【前回のあらすじ】


久しぶりに再び藍屋に身を置くことになった主人公は、裕香を引き連れお座敷へ出る。そこで彼女達を迎え入れたのは、桝屋喜右衛門だった。再会に懐かしさを感じる主人公とは裏腹に、藍屋の護衛として見廻りに出ていた総司は同じくこの界隈の護衛を務める男と出会い、かつての同志を目にする度に戸惑いを抱いていた。


※沖田さんを攻略されていない方や、花エンドを攻略されていない方には、多少ネタバレになりますので、ご注意ください!

私の勝手な妄想話ではありますが…よかったらまた読んでやってくださいきらハート


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【沖田総司~花end後~】 第20話


私にとって、住み慣れた場所で馴染みある人達と過ごすということは、なんの苦労も無いと思っていたのだけれど、彼らにとって私は初対面である為、接し方に戸惑いを感じずにはいられなかった。それに加えて、裕香にこの時代での生き方やここでの習わしなども伝えなければならなかったので、気を緩めることは出来ずにいた。


そんな中、新撰組から御贔屓頂いていた藍屋には毎晩のように非番中の隊士の方々が訪れ、土方さんや近藤さん達の姿も目にする中。沖田さんの姿は見られず、目にしないからこそ思い出してしまう沖田さんとの記憶があった。


それは、しぶしぶ土方さん達に着いてお座敷へと足を運んだ沖田さんが、初めて私を“あの時の私”だと気付いた晩の事。



『あの時の…』

『…はい』

『気付かなかったな。女の人というのは、お化粧一つでこんなにも変わるものなのですね』



あの頃、沖田さんは島原へ訪れても、たまにお座敷遊びに興じるくらいで特に楽しみは無いのだと言っていたのだけれど、私と投扇興で勝負してからは唯一の楽しみが出来たと言って微笑んでくれたのだった。



幕末時代初めての夜は、いや、私と総司くんにとっては何度目かの夜。お互いの温もりを分け合い、一緒ならどんなことがあっても大丈夫だと、何度も言い聞かせ合った。


あの頃に抱いていた記憶を思い出してしまっているから、前世での自分の行いを目の当たりにすることもあるだろう。それでも、私達は現代へ帰る為に前へ進むしか無いのだと。


日を重ねる度にあの頃の記憶が甦り、『追憶』という名のパズルがどんどん完成していって、これから起こるであろう自らが経験した史実を思うとそれだけで不安を覚えた。



文久三年四月二十日。

幕末時代へ飛ばされてから三週間が過ぎた今日、翔太くんから手紙が届いた。


そこには、筆で私達と関わる全ての偉人たちの歴史や、龍馬さん達が成そうとしていることなどがびっしりと箇条書きにされていて、土佐を脱藩した龍馬さんは、これから京を舞台に土佐藩士の方々や、高杉さんと共に倒幕運動に勤しみ、亀山社中を結成させる為に各地を巡る忙しい日々を過ごすことになるだろうと。


翔太くんは、現代へ戻ってからも“あの頃の龍馬さんの意志を継いでいきたい”と言っていたから、記憶が思い出される度に幕末時代の史実を調べ直していたらしく。


今度こそ歴史を変えることになったとしても龍馬さんを助けたいのだという、強い想いも込められており、数日後には、脱藩者である龍馬さんの才能と人柄を考慮し、帰藩させたという勝海舟さんの命により越前(現在の福井県)へと出向くことになったということと、ラストには、翔太くんらしく私達のことを気遣う優しい言葉も添えられていた。


誰よりも不安な日々を過ごしているだろう筈なのに、翔太くんの存在はあの頃よりも大きく感じられた。


そんな翔太くんに負けないように頑張る。と、言っていた裕香は、私よりもお座敷に馴染み始めていた。もともと呑みこみの早い彼女は、着付けもお化粧も新造としての仕事もきちんと熟せるようになり、周りの新造仲間や先輩花魁たちを驚かせつつある。


次いで、用心棒として藍屋を守る役割を担いながら番頭さんのお手伝いなども熟す総司くんも、秋斉さんからの信用を受けられるようになり、この界隈でも腕の立つ用心棒として頼られるようになった。


そして、私は…


翔太くんや総司くんの無事を祈りながら、裕香と一緒にお世話になった人達との新たな時を大切にしたいと考えていた。





夕刻。


いつものように支度を済ませ、玄関先で未だ支度中の裕香を待ちながら、次々と揚屋へと向かう姐さん達を見送っていた時のこと。奥から刀を手に現れた総司くんの柔和な微笑みと目が合った。


