これまでのお話
実家をしまう ① ② ③ ④ ⑤ ⑥ ⑦ ⑧ ⑨ ⑩ ⑪ ⑫ ⑬ ⑭
この話は書こうかどうか迷ったのだけれど、勇気を出して書いている。
2階建ての納屋を片付けている時、私にはもう一つ気がかかりなことがあった。
それは小学校低学年の時、自分の荷物の箱に、ある人形をしまった記憶があったからだ。
その人形のことは、誰にも知られたくない私だけの秘密である。
その人形は、「サイクリング・ユッコちゃん」という。
最初から、ユッコちゃんという人形と自転車が一つの箱に入って売っていた。
自転車の荷台にショッピングボックスに模したモーターと電池入れが付いていて、ユッコちゃんをその自転車に乗せるとモーターでユッコちゃんが自転車をこいで走るというおもちゃだ。
私は、低学年の頃、アルプスの少女ハイジに出てくる、足の悪い車いすのクララのことが気になっていた。
特に、クララの乗っている車いすが気になった。
綺麗でお金持ちで、みんなにとても大切にされているお嬢様だけど、車いすに乗っている。
何故か私はそこに惹かれていた。
また時々学校で、足を骨折したりして松葉づえをついたり、ギプスをはめて包帯で腕を吊ったりしている生徒を見たりすると、カッコよく思えた。
私自身は決して痛い思いはしたくないんだけど、その包帯とか松葉杖とかが、カッコ良かった。
今となっては、何故そう思ったのか分からないのだけれど・・。
小学校低学年の時、私はナイチンゲールを読んだ。
ナイチンゲールは立派な看護師である。
本の中で「ナイチンゲールは、子供の頃から人形に包帯を巻き介抱していた。」というくだりがあった。
で、ある日、低学年の私はナイチンゲールの真似をして、ユッコちゃんの腕に、古くなった白いシーツを細く裂いたものをグルグルと巻いてみた。
すると、これがカッコよかった。
足にもグルグル巻いてみた。
これもまた、上手く巻けた。
それから、私はユッコちゃんでナイチンゲールごっこをすることに、ハマった。
でも、ユッコちゃんに怪我をさせることには罪悪感はある。
なので、私のナイチンゲールごっこはこっそり続いた。
ある日私は思った。
怪我をリアルにするために、ユッコちゃんに傷を描いてみたらどうだろう と。
そして私は、細い赤いマジックで、ユッコちゃんの腕に傷を描いてみた。
なかなか、それっぽかった。
足にも描いてみた。
とても、それっぽかった。
そうして私は、ユッコちゃんに怪我をさせてしばらくナイチンゲールごっこを続けていた。
が、しばらくすると、私の心は罪悪感でいっぱいになった。
人形に怪我させるなんて残酷なことだからやっちゃいけないし、親に見つかったら怒られる怖い奴だと思われると思ったのだ。
せっかく親が買ってくれた高価な人形にこんなことをして、傷を描いた自分が異常なんじゃないかと思われる恐れもあったし、親に見つかったら気まずいに違いないと思っていた。
そこで、私はその傷を消そうと、食器用洗剤をつけて擦った。
消えない。
手洗い用の石鹸で擦っても赤い線は取れない。
薄っすら残ってしまう。
ヤバい。親に見つかったら恥ずかしいし怒られる。
私はユッコちゃんに長そで長ズボンの服を着せて傷を隠し、段々とユッコちゃんでは遊ばなくなっていく。
そうして、ユッコちゃんのことは忘れていった。
実家では毎年3月になると、その時の各々の1年分の荷物を整理して、段ボールに詰めて納屋の2階にしまっていた。
その年も段ボールに詰めてしまう日が来た。
その日、私は傷を隠したユッコちゃんとユッコちゃんの自転車を、自分の段ボールに入れて父に渡した。
そして、その段ボールは納屋の2階に収められた。
今回、納屋の片付けをする時、ひっそりと箱に仕舞ったユッコちゃんのことがとても気になっていた。
誰よりも先に見つけて、他の人形と一緒に人形供養に出そうと思っていた。
そして、
今回の片付けで、例の箱が出てきた。
その箱のガムテープは少しだけ剥がれていて、重ねた段ボールはその部分だけが少し開いている。
その箱から、ユッコちゃんの自転車が出てきた。
しかし不思議なことに、その箱に一緒に入れたはずのユッコちゃんは入っていない
え でも、絶対一緒に入れたはず。
私は焦った。
弟や夫には黙って、私はその後も黙々とユッコちゃんを探し続けた。
そして納屋の2階全ての自分の荷物の箱を開けたが、ユッコちゃんはどこにもいなかった。
自分のもの以外の箱にも、紛れていない。
(実際には実家じまいはもう終わっているけど、結局、母屋からも、どこからも出てこなかった。)
人形が消えた・・・
怪異だ・・・
ひゃー
あの箱の隙間から、ユッコちゃんが逃げた
私はしばらくこの【人形の怪異】が怖かった・・・
でも・・・、思い直した。
人の記憶は改ざんされるもの。
私はあの時、ユッコちゃんを箱に入れなかっただけなのかもしれない。
箱に入れず、どこかに捨てたのかもしれない。
私は箱に入れた記憶しかなかったけれど、実際出てこないのだから、箱に入れたことは私の記憶違いなんだと思う。
今回のことで、世の中の怪談とかオカルトって、こんな記憶違いから生まれることもあるんじゃないかと思った。
ユッコちゃんがどこに消えたのかは分からないけれど、さすがに半世紀ほど経っているので、もう許して欲しい。
私の罪も時効だと信じたい。
ユッコちゃん・・・、あの時はごめんね。