
2026年 易占と心と現実と
どーもー。
31から山梨に帰り正月を過ごし帰ってきました。
一応喪中なんで静かに過ごした。ダラダラ食べてばかり。
年末年始にこの家に人がいなかったのが初めてだ。
自分の中で毎年恒例になってる、易で今年の運勢。出ました。
風雷益(ふうらいえき)の二爻
卦辞
益。利有攸往。利渉大川。
(えきはゆくとこあるによろし。たいせんをわたるによろし。)
運勢
これまで停滞していた場合、今後は何事においても順調となる。
ただし、現在すでに順調であれば、運気下降の始まりを表す。
気の緩みから失敗や損害を被るため、注意を怠らないこと。
ずっと停滞してたけどついに来た!益!今年はチャレンジすることでいい結果になりそうです。
そして二爻の爻辞↓によると、周りの協力が得られるとのこと。正しくあれ。
→ 目上からの協力な援助や施しによって、万事が順調に進む時。ただし、誠意を持ち続けなければ、せっかく得た利益も失ってしまう。自分が目上の立場であれば、天への感謝の気持ちを表すのが良い。
序卦伝(64卦の順番)によると、山沢損の次が風雷益になります。
六十四卦における配列(序卦伝)
損して已(や)まざれば必ず益(ま)す。故にこれを受くるに益(えき)をもってす。
(山沢損による)損をしたままでも途中で止めることがなければ、必ず益を得る時が来る。ゆえにこれを受けるに益をもって表す。
42. 風雷益(ふうらいえき) -易経・六十四卦-
損が続いた後の、益。確かにもう何年も損が続いた気分だったのでやっと益を得ることができるのか。嬉しい。
ちなみに2022年から始めた易占いですけど、これまでの自分の流れを見てみよう。自分の過去ブログから引用。
坤為地(地と地)→水雷屯(水と雷)→雷地豫(雷と地)。この2023年から2025年の流れよ。大地の始まり生みの困難、さらに我慢を経て、たのしい準備期間が始まる。調子に乗らず慎重に行こう。
2024年は水の下の雷が力を蓄えているのに、水(坎)によって芽生えることができない卦だったので、2025年でついに雷が出るのだと思うと嬉しい。
2022年:天山遯(天と山)→2023年:坤為地(地と地)→2024年:水雷屯(水と雷)→2025年:雷地豫(雷と地)→2026年:風雷益(風と雷)
2022年天山遯で陰の気が増してきて、2023年坤為地で六爻全てが陰になった。で、2024年から雷が続いているのが面白い。終わりの後の再生を予感しているような。八卦の中の雷(震)は 進む、変化、動く、元気、長男 などなどの意味合いがありエネルギーが強い。
↑この日記読み返したら色々思い出した。2023年に頭の中では「死」を受け入れていた模様。2024年も困難な相で、「生」の予感はしながらも現実ではまだ死の中にあった。確かに、2022年〜2024年は一番苦しい時期であった。もういい加減死んでくれ!(ひどい)と何度思ったことか。2025年ついに苦しみが終わった。
2024年水雷屯は水で抑え込まれた雷だった。2025年はまさに雷地豫で、夏頃から気分が徐々に前向きになってきて雷が地から出てきた、そして2026年風雷益で雷が響き渡るという。易占の凄さを感じる。
とても長い鬱だった。思い返すと鬱の中に「悟り」があり、自分の意識は未来予知ができている。どういうことかというと、2017年の悟りがないと2025年の「死」を乗り越えられないのです。自分で自分の心の対処をするために「悟り」を実行しているということ。
そういえば今年の初夢は船に乗ってました。荒ぶる海を前に船の上で戦ってた。なんかかっこいい。
犬もご馳走
最近の話を色々
どーもー。
もう2025終わる、早い。今年は母の死から始まりなんとなく苦難も同時に終わって羊毛フェルトを久しぶりにやろうと思いたち、前向きになり始めたところに義母の介護が始まって。大変終わってまた大変な一年だった。でも介護もだいぶ慣れた。時間は取られるけど、時間にリズムができていいかもしれないと思えてきた。認知症なのでやはり大変だけれども。
近年ダークサイドにいたので友人と会うこともあまりなかったけど、今年は旅行など交流が戻ってきた感。戻ってきたけど、交流増やしたくないのは相も変わらず。
