ぱんちゃんブログ -4ページ目

月に行くこと。

どーもー。月について書こうかな。ispaceが月面着陸できなくて残念でした。けれど、民間企業で着陸直前までもっていけたのはすごいことみたい。

 

そもそも月に着陸するのは難しいのか?過去に月に着陸成功したのは旧ソ連、アメリカ、中国。アメリカは有人だったからすごい。

 

最後に人が月に上陸したのは1972年、アメリカのアポロ17号。直近では2020年、中国の嫦娥5号で探査機だけが月に上陸した。

 

1972年に有人で行っているのに、何故しばらく月に行かなかったのか。本当は人は月になんて行ってないのでは?という陰謀論もあったりするけど、宇宙に行くのは大変なのだ。国力が物を言うのだ。

 

お金と人材とそれをまとめる力が揃っているから月に行ける。あとは宇宙に対する希望も大事。国民の感情も大事。やはり、旧ソ連、アメリカ、中国の国力はすごかった、ということなのだ。

 

中国は2019年、嫦娥4号が月の裏側に初めて着陸するという偉業をなしたので宇宙関係者はその力を認めているらしい。しかし、その詳細はあんまり公開していないという中国こわい。

 

力がある国が宇宙を目指すのと、民間企業が宇宙を目指すことは、前提が全く違う。ispaceの記者会見見たりTwitterの反応見てたけど、株価への影響についていろいろ言われていた。IPO詐欺なのでは?とまで言われていて、希望がないなーと思った。今年の4月に上場したらしい。

 

どうでもいいが、ひさびさに証券サイトにアクセスしたら市場の区分けが変わっているのを知った。今はプライム、スタンダード、グロースという3つの市場に分けられていて、ispaceはグロース市場。いちばんリスクがある市場。リスクを理解してから投資しましょう。

 

現代で宇宙を積極的に目指すのはベンチャー企業であるというのが面白い。技術も発展し宇宙開発のコストも下がっているから民間も月を目指すことができるようになったいい時代。

 

 

 

月は人間の心の女性生の方。嫦娥(じょうが)は中国神話に出てくる月に逃げた女である。女性生は謎めいていて掴むのが難しい。月を攻略できたら心を理解したも同然。

 

もうすぐ公開のガーディアンズ・オブ・ギャラクシーを例にとって。ピーター・クイルは幼少期、母の死目で手を握ってあげられなかった。そして宇宙に出てガモーラに出会った。女性性を受け入れきれなかった子ども時代を経て、宇宙でついに女性性を手に入れたのに、またしても彼女は死んでしまった。けれど、別世界線のガモーラが現れた、、、

 

宇宙には永遠の命がある。人が宇宙を目指す本当の理由。別の世界線を現実で目にしたとき、永遠の謎が解ける!宇宙の仕組みを知るには宇宙戦争が必要だ!2023年はエンドゲームがあった年なんだって~リアルタイムだ〜

 

わたしたちの住む地球は太陽と月のこども。地球には月の要素も太陽の要素もあるので宇宙にわざわざ出なくても良い、ということは戦争を終えてからやっとわかるものなのだ。

 

わたしはもう戦争を終えたつもりでまったりダラダラしてますが、まだまだ戦争は続くのかも。

喉仏は軸椎(第二頸椎)なのです。

どーもー。こないだ山梨帰ったばっかだけど、祖母のお葬式でまた帰りました。とどこおりなく葬儀は終了しましたが、いろいろ考えるところあり。

 

そのうちのひとつが喉仏について。火葬後のお骨拾いでは、骨壺に骨を詰める時、身体の下から順につめて、一番最後に座禅した仏様の形をしているという喉仏を置き、その上に小さめの頭蓋骨をのせて蓋をしめた。

 

田舎の火葬場なので焼くのが手動式で一時間半かかった。これが自動だと30分で終わるとのこと。母方の祖父も父方の祖父もここで焼いた。手動式は焼いてくれる人が様子を見ながら火の調節をするので、骨が焼けすぎず残るとのこと!

