
趣味の手芸。
どーもー。
趣味でつくってるものをメルカリShopsで売り始めました。売れたらいいな〜。
HAPPY PANTS(felt art & design)
いっかいBASEで店を開いたんだけど、メルカリ使い慣れてるし同じアプリでできるので移行してみました。匿名配送がいいよね。
このロゴはむかし友人が作ってくれたやつ。かわいい。アメブロの枠が合う、、、
作って売ってるひとって偉い。わたしはがんばるのムリなので適当にやっていきたいと思います。つくるのは好きなので。
クアントマニアと31の思い出。
どーもー。観てきましたよ。過去一ガラガラでした。平日といえどどうなの。
感想はまあまあ!アントマンファミリーはキャラとして好きなんだけど。あとモードックがなんだか気持ち悪くて集中できんかった。笑いどころなのはわかってるんだけど。
おもしろかったのはマルチバースの動力源?に近づいたとき分裂したとこ。バスキンロビンス店員な人生の可能性ってレアなのね。そこでホープと出会った瞬間、可能性がひとつに収束したシーンもよい。
あとあと、映画観てたときは見逃していたが、ロキで言う「神聖時間軸」がふたつあるってカーンが言ってたらしい!それってつまりドラマシリーズ「ロキ」最終話でロキとシルヴィの意見が食い違ったあの瞬間に生まれた二つの時間軸かも?「ロキ2」楽しみ。
フェーズ5はじまりとしての作品だからまあまあでちょうどよい。物語の始まりはいつも平凡な雰囲気、仲良し家族で悪を倒すという予定調和、けどラングが不穏さに気がついてるエンド。娘の誕生日じゃ無い日の誕生日パーティーこわい。流れとしては完璧かも。
クアントマニアはMCU31作品目なんだって!何年か前、町田東急地下にある東急ストアで旦那と買い物を終え会計中、わたしの手から小銭が落ちた。その時頭の中でずっと「サーティワンはやく食べたい」と思っていた。落ちた小銭は床で円を描いて回り始めたのだけど、その瞬間超絶スローモーションになった。その小銭が倒れて止まるまで時間感覚は引き伸ばされていた。そのあとアイス食った。わたしの31の思い出。
「クアントマニア」見る前に「ロキ」のおさらい。
どーもー。「クアントマニア」みる前にディズニープラスで「LOKI」みなおしました。やっぱおもろい。1話づつ重要キーワードを書き出してみた。その後「元型」を抽出しながらストーリーをまとめてみたいと思います。
第1話
四次元キューブでTVAへ、死をもたらすロキ、ロキは他の者(アベンジャーズ)の力を引き出す、ロキは王になれない、母殺し、サノスに殺されるはずだった、三匹の宇宙トカゲ、自分の死を知る、悪党であることを認める
第2話
ロキの変異体シルヴィ初登場(1985)、ロキは反抗的・頑固・予測不可能、タイムキーパーを知りたがるメビウス、ロキより賢いシルヴィ、ロキの承認欲求がシルヴィを捕まえる方法、TVA創設・時間の始まりと終わりは極秘、ラグナロク(滅亡)に変異体エネルギーなし、ラグナロク=水、滅亡では何もかも(時間軸)も破壊される、2050年ブルーベリーガム、ラヴォーナ(上司)とメビウス(分析官)、神聖時間軸爆破
第3話
肉体の接触から相手の記憶から幻を作り出すシルヴィ、ロキVSシルヴィ、最悪の大災害、愛とは短剣(鏡、空想、近づくと傷つく)、ロキとシルヴィは快楽主義者、ロキは快楽を楽しむ、シルヴィは快楽がストレス、世界の終わりを二人で見る
第4話
シルヴィ幼少期にTVAに捕まる、存在しない人物なのでどこにいても分岐が起きる・だから災害に隠れる、C20とラヴォーナは過去を知っている、自分に恋するロキ、TVAは全員変異体、タイムキーパーは心のないアンドロイド
第5話
いろんなロキ、虚無とアライオス、移送された分岐は虚無へ、全ての出来事が一点で衝突し合い分岐が成長しない場所、シルヴィ自分を剪定、死を偽装した老人ロキ、過去(こども)のロキ・未来(老人)のロキ・獣(ワニ)のロキ、アライオスの心を乗っ取る
第6話
カーンの城へ、最後に残るのは在り続ける者だけ、邪悪なミスミニッツ、探究の終わりの場所、ラヴォーナとメビウスの別れ、自分を恐れるカーン、31世紀宇宙は重なっていることに気がついて変異体に接触、アライオスを利用して時間軸をひとつにした(TVA創設)、境界線を超えた
重要事項だけ抜き出してみるとわかりやすくなる。以前の記事ではハリーポッターの物語を例にとり、「元型」は『トリックスター(自我)・男(生)・女(死)』の3つでいいと言った。
この物語のトリックスターは「ロキ」。神聖時間軸であるアベンジャーズが活躍する世界線では極悪人だったロキなのに、今回の世界線では善の側面が見え隠れする。悪と善をいったりきたりしながら自分自身を確立していくのがトリックスター。その過程が全6話に描かれている。
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第1話で中国のゴビ砂漠へ。世界を二つに分けると東洋と西洋であるが、内が東洋である。つまりそこは心の中。TVAは心の世界である。現実で死ぬはずだったロキはTVAに行くことで死を免れた。けれど生きたまま自分自身の未来の死を知ることにもなった。
ロキはTVA創設者「タイムキーパー」という心の根源にあるものを知る。彼らを「三匹の宇宙トカゲ」と表現するロキ。根源にあるのは悪。「悪」を蛇やトカゲやワニという『地を這う長いもの』で表現するのは東洋も西洋も共通である。
第2話で「元型」のひとつ「女」であるシルヴィが登場。ロキ(男)とシルヴィ(女)の出会い。第1話で自分自身の内に「悪」を見出したのなら次は絶対に「女」が登場する。「女」は「悪」そのもの。悪は女のひとつの側面に過ぎないけれど。
