司法試験情報局(LAW-WAVE)

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司法試験・予備試験・ロースクール入試の情報サイトです。司法試験関係の情報がメインですが、広く勉強方法(方法論)一般についても書いています。※ブログは更新停止中です。コメントなどは受け付けておりません。ご了承ください。

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ブログのおすすめエントリーを、50個選んで貼り付けておきます。

 

・勉強法関係

・司法試験・ロースクール関係

・予備校関係

・その他

 

以上の4つのカテゴリーに分類しました。

タイトルの文字を大きくしているエントリーは、おすすめのものです。

ドキドキ をつけたエントリーは、特におすすめのものです。

 

記事の多くは、黒字の本文と、青字の補足部分に分かれています。

他にも、ピンク字の補足部分や、【補足】や【追記】として内容を付加した部分などもあります。

こういった本文以外の補足部分は、最初は無視していただいて構いません



 

勉強法関係

 

目的意識の拡散

試験勉強における目的意識の重要性と、手を広げることの危険性について書きました。

 

「集約型」の勉強法と「拡散型」の勉強法

「集約型」と「拡散型」という概念を用いて、上の記事を図式的に整理し直しました。

【追記】で、司法試験=宗教説を唱えるとともに、脱洗脳のための一つの方法を提案しています。NEW

 

理想の勉強の順序と「基本」の重要性

勉強には学ぶ順序があること。そして、あたりまえの「基本」の重要性を指摘しました。

【補足】で、「基本」が当たり前すぎて差がつかないという勘違いに釘を刺しておきました。

 

肢別本

「肢別本なんか潰しても全然足りないよ」なんて嘯く人は、まず肢別本を潰していません。

 

ドキドキ「基本書か予備校本か」という愚問

司法試験の問題が解けるようになりたいなら、司法試験の問題を解かなければなりません。

基本書を読んでも、基本書が読めるようになるだけです。当ブログの勉強法の核心を書きました。

【補足】に、センスの良い受験生とセンスの悪い受験生の発想の違いを書いておきました。

 

ドキドキ基本書を読んでも論文が書けるようにはならない

基本書を読んでも、論文が書けるようにはなりません。

その論理を、子ども(あるいはロースクールの教授)にも分かるように明快に説明しました。

【補足】で、「問いに答える」という試験の本質を、論証や答案の長さとの関係で説明しました。

 

ドキドキ「新司法試験はあてはめ勝負」は本当か

論文試験の合-否を分けているのは、あてはめ部分ではなく、法律論の出来不出来です。

また、司法試験のような相対評価の試験において、合格ラインを意識することは必須です。

 

論文で判例学習はどこまで必要か

判例など知らなくても、合格答案は書けます。

事前に知っていることで墓穴を掘る(つまりは知らないほうがいい)場合だってあると思います。

 

短答で判例学習はどこまで必要か

短答においても、判例集の重要性は低いです。短答でも、合格ラインの意識は必須です。

なお、事前に知識を習得することが正当といえるための3要件を挙げています。

民法の基本書を分野別に揃えること

今やろうとしている勉強の正当性について、必要性と許容性の観点から判断基準を示しました。

 

えんしゅう本

「えんしゅう本じゃ足りないよ」と言うのは、実際にえんしゅう本を潰してからにして欲しいです。

 

ドキドキ論点を起点とする勉強方法の功罪 NEW

論点・規範中心学習のメリットとデメリットを述べています。

条文を自然な日本語として素直に解釈すること(言語感覚を磨くこと)の重要性を力説しました。

 

ドキドキ「言い換え」の連鎖

法律学あるいは法律問題の処理は、徹頭徹尾、条文の言い換えです。

事実、言い分、条文、規範、・・・全てがお互いを言い換えっこしているだけです。

【補足】に、「三段論法という勘違い」を付け加えました。NEW

 

実質的需要と形式的需要

司法試験の合否は「基本」で決まります。背伸びをした「応用」は真の需要ではありません。

 

ドキドキ学校の勉強と試験勉強

根源的に試験に強いタイプの受験生は、試験に強いだけでなく、学校の成績も良いことが多いです。

 

ドキドキ試験勉強における「理解」とは

「理解」とは、その人が何をしたいかという「目的」との関係で定義されるものです。

問題を解く前に知識の理解に走る愚を指摘しています。

 

短文問題・中文問題・長文問題

司法試験の問題を、問題文の長さ別に分けて、それぞれの意義を考えてみました。

 

新司型問題と旧司型問題の相違点

上の記事の続きです。新司型問題の本質は旧司型(中文)問題に他ならないことを論証しています。

 

