【前回のあらすじ】


藍屋の置屋を目指していた翔太と裕香は、一足先に藍屋を訪れていた主人公たちと再会する。その後、龍馬らと旅をするという翔太と一緒にいられなくなった裕香も、藍屋の新造として身を置けることになった。それぞれが自分の役割を果たす中、主人公と裕香は土方と沖田に出会ったのだった。


※沖田さんを攻略されていない方や、花エンドを攻略されていない方には、多少ネタバレになりますので、ご注意ください!

私の勝手な妄想話ではありますが…よかったらまた読んでやってくださいきらハート


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【沖田総司~花end後~】第19話


(桝屋さん…)


相変わらずの色っぽい伏し目がちな眼差しが、ゆっくりとこちらに向けられる。


「千早姐さんの名代を務めます、○○と申します」

「裕香…と、申します」


裕香も私と同じようにして膝をつき、丁寧に挨拶を終えると桝屋さんは柔和な微笑みを浮かべながら私達を招き入れてくれる。


「おしまいやす」

「あ…おしまいやす」


あの頃も、何度となくこうやって迎え入れてくれたことを思い出し、懐かしさと嬉しさとが込み上げる中。不意に、裕香が私の耳元で囁いた。


「おしまいやすって、どういう意味?」

「京言葉で、こんばんはっていう意味だよ」

「へぇ、そうなんだ…」


囁き合って、桝屋さんに誘われるままに隣に腰を下ろし、差し出されたお猪口に銚子を傾ける。


「おおきに」


零れそうになる一歩手前まで注いで、すぐに飲み干す桝屋さんの小さな息を聞きながらまた、懐かしさが込み上げた。


男性ながらも艶やかな仕草。

時折、前髪に添えられるしなやかな指先。


何より、一度囚われたら抗えなくなりそうな細められた眼差しに、何度も心を奪われそうになったことを思い出した。その時、


ゆっくりと障子が開き、秋斉さんが薄らと微笑みを浮かべながら現れ、私の隣に腰を下ろし静かに口を開いた。


「桝屋はん。毎度、御贔屓にしてくれはっておおきに。今宵も世俗を忘れ、ゆっくりして行っておくれやす」

「おおきに。藍屋はんとこの新造は皆、かいらしい」


そのどこか寂しげな、それでいて柔和な微笑みを受け、私と裕香は顔を見合わせて照れ笑いを交わす。


「こん子らは昨日雇ったばかりやさかい、粗相があるやもしれへん思うて様子を窺いに参りましたが、そない心配は要らんようやね」


薄らと微笑む秋斉さんと目が合い、私は照れながらも小さく頷いた。


次いで、その場を後にする秋斉さんを見送り。お座敷デビューを果たした裕香にいろいろ教えながらも、桝屋さんの話に耳を傾けた。


これまた当たり前だけれど、あの頃と変わらず博識で。お猪口を傾けながら話す仕草や視線が色っぽく、大人の魅力を感じずにはいられなかった。


「…ほう、江戸から」

「はい…」


出身はどこかと尋ねられ、仕方なく正直に答えてみたものの。江戸から来たということと、これまでのことを話せるだけ話すと、桝屋さんはその全てを興味深げに聞いてくれた。


「理由はよう分かれへんけど、苦労しとるようやね」

「いえ、そんなことはありません。ここに置いて頂けただけで幸せです…」

「器量だけやない、度胸も据わっとる」

「そんなことは…」

「………」


何かを言いたげな瞳に見つめられながら、空のお猪口を手にした桝屋さんに寄り添い、お酌を済ませる。と、そこへ綺麗な笑顔で微笑みながらやって来た千早姐さんを迎え入れ、私達は丁重に挨拶を済ませお座敷を後にした。



