【前回のあらすじ】
総司の誕生日プレゼントを買う為に、とある刀屋を訪れた主人公は、そこで新撰組隊士である、佐々木愛次郎と出会う。それから、数日後に行われた誕生会の夜、沖田と総司との間で揺れていた想いを裕香に相談した主人公は、裕香から“総司と沖田は同一人物であって別人”との意見を受ける。そして、次の日、夕方まで休みを貰った主人公と総司は、京の町を懐かしみながら練り歩く中。お梅が身を置いている菱屋の前で、偶然にも菱屋を訪れていた、沖田、原田、斉藤と会うことになったのだった。
※沖田さんを攻略されていない方や、花エンドを攻略されていない方には、多少ネタバレになりますので、ご注意ください!
私の勝手な妄想話ではありますが…よかったらまた読んでやってくださいそれと、携帯ユーザーの方で、最後まで読めなかった場合は、お手数ですが、どのあたりから読めなくなったかをメッセージからお知らせください。その続きを送らせて頂きます。
第1話
第2話
第3話
第4話
第5話
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第7話
第8話
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第10話
第11話
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第21話
第22話
第23話
第24話
【沖田総司~花end後~】 第25話
沖田さんの両隣には、原田さんと斉藤さんがいて、少し訝しげな眼差しが私達に向けられている。
「こ、こんにちは…」
見つめ合っていたのは、ほんの数秒だった。でも、その数秒がとても長く感じて、挨拶をしながらも総司くんの袖先を握りしめていた。
「お二人で、どちらかへお出かけですか?」
「え…」
微笑みながら尋ねて来る沖田さんに、慌てて微笑み返す。
「あ、はい…」
「何故、ここに?」
「あ、たまたまここを通りかかったら…その、皆さんと…ばったり会って…」
尚も尋ねて来る沖田さんにぎこちなく返答すると、袖先を掴んでいた手が優しく絡め取られるのを感じて、すぐに視線を上げた。その先にある、いつもの笑顔と目の前にいる沖田さんの笑顔を交互に見ていた。その時、半歩前へ歩み出て私達に頭を垂れる原田さんの、気まずそうに顰められた瞳と目が合う。
「先日は、うちの筆頭が世話になった。あの人は、酒が入ると時々、手が負えなくなることがあってな」
「そのようですね…」
原田さんにそう返すと、苦笑を浮かべていた総司くんの瞳が厳かに細められた。次いで、口を閉ざしたままだった斉藤さんもまた、総司くんを見つめたまま、「もしや、この方が…」と、呟き、原田さんに視線を送る。
「なるほど、原田さんの言う通りだ。沖田さんに似ていますね」
「だろう?」
原田さんは、斉藤さんの言葉に答えると、沖田さんの肩に肘を乗せながら少しニヤけたような顔で言った。
「やはり、胤(たね)違いの弟でもいたんじゃねぇか?」
「何を仰るかと思えば…」
深い溜息をつきながらその逞しい腕を振り払い、早々にこの場を歩み去ってゆく斉藤さんと、その後を追うようにして歩き始めた原田さんを横目に、沖田さんは、「道中、お気をつけて」と、言って改めて私達に微笑み、一礼して踵を返した。
次いで、お二人の後を追い掛けるように歩みを速めて間もなく。ふと立ち止まり、ゆっくりとこちらを振り返った沖田さんの、穏やかな視線が総司くんに向けられる。
「おのださん」
「…はい」
不意に沖田さんから声を掛けられ一瞬、遅れて答える総司くんの横顔を見上げた後、何かを危ぶむような目で話し始める沖田さんを見遣った。