呉明植

受験界の論文指導のレベルは極めて低いです。ほとんどの講師が感覚に頼った指導をしています。

 

新司法試験・論文過去問集

地図を持たずに歩き出せば、間違いなく遭難します。目的地に到達したいなら、地図は必須です。

 

ドキドキ法学のテキストは「加工食品」にすぎない

法学テキストは、条文という本物を分かりにくく加工した偽物(=加工食品)にすぎません。

基本書も予備校本も予備校講義も、所詮は偽物の解説であることを自覚しなければなりません。

 

ドキドキ桜蔭の女の子

名付けて「スピードぐるぐる勉強法」。手を広げずに早く回す。一種の効率的な記憶法です。

司法試験受験生以外の方からのアクセスがものすごく多い記事でした。


ドキドキ再現答案 vs. 出題趣旨

抽象的なひとつの真実は、具体的な個々の事実よりもはるかに重要です。

再現答案には前者が示されています。出題趣旨には後者しか書かれていません。

【雑感】に、特定の合格者がアドバイザーの資格を有しているかどうかの基準を示しています。

失敗の意義

何かに成功するには、正しく失敗することが必要です。手を広げると、正しく失敗できません。

 

記憶法について

名付けて「絞り込み→暗記法」。シンプルな記憶法なので、誰でも簡単に実践できます。

ドキドキ【追記】で、答案を読んで覚える勉強法がなぜダメなのかを論じています。NEW

 

ドキドキ処理手順の進化史

論文の方法論(処理手順)の歴史を簡単にまとめてみました。

【補足】に書いたことは、私からの最重要メッセージです。是非これだけは読んでください。

 

ドキドキ答案の書き方について

具体的な答案の書き方について、2つのパターンを提案しています。

「あてはめ一貫型」と「紛争構造そのまま型」です。

中村充

10年後には、論文指導にはこの程度の精緻な方法論が求められるようになっているはずです。

 

「潰す」とは?

「潰す」という概念に終わりはありません。「潰せた」と思ったところがあなたの限界です。

ドキドキ与えられた条件を極限まで切り詰めてみること

本当に必要な勉強が何か(不要な勉強が何か)を知るための思考実験です。

【補足】に、得点効率を最大化する勉強法の一例を、肢別本潰しを例にとって解説しました。

ドキドキ右足をヒョイと上げる競技

頭の中が些末な情報で混乱してきたら、いったん、この単純なレベルまで戻ってください。

ブログで再三強調した当たり前の論理がいかに重要であるかを【補足】で再確認しています。

 

ドキドキ十年後の受験生へ

試験という目的のある勉強は、目的意識が全てです。

最後にダメ押しで、目的意識を喚起しておきます。


【リンク】
司法試験のあるきかた NEW
2017年の本試験に上位合格された“えるにえ”さんの方法論ブログです。

このブログの方法論に共感していただいた方には、とても参考になる内容だと思います。




司法試験・ロースクール関係

 

ロースクール進学のリスク

ロースクールに進学することは、社会人だけでなく、新卒者にとっても危険な行為です。

 

ロースクール時代の予備校の役割

旧司法試験時代と新司法試験時代(ロースクール時代)の受験生像の変遷がテーマです。

 

ロースクール制度の正当性についての異見

ロースクール制度に正当性を見出し得るとしたら何が言えるか。その私なりの意見(異見)です。

ロー組と予備試験組を競合させることは、ローの正当性の根幹を揺るがすことになるでしょう。

 

既修のススメ①  既修のススメ②

ロースクールに行くなら、絶対に既修を目指さなければいけません。

 

司法試験に受からないということ

どんなに嫌でもこれが現実です。司法試験をやるなら、絶対に落ちてはいけません。

【注意】 司法試験まで半年を切っている方は、今はこの記事は読まないでください。

初めて読む方は、司法試験が終わってから(受かってから or 落ちてから)ゆっくりと読んでください。

 

司法試験に受からない可能性が高い人

受からない可能性が高いタイプを列挙しました。該当項目がいくつもある人は要注意です。



 

予備校関係

 

ドキドキ司法試験予備校講師ランキング

講師・予備校の寸評も記載しています。講座受講の参考にどうぞ。

入門講座(講師)はどこ(誰)にすべきか?

