◎NEW MORNING
▼「新しい夜明け」
☆Bob Dylan
★ボブ・ディラン
released in 1970
CD-0410 2013/5/31
ボブ・ディラン11作目のアルバム。
1970年のボブ・ディランといえば、60年代にロックに転身してひと仕事を終えた一方、70年代中盤からの「第二次充実期」を前にした「緩い時期」。
もしくは「次の局面に備えた時期」という感じだったでしょうか。
充電期間というと休んでいたことになってしまいますが、アルバムは出し続けていたわけで。
だからかな、このアルバムの音は「ポップさがある普通のフォーク的ロック」に仕上がっていて聴きやすく、ディランの中でも割と聴く人を選ばないアルバムかもしれません。
このアルバムは、歌詞に自然の情景を多く詠み込んでいます。
緩い期間であるがゆえに、気持ちが穏やかで周りがよく見えていたのでしょうか。
ディランが単なるロックミュージシャンではなく「詩人」であって、ノーベル文学賞にノミネートされるというのも、このアルバムでは特によく分かる気がします。
そこでこの記事では、曲ごとに、僕が選んだ「自然の情景」のくだりを書きたいと思います。
このアルバムは、アル・クーパー(Keyなど)、ラス・カンケル(ds)といった名うてのミュージシャンも参加していて、特にアルはSpecial Thanksとして名前が挙げられています。
ディランは数曲でピアノも演奏しています。
1曲目If Not For You
僕はこれ、当然のごとくジョージ・ハリスンのヴァージョンをALL THINGS MUST PASSで先に聴いて大好きになりました。
オリジナルのこれの聴いたのはその少し後のことで、すごく期待して聴いたら・・・ちょっと軽すぎて拍子抜けした思い出が。
ジョージのヴァージョンでは歌と演奏の間(ま)にほのかに漂う「わびさび」のような切なさがたまらないのですが、オリジナルのこれは、カリプソ風のとても軽い感じで気持ちがさらっと流れて行ってしまう。
この違い、ジョージは「君がいない」ことを、ディランは「君がいる」ことを想って歌っているのかもしれない。
ディランの未発表音源を集めたボックスセットのTHE BOOTLEG SERIES VOL.I-IIIに、ジョージも参加したデモ音源が収録されていますが、そちらはジョージのほうのイメージに近く、しかもデモとはいってもそれなり以上にしっかりと作られており、僕はこれよりそのデモのほうが好きです。
演奏の始まりのところでボブがジョージに呼びかけている声が入っているのがなんとも温かい雰囲気で、機会があればぜひそちらも聴いていただきたい。
まあしかし、同じ曲を演奏する時の「気分」によって変えるのはディランにはむしろ「自然なこと」であるし、もちろん曲自体素晴らしく、これはこれでだんだんと気に入ってきました。
アルバム1曲目としても、つかみはいい感じですし。
この曲を僕がジョージのを聴いた最初から好きだったのは、こんな自然の情景が読み込まれているから。
♪If not for you, winter would have no spring
Couldn't hear a robin sing
「もし君がいなければ、冬が春を迎えることはない
ロビンの歌声も聞こえることはない」
鳥好きとしては鳥の名前が出るだけでうれしい。
だけど待てよ・・・
「ロビン」"robin"は日本ではコマドリと訳されることもありますが、日本のコマドリとは別種のヨーロッパコマドリ。
その通りヨーロッパに広く分布するかの地ではおなじみの鳥であり、名前としては音楽や文学などでもよく目に耳にすることが多い鳥。
しかし本来の「ロビン」はアメリカには生息しておらず、代わりに別の幾つかの種がアメリカでは「ロビン」と呼ばれています。
