鏡の左右の謎7〜「鏡の国のひみつ」さりと12のひみつ | ひろじの物理ブログ ミオくんとなんでも科学探究隊

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 さてさて、前回の続き、パリティの話です。

 

 マンガは7Pめ。6Pの続きです。

 

 鏡に写しても物理法則が変わらなければパリティは保存されることになります。

 

 鏡に写した磁石のNSが入れかわるという話は、6Pで紹介しました。

 

 そうすると、東西南北の関係はどうなるでしょうか。

 

 3コマめにまとめたように、地球磁石の北極のS極は鏡の世界ではN極になり、南極のN極は鏡の世界ではS極になります。磁針のNSも鏡の世界ではSNと逆転しますから、結局、鏡の世界でも磁針のN極(鏡の世界ではS極)は、地球磁石の北極のS極(鏡の世界ではN極)にひかれます。

 

 磁針の本当のN極が指し示す方向が北なので、鏡の世界では本当の北(つまり地球磁石のS極)は南極になります。

 

 そうすると、マンガの4コマめのように、鏡の世界では南極を向く方向が北、地球の自転で太陽に向かう側が東となって、東西南北の位置関係はこちらがわとはぜんぶひっくり返ります。

 

 しかし、東西南北の位置関係(北に向かって右側が東、など)は、なにも変わらない。物理現象としての東西南北はこちら側と同じ法則に従っていることになります。

 

 前回のべたように、このマンガでは小学生対象ということもあり、物理現象として東西南北を使いました。本当は電磁相互作用の代表、フレミングの法則がよいのですが、中学校以上で習う法則は使わないようにしました。

 

 これはこれで、ぼく自身にとっても、挑戦的な内容になり、おもしろかったのですが、本来は電流と磁石の相互作用で語るべき内容でしょう。

 

 そこで、東西南北にさしかえる前の6、7Pを見ていただくことにします。

 

 5Pと8Pめは、6,7Pの描き換えに合わせて一部描き換えましたので、そのまますんなりと本編の5P、8Pにはつながりませんが、そういう事情ですので、ご容赦を。

 

 

 旧6Pでは、フレミングの法則のフレミングさんが登場します。残念ながら、本編ではフレミングの法則そのものをカットしましたので、フレミングさんの出番はなくなりました。ごめんなさい、フレミングさん。本編では、しかたがないので、電磁現象の第一人者、ファラデーさんに再登場を願っています。

 

 6P3コマめ。小学生にもわかるように、フレミングの左手の法則の説明を入れています。ぼくは学校で習っていないことでも、その場で基本を学べば理解できると考えています。科学イベントなどで、小学生向けに科学実験を説明するときも、大学レベルの内容を使うのはそのためです。(ただ、この6、7Pについては、編集の方の意見を取り入れ、フレミングの法則を使わないことで、新しい挑戦ができたので、結果としてはよかったと思っています)

 

 フレミングの左手の法則を忘れてしまった方は、3コマめをご覧ください。

 

 電流が磁力線(つまり、磁場)から受ける力の向きは、人間の左手の中指(電流)、人さし指(磁力線)、力(親指)の位置関係とそっくりだというのが、フレミングの左手の法則です。フレミングが、自分が勤めている学校の学生がこの三つの方向関係を覚えやすくするために、物理教育的な法則として考え出したものです。

 

 4コマめは、電流が磁力線から受ける力を、磁石のNSはそのままのはずだという観点で理解する図になっています。こうすると、鏡の世界では電流が磁力線から受ける力は「右手の法則」に従うことになります。

 

 

 こちら側(図右)では、電流(中指)、磁力線(人さし指)、力(親指)の三つの矢印の位置関係は左手と同じ、つまり、フレミングの左手の法則に従っています。

 

 磁石のNSがそのままだと考えた場合の鏡の世界(図左)では、電流(中指)、磁力線(人さし指)、力(親指)の三つの矢印の位置関係は右手と同じになります。つまり、右手の法則とでも呼ぶべきものですね。(「フレミングの右手の法則」というものもありますが、このケースを指す法則ではありません)

 

 こちら側の「左手」が鏡の世界で「右手」に置き換わるという、法則の変化が起きています。

 

 前回、江沢先生の本に書いてあった「質問」は、こうしたことを踏まえて発問されたものでしょう。

 

 こちら側の世界で電磁力の法則が「左手の法則」に従っているのに、鏡の世界では「右手の法則」にしたがっているなら、すでに物理法則の「パリティ対称性」は崩れているということになります。のちに、リーとヤンが発見した「β崩壊におけるパリティ対称性の破れ」は、特別な現象ではないということになってしまいますね。

 

 いいかえれば、物理現象を比べることで、自分がいるのが「こちら側の現実世界か、鏡の世界かを区別することができる」場合に、パリティ対称性が破れている、と考えるのです。

 

 いま説明したことが正しければ、フレミングの電磁力の法則を見るだけで、二つの世界の区別がつくのですから、「リーとヤンのβ崩壊」を持ち出さなくても、物理法則のパリティ対称性の破れが見られる、ということになりますね。

 

 でも、これでは、「リーとヤンのβ崩壊」がノーベル賞を取るほどの価値がなくなってしまいます。

 

 もう少し、議論を進めていきましょう。

 

 5コマめ、6コマめは、本編の6Pでファラデーがいっている内容と同じものです。磁石のNSが、鏡の世界で本当にNSのままなのかどうかという発問ですね。

 