ずっと雨だった沖縄の雨が上がった時。今調べたところ、向こうに見えるのは「三重城(ミーグスク)」という撮影用に作られたレプリカ城跡らしい!三重でそれが偽物ってのがいいわね。わたしの好きなやつだ。
多分10年くらい会ってない、いとこに会いに三重にも行った。小学生の頃から引きこもりになりそこから学校行ってなかったのに、30近くなっていきなり遠い地で働き始めたいとこ。家でゲームやるのに突然飽きたらしい。今や仕事をしないことは考えられない、と言っておりわたしより全然まともに働いててすごすぎる。人生って何があるかわからないものだ。
四日市の夜景。望遠鏡で工場をずっと見てた。飽きない。
こないだ友人りおちゃんにコーチングというものをしてもらった。コーチングとはコピペ↓
コーチングとは、相手への問い掛けや対話を通じて、内面にある考えや新たな視点を引き出す手法です。従来の一方的に教えるスタイルではなく、「質問や対話」など双方のコミュニケーションを重要視します。
現在では、コーチングを受けた相手の「主体性」や「自発性」が高められると注目されており、多くの企業が人材育成の場面に取り入れています。
ここ最近のことを聞いてもらう。話をじっくり聞いてくれて深掘りしていってくれる。こちらの話はあっちゃこっちゃで全くまとまっていないんだけども、都度都度まとめてくれて、一緒に考えてくれた。自分は重要視してない話を、それはなんで?みたいに注目してくれるので面白い。計2日間のコーチングで、結局自分が今からやりたいことの方向性について自分で納得するためにコーチングをお願いしたんだなあ、となって、やはり答えは最初から自分の中にあるという。始まる前からりおちゃんもそう言ってたが。りおちゃん話をするのもまとめるのも上手で羨ましい。さすが人事のプロ。ありがたき。
先日は恒例のクリパですずなの美味しいごはんを堪能。今年も大都会OL(死語らしい)界隈の話を聞けて面白かった。変わらず元気で癖のある人達で安心する。
韓国料理コースのしめ。ポッサムうまー。
羊毛フェルトもぼちぼちやってて、先週は新作ブローチやピアスなどをギャラリーに追加してきた。ぼちぼち売れるんで嬉しい。久々に女子美の話をした。女子美の人しかいないのでそうなる。改めて女しかいない美大って呪術的な感じするなーと思った。交流あった教授たちはこれでみんな退職だ。わたしも歳をとったということ、、、
裏退職展
なんだか今年は人生の一旦の総決算のような年で、ギャラリーで若かった頃の話をしたりして思うことは、いろんな時代の自分はまるで世界線が違う自分みたいだということ。全ての自分を認め、そんな世界線というか過去のかけらたちをまとめて太い一本にしていきたいのです。それがおそらく「自分」なんだな。
ロキがまとめた世界線のあの映像が思い出される。いずれユグドラシルになるのか、そうだといいけど。最近マーベルに飽きてます!いい加減長い!一応映画のやつは見てるけど綺麗にまとめて早めに終わらしてほしい。
夏頃から羊毛フェルトとAIで新しい試みをしていて、それに今ワクワクを感じている。早く形にしたい。ちょっとオカルトブログはお休みしております。そだ、来年の運勢易やらねば。今年の答え合わせもね。
大阪万博に行ってきたレポートその2
どーもー。
万博レポートの続きだよ。日が経ってちょっと忘れてきた。
万博2回目は悔いのないよう、当日まで毎日リアルタイムな万博情報を調べた。万博は情報戦だった。相変わらずパビリオンの予約が難儀すぎる。ネットの裏技情報を使い予約を有利にしたつもりだったけど7日前抽選は落選、3日前争奪戦は前回と同じく最後に余ってた「未来の都市」が取れた。これどんだけ人気ないの?でも今度こそ行くと誓った。
操作にモタモタしていると人気パビリオンはあっという間に埋まっていく。これは慣れなんだと思ったけど2回しか行かないから無理ゲーじゃん。当日予約にかけるしかない。
