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ぷぷぷ日記

映画・マンガ・アニメ・小説・歴史・日々の雑記帳。

更新は思いついたとき。

友ケ島

 
友ケ島に行ってきました。和歌山市が海に突き出た先っぽの先、関西国際空港の南といえばいいでしょうか。ここに第二次大戦中に使用された海軍聴音所があったというので、少し興味がありました。外海から大阪湾へ入ろうとする潜水艦の音にひたすら耳を傾ける・・・・こちらの音が聞こえてはまずいので、静かにしていなければなりません。地味にさびしい任務ですね。
内部は壊れた2段ベッド(?)が放置され、荒れておりました。

旧海軍聴音所

 よく調べずに行って驚いたのが、こちら↓の第三砲台。友ケ島のパンフレットを見るだけでも第一から第五までの砲台、上記の聴音所など小さい島にたくさんの設備があったとわかるのですが、この第三砲台は規模が大きく、よく補修されていて圧巻でした。土木学会が推賞するほど立派なものです。
友ケ島第三砲台 
銘板によると竣工は明治25年(1892)。旅順でロシアが要塞をつくってたのと同じころではないですか! 旅順に行ったときに見た要塞と似てるなーーと思ったんですが、日本でもこんなの作ってたんだ! と感心。
4つの区画に2門ずつ、計8門の28サンチ榴弾砲が据えられていたそうです。日露戦で旅順攻略のためにお台場から送ったという28サンチ砲、こんなとこにもあったんですね。友が島内ののほかの砲台、また淡路島を含むこの地区全体ではもっと数があったようです。
下の写真、丸い部分が砲台のあとです。最初、大きいので池かと思いました(^_^;)
28サンチ砲台あと 


このあたりは黒船来航以来、防衛拠点とされていたとか・・・考えてみれば内海への入り口なんだから当然ですね。第二次大戦時はさすがに航空戦の時代になっていたので活躍の機会は、とんとなかったようですが。


将官宿舎 
↑ これは将官宿舎内部です。砲台より少し手前に位置してました。同敷地内の発電所が立派なレンガ造りなのに対し、こちらは木造和風の小さな家といったかんじ。床板が失われ、束基礎が見えていますが、奥の壁面は床の間と書院が面影をとどめています。左手に大きな窓があり、ちょっと狭いけど庭という趣だったのでしょう。映画なんかでときどき見る南洋の将官宿舎ってこんなんだったっけ・・・。暮らしぶりを想像して楽しんだのでした。

実は、家を出た時間が遅かったため、きれいに整備された第二砲台などは見る時間がなく残念でした。GWで人が多かったので、予定の最終便の後にもう一便、船が増発されたのですが、危うくそれにも定員オーバーで乗り損ねるところでした。あぶない、あぶない・・・。

今年は旅行の計画をたてる気力がなく、弾丸日帰りだったのですが、やっぱり一泊してゆっくりしたかったなあ。島には宿もあり、キャンプをしてる人もたくさんいたようです。
 
自衛隊が連ドラ、しかもラブコメテイストの舞台になるなんて、画期的ではないですか!

準主演の綾野 剛、『八重の桜』では表情を抑制しつづける会津の殿様であられます。
同日日曜9:00からのこちらでも、やっぱり静かな無表情・・・
しかし、回を追うごとに自然な青年らしさが出てきて好感度、抜群に高いです。

過去の自衛隊ものといえば「亡国のイージス」とかアクションもの(?)だったけど、この作品は「自衛官だって普通の人間だ」と毎回伝えています。やっと、こういうものもTVドラマで取り上げても非難されない世の中になったのネ・・・と感慨深いものがあります。

私、戦闘機の着陸を見ながら熱く説明する場面など、うれしくってたまりません。数年前に岩国の航空ショーへ行ったけど、(その記事はこちらhttp://ameblo.jp/grumpy/entry-11384315334.html) 適切な解説がないと素人には難しいんですよねー

実は、30年ほど前、自衛隊に入ろうかな? と本気で考えたことがありました。女性パイロットにあこがれて、でも日本ではまだヘリパイすらいない時代、残念でした。マア私は視力体力胆力の観点から適性ゼロだったんで、問題外ですが。