上のエントリーの前身となった記事です。ちょっと伊藤塾講師を褒めすぎました。

反省して、司法試験の真の怖さについて、追記をしました。


基礎マスターと商訴集中講義 ~入門講座再考~

予備校の入門講座は回数が多すぎます。本当はもっと少ない回数で同じことができます。

 

入門テキスト肥大化の歴史

分厚いテキストには実践性がありません。コンパクト型テキストの再興を望みます。


 

 

その他

 

ブログの趣旨説明

ブログの内容・目的について説明しています。

 

「経験」と「発言権」は有因か無因か

正直にいうと、内容より属性ばかりに目が行く日本人気質が私は大嫌いです。

高橋宏志『重点講義民事訴訟法』

たくさんの本を書評しましたが、結局一番よく書けたのはこれかなと思います。

 

適性試験失敗談(あるいは地頭否定論)

やったことはやった分だけできるようになります。やっていないことはできるようにはなりません。

これは全ての人間に共通の真実です。地頭なんてものは存在しません。

宇都出雅巳『合格る技術』

知識型試験の勉強法として最もおすすめの本です。

宇都出先生にはいろいろとお世話になりました。

お前はいったい何者なんだという疑問にお答えして…

自分の恥ずかしい過去も書いておかないとフェアじゃないと思ったので・・・。

あと、「勉強法オタクは受かりにくい」という俗説に反論しておきました。

木田元『闇屋になりそこねた哲学者』

人間は変わらない生き物です。

人が変わろうとすることには意味がありませんし、変えようとすることにも意味がありません。

ただ、意味がないと言っておくことには、なぜか意味があるような気がします。


勉強法本 ~名語録~

最後にこっそり本音を書いておきます。

一番下の中谷彰宏の本は、ブログの趣旨からは完全に逸脱しています。

ここに書かれている「目的のない勉強」とは、勉強することそれ自体が目的だということです。

人は、生きるために勉強するのではありません。勉強するために生きているのです。

 

 

 

 

 


テーマ:

ブログを始めてから1年半、途中中断した時期を除けば、実働期間は1年くらいでしたが、実質的な更新は今日で最後です。

なお、このブログ自体は、今後も(Amebaが置いてくれる間は)消さずに残しておきます。

これから先も、新しい教材が次々と出版されていくと思います。

長い目で見れば、試験傾向はもちろん、制度自体も変わっていくことになるでしょう。

ブログで書いた内容の多くは、十年も経てばそれなりに古くなっているだろうと思います。

 

そこで、十年後にこのブログを読む受験生に対して、いくつかメッセージを残しておきたいと思います。

 

 

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まず、このブログの核心部分は、十年後の受験界でも十分に通用するはずです。

 

勉強法一般について語った部分や、法について抽象的に語った部分については、十年後も完全に変わらない形で通用すると思います。

 

特に、勉強法の核心は、100年経っても完全に正しいと確信しています。

 

その他の教材情報・講師情報についても、表面的な情報は古くなると思いますが、教材や講師を評価する中で、結局は勉強法を語っていることが多いので、こういった部分も活用してもらえたら嬉しいです。


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重要なことは、けっして多くありません。

 

試験に合格しなければならない以上、そして、試験勉強をしなければならない以上、何よりもその時々の傾向に合った(←これ大事)試験問題を解くことを重視しなければなりません。

 

常に、目的に定位して考える

これさえできていれば間違えることはありません。

 

個々の教材・講座・答練etc…、時には勉強法さえも、すべてそのための手段にすぎません。

手段にすぎないものに、あまり拘りすぎないことが肝要です。

今も、そして十年後も、教材なんて、何を使ったっていいのです。

あるいは、手段なんて、何でもいいのです。

 

・予備校本メインでも大丈夫か、基本書メインでいくべきか

・予備校本はどれを使うべきか、あるいは使わなくてもいいのか

・基本書はどれを使うべきか、あるいは使わなくてもいいのか

・演習書はどれを使うべきか、あるいは使わなくてもいいのか

・判例集はどれを使うべきか、あるいは使わなくてもいいのか

・短答六法はどれを使うべきか、あるいは使わなくてもいいのか

・サブノートは使うべきか、あるいは使わなくてもいいのか

・自分でノートを作るべきか、あるいは作るべきでないのか

・どの予備校に行くべきか、あるいは行く必要はないのか

・どの入門講座をとるべきか、あるいはとる必要はないのか

・答練はどこを受ければいいか、あるいは受ける必要はないのか

・オプション講座は受けるべきか、あるいは受ける必要はないのか

・過去問集はどれがいいか

・問題集はどれがいいか

・予備校問題中心でも大丈夫なんだろうか

・旧司の問題までやったほうがいいのだろうか

・ブログなんかやってる場合だろうか

・飲み会なんか行ってる場合だろうか

・1日10時間勉強するべきか、数時間でも足りるのか   etc…

↑こういう、一言でいえば 「 ど ~ で も い い こ と 」 に、過度に拘ってはいけません。

こんなもの、全部好きなようにしてください。その程度の問題だということを自覚してください。

どっちを選んでもいいし、どれを選んでもいいです。いかなる意味でも悩むような話ではないです。

 