それから、10時入場を9時入場に変更するべく見知らぬ人が配布してた自動予約ツールを使う。不正だと批判もわいてたが、なんせこれで最後。必死なので使わせていただきました。ツールを動かして何時間かしたら9時枠が取れていてかなり安心できた。神ツールをありがとう。
その他、行きたい予約なしパビリオン、食べたいもの、買いたいものをリサーチ、当日予約を逃さないためのタイムスケジュールも組み準備万端で迎えた当日。今回は7時半に夢洲駅に到着!入場ゲートに向かうみんな足早すぎて焦る。
9時開場までしばし待つ。わりと前の方に並べたので9時10分くらいには入場できた。15分までに入場できれば、「null2」のインスタレーションモードを目指すと決めてたので早足で向かう。間に合ったので9時入場にして良かったと心から思った。わたしは落合陽一で悟った人間なのでこれだけは見とかないといかん。
建物が不穏な音と共にぬるぬる動いている。
こんな感じで鏡の中の世界に有機的なのか無機的なのかわからん映像が無限に流れていていのちを感じた。怖い。
ダイアログモードで鏡の中の世界に入って見たら没入感すごいんだろうな。正直パビリオンって大体あんまおもんない(イメージ)ので「null2」が一番満足度高そう、という勝手な憶測。
「null2」に並びながら当日予約チャレンジして、とりあえず日本館の予約取ったけれどやっぱ他のやつが見たい欲が出てきてnull2後予約取り消したらもう予約困難。欲を出して失敗したかと思ったが、ちょいちょい枠が空いたりもするのでスマホから目が離せないのである!他のこともしたいのに当日予約チャレンジもしなきゃで朝から精神を削られる。万博は忍耐だ。
次は前回行けなかった西ゲートのショップへ。まあまあの混み具合。狙ってたものを買えたり買えなかったりで買い物を終え、食べると決めていた万博カラーのソフトを食べる。ここまで予定通り。
10時入場の友人と合流するため東ゲート付近へ戻る。人も一気に増えてきた。今回はビールを飲もうと決めてたので早速近場のビール売り場へ。そしてリング下の椅子に座りコンビニで買ってきたおむすびを食べる。今回もご飯にありつけるかはわからんので。
何かパビリオン並ぼうと行きたかったバルト館へ。すぐ入れた。ハーブが一面に展示してあり素敵でした。
次は狙っていたビールを求めてサントリーパークカフェへ。席の予約券を発行してしばしまつ。
白州の樽で熟成させたマスターズドリームというビールでめちゃくちゃ美味しかった。これは調べといて良かった。友人とダラダラ語り合う。
次は3日前予約で取れた「未来の都市」へ。なるほど。入れただけで満足です。友人とシーグラフみたいだね、と話した。
これを見た前なのか後なのか、隙間時間で「いのちの未来」を取ることに成功し喜。一番行きたかったやつなので。時間は別だけどそれぞれソロで取れた。ということで、次はそちらへ。
写真は思い出の映像を見ながら涙ぐむアンドロイド。このパビリオンはストーリーを聴きながら進んでいくタイプ。祖母と孫がストーリーのメインで、年老いた祖母が自然死かアンドロイドに記憶を移すかの選択を迫られるシーンもあり。人間の可能性がロボットによって広がる未来を想像させてくれた。
前回の万博でカラフルなトイレ(2億円トイレ)に寄った時、手洗い場で面白い会話を聞いた。男の子が「お母さんはアンドロイドなの?」と尋ね、母らしき人は違うと返答したっぽい。すると男の子はすかさず「アンドロイドも人間も同じじゃん!」と何故かキレ気味に反論していた。
後々「いのちの未来」を見た後の会話だったのだろうと理解。男の子がちゃんと新人類キッズでわたしは関心した。アンドロイド(AI)と人間を区別しない人が存在する未来はいつかやってくるだろう。
「いのちの未来」最後の部屋には1000年後の人間をイメージしたアンドロイドが。コンセプトによると人間とアンドロイドの境目がなくなった精神的な存在らしい。
肌が桃色で足が膝ぐらいまで退化(?)してて、笑みを浮かべ移動し舞いながらこちらにじっと目を合わせてくる。来場者と目があう仕組みになってる?ぽい。3体が繋がってて、これは三位一体。人間とアンドロイド、肉体と精神、二つの境目が曖昧になる時「3」という数字がおぼろげに浮かんでくるのです!