ディランはアメリカ人で、ジョージは英国人だから、この2人、同じRobinという単語から思い浮かべる鳥の種が違うはずで、だから頭の中に聞こえてくる声のイメージも違うのではないかな・・・
つまり2人は、違う鳥を頭の中に描きながら同じ曲を演奏していた、というわけ。
そもそもディランは、どちらの「ロビン」をイメージして作詞したのだろう。
アメリカ人だからアメリカのと考えるのが一見自然だけど、ディランは英国の詩にも造詣が深いはずだから、文学経由で英国の「ロビン」をイメージしたのかもしれない。
いっそのこと、2人に鳥の囀りの音を聞き比べてもらえれば楽しかったのに(笑)。
ちなみに、ジョージのヴァージョンは特にこの言葉を歌うところが切ないくていいんですが、だからさらりと流して歌ったボブには最初はちょっとがっかりだった。
オリヴィア・ニュートン・ジョンもこの曲を歌っていますが、そうだ、いつも話題に上げる大学時代のロッド・スチュワートが好きで友だちになったSは、「このIf Not For Youってオリヴィアの曲だろ!?」と、いつも僕をからかうように話していたっけ。
ともあれ、僕にはひとつの歌を超えて意味が大きい曲。
2曲目Day Of The Locusts
"Locust"って何かと思い、調べてみると、「イナゴ」「セミ」ということ。
驚いた、英国人にはイナゴとセミが同じに見えるのか(笑)、科はおろか目(もく)も違うぞ(イナゴはバッタ目、セミはカメムシ目)。
そしてこの曲には次のようなくだりがありますが、
♪Oh, the locusts sang their high whining trill
鳴くイナゴは知らないので、これは「セミ」でしょう。
つまり、「セミが鳴くころ」という曲ですね。
もうひとつ驚いたのは、西洋の人は虫の鳴き声を愛でることはせず、単なる(雑)音にしか聞こえないと言われているから。
環境問題先進国のドイツの研究者が日本に来た際に、日本では一般人が、アキアカネ、オニヤンマ、シオカラトンボなどとんぼの種類をある程度識別していることに驚いたという話を知り合いから聞きました。
また、ビートルズのSun Kingにはイントロに虫の音が入っていて、日本人である僕はそれを聴くと、何という種類の昆虫の声だろう、どんな姿かたちをしているのだろう、と想像することが極めて自然な行為ですが、西洋の人にはやはり雑音にしか聞こえないらしく、あのSEは秋の風情を表したというよりは、雑音も楽しんでみようという意図なのだという話。
もっともこれはジョンの曲で、ヨーコさんがいたことだし、多少は日本人の影響はあるのかもしれないけれど。
まあとにかく、雑音にしか聞こえないはずの虫の声、詩人であるディランは、セミの鳴き声に雑音以上の何かを感じているようですね。
先に引用した部分の"whinin' trill”というのは「かん高くて震える音」という意味で、その言葉を選ぶセンスがやはり詩人。
でも、サビで執拗に繰り返す熱い歌メロが、「セミのやろう、暑いのに鳴きやがって、、、」みたいな感じに聞こえて、決して気持ちがいい音ではないと言いたいのかな(笑)。
曲は、ディランにしてはストレートで分かりやすい。
ともあれ、ここまで2曲続けて、僕の本業ともいえる野生動植物について音楽と絡めて話ができたのがうれしい(笑)。
3曲目Time Passes Slowly
カントリー・ブルーズ調の静かな曲で、ゆったりとした感じを表すのにワルツはぴったりですね。
♪Catch the wild fishes that float through the stream
「小川に浮かぶ野生の魚を捕まえよう」
そうか、魚って、泳ぐのではなく浮かぶものなんだ。
曲自体は大人しい中、ディランの声が異様なまでのハイテンションで押し通してゆき、演奏もジャブの応酬のように攻め続けています。
