THE LAST D.J. トム・ペティ&ザ・ハートブレカーズ | 自然と音楽の森

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 THE LAST DJ
 Tom Petty & The Hearbreakers
 ザ・ラスト・DJ
 トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズ
 (2002)

 蝶、いや超久し振りにアルバムの(長い)記事。
 トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズが2002年に発表した作品。

 僕は当時、「ついに彼らはこんなにも素晴らしいアルバムを作ったか」といたく感動したものです。
 彼らはこの後2枚のスタジオアルバムを作っていますが、「エンターテイメントとしてのロックミュージック」という点でいえば、これがいちばんよくできたアルバムだと今でも思う、今回聴き直しあらためてそうも思いましたし。

 当時の僕は「エンターテイメントとしての」という条件がつかない、トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズの最高傑作と思った。
 しかし、その後2作を聴いた今はそうは思わない。
 MOJO、HYPNOTIC EYEと、異様なほどに研ぎ澄まされた感覚、あまりにもストイックで求道的な作品を聴いてしまうと、このアルバムは贅肉が多すぎていささか太っちょに感じられます。

 本人たちがそれで構わないというのであればいいのだけれど、でも、トム達は実際にあれだけストイックで求道的な作品を2枚も作ってしまったのだから、これが完成形とは思っていなかった。
 むしろ、やり過ぎてしまったことを反省して次に進むことにした。
 このアルバムは商業ロックの「総括」として捉える方が自然です。
 実際このアルバムから次作MOJOまでの間は8年あいており、その間にキャリアを総括するようなLIVE ANTHOLOGYを出し、半ば活動休止状態になっていたことこからも、このアルバムの後
次に進むための相当な心構えが必要だったことが窺えます。

 ただし、(言いたくないけど)最後2作の求道精神がきつい、という人にはむしろこれは聴きやすくていいでしょう。
 曲はいいのはもちろん、仕掛けも多いし、メッセージ性もある、それをうまくエンターテイメントとしてまとめた作品ではあります。

 このアルバムの半分ほどの曲は、音楽業界やそれを牛耳る人を皮肉った内容となっています。
 全体がそうであるならこれは「コンセプトアルバム」と呼べるのでしょうけれど、残り半分はそうではない。

 音楽業界を皮肉った曲といえば僕が真っ先に思い浮かべるのは、ジョン・フォガティのアルバムCENTERFIELDの幾つかの曲。
 ジョン・フォガティはクリーデンス・クリアウォーター・リヴァイヴァル時代の不当な契約により10年ほどレコードを出せなかった。
 ようやく解放され出すことができたのがそのアルバムでしたが、僕はその背景を知っていたので、高校時代に買ったLPにあるMr. Greed「どん欲男」という曲名からすぐに内容が想像できました。
 さらには豚のアニメが踊るビデオクリップが面白いVang Cunt Danzも同じ人のことを歌った曲であったりと。
 ただですね、その皮肉られた対象の人が実は僕が好きな映画10本に入る『アマデウス』を制作した人だと後で知って、なんとも複雑な思いにはなりましたが、まあこれは余談。

 トムに話を戻すと、しかし今作のトムは、ジョン・フォガティのように実際に自分が被害や影響を受けたリアルな話というよりは、寓話化して表現しているだけと受け取れます。
 大なり小なり思う部分はあったのでしょうけれどこれはひとつのショーであって、ジョン・フォガティほど重くない。

 どちらのモチーフの曲にも共通したテーマがありますが、それは
 「見えないものの大切さ」
 それは夢だったり、信念だったり、感情だったり、純真さだったり。
 トムにはそうしたものはお金では買えないしお金で動かすこともできないというひとつの信念がある。
 そのことを象徴しているのが、小さい頃夢中になった「DJ」だったのでしょう。





 1曲目 The Last D.J.
 タイトルから想像できるのは、例えばバグルスのVideo Killed A Radio Starだったり、クイーンのRadio Ga-Gaだったりという、音楽を通して時代の流れ、時代に置いて行かれることを表しているということ。
 ここではアナログからデジタルへの移行によりアナログ的なものが追いやられてしまうことを危惧している。
 "The last human voice"というくだりがそれを象徴しています。
 ただですね、それから時代が一回りを過ぎた今、ここで危惧されたほどアナログ的なものは死んでいないですよね。
 音楽でいえばむしろここ数年でレコードも復活してきている。
 多分トム達も、アナログ的なものが死ぬまでは至らないだろうという「読み」はあったと思う、願望以上に確かな「読み」が。
 しかしそれをショーとして表現しきるためにここでは妥協せず危惧する部分を中心に据えたのではないかな、と。
 この曲はまあいかにもトム・ペティらしい憂いがありながらも、基本アップテンポのロックンロールに適度に心地よい歌メロで、トム達の中でもポップな曲としては上位に来るでしょう。
 アルバムのつかみは最強。