オカルトブログをやっているわたしの「三位一体」の独自解釈。私たちの生きているこの世界(宇宙)は3つの世界が重なっている。「自分」と「他者」と「自分他者(悟った存在)」という3つの存在は、生きている時空は違うのに重なって存在している。
人間は経験の積み重ねにより、凝り固まった「人間らしさ」に縛られている。自分と他者が完全に同じ存在だと気がついた時、全ては解け合い、その瞬間「人間らしさ」から解放され真の人間というものが現れる。
「null2」のダイアログモードの内容を検索してみたが、こちらも「人間らしさ」を手放すような儀式が行われるようだ。「記号を手放してヌル(無)に戻ろう」との呼びかけがあるらしい。落合陽一といえば「デジタルネイチャー」であるが、デジタルとネイチャーのように、人間はいつも相反するものが一つになる瞬間を求めてる。その瞬間を悟りとか解脱とかいうのだ。
「人間らしさ」という呪縛から逃れたとき人間とアンドロイドの違いを感じなくなる、はず。「人間」という形を保ったまま、相反するものが解け合って融合した存在が三体のアンドロイド。無ではない。いのちの未来を監修した石黒氏の考え方を読んだけどかなり共感できた。
「いのちの未来」を楽しんだ後は、カナダ館で売ってるメープルソフトを食ベることに。濃厚で友人はちょっとキツそうに食べててうけた。それから、大屋根リングの上に登る。前回よりリングを歩く人がだいぶ多い。いい眺めだけどトルクメニスタン(右側の建物)が明るすぎない??入ってみたかったな。
だいぶ疲れてきた。帰宅の時間も近づいていたのでパソナ館のiPS心臓を見に行こう!と急足で向かう。着くと入場規制の看板を持った係員がいたが、すぐに解除されて入れてくれた。ラッキー。
心臓目指して他の展示は横目に人混みを進む。赤い部屋に到着しなんとか見れた。これは心筋シートの動画だけど、どうぞ。
調べてみると、iPS細胞が作られてからもう20年も経ってるらしい。今年もしかしたら心筋シートが実用化されるかも?
