鏡の問題、前回で一区切りと思っていましたが、昔の3年理系の物理ノートの後半でさらにおもしろい展開が続いていたのを見つけましたので、それを2〜3回に分けて紹介して、鏡の問題の本当の区切りにしたいと思います。
冒頭のイラストはファラデー先生とその鏡像です。
なぜ光の鏡の問題で、電磁気のファラデー先生に登場してもらったかというと・・・
今回の質問リレー、じつは鏡の問題を電磁気で考える、という展開なんでありますよ。
以前の展開のとき、鏡にフレミングの法則を映すとどうなるか、という発想をした人がいましたが、それに触発されて、それをもっと深く追求し始めた人たちがいたんですね。
本当はノートに生徒が描いた絵をそのまま載せたかったんですが、ちょっと見にくいので描き直しました。一見、なにがなんだかよく分からない絵もありますが、本人の書いた文章と見比べて読むと、とてもオモシロイ発想であることがわかり、楽しめます。
考えを深めることで、素粒子の理論でよく話題になるPC対称性とか、PCT対称性とかにつながる発想も登場します。
ぼくのコメントは、できるだけまとめて入れるようにしました。生徒の書いた文章の流れをなるべく壊さないようにするためです。
例によって、本文の内容を損なわない程度に、文章を短くしたり省略したりしていますが、基本的には書いた人の文章のままです。
では、思考の冒険へ、GO!
*** *** ***
【Tくんの意見】
鏡の問題は、一周してもまだ解決していない恐ろしい問題です。だいたい問題そのものについては、みんながいったことに付け加えることはありません。そこで、以前Yくんがやっていた鏡の像の物理法則について考えてみようと思います。
まず、鏡の像を外から見たときについて考えます。Yくんは左手・右手の法則を使っていましたが、ここではもっと簡単に右ねじの法則を使います。
だから、現実と鏡像の物理法則は違うという意見でした。
しかし、ぼくの意見は「現実も鏡像も右ねじの法則だけで説明できる」というものです。Yくんによると、
ということですが、これはあまりにも安直な考え方です。
磁石が磁石であるのは、磁石である原子が同じ向きに並んでいるからです。
ではなぜ原子が磁石になるかというと、下図のように原子内を電子が回転し、それによって電流が流れているのと同じ効果が生じ、磁石になるのです。
鏡像中でも右ねじの法則が使えるとすれば、
だから
となり、別に矛盾はありません。
なぜなら、N極、S極、磁力線の向きというのは、絶対的なものではないからです。どちらをN極かS極か決めるのが右ねじ(左ねじ)の法則です。人間が決めるのだから、どちらを選んでも矛盾しません。鏡像では右ねじの法則が成立しているといってもいいし、左ねじの法則が成立しているといってもいい。現実でも同じです。現実と鏡像で物理法則が違うということではありません。
現実で自分が右手を上げたのに鏡像の自分が左手を上げたといって、物理法則が違うといえないのと同じです。
これだけで終わってはYくんの意見にケチをつけただけになってしまいます。そこで「鏡による左右の変換によって物理法則は変わらない。それならばその他の変換についてはどうか」ということを考えてみましょう。
その1.−と+が入れ替わる。・・・物理法則は不変。
その2.時間が逆。・・・やはり物理法則は不変。
電気量が逆になっても感じられません。したがって、世界中の電気量が逆になったら、以前の記憶の有無にかかわらず、区別がつきません。(物理法則は同じ)
時間が逆になったら当然わかります。しかし、そのとき、以前の時間の流れについての記憶を失っていたら、物理法則は同じだからわかりません。
*** *** ***
【ひろじのつぶやき】
鏡で左右がなぜ逆になるかという問題から、議論が深まり、いよいよ鏡に映した世界の物理法則へと、思考の冒険が進んでいきます。
Tくんの鋭いところは、磁石を磁石のままで考えるのをやめ、電磁石(原子磁石)に置き換えて考えているところですね。
こうすると、電荷の正負の反転が、どこまで物理現象に影響するかを単純に考えることができます。
鏡に映した磁石のNSの向きは反転しないかもしれない、という結論には、どきりとさせられます。
「右ネジの法則が鏡の世界でもそのままだとすると」という仮定をすることで、まずNSの向きが変わらないことを示したのち、
今度は鏡の世界でもフレミングの左手則が成立することを示しています。
でも、これ以上にスゴイのは、鏡による対称性以外の対称性についても吟味しているところです。
電荷の正負の反転により、物理法則がどうなるか、という議論には思わず唸ってしまいますね。鏡による対称性はP(パリティ)対称性と呼ばれますが、Tくんが次に挑んだのは電荷の反転、つまりC(チャージ:電荷)対称性の検討です。
ここでも、磁石を原子磁石(それぞれの図の右下)に置き換えたことで、シンプルに考えることができます。
さて、「下の図は、鏡に映した反転した図になっていない。磁石と電線の位置が反転していないじゃないか」と思った方もいらっしゃると思いますが・・・
Tくんの図にある真ん中の線は、この図では通常の鏡(図形の反転をする鏡:パリティを反転させる鏡)ではなく、電荷の正負を入れ替える電気の鏡ですから、この図でよいのです。図の右と左で、電荷の正負がすべて入れかわっていますね?