 2曲目 Money Becomes King
 子どもの頃はお金に踊らされなかった。
 或いは、昔は世の中お金がすべてではなかった。
 若い頃はお金のために音楽をしていたわけではなかった。
 しかし、今やお金は王様となった。
 大仰なストリングスとほの暗さがノスタルジーを煽るミディアムスロウの曲。


 3曲目 Dreamville
 「夢の村」というタイトルの通り、夢のような生活への憧れを歌う。
 しかし子どもの頃はそうだったのではないかという思いもあるが、それは幻想だったと大人になると気づく。
 たおやかできれいな響きだけどどこか寂しい、青空を見上げた時の虚しさのような曲。


 4曲目 Joe
 この曲でトムは壊れます。
 1'11" ♪みゅぅぅぅ~~~ぢぃぇっっっくぅ
 ジョーはレコード会社のCEOで、音楽により世の中を動かす人。
 かわいい女の子をステージに上げてそれなりの演奏をすれば音楽は売れるという安易な発想を持っている。
 歌詞を読んで、何となく日本のYAという人を思い出した・・・
 アルファベットと数字が名前の女性アイドルグループのボス。
 トムはそれをあくまでも架空の物語として皮肉ったのだろうけれど。
 そのアイドルの音楽について歌うトムの声が、壊れている。
 トムの声は正直、苦手な人は苦手だと思う。
 癖がある、ちょっと嫌みっぽく聞こえてしまう。
 最後の呟きも嫌みたっぷり。
 トムはそれを知ってか知らずか、ここでその声を最強の武器として嫌みたっぷりに"music"と歌う。
 最初に聴いて僕は「ついにやってしまったか」と思った。
 あの声にしてこの曲。
 そういう意味ではトムの歌手としてのひとつの頂点かもしれない。
 そして蛇足ながら、この曲を最初に聴いた当時、僕は芥川龍之介の「河童」を思い出しました。
 人々の心に害を与える音楽を作る河童の名前が「ロック」だった、ということを。


 5曲目 When A Kid Goes Bad
 子どもが悪くなる時。
 自嘲的に物事を捉えるロックな考えでいうとそれは、子どもがロックミュージックを聴くようになった時。
 しかしこのアルバムは「信念を曲げるな」がテーマであり、そのためには「子どもの心を持ち続けること」と説いている。
 曲は鈍色の雲のような重たさ。
 ルーツが見えやすい古臭いR&Bヒットソング風だけど、歌の17小節目から10小節に及ぶパッセージではサイケデリック風の味付けになるのが面白い。


 6曲目 Like A Diamond
 この曲はあの素晴らしいトムのソロ2作目WILDFLOWERS(記事こちら)の経験が生かされている、夢見心地の美しい曲。
 ダブルトラックで歌うトムの声もノスタルジーを感じさせる。
 「彼女はまるで太陽にさらされたダイナモンドのように輝く」と控えめに美しさを称えているけれど、聴きようによっては、彼女は「永遠の存在」になってしまったの? と思わなくもない。
 トムの個性である「陰り」が曲に深みを持たせています。


 7曲目 Lost Children
 ブルーズ風の大仰なギターリフによるイントロに続いて、素っ頓狂な高い声でまろやかに歌い始めるトム。
 この感覚はこの人このバンド独特のもので誰も真似できない。
 ほんと、ギターからトムの声の切り替わりがユーモラスであり、考えさせられる。
「失われた子どもたち」というタイトルだけ余計に。
 彼らも当たり前にブルーズが大好きなことが分かり、ある意味ほっとする曲ではないかとも思う。
 ギターリフの上にのっかってくるマイク・キャンベルのギターソロもブルージーというよりはブルーズ。
 ベンモント・テンチのオルガンはトラフィック風と言ってしまおう。
 60年代英国ブルーズの香りがアメリカの中に復活した曲。


 8曲目 Blue Sunday
 カントリー調ではないけれどアコースティックギター基調の曲。
 やっぱりトムの声は素っ頓狂と感じる、かも。
 曲全体は落ち着いているのに、声は宙に浮いている。
 よぉく読むと性的な比喩が使われている(うまくいかなかった)。
 それもそのはず、彼女と何かがすれ違っている。
 セブンイレブンで出会った2人の恋は短かった、のか。