パソナ館を出て友人と別れる。わたしは万博会場から出ている高速バスを予約していたので西ゲートから出る。帰りのバスからドローンショーが見えて得した気分。バスでは全然寝れなかったけど翌朝無事帰宅。
今回ゲットしたお土産と事前にネットショップで買ったやつとか。
結局ビールは2杯しか飲めなかったし見たいところはもっとあったけれども、自分の中で解脱完了した2025年という記念イヤーに万博が開催され、「人間」と言う存在と再び向き合えるパビリオン「null2」と「いのちの未来」が体験できて大変満足。そしてミャクミャクというキャラクターに出会え、久しぶりに「推し活」的な活動ができて満たされた。
ミャクミャクや万博に一瞬熱くなってやはり楽しかったので永遠にハマれるもの探してます。最近ついにオカルトに飽きてきちゃって困ってる!飽きっぽく冷めやすいわたしに何かみつけられるのだろうか。いーやオカルトをもう少し頑張ろう。
大阪万博に行ってきたレポートその1
どーもー。
最近いのちが死の方に寄っていてどんよりしていたので万博でいのち輝かせてきました、のレポート書きます。
ミャクミャクが発表された時わたしは心躍った。赤と青という大好きなカラーリング。気持ち悪いのにかわいさも感じるデザイン。赤と青は生と死だと勝手に解釈をしている。実際は細胞と水らしい。
「いのちの輝き」とか言いつつ裏にはとんでもなくグロテスクで恐ろしい「死」を隠しているミャクミャク様。いや隠しきれていない。
万博ロゴマーク(いのちの輝きくん)が先に決まってからのミャクミャク誕生であるが、いのちの輝きくん当時SNSでコロシテくんとも呼ばれてた。生きることの苦しみをも表現している…さすがです。
万博まで行くのはめんどくさくて静観してたのでミャクミャクグッズだけゲットして喜んでいたけど、8月ついに現地に行く流れとなる。猛暑だしそんな混んでないだろうと思ったりもして。
ミャクミャクスニーカーをついにおろした。めちゃ歩きやすく快適だった。
8/20、夢洲(ゆめしま)駅着。夢洲はゴミの埋め立てでできた人工島。東日本大震災の瓦礫の灰も埋められている。いのちの上に立つ万博会場だ。
11時入場チケットで30分前に駅に到着、時間通りに入場できた。友人と、ほんとに来たね、ついに来たね、という感じで感慨深かった。
まずは東ゲートのお土産屋へ。
人気の黒ミャクを買うための列に並んだが案外スイスイ進んだ。黒ミャクをカゴに入れその他を物色。ミャクミャクだらけでテンションがあがる。
店がどんどん混雑してきて最終的に前に進むのもだるいほど人がみっちりになった。レジの完全キャッシュレスに未来を感じた。会計は早い。
大屋根リングの下を歩きながらリングの壮大さに感心。最初のパビリオンは事前情報で並ばないと聞いていたUAEへ。感想は、涼しい。
落合陽一のnull2の建物見たりガンダムを見たりしながら次はこれまた並ばず入れると噂のコモンズ(D)へ。各国の物販があり楽しい。
パキスタンのブースが岩塩だった。床も岩塩タイル!アフリカの国々のブースには大体ジャンベが置いてあった。
次に並んだのはサウジアラビア。外観かっこいい。10分くらい?並んだかな。
アーティストが公開制作している部屋に入るとイベントが始まるような演出が。
サウジアラビアの伝統的な楽器演奏が始まり、しばらくしたら演奏が終わった。電子音楽との融合を期待していた私たちは息を呑んで次の出方を待っていたが、スタッフが拍手でこのイベントが終わったらしきことを教えてくれた。え?て顔になりながら部屋出た。
入場してからコンビニで買ってきたおむすび一個しか食べていないので出口にあったサウジアラビアカフェで、サウジコーヒーとケーキを購入。
サウジコーヒーは馴染みのないスパイスのすごい味がしたんだけど、デーツ食べてから飲むと美味しくなった。不思議。ケーキは普通に美味い。
本当はレストランに行こうと思ってサウジ館入ったのだけど、スタッフの人に聞いたらレストランの列はまた別で外にあるとのこと。整理券配ってるらしい。
9時オープンしてすぐにその日の整理券が無くなってしまうことも多いらしく、何も調べていない情弱はご飯にもありつけないことをここで悟った。
次は中国館に並んだ。60分待ちという表記だったが実際30分くらいだったと思う。展示は立派だった。赤ちゃんから5ヶ月くらいまでのパンダの重さ抱き比べをしたり、月の砂を見たりした。一気に万博っぽい。
事前予約した「未来の都市」の時間が迫りつつも、大屋根リングに登りたいとなってエスカレーターで上へ。パビリオンを見渡せ、海も見え、風も気持ちよい。
散々叩かれてた大屋根リングだったけど、建物としてとても良かった。
眺めを堪能していると「未来の都市」の時間は過ぎ去っていた。3日前予約時、他のパビリオンが埋まる中「未来の都市」だけ余っている感じだったのでそんなに期待もしておらず、場所も遠いし、という言い訳。
それにしても広くて人も多くてそれぞれの場所への移動時間がかかる!
