鏡の左右の謎8〜「鏡の国のひみつ」さりと12のひみつ | ひろじの物理ブログ ミオくんとなんでも科学探究隊

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 マンガ「鏡の国のひみつ」もついに8Pめ。

 

 7Pめの最後にミオくんのセリフでぽろりとパリティ対称性が破れる実験例として「β崩壊とか」とありましたが、マンガではさすがにその詳細は省きました。

 

 前に『物理の見方・考え方』(江沢洋・上條隆志編/日本評論社)の質問と、それに対する回答を紹介しました。通常の電磁気現象は一見、鏡に写すと違う物理法則になる(例えばフレミングの左手の法則が右手の法則になる)ように見えますが、じつは法則の鏡に関する対称性(パリティ対称性/空間座標反転に関する対称性)は保存されています。

 

 ところが、リートヤンが発見したβ崩壊時のパリティ対称性の破れは、それらの実験とははっきりちがっていて、こちら側で起こる物理現象と、それを鏡に写したときに見える物理現象がくいちがっているのです。

 

 この実験は、β崩壊をする放射性のコバルト原子に磁場をかけると、特定の方向に多くβ線が飛びだしてくるという実験結果です。最後に、これについて、少し書いておきましょう。

 

 β線というのは、高エネルギーの電子で、原子核内で中性子が陽子になるときに生まれて、その核反応エネルギーにより高速で飛びだしてくる電子のことです。

 

 原子核反応式で書くと、

 

 中性子→陽子+電子(β)

 

 ということですね。

 

 よく書かれる図が次のようなものです。(図右)

 

 

 永久磁石を電磁石に置き換え、鏡の世界でもこちら側と同じ物理法則が成り立つ(つまり、パリティ対称性が成り立つ)と仮定すると、図左のように、磁石のNSが逆になるので、コバルトから飛びだしてくるβ線つまり電子eマイナスは、こちら側でも鏡の世界でも同じように磁石のN極に向かって飛び出さなくてはなりません。しかし、この二つの図は鏡に対して対称的ではなくなってしまいます。β線の飛び出す方向が逆向きですね?

 

 仮に図左でも鏡に写したようにβ線が下向きに飛び出すのだとしたら、こちら側の世界と鏡の世界で、β崩壊の法則が異なることになります。

 

 リーとヤンのβ崩壊におけるパリティ対称性の破れの発見は、いってみれば、この実験を行うことで、こちら側の世界と鏡の世界の区別をつけられるという事実の発見でもあったのです。

 

 現実の世界と鏡の世界の物理法則は完全に対称的で区別がつかないのではなく、2つの世界の区別をつけられる実験が存在する、ということですね。

 

 しかし、物理法則の対称性は、物理学者にとっては「宇宙は美しく単純で対称的な数式であらわされるはずだ」という信念にもとづくものですから、そう簡単に捨て去るわけにはいきません。

 

 やがて、別の発想が生まれました。

 

 物理法則の対称性は「パリティの(端的にいえば、左右を逆にする)鏡」(P鏡)だけではありません。粒子の電荷の正負を入れ替える変換についても対称性が保たれるかどうかを考えることもできます。

 

 これを「電荷(charge)の鏡」(C鏡)に関する対称性といいます。C鏡についても、物理法則の対称性は保たれていると考えられています。

 

 その対称性のもっとも単純なものを紹介しておきましょう。

 

 電荷Aが負電荷、電荷Bが正電荷であるとき、AとBは引き合います。これをC鏡に写すと、電荷Aは正電荷になり、電荷Bは負電荷になりますが、やはりAとBは引き合いますね。ABの電荷の正負を入れ替えても、それらが引き合うという物理現象は同じになる、これがC鏡に関する対称性になります。

 

 マンガ8pの1〜2コマめで、ダークミオくんがいっているのが、β崩壊のパリティ対称性の破れを解消するために考え出された、より高度な対称性のお話しです。

 

 P鏡に写したものを、さらにC鏡に写して、電荷の正負を全部入れ替えます。

 

 