ともかく高卒で自衛隊に入ろう・・・と思ったのは「国民はその国の軍隊を一度は経験すべき」という誰かの言葉に共感したからです。(他にどこで就職クチを探せばいいか見当がつかなかったというのも真実ですが) 当時は自衛隊員志望者が少なく、応募さえしていればどこかで何かに使っていただけたかも知れないなあーー と妄想してます。

で、結局、応募しなかった理由。
●各務原の航空ショーで、あまりに普通のオタクな隊員の皆さんが学芸会のノリで、美少女萌え全開の屋台を出していて、引いてしまったこと。
●友人の弟が自衛官になり、その生活ぶりを聞くと週末の外出もなかなか許可されず、車を買うにも「貯金をもう少し増やしてから」と言われるなど、生活指導がうるさすぎると聞いたこと。
●思想教育がややいきすぎと思われたこと。

30年前と今とでは、もちろん違うと思うんで、参考にはしないでください。
当時は一番簡単な任期自衛官は就職口のないヤンチャを集めていたので、生活指導も大変だったのでしょうねぇ

しかし、近年、萌え傾向はエスカレートするばかり!!!なところが気になります。自衛官も普通の人に違いないのは昔から知ってましたが、オタク度の高さをここまで前面に出すことはないのでは・・・? 普通の志望者がひいてしまいそう(^_^;) オタクだった私ですら、引いてしまったくらいですから、、、

萌えポスターの記事はこちら。
http://youpouch.com/2013/04/09/115509/

TBS『空飛ぶ広報室』 公式サイト
http://www.tbs.co.jp/soratobu-tbs/intro/




今日、ネット取引で大失敗した。
といっても、FXとか株の売買とかっていう派手な話ではない。
単に、自分の銀行口座のお金を利率のマシなネットバンクへ、移動していただけなのだ。


ネット振込そのものは時々使うものの、常用でない銀行のネットバンクというものは使い勝手にとまどう。やたら長ったらしい お客様番号、ログイン暗証、ワンタイムパスワード、確認暗証、メール通知暗証、などなど、どれがどれだっけ? なんだこりゃ、以前はこんな操作じゃなかったぞ? などとけっこうあせる。


そして振込上限額設定が低すぎて使えなかったり、出金口座を間違えたり、なかなかスマートにはいかない。高額取引なんて普段はしないから、振込上限額なんていくらかなんて忘れてた。一回10万円とかじゃ、さすがに使えない・・・・その変更の前には住所変更も済ませておかないと・・・などと環境整備を怠っていたことが悔やまれる。

長いことPCの前に座っていると、何やらアタマの働きが鈍ってくる。緊張しすぎか。

で、やってしまった。「住所変更確定」の場面で「確認パスワード」なるものを入力すべきところ、「メール通知パスワード」というものを入力してしまった。「エラー 理由 B13」などと表示が出る。なんのこっちゃ? わからん。「理由 B13」なんて、客の知らないコードで案内すな! 役所みたいダナ。。。いや、ウインドウズなんかもこんな感じか。。。いずれにしても感じが悪いぞ。


しかし、たぶん入力ミスなんだと思って同じパスワードをまた入力。またもエラー。ここでまちがったほうに頭が働く。 おお。メール通知パスワードを取得しなおすべきなのか? と。 で、メールで通知されるパスワードを再度請求、それを入力、2度やってみる。すると。メッセージが出た。「続けて誤った入力がありましたので、確認パスワードが無効になりました。文書によるパスワード再発行をお願いいたします」 だと。


-----コトの重大さがわかるまで、かなり時間がかかった。
この失敗により、もうこの銀行のネットバンクは一切使えなくなってしまったのだ。
予定していた振込は、もちろんできない。回復するには、最初にネットバンクを申し込んだときと同じ書面を作成して、郵送しなければならない。

PCであれこれ取引できたら便利だと思ったんだが、失敗するとどうしようもない。
このメガバンクの場合、通帳と印鑑とカードもある口座だから必要なら他に取引の方法はある。しかし、これがカードなし通帳なしのオリックス銀行とかだったら? 完全に郵送のやりとりと処理が済むまで入金も出金も何もできないってことになる。そう思うとちょっとおそろしくなってしまった。