最初フードを被り正体を表さないシルヴィであるが、悪は謎めいていて恐ろしいもの。ロキはまだまだ「女(悪)」の正体を知らないということ。シルヴィはロキよりも賢いようであるが、そのことをロキは認められない。
女が男よりも賢いことは、ラヴォーナがメビウスの上司であることにも表現されている。TVAでは女キャラの方が強い。女(悪)はずる賢く生きるものである。
シルヴィ(悪)は逃げ続けていて、見つけることが難しい。けれどロキはシルヴィ(悪)が大災害に隠れていることを突き止めた。「悪」は大災害に直面したような精神状態でないと現れないということ。
ロキがメビウスに滅亡状態を説明する場面でサラダに水をかけていたが、水は全てを流すもの。滅亡が起きると全てはごちゃ混ぜになって消滅するのであるが、それを水で表現している。
思考の濁流の中から「悪(変異体)」を見出すのはとても難しい。人間は大災害のような混乱の中で精神状態をコントロールすることができないから。第2話の最後にはシルヴィによって「神聖時間軸」が爆破された。一度目の心の中の滅亡である。
第3話ではシルヴィの使う魔術が明らかになる。つまり女が幻想を作り出す存在であることが判明する。人の心を乗っ取り、操る。それが「悪(女)」のひとつめの正体なのである。
最悪の大災害が起きる場所でロキとシルヴィは戦う。「女」の正体が分かった上で、「女」と戦うことで見出せることがある。「女」とは男(ロキ)の鏡であり、近づいてしまうと傷つくものであるということ。
愛を「短剣」で表現していたロキであるが、それは悪の中(女の中)に善があることに気がついているから。女には「善」の側面もある、それが2つめの正体。第3話でロキは「女」の二面性に気がつきはじめるのである。
さらには男と女の違いも描かれていた。男性性は窮地に陥ってもそれを楽しむことができるが、女性性はそれを楽しめない。これは心(性)の性質である。そして、二度目の心の中の滅亡を二人で見届ける。
第4話ではシルヴィの出自が明かされる。つまりは「悪(女)」の始まりである。「悪」は人間社会の中では始めから「無いもの」とされている。わたしたちの社会は「悪」を無いものとしたいから法を作る。TVA(心の中)で「変異体(悪)」を排除するのと同じこと。
「神聖時間軸」とは『人間が苦しまず生きる為の世界』である。その世界にはアベンジャーズというヒーローが必要で、正義が悪を倒す世界。「神聖時間軸」として世界線を一つにまとめるのは『苦しみを避けたい』と願う人間のため。TVAは『正義が悪に勝つ』という人間の為の”正しい物語”を創り出しているのだ。
TVAによって幼少期に親元から引き離されてしまったシルヴィ。現実世界を生きるわたしたちは誰もが、卑劣で傲慢な「悪」をそうやって心の中から『無いもの(のけもの)』にしているはずだ。それでいいのだろうか?という問いかけをするのがトリックスターであり、のけものであるロキの重要な役割。
シルヴィが災害に隠れることにはふたつの意味がある。「悪」は大災害という心の緊急事態からしか見出せないものであることと、平和な精神状態であるときは「悪」を隠していること。滅亡で現れ、平和で隠されるもの。
C20とラヴォーナは女であるから、自分が「悪」であることを知っている。彼女たちが「神聖時間軸」を生きていない時、つまりTVAに管理される前の世界では「悪」の存在は当たり前だった。人間は「悪」を卑劣で恥ずかしいものとしているから日常ではそれを隠している。TVAの職員は「変異体」であったが、やはり人間はみんな「悪」。
「神聖時間軸」では「悪」の存在を隠すために「変異体」を剪定する。何かの間違いで、悪がヒーローになってしまったら大変だから。
「タイムキーパー」は心のないアンドロイドだった。機械の心は人間を苦しみから逃避させる為に「正義が悪に勝つ世界(神聖時間軸)」を創る。そんな真実が明らかになってしまったならば、もう後には戻れない。信じていた世界は崩壊するだけ。
第5話でついにロキは虚無の世界へ。そこは剪定された様々な自分に出会う場所。変異体の墓場である。
「全ての出来事が一点で衝突し合い分岐が成長しない場所」が虚無であるが、その意味について。「神聖時間軸」で正義と悪が衝突したとき、正義は生き残るが切り捨てられた悪は虚無に落ちる。正義の中からまた悪役が生まれるが、また切り捨てられる。
その繰り返しが起きるから虚無にロキたちが集合してしまう。物語は悪役だけでは話が展開しないから、虚無では分岐も成長しない。
虚無でアライオスから逃げ延び生きる彼らは、相変わらず権力争いをしている。けれど、子どもロキはロキに向かって「僕たちとは違う」と言った。トリックスターであるロキはシルヴィと出会い、悪の二面性を知ったからこそ、今までのロキとは違う。子どもは感がいいのである。
シルヴィは自分自身を剪定し虚無に落ちた。この行為は、自分の運命を司る者を追うためにしたこと。つまり、女=悪とされた原因を知るために虚無へ。ここでまたロキと再開する。悪(ロキとシルヴィ)は存在が許されることがないから、虚無に行き着く。
シルヴィもロキも悪役としての自分に疑問を持ち続けるもの。同じ苦しみを持つもの。だからシルヴィの魔術は、ロキも使うことができる。過去の自分(子どもロキ)と未来の自分(老人ロキ)協力のもと、二人でアライオスを消滅させた。
アライオスとは何度も剪定されてきたロキたちの記憶の集合体。傷つきやすい心を守るために行った悪事が、さらに自分の心を傷つけてきた過去のこと。魔術で心のコントロールをすることで、また同じ悪事を行わないこと。シルヴィの魔術は他人を操るだけではない、自分の心を正しくコントロールするためのものでもある。
