第7章 韓国ドラマ映画
275.ドラマ捜査班長1958❷
 
 
 
ディズニープラスで独占配信中のドラマ『捜査班長(スサパンジャン)1958』が韓国での下馬評に違わず面白いです。
金土ドラマなので日本では土日放送ですが、配信が待ち遠しくてなりません。
重苦しい政治的メッセージを描きつつも、軽快な捜査と愉快な4人プラス1の仲間たちの活躍をテンポ良く描くドラマは硬軟のバランスが良く一向に飽きさせません。
 

 

気になる韓国での視聴率全国10.1%、首都圏10.3%で始まった後、3話での10.8%、10.6%を頂点に9.5%・9.1%〜9.9%・9.8%と少々足踏み状態です。
悪い数字では決して有りませんが、イマイチ期待に比べ伸びない理由としては土曜日の裏番組に『涙の女王』が立ちはだかった事や、時代背景による内容の暗さ、基本1話完結と言うことで視聴者を蓄積しにくい面など推論しますが、その点に付いては後日研究します。

 

 

しかし多くニュースが流れますが、どの記事も賛辞が多くドラマの優良点を分析して居ます。
 
このドラマは韓国の伝説ドラマ『捜査班長スサパンジャン』の過去の時代を描いたプリクエル(prequel): 前日譚(ぜんじつたん)作品と言う事で1958年から始まりましたが、5話以降いよいよ激動の1960年、1961年を描き、7話では1962年に突入しました。

 

 

第5話で1960年の『4.19人民蜂起(4月革命)』がサラッと描かれました。
『4.19人民蜂起(4月革命)』で警察が果たした役割とその組織内の葛藤を描くのかと思いきや、過去の映像が白黒フィルムで流れ、韓国社会、取り分け警察を取り巻く世界が変わった事のみが描かれました。
確かに4.19を詳しく描こうとすると10話と言う短い話数で足りるワケが有りませんね。
そしてその次年の1961年、パク・チョンヒの『5.16軍事クーデター』が起こりましたが、コチラもドラマでは当時彼(パク)が標榜した名分で有る「革命」が起こり、世界が変わった事が会話で語られる形でのみ描かれました。

 

 

実際、リ・スンマン執権時代に暗躍した政治ギャング、リ・ジョンジェは同年10月革命裁判で死刑を宣告され執行されて居ます。
新しい世界の到来を、ドラマの主人公たちは半ば不安を持ちながらも期待して行動して行きます。
 
しかし、我々はその後の韓国社会がリ・スンマン時代に負けずとも劣らぬ重苦しい「軍事独裁政権」時代に突入し、数々の不幸を生み出した事を知って居ます。

 

 

我々視聴者は、暗い時代に突入した事への不安感と、正義を追求する捜査1班の班長を含む5人の僅かながらの「正義の勝利」への「一縷(いちる)の望み」を抱きつつハラハラしながら視聴して居るワケですが、ドラマでは7話で1961年を境に政治の世界が変化しても変わらない本流と、変わったトレンド(潮流)を描いて居ました。

 

 

変わらない本流をキーワードで述べるなら
❶親日派の温存(清算失敗)
❷反共との癒着です。
そして変わったトレンドは「中央情報局」すなわち
❸KCIAの暗躍
❹産業界との癒着です。
 
このドラマは韓国社会の根底に流れる社会の本質、今もなお脈々と続き韓国社会が決して断ち切る事が出来ずに居る根本的問題、
❶「親日派の清算失敗」
❷「反共との癒着」
❸「諜報機関の暗躍」
❹「政界と産業界との癒着」
に対する批判のメッセージを描きたいのでは?と思わせます。

 

 

第二次世界大戦以後、戦争と植民地を経験した国家の大部分は戦犯や民族裏切り者の処断を行いました。
フランスのドゴール政府は1944年、パリ解放以後全国に裁判所を設置してナチス協力者を処罰し、刑事次元の処罰以外にも社会活動を制限するなど広い範囲の制裁を加えました。
中国では日本の半植民地状態から抜け出した後、1946年裁判を全国的に実施しました。
韓国と同じ歴史を共有する共和国の場合、解放直後に親日派清算を優先課題とし、人民裁判など社会主義制度内でこれらを処断しました。

 

 

我が国で長い間、近代以降断ち切れずに居た「民族の裏切り者」に対する審判は、韓国社会で植民地支配の遺産を克服し、新しい社会を建立するための前提条件でした。
韓国でも他国同様に親日派に対する審判を新国家建設に先立って民族のアイデンティティを強固にする歴史的課題として果敢に取り組むべきだったのです。

 

<反民特委>

 

しかし、米軍政と政治基盤の弱かったリ・スンマンは反共の旗の元、左翼との抗争の為に親日派を温存し彼らを重用しました。
国民の強い声に押され「反民族行為処罰法」が制定され、1948年「反民族行為特別調査委員会」(反民特別委)が組織されましたが、リ・スンマンは1年も経たず瓦解させました。

 

 

朝鮮戦争が始まると親日派は「反共」の名の元に自己のレッテルを「愛国者」の看板に塗り替える事に成功します。
ドラマではリ・スンマンが犯した2大虐殺事件、
❶「済州島4.3蜂起」弾圧・虐殺と並ぶ
❷『保導連盟ポドリョンメン虐殺事件』を指揮した軍司令官、ペク・トソクが親日派の上司と共謀して新しい署長に就任するエピソードが描かれました。
こうして社会的なお墨付きを得た「親日派」、「反共」分子は韓国社会を牛耳って行ったのです。

 

 

そして1961年のパク・チョンヒによる軍事クーデターは「親日派」=「反共」=「愛国」と言う図式化を確固とさせる役割を果たしました。
ドラマでは親日派団体『シングァンフェ新光会』出身者が政府要員に多く登用されて行く過程が丁寧に描かれます。
 
その様な本流と共にドラマ7話以降では「革命」と言う名の「軍事クーデター」後、新たな潮流が出現した事が描かれました。
それが即ち先ほども述べた、
❸「諜報機関KCIAの暗躍」
❹「政界と産業界との癒着」です。
 

 

パク・チョンヒ執権後、アメリカと日本の莫大な援助を元に本格的な産業化が開始します。
7話でドラマのセットも打って変わり、ソウルの鐘南チョンナム区(チョンロ区がモデル)の前近代的なのどかな街並みが現代的な街並みに変身しました。
残り少ない話数の中でその後の軍事独裁政権の本質と、それに抗う主人公ら5人の捜査1班の正義の闘いが描かれて行くのでしょう。

 

 

ドラマは基本「勧善懲悪」なので、上部で有耶無耶になるにせよ一応は「正義の勝利」で各エピソードが終了しますが、実際の歴史を鑑みるに気持ちが重くなります。
 
勿論、その中で正義を追求した人たちが居たであろう事は間違いないでしょうが、民主化された現在の尺度で描いて居るので、果たして現実では正義が勝利し得たでしょうか?
 

 

犯罪が国家と癒着して居る以上、正義の真正な勝利はあり得ず、その構図が21世紀の今でも韓国社会の根本を成している事実を我々は再三確認せざるを得ません。
 
この様に、1958〜1962年を描きつつも2024年の現在の韓国社会の本質と、今も抱える4つの解決すべき課題を描いているとも言えるこのドラマ『捜査班長1958』、残り3話が残りましたが、最後までしっかり視聴したいと思います。

 

 

<参考文献>
덕성여대신문 해방 후 남겨진 과제, 친일청산
우리 역사넷 반민족행위특별조사위원회
친일파 청산의 노력, 실패로 돌아가다
 
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