4曲目Went To See The Gypsy
続いて曲は落ち着いているけど歌と演奏が攻撃的な曲、レゲェですね。
ホテルにジプシーに会いに行くという物語風のもので、お得意の人間模様が繰り広げられていて、最後はこんなくだりでちょっと寂しく終わります。
♪So I watched that sun come rising
From that little Minnesota town
「僕はミネソタの小さな町で太陽が昇るのを見ていた」
ボブ・ディランはミネソタ州出身、これは回想シーンかな。
この中では最も従来の「フォーク」っぽい曲。
5曲目Winterlude
静かで軽やかで爽やかで美しいワルツのバラード。
これはとってもとってもいい雰囲気ですね。
タイトルのWinterludeとは、Interlude=「間奏曲」をもじったもので、冬の日の束の間の暖かな日を感じさせる肩の力が抜けた曲。
要は「結婚しよう」と歌っていて、暖炉の横で恋人と語り合っている姿をそのまま音で表したイメージ。
こうした暖かい曲がなんの予兆もなくぽっと出てくるのが、ディランの天賦の才能だと実感します。
歌詞もやはり豊かな情景が描かれていますが
♪The moonlight reflects from the window
Where the snowflakes, they cover the sand
「月明かりが窓に反射している、窓の外には砂を覆い尽くす雪が」
聴く者の心が洗われ清らかになる、感動的な隠れた名曲。
ちなみに、Tr1は春、Tr2は夏、これは冬と季節感も読み込んでいますが、ということは3曲目か4曲目は秋ということなのでしょうね。
6曲目If Dogs Run Free
僕自身のアルバムの最大の聴きどころは、なんといってもこれ!
面白い、面白すぎる!
跳ね回るような軽やかなピアノから曲が始まるのはショパンの「子犬のワルツ」のイメージか!?
ジャズっぽい曲調のかなりラフかつフリーなスタイルの中、ディランの声も歌い方も、まあいい意味でテキトー。
ギターもテキトー、ピアノはうるさいくらいに高鳴り続け、セミアコギターの軽やかな響きにも頬が緩む。
そしてなにより、ひとりの女性がコケティッシュな声で、「う~」「いゃた」「あははっは」「ふぅ~」「どぅどぅどぅ」「あーおっ」などといったかわいらしいスキャットというか「奇声」を、ディランの声の後ろでずっと発し続けている。
これはきっと犬をイメージしているに違いない!
この楽しい声の主は、メリーサ・スチュワート Maeretha Stewart。
犬好きとしては、バックで犬が吠え続けているピンク・フロイドのSeamusと並んで、思わずにっこりの曲。
でも。
この女性のスキャットが僕には、どちらかというと、「猫」のイメージに聴こえてなりません・・・
多分、タイトルを見ないで曲を聴いたとすれば、きっと僕は犬よりも猫だと思ったに違いない。
まあそれでもこんな楽しい曲はめったにないこと請け合い!
7曲目New Morning
アルバムタイトル曲は軽やかでポップな明るい曲。
低血圧の人には朝から元気すぎるかもしれない(笑)。
間奏のギターソロもオルガンもまた冗長に語り掛けてくる、このオルガンはアル・クーパーでしょうねきっと。
この曲の自然的な情景は冒頭から現れます。
♪Can't you hear that rooster crowin'
Rabbit runnin' down across the road
「鶏の鳴き声が聞こえないか?
兎が道を横切って走るのが?」
またまた話はそっちの方向に外れますが(笑)、兎が走るといえばどうしてもポール・マッカートニー(&ウィングス)のBand On The Runを思い浮かべるけれど、まさかポールはこの曲このアルバムを好きだった・・・!?