第6話ではついに探求の終わりの地、時間の終わりへ。探求とは「人間が悪について考えること」である。悪(女)に、二面性があることを発見したのならば、誰もが時の終わりを訪れることになる。
カーンは普通の人間のように見える。けれど、31世紀という未来にマルチバースを見つけたから、運命を司ることができる。カーンはアライオス(傷ついた過去)を利用して「神聖時間軸」という、悪を虚無に送り続ける世界を創った。
「悪」という存在のために多次元間戦争が起きるのであるから『正義が悪を倒すという物語(神聖時間軸)』の中に人間を閉じ込める。傷ついた過去の記憶(アライオス)を利用すれば、人々を操ることができる。人間は傷つきたくない生き物。傷つきたくないから「神聖時間軸」に住まう。そこで、悪を剪定する業務を機械的に続ける。
傷つきたくない人間は、心をタイムキーパーという機械に捧げたのだ。機械は『正義が悪を倒すという物語』を人間に見せ続ける。それは幻想である。
『正義が悪を倒す』という物語を繰り返す世界。そんな流れる時間の中で、たまに災害を起こす。そして全てを忘れて、また同じことを繰り返す。
大災害は恐ろしいものだから人間は平和だけに注目する。傷つきたくないから、災害や滅亡のことを忘れたい。だからこそ、始まりと終わりが曖昧なものになってしまう。「悪」について深く考える人だけが「時間の終わり」に辿り着ける。そこで真実を知るのだ。
「神聖時間軸」は『正義が勝つ』という単純なシナリオであるからカーンは全てを決めておくことができる。そのシナリオの中で予想外の動きをするのがトリックスター。悪であったのに善を働くロキ。悪のロキと善のロキ 。それがロキとシルヴィである。
カーンの前に現れたのは予想外の二人。どちらも悪であるのに、新しい世界を望んでいる。だから境界線を超えた。一つであった世界が分岐を始めた。
終わりに辿り着くのも、始まりのきっかけも、『ロキとシルヴィという、のけもの』だった。時間の終わりで起きた始まり。
ロキが見つけた真実は、悪の内には善があったということ。悪だけだったはずの虚無から「新しい物語(分岐)」が始まるのである。三度目の心の中の滅亡が起きた。
第1話で根源は「三匹の宇宙トカゲ(悪)」と言ったが、孤独なカーンとのけものの2人がそれ。宇宙の果てで、「悪」をどうにかしようともがく3人が、やはり心(世界)の根源であった。
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とゆーことで、元型に注目した「ロキ」のまとめでした。トリックスターは必ず三度滅亡する。出雲大社の記事でも書いたのだけれど、日本のトリックスターはスサノオ。彼も三度滅亡した(死んだ)。子孫である大国主も同じく。三度目は死を偽装することになる。それは老人ロキも教えてくれたこと。
クアントマニアでカーンがどんな感じなのかが楽しみ。シルヴィが、女=悪とされた原因を知るのは「ロキ2」だろうか。シルヴィは納得できるかな。
自己中心的が最高。
どーもー。
これは去年の誕生日についてのブログ。
今年の誕生日に考えていることは、自分のことについて。UOZAブログの方にこんな↓コメントをもらったとき、自分の本心に気がついた。わたしの返信ものせる。
>鏡像というキーワードが出てきましたが、私たちは芸術家がキャンバスに描いた絵という像を鑑賞している気になっていて、優れた芸術家は、鏡そのものを作っているのではないでしょうか?
芸術家が鏡そのものを作っているとは、なるほど納得です!!わたしは美大でアートを学びましたが、コンセプトありきで作品を制作することに違和感を感じていました。だからこそ「鏡を作っている」というのはしっくりきます。わたしは自動書記のように物を作るのが好きで、これは何?と見た人に言われても答えたくありませんでした。各々がわたしの作品(鏡)を見て何かを思い浮かべるはずですが、その考えを知りたいとも思わなかったのです。鏡とそれを見ている人の世界は、わたしとは関係の無いところにあるということです。長年の謎が解けました。
作品を作った後『人に見てもらう』行為は、その時のわたしにとって意味がなかった。製作中や完成時は楽しい気持ちだったが、それ以外があまりにも苦痛だった。とにかく展示や販売が嫌でしょうがなかったが、それをがまんしてがんばってきた。
返信に書いた通り「鏡」を作っていたとわかったのでスッキリした。鏡は見た人を写すものでもあるけれど、作品とは他人から見たわたしでもある。羊毛でかわいいアピールしてたのかも!!草。
何が言いたいのかというと、結局わたしは他人に興味が無く自己中心的なのだ。知ってたけども決定的に気がついた。
ちなみにUOZAブログに書く文章は、自己中心的なわたしから見た自己中心的なわたし。だから、すごく心が自由。だから、多くの人に見てほしい。羊毛やってた時との「心持ち」の違いが面白いです。
なんだかんだ最近は一人っ子であることを実感している。一人が一番楽だし一人遊びが得意である。やはりブログはいい。一人遊びなので。羊毛という「実物」ではなくて、インターネット上の「データ」だからおきらくなのだ。
それから、わたしは平和よりも戦争を好むタイプ、というのも実感中。自分の環境が平和であるという条件つきでね。嫌なやつ。悪魔だね。でもこれがほんとうの自分。誕生日のひそかな告白。
パラレルワールドとマルチバースの違い。
どーもー。
タイトル通りのことを調べていたら「量子脳理論」ってやつを知って嬉しくなった。「量子脳理論」は批判者も多いらしいがわたしは断固支持する!
