夏目漱石を再読
前回ブログを書いたちょっと前の時期に、夏目漱石「硝子戸の中」を読んだ。20年くらい前に一度読んだことがあって再読。で、そのことについてあれこれブログ用に文章を書いたのですが、気がついたらかなり長文、というか大論文になってしまって、「こんなの投稿してどうするの」って感じなので、その文章は削除して改めて、ほぼ読んだ事実だけを記録として投稿します。「硝子戸の中」は漱石が亡くなる前年に書かれたエッセイ集。薄い本(本編100ページぐらい)だけど、文章の硬さに悩まされて読みづらいところがけっこうあった。(最近は読書習慣がないので脳がついていけなくなってる)最も印象に残ったのは、「世の中に住む人間の一人として私は全く孤立して生存する訳に行かない。」で始まる章。僕なりに平たく要約すると、「隣り近所の連中と薄っぺらな時候の挨拶や中身のない会話をして、人付き合いするのは本当に馬鹿々々しいことだと思う。でも、それをしないと人間生きてゆけないじゃないか」という内容。前々から疑問なのですが、漱石って7人の子持ちですよね。結婚して家族を持つ、といったいかにも世俗にまみれていることをしておいて、個人の自我の問題についてあれこれ書いていても、「そうは言ってもあなた、子供7人作るような人でしょ」と思ってしまう。AIでそのあたりについて調べてみると、「個人で思索にふける表現者としての姿と7人の子持ちであることの俗物性との間の葛藤や緊張感が『道草』や『明暗』を書く際の原動力になった」と、でてくる。なるほど、「道草」「明暗」を読めばそのあたりの不整合性を解くカギが書かれているのかもしれない。僕はまだ読んだことがないので近いうちに読んでみよう。あと、夏目漱石の文献をあれこれ見ていたら阿刀田高さんの「漱石を知っていますか」という指南本をネットで見つけたのでさっそく買ってみた。漱石の本のお供に読んでみます。それでは、読んでいただきありがとうございました。