新潮文庫2012 (単行本2009年)
北朝鮮に拉致され24年後に帰還を果たした、あの蓮池 薫さんの著書。
はじめて韓国へ旅行したことにからめて、北朝鮮との比較や思い出を綴るのが半分。残りの半分は翻訳の仕事について、その始まりから現在(執筆時)までを語っている。
このテの本は自分で手に取ることは、まずない。もらったから読んだだけなのだが、ときに新しい視野をもたらしてくれるから、人が選んだ本を読むのは楽しい。
蓮池さんの初の韓国旅行は苦い北の思い出と活き活きとした韓国の今を行ったり来たりする複雑な心情であったようだ。彼にはぜひとも韓国を訪れなければならない気持ちがあったと察する。北で暮らした生活の長さは24年。拉致されたときは大学生だったのだから、初めての仕事も結婚も子育てもすべて彼の地であって、本当に大人になったのはその生活の中でのことだったのだ。子供たちにも日本人であることは隠し、日本に帰ることは半ばあきらめていたのではないのだろうか。さまざまな配慮からか、北にいた頃の生活と心情については隠しながら書いているようなのだが、「憎き北」とひと言で済まされることではないと思うのだ。
韓国は北朝鮮のパラレルワールドと言える。同じ民族、半島の約半分ずつを分け、違う体制で暮らす人たちの国。第二の故国(とは言いたくないかも知れないけれど)朝鮮半島を見直すために韓国という国が救いになったかもしれない。あの北の人たちも、こっち側にいたならこんなに親しく好ましく付き合える人たちなのだ・・・と確認できただろう。著者はそこまでは言っていないのだけれど、私にはそのように思われた。
後半は、著者が公務員への道を捨て、翻訳の道に入ったことが書かれている。正職員になる可能性もあった公務員なら安泰だったろうに、あえて不安定な翻訳業に挑戦した。大学で教える職と、中途だった大学を卒業するという三足のわらじを履いてフル稼働の生活を送っていたのだ。著者はこれを奪われた時間、日本での生活を取り返したかったから・・・と理由を述べている。
私は少しショックを受け、またじわりと感動した。拉致から帰国した人が国の配慮で公務員として雇われるというあたりが妥当なところかと思っていた。それが、自力でこんなにも活躍する人になっているなんて、予想外だったのだ。しかも睡眠時間を削るほどに忙しく、精力的に回転している。失礼ながらおとなしそうな蓮池さんの容貌からは想像がつかなかった。これこそ、24年間蓄積してきたやるせない思いが原動力になっているのだろうか?
いずれにしても、私はやや恥ずかしく思った。人間は、もっと一生懸命生きなければならないのだ。やるべきことと感じたことをやらねばならないのだ。
とはいうものの、私の怠け者の性癖はなかなか変わらないと思うのだけれど・・・。人生これまでとあきらめてはいけない。それだけは考えさせられた。
- 半島へ、ふたたび/新潮社

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