【前回のあらすじ】


相変わらず沖田と総司との間で心を揺らしている主人公。そんな中、翔太に想いを馳せる裕香を元気づける為に、総司にも声を掛けて京の町を散策していた。その時、偶然、お目当ての茶屋で翔太と龍馬に出会い、お互いの情報交換をすると共に、これからのことを話し合ったのだった。


※沖田さんを攻略されていない方や、花エンドを攻略されていない方には、多少ネタバレになりますので、ご注意ください!

私の勝手な妄想話ではありますが…よかったらまた読んでやってくださいきらハート


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【沖田総司~花end後~】 第23話


翔太くん達を見送ったあの日から、一月半の時が流れた。


京は少しずつ夏の気配を含むようになり、ここでの新たな生活に慣れてきた私達は、お座敷へ出る準備をする時刻までの間、それぞれの自由時間をカメラ捜索にあてるようになっていた。


そんな日々を送る中。


江戸から戻った翔太くんが揚屋を訪れてくれた際。以前、カメラを見つけた場所では見つけられなかったことや、今のところ何の手がかりも得られていないとの報告を受け、更に不安に駆られながらも私達は改めて、これからも諦めずに行動してゆこうと話し合った。


いつか必ず、現代へ戻る方法が見つかると信じて…



その間、相変わらず厳しくも優しい秋斉さんや、花里ちゃんたちとの時間は勿論のこと。沖田さんや、新撰組との時間も増えてゆき。


会う度に、嫌でも沖田さんを意識してしまう自分がいる。総司くんは、当たり前の想いだと言ってくれたけれど、やっぱり躊躇いの心は捨てきれずにいた。


そして、もう一つ。


現代へ戻る方法を見つけることが私達の最終目標だけれど、これから起こる事件や騒動についても同様に気にかけなければならなかった。翔太くんからの手紙に書かれた通りならば、もう既に高杉さんが奇兵隊を結成し、初の総督という立場を担うことになり。その約2ヶ月後には、例の“八月十八日の政変”が勃発してしまう。


「以前も話したけれど、新撰組も出動することになる。そして、屯所内ではもう、既に芹沢さんの件で内乱が起こっているはずだ…」


総司くんが、手紙を見つめながらぽつりと呟くと、


「芹沢さんが暗殺されてしまうのはいつなの?」


裕香の少し不安そうな視線を受けて、総司くんは何かを思い出すかのように天井を見上げた。


「確か、秋だったはず…」

「その暗殺、何とかならない?」


今度は悲しげに言う裕香に、総司くんと顔を見合わせ合い、すぐにまた視線を彼女に戻すと裕香は、真剣な表情を浮かべながら伏し目がちに話し始める。


「見ちゃったんだよね。あの人の、優しそうな笑顔を…」



それは一週間ほど前のこと。


お使いの帰り道、偶然、壬生寺へと入ってゆく芹沢さんの姿を見かけた裕香は、境内に身を隠しながら、こっそりとその様子を窺っていたのだそうだ。


「遠くからだったから、何を話していたのかまでは分からないんだけどね。子供達も、楽しそうにしてた…」

「芹沢さんが…子供たちと?」

「あの人、確かに怖そうな顔してるし。実際、容赦ない言動に迷惑してるけど…根はいい人なんじゃないかな?なんて、思ったんだ」


そう言って、切なげな表情を浮かべる裕香を見て、思わずあの騒動を思い出す。


あの頃も、現在も横柄な態度を見せる芹沢さんの印象は、決して良いものでは無い。けれど、暗殺されたことを知った時は、“その方法以外に選択肢は無かったのだろうか?”と、思ったことも事実で。


「お梅さんのことも、あの頃のようになんとかしなければ…」

「………」


ふと呟いた私を見つめる、総司くんの複雑そうに細められた瞳と目が合う。すると、今度は裕香が少し申し訳なさそうに俯きながら言った。


「ねぇ、総司くん…」

「ん?」

「その、言いづらいんだけど…改めて聞いてもいい?」

「僕がどちらにつくかと、いうこと?」

「うん…」

「それに関しては、以前も答えたことがあるけれど…」


まるで、裕香からそう尋ねられるのを覚悟していたかのように総司くんは苦笑を零す。これに関しては、裕香のみならず私も気になっていたことの一つだった。


(やっぱり、新撰組として生きていたのだから…倒幕派にはなれないよね…)