もし悩んだら、「ど・れ・に・し・よ・う・か・な」で適当に決めてください。

ひとつだけ確実に言えることがあるとすれば、

絶対に、過去問はやってください。 そして、あとは好きにしてください
 

私から言えることは↑これだけです。

 

本当の意味でしっかりと過去問に取り組んでいれば、あなたがやるべきことは自ずから見えてきます。

いえ、それが見えてくるくらいに、本試験(過去問)それ自体に向き合わなければなりません

 

過去問以外に、すべての受験生に共通して必要なものなど何一つありません。

山に登るときに絶対にしなければならないのは、山の頂を見ることだけです。

その上で、どのルートで登るか、どういう装備で登るかは、どこまでもあなたの自由です。

多少回り道をしようが、貧しい装備で挑もうが、頂さえきちんと見ていれば、必ず頂に到達します。

 

その一方で、頂を見ることを忘れて、自分が歩いているルートの優越性を無用に誇示し始めたり、自分の使っている装備が全ての人間に必須のものだなどと要らぬ強弁をし始めたりした場合は、その受験生は危ないと思ったほうがいいです。

 

なぜなら、そのとき、その受験生の目は、もはや頂を見ていないからです。

自分の歩いている道や、道の歩き方や、履いている靴や、無我夢中で歩いているときの充実感や、偶然行きがかりで拾ったにすぎない諸々の装備品などに過度な愛着を持ってしまうと、このようにいとも簡単に目的から目が逸れていってしまいます。

 

このとき、彼 or 彼女の視線(関心)は、自分の足元や、歩くことの気持ちよさに向けられています。

つまりは、自分しか見ていません。目的を見ずに、自分を見てしまっているのです。

これは単なる自己愛であり、執着です。

目的志向を歪ませる一番の犯人は、このような自己愛や執着です。

皆さんは、こういう些末なものに執着することのないよう、くれぐれも用心してください。

手段の選定に悩んだり、手段に拘りをもつとき、あなたは目的を見ていません。

 

あなたのやるべきことは、目的を見ることです。

そして、目的を見ながら歩くことです。

 

自分を見たり、自分の持ち物を見せびらかしたり、歩いている自分に酔っぱらうことではありません。

 

どうかその点を忘れないようにしてください。


********************

 

 

最後にひとつ、今まで書いたことがなかった視点を示して終わりにします。

 

このブログでは、繰り返し繰り返し、条文の重要性を強調してきました。

まるで、条文を重視することが、司法試験における目的そのものであるかのように語ってきました。

 

しかし、条文を重視することは、司法試験学習の「目的そのもの」ではありません

 

もし、法律を学ぶこと自体が目的であれば、条文(=法律)は目的そのものと言えるかもしれません。

しかし、司法試験において、条文は、あくまでも試験問題を解くための道具(手段)にすぎません。

 

条文重視は、試験合格という目的に定位した場合の結果的産物にすぎません。

さらに言えば、条文重視は、試験合格に必要な程度で必要になることにすぎません。

 

この点を履き違えて、まるで条文を知るために条文を学んでいるような受験生は多いです。

問題を解くこととは関係ない次元で、条文解説のための条文解説をしている講師もいます。

 

しかし、受験生の本来の目的は、試験問題(≒過去問)を解くことであり、解けるようになることです。

条文は、試験問題を解くという目的に必要な程度で必要になるだけの、単なる手段にすぎません。

必要以上に条文に詳しくなったところで、そんなことには何の意味もないのです。


このように、条文を過剰に重視すること(条文に執着しすぎること)もまた、目的を見失う第一歩です。

以前(※「言い換え」の連鎖 参照)、司法試験で真に重要なのは条文と過去問の2つだけ、と書いたことがありますが、実は、両者は同価値ではありません。

 

本当の意味で目的といえるのは、過去問だけなのです。

 

さらにダメ押しをしておきます。

 

司法試験が合格ラインをめぐる相対評価の試験である以上、過去問を過剰に重視することもまた、目的を見失った行為であるといわざるを得ません。

受験生の真の目的は、過去問にパーフェクトに答えることではなく、合格することです。

 

