捨てる母、捨てられない父
お久しぶりです。最近、うちの母親が、「いらない物を捨てずに死んだら残された人たちに迷惑がかかる」と宣言し、我が家の押入れ、天袋、クローゼット、物置きなどに眠っている不用品をガンガン処分し始めています。まず手始めに、僕が小さい頃に飾っていた五月人形、かぶと、鯉のぼり、サイクリング用の自転車、孫が使っていた三輪車、などを粗大ごみで出しました。他にも、のこぎりで切れるものは(金属も含め)ギコギコ、ゴミ袋に入る大きさに切断したうえで燃えないゴミ、燃えるゴミとして出しました。たぶん20袋以上は出したかな。それから、陶器(食器や壺)、繊維類(洋服、靴)も大量に出しました。「捨てたいものは、まだまだあるわよ」母は息巻き、僕もそんな母の背中を押すべく勉強の合間に手伝っています。実家というところは、本当に不用品がゴロゴロ眠っているところであると今回、改めて実感。次に捨てる候補としては、、、僕や弟が小さい頃にもらった賞状(額入り)やトロフィ。天体望遠鏡、二段ベッドのハシゴ、家庭用カラオケ、チャイルドシート、子供向けのおもちゃや椅子、バーベキュー用品、アウトドア用品(テント)、スノーボードの板やブーツ、サッカーボール10個以上、金属バット5本、ゴルフのロストボール(大量)、座椅子、あたりを考えています。さらに、僕もびっくりしたのですがとうの昔に捨てたと思っていた小学校、中学校時代の教科書、ノート、テスト、学級だよりなどもでてきたので、感傷にふけることもなく処分予定。親がまだ動けるうちに不用品を処分しようというこの母の姿勢は息子としては本当にありがたいです。死んだ後に僕一人で実家の不用品を処分することを想像して途方に暮れていたので。けれど、そんな我々の行動をいつも苦々しい表情で見ている輩がいます。父親です。うちの父はなんでもかんでも捨てずに溜め込んでいくタイプ。(僕らからみたらいらない)資料が山のように積まれ部屋を占領しています。そのあたりを父に問いただすと「まぁ、死ぬまでにはちゃんと整理するから」と、ほざいていますが、やらずに死ぬことが目に見えてます。昔からとにかく口だけの人なので。つい数日前のこと。もう一生やらないゴルフクラブが物置きに3セットありました。2セットは引き取り手がみつかってその人へ渡すことになったのですがもう1セットが僕のクラブでして。僕は大学時代にゴルフ部でやっていた時があったので、キャディバッグは大学名のロゴが入っています。こんな感じ。母と僕はもちろん「粗大ごみにだそう」となったんですが、それを見た父は、「これ、なかなかかっこいいし、非売品で貴重だから捨てずにとっておこう」と言い出し、埃だらけだったキャディバッグと錆びついてたゴルフクラブをピカピカに磨き上げて、満足げ。「ゴミを磨いてどうすんだろね、、、」母はつぶやいていました。けれど、よくよく考えてみれば父がなんでも無情に捨てられるタイプなら今ごろ僕も捨てられて、ホームレスにでもなっていたかもしれません。捨てられない人だったからこそなんとか生き延びてこられた、とも考えられるわけです。あー、いや、、、それは父にとって良く解釈しすぎだ、僕らが迷惑していることを忘れてはいけません。自分の物の断捨離の話も書こうと思ったのですが、長くなったので、いったんここで投稿したいと思います。それでは読んでいただきましてありがとうございました。