新潮文庫 ローマ人の物語 ユリウス・カエサル
ルビコン以前 8・9・10、ルビコン以後11・12・13
(単行本では ローマ人の物語 第4弾、第5弾)
いかめしい皇帝をイメージさせる「ユリウス・カエサル」という読み方はドイツ式発音らしい。英語でいうとジュリアス・シーザー。颯爽と若々しい英雄の姿が思い浮かぶ。しかし、イタリア式に読むとカエサルは「チェーザル」というのだそうだ。古代のことだからラテン語式の本当の読み方はわからないそうだが、イタリア式が近いのではないかと塩野氏は推測している。つまりカエサルは「チェーザル」だったのかもしれない。
この本でカエサルという人の生涯を初めて読んだ。重々しい皇帝というより、なんだか「チェーザル」というのががお似合いな人物だ。特に若い頃は何をやってもたいして成功せず、泣かず飛ばず・・・でも勢いはよくて借金を借金とも思わない大借金王になった。女たらしで陽気で、いつもユーモアを忘れない愛すべき男である。
40歳くらいからカエサルはようやく頭角をあらわしてくる。大借金王であることも利点にしてしまうこの人の頭の中はいったいどうなっていたのだろう? 国のトップにたつやガリア(現フランス)へ発ち、9年間ものあいだ転戦していたのだが、その間、闘いながら根回しを怠らず、冬の休戦期のたびに政治活動をして三頭政治の一頭で居続けることに成功している。一時にいくつものことを考え、直面する状況を判断し戦略を考え、なおかつ先の手も考えるという天才的な切れ者であったらしい。
塩野氏はカエサルの文章力も絶賛している。カエサルの伝記物語が少ないのは彼自身が書いた『ガリア戦記』などの文章があまりにもすばらしいので、うっかり書くと陳腐に落ちるからではないか・・・と書いている。彼の文章は教養の高さ、明快な性格をあらわした優れたものであったという。
実際カエサルは明るく愉快な人物だったのだろう。「ルビコン以後」の物語後半は、ローマ人を相手に戦う内乱の物語となる。負ければ国賊となるし、家族が敵味方に分かれて戦う悲惨な状況になる。にもかかわらずちっとも陰惨にならずに戦争が進められ、兵士たちもついていったのは、ひとえにこの人のカリスマ性、勝てばこちらが正当となるのだという明快さ、敵を抹殺しない寛大さによるものだ。やっていることを追ってみればよくよく策謀をめぐらせているのではと思うのだが、なぜか策士の暗さを感じさせない。
これはやはり、自分が皇帝に値する人物だから何をしても成功して当然、
という信念があったゆえなのだろうか?
しかし、最後はその寛大さが裏切りを起こさせてしまった。細心の注意をはらって自分は「皇帝」になりたいわけではなく共和政のトップなのだと皆に納得させていたカエサルであったから、身辺警護の者をいつも控えさせるといったことをしなかった。そこで後継者と思っていた人間を中心にあっけなく暗殺されてしまったのだ。
偉大なカエサルの生涯はいきなり終わる。不幸な最後ではあったが読後はやっぱり愉快だったという感想である。塩野氏は、いきいきと書けたのは政敵キケロやカエサル自身と側近による記録や手紙が多数あったからであると述べている。2千年も前のことなのに、豊富な第一史料からこれほど詳細な事実がわかるとは幸せなことだ。カエサルは、ひたいの後退を気にして常に月桂冠をかぶる権利を手に入れて喜ぶなど、愛すべき人なのだった。
ローマ人の物語 (4) ユリウス・カエサル-ルビコン以前/新潮社
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