 でも、この疑問こそが、リーとヤンのβ崩壊の本当の意味を知る、大事な疑問になっているのです。

 

 

 旧7Pです。

 

 少し乱暴ですが、ページ数の関係で、こちら側の世界の磁石と鏡の国の磁石を使う実験を思考実験として見せています。感覚的なわかりやすさを優先した結果ですが、ここは、本編の方が結論を急がない説明になっていてよいかな、と思っています。

 

 3コマめ、4コマめは、本編とほとんど同じです。磁石を電磁石で置き換えることで、鏡の世界の磁石が本当はどうなっているのかを知ることができる、という、素粒子理論の世界での論法を紹介しています。じつは、電磁現象のパリティ対称性を考えるとき、磁石を電磁石に置き換えない限り、その本質は見えてこないのです。

 

 5コマめを見ると、磁石のNSがほんとうは逆になっていると考えると、鏡の世界でもフレミングの「左手の法則」がそのまま成り立っていることがわかります。物理法則は鏡の世界でも保たれているのですね。

 

 磁石を電磁石として描いた場合の図を、追加しておきましょう。

 

 

 現実世界の永久磁石を電磁石として描くと、図右のようなコイル電流で代用できます。

 

 それを鏡に写すと、図左のようにコイルの巻き方が逆になりますので、右ネジの法則にしたがって、電磁石のNSは逆になります。鏡の世界の磁力線から左手の法則にしたがって電流が力をうけるとして図を書くと、やはり磁石から追いだされる向きに力をうけることがわかります。

 

 つまり、鏡の世界でも「左手の法則」「右ネジの法則」は保たれていて、目に見える物理現象として「電線が磁石の外へ力を受ける」という結果も保たれていることになります。つまり、物理法則のパリティ対称性は保たれているのですね。

 

 ですから、江沢先生の本での質問の答は「普通の電磁現象では、パリティ対称性が破れているとはいえない」ということになります。「右手」が「左手」になり、物理現象が変化するように見えるのはわれわれの「思い違い」である、ということです。

 

 さて、前回の記事の最後に「この話には、また、べつの見方も可能なのですが」と書いたことについて、このへんで一言、触れておくことにします。

 

 電流は磁力線をつくり、磁力線は電流に力を及ぼす、という電気と磁気の密接な関係の本質にかかわることです。

 

 2本の平行電流間に働く力は、特殊相対性理論を用いれば電気現象だけで説明することができますが、古典理論では、電流のつくる磁場と、磁場が電流に及ぼす力を組み合わせることで説明します。(高校の物理や、大学の古典的な電磁気学では、そうなっています)

 

 これを、鏡に写してみましょう。

 

 今までの論法にしたがって、鏡の世界でもこちら側と同じ物理法則(フレミングの左手の法則、右ネジの法則)が成り立つと考えたときの解釈です。

 

 

 こちら側(図右)で、同じ向きに流れる2電流の間に働く力は、右ネジの法則と、左手の法則で説明できます。

 

 左手の法則は先ほどから説明しているとおりですが、右ネジの法則をもういちど、おさらいしておきます。

 

 「右ネジの進む向きに電流が流れるとき、右ネジの回転する向きに磁力線ができる」というのが右ネジの法則です。

 

 こちら側(図右)では、電線Aの電流が右ネジの法則にしたがってつくる磁力線が、電線Bを流れる電流に左手の法則にしたがって力を及ぼした結果、Bの電線はAに引っぱられる方向に力を受けています。

 

 鏡の世界(図左)では、電流Aの電流が右ネジの法則にしたがってつくる磁力線が、電線Bを流れる電流に左手の法則にしたがって力を及ぼした結果、Bの電線はAに引っぱられる方向に力を受けています。

 

 つまり、鏡の世界でも、こちら側と同じ物理法則を用いて、「同じ方向に流れる2つの電流は引き合う」ことが説明できます。

 

 ところが、これをべつの見方で見ることもできるのです。

 

 最初に端的に考えたように、「鏡の世界では右が左に、左が右になる」というルールがあるものとしましょう。

 

 そうすると、鏡の世界では電磁力に関して「右手の法則」、電流のつくる磁場については「左ネジの法則」が使えることになりますね。

 

 その発想で書いた図が、次の図です。

 

 

 鏡の世界(図左)では、電線Aの電流がつくる磁力線は左ネジの回転方向にできており、電線Bの電流がその磁力線から受ける力は右手の法則にしたがっています。

 

 ところが、この場合も、電線Bは、電線Aに引っぱられるという、物理的に同じ結果になるのですね。

 

 つまり、磁石のNSや磁力線といった、副次的な要素を無視して、電気だけの要素で物理現象を見れば、「同じ向きの電流は引き合うという物理現象が鏡の世界でも同じように成り立つ」という単純な結果になるのです。左手か右手か、右ネジか左ネジか、という問題は、磁石や磁力線が絡んだとき登場する、いわば副次的な問題だったのですね。

 

 これを踏まえれば、専門の理論物理学者がよく「右手の法則か左手の法則かということはたいした問題ではない」と話すことの意味が見えてきます。

 

 でも、どちらでもいいなら、単純な方がいいに決まっています。

 

 磁石を電磁石として考え、どちらの世界にも同じ「左手の法則」と「右ネジの法則」が成り立つと考えた方が、単純ですっきりします。

 

 それでは、今回はこのへんで。

 

 道筋もかなり見えてきたのではないかと思います。

 

 

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