2009年から公益財団法人「School Aid Japan(SAJ)」を通して、

カンボジアの孤児院にいるひとりの男の子の里親をしています。

 

あっという間に、今年で9年目。

 

この度、無事に中学を卒業し、

自分のやりたいことのためにプノンペンの専門学校に入学することになりました。

 

初めて出会ったときは、

日本で言うと小学校2年生くらい。

 

無口でシャイな、でもとっても優しい男の子でした。(2009年当時)

初めてカンボジアに行った時の印象は衝撃的で、

夜、空港から首都までの道は電気の供給がままならずに薄暗く、

 

その貧困の様子は朝になるとさらにリアルにせまってきました。

 

ゴミ山で汚物を集めて生きていた子供たちや孤児の中から、

SAJがセレクションした80名ほどの孤児が孤児院に集められ、

そこで集団生活をしていました。

 

 

カンボジアの貧困は、「初めから貧しい」と言うより、

ポルポトによって大虐殺が行われた歴史による部分も多く、

 

それによって親がいない子供、

エイズによって親が寝たきりの(いずれ亡くなる)子供、

他にもどうしようもなく悲しい理由で生きる術のない子供たちが

国中に溢れていたそうです。

 

SAJのビデオを気楽に見たはずが、頭から離れられなくなり、

また当時、寄付する先を探していたこともあったので、

(そして寄付金の使い道が最後の1円までクリアーだったので)

 

この団体を通して支援をしよう、と決めたのでした。

 

それから半年に1度、手紙が届くようになりました。

 

「僕のママへ」

 

という書き出しの手紙を見るたびに、

当時私には自分の子供がいなかったので、

妙にくすぐったいような気持ちがしたものです。

 

それから6年後に訪ねたとき。

この時は運動靴をお土産にしました。

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左が私の里子T君、膝の上がその弟、後ろがお兄さんです。3人の兄弟まとめて引き取られたのはラッキーでしたよね。

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 これからはプノンペンで寮生活になるそうなので、

奨学金制度を通して支援を続ける予定です。

 

これまでの支援に対する感謝の手紙をもらいました。

いつのまにか「ママ」から「お母さん」になっていた・・・涙


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 私とこのT君とのつながり、関係性って

例えば前世ではどんなものだったんだろうなあ・・・なんて不思議に思います。

 

また次に会えるときを楽しみに!

 

 

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