「これから見回りに?」

「ああ」

「気を付けてね…」


刀を脇に腰掛け草履を履いて立ち上がる総司くんに、置かれたままの刀を取り手渡す。


「行ってらっしゃい」

「行って来ます」


満面の笑顔をくれる総司くんを見送ろうとして、裕香の少しからかうような声に二人同時に視線を向けた。


「ちょっとぉー、なんなのよその夫婦のような会話は…」

「えっ…」


その一言に動揺していると、俯き加減な総司くんも照れたように微笑みながら、「夫婦って…」と、呟いた次の瞬間、その困ったような視線と目が合いまたお互いに俯き合う。


「はいはい、今日も御馳走様っ」


目を細めながら呆れたように言う裕香にふくれっ面を返すも、そんなふうに見えていたのかと意識して嬉しくなる。


「じゃあ、また後で」

「うん」


踵を返し置屋を後にする総司くんを見送り、草履を履いて立ち上がろうとしていた裕香に手を差し伸べて、私達も揚屋へと向かったのだった。


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その後、揚屋に辿り着いた私は、裕香と別れ次々とやってくる旦那様方の荷物を受け取り、お座敷へと案内した後、再び戻った玄関先で番頭さんに刀を手渡す原田さんの姿を見つけた。


「総司、早く来い」


(えっ…)


声を掛けようとした次の瞬間、草履を脱ぎながら言う原田さんの一言に一瞬、呼吸を忘れ身動き取れなくなる。彼の言葉に応える爽やかな声と、少し困ったように微笑みながら暖簾をくぐり中へと入って来るその姿から目が離せなくなったから。


(沖田…さん…)


「やはり、私は帰ります」

「このままけぇっても、土方さんの小言を聞くことになるだけだぞ」

「それでも構いません」


御二人の会話を聞きながら、さりげなく近寄ると沖田さんの澄んだような瞳と目が合う。


「ようこそ…お越し下さいました」

「いえ、私は…」

「総司、見聞を広めるのも隊士の務めだぞ。いいから来い!」


原田さんは、私の言葉に躊躇する沖田さんの腰元から刀を奪い取ると、自分の分と共にこちらに差し出した。


「これ、よろしくな」

「あ、はい!お預かりしますっ」


なんだかんだ言いながら、しぶしぶ草履を脱いで原田さんに手を引かれるまま奥へと消え去るその背中を見つめながら、やっぱりあの頃を思い出して小さな溜息が零れてしまう。


当たり前だけれど、あの頃の沖田さんがすぐ傍にいた。


労咳を患う前の元気な沖田さんが…


(え、労咳…)


「そうだ!」

叫んですぐに周りの視線を感じ、急いで口を噤み苦笑した。


総司くんとの幸せ過ぎる時間を過ごしていたからか、沖田さんが労咳で命を落とすことになるということを忘れてしまっていた。




元治元年、初夏。

池田屋事件後、労咳だと診断されてからの沖田さんは、死との葛藤を強いられるようになる。


(いつから感染していたんだろう?遺伝ならば仕方がないのかもしれないけれど、感染する切っ掛けが掴めれば、もしかしたら沖田さんは死なずに済むかもしれない…)


そんなことを真剣に考えていた時だった。


「そないなところで、刀抱えたまんま何をぼーっと突っ立っとるんや」

「す、すみませんっ」


いつの間にか目前にまで迫って来ていた秋斉さんの少し呆れたような視線を感じ、同時に溜息を耳にしてすぐ、奥からやって来た番頭さんに刀を預け、菖蒲姐さんの待つお座敷へと急いだ。


そこではもう既に、三味線と箏による姐さんの舞が始まっており。私は旦那さまたちにお酌して回ったり、足りなくなったお酒を持って来たりと、相変わらず忙しない時間を過ごした。




何度目だっただろうか。


足りなくなったお酒を取りに行こうと台所へと向かう最中、長い廊下の向こうにある庭の縁側に人影を見つけ、思わず目を凝らした。


「あれは…」


もう一歩近づいて見やった先、夜空を見上げるようにして縁側に腰掛けているのは…


「沖田さんっ」


心配になり歩み寄って声を掛けると、沖田さんは少し吃驚したように目を見開いて私を見上げた。


「あの、どうかされたのですか?」

「いえ、何でもありません…」


そう言ってゆっくりと立ち上がり、沖田さんは私を見下ろしながら「ご心配なさらず」と、言って苦笑する。


さっきもそうだったけれど、再びこの時代にタイムスリップしたその日。裕香と共に藍屋にお世話になることが決まり、翔太くんを見送った後に偶然出会ってしまった時のことは覚えていないようだ。