 

肩甲骨がきれいに残っていて、これが天使の羽です、などの説明をうけた。それ以外の骨もそれぞれ丁寧に説明してくれて興味深かった。というか祖父の時そこまでの説明なかった気がする、、、そして喉仏もきれいに残った。仏様の頭部分は折れていたけど。

 

喉仏は、男性の喉に現れるボコっとしたとこじゃなくて、実際は軸椎(じくつい)と言う骨。首の部分は7つの頸椎(けいつい)からなるが、軸椎は上から2番目の第二頸椎のこと。

 

第1頸椎は環椎と呼ばれ、リングのような形をしています。球状に近い形をした頭蓋骨は、そのままでは脊柱の上に位置することはできません。ですから、リング状の環椎が卵置きのような役割をはたして、頭蓋骨の受け皿となっています。

 

頭蓋骨と第1頸椎の連結は「環椎後頭関節」と呼ばれます。第2頸椎は軸椎とも呼ばれ、リング状の環椎に差し込まれる軸(歯突起)があるのが特徴です。

第一頸椎、第二頸椎の構造と動き

 

第一頸椎は重い頭の受け皿。そして第一頸椎と第二頸椎は頭が回転するための大切な骨。

 

頸椎全体で90°回旋できるというお話をしましたが、その半分の45°はC1とC2だけで回旋できます。これは人体の中で最も回旋できる関節です。

頸椎の機能解剖について【整形外科学ブログ】

 

7つの頸椎で90°回旋できるが、そのうちの45°が第一頸椎(C1)と第二頸椎(C2)だけで回旋できるという。

 

ところで、わたしは以前こんな夢を見た。

さっそくこの幻覚と夢を自己診断してみる。埋め込まれたっていうのはよくわからんが、場所的に頚椎のC2、C1あたり?もう少しこの場所の意味は調べてみたい。

その夢(幻覚?)では、第一第二頸椎あたりに謎のビームを当てられた。そこに何かを埋め込まれた!と感じた。そして「人類滅亡の日を知った」という謎の声。

 

実はこの夢を見たしばらくあと、夢の内容の大体のところは理解することができた。


今回の火葬で喉仏を一番上に置くのを見て、ちゃんとこの骨について調べようと思った。そして頚椎だと知ってこの夢を思い出したのだ。

 

喉仏が骨壺の最上部に置かれて有り難がられる意味。喉に居る仏。喉からは言葉が発せられる。世界は言葉でできている。ChatGPTがもてはやされているのは、それが大規模言語モデルだから。世界を創造するのはことばであり、それは聖書でも語られていること。

 

初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。この言は、初めに神と共にあった。万物は言によって成った。成ったもので、言によらずに成ったものは何一つなかった。言の内に命があった。命は人間を照らす光であった。光は暗闇の中で輝いている。暗闇は光を理解しなかった。

『新約聖書』「ヨハネによる福音書」(冒頭部分)

 

言葉は創造主である。言葉にしたとたんにそれは、少しづつ現実となっていく。現実世界の元になるものは言葉だから、喉に居る仏は有り難がられる。その存在がなければ私たちも存在しないからだ。

 

けれどそれは頭蓋骨で上から覆われた。あまりにも危険なものだから。言葉は闇をも創り出す。それをコントロールする為に頭がある。

 

第一頸椎(環椎)と第二頸椎(軸椎)は対になっている。仏の頭部分は軸椎の歯突起というところ。その軸が環椎の穴におさまるようになっている。それらが対になっているからこそ、頭を回旋したり上下左右に動かせるようになっている。

 

環椎と軸椎があるから、わたしたちはx,y,z軸を動かせる。わたしたち人間は環椎と軸椎で世界を見渡すことができる。人間は世界を知ってそれについて何かと語りたがる。入力と出力。両方担っているのがこれら骨なのだ。

 

そして一番大事なのは第二頸椎にある中心軸。中心があるからx,y,z軸も生まれる。喉仏を有り難がり、上に置く理由はそーゆうこと。

 