「はぁ……ほとんど話せなかったし、何も出来なかった…」

「ふふ、私も最初はそうだったよ。それに、旦那様から話しかけられない限り、こちらからは無理に話さなくても良いわけだし」

「習うより慣れろってことで、私もあんたと一緒にお座敷デビュー!なんて意気込んでたけど…もう少し後でも良かったような…」

「そんな、裕香らしくもない」


大きな溜息をつく裕香の背中をポンッと軽く叩きながらそう言うと、裕香は苦笑いしながら私を見つめる。


「あたし、本当に大丈夫かな…」

「大丈夫だってば。徐々に慣れて行けばいいんだし、裕香なら絶対に熟せるようになるから」


言いながら、私達はゆっくりと足を進めた。


「しっかし、さっきの人。ヤバいくらい格好良かったね」

「桝屋さんは、昔からとっても優しくて素敵な人だよ」

「え、ちょっと待って……あんたまさか、総司くん…いや、沖田さんを好きだとか言って、桝屋さんのことも気になってたりしたとか…」

「ま、まさか!そんな訳無いでしょ…」

「ほんとにぃ??」


立ち止まる裕香のにんまりとした顔を見やり、私は半分その通りだったことを思い出して頬が熱くなっていくのを感じた。



あの頃。


沖田さんの気持ちが分からなくて、隊務に追われる沖田さんのことを理解出来なかった時があった。


そんな時。

私の気持ちを察し、優しい抱擁で慰めてくれた人が桝屋さんだった。


本当は、その好意に甘えてばかりではいけないと思っていたけれど、桝屋さんの言葉はとても温かく、優しく腕の中に誘われた時の安心感は例えようもない程心地よかった。


だから、新選組に囚われたことを知った時、どうしようもないほど哀しくて。複雑な想いに心が張り裂けそうになって…。



「で、どうなの?」

「え?」

「え?じゃないってば。ぼーっとしちゃって…ますます怪しい…」

「だから、何にも無いってば…ただ、」


ただ?と、言って私の顔を覗き込む裕香に苦笑して、いつかゆっくり話すことを約束した後、私達は気を引き締め直して次のお座敷へと向かったのだった。


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*総司SIDE*


「ふぅ、やっぱり一筋縄ではいかないな」


大門前にて。

見廻りから戻った僕の目の前を、堂々と通り過ぎて行った男達。


それは、忘れもしない。

新選組として生きていた頃、共に戦っていた戦友であり…


(…同志。)


向こうからしてみれば見知らぬ存在だというのに、出来るかぎり身を顰める自分がいた。その同志らの懐かしい姿を思い起こしていた。その時、


「…見かけぬ顔だな」


背後からの低く抑えたような声に振り返ると、侍のようないかつい男の鋭い視線と目が合った。


「藍屋の護衛を務める者です」

「藍屋の…」

「はい。以後、お見知りおきを」


そう言って、軽く会釈をすると男は自らを松尾由太郎と名乗り、橘屋の護衛を務めていることを明かした。


次いで、こちらも例の名前で自己紹介を済ませると、松尾と名乗った男は僕と同じように、「以後、よろしく頼む」とだけ言い残し、大門をくぐり京の町へと消えて行った。


(一癖ありそうな人だな…まるで、土方さんみたいに…)


「土方さん…か」


いつまでも隠し通せるものでは無いし、いつかは対峙することになる面倒事に対して、前向きに動いていくしか無い。


けれど、たった一人。

出来れば、会わずに済めば良いと思っている男がいる。


(沖田…総司…)


彼は、僕の前世であり…

新選組として生きた自分自身でもあるのだから。


それでも、この運命を受け入れるしか無いのであれば、なるべく早いほうがいいのかもしれない。どこか客観的に見守りながら…。


(そうですよね、土方さん…)


僕は、夜空に浮かぶ月を見上げ置屋へと歩みを進めた。


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全てのお座敷を終え、くたくたになった裕香を半ば支えるようにして置屋に戻ると、偶然、すぐ傍の階段を下りて来る総司くんと鉢合わせた。


「二人ともお疲れさま」

「総司く…そうじろうくんもお疲れさま…」

「その名前、呼びにくいかな…」


苦笑する総司くんを目にして、疲れが吹き飛ぶと同時にその優しい声に心が癒され始める。


「はぁ、こんなに大変だとは思わなかった。明日からやっていけるかなぁ…」


土間に腰掛けながら言う裕香にも労いの言葉を掛けた後、総司くんは私達に手を差し伸べてくれた。


「この時代で生きて行くことは大変だけれど、焦る必要は無い」

「そう…だね…」

「それに何かあれば、僕が全力で藍屋を守るから」


何かを考えるような表情の裕香と、堂々と言い切る総司くんの少し真剣な眼差しに見惚れていると、裕香がまたニヤけた顔つきで総司くんを見やる。


「なんて言って、全力で○○を守る…の、間違いでしょ?」

「ちょ、裕香!」


思わず恥ずかしくなって、裕香と総司くんを交互に見つめていると、総司くんは困ったように微笑いながら言った。


「…確かにその通りだけれど、」

「否定しないんかい…」


裕香のつっこみにも構わず、総司くんはいつものように話し続ける。


「藍屋にはお世話になっていたから。この機会に、何かしら役に立ちたいと思っているんだ」

「そっか…」


何となく納得したようにそう言うと、裕香はにっこりと微笑んだ。


「確かに、ここの人達はいい人ばかりだなって思った。これからが大変だと思うけど、私も頑張る。翔太に負けないくらい…」

「裕香…」

「だけど、今夜はもうくたくた…気を張り過ぎて」


項垂れる裕香に苦笑して、そろそろ自分の部屋へ戻るという総司くんにおやすみの挨拶を済ませると、私達も部屋へ向かい、寝支度を整え布団に寝転がった。


「はぁー。体が軽くなってく…」

「そうだね…」


うつ伏せになって目蓋を閉じながら呟く裕香に答えて、私は仰向けになって天井を仰いだ。本当なら、裕香の親戚の旅館で総司くんや翔太くんと一緒に、眠くなるまで話し込んでいた頃合いだろう。