過去問は、真の目的である合格に必要な程度で必要になるだけの、単なる手段にすぎません。

そのことを忘れて、過去問に十全に答えることそれ自体を目的化するのは、過去問を神(=目的)の座に祭り上げる(固定する)一種の思考停止に他なりません。

このような思考停止の罠は、過去問学習においてさえ存在するということを忘れないでください。

条文を目的に据えるなら、基本書は条文を理解するための手段に降格します。

過去問を目的に据えるなら、条文は過去問を解くための手段に降格します。

合格を目的に据えるなら、過去問は合格するための手段に降格します。

 

このように、目的-手段の関係は常に流動的です。

 

視点を変えれば、過去問も一瞬で、手段にすぎないものに降格します。

つまりは、過去問の座も常に安泰ではないということです。

 

そのような思考を安住させることができるような場所は、実はどこにもありません

思考の動きが止まったところが、あなたの限界です。

 

どうかそのことを忘れないでください。
 

最後に究極のダメ押しをしておきます。

 

真の目的である「合格」もまた、視点を変えれば手段に降格するのは言うまでもありません。

合格のさらに上に、究極の目的があれば、あなたにとっての合格は手段にすぎないものになります。

この「目的(=合格)の手段化」ができれば、あなたは最強の受験生になることができるでしょう。

 

なぜなら、人は、手段にすぎないものには執着しないからです。

執着がなければ、誰でも、状況を冷静かつ客観的に、正しく見ることができます。

また、執着がなければ、誰でも、目的に則した最善の方法をとることができます。

そうなれば、大抵のことは呆気ないほど簡単にクリアしてしまえるものです。

 

最強の受験生とは、目的とする試験を、単なる通過点(手段)としか見ない人のことです。

言いかえると、「過去問」「合格」といった具体的なレベルで思考を止めない人のことなのです。

 

~あなたにとって、「究極の目的」とは何ですか?~

 

 

 

 

以上です。

 

このように、あくまでも厳格に、目的そのものを意識してください

手段にすぎないものにアイデンティティを預けてしまわないように。

手段にすぎないものを目的化してしまうことのないように。

そうやって、目的から目を逸らしてしまうことのないように。

自分の目的が“”なのか。いったい“”ができるようになりたいのか。

そのためには“”をしなければならないのか。

 

この「何」を、強く強く意識してください。

 

本当に大事なことは、次の2つしかありません。

 

①目的から目を逸らさないこと

②目的を欲し続けること


あなたが、正しい方法をとることができていて(①)、

本当に司法試験に合格したいと望んでいるなら(②)、

あなたの目的は必ず達成されます。

正しい方法(①)はすべてこのブログの中に書きました。

このブログを平気で読むことができるほど素直な人なら、実践はかんたんでしょう。

 

あとは、あなたが本当にそれを望んでいるのかどうか(②)、です。

 

あなたが本当に合格を望んでいるなら、司法試験なんてかんたんです。


 

 

 

 

 

 


テーマ:

司法試験講師のランキングをしてみました。

 

インプット部門・アウトプット部門、それぞれ10点満点です。

友人3名と私の計4名(受験生2名・新司合格者弁護士2名)で意見を出し合って評価を調整しました。

どの講師を受講するか迷われている人がいたら参考にしてください。

 

なお、個々の講師の評価自体は真面目にやっているつもりですが、所詮は忘年会の余興です。

あまり真に受けて怒ったりするのはやめてください。


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【インプット部門】



満 呉(伊藤塾)

 

9 伊藤(伊藤塾)   本田(伊藤塾)

 

8 高野(伊藤塾)  中村(TAC)   宮武(LEC)

7 山本(伊藤塾)  横山(伊藤塾)  千葉(LEC)

6 吉野(伊藤塾)   釜田(伊藤塾)  白羽広(TAC)

5 岡崎(伊藤塾)   渡辺(TAC)   工藤(LEC)   柴田(LEC)

4 岩崎(LEC)   松田(LEC)  稲村(辰已)

3 辻本(TAC)  西口(辰已)   原(辰已)

2 若手講師陣(辰已)

1 黒羽広(TAC)

0 

 

 

★伊藤塾 インプットの講義力の高さはNo.1。司法試験に「入門」させる能力が最も高い予備校です。

伊藤⇒分かりやすさは受験界No.1。具体例に話を膨らませていく分かりやすさです。

高野⇒塾長に似たタイプ。両者とも、司法試験の森に入るところまでは最適の案内役です。

⇒塾長的な分かりやすさとは逆です。重要箇所をマークで限定していく分かりやすさです。

本田⇒講義のスピード感・トーク力は受験界No.1。次世代のエース候補。声もいいです。

吉野⇒伊藤塾基準では平均的レベル。全予備校基準でいえば上位の講義力です。

釜田⇒伊藤塾基準では平均