そんなことを思いながら、次の言葉を待っていると総司くんは大きな溜息を一つ吐いて、静かに口を開いた。


「僕も、翔太くんと同じようにやりたいことが沢山ある。それ以上に、自分が隊を離脱した後……新撰組がどのような道を辿って行ったのか、真実を知りたいと願っていた」


けれど、総司くんは倒幕派にも佐幕派にもならないと、私達を交互に見つめながら言い切った。


「もしもこのまま現代へ戻れず、この時代で生きて行かなければならなくなったとしたら」


(…っ…)


「僕が出来ることは、いや、しなければならないことは…今まで通り、皆を守ること以外に無いと思ってる。一人の男として…」


視線を逸らしたまま、そう答える総司くんの瞳は少し寂しげに見える。そして、改めて現実をつきつけられたことで、少しずつ胸の動悸が速まってゆくのを感じた。


「忘れてた。そうだよね、ゲームじゃないんだもんね。総司くんの言う通り、絶対に帰れる保証なんてないんだった…」


翔太くんの手紙を見つめながら呟く裕香に、これまではあまり考えないようにしていた“ここでの未来”を思い描いてみた。


総司くんの言う通り、もしも、現代へ戻る方法が見つけられなかったとしたら、これまで以上の覚悟で自分の生き方を考えなければならなくなる。大学進学や就職の道を選ぶのとは全く違う、明日をどう生きてゆくかを考え、選択しなければならないんだ。


それと、もう一つ。

翔太くんの想いにどこまで寄り添えるのか、ということ。


今度こそ龍馬さんを守るのだという、翔太くんを支えることで、私達は自然と倒幕派になると同時に、新撰組を敵に回すことになるのだから…


「じゃあ、いざとなったら…翔太と一緒に戦ってくれる?」

「………」


裕香の、すがるような瞳が総司くんに向けられる。総司くんは小さく頷いて、


「勿論。僕にとって、彼は大事な友達だからね」

「…良かったぁ」


嬉しそうに安堵の声を漏らす裕香に、薄らと微笑んだ。


(総司くん…)


その後、すぐに逸らした総司くんの瞳が、少し悲しげに細められたのを見逃さなかった。初めて裕香から、どちらの味方になるのかを問われた時、佐幕派だと答えていた総司くんが、何かあった時は翔太くんと共に戦うと言い切った。でもきっと、その心中は大きな躊躇いを抱えているに違いない…


(総司くんも、土方さん達に会いたいと思っているはず…なのに…)


そんなことを考えていた時。

目の前で大きな手の平が上下に揺れた。


「…っ…」


それが、総司くんの手だと気付いてすぐ、間近に迫っていた柔和な瞳と目が合う。


「眉間に皺が出来てる」

「え…?」

「不安だろうけれど、一緒なら大丈夫。どんなことがあっても必ず守るから」

「…うん」


総司くんの明るい笑顔に頷き、“何か問題を抱えた時はみんなで解決していこう”と、私達は改めて約束し合ったのだった。





夕刻。


総司くんと別れた私達は、いつものように部屋で身支度を整えながら例の話でもちきりになっていた。


「プレゼントだけ、決めかねちゃってるんだね」

「うん…」


ゆっくりと簪を差しながら言う裕香を鏡越しに見やる。


7月8日まで、あと一ヶ月も無い。


もうじきやって来る総司くんの誕生日に、出来ればみんなでお祝いして吃驚させたいと思っていた私は、裕香にだけは相談を持ちかけていた。


「ねぇ、藍屋さんとか一橋さんにも相談してみたら?」

「やっぱ、そのほうがいいかな…」

「現代ならまだしも、この時代ともなると何をプレゼントしたら良いかさっぱりだもん」


鏡越しにこちらに微笑む裕香に苦笑を返し、


「そうだよね。じゃあ、秋斉さんたちにも相談してみる」


そう言って、お互いに微笑み合う。


あれは、総司くんと付き合い初めて間もない頃。お互いの誕生日を伝え合い、その日を迎えたら一緒にお祝いしようと約束していたことがあった。その時既に、私の誕生日は過ぎてしまっていたから、秘かに今年の夏を楽しみにしていたのだ。