このところネットバンク口座開設とか振込とか煩雑にやってたので、ちょっと私は混乱をきたしていたようだ。 もう少し落ち着いてやらないと、もっとドツボにはまりそうなんで気をつけよう。知らない人の口座に間違って振り込んだりしなかっただけマシだったのかも。


対策A: たて続けにネットバンクを操作するような無理はせず、一日一個くらいをゆっくりやる

対策B: これからネットバンクなしに生きていけるわけじゃなし、ガンガン使って慣れる。

将来的にはすべてスマホのネットで済ませるようになるかも、なので対策Bが本命なのかもしれませんねぇ。 でも、疲れる~。一日に何回もFXや株を売り買いしているみなさん、ゼロの数をまちがったり、売りと買いを逆に指示しちゃったりってことはないんでしょうか。気をつけましょう・・・

ハドリアヌス帝の古代ローマ時代、浴場設計に悩むローマ人技師がいた。理想の風呂になやむうち、現代日本の銭湯にタイムスリップ。 目を覚ませばそこに富士山の大壁画があった。「これはベスビオ火山か?」  日本の風呂文化に驚愕・・・・! というお話。

マンガで読みたいなあとおもってたのですが、実写ドラマ版をさきに見ちゃいました。古代ローマの場面では白人を主とした外国人エキストラを使用、しかし主要なキャストは阿部寛を主役に北村一輝など容貌の濃い日本人でかため、日本語でセリフを通してます。これがなんかミョーにさまになってておかしかったっス。

日本の風呂文化とローマの風呂文化ってこうしてみると共通点もあるのですねぇ。世界中で湯船につかる文化の地域はそんなに多くないでしょう。 風呂だけじゃなくて多神教なところとか、大建築物の柱がもとは赤く塗ってあったのが後世には剥げて色がなくなってるあたりとか、ローマ:日本は他にもいろいろ共通なところがあるナ。 とか思ったりして楽しかったです。単純にコメディとして笑えましたが、マンガのほうにはもっとウンチク情報が満載らしいので、読んでみたいですね。

ただいま塩野七生の『ローマ人の物語』を読んでる最中ですが、ハドリアヌス帝の時代にたどりつくのが楽しみになってきました。
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新潮文庫 ローマ人の物語 ユリウス・カエサル
 ルビコン以前 8・9・10、ルビコン以後11・12・13
(単行本では ローマ人の物語 第4弾、第5弾)


いかめしい皇帝をイメージさせる「ユリウス・カエサル」という読み方はドイツ式発音らしい。英語でいうとジュリアス・シーザー。颯爽と若々しい英雄の姿が思い浮かぶ。しかし、イタリア式に読むとカエサルは「チェーザル」というのだそうだ。古代のことだからラテン語式の本当の読み方はわからないそうだが、イタリア式が近いのではないかと塩野氏は推測している。つまりカエサルは「チェーザル」だったのかもしれない。


この本でカエサルという人の生涯を初めて読んだ。重々しい皇帝というより、なんだか「チェーザル」というのががお似合いな人物だ。特に若い頃は何をやってもたいして成功せず、泣かず飛ばず・・・でも勢いはよくて借金を借金とも思わない大借金王になった。女たらしで陽気で、いつもユーモアを忘れない愛すべき男である。


40歳くらいからカエサルはようやく頭角をあらわしてくる。大借金王であることも利点にしてしまうこの人の頭の中はいったいどうなっていたのだろう? 国のトップにたつやガリア(現フランス)へ発ち、9年間ものあいだ転戦していたのだが、その間、闘いながら根回しを怠らず、冬の休戦期のたびに政治活動をして三頭政治の一頭で居続けることに成功している。一時にいくつものことを考え、直面する状況を判断し戦略を考え、なおかつ先の手も考えるという天才的な切れ者であったらしい。


塩野氏はカエサルの文章力も絶賛している。カエサルの伝記物語が少ないのは彼自身が書いた『ガリア戦記』などの文章があまりにもすばらしいので、うっかり書くと陳腐に落ちるからではないか・・・と書いている。彼の文章は教養の高さ、明快な性格をあらわした優れたものであったという。


実際カエサルは明るく愉快な人物だったのだろう。「ルビコン以後」の物語後半は、ローマ人を相手に戦う内乱の物語となる。負ければ国賊となるし、家族が敵味方に分かれて戦う悲惨な状況になる。にもかかわらずちっとも陰惨にならずに戦争が進められ、兵士たちもついていったのは、ひとえにこの人のカリスマ性、勝てばこちらが正当となるのだという明快さ、敵を抹殺しない寛大さによるものだ。やっていることを追ってみればよくよく策謀をめぐらせているのではと思うのだが、なぜか策士の暗さを感じさせない。


これはやはり、自分が皇帝に値する人物だから何をしても成功して当然、
という信念があったゆえなのだろうか?