 電荷の正負を入れ替えた素粒子はもとの粒子の反粒子になります。コバルトから飛びだしてくるβ線つまり電子は、電子の反粒子、つまり陽電子になります。また、電線内を流れる自由電子(これが電流の正体で、電流とは逆向きに動きます)も、電荷を入れ替えると陽電子の流れ(これは正電荷なので、電流と同じ向きに動きます)に変わります。

 

 このため、図右と図左で、電流の向きが変わり、コバルト原子は反コバルト原子になり、飛び出す反β線は鏡に写した結果になるから、二つの世界はまた区別できなくなるのではないか・・・

 

 これが、「CP鏡に対する物理法則の対称性」(CP対称性)と呼ばれる考え方です。

 

 さすがにこちらは難しいですね・・・

 

 さらに、CP対称性を破る実験結果も見つかっており、これについてはもう一つの対称性「時間の鏡に関する対称性」(T鏡に関する対称性)をさらに加えて、「CPT対称性」を考えることができると考えられています。

 

 T対象は、要するに「時間逆転」です。物理学の素粒子論では、こんな話が平気で登場するんですね。

 

 今回は深入りしませんが「ファインマンダイアグラム」と呼ばれる、ファインマンがノーベル賞を取ったときの研究成果が、この話にちょっと関わる発想のものでした。

 

 素粒子の反応で、計算上無限大が出てしまうのを防ぐために、ファインマンはある素粒子が未来へ向かう時間線を、その反粒子が未来から過去へ向かう時間線として考えて計算したのです。

 

 このファインマンの発想により、それまで無限大が出て計算不能だったさまざまな反応のエネルギー計算が可能になりました。(やり方が一見異なりますが、朝永先生の「くりこみ理論」もファインマンダイアグラムと同様に、この無限大エネルギー問題を解決した研究で、ファインマン、シュウィンガーとともにノーベル賞を同時受賞しています。ファインマンと朝永、さらにシュウィンガーのそれぞれのやり方が、じつは同等な方法であることを証明したのが、ダイソンですが、ノーベル賞の同時受賞は3人までというきまりがあるため、ダイソンは受賞していません)

 

 さて、3コマめ以降で、ミオくんが大騒ぎしているのは、お話しのオチにつながる部分ですが、こちらは電荷の反転で粒子が反粒子になった場合に起こる問題を扱っています。

 

 鏡の世界でCPの入れ替えを行うと、鏡世界のすべての粒子がこちら側の粒子の反粒子になります。ミオくんやさり、そしてダークミオくんの3人は、こちら側の世界の存在なので、3人を構成する粒子と反転した反粒子が出会うと、対消滅という、物質が消えてエネルギーだけになってしまうというとんでもない現象が起きます。

 

 それは阻止しないと、さりと反さりが反応して消滅してしまうことになりますね。

 

 以前書いていた内容も含め、8回にわたって「鏡の左右」の話を書いてきました。

 

 きっかけは、第1回に書いたように、NHKの番組「チコちゃんに叱られる」での扱いがあまりにいいかげんだったことです。まあ、科学番組ではなくエンターテイメントの番組なので、あまりめくじらを立てることではないのですが、とくに次の2点について気になったので、きちんとまとめておく必要があると思ったのです。

 

 一つめは、上下左右に関する国語辞典的な、心理学的な解釈が、どこに基準を置いて考えているのかわからないような扱いだったことです。こちらについては、生物学的な原因や、上下左右に関する物理学的な基本を押さえられていないのが、すごく気になりました。

 

 二つめは、番組内で、物理学的にはこちらの姿が面対称でそのまま写っているだけだというのが、物理学的な結論だ、というまとめです。これは物理学の中の一分野である光学的な解釈にすぎません。物理学にはそれを本格的にあつかう分野があるので、それも書いておきたいと思いました。

 

 それでは、これまでながながとおつきあいしていただいて、ありがとうございました。

 

 このあと、当分、この話題については触れないと思いますので、ご容赦を。


 

 

【主な参考】

物理学の魔法の鏡(ディラック・ウィグナー他著)講談社

物理の見方・考え方(江沢洋・上條隆志編)日本評論社

 

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