核家族化、少子化、故郷と現在の居住地との距離……、お墓の問題に頭を悩ませている人は少なくない。孤独..........≪続きを読む≫母方の祖父の墓参りに行くという母を車に乗せてでかけた。母が亡くなる20年ほども前だったか。墓参が済むと、母が墓地公園内の別の区画へ車をまわせという。混雑してるこんな日に、なんで? と渋る私を追い立て、強引に母は指示を出す。行ってみると、そこは墓石のない区画だった。
「これが、うちのお墓やから。あんたには見ておいてもらわんと」
私は逆上した。前触れもなくだまし討ちのように連れきて、この場所を覚えておけという。あまり突然な話に腹がたった。それなら事前に「墓の区画を買った」と教えておいてくれれば良かったのに。「こんなこと、責任もてへんわ!」と若かった私は叫んでしまった。そもそも兄弟のなかで長男でも長女でもない私としては、縁遠いような話だったのだ。
あとで聞いたら、父も区画を買った事実を長い間知らなかったそうだ。母が独断でそこを買ったのは、50代で胃ガンをやったというのが大きかったのだろう。しかし、「祖父と同じ墓地公園で、実家方の親戚が来る場所」「今の家から近く、子供が参りやすい」ほかに、父の弟に父方の墓は譲り、自分たちは勝手に新しいところに入りたいという思惑があったと思われる。葬式は家族葬、戒名不要と決めていた母だが、墓には大枚はたいていたのであった。
ねらいどおり、母の亡くなったあと、叔父(母の弟)たちは母の墓にも参ってくれているようだ。しかし、子供である私や弟、配偶者の父も、そんなにしげしげとは墓参していない。正直、私としてはあまり墓参したくない。そこに母がいるような気がしないし、参っても気が休まるわけでもないからだ。とはいえ、「墓参していない」ことにはうしろめたさもある。なんだか「絶対来てね」といわんばかりの母と意地を張りあっているようでもある。
そんなわけで、その墓は長男である弟についでもらうのが妥当だろうと思っている。息子には先日、「散骨にしてね。太陽の塔の下とかがいいナー」と先のことをお願いしておいた。息子は「どこで拝めばいいの」と文句をいったが、どこでもよいのだ。
墓は不要である。
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