…頸の前面には中央より少し上方に喉頭隆起という突出があり,喉頭の甲状軟骨によるとび出しである。これが〈のどぼとけ〉で,また〈アダムのリンゴ〉ともいうが,それはリンゴを取ったアダムが神に見つけられ,口にほうりこんだところ,のどにひっかかってふくれ出したのだとの伝説による。喉頭隆起は,子どもや女ではあまりとび出していない。…

コトバンク アダムのリンゴ

 

英語では喉仏のことをアダムズアップルと言うらしい!りんごを食べたことをきっかけに智恵を得てしまったアダムとイブ。やはり、苦難のはじまりは喉なのですね。知識を吸収すること(入力)は恐ろしいことだし、発する言葉(出力)にも気をつけなければいけない。

 

入力と出力を頭で調整しないと人類は滅亡してしまいます。ChatGPTの使い方にも気をつけたいね。

頑固なこころ。

どーもー。

 

 

「イニシェリン島の精霊」を観た。最初は笑ったりもしたけれどなかなかキツイ映画。


エイプリルフールにわたしはある決意をしたけれど、まさにこの映画の内容をそのまま体験したから決意が固まった。

 

生きた証を残したいと願い、悔いの残らない死を迎える為に決意したコルム。何かを深く考えることも無く、なんとなく毎日を過ごすことに疑問をもたないパードリック。

 

決意を固めた人しかコルムに共感できないし、決意を持ったことが無い人は頭おかしいと思うだろうな。わたしはもうここ1年くらいコルム状態だった。

 

女が好む、旅行・美食・美容などに興味が無い。ありきたりな世間話にも飽きた。わたしは一日中ニコ生見ながらブログ書きたい。自分の好きなことに執着しちゃうともうそれ以外がものすごい苦痛。だからコルムに感情移入した。

 

パードリックは自覚のない悪。しつこい。心の機微が分からない病気ようなもの。そして「何も無い自分」への怒り。かわいそうではある。精霊なんていないっていう一言が全てを表していた。

 

そんなパードリックと決別したけれど、完全に遠ざけることができないのは、コルムがまだ何も成していないからこそ。ちょっとパードリックの気持ちがわかってしまうのだ。遠ざけることに罪悪感も感じている。

 

「優しさ」は歴史に残らない、という言葉が心に残った。そうなんだよ、「優しさ」こそ悪魔。パードリックは「優しさ」を盾に「何かを成そうとする人」をとんでもない執着で邪魔する。そして、中途半端な「優しさ」はそういう悪魔を近づける。

 

結局コルムもパードリックも同じ穴の狢。どちらも頑固すぎる。

 

イニシェリン島での二人の戦いと、島の外側で行われる内戦。心と現実が交差していた。終わることのない戦いは小さな島でのできごと。島の外に出た姉はもう戻らないだろう。

ゆるせねーよ。

どーもー。急遽実家に帰ってました。もうね、決めました。自分の気持ちに正直に生きる。騙されない。そんなことは何度も考え言ってるのですが。とても静かな怒り。もう絶対に許さん。

 

そんなわけで弱さを盾にする傲慢さとはもうお別れ。さようなら。永遠に。弱者のふりをして強さを出すな。負けを認めろ。この世界には勝ちと負けしかないんだよ。生きるか死ぬかふたつにひとつ。

 

生きるか死ぬかを自分で選べないならAIに相談しろ。正しい答えをくれるから。よかったね、AIがあって。いい時代じゃん。

 

 

もう何もかもが楽しくなってきた。ついに春がきたよ。おめでとう。

ブラックホールは神。

どーもー。ちょっとこの記事みてください。

 

 

ブラックホールが「重ね合わせ」を破壊する!?

 

これ読んだけど、ボブおじさんの5年後の観測のはなしがイマイチわからんよー。もう少しわかりやすくたのむ。その後のブラックホールの中のボブおじさんのはなしはわかるんだけども、、、

 

ブラックホールの表面で観測されてるから、重ね合わせが破壊されるみたいだが、これって重力関係あるよね?