「もうご存知かと思われますが、新たな人斬りが出現したとの報告がありました。くれぐれも、お気をつけて」
「承知しました」
二人は、同じような表情で言葉を交わし合い。続いて、沖田さんは柔和に瞳を細めながら私の前まで歩み寄り、
「貴女とは、お座敷でしかお会いしたことがありませんが。しっかりしてそうに見えて、意外とおっちょこちょいなところもあるからなぁ」
「…沖田さん」
「決して、その手を離さず。独りになりませぬように」
(…っ……)
一瞬、絡めていた手を離してしまいそうになりながらも、裕香の言葉を思い出し、その衝動を押し留めた。
次いで、改めて私達に挨拶をし、後ろ髪を揺らしながら去ってゆく沖田さんの背中を見送ると、互いに安堵の息を漏らした。
「やはり、もう既に想いを抱いている」
「え?」
「貴女に」
その言葉の意味が分からず、きょとんとしている私に総司くんは、微笑みながら私の手を優しく握り直し、ゆっくりと歩き始める。
「あの頃の僕が」
「……っ…」
「隣に僕がいて、冷静に務めようと必死だったはずだ」
沖田さんが去って行った道から外れ、狭い路地裏を行く中。苦笑気味の総司くんに寄り添い、もう片方の手をその逞しい腕に添えた。
そして、どうして沖田さん達がお梅さんの家から出て来たのかを問いかけると総司くんは、記憶を辿りながらその理由を話してくれた。
菱屋さんの妾だったお梅さんが芹沢さんの元を訪れるようになったのは、丁度この頃だったようで。未払いの多い芹沢さんとの論争を恐れた菱屋さんが、愛嬌の良いお梅さんならば、芹沢さんの当たりも柔らかいだろうと考え、催促に行かせたことが切っ掛けだったらしい。
その後、お梅さんは芹沢さんの愛妾として身を置くことになるのだが、現在はまだ、その一歩手前の段階らしく。京を離れることになった芹沢さんの代わりに、原田さんと斉藤さんと共に菱屋さんを訪れたことがあったという。
「もしかしたら、それが今日だったのかもしれない」
「なるほど…」
「そういえば、お梅さんに対して焼きもちを妬いてくれていたんだったな」
そう言って、私を見つめ薄らと微笑む総司くんの優しい視線を受けて、私はほんの少し唇を尖らせた。次いで、思い出すあの頃の、沖田さんの照れた様な笑みが総司くんに重なる。
「沖田さんは、お梅さんのことが好きなんだって。そう思う度に、何度も諦めようとしてた…」
「あの頃は、嘘をつくしかなかったんです」
「…っ…」
総司くんの、少し熱を帯びたような視線を受け止める。
壬生の狼と恐れられていた反面、そんな沖田さんの腕を試そうとする人もいたと聞いたことがあった。何よりも、隊の中に紛れ込んだ間者を見極めることに手を焼いていた、と。
同志を迎え入れる度に、疑いの目を向けながら自分の身を守る為、そして、命を賭して戦う隊士達を守る為に、沖田さんは屯所の中でさえ剣を振るっていたのだ。
「京の町を守る為、何より幕府と隊の存続を願えば…貴女を自分のものにするなど、夢のまた夢。そう、思っていたので」
「でも、私を受け入れてくれた…」
「………」
小さく頷いて、総司くんはまた微笑みながら続ける。
「病に倒れ、剣を振るえなくなってしまってからというもの、僕は隊のお荷物でしかなかった。それでも、近藤先生から、“死を恐れず生きろ”と、お説教されて…」
「近藤さんから?」
「迷いの剣を、見抜かれていたのでしょう。そういう、中途半端なことが許せない人でしたから」
沖田さんは、幼少の頃から近藤さんの元で剣の道だけに寄り添って生きてきた。酸いも甘いも噛み分け合った者同士、本当の兄弟のように大切な存在だったに違いない。