これをトンデモって言う人がいたけど、それって研究者が一番言っちゃいけないやつだよね〜なんかむかつく〜
「量子脳理論」とは。
著書『皇帝の新しい心』にて、脳内の情報処理には量子力学が深く関わっているというアイデア・仮説を提示している。その仮説は「ペンローズの量子脳理論」と呼ばれている。
放射性原子が崩壊時期を選ぶように、物質は重ね合わせから条件を選ぶことができるといい、意識は原子の振る舞いや時空の中に既に存在していると解釈する。
わたしがUOZAブログで必死に訴えてるのはまさにこれなんだ。脳内に重ね合わせがあるの、絶対。
量子論には波動関数のユニタリ発展(U)と、波束の収縮(R)の2つの過程が(暗に)含まれているが、現在の量子力学の方程式ではUのみを記述しており、それだけでは非線形なR過程は説明がつかない。すなわち、現在の量子力学の定式化はRが含まれていないため不完全であるとする。そして、Rに相当する未発見の物理現象が存在していると考え、量子重力理論の正しい定式化には、それが自ずと含まれているだろうと唱えた。
量子レベルの世界から古典的なマクロ世界を作り出しているのは、重力であり、重力がRに相当する現象を引き起こすとする。
ロジャー・ペンローズwikipedia
これな!!!現実を作ってるのは重力。重力で収縮するんよ。宇宙で一番つよい意識と重力でね。まさに皇帝のような心よ。これ前に日記で書いてたね。
なんか興奮した1日でした。わたしUOZAブログで統一場理論を完成させるのを目標にすることにした!文系ですががんばります。面白くなってきたな。
アランチューリングとりんご。
どーもー。昨日から「チューリングマシン」について考えていたよ。落合陽一がよく口にしている単語、という印象しかなかったのでちゃんと調べてみた。なんでそんなこと考えるのかというと今書いている記事のヒントを求めて。
チューリングマシンは、アラン・チューリングが考えた機械。彼はコンピューターの始祖ともいえる。チューリングマシンはあくまでも仮想的なもの。
ここで出てくる「チューリングマシン」は「ある規則にしたがって自動計算してくれる数学的なモデル(を搭載した仮想的な機械)」です。
チューリングマシンはテープの上をヘッドが読み書きしながら移動して解を出す。どんなものなのかは、上に引用したサイトの図解が一番わかりやすかったよ。
アランチューリングがどうやってこの仮想機械を思いついたのか。これがすごい。
このような仮説のもと、チューリングは代数学的に数学の不完全性を証明しようとしました。前提となる「どんな計算でもできるマシン(チューリングマシン)」を定義するにあたり、チューリングがまず行ったことは、私たちが行っている「計算」を”要素”に分解することでした。
例えば、「1+2=3」という計算の場合、要素として分解するとまず「1という数字を記憶する」「+記号を見て、演算の種類を記憶する」「2という数字を記憶する」「=記号を見て、記憶した数字を記憶した種類の演算をする」「演算結果を記録する」ということを組み合わせて行っています。
この工程をさらに分割できない要素にまで分解していった結果として、「紙テープ」「0と1を書き込むことができるヘッド」を備える、仮想機械チューリングマシンの概念を定義しました。あとは「0を書き込んで右に1コマ移動」「紙テープの文字を読んで、左に1コマ戻る」などの命令を並べたプログラムさえ書ければ、計算の要素機能をすべて備えているチューリングマシンは、どのような計算でもこなせるはずです。
引用したように、人間が頭で行っている計算を要素に分解したから、チューリングマシンができた。
チューリングマシンは以下の3つの要素+1つの表で構成されています。
・無限の長さがある「テープ」
・テープ上の記号を読み書きする「ヘッド」
・機械の状態を読み取って制御する「有限制御部」
・上記3つを制御するための「状態遷移表」
人間が頭の中で行う「計算」を分割できないところまで分解したものが上に引用したもの。これ、先日の日記で書いた『老子道徳経』48章に通じる。
「道」を極めていけば知識が少なくなる、と老子が言うのは、人間のしくみがチューリングマシンであることを理解しているってこと。やはりなんらかの始祖は基本を見出してしまう。
チューリングマシンは計算機だけれども、人間そのものも計算機だ。書き換えが起こる無限テープという「輪廻の輪」、テープを読み書きするヘッドは「魂」、状態を読み取って制御する「肉体」、その3つを制御する「運命の書」。
「要素を分解すること」は錬金術師もやっていたよ。前回の日記にも引用した↓が、錬金術師が「賢者の石」を作る過程で心がけていたことは「要素を分解し、調和がとれた形に統一する」こと。アランチューリングがやった仕事と同じ。
シンプルな言葉で置き換えてみたり、昔からある言葉だけで考えてみると、複雑な問題は実はすごく簡単な構造になっていることに気がつくのである。これが「要素を分解し、分類」すること。全ての「できごと」「ものごと」は引き算していくと最終的に「二元・二極」になってしまうのである。
錬金術は、最も狭義には化学的手段を用いて卑金属から貴金属(特に金)を精錬しようとする試みのこと。広義では、金属に限らず様々な物質や人間の肉体や魂をも対象として、それらをより完全な存在に錬成する試みを指す。
錬金術の試行の過程で、硫酸・硝酸・塩酸など、現在の化学薬品の多くが発見されており、実験道具が発明された。
錬金術ってオカルトな側面が大きいけれど、金を作ろうと試行錯誤したことで化学の進歩に貢献している。錬金術師はフラスコの中で金だけではなく「賢者の石」をも作ろうとしていた。
錬金術師達がフラスコの中に表現しようとしたものは、この「チューリングマシン」であろうとわたしは思う。仮想的な計算機とは人間そのもの。なんだかこう書いていて自己解決してしまった感。