その後も、支度をしながら総司くんのことを思い描く中、ふと沖田さんの笑顔と重なり一瞬、手を止めた。


(そう言えば、沖田さんの誕生日はいつなんだろう?)


年明けと共にお祝いを済ませるこの時代には、誕生日を祝うという習慣が無い。だからか、驚きながらも特に誰かの誕生日について尋ねたことも無くて、結局、沖田さんの誕生日もあやふやなままだったことを思い出し…


(…っ…)


そして、また沖田さんのことを考えてしまっている自分に気付く。


(ばかだなぁ。沖田さんは…総司くんなのに…)


「準備はよろしおすか?」

「あ、もう少しだけ…」


やがて、準備を終えた私達は、迎えに来てくれた花里ちゃんと共に揚屋へ向かった。心はやっぱり、どこかすっきりしないまま、今夜も長い夜を迎えようとしていた。


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裕香や花里ちゃんと別れ、千早姐さんの名代で足を運んだお座敷で私を待っていてくれたのは、高杉さんだった。思わず、お久しぶりですねと、声を掛けそうになって慌てて指先で口を塞ぐ。


「見かけぬ顔だな」

「あ、二月ほど前からこちらでお世話になっています。○○と申します」


(危なかった…高杉さんは私のことを知らないんだった…)


心の中で呟きながら、促されるままにお酌を済ませた。相変わらず、飲みっぷりの良い高杉さんの細められた瞳や、微かに漏れる息遣いが懐かしくて、差し出された空のお猪口を受け取り、お盆の上に戻しながら再び話しかけてみる。


「旦那様は、よくこちらへいらっしゃるのですか?」

「たまにな」


脇息に凭れ掛かりながら言う高杉さんとのこんな会話さえ懐かしくて、堪えきれずに声を出して笑う私に、高杉さんは少し訝しげな表情を見せる。


「何が可笑しい?」

「いえ、旦那様に似た方を思い出して…」


初めて会ったのも、この藍屋のお座敷だった。まだ、右も左も分からない私に、三味線の弾き方や女性としての嗜みなどを教えてくれた人。


いつものように、脇息の隣にはあの三味線が置かれており。高杉さんにとっては初対面にも関わらず、私はあの頃と同じように声を掛けた。


「たかす…」


(じゃなかった…)


「あの、旦那様」

「高杉晋作だ。以後、覚えておけ」


高杉さんの、自信に満ちたような視線とかち合う。


(忘れろって、言われても無理ですから…)


微笑みながら頷いて、


「…高杉さま」

「なんだ」

「三味線を弾かれるんですか?」

「ああ。聴きたいか?」

「是非、お願いします!」


ドキドキと胸を高鳴らせながら高杉さんを見やると、高杉さんはゆっくりと三味線を手に取り、弦を調節しながら言った。


「本来ならば、お前が俺に披露すべきところなのだが」

「あはは、そうですよね」


胡坐をかいて三味線を構える高杉さんは、当たり前なのだけれどあの頃と寸分の違いもなく。私は、何度か音を鳴らした後、気持ち良さそうに奏で始める高杉さんに釘づけになる。


奇兵隊を結成した高杉さんは、この後、下関での活躍を余儀なくされることになり。次に会えるのは、当分先になると知っているからこそ余計に…


時折、色っぽく閉じられる目蓋。

軽やかに動く指先。


やがて、三味線の音色に合わせながら口ずさむ歌声にうっとりと耳を傾けた。



「千年、二千年経ったぁとてぇー」


(これは、あの時の…)