しかし、最後はその寛大さが裏切りを起こさせてしまった。細心の注意をはらって自分は「皇帝」になりたいわけではなく共和政のトップなのだと皆に納得させていたカエサルであったから、身辺警護の者をいつも控えさせるといったことをしなかった。そこで後継者と思っていた人間を中心にあっけなく暗殺されてしまったのだ。


偉大なカエサルの生涯はいきなり終わる。不幸な最後ではあったが読後はやっぱり愉快だったという感想である。塩野氏は、いきいきと書けたのは政敵キケロやカエサル自身と側近による記録や手紙が多数あったからであると述べている。2千年も前のことなのに、豊富な第一史料からこれほど詳細な事実がわかるとは幸せなことだ。カエサルは、ひたいの後退を気にして常に月桂冠をかぶる権利を手に入れて喜ぶなど、愛すべき人なのだった。

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1975米 ジョン・ミリアス脚本・監督
<あらすじ・ネタバレ注意>
舞台は1904年のモロッコ。鎖国をとかれ列強の植民地闘争の最中、王政は崩壊寸前となっていた。列強に骨抜きにされたスルタンとタンジール太守が一応はモロッコを治めているが、その弱腰に我慢がならない人々がいた。日本でいうなら「攘夷派」にあたるだろう。タンジール太守の弟ながら反逆罪に問われ、ベルベル人(遊牧民)リフ族の首長となった男・ライズリである。イスラムの擁護者を名乗り、誇り高き族長として一大勢力を持っていた。

ある日、彼は部下をひきつれてタンジールの富裕な米国人邸宅を襲い、当主ペデカリス未亡人と子供たちを誘拐する。解放する条件は金とライフルとタンジール太守の首。ライズリの真の狙いは列強のいいなりのスルタンを失脚させるとともに、列強を追い払うことにあった。

一方、米国では大統領セオドア・ルーズベルトが次期再選のため選挙活動中であった。ルーズベルトはモロッコの誘拐事件に対し「ペデカリスは生還、ライズリに死を」をスローガンに国威発揚をはかる。大西洋艦隊をモロッコに派遣、米国民の安全を保障し強いアメリカをアピールして票を集めるのに格好の材料としたのだ。

米領事の解決交渉は不調となり、米海兵隊大尉の進言で、アメリカはタンジール太守邸襲撃を決行。事実上のモロッコ行政府である太守邸は占拠されアメリカ国旗が掲揚される。

誘拐されて共に過ごすうち、ペデカリス婦人と子供たちはライズリの人柄に魅かれていた。ライズリは約束通り人質を米海兵隊に返還する。ここでなぜかドイツ駐留軍が介入しライズリは囚われの身となるが、ペデカリス婦人の活躍で米・独・ベルベル人の混戦の末、ライズリは無事砂漠へ帰っていく。

ルーズベルトはライズリから手紙を受け取る。。「あなたは風のごとく、私はライオンのごとし。あなたは嵐をまきおこし、砂塵は私の眼を刺し、大地はかわききっている。私はライオンのごとくおのれの縄張りにとどまるが、あなたは風のごとく、とどまることを知らない」。

モロッコは政府を失い、完全に列強の支配下におかれることとなる。すべてを失ったと嘆く友人の族長に、ライズリは言う。「嘆くことはない。価値あるものは残っている」
<感想・解説>
1975年公開と古い映画です。中高生のころ大好きだった作品で、あのころはショーン・コネリーのかっこよさとキャンディス・バーゲンの美しさ、互いに喧嘩しながら惹かれあうコミカルな場面や活劇にワクワクしました。『シェーン』などウエスタンの系譜もひいているような感もあり、単純に楽しめる映画です。

