アニメ vs 実写、どっちが上か?
配信で実写を見た後、アニメを映画館で鑑賞した。
結論から言うと、個人的には実写の映画が好みでした。
大人向きの映画です。
しかし、今、制作するなら実写版の表現と物語は
いろいろ問題があり
若い人にすすめるならアニメのほうかなあ。
アニメもなかなか良かったです。
配信で実写を見た後、アニメを映画館で鑑賞した。
結論から言うと、個人的には実写の映画が好みでした。
大人向きの映画です。
しかし、今、制作するなら実写版の表現と物語は
いろいろ問題があり
若い人にすすめるならアニメのほうかなあ。
アニメもなかなか良かったです。
「モノを増やさないため、漫画は電子で買うこと」
という買物ルールを破り、既刊23冊を紙でセット買いしてしまった!
電子書籍は場所をとらなくていいんだけど以下のような不満がある。
・気軽にペラペラできない
・読み返すのにダウンロードのひと手間がいる
・購入サイトが一生読める状態を保証してくれるわけではない
ゴールデンカムイは時々読み返したい、また長く大事にしたいほど
デレデレに惚れたので、この始末となりました。
セットは中古で買いましたが、続刊は紙版を予約しています。
予約しているのは24巻だけど、杉元の表紙をリンクに採用↓
キャラが概して礼儀正しく優しく、全員屈折しているけど作者の表現のおかげか
読んでいて嫌な気持ちになることはありません。(私の場合は、ですけども)
脇キャラの過去が明かされるエピソードが度々挿入されて
「回数を稼ぐ目的の挿入話かな」と思ったら、これが今後の展開に生かされてくるらしい。
話の構成がうまい! と思って今後に期待が高まりました。
しかし、23巻終了時点で、アシリパが自分に託された使命を自覚してしまった。
これにより、狩猟にしか興味のなかったアシリパの行動がシリアスなものになっていくでしょう。
今後は、今までと違った読み心地になりそう。
アシリパがアイヌと他の北方少数民族を幸せにする というのはパラレルワールドな歴史ものに
シフトしない限り無理なわけで、うーん、どうなるんでしょう。
期待半分、怖さ半分といったところです。
少数民族、民俗学、文化人類学といったあたりは
大学時代の専門分野の範疇でもあり、私には馴染みがあります。
しかし、北海道に何度か旅したあげく札幌に4年ばかり住んでいたのに
アイヌに特別な興味を払うことはありませんでした。
というか、あまり見たくなかった。
20年以上前のことですが、
「アイヌ文化に触れる」とは、一般には観光用のコタンで見世物としての踊りを見たり、
土産店でムックリや木彫り像を買うといったものでした。
最後のアイヌ語話者の音声テープがあるということも聞き、
アイヌ文化は実際の生活には存在しないのだと思いました。
「見世物」だけなら、見ても仕方がないな、わびしくて見たくないな と思ったのでした。
明治から昭和にかけて、日本は単一民族で少数民族は存在しないという見解を
政府が推進していたためでしょう。当時は一般に「アイヌは絶滅した民族」という
ことになっていました。
時代とともに世界的に少数民族の権利を認める流れとなり、
現在は立派なアイヌ文化の博物館・資料館が新設され、研究・保存も盛んになっているようです。
アイヌ民族の団体もあり、標本になっていたアイヌの人骨が返還されたなどのニュースもありましたね。
文化というのは、それに寄り添って生きる人がいれば続いていくものだと思います。
形を変え、昔とは違った流儀になったとしても、独特の考え方・感じ方が生きていれば
「存続している」と言えるのではないでしょうか。
「アイヌ文化はなくなった」と断じてしまった過去を反省しつつ、
そのうちアイヌ文化を真面目に訪ねてみたいと思います。
『風の谷のナウシカ』 絶対に映画館で見るべき映画。
このことをビリビリと感じながら鑑賞し、その素晴らしさを語りたくて語りたくてたまらないので、ここに書く。
残念ながら語りポイントがマニアック過ぎて聞いてくれる人が周りにいないのだ……。
以下、一般向きの感想ではないことをお断りしておく。
初公開のとき感じたことはすっかり忘れていて、驚くくらいの感動だった。
DVDも持っているのだが、見心地は全然違う。映画館ではあらゆるシーンに圧倒される。
まず、冒頭部分。空から見下ろし、雲の切れ目からのぞく緑の下界の透明感。
そこを飛ぶナウシカのメーヴェがかすかに見えて、始まりのワクワク感を誘ってくれる。
砂漠へ降り立つメーヴェ。降下、旋回、着地のフワリ感、風の圧や流れが感触としてわかる。
サクッとした砂に降りたメーヴェの頭が接地の加減でちょっと持ち上がるところとか、
メーヴェの軽さがリアルに表現されています。
風に乗るタイプの飛行は宮崎さんの得意中の得意なんだけど、
こんなふうに緩急つけてのびやかさまで描ける人たちが今、どのくらいいるだろう?