 9曲目 You And Me
 これもWILDFLOWERSの流れといっていい。
 軽やかなリズムと歌メロに心が踊り浮いてくる、この中では珍しく陰りがあまり感じられない爽やかな曲。
 短いけれど、ほんといい意味でそれだけの曲。
 トムのベースが目立つ、ベース好きトム好きにはたまらない。


 10曲目 The Man Who Loves Women
 毎日誰かに一目惚れしてしまう惚れっぽい男の歌。
 つれがちゃんといるにもかかわらず。
 フレンチポップ風の軽やかな響きはトム達には珍しいスタイル。
 でも、フレンチというところがこのモチーフに合っている、というかもうこれしかないという旨味。
 "Women, women,women"と猫みたいに歌うトムが意外とかわいらしかったり!?
 しかも、ゲストのコーラスがリンジー・バッキンガム。
 女ったら・・・失礼、なんともユーモラスな曲。
 そのコーラスの入り方、そこにしか使われない旋律など、なんとも素晴らしいいアイディア。
 そして余談というか、リンジーの加入と入れ替わりフリートウッド・マックを辞めたボブ・ウェルチの初ソロ作がFRENCH KISSだったことを思い出したりもします。


 11曲目 Have Love, Will Travel
 明るい曲が続き、結局は希望に満ちたままアルバムは終わる。
 と思わせる1曲で、ラストという雰囲気がする曲。
 救われたというか、道の前に希望が転がっている、そんな響き。
 最初の8小節のAメロが終わったところで入る、「じゃらじゃらじゃららーん」という強烈なギターリフがあまりにも印象的で、気がつくと歌ではなくそれを口ずさんでしまう。
 カントリーロック風だけど味付けはやっぱりブルーズという1曲。
 さて、実はアルバムはまだ終わりではない。
 その証拠にというか逃げるようにこの曲はあっさりと終わる。
 そして。


 12曲目 Can't Stop The Sun
 音楽業界を皮肉った曲でアルバムは幕を下ろします。
  あなたはたとえ僕のお金を持ち去ろうとも
  僕のマイクをオフにしようとも
  あなたには感じとれない僕の心を盗むことはできない
 トムが音楽をしたいという気持ちは太陽と同じ。
 誰にも止められない。
 そう歌うこの曲はまるで太陽を覆い隠す灰色の雲。
 聴いていると気持ちがふさいでしまう響き。
 もしかしてほんとうにトム達はこの頃はもうやってゆけないと思い詰めていたのかもしれない。
 それが最初に書いたバンドのこの後につながってゆく。
 曲の中で一度しか出てこない中間部で"Hey Mr. Businessman"と歌う旋律があまりにも物悲しく、かつこれ以上ないというほどに美しいのは、音楽業界に対する最大級の皮肉と受け取れます。
 ブルーズフィーリングに溢れるカッコいい曲ですが、そのカッコよさゆえに余計に重くのしかかってきます。
 すごい、こんな曲を作ってしまったなんて。


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 トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズ

 最後のアルバムが最高傑作だったというアーティストを僕は他には知りません。
 
 ビートルズは、最後に作ったABBEY ROADを最高傑作とすることはできるかもしれないですが、これは好みの問題を別としても異論がありそうなところであり、しかもリリース順ではLET IT BEの方が後ですし。
 普通は、最高傑作を作るとそこから先は壁を打ち破れないで終わるか趣味の世界に走って長く続けるかのどちらかになるものでしょう。

 トム達はこのアルバムをものにした後にまた壁を破った。
 しかも二度も続けて破った。
 その間にキャリアを一度総括する必要はあったのですが、それでも成し遂げた。
 HYPNOTIC...を聴いて、次はどんなアルバムを作ってしまうのか想像すると恐ろしくもあった。
 一方、正直にいえば、この後は趣味の世界でソフトランディングしてゆくかもしれないとも思った。
 僕はファンだから、それはそれでも構わなかった。
 少なくともずっと買って聴き続けてゆける。

 それが終わってしまった。

 趣味の世界でいいから続いて欲しかった。

 最後に最高傑作を作ったあまりにも偉大なバンドとして、トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズは歴史にのその名を刻むことになるのでしょう。
 それがよかったのかどうか。

 今は、それはよくないとしか言えません。


 トム・ペティ、ありがとう。
 これからも聴き続けます。