しかし、今回あらためて見てみると、もう少しうがった見方をしたくなりました。まず、1904年といえば日露戦争の年ではありませんか。よく見ればセオドア・ルーズベルトの誕生パーティに日本人武官が出席している! 日露戦後交渉の根回しのため来ていた人物・・・という設定なのでしょうか。

歴史的事実について少し調べてみました。誘拐事件は実際にあったそうですが、誘拐されたのは美人の未亡人でなく御主人、「ペデカリス氏」です。事件当時は国籍離脱していてアメリカ市民ではなかった。ルーズベルトはその事実は隠して選挙戦に利用したというのが真相のようです。ペデカリス氏は本当にライズリと仲良くなって生還したのだとか。

映画にあるドイツ軍は実際には駐留していなかったし、米海兵による太守襲撃もフィクションです。北アフリカでリードしていたのは英仏で、モロッコはフランスの植民地となります。アメリカはさして活躍はしていなかったでしょう・・・。

この映画が作られた当時は米ソ対立、東西陣営でこりかたまっていた時代です。モロッコなんぞが注目されることはとんとありませんでした。しかし、9.11後のアメリカの「テロとの戦い」や「アラブの春」を経た今、この映画は重要な示唆をしているように思われます。

ひとつは、アメリカ大統領は常に世界中にいる米国民の安全を保障し、そのためには武力行使も辞さない姿勢でいなければならない、という伝統(?)があること。

もうひとつは、「私はライオンのごとく縄張りにとどまる」「嘆くことはない。価値あるものは残っている」というライズリのセリフ。そのとおり、遊牧民たちは現在まで砂漠に健在である。植民地時代も戦後独裁制も砂漠で生きてきた民は広い縄張りを移動しながら生きている。先日のアルジェリアの人質事件も、リビアから流出した武器がアルジェリアとマリにまたがる地域で活動する遊牧民が関係しているといわれている。彼らとどう折り合いをつけていくのか? 日本も含め、関わる者は問われている。

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新潮文庫 ローマ人の物語6・7(単行本では ローマ人の物語 第3弾)

ローマ人たちが小さな国で共和政を始めたのが前509年。本編『勝者の混迷』の年表はカルタゴを滅亡させた前146年から始まっている。ローマ人たちはここまでで共和政を350年間続けてきたことになる。

カルタゴの強敵に翻弄される中、政治の約束事にいろいろな特例を設けたり法を変えたりして戦時を乗り切ったローマ人たちだった。しかし、非常事態を乗り切った今、ローマは地中海全域に影響を及ぼす大国となり、内政問題が大事となる。政治のかたちも変革を迫られる時期に来た。

国の成長をつぶさに見ていくのがこの物語のおもしろさであるが、本編では政治の基本について、その原点を洗い出すようなエピソードの連続である。
●特権階級と貧困層の格差をどう解決すればよいか
●外国から安い食料が輸入されると自国の農民がたちゆかなくなる
●貧困層に福祉を与えても仕事がなければ解決にはならない
●選挙権は属州民にも与えるべきか

このような問題を解決すべく、平民代表のクラッスス兄弟や独裁権をもって元老院補強を試みたスッラなどの改革の闘いが興亡する。これを読んでいると政治の問題というのはいつの世も同じなんだなと実感させられる。改革者それぞれが信念を持ち、良かれと思って改革を断行しようとするが、損をする者の妨害にあったり多くの理解を得られなかったり、思惑どおりに事態が進展しなかったり・・・で無常に散っていく。ああ。筆者は良い信念がなくとも結果としてよい政治になることもある、などとも書いている。それもまた真理だ。

めずらしく政治について端的に、また素直に考えさせられるおもしろい一編でした。

ローマ人の物語 (6) ― 勝者の混迷(上) (新潮文庫)/新潮社
¥452
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新潮文庫2012 (単行本2009年)

北朝鮮に拉致され24年後に帰還を果たした、あの蓮池 薫さんの著書。
はじめて韓国へ旅行したことにからめて、北朝鮮との比較や思い出を綴るのが半分。残りの半分は翻訳の仕事について、その始まりから現在(執筆時)までを語っている。