だからこそ、近藤さんの愛情に沖田さんは応えるしかなかったのだろう。
「同様に、“後悔だけはするな”と、言われた時、すぐに貴女の笑顔が浮かんで。改めて、自分にとって掛け替えのない存在だと気付かされた…」
その優しい物言いに、心が癒され始める。と、同時に“残された時間を共に生きよう”と、温もりを分け合い、口付けを交わし合ったあの日の、溢れんばかりの想いが甦って来る。
「昨夜ね、また裕香と話したの…」
「…何を?」
「総司くんと、この時代を生きる沖田さんは、同一人物だけど別人なんだって…」
裕香が言っていたことを簡潔に話して聞かせると、総司くんは溜息交じりに小さく頷いた。
「その通りかもしれないな。確かに、気にし過ぎていたのかもしれない…」
「うん…」
そして、改めて確信した想いも伝える。
「やっぱり、私が好きになったのは……あの時代で生きていた、沖田さんなんだってこと。勿論、この時代とあの時代は同じなんだけど、翔太くんと一緒に初めてこの時代で生きることになった私の…心の支えは…」
「………」
「今、ここにいる総司くんだけなんだって。なんか、改めて言うと照れるけど…」
何となく、本人を目の前にしていることに多少の羞恥心を感じて、俯きがちだった視線を上げると総司くんの、嬉しそうな眼差しと目が合う。
(だから、もう迷わない…)
いつものように微笑み合い、二人寄り添ったまま狭い路地裏を抜けると、例の刀屋さんを見つけて思わず足を止めた。
(ここに出るのか…)
「よく、通っていたなぁ。あの店へ」
「総司くんも、あそこで刀を?」
「ああ。とても良い品ばかりが揃っていたし、皆、お搖さん目当てに通っていた」
「およう、さんって?」
またゆっくりと歩きながら、その刀屋さんの前まで来ると総司くんは、お搖さんと店主のことを話してくれた。
お搖さんは、店主である本間遼太郎さんと、その妻お里さんとの間に誕生した一人娘だそうで、この界隈では美人で、器量良しと評判だったらしい。
「じゃあ、総司くんも…」
「ん?」
「…お搖さん目当てで?」
「え…」
私を見つめる瞳が、みるみるぎこちなさを含み始める。
「いや、そんなことは…」
「図星、でしょう?眉がひくついてる…」
お店の中を覗きこみながら答える総司くんに、少しふくれっ面を返した。その時、「もしや、お前さんは」と、言う穏やかな声に振り返ると、少し吃驚したような表情を浮かべながらこちらへ歩み寄ってくる佐々木さんの姿を見とめた。
「佐々木さん!」
「やはりか。またここで会うとは奇遇やな」
お互いに微笑み合いながら挨拶を交わし、不思議そうに総司くんを見ている佐々木さんに総司くんのことを紹介すると佐々木さんの口からも、沖田さんと同じ言葉が飛び出した。
「藍屋さんに雇われるゆうことは、相当な腕の持ち主なんやろね」
「剣の腕だけは、誰にも負けない自信があります。これから、よろしくお願い致します」
「こちらこそよろしゅう。せやけど、よう似とるな…」
「沖田様に…と、仰りたいのでしょう?」
佐々木さんの、少し訝しげな瞳が総司くんを見つめた。刹那、総司くんが薄らと微笑みながら佐々木さんに問いかけると、佐々木さんは少し戸惑いながら頷いた。
「…瓜二つ、ゆうても過言やないほどに」
「世の中には、自分に似ている者が数名いるそうですが。あの、天才剣士と名高い沖田総司に似ているだなんて、光栄です」
そう言って、総司くんは少し自慢げに微笑む。それは、彼らしい余裕のある笑みで、どこか吹っ切れたように見える。
「せやなぁ。まぁ、沖田さんの刀さばきには敵んやろうけどな」