断崖絶壁から飛び出して行くメーヴェの飛行シーン、クラっと来ましたねー。
あっ 崖から落ちる!というヒヤッと感、すぐに谷の風に乗り、運ばれていく爽快感は映画館ならでは。
この映画、とにかく芸の細かいところが満載です。
飛行シーンについてさらに書くと、
図体の大きなコルベットでさえ、退屈なシーンがない。
(コルベットは機体自体もセルでなく紙に水彩で質感を出す凝りよう。)
「ただ飛んでいるだけ」の静止画を多用する手抜きというか芸のないアニメも多いけど、
この映画の飛行機は飛びながらわずかに横滑りしたり、何からしら必然性のある動きをしているのです。
いや実際は必要なくても、魅力的な見せ方として必要。
例えば
ナウシカが後ろから銃撃されたときの小刻みな回避運動、これはゼロ戦とかがやる動きですねー。
メーヴェの着陸のときも、スケボーを止めるときのように進行方向からくるりと横向きになって、空気を押して着地する。
ガンシップとバージが湖に降りるとき、先に着水したガンシップが大きく弧を描き、
静かに湖上を旋回してスーッとバージに出会うところで推進力を丁度消化する。お見事です。
こういう部分の面白さ、分かる人はニヤニヤしちゃいますよね!!!
宮崎作品は、いずれも元祖ミリオタたるテイストが何かしら盛られていますが、ナウシカは最もその要素が濃いです。
「発射用意。・・・・テーッ!」
なんてセリフで胸を熱くなる。「発射用意」と「撃て」の間がほんと絶妙で……。
この調子ではまとまらないので
感想を終わります
旅先、イランにて。
ウクライナから来たカップルと、たまたま2,3日同行することになった。
――事実には直面せねばならん。民主主義は過ぎ去った時代のものだ。普通選挙にいつまでもこだわっていられるほど、いまの世界は単純なも場所ではない。烏合の衆が話し合って何になる。数年前までならそれもよかったろう。だが、今日の世界で……? とんでもない話だ」
戦前のお屋敷での日々を回顧する執事。ファシズムやボルシェビキとせめぎ合うイギリス紳士たちは、この旦那様のようなことを言っていたようです。
最近の世界では、独裁制の国が力を増しているように感じるし、またポピュリズムに混迷する民主主義にはここまで落ちるかとがっかりしています。そこで、個人的には「民主主義って、どうよ?」と思ってしまっていて……。
そこで出会った冒頭のセリフに、ハッとしました。
私は民主主義が絶対大事だと思って生きてきたけど、そうは考えられていない時代ももちろんあったわけだ。と、改めて気づいたのです。
英国紳士たちは無知蒙昧な大衆は教養がなく、国の行方を考える能力がないと考えていたのですね。現在の日本の教育水準は当時の英国よりよほど高いでしょうし、世界の情報を得ることも簡単です。しかし、真実の情報をつかみ正しい判断ができるかといえばどうでしょう。
大差ないかもしれないですね。
本作は、古臭く頭の固い執事が自分の過去と現在をファンタサイズしながら生真面目に語る物語です。本人には思いもよらず、滑稽さがにじんでしまう悲しさおかしさに彩られています。
作者の意図がどのへんにあるのかはわかりませんが、「昔のことだから」というだけで片付けるにはもったいない。いろいろと示唆するところがあると思います。
まだ後半はこれからです。
ドキュメンタリー『パレスチナ・占領を生きる人々』
土井敏邦監督作品。
ブクログにタイトルがないため、ここに記録しておく。
vol.1『ガザ』オスロ合意後のガザ。自治政府への失望。
vol.2『侵食』イスラエル化するパレスチナ人
vol.3『2つの平和』パレスチナ人・イスラエル人双方の遺族たち
vol.4『沈黙を破る』兵役経験を語り出した若者たち
1993年以降、17年に渡って撮影した記録、とvol.4にある。vol.2はこれから探して視聴したい。
vol.4までで2008年頃までの内容になっている。画面に出る年代を見ながら、この頃自分は何をやっていたのか考えた。