 

前にも書いたが、わたしは重力で重ね合わせが「収縮」すると思っていて、それは観測している自分が発生させる重力だとも思っている。

 

だとしたらブラックホールは全てを吸収する自己ではないか。そーか、ブラックホールが神だったんか、とすごく納得してしまった。やっぱ最上級は落ちたら抜け出せない闇だよね。

 

たとえばヴァンダービルド大学の理論物理学者アレックス・ルプサスカ氏は「宇宙がブラックホールを目のように使用して、常に自分自身の内部を観測している」とする表現はやや言い過ぎだと述べています。
 

一方、ローレンス・バークレー国立研究所の理論物理学者ダニエル・カーニー氏は「詩的に言えば、そのように考えることもできる」と肯定的な意見を述べました。

 

『ブラックホールを目のように使用して自分自身の内部を観測している』という表現が言い得て妙なのである。わたしのイメージする宇宙とぴったり。人間(わたし)は世界を見ているようで内側を観測している。人間(わたし)から見たらはるか宇宙の果てにあるブラックホールが人間(わたし)の目なのだ。

やきうおもしろいね。

どーもー。にわかだけどWBCの準決勝と決勝みてました。興奮。野球のルールをちゃんと調べたら、これまたパターン(元型)が現れているので日本が強いのも納得した。

 

9対9とか、3アウトとか、4ボールでひとつ進むとか、攻撃と守備を9回繰り返すとか、表と裏とかとか。

 

終わってみれば「まるで漫画の世界」とか言われてて、見ている人がパターン(物語)を感じているな、と思った。パターンらしい試合の流れだったからですが。けれど現実よりも意識が先なので、やはり「世界とはパターン」と感じているということ。

 

あと村上選手がなかなか期待に応えられなくてみんながヤキモキしていたのに、最後には素晴らしい攻撃をして「村上が生き返った」とか言われてたのは「死んでいた」という前提がある。『死んでから生き返って復活する』のもパターン。彼はトリックスターだった。

 

あと最後の大谷選手の投球が2009年のダルビッシュ選手とまるきし同じらしいよ。エンディングが同じなのもパターンですごいね。先輩から後輩へ。

 

あとこのツイートおもしろい。

 

 

大谷選手が主人公の物語が終われば世界は終了する。『モブになったら消えちゃう』パターンを理解しちゃう日本人つよい。『モブになったら消えちゃう』パターンは怖いからね。


最近パターンの話ばかりだ。

 

承認欲求の高まりをかんじる。

どーもー。chatGPT4がすごいらしいです。終わりの始まりだ。

 

人工知能のアプデスピードがどえらい。ここから5年とか経ったらどうなってんだろ、世界は。わたしには未来が見えた瞬間があったけど、それが急に現実味を帯びてきたのでワクワクしている。

 

そんな中、人間の承認欲求の高まりがピークを迎えているんじゃなかろうか。いやこれからがピークなのか?人工知能を意識していなかったとしても、わたしたちは無意識で「人間として何ができるのか」を探っている。

 

人間みたいなものができてしまって、しかもそれが優秀だったら、わたしたちの「存在意義」とは、、、?となってしまう。そんな無意識の心配が承認欲求の高まりを引き起こしている。

 

「わたし」を見て欲しい、「わたし」に注目してほしい、「わたし」は存在しているんだ!という気持ちからスシローで醤油差しをペロペロしてしまう。こまったね。

 

人間の最終目的は「人間存在」の意味を知ること。もう最終目的を目指さなくてはいけないような時代が来てしまったのだ。どーする人間。

 

「人間存在」の意味を知る為には自分を深堀するのが近道。いちばん身近な人間なのだから。自分を深掘りするには、他者と自分を区別して、違いを探す。それが目的への第一歩。

 

目的へ近づく為には自分の存在を確立していく必要がある。平凡な存在、その他大勢の中にいる存在のままであったら、目的に近づくことができない。

 

近年全ての迷惑系に言えることだが、彼らはめんどくさいことをすっ飛ばしてSNSで自分と他者との違いを表現し、自己を探そうとしている。それは単なる「承認欲求」に思えるが、時代の流れを感じ取り「わたしという存在」を表現するための行為。ちゃんと目的達成を目指そうとしている。