このテの本は自分で手に取ることは、まずない。もらったから読んだだけなのだが、ときに新しい視野をもたらしてくれるから、人が選んだ本を読むのは楽しい。


蓮池さんの初の韓国旅行は苦い北の思い出と活き活きとした韓国の今を行ったり来たりする複雑な心情であったようだ。彼にはぜひとも韓国を訪れなければならない気持ちがあったと察する。北で暮らした生活の長さは24年。拉致されたときは大学生だったのだから、初めての仕事も結婚も子育てもすべて彼の地であって、本当に大人になったのはその生活の中でのことだったのだ。子供たちにも日本人であることは隠し、日本に帰ることは半ばあきらめていたのではないのだろうか。さまざまな配慮からか、北にいた頃の生活と心情については隠しながら書いているようなのだが、「憎き北」とひと言で済まされることではないと思うのだ。


韓国は北朝鮮のパラレルワールドと言える。同じ民族、半島の約半分ずつを分け、違う体制で暮らす人たちの国。第二の故国(とは言いたくないかも知れないけれど)朝鮮半島を見直すために韓国という国が救いになったかもしれない。あの北の人たちも、こっち側にいたならこんなに親しく好ましく付き合える人たちなのだ・・・と確認できただろう。著者はそこまでは言っていないのだけれど、私にはそのように思われた。


後半は、著者が公務員への道を捨て、翻訳の道に入ったことが書かれている。正職員になる可能性もあった公務員なら安泰だったろうに、あえて不安定な翻訳業に挑戦した。大学で教える職と、中途だった大学を卒業するという三足のわらじを履いてフル稼働の生活を送っていたのだ。著者はこれを奪われた時間、日本での生活を取り返したかったから・・・と理由を述べている。


私は少しショックを受け、またじわりと感動した。拉致から帰国した人が国の配慮で公務員として雇われるというあたりが妥当なところかと思っていた。それが、自力でこんなにも活躍する人になっているなんて、予想外だったのだ。しかも睡眠時間を削るほどに忙しく、精力的に回転している。失礼ながらおとなしそうな蓮池さんの容貌からは想像がつかなかった。これこそ、24年間蓄積してきたやるせない思いが原動力になっているのだろうか?


いずれにしても、私はやや恥ずかしく思った。人間は、もっと一生懸命生きなければならないのだ。やるべきことと感じたことをやらねばならないのだ。

とはいうものの、私の怠け者の性癖はなかなか変わらないと思うのだけれど・・・。人生これまでとあきらめてはいけない。それだけは考えさせられた。

半島へ、ふたたび/新潮社
¥1,470
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PHP文庫 2001(初出1970年・オリオン出版の改編)

レイテ沖海戦。昭和19年(1944)10月に戦われた史上最大、かつ世界最後の艦隊決戦であったと言われている。本書は、日本海軍がかきあつめた四つの艦隊が広範囲にわたる海域で別々に戦った一連の海戦の様子を同時進行で図上演習のように再現した。この海戦については、議論が多い。焦点は、旗艦大和にて指揮していた主力・栗田艦隊が「なぜ主目的であるレイテ湾突入を行わずに撤退したのか」ということだ。戦史に残る謎いわゆる「栗田ターン」だ。


レイテ沖海戦すなわち「捷一号作戦」は、すでに航空戦力が欠乏し制空権を失った状態で、最初から勝ち目のない作戦だった。しかし、資源の補給線を死守するためにはこのフィリピンで米軍を阻止せねばならない。それを決行するため、艦載機を満足にもたないカラの空母ら機動部隊を囮とし、北方に敵の主力をひきつける。その間に他の3艦隊が同時にレイテ湾に突入、アメリカの輸送船団を叩く。いわば殴り込みによる捨て身の作戦であった。


しかし「作戦目的」の徹底がなされず、指揮系統もあいまいだった。栗田は敵機動部隊にあいまみえることに固執して進路を二転三転したあげく、主目的の「レイテ湾に突入」を果たさず撤退した。結果として小沢機動部隊が囮となり大打撃を受けたこと、神風特攻隊が艦隊のレイテ湾突入支援のために散ったこともまったくの無駄に終わった。主力と同時にレイテ突入するはずだった西村艦隊ははぐれて戦った結果全滅。残る志摩艦隊は栗田に従いマニラへ撤退した。会心の戦闘のないまま被害は甚大であった。武蔵をはじめとする戦艦以下34隻喪失。敵の損失はわずかに4隻だったという。