Tくんは一つ一つの思いつきを、じつに丁寧に注意深く展開しています。
まさに思考の爆発。マニアックに自分の知識をひけらかすのではなく、素朴に一つ一つ考えているのがわかるので、非常に好感が持てるし、才能を感じますね。
*** *** ***
【Fくんの意見】
鏡の問題ですが、まあ、なんと息の長い問題なんでしょうか。Tくん(先ほどの文章を書いた人)がすごいことを書いていると小耳に挟んだので見てみました。何か物理法則との関連を考えているらしいので、ぼくもそうします。
彼は磁石がどうのこうのやっていましたが、ぼくは思い切って、回路を用いることにします。
当然のことながら、現実ではA→B→C→Dの方向に電流が流れる。そうすると、右ねじの法則より、磁場が図1のように働く。
ところで、鏡像はというと、電池の向きからして、A’→B’→C'→D'の方向に流れるはずである。
もし、鏡の中でも右ねじの法則が成り立つと仮定すると、現実と同じ向きに磁場が働く。
しかし、物理法則が物と同じように鏡にうつるとすると、図2のようになるはずであり、電流は現実とは逆に流れることになる。
というわけで、今までのことをまとめてみると、
(1)鏡の中でも現実の物理法則(ここでは右ねじの法則にかぎられる)が成り立つとき
i)物理法則が物と同じようなうつり方をするとき、電流は逆向きになる。すなわち、+、ーが逆転することになる。
ii)同じようなうつり方をしないとき、磁界が逆向きになる。すなわち、N、Sが逆転することになる。
(2)鏡の中で現実の物理法則(右ねじの法則)が成り立たないとき
i)物理法則が物と同じようなうつり方をするとき、いわゆる「左ねじの法則」が成り立つ。
ii)同じようなうつり方をしないとき、N、Sが逆転することになる。
というようになるが、これは物理法則を中心に考えているという前提がある。これが、例えば、電流が現実の場合に対応した流れ方をする(鏡像でA'→B'→C'→D'と流れる)かどうかを考えると、さらに複雑になる。
最後に、地球を鏡にうつしたとき、どうなるのかを考えてみます。
ぼくは図のようになると思います。
現実の世界で北極から南極に歩くと、鏡の世界でも北から南へ歩いている、ということです。
そうすると、現実の世界で歩いている人は、左側が東、右側が西であるが、鏡の中の人には左側が西、右側が東になる。
おやっ、結局、左右の話になってしまうではないか。
*** *** ***
【つぶやき】
回路を鏡に映す、というのはいいアイディアです。
様々なケースを想定してまとめていますが、(2)のまとめはTくんのような単純明解さがありません。実際、鏡像の世界で電流がどう流れるのかなど、重要なポイントを追求する手前で足踏みしてしまいました。
これは、話が回路だけで終わってしまっているからです。Tくんのように磁石と電流の力の及ぼし合いを考えると、現象がどうなるか推測しやすいのですが、Fくんの論理だと回路の電線の回りの磁力線がどうなっているのかを判断する決定打がありません。だから、さまざまなケースを想定してまとめるしかなくなったのでしょうね。
でも、これこそが質問リレーのいいところ。これを読んで触発され、また違うケースに挑む人が現れます。
それは、また次の記事で。
では、また。
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