「良かったです、気分でも悪いのかと思ったので。でも、どうしてこんなところに…」

「……貴女にこのようなことを言うのは失礼かもしれませんが、島原は苦手で」


少し躊躇うようにそう言って、うなじを抑え込みながら困ったように微笑う沖田さんに、あの頃の沖田さんを重ね見る。


そして、私はこう言ったんだった。


「あの、それなら……良ければ私とお座敷遊びをしませんか?」

「え…?」

「投扇興とか」

「それなら、得意ですが…」

「じゃあ、これから支度しますね!」


ただ、持成す立場として沖田さんにも楽しんで貰いたかっただけ。


内心ドキドキしながら戸惑う沖田さんの手を引いて、原田さんが待っているであろうお座敷へと戻ると早速、投扇興の準備をし始める。



幕末志士伝 ~もう一つの艶物語~



「お、投扇興か。久しぶりに総司の腕前拝見だな」


春乃姐さんのお酌を受け、半ば脇息(きょうそく)に凭れ掛かりながら言う原田さんに微笑んで、いまだに戸惑いの色を浮かべる沖田さんにこちらの名前を告げ、最近こちらにお世話になることになったということなどを伝えた。


すると、沖田さんも堂々と、「会津藩の沖田です」と、言って柔和な笑みをくれる。


(そうだ、この笑顔…)


この優しい笑顔に、涼やかな声に。

無邪気な沖田さんに恋をしたんだ。


出会い方は違うものの、あの頃の沖田さんと寸分の違(たが)いも無いことにまた嬉しさが込み上げてくる。


そして、投扇興なら誰にも負けませんよ。と、言って腕まくりする沖田さんとの勝負を楽しんだ結果、まぐれだと思うけれど、3点差でどうにか逃げ切ることが出来たのだった。


「完敗です。しかし、見かけによらず勇ましかったなぁ」


沖田さんより高得点を出した時に見せたガッツポーズのことを言っているのだろう。あの頃と同じ反応に、また懐かしさでいっぱいになる。


「それに、島原に来てこんなに楽しい夜は初めてだ」


袖や襟を正しながら言うと、沖田さんは真っ直ぐな目で私を見つめた。その視線を受けて、そう言われるのも二度目だと心の中で呟く。


それから、もう一勝負お願いします。と、半ば頼み込まれた私は二度目の勝負に挑んだ。原田さんからヤジを飛ばされながらも楽しい時間を過ごし、今度は沖田さんに敗れるものの、その満面の笑顔に微笑まずにはいられなかった。



やがて、早番があるからと言ってお座敷を後にする御二人の背中を追いかけ、玄関先で刀を手渡しながら声を掛ける。


「今夜は、楽しんで頂けたでしょうか」

「特に総司との投扇興は見ものだった」


また来る。と、言い残し足早に大門を目指して歩いて行く原田さんを見送り、次いで、「私も楽しかったです」と、言ってはにかむ沖田さんに微笑み返す。


「良かった…」

「貴女に会えるのなら、毎晩のように通ってもいい」

「…っ……」

「そう、思えました」


では、また。と、言って軽く一礼し、踵を返して原田さんの後を追い掛けるその後ろ姿を見送った。


「沖田さん…」


そんな他愛もない言葉にもいちいち動揺してしまう。大好きだったから…


ふと見上げた夜空にぽっかりと浮かぶ三日月。


浮かんだ笑顔は…



と、その時だった。

遠くから聞こえる女性の叫び声にハッとなり、声のした方を見やった。


(……?!)


大きくなる雑踏の中、大門付近に出来始める人だかりを目指し、私は躊躇う間もなく駆け出していた。





【第21話へ続く】





~あとがき~


沖田さん花エンド後もやっと書けました…


こちらは、再び文久三年に飛ばされ、春という設定になっています。


でもって、まずは…

これは浮気になりませんよね??(笑)


主人公ちゃんが沖田さんを懐かしく想ってしまっても汗



主人公と翔太くんにとっては二度目の再来となり、裕香にとっては初めての幕末時代。そして、前世の自分に戸惑う総司くん。


沖田さんと総司くんとの間で、心を乱す主人公…

なんてーのは、思い描くだけでドキドキしますヽ(;´ω`)ノ


幕末時代で新撰組として生きる沖田総司と、現代に生まれ育った沖田総司。


主人公からすれば、二人とも大好きな沖田総司であることは間違いないのだけれど…こりゃあ、誰だって沖田さん大好き人間なら迷いますよね…


改めて、複雑だな…

と、思いながら今回も書いてました汗


私、混乱してないか?(笑)



今回も、総司くん達を見守りに来て下さってありがとうございました!