君の我が狂を容れるを知りて、自ら愧ず

山荘に、我をとどめしはさらに多情なり


浮沈の十年、杞憂の志

閑雲野鶴の清きにしかず

二世も三世も添おうと言わぬ

この世で添えさえすればいい



あの頃も、舞を披露しようとした私の為にこの曲を奏でてくれた。難しすぎて、意味までは分からなかったけれど、その想いを語ってくれたことがあった。


勤王活動に勤しむ、とある尼さんの歌に高杉さんが返歌として贈ったものだそうで、その方を敬う気持ちも込めて認めたのだと言っていたことを思い出す。


(相変わらず、上手いなぁ…)


少し掠れたような低い声と、三味線の音色が丁度良い具合に相俟って、うっとりとした夢見心地に包まれる。


やがて、最後の音を奏で終った高杉さんの、しなやかな指先を見つめたままで…


「どうした」

「はい…?」


声を掛けられて、ふと我に返る。


「あ、あの…とっても素敵でした…」

「世辞は要らん」

「お世辞なんかじゃありません!その、こんなに心の籠った三味線を聴いたのは…久しぶりだったので」


全て本音だった。あの頃も、素直な感想を伝えたことがあったけれど、久しぶりに聴く本格的な三味線の音色に再び感動していた。


「今度は、お前の腕前を見せてくれ」

「はい。高杉さまのように上手くは弾けませんが…」


三味線を受け取って、高杉さんの隣に正座すると自分の間で奏で始める。あの高杉さんを前にして、多少の緊張は否めないけれど、そんな私を見守るかのように柔和な視線をくれる高杉さんに微笑んで、思うがまま、今の気持ちを音色に乗せてみた。


それは、沖田さんが好んで聴いてくれた曲で。弥が上にも思い出してしまうあの頃の記憶が…


(沖田…さん…)


走馬灯のように浮かんでは消えてゆく。





それは、切なくて愛おしい日々。



『楽しいなぁ。もう一度、“がっつぽーず”なるものを見せて頂けませんか?』


(沖田さんが望むなら…)



『どうして貴女はそうなんだ!この状況が全く分かっていない…』


(沖田さんの方こそ…)



『…もう、二度と離しません』


(そう、約束してくれましたね…)



『貴女を…私だけのものにしておけば良かったかな…』


(その一言だけで、私は幸せでした…)



幾つもの思い出が次から次へと溢れ出し、三味線を奪われてようやく、自分が止めど無く涙を流していたことに気付いた。


「あ…っ…」


すぐに驚愕したような視線と目が合い、急いで涙を拭おうとして目の前に差し出された藍色の手拭を見つめる。


「使え」

「あ、ありがとうございます…」


遠慮なく受け取って、涙を拭いながら次回までに洗って返せるようにしておくことを伝えると、高杉さんは首を小さく横に振った。


「とっておけ。それより…」


今度は涙を流した理由を問われ、故郷を思い出していたと苦しい嘘をつくも、高杉さんは納得出来ていない様子で、


「それは誠の話か?」

「………」


上目使いにこちらを見つめる、高杉さんの少し悪戯っぽい視線を受け止める。


(やっぱり、高杉さんに嘘はつけないか…)


そう思った私は、沖田さんの名前は伏せたまま、愛していた人との別離を思い出してしまったことを伝えると、高杉さんは姿勢を正し再び三味線を構え直した。


「俺で良ければ、受け止めてやるぞ」

「…っ…」

「お前のその悲しみを」


そう言って、高杉さんは厳かな表情を浮かべ、先程とは違う曲を奏で始める。


「…ありがとう、ございます。でも、これではどちらが持成す立場なのか分からなくなっちゃいますね」

「はは、そうだな」


それでも、たまには思いきり泣くのも良い。と、三味線を見つめながら囁くように言う高杉さんの言葉に甘え、私は千早姐さんがやって来るまでの間、その優しい音色に心癒されていた。




【第24話へ続く】




【幕末詩歌】 (高杉晋作・端唄)

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