そう言うと、佐々木さんは店の引き戸を開け、中へゆっくりと歩みを進めた。「こればかりは、言い返せないな」と、苦笑しながら呟く総司くんに微笑んで、後から続こうとしていた私達の目前、こちらに背中を向けたままの佐々木さんの、穏やかな声を聞く。
「ところで、二人してこない所で何してはったん?」
「あ、この近辺にある茶屋へ行こうとしてたんですけど、偶然この店の前を通りかかって…」
その問いかけに答えると、佐々木さんはこちらを振り向き、
「左様か。そいで、結局、何を買うたんや?」
「あ、柄糸と刀袋を買いました」
「贈った相手はもしや、此方の色男か?」
「え、あ…その、はい…」
総司くんの刀の柄の部分を見つめ、何かを考えているかのように瞳を細める佐々木さんに俯くと、
「なるほど。お前さんのいい人、ゆうことやな」
「え…」
今度は、何かを勘ぐったような目を向けて来る佐々木さんに一瞬、何も言えなくなってさらに俯いてしまう。戸惑う中、すぐ傍で総司くんの優しい声を聞いた。
「○○さんとは、将来を約束し合っています」
(…っ…)
「ほう」
お似合いや。と、微笑みを浮かべたまま私と総司くんを交互に見遣り、佐々木さんは更に店内へと足を進める。次いで、すぐに奥の間から現れた遼太郎さんと、何やら話し込んでいる様子の佐々木さんを意識しながらも、楽しげに私の顔を覗き込んでくる総司くんを上目使いに見つめた。
「赤いですよ、顔が」
「なんか、改めて言われると恥ずかしくなって…」
絡め取られる指先に優しい熱を感じながら、久しぶりにじっくりと見てみたいという総司くんに手を引かれて、左端から見定め始める。
小さな声で、「懐かしいなぁ」と、呟きながら刀を手にする総司くんに微笑むと、私も声を顰めるようにして以前から気になっていた佐々木さんの下の名前を尋ねてみた。返答を得た次の瞬間、納得して発してしまった声に反応した三人の、少し驚愕したような視線を同時に受け止め、苦笑を漏らす。
「な、何でもないんです。すみません、突然…」
(そうだ、佐々木愛次郎さん。男性なのに、名前に“愛”という字が含まれているなんてと、思ったことがあったんだった…)
すぐに総司くんから、声を上げた理由を尋ねられ、再び耳打ちするように話すと総司くんは、「相変わらずだなぁ」と、呟いて可笑しそうに微笑んだ。
店内にあるほぼ、全ての品々を見終えた頃。総司くんは、奥の部屋へと去ってゆく遼太郎さんを見送り、佐々木さんに声をかけながらその隣に腰を下ろした。
最初、総司くんから話しかけられた佐々木さんは、少し吃驚したような表情をしていたけれど、すぐに打ち解けたようで、壬生浪士組の活躍について尋ねる総司くんに対して、少し自慢げに語っている佐々木さんの、楽しげに微笑む顔を見ていた。その時、
「佐々木様、おいでやす」
「お、お搖さん…」
遼太郎さんと入れ替わるように奥の部屋から現れたお搖さんの一声に、佐々木さんの様子が一変した。真っ直ぐお搖さんを見つめていた瞳が伏せられ、また上げては伏せるを繰り返し。お搖さんも、同様に視線が定まらずにいる。
次いで、お搖さんは私達を交互に見やり、「貴女はこの間の…」と、言って私に微笑んだ。私は、そんな彼女に遼太郎さんの機転の御蔭で、時間をかけずに素敵な買い物が出来たことを、総司くんの刀の柄の部分に触れながら伝えると、彼女はまたにっこりと微笑み言う。
「そうどしたか。それは、ようございました」
「はい。ありがとうございました!」
(本当に可愛らしい人だなぁ。隊士の皆さんが通ってしまう気持ち、分かる気がする。)
お搖さんに元気よく微笑み返し、再び視線を佐々木さんに戻した。
「佐々木さん、どうかしたんですか?」
