やせっぽちのヒロシのブログ

やせっぽちのヒロシのブログ

音楽とお酒が大好きです。
趣味は国際交流?(笑)。

ドリー・パートンの歌を最初に聴いたのがいつだったかはよく憶えていませんが、多分中学生くらいの頃からよく聴いていたFM番組などで偶然聴いていたかもしれないし、もしかしたらマリア・マルダーの歌う"Tennessee Mountain Home"の方がDolly本人の歌よりも早かったかもしれません。

 

日本ではオリヴィア・ニュートン・ジョンがカヴァーした"Jolene"がヒットしたこともありましたね。
実際に彼女を意識して聴くようになったのは、1970年代後半に"Here You Come Again"など彼女がいくつかポップ・チャートでヒットを出していた頃になってからだと思います。

 

そして彼女の歌では"Coat Of Many Colors"の歌詞がたまたま何かの雑誌で紹介されていて、その内容に心を打たれた記憶があります。

今思うとクラレンス・カーターの"Patches"に似たテイストを持つ、あるいは美輪明宏の「ヨイトマケの唄」あたりにも通じるところもあったかな?

1979年にレコード店の店員になって間もない頃に彼女の来日公演がありましたが、当時はまだそれほど彼女に関心があった訳ではなく観に行きませんでした。これは今も悔いています。そして、数ヶ月後にはカントリー&ブルーグラス担当になったことで、以後ほぼ毎年アルバムを出していた彼女の歌を否応無しによく耳にするようになりましたが、カントリーを基調にしながらも幅広い選曲でポップな楽しい作りのアルバムになっていました。

このビートルズのカヴァーにはのけぞったものでした。


更に彼女は映画にも進出、日本でも公開された「9時から5時まで」では主題歌も歌い大ヒット、

でも、日本でも映画はヒットしたものの、主題歌の方は売れなかったのですよね。この曲をフィーチャーしたアルバムもウッディ・ガスリーの"Deportee"やボビー・ベアのヒットで知られる"Detroit City"なども収録し地味ながらも素敵な作品でしたし、私がレコード店に居た1986年春までの間にはケニー・ロジャースとの共演で大ヒットした曲もありましたが、

日本ではサッパリでした。私の居たお店でも輸入盤は毎回売れ残り見切り品としてバーゲンに出されてしまいました。多分雑誌などで一番話題になったのもリンダ・ロンスタットやエミルー・ハリスと組んだトリオくらいだったと思います。


1990年代にはホイットニー・ヒューストンの主演した映画「ボディガード」で彼女の歌うドリーの名曲「アイ・ウィル・オールウェイズ・ラヴ・ユー」が大ヒットしましたが、

残念ながら作者のドリーに関心を持った人はほとんど居なかったのではないでしょうか?

ちなみに私はこの歌は最初にリンダ・ロンスタットで知ったように思います。 

その一方で、アメリカではドリーはいよいよ名声を得て、社会奉仕活動も熱心に取り組んでいたことで、国民的な英雄になっていったように思います。先のホイットニー・ヒューストンのヒットで得た多額の印税も自身で貯め込まずにブラック・コミュニティに寄付していたことも今回の訃報で知りました。
音楽的な活動も積極的で、多くのアルバムを発表、近年は一時期のポップからカントリーの王道に回帰していったのも、この人にとっては当然の成り行きだったのかもしれません。

 

それでもコンサートでは常に観客を楽しませるエンターテイナーぶりを発揮。そのあたりはYouTubeに上がっている多くの動画で確認できます。このツェッペリンのカヴァーはオリジナルの雰囲気を残しつつ、後半はいかにもカントリーらしい盛り上げ方を見せてくれます。


更に近年ではロックの名曲を豪華ゲストを迎えて収録した"Rockstar"なんてアルバムも出していましたが、

日本では全く話題にならずで、そもそもこの四半世紀日本盤なんかも出ていなかったのではないでしょうか?

彼女の死を受けて、SNSでは同世代は勿論孫のような世代までジャンルを超越した多くのミュージシャンから追悼のコメントが上がっています。それらを読んで彼女の幅広い交友関係と影響力の強さを感じずにはいられませんでした。

【追悼ドリー・パートン】ポール・マッカートニー/ミック・ジャガー/リンダ・ロンシュタット/シンディ・ローパー/キャロル・キング/テイラー・スウィフト他 - amass

アメリカのアイコン、ドリー・パートンが亡くなる。享年80歳。ビヨンセ、テイラー・スウィフト、エミネム、ジャック・ホワイト、ポール・マッカートニーらが次々に追悼 (2026/08/27) 中村明美の「ニューヨーク通信」 |音楽情報サイトrockinon.com(ロッキング・オン ドットコム)
色々な意味でアメリカを象徴するエンターテイナーだったと思います。

やはり一度はコンサートを観たかったなぁ。


何はともあれ、謹んでご冥福をお祈りします。

 

グラディス・ナイトは追悼の言葉を彼女のこの名曲にかけてWe will always love youと締めましたが、多分それはみんなの気持ちでしょうね。