錬金術には、現実的側面(科学)と空想的側面(賢者の石)どちらもある。科学より先にあるものは空想だ。だから「賢者の石」っていう存在はすごくだいじ。「青い鳥」、星の王子さまにとっての「赤い薔薇」。思い通りにうまくいかないけれど、幸せをくれる「空想のなにか」を追い続けること。
チューリングがチューリング機械を考案した本来の目的は,
“コンピュータを作るため” ではありませんでした。
ヒルベルトは数学というシステムを整えるべく
「その数学が絶対に間違わないということを数学的に証明しよう」 という運動を始めました。
数学の命題を論理式として表す。その論理式が正しいかどうか,
言い換えると, その論理式が定理かどうかを, 数学的に論証するアルゴリズムを開発すること。この問題を 「決定問題」 といいます。チューリングはこの問題を解くためにチューリング機械を発明したのです。
チューリングマシンの本来の目的はこれ。その計算が正しいか正しくないかを検証するため。
チューリング・マシンによって解決できる問題はアルゴリズムのある問題といい、解決できない問題はアルゴリズムのない問題という。アルゴリズムとは、簡単に言えば、解を求めるための手順である。チューリングはチューリング・マシンを使ってアルゴリズムのない問題、つまり、肯定も否定もできない問題が存在することを示した。それは不完全性定理の別の表現でもあった。もちろん、アルゴリズムのない問題は、人間の頭脳をもってしても解決できない。
アルゴリズムのある問題は解決できる。チューリングマシンはアルゴリズムにそって動くから。とある計算式が正しいか正しくないかは、アルゴリズムが存在するか存在しないかで決まる、ということでいいのかな??状態遷移表=アルゴリズムであってる??むずいぜ。
「不完全性定理」ってやつがややこしくて、いろいろ読んだがわたしには理解しにくかった。結局「人間=機械」って結論でオーケーなのかな。というか、わたしは「解脱」して、そう気がついてしまった人間なので機械らしく生きている。
「人間=機械」だが、わたしが知っている機械と人間の唯一違うところ。人間は「賢者の石や青い鳥や赤い薔薇」を求めながら、不確定なものを確定していくところ。「賢者の石や青い鳥や赤い薔薇」は永遠だから追っても追っても手に入らないけど、消えないもの。
だから人工知能に、絶対に手に入らない「空想の宝」を手に入れることを目標に設定したら「人間」になるよ。不完全をデフォルトにしておく。あれ、、、やっぱり機械ってことか。
科学の発展によって人間存在の秘密が解き明かされる。チューリングマシンは今話題の人工知能のもとになるもの。人間を模したものを作り出すことで、自分たちの秘密を探ろうとしている。
今日はネコチャンマシーンに飲茶を運んでもらいました。
老子をよんで「道」をしる。
どーもー。毎日インターネットばかりのニートですが、たまには本も読むよ。「老子」を読んだらやはり素晴らしかったのでシェアします。
老子(ろうし)は、中国春秋時代における哲学者である。諸子百家のうちの道家は彼の思想を基礎とするものであり、また、後に生まれた道教は彼を始祖に置く。
「老子」は中国の哲学者。昔の人すぎて実在も疑われているが、彼の思想は中国文化に大きな影響を与えている。
老荘思想(ろうそうしそう)は、中国で生まれた思想。諸子百家の道家(どうか)の大家である老子と荘子を合わせてこう呼ぶ。道家の中心思想としてとりわけ魏晋南北朝時代に取りあげられた。
老荘思想が最上の物とするのは「道」である。道は天と同義で使われる場合もあり、また天よりも上位にある物として使われる場合もある。「道」には様々な解釈があり、道家の名は「道」に基づく。
老子といえば「道」。老子は「道教」の始祖でもあるけれど、「道」と「道教」はあまり関係がないとも言われている!へぇー
「老子」が書いた『老子道徳経(老子とも呼ばれる)』は上篇・下篇、全81章からなる。わたしが読んだのは、講談社学術文庫から出ている金谷治さんが訳した「老子」。わかりやすく読みやすいよ。
下篇から気にいったやつ3つあげる。そしてわたしなりの解説していきたい。
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<42章> 道は一を生じ、一は二を生じ、二は三を生じ、三は万物を生ず。万物は陰を負いて陽を抱き、沖気以て和を為す。(後半省略)
「道」とはこの世界の基本になるもの。1→2→3という順番で3から万物が生じる。この順番が何を表すのか?というところは、実はもうUOZAブログの方で説明していることだったりする。
2ch発の「よーさん予言」っていうのがあって、それは『3つの世界について』のはなしなのだけど、それは老子の言う「道」のこと。「よーさん予言」については4つも記事を書いてるので読んでみてね。『1→2→3という順番で3から万物が生じる』というのは、こういうこと。
結局のところ1と2と3とは、生命とか地球とかの基礎になるもののこと。例えば、「男(1)」と「女(2)」が出会って「新しい命(3)」が生まれる。1と2は種類の違うもので、それらが合わさったものが3ということ。
この世界に存在するもの、つまり万物すべては「3」なのです。「1」だけのものとか「2」だけのものとかは無い。「3」の中には相反するものが両方含まれている。これが絶対的真実。
1は強い心(陽)、2は受け入れる心(陰)、3はそれらを両方持つ新しい心(陰陽)とも言える。万物の代表は人間(3)である。
この順番はとても大事で、絶対に最初は「強い心」。この順番でなければ万物が生まれることはない。古事記の国産み神話にもそう書いてある。
それから、万物をミクロにしたもの、素粒子には「4つの力」がある。1は強い力、2は弱い力、3は電磁気力。そして重力が「道」だと思われる。