 

とはいえ、それで目的に近づけるかというと難しい。迷惑なことをしても他者との違いにはならないし、一瞬の炎上で自分を確立することはできない。

 

自分を確立しつつあると自然と人が集まってくる。例えばyoutubeで生放送しているコレコレとか、twitterのガレソとか。彼らは暴露系と呼ばれ、炎上しそうな情報を発信することで人を集めているが、そうやって自分を確立しているからすごい。わかりやすい食物連鎖が起きている。

 

人間には個性というものがあって、他者との違いを探せば探すほど自分の個性が理解できる。他者とは違う個であることをどれだけ自己認識できるか。唯一無二の個だけが、最終的に「人間存在」の意味を知ることができる。

 

答えに辿り着けない人はいずれ「個」であることを捨てるだろう。そして機械のように生きる。だからこそ、時代を感じ取ることができていれば「自分を確立すること(人間存在を探ること)」に必死になるのは当たり前。

 

現代における「生存戦略」は『どれだけ自己を確立できるか』。金だけ持っていても意味がない。「影響力を持つ人」のふるまいに苦言を呈する人々がいるが、「個」ではないことを嘆いているようなもの。他者との違いを見出し表現することが出来なければ、その他大勢の中に溶けていくだけ。

 

全の中に溶けていくことも心地よいのかもしれない。個など必要とせず、思考を捨て、区別や分別がない境界線が曖昧な世界を漂うのもまたひとつの生き方だ。

ウィローパターンはうちゅう。

どーもー。きょうはあったかかったね。

 

 

このお皿の柄、ウィローパターンって言うんだけど、ふとこの柄について最近ちゃんと調べたら、うちゅうだった。

 

わたしがこの柄に出会ったのは、だいぶ前、たしか二子玉川に買い物行った時。「イギリス人がイメージする中国の柄」みたいな説明書きがあって、ニセ中国な感じが良いなあと気にいって平皿とボウルを買った。それからずっと大切に使っている。

 

17世紀ごろからヨーロッパ貴族の間で大流行したという中国風の品々。その中でも陶磁器は人気だったらしい。この流行を「シノワズリ(中国趣味)」と呼ぶ。

 

そんな流れがあって、イギリスで作られたのが「ウィローパターン」の食器。「ウィローパターン」とは「柳模様」との意。白地に青の模様だからブルーウィローとも呼ばれてる。この中国風の柄は一般家庭にも浸透した。「ウィローパターン」のはじまりについて引用させてもらう。

 

ウィローパターンは、19世紀初頭イギリスで、ミントンの創始者トマス・ミントンにより東洋由来の陶器を模して発案されました。その後、この図柄は多くの窯が真似をして生産し、ブルー&ホワイトの陶器に多く取り入れられました。

 

 

「古陶器鑑定法」の著者は柳模様の案出者をトーマス・ミントンとしている。スポード社の創始者、ジョサイア・スポードが1790年頃案出したとされることもある。トーマス・ターナーが1779年にイギリスの窯業の中心地スタフォードシャーに隣接する県、シュロップシャーのコーリーで作り出したとされる事もある。

 

 

このように調べてみると、ウィローパターンのはじまりはちょっと曖昧なのかも。イギリスの多くの窯がそれぞれこのウィローパターンの食器を出していた。江戸時代末期には日本にも伝わって制作され、輸出されていたとか。

 

ウィローパターンの特徴

・柳

・橋を渡る3人

・天空にいる二匹の鳥(はと)

・小舟

・お城(邸宅)

・りんごの木

・垣根

 

これらが描かれているのだけど、この柄のもとになった物語がある。長いのでこちらのブログをリンクさせてもらう。めちゃ簡単にまとめるとこんなかんじ。

 

権力者に娘を嫁がせようとするお父さんに幽閉された娘をさらう青年。結局捕まってしまって二人で命を断つ悲しい物語。けれど神様が二人を鳥に変えて、永遠の愛をくれた。

 