暗号電報がうまく解読できず、小沢の電報が届かなかったため栗田の「レイテ突入は不可」という判断になった可能性があるとも本書は一応述べている。しかし、電報を無視した栗田の判断ミスが作戦の失敗を招いたというのが著者の主張だ。


著者は1970年の本書初出以前に関係者に取材している。
栗田長官に面会した際、栗田さんは
「ほとんど弁解することなく、特に通信の欠落についてを、淡々と話していたが、いちばん最後に『とにかく疲れ切っていたから』と洩らしていたのが、非常に印象的であった。」また、「小沢さんはほとんど何も語らなかった。わたくしの執拗な問いかけに、ポツリと『命令を守ったのは西村君だけだったよ』と言われたのが、強く記憶に残る。」
これらは1999年のあとがきに追記されている。


私の感想としてはこの取材30年後の追記にすべてがあるのではないか・・・と思う。戦後54年を経過し中将や大将が亡くなった時点で、著者は熱い栗田批判をややゆるめたのかもしれないと感じた。この作戦を冷静に振り返ってみれば、「レイテ突入」が成功していたところで日本はやっぱり勝てなかったのだ、という検証本もでている。また、この突入を忠実に実行するということは、すなわちレイテ湾内で全艦隊全滅を意味する。当時のあの時点で、とっておきの最新鋭艦武蔵を失い、大和までも活躍のないまま沈めてよい・・・そんな作戦があるはずはない。それが栗田の正直な気持ちであったろう。連合艦隊司令は「全滅してよい、玉砕してこい」とはハッキリと言わなかったのだから。司令もそこまでは考えていなかったのかもしれない。それは海軍の壊滅ということなのだから。事実を検証するには、本書はやや研究不足という気がするが。


結局、「国破れて戦艦残る」ということでは格好が悪いという理由で、最後に大和は玉砕の旅に出されるだから、レイテで沈んだほうがまだ良かったのか。これもむなしい議論だ。


本書を書くにあたり、著者は当時兵学校を出て士官になったばかりの人々に多くの取材をし、戦闘の状況を彼ら若者の目から見て描いている。ひどく感情的な文章が多いのが読みづらかったが、本書の価値はむしろこちらにあるのかもしれない。航空戦艦に配属されて乗り組んでいる整備士が、飛行機が不足で搭載されていないからやることがない。戦闘が始まったら「まあゆっくり見学していなさい」と言われる。そんなこんなの驚くべき事実が素直に記録されているからである。


それにしても、私たちはなぜいまだに「戦記」を読むのだろうか。作戦の失敗は誰のせいだったのか。作戦自体が失敗ではなかったのか。その作戦を立てた責任は誰にあるのか。「あの戦争は悲惨だった」「二度と繰り返してはならない」などと言うけれど、いったいなぜ悲惨なことになったのか、具体的には「何を」二度と繰り返さないのか、そこが曖昧なままであるからだ。

戦時中は偽りの戦勝報道のせいもあってか失敗が検証されず、責任を明らかにしないまま次の作戦へ進んでいき、そのまま敗戦を迎えた。東京裁判は日本人のための裁判ではない。日本人は日本人による東京裁判をやり直さねばならないのではないだろうか。

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いままで知らなかったけど昨日ドラマ「鈴木先生」に出会いました。BSジャパンで年末一挙放送中。今日は夜9時からです。一話みてこれはハマった★
なんだか英国ドラマの「シャーロック」の進行に似ている・・・画面に思ったことが文字で出てくるところとか、じっくり謎に近づいていくところとか。

鈴木先生=長谷川博己ってきらいな役者だったのですが、これは好感度たかいです。
ドラマは青春学園ものでヒューマンな要素たっぷりながら、熱血でないところがいい、ですね。

ドラマはやっぱし漫画原作ものがおもしろいのかなぁ。
「鈴木先生」、映画になるそうです。
http://blog.tv-tokyo.co.jp/suzukisensei/