「いや、なんもあらへん…」
佐々木さんは、視線を泳がせながら答えるとお搖さんを見つめ、何かを口にしようとして言葉を飲みこんだ。その様子を見守っていたお搖さんは、次に発せられる佐々木さんの言葉をじっと待っているように見える。
何となく、先程までの明るさも、口数も減ってしまった佐々木さんのことが気になった私は、総司くんの袖先を軽く引いて二人から距離を置き、また刀を物色する振りをしながら総司くんに囁いた。
「もしかして、佐々木さんって…」
「そうかもしれないな。愛次郎さんとは、その手の話をしたことが無かったから詳しくは判らないけれど、美男と有名だったから、その手の話は沢山あったと思う」
それがお搖さんだとは限らないけれど、誰が見ても、お搖さんを意識しているように見える佐々木さんの態度に、微笑ましさを感じて視線を戻した。刹那、鈍い音を立てて開かれた玄関の引き戸の先、新見さんの姿を見とめた。
「新見…様…」
訝しげに眉を顰めながら言うお搖さんの、か細い声を聞き。そんなお搖さんの目前、佐々木さんがお搖さんに背を向け、庇うようにして立ちはだかると新見さんの、余裕のある微笑が佐々木さんからお搖さんへと向けられ、
「お搖さん、遼太郎さんはいるかい?」
「奥におりますけど…」
「ならば、呼んで来てくれ」
「…かしこまりました」
そう呟くと、お搖さんはゆっくりと立ち上がり、奥の部屋へと去って行った。続いて、新見さんの鋭い目が佐々木さんに注がれる。
「佐々木くん、こんなところで道草を食っている場合ではなかろう?」
「………」
冷やかに言い放つ新見さんと目を合わせることなく、佐々木さんは俯き眉を顰めた。続いて、薄らと不敵な笑みを浮かべている新見さんの視線が、今度はこちらに向けられ…
「お主は、この間の…」
「おのだそうじろうと、申します。壬生浪士組局長、新見様に覚えて頂いていたとは」
一見、満面の笑顔で新見さんと会話する総司くんの目は笑っていない。それが、新見さんにも伝わったのか、下品な声で可笑しそうに笑った後、新見さんは総司くんを睨みつけるように言った。
「相当、あの時のことを根に持っているようだな」
「いえ、そのようなことは。ただ、壬生浪士組の中には、組の規律を乱す者がいる。と、耳にしておりました故…」
「…………」
一瞬、明後日の方向を見るも、新見さんの鋭い眼が再び総司くんに向けられる。総司くんは、その視線を受け止めながら冷やかに微笑み、
「それなりの対策を立てておりましたが、まさか組を統率せねばならない御方らが、その中に含まれておられたとは、夢にも思いませんでした」
「…何が言いたい?」
新見さんが、訝しげに瞳を細めた。その時、「お待たせ致しました」と、言いながら遼太郎さんと、お搖さんが速足で戻って来て。佐々木さんの腰掛けているすぐ傍にお搖さんが腰を下ろし、その隣に遼太郎さんが腰を下ろして深々と頭を垂れた。
「新見様。よう、おいでやしました…」
未だ、総司くんに視線を向けたままだった新見さんは、遼太郎さんの方へ近づくと不満そうに溜息を零した。
「遼太郎さん。この間の一件なんだが、そろそろ返事を貰えんか?」
「その件なんどすが…」
遼太郎さんは、ほんの少し頭を上げて上目使いに新見さんを見た。
「お断りさせて頂く訳には…参りまへんやろか」
「理由を申せ」
「へぇ、その…それは、ここでは言いにくいことやさかい、奥で…」
「…よかろう。邪魔するぞ」
草履を脱いで奥の部屋へと去ってゆく新見さんの背中を見送った遼太郎さんは、お搖さんに、「心配せんでええ」と、だけ言い残し、私達に軽く会釈をして玄関を後にした。
(いったい、どういうことなんだろう?)