「ねぇ、○○」

「ん?」

「これからどうするの?」

「…総司くんのこと?」


視線を裕香のほうへと向けながらそう言うと、裕香の心配そうな視線と目が合った。


「なんて言うかさ、総司くんは沖田総司の生まれ変わりなんだけど、現代に生きる沖田総司という別人なわけで…複雑だよね…」

「うん。でも、私は総司くんに着いて行くだけだから…総司くんと、裕香と翔太くんと一緒に現代へ戻ることが出来るその日まで…」

「……みんな…強いね」


そう言って、今にも眠ってしまいそうな裕香に微笑み、私はその気持ち良さそうな表情を見つめながら改めて決意した。


翔太くんや総司くんのように、何か目的を持って再びこの時代で生きて行こうと。



(うわぁ…満月かな。)


ふと、障子の隙間から顔を出していた月を見上げると同時に、初めて幕末での夜を迎えた時のことを思い出す。


翔太くんと離れ、心細い日々を過ごす中。

あの人の笑顔と、温かい言葉に支えられた。


(沖田さん…)


『今宵も…綺麗だ…』


いつだったか、土方さん達と一緒にお座敷へ足を運んでくれた時、玄関まで見送りに出た私に微笑みながら呟いた言葉…。


沖田さんが綺麗だと言ったのは、夜空に浮かんだ月のことだと思いつつ、勝手に胸を高鳴らせていた。



(…私は……)


寝息を立てる裕香に掛布団をかけ、行燈の火を消して自分も横になる。そして、目蓋を閉じたその先に浮かんだ笑顔は…。


「はぁ…」


(考え始めたら眠れなくなっちゃった…)


裕香の穏やかな寝息を聞きながら、その安らかな眠りを妨げないようにして台所へと向かった。その途中の廊下で、偶然にも総司くんと鉢合わせた。


「あっ…」

「…あ…」


思わず零れ出る小さな声にお互い苦笑し合い、


「総司くんも眠れないの?」

「体は疲れているんだけど、目が冴えて…」

「私も。今、お茶でも淹れるね」


微笑んでいる総司くんに微笑み返して、すぐにお茶を淹れる準備をし始める。


「時間が取れたらゆっくり聞こうと思っていたんだけど、やっぱり護衛の仕事は大変なのかな?」

「…大丈夫と、言いたいところなんだけれど、」


すぐ傍の土間に腰掛けながら言う総司くんの声はどこか元気が無くて、私も湯が沸くまでの間、総司くんの隣に腰掛け寄り添った。


次いで、そっと包み込まれる左肩に優しい温もりを感じてすぐ、向い合せに抱き寄せられる。


「…総司く…」

「少しだけ、こうしていたい」

「うん…」


広い胸に頬を埋め、総司くんの背中に腕を回しお互いに強く抱きしめ合う。


(総司くんの温もりも匂いも……安心する…)


その温もりはとても優しく、今の私にとって無くてはならないもの。


「…さっき、彼らとすれ違って」

「えっ…」


思わず頬を埋めたまま驚愕の声を上げると、総司くんは私の後ろ髪をそっと梳きながら厳かに口を開いた。


「……思わず身を顰めてしまった」


(…っ……)


より強く抱き竦められ、総司くんの吐息が耳元を掠める。


「大丈夫…ずっと傍にいるから…」

「………」

「総司くんの隣に…」


心の中でずっと抱き続けている素直な気持ち。


辛い時、哀しい時。

こんなにも温かく、優しい気持ちでいられるのは…


総司くんだから。


この温もりが、いつも私を癒してくれた。


幕末を生きた沖田総司に恋をして、沖田さんからの愛に包まれながら、その生涯をかけて愛を貫き通したからこそ私達は出会えた。だから、今、ここにいる総司くんこそが私の全てなんだ。


「…何とかしなければいけないと、そればかりを考えていたから。こうやって甘えることを忘れていた…」

「もっと、甘えて…」

「ああ…」


そう囁き合うと、お互いに体を解放しまた微笑み合う。


全ての不安が解消された訳ではないけれど、二人ならどんな試練も乗り越えられる。改めてそう心に誓い、私達は時許す限り身を寄せ合っていた。


ぽっかりと浮かぶ月を見上げながら…。



幕末志士伝 ~もう一つの艶物語~



【第20話へ続く】




~あとがき~


幕末時代へタイムスリップして、初めての夜。


この幕末時代を生きる為、それぞれが想いを大切にしながら頑張ろうとしている。同じ目的の仲間って、いいなぁ…と、書きながら改めて思ったりしました(`-ω-´)


裕香ちゃんと主人公は、お座敷に出る日々が始まり。総司くんと翔太くんは、あの頃果たせなかったことを成し遂げようとしている…。


書きながら、4人を応援している自分がいたりします(笑)


今後の展開…

考えただけできゅんきゅんします…


今回も、遊びに来て下さってありがとうございました音譜