まあそれはいいとして、「新しい朝」という言葉のイメージがシンプルだけど新鮮な響きであり、「いつもとは違う朝」の気持ちが伝わってきます。
でも、このジャケット写真、「新しい朝」に、僕なら、ひげは剃りたいですね(笑)。
まあともかく、僕の「朝から元気が出る曲」リストの1曲。
8曲目Sign On The Window
このアルバム初、しみじみ系のピアノ弾き語り風のバラード。
♪Build me a cabin in Utah
Marry me a wife, catch rainbow trout
「ユタに山小屋を構え、妻と結婚し、ニジマスを捕まえている」
ディランは魚が好きなのかな。
ソローの『森の生活』にあこがれていたとか。
それまで懸命にかつなんとなく進んできた人生から半歩下がって振り返ったといった趣きの、楽しさよりも寂寥感に覆われる曲。
9曲目One More Weekend
お得意のブルーズ形式の曲、というよりブルーズ。
シャッフルビートで歌も演奏もうきうきした感じ。
スライドにソロにエレクトリック・ギターが冴え、前の曲で少し沈んだところを、盛り返してきます。
♪Slippin' and slidin' like a weasel on the run
「イタチが走るように滑って転んで」
こんどlはイタチ、いやはやいろんな動物が出てきます。
Slippin' And Slidin'はジョン・レノンがカバーしたロックンロールのスタンダードとしても有名で、ディランもその曲が頭になかったはずがない。
でも、ジョン・レノンはBLONDE ON BLONDEの後のディランを両耳で聞くのをやめたというので、このくだりが頭にあった上で後にその曲を歌ったかどうか分からないですね。
10曲目The Man In Me
いきなりのハミングでちょっとハッピーな気分で、歌メロもポップ、和やかな気分にさせられる曲。
でも、ちょっとだけ深刻な部分が顔を見せている。
歌詞をひとことでいうと、「僕はこんな奴だけど、あなたを守る、それでいいかな」と、ちょっと言い訳っぽいところにかわいげがあります(笑)。
New Morningを落ち着かせて補完したような感じも受ける曲。
11曲目Three Angels
ゴスペル調の重たい歌。
無宗教の僕には、ちょっと真意がつかみにくいのが残念だけど、こんなくだりでも。
♪The dogs and pigeons fly up and they flutter around
「犬と鳩が当たりで舞い上がっている」
この曲も全般的には街角の描写と読みました。
12曲目Father Of Night
女声コーラスとしなやかに小躍りするように低音でブギーするピアノ。
ディランの声以外の音はそれだけ。
だからこのピアノはディラン自身が弾いているのかな。
何か、不思議と心を引きずり込まれるような曲。
Father, who teacheth the bird to fly
「鳥が飛ぶことを教えてくれた父」
父への思いなのかな、だけどこれも僕にはつかみにくい歌詞でした。
2分もない短い曲ですが、最後2曲が重たくて、楽しいだけではない、「新しい朝」に向けての覚悟のようなものを感じさせます。
これはディランの中でもよく聴くほうのアルバム。
でも、ディランはまだまだよく聴いていないアルバムがたくさんあります。
リマスター盤が出る度に聴き込んでいくことにしていて、これは現時点で最後に出たリマスター盤ですが、実はまだ1/3ほどのアルバムがリマスター化されていません。
これが出てもう4年が経つというのに、新たな情報もなし。
数が多いので少しずつリマスター化することは分かるにしても、途中で放り出されるようなやりかたは、ファンとしても寂しい、レコード会社も考え直してほしいものです。
それはヴァン・モリソンとて同じこと。
などとたまには不平不満を口にしてみましたが、このアルバム自体とは関係のない話でしたね、失礼しました。
「緩い時期」「準備期間」と僕は言ったけれど、ボブ・ディランらしさを期待して聴くのであれば、その魅力は十分すぎるくらいに伝わってきます。
世間的に名盤と言われているかどうかは分からないけれど、素晴らしいアルバムには違いありません。
「新しい朝」という比喩が、人間生活のすべてに通じるメッセージでもありますからね。
僕はもちろんボブ・ディランの曲の歌詞のすべてを知っているわけではないけれど、1枚にこれだけ集中して野生生物の名前が出てきて自然の情景を読み込んでいるアルバムは、おそらく他にはないのではないかな。
その点これは「自然賛歌」ともいえるアルバム、どうりで僕が好きになるはず。
それにしても、犬の曲は、どう聴いても猫だよなあ。
少なくともうちのハウは、あんな身軽じゃないから・・・(笑)・・・