この物語は中国にもともとあったものではなく、ウィローパターンを売る為に作られた物語だとか!なんてことだ。

 

この物語「元型」そのものすぎる。「元型」とは心の根底にある人類共通のパターン。やはり男2人に女1人。娘は心(精神)。二人の男は、善と悪または過去と未来。死の先には永遠の命があった。

 

全ての時間軸がウィローパターンに描かれている。3人の人間、見えない死、二匹の鳥で表される永遠。垣根で囲われる世界。これぞマルチバース。

 

これは人間が「信じたい」物語。前の日記で西洋(外)に対する東洋は内(こころ)と言ったけれど、外で(イギリスで)考えられた物語が見事に「内(こころ)」を表現している。


ウィローパターンは宇宙であり心である。人間が「元型」からしか創作できないっていう証拠です。出どころが曖昧で、「中国っぽく」作られた物語ってのも「元型」らしさ。

 

ということで、えらく感動したので今年の誕生日に食パンのせるサイズのウィローパターン皿を2枚買い足しました!それが写真のやつー。1970年代に作られた、ジョンソンブラザーズってとこのやつ。

 

日本のニッコーが作ってたやつも欲しい。元々持ってたやつはバーレイ社の黒いウィロー。現行でウィローパターン作ってるのはここだけ。毎年誕生日には買い足して、これからいろんなの集めていこうと思います!

 

ちなみに、ポーリッシュポタリー(ポーランドの陶器)のピーコックアイ柄もすごく好き。マグカップと小皿しか持ってないからこちらも集めてゆきたい。

 

 

 

 

おいしいえんとろぴー。

どーもー。「パラレルワールド(マルチバース)」の記事が1ミリも進まないとき、えんとろぴーについて考え始めるとなんかちょっとやる気出てくるふしぎ。だとしても進まないのですが、、、

 

久しぶりに調べ直すと新しい記事が生まれている。このマクスウェルの悪魔についての解説記事わかりやすくてすばらしき。えんとろぴーについてまた調べはじめたらわけわからんくなってきた。ちょっと休憩。

 

低エントロピー状態を一定期間保ち続ける生物がエントロピー増大の原理の例外であるかどうかという議論は,この原理の確立以来活発になされてきたが,この点に関してオーストリア生れの物理学者E.シュレーディンガーは《生命とは何か》(11の44)の中で,生物は外界から負のエントロピーをとり入れることによって体内で増加するエントロピーを相殺するとした。しかし,エントロピーはその定義からして負値をとりえないため,その議論には難点があると指摘された。

負のエントロピー(コトバンク)

 

生物は「負のエントロピー」を外部から取り入れて、体内で相殺するからエントロピー増大から逃れている。「負のエントロピー」は「ネゲントロピー」ともいう。

 

「ネゲントロピー」で検索したら、シン・ウルトラマンに出てきたメフィラスはネゲントロピーを利用しているんだってさ。だから攻撃しても体力を消耗しないらしい。ウルトラマンは人間と融合しているから体力を消耗する。そーかそーか。メフィラスは「神」でウルトラマンは「現人神」だ。

 

神とは空想の生き物なのだけど、人間は現実の生き物。人間(生物)は半分神の機能があるからすごい。低エントロピー状態を保ちながら種を(全体を)存続させ個は滅びていく、半分神システム。だけどそろそろただの神になりたい気もするね。

 

ところで、マクスウェルって世界で初めてカラー写真を撮影したんだって!すご。

趣味の手芸。

どーもー。

 

趣味でつくってるものをメルカリShopsで売り始めました。売れたらいいな〜。

HAPPY PANTS(felt art & design)

 

 いっかいBASEで店を開いたんだけど、メルカリ使い慣れてるし同じアプリでできるので移行してみました。匿名配送がいいよね。



このロゴはむかし友人が作ってくれたやつ。かわいい。アメブロの枠が合う、、、

 

作って売ってるひとって偉い。わたしはがんばるのムリなので適当にやっていきたいと思います。つくるのは好きなので。