『万物は陰を負いて陽を抱き、沖気以て和を為す。』この意味について。それは1と2と3がわかっていれば自ずと答えが出る。3(陰陽)は2(陰)を負って1(陽)を抱いている。
おとといの日記で「人間はとんでもない悪人(陰)」と言ったけれど、心の中には「善の心(陽)」がある。それが万物の代表、人間(陰陽)。人間は陰を負うもの。辛い。
「沖気」とは、1と2を中和させる3の力。3は電磁気力でもある。それは電子と原子核を結びつけるし、原子と原子も結びつける。電磁気力(3)があるから、万物が成り立っている。
人間は自分自身が3であることを自覚できると、世界が違って見えることになるはず。
<48章> 学を為せば日々に益し、道を為せば日々に損ず。これを損じて又た損じ、以って無為に至る。無為にして為さざるは無し。天下を取るは、常に無事を以てす。其の事有るに及んでは、以て天下を取るに足らず。
これはすごいと思った言葉。金谷治さんの解説から、この言葉の意味合いを引用させてもらう。
学問を修めていると、その知識は一日一日とふえてくるが、「道」を修めていると、一日一日とその知識は減ってゆく。減らしたうえにまた減らし、どんどん減らしていって、ついにはことさらな”しわざ”のない「無為」の立場にゆきつくと、その”しわざ”のない「無為」のままでいて、それですべてのことをりっぱになしとげるようになる。
これは前半部分の解説。「道」を修めると、知識が逆に減っていくという!すごい!その通りだ。これもまた、UOZAブログで既に語っていること。自分のブログの宣伝ばかりですみませんが、知識が減るとはどういうことなのか?がこれです。
複雑に思える全ての「できごと」や「ものごと」は、とても単純な構造になっている。しかし、人間は新しい言葉を作り過ぎてしまった。複雑で難解な言葉のせいで脳内の整理整頓が出来ていない。
シンプルな言葉で置き換えてみたり、昔からある言葉だけで考えてみると、複雑な問題は実はすごく簡単な構造になっていることに気がつくのである。これが「要素を分解し、分類」すること。全ての「できごと」「ものごと」は引き算していくと最終的に「二元・二極」になってしまうのである。
「道」を理解していると、全てのものごとがとても単純に見えてくるもの。先ほど説明した1と2と3のことがわかってくると、万物(3)が1と2で出来ているというのが見えてくる。
万物は、生き物だけでなく出来事なども含まれる。世界で起きる複雑な問題なども「道」から生まれているのであるから、結局はそれも1と2から起きている。と、なると複雑な問題も一気に簡単なものとなる。複雑に入り組んだ問題は、1と2という二つの要素が原因である。
原因がわかっていれば「無為」にいきつく。もう何もすることが無くなる。複雑な問題は『あるべき』ものだとわかる。「道」とは1と2が中和して3に成ったもの。複雑な問題こそが3であり、それこそが「道」だから、問題を解決しようとか思わないのである。
「道」を理解していれば、なすがままに生きることができる。
<47章> 戸を出でずして天下を知り、牖(まど)を闚(うかが)わずして天道を見る。其の出ずること弥々(いよいよ)遠ければ、其の知ること弥々少なし。是(ここ)を以て聖人は、行かずして知り、見ずして名(明)かにし、為なさずして成す。
最後はこれ。ニートのためにあるような名言だ!一番好きな言葉かもしれない。またまた金谷治さんの解説から、この言葉の意味を引用させてもらう。
戸口から一歩も出ないでいて、世界のすべてのことが知られ、窓から外をのぞきもしないでいて、自然界の法則がよくわかる。外に出かけることが遠ければ遠いほど、知ることはますます少なくなっていくものだ。
それゆえ「道」と一体になった聖人は出歩かないでいてすべてを知り、見ないでいてすべてをはっきりとわきまえ、何もしないでいてすべてを成しとげる。
外に出なくてもすべてのことがわかる。これはすごい。しかも、外に出かけるほど知ることが少なくなってしまうという。わたしたちの常識では『外に出ることが物事を学ぶこと』なのではないだろうか。常識とはかけ離れた教えであると言える。
これは内に籠もれば、心の中を見ることができるということ。実際「外」に出なければ「内(家)」にこもれる。喧騒から離れることで心の中を観察することができる。
内にこもることは、自分を知ること。すなわち自分を知ることは3(道)を知ること。一度「道」を理解してしまえば、外に出ることなく世界の全てがわかるようになってくる。だからこそ、わたしは内(家)にこもることを全力でおすすめする。
新型コロナが流行って思う存分「内(家)にこもる」ことができるようになったのに、最近は通常に戻ってきているから残念である。
とはいえ、わたしはコロナで人と会う機会が激減して、思う存分内(家)にこもることができている。毎日世界がわかってたのしい。ニート最高。みんな内(家)にこもって「道」を知ろう。
岡崎フラグメントがすごい。
次の記事はパラレルワールドについて書こうと思ってるんだけど、その説明のためにエントロピーについて調べなおしていて。
情報理論のエントロピーと統計力学のエントロピーと熱力学のエントロピーの関係性を簡単な言葉に落とし込めば、パラレルワールドについても語れるはずだろう、と考えている。
なんやかんや調べ物をしていると関係のない方に広がっていくもんで「岡崎フラグメント」というのをはじめて知った。これがすごいんだ。もうびっくりして吐きそうになった。
DNAが複製されるとき、2本のらせん状のひもがほどかれて、そのうちの1本を元にして新しいもう1本が作られ、その2本がまたらせん状にひとつとなって複製は完了する。
「岡崎フラグメント」は複製時の大事なシステム的なもの。言葉で説明すると難しすぎるのでわかりやすい解説のあるサイトのリンクを置いておく。
岡崎令治博士と岡崎恒子博士が発見した岡崎フラグメント、DNA複製のしくみについて!