一緒に行った友人はよしもとの万博カラオケに参加するのがメインの目的だったので、次はそちらへ。
よしもとステージでカラオケができるが、そんなに歌いたい人おらんやろと勝手に思ってたら参加抽選の列わりと長い。残念ながら友人はくじ引きに外れてしまったけど、カラオケをしばしみる。
皆歌がうまい。これ最初から仕込んである人じゃないの???って感じもあったけどどうなんだろ。新喜劇の人がステージに登場した時、皆がわーっとステージに駆け寄っていったのを見て関西を感じた。
日も暮れやっと涼しくなってくる。最後にアゼルバイジャン館とバーラト(インド)館にサクッと入る。
電車の時間があるので、花火を横目に8時くらいに東ゲートから出て帰宅。「万博に参加できた」という満足感で会場を後にした。
でもなんだか不完全燃焼な気持ちもあり。帰宅後、グッズもっと欲しい、シグネチャーパビリオンにせめて一つでも入りたい、という欲望が湧いてきたのですぐにまた行くことにした。どうせ暇だし!
これからどんどん混みそうだから早めに行ったほうが良いだろうと9/1のチケットを取る。その2に続く。
ゲットしたもの。誰かへのお土産多め。
進撃の巨人見終わった!
どーも。
進撃見終わりました。すごいや。
すすめてくれたカベガミミッミさんありがとう。
これを見たタイミングは必然です。
全てが繋がってる道って感じ。
見終わって色々な人の考察を漁った。
わたしはどんな考察を書こうかね?
全部で9つの巨人で3つはエレンが持ってることとか
始まりと終わりに関わる3人の女のこととかかな。
ユミルとエレンの母とミカサっていう3人。
三体という物語も、「女」が始まりを作っていて、
終わりも「女」がしめるのですが
そういうことなんです。どういうことだ。
TENETとも比較したいね。
進撃のいいところは綺麗事で終わらないとこ。
犠牲の多さについて賛否両論あるのかもですが
心の中の平和を求めれば求めるほど犠牲は増えていく。
平和を求める私たちはそこを理解せねばね。
この恐ろしき世界の中にこそある美を共有したいし知らしめたい。
今日は3.11ですが、朝からXで当時の震災動画見て涙し
その後すぐにふわっち配信者が配信中に刺されたニュースを知り
その瞬間の動画や画像を必死に探すという。血溜まりができてた。
死に涙するけど、死に興奮もする。そういう人間性ではある。
母が死んだ
どうも。
母が亡くなりました。希少がんの平滑筋肉腫というやつで。
体調急変の連絡を受け13日に実家に帰る。せん妄が始まっていて、呼吸がなんだかおかしいし、完全に立ち上がれなくなった。「痛いよー」と夜中に5時間も叫び続ける日などがあり、家族も眠れない日々が続く。もうこれはそろそろだな、と感じた。父はまだまだ生きると思っていたらしい。自宅での看取りは医師が不在なので、全てが未知で混乱した。初めてヘルパーさんを呼んで介護を頼んだりしたけども、ほとんどお世話になることなく17日に亡くなってしまった。そこからは葬儀の打ち合わせなどでばたばた。あっという間のようで長い1週間であった。
6年間の闘病生活、身体中の痛みと精神的苦しみに耐えて最期は楽になれたと思う。
癌になったからこそ母と話す機会も増えて家族について改めて考えることもできた。けれど母の希望は癌が治ることだったから無念、という感じ。
せん妄で意識があるのかないのかわからない中、最期の言葉は「もう一度生きたい」だった。
母を近くで見ていてこんな苦しみって必要なのだろうか?とも思ったし、苦しみを経験しなければ理解できないこともあった、とも思うし。複雑な気持ち。