私がイスラエルを訪れたのは1986年、第一次インティファーダの前年にあたる。ユダヤ人との出会いはあったがパレスチナ人の暮らしを間近に見ることはできなかった。
その後ずっと遠くにいてパレスチナのニュースを気にかけてはいたけ れど、何が起こっているのか今ひとつ分からないでいた。こういうドキュメンタリーなどをもっと注意して見たほうが良さそうだ。少しでも分かっておきたい ただそれ以上でも以下でもないのだけれども。
ここんとこ、あほみたいにSHERLOCKにはまっている。
今夜はBSプレミアムの再放送第三シーズン最終話を見た。
めっちゃ、泣ける。
何度も何度も好きなだけ見るために、NETFLIXに加入してしまったほど。今は第一シーズンをループしている。運転中はスマホで音声のみ、家に帰ってタブレットで、空き時間はスクリプトを読み……。
実際、前回の再放送では、もう一度見る気がしなくてスキップしてたんだけどね。今回改めて見出すとドハマリしてしまった。
実は、初めて見たときはストーリーの謎解きだとかアクションに気を取られていて、第二シーズンは「ジョンをからかいすぎで悪趣味?」と思ったし、第三シーズンは「話が面白くない」という感想だった。
しかし、今回の再放送でなぜ面白くなったかというと、ジョンとシャーロックの人間性とその関係について深く細かく見てしまい、そこに魅力を感じたからなんです。
ストーリーがわかってるだけに、落ち着いて見ることができたんですね。
ゲイ疑惑は笑い飛ばすネタじゃなかった。ゲイかどうかはさておき、お互いが大切な二人のことを真面目に描いてる話なんだと認識しました。
ベネディクト・カンバーバッチとマーティン・フリーマンの演技、細かく繊細で感動するわ。ほんまに。
シャーロックの不器用な自己犠牲を伴うジョンへの愛情。感情はあるんだけど、その意味が自分ではわかってないというシャーロックを演じるカンバーバッチ、高貴さを発散してます。話数が進むごとにシャーロックが自分の感情を理解していき、立ち位置を決めていく様子がよくわかる。
第三シーズンは探偵ものではなくて、人間ドラマを見なくちゃいけなかったんですねぇ。ジョンが結婚して距離が遠くなるという悲劇に、シャーロックがどう対応するかがストーリーの中心なのでした。
第三シーズンの終わりはジョンのために人を殺して、彼の幸せのために身を引くシャーロック。
もう一度言うけど、泣けます。
ジョンのシャーロック愛はもちろん深いんだけど、何よりジョンの心の闇の深さに気づいて戦慄した。今さらながら、なんて迂闊な見方をしてたんだろうと思う。
第一シーズン第一話。ジョンはシャーロックのために人を殺します。そして生き生きとした生活を取り戻すのです。どういう精神状態なのかはマイクロフトが第一話できちんと説明していた。
You’re not haunted by the war, Doctor Watson ... you miss it.
とか言うてたと思います。これも改めて気づいた。
第三シーズン最終話、ジョンは新婚生活1ヶ月、平和すぎる生活に荒れ果てています。正義の顔してジャンキーを挑発、格闘技をかけて必要以上に傷めつける。なんて暴力的なんだ! どう見ても訓練してたね? おまけに不必要に銃を持ち歩き、どうかしてます。
ーージョンが心の平衡を保ってイイ人でいられるのはシャーロックといるときだけなんですね。
ジョンはsoldier として自分を必要としてくれて、活躍の場を与えてくれるからシャーロックが好き。シャーロックがジョンを好きな理由は、ジョンがシャーロックをまんま好きだから????
ワタクシ、別にBL大好きというわけではありません。きらいでもないけど。
ただ、SHERLOCKは純粋に「好き」の理由が痛くひびくところが好き かな。
hi-functioning sociopath ってのも最高に感情移入しちゃいますね。せつないっす。
can't wait next season!