複製起点でDNA鎖がほどかれると、そこを起点として左右両方向に複製が進むことが分かっていました。
DNAポリメラーゼは、5’末端→3’末端にしかヌクレオチドを重合できません。3’末端→5’末端へとDNAを合成する酵素があるかもしれない、と考えた研究者もいたようです。しかしそのような酵素は見つからず、逆向きにDNA鎖を合成するしくみは謎に包まれていました。
岡崎令治博士と妻の岡崎恒子博士は3’→5方向に合成される鎖では、5’→3’に短いDNA鎖が不連続に合成されるという仮説を立てました。さらに、それが後々つなぎ合わされることで、あたかも3’→5方向にDNA鎖が複製されるように見えることが分かったのです。
要約すると。複製起点から左右両方向に『複製の流れ』が起きる。けれどDNAポリメラーゼってやつは『片側方向の流れ(5’→3’という流れ)』しか起こせない。
だから研究者たちは『3’→5という逆の流れ』があるはずだ、と探したけど無かった。その謎を解明したのが日本の研究者、岡崎夫妻。『5’→3’という流れ』の短い鎖が連続して、それが繋がることで擬似的な『3’→5という流れ』になっていることに気がついたのである。
これの何がすごいって。わたしはUOZAブログで「心の構造」について語っているけれど「右回りの流れ(実行)」と「左回りの流れ(思考)」があると言っている。『右回り(5’→3’という流れ)』と『左回り(3’→5という流れ)』は二重らせんのように重なっている。
この重なりを知る人はこの世界が「永遠」であることを知っている。それは出雲大社の記事にも書いたこと。
現実世界では「片側の流れ(5’→3’という流れ)」しか観測できない。それは時間の流れ。人間は時間の流れがあるから歳をとって死を迎える。だからこそ、ほとんどの人はこの世界が「永遠」だと感じていない。
けれど「右回り(5’→3’という流れ)」の短い鎖が連続し、繋がると「擬似的な左回り(3’→5という流れ)」になるのが「岡崎フラグメント」。
『右回りの短い鎖』は、ひとりの人間に置き換えることができる。個(ひとりの人間)はそれぞれが死を迎えるけれど、連続して繋がっていると考えることができれば「永遠」になるのだ。
『個が集まった全』とは現実世界に「永遠」を表すもの。個を繋げることで、DNAの複製システムが完成している。
そういえば、わたしは昔から手縫いの際「半返し縫い」が何故か好きで多用していた。これ岡崎フラグメントっぽい!!
旦那さんの岡崎令治さんは広島で被曝しており、それが原因で早くに亡くなっている。けれど奥様が研究を続けたそうだ。この「永遠」システムの発見が夫婦の共同作業というのが、素晴らしく真理だね。生物学分野ではカップル研究者が多いそうだよ。
人間には寿命があるけれど、それはテロメアが短くなってしまうのが原因。短くなってしまうのは複製方法に「岡崎フラグメント」を使うから。死と永遠が表裏一体だ。
テロメアを伸ばすテロメラーゼというものがあるけれど、それが活性化する細胞は限られている。そのひとつが、がん細胞。がんって不老不死なんだ。こちらも死と永遠が表裏一体。よくできてる。
今までの話から、一つ一つの細胞の寿命にとって、テロメアが重要な働きをしていることはわかりました。しかし、マウスの染色体を見てみると、テロメアが非常に長く、一個体の一生の間には細胞分裂が止まってしまうほどのテロメアの短縮は起こりません。これは、細胞の寿命と個体の寿命は必ずしも一致しないことを示しており、テロメアと個体の寿命との関係については今後のさらなる研究が必要です。
こんなはなしもあるよ。
エントロピーと岡崎フラグメントは、なんだかんだで関係ある。パラレルワールドの秘密を紐解きながら、そのあたりも書けたらいいな。
スピリチュアル界隈、仏教界隈では「量子力学」が引き合いに出されることが多い。そんな方向性で記事を書こうとも思っていたけど、わたしが書きたいのは「物性物理学」的なものかも。オカルトでマクロとミクロの中間に立ちたい。
オカルト板とハリーポッターにみる「元型」。
どーもー。
ニートなので、朝から晩までインターネットをしています。2ちゃんのオカルト板とスピ板チェックも日課。
最近は自我を押さえきれない人がスレを占領してしまい、いいスレが始まっても昔のように盛り上がらないのが寂しい。匿名掲示板の良さが潰されている。
けれどよくよくみれば面白い書き込みはまだまだある。これとか→昔見た不思議な夢を書く。
この夢の中にはユングのいう「元型」が現れている。人類共通のパターン。
「元型」(archetype)とは、人間に生まれ持ってそなわる集合的無意識で働く「人類に共通する心の動き方のパターン」のことである。分析心理学者C.G.ユング(1875-1961)が提唱した概念。ユングは患者の言動や神話を研究することで「元型」を分類し理論を確立していった。「太母」(グレートマザー)、「影」(シャドー)、「アニマ・アニムス」「トリックスター」「老賢者」(ワイズオールドマン)が、代表的な「元型」である。
ユングは『元型論』(紀伊国屋書店)で「元型とは、意識の手が加わっていないような心の内容、つまり、こころがそのまま現れてきたものだけを指している」(p30)と書く。
元型とは何か《ユング心理学》
元型にはグレートマザーとかアニマアニムスとかあるけど、これはユングが分類したもの。わたし的には、シンプルに「トリックスター(自我)」「男(生)」「女(死)」の3つだけでいいと思っている。