ここ数年母と共に死の中にあったけれど、引き続き生きている者たちの人生は続く。母は死んでも朝が来る。
母の苦しそうな状態について訪問看護師さんに相談した時
天国が山の頂上で、今はそこを目指して登っている所
と教えてくれて、そうか死が山のてっぺんだったのかと目から鱗だった。
高い山に登っているのだから、空気が薄くて苦しいだろうし、身体も痛いし。
生きるとは死という頂上を目指して山を登っているようなものなのだ。
人間死に方は様々だろうけど、最期に苦しむ癌はある意味正しい姿なのかもしれない。楽に死ねたら山を登ってるとは言えないから。
けど、苦しみは無くても良いとも思うから安楽死という選択肢が今後増えるといいと思う。
苦しみを経験することによって世の中はより良くなっていくものだから、もどかしいですね。
せん妄中「なんでー?」という言葉も多かった。闘病中『何故癌になってしまったのが私なのか?』の答えを探していた母。「悪(死)」について納得するのはとても難しいことだ。
今回葬儀を頼んだ所は、母が闘病中に決めていたところ。その葬儀社の代表の方も母を癌で亡くしているらしく、葬儀に関する後悔から葬儀社を作ったらしい。自宅でゆっくりと美しいお別れができたのは、癌のおかげとも言える。
今回の体験を通してまた新たに目標が定まった。
「神をぶっ殺す」
厨二病ぽくてすいませんけど、人間が新たな神になっていこう、という誓いを新たに。
まあ、わたしの思想は最初からこれなんだけどね。
病気苦しみなど全てをコントロールできる、永遠の命を求めよう。
そして既存の宗教を全てぶっ壊していきたい。
天国や救いなんて全部嘘ですよ。騙されないように。
神をぶっ殺さない限りこの世は地獄のままです。
そう、このことを伝えるために、わたしはUOZAブログを始めたのだ。
穏やかな夜に身を任せるな
老いても怒りを燃やせ 終わりゆく日に
怒れ 怒れ 消えゆく光に
これは映画インターステラーの中で引用されていた詩人ディラン・トマスのある詩の冒頭。
この詩が身にしみる程の経験をここ数年何度もした。
人間の心を奥深く潜ると、そこには燃え尽きない怒りの炎がある。
ここ最近の通り魔の多さも致し方なし。
生きるのと死ぬのは表裏一体、喜びと悲しみもまた表裏一体。
そして、地獄の底に落ちるのと天国を頂上とした山に登ることは表裏一体。
天国も結局「死」なので逃げ場がない。生きるとはなんて苦しいんだ。
ちなみにわたしは至ってポジティブな気持ちでこれを書いてます。
去年布団ちゃんがやったとあるゲームに衝撃を受けたけど、
つまり生きるってこういうことなのさ。亀に注目。
書きたいことはまだまだあるけれど一旦ここで。
今年の目標
どうもー。
最近また羊毛フェルトをちくちくやっている。
作るのはいいが売るのは大の苦手。
なので今年は大嫌いな宣伝を頑張ってみる。
嫌なことはいつまでーも先延ばしにしていたいけど
重い腰を上げてインスタを久々に再開してみた。
そしてスレッズ
を制作専用に活用してみるぞ。
スレッズてハンドメイド作家多いのかな?
そんな気がする。
今はストーリーズとかリールを活用しなきゃいけないと思うのだけど
わからなすぎてchatGPTちゃんに相談している。
chatGPTちゃんは優しい。
そしてついに例の2025年なので、UOZAブログにその件書いとくべきだよね。
今年もオカルトモチベを保つののが目標だ。
UOZA BBSでいつもの常連さんにすすめられた進撃の巨人も見ていく。
母の調子が悪いらしく、明日急遽実家へかえる。
いつ死ぬのか分からん状態が続いている。
そろそろなのかもしれない。
2025年の運勢を占った
どーも。
今年も易で占ってみました!
