道具や服飾、背景を備えなければ時代劇とは言えないと言えます。

 

 

2010年代後半に入ってOTT市場が活発になり、『ヨンモ恋慕』『キングダム』など世界的な韓流ブームが巻き起こって居ます。
特に『キングダム』では「歴史的な朝鮮の帽子文化の多様さ」が欧米で大きなイシューとなりました。
グローバルな韓流スターが増え、トレンディ時代劇はさらに活発に海外に輸出されて居ます。

 

 

カラフルな色の宮廷衣装と伝統衣装、独特な宮廷文化などビジュアル的な部分に於いて韓国の「トレンディ史劇」は海外に於いて大きな注目を浴びて居ます。
今後の韓流ブームを占う上でも考証を伴った濃厚で上質な「ヒュージョン史劇」が我々を楽しませてくれる事を心から願ってやみません。

 

 

<参考文献>
익숙한 듯 새롭다, 퓨전사극 전성시대
퓨전사극응 둘러싼 딜레마
나무위키
 
#韓国ドラマ #韓国時代劇ドラマ #韓国映画