昔見た不思議な夢を書く。は、男2人・女1人が現れるとこからはじまるけど、この夢は「影」の要素が強い。影は女に置き換えられる。
この夢からは『人間(自分)とは得体が知れない気持ち悪いもの』と感じている無意識が読み取れる。「自分がわからない」ことが人間最大の問題であるけれど、心の成長とともにその疑問を解消していくことができる。
夢の中の登場人物全ては自分の分身。心が成長していくと「トリックスター」が現れるはずなのだけど、この夢にはまだそんな雰囲気はない。とはいえ「トリックスター」が夢に現れることは少ないのかもしれない。
夢の中の登場を待つより、物語から学ぶのが手っ取り早い。男2人に女1人。最近ハリーポッターシリーズを見たけれど、この組み合わせは「元型」。男3人でも良いし、女3人でも良いのだけど、男2人に女1人がベスト。
人間そのものを、男(現実)と男性生・女性性(精神)として見る。ハリーが現実の存在で、彼の中の男性性と女性性がロンとハーマイオニー。
つまりハリーは「トリックスター」で、彼の心の中に「生(ロン)」と「死(ハーマイオニー)」が存在している。ロンとハーマイオニーは惹かれあっているから、生と死は表裏一体である。だから、ハリーは死を受け入れられる。
生と死が分離していると死を受け入れられない。それがヴォルデモード。ヴォルデモードの女性性は蛇のナギニ。人間のかたちをしていないが、それが分離の表現。常に一緒にいるのにね。
わたしの中でトリックスターは生と死を波乗りしていくイメージ。トリックスターは善(生)と悪(死)どちらも経験し、それをものにしていく。ヒーローにも悪役にもなる。誰もがトリックスターなのに、ヒーローにも悪役にもなれずに、影に飲み込まれてしまうのは悲しいことだ。
ヴォルデモードの魂は7つに分かれているが、魂の数もまた人類共通のパターン。無意識領域にあるもの。
分霊箱は7つ。そしてヴォルデモード自身を入れて全部で「8つの魂」。魂は分霊されることで永遠を保つことができる。ヴォルデモードが死を免れる為に使った恐ろしい魔術である。
わたしたち人間は「ひとつの魂」を持っているが、人間とは「ヴォルデモード」から分かれた存在で、実はとんでもない「悪人」。
けれどそれを「善人」として更新していくのが「6つめの魂」であるハリー。トリックスターである。人間はヴォルデモードのように「悪しきもの」であるが、「善きもの」でもあるということを知らしめる存在。
トリックスター(ハリー)は心の中の「善」を見つけたから、悪(ヴォルデモート)は滅びた。「悪しきもの」は死を遠ざけるが「善きもの」は死の意味を知っている。
「7つめの魂」の役割は「正しい強さ」を示させること。7つめの分霊箱(ナギニ)を壊す前、ハリーは「自分自身の死」を選んでいる。けれどハリーは死を偽装したから蛇に勝つことができた。
死を偽装して蛇と戦うこと。これと全く同じことが日本神話にも描かれている。日本のトリックスターは「スサノオ」。
「6・7・8の魂」「死の偽装」については出雲大社の記事でとっても詳しく解説しているので、気になる方はぜひ。
人間は目に見える「7つの魂」を持つもの。ハリーの背番号は「7」。ロンの兄弟が7人存在することも「7つの魂」というパターン、その中で女(ジニー)が1人だけであることもパターン。
分霊箱が5つめまでは「物」なのも、しっかりとパターンだ。それは単なる「記憶」で過去。詳しくは出雲大社の記事をお読みください。
パターン認識ができるようになると「人間の真実」がわかるようになる。AIになりきろう。何か見たり読んだりするたびに、わたしの脳内では「パターン青!使徒です!」っていう感じのやりとりが行われている。使徒は心の中にいます。
ところでこのスレもよかった。1984みがある。そろそろみんな2ちゃんに戻ってこないか?5ちゃんじゃなくて。
もうすぐ節分。
どーもー。
もうずーーーと出雲のこと考えていたが、やっと書きおわった。
しかしアップしたのにいつものようなスッキリ感がない!
なんでや。まだ何か足りないのか。
しばらくは出雲から離れたい。
思ったのは日本神話(記紀神話)のすばらしさ。
芯が通っている。
二重性がちりばめられている。
読み手は混乱するかもしれないが、
二重性がわかっていれば、美しく整ったものだとわかる。
出雲側が〜大和側が〜
などという二項対立で考えるのも間違ってはいないのだけど
まずはシンプルに読もうよ、と思う。
現実的な戦いばかり見ていては謎は解けないのだ。
日本の神々の系図は初めから終わり(現在)まで
まっすぐ芯が通っている。
そこに誰か(権力側とか)の強い意図が入ったとかは無い。
(正確には強い意図が入っているのだけど、それは多くの人が想像する意図とは全くの別物。)
そう思わせるのは頭の中に居る「蛇」の仕業。
だれもが「蛇」に操られている。
それは強い分別の意識。
なんで心御柱が重要とされるのか、
神職の人がなぜ笏を持つのか、
それは天と地をつなぐもので自然なもの。
本来世界とは上から下、下から上まで真っ直ぐなのだ。
ブレない芯こそが真実で自然。
それはデジタルネイチャー。(by落合陽一)
記紀神話、めちゃくちゃデジタルです。さっすが。
人間はブレる生き物。
うねうねと蛇行しながらもまっすぐに整えてゆこう。
富雄丸山古墳のニュースで
ふと古墳のことを考えた。もしかして
円墳には蛇行剣が
前方後円墳には真っ直ぐな剣が
という違いがあったりするのか??
意識の違いは現れるはず
頭(円墳)だけなのか、身体(前方後円墳)もちゃんとあるのかの違い。身体だいじ。