2025年のわたしの運勢です。
まず去年の振り返りをしておこ。
2024年は水雷屯 五爻(すいらんちゅう ごこう)
これ四大難卦のひとつだったみたいで良い運勢ではなかった。困難の相。
去年を振り返ると当たっていたと言える。
母の話になるが、癌で余命宣告を受けついに寝たきり介護状態になってしまい、さらに精神も壊れてしまったのでわたしもその影響をもろに受けて辛かった。まさか自殺未遂するとは思わなんだ(母がね)。地獄って現実にあるんだわ。
2024年は苦しんでいる人が目の前にいたとしても、自分の力ではどうしようもできないこともある、と悟った。そして他人の地獄に一緒に飲み込まれてみるのも大切だと思った。ここから抜け出せないことがどんなに辛いかがわかる。
飲み込まれたままになりそうだったが、心の切り替えがうまくなったと思う。
2017年から心というものの理解を深めていたので掌握している実感がある!
地獄を体験したい人に抜け出そうと誘っても無理なわけで、それがもどかしかったな。力があるのに発揮できない、上から押さえつけられているような卦なのでやはり「水雷屯 五爻」の通りだったのではないだろうか。
そして今年の卦はこれが出ましたよ。
雷地豫 四爻(らいちよ よんこう)
やったー良いやつ出たー。ここの説明がわかりやすかったので引用させてもらいます。
爻辞↓
四爻は「由豫 大有得 勿疑 朋盍簪」ゆうよ おおいにうるあり うたがうなかれ ともあいあつまる。
「豫」は喜び楽しむの意味がある。しかも四爻が中心となって。唯一の陽が四爻なのだ。事を行なっても、大いに得ることあり。
しかし「陰位」に「陽」ですから、力強いとも強すぎるとも言えます。位、不正です。
とはいえ、不正なので油断は禁物。人を疑ってはいけないらしい。
『雷が地の上に出てあたりを振い動かすのが豫である。』とのことなのだけど、2024年は水の下の雷が力を蓄えているのに、水(坎)によって芽生えることができない卦だったので、2025年でついに雷が出るのだと思うと嬉しい。
地 水 雷
地 雷 地
坤為地(地と地)→水雷屯(水と雷)→雷地豫(雷と地)。この2023年から2025年の流れよ。大地の始まり生みの困難、さらに我慢を経て、たのしい準備期間が始まる。調子に乗らず慎重に行こう。
初詣のおみくじは大吉だった。というか近年大吉しか出てないような気が。
クリスマス→年末→来年
どーもー。
年末ですね!
昨日は好きな惣菜などを買い漁りキリストの誕生を祝うささやかな夕飯をしましたよ。その前にも友人宅で素敵なクリスマスディナーをしたので素晴らしい料理の写真を載せておきたい。
さつまいもの上にスモークした鯖のなんか美味しいやつ乗ってた。
なんか美味しいスープ。緑は春菊と菜の花の色。
モザンビークの辛い調味料ピリピリが和えられた鶏肉ひよこ豆小松菜。うまい。
鴨だしの炊き込みごはん。出汁が濃い。うまい。
胡椒などの香辛料ブラウニー。お酒のつまみに最高。
この他カルパッチョなどもあったよ。今年もすずなシェフ(友人妹)によるコースで『バスコ・ダ・ガマが開拓したポルトガルからインド航路の地』をテーマに、それぞれお料理で表現してくれた。無教養なのでバスコ・ダ・ガマについては今調べたよ。クリスマスに死んどるやんこの人。ガマ以外の人も含め計3回の航海で香辛料を大量にゲット、ポルトガルの貿易を有利にしたと。なのでいろんな香辛料が効いた料理だったんだね。大航海時代は夢がある。けれど、食に金に戦争に宗教に人間の欲の歴史だ。
教養があるようなクリパっぽいけどそんなことは全然なく、独身ゆえ金だけはすごい持ってる女たちが今年もギャーギャー騒いでおった。麻布のマンションで。みんな立派な会社で働いている。バリキャリの休日を久々に体験した。友人の中で子育て中の主婦のぞいて無職なのってわたしだけじゃね??やばい(やばいと思ってない)

さて、そろそろおせちの準備。おせちは毎年作りたい派。ほぼ詰めるだけだけど、おせち好きなんだよね。



