思わず、総司くんと顔を見合わせ合う。そして、しょんぼりと塞ぎ込んでいる様子のお搖さんと、悔しげに歪んだ瞳で一点を見つめている佐々木さんを見守りながら、私達は二人との距離を縮めて行った。
「あの、何かあったんですか?」
「いえ、なんも…」
私からの問いかけに、お搖さんがぎこちない笑みを浮かべると佐々木さんは、不意にすっくと立ち上がり、
「お搖さん!」
「…はい」
佐々木さんから声を掛けられたお搖さんは、きょとんとしながらもゆっくりと腰を上げた。そんな二人を見上げたままの総司くんと私は、どちらからともなく掛けられるであろう言葉を待っていた。
すると、佐々木さんは、「ちびっとだけ、外に出られまへんか?」と、少し切羽詰まったような表情で声を裏返らせた。
「外へ、どすか?」
「…あきまへんか?」
「いえ、参ります」
佐々木さんは、薄らと頬を赤く染め、嬉しそうに微笑みながら草履を履き終えたお搖さんに頷くと、総司くんに軽く会釈をした。
「すまんが、後をお願いします」
「お任せ下さい」
笑顔で答える総司くんにお搖さんも同様に会釈をして、佐々木さんの後を追うように歩みを進める。そして、二人が見えなくなるまで見送った私達は、再び顔を見合わせた。
「新見さんの話って、何なんだろうね?」
「それは分からないけれど、遼太郎さんもお搖さんも、愛次郎さんも困っている様子だった」
そう、総司くんが呟いた。瞬間、脳裏にあの時のことが浮かび、私は初めてこの店を訪れた時のことを総司くんに話して聞かせた。
プレゼントを買いに行った日。
柄糸と刀袋を購入して、刀屋を出て間もなく。前方から、悠々と歩いて来る芹沢さんと新見さんの姿を目にしていたことを…
「あの時、二人してここへ入って行くのを見たの…」
「ということは、さっき話していた、“この間の一件”というのは、その時に交わされた何かに対してのもの。ということになるのかもしれないな…」
新見さんの求めている返事とは、どのような内容なのか。佐々木さんは、お搖さんに何を伝えようとしているのか…
いろいろと憶測を並べていた。刹那、奥から戻って来た新見さんの、少し呆気に取られたような声を聞く。
「あの二人はどこへ行った」
「何処かは存じませんが、幾許か前にお出かけになられました。が、何故、そこまでして執拗に問われるのです?」
総司くんの威風堂々たる視線が、真っ直ぐ新見さんに向けられている。その視線を受けた新見さんは、舌うちをし、やや遅れてやって来ていた遼太郎さんに向き直り、「酷だが、諦めて貰うしかない」と、だけ言い残し、総司くんと私の間を堂々と歩きながら不機嫌そうに溜息を零した。
「おのだそうじろう。覚えておこう」
それだけ呟き、速足で去ってゆく新見さんの姿が見えなくなるのを見届けた後、玄関先ですっかり意気消沈している遼太郎さんの元へ駆け寄り声を掛けた。
「大丈夫ですか?顔色が悪いですよ…」
「御心配をおかけして、すんまへんどした」
ぎこちなく微笑む遼太郎さんに、今度は総司くんが重々しい表情で静かに口を開く。
「宜しければ、なのですが。お話頂けませんか?」
「え?」
遼太郎さんの、躊躇いの眼差しが総司くんに向けられ、
「いえいえ。ほんに、なんもあらへんさかい…」
「遼太郎さん」
総司くんは、慌ててその場を取り繕おうとする遼太郎さんの言葉を遮ると、改めて、土間に腰掛け言った。
「じつは、僕らもあの方々から迷惑を被り続けているのです」
「あんさんらも?!」
「…やはり、何かしらの迷惑を被っておられるのですね?」
「………」
ハッとして、溜息を零しながら俯く遼太郎さんを横目に、私達は苦笑し合う。そして、諦めた様子の遼太郎さんから徐々に、これまでの経緯を聞くことになったのだった。
【第26話へ続く】
~あとがき~
いやぁ、以前にも増してスローペースになって来ました
ここでの佐々木愛次郎は、大阪出身ということで関西弁(京弁より)にしてみました。そして、史実では…八百屋の娘と恋仲になるということなのですが、刀屋の娘ということにさせて貰いました
この後の展開を御存知な方もいると思いますが…知らない方もいるので、ネタバレは控えますねいくつかある史実の中から一つに絞り、それを基にこれからの展開を構成しました。
この後、主人公ちゃんと総司くんはどうなるのか?沖田さんは?佐々木さんとお搖さんは?
良かったらまた、更新の際は遊びに来てやって下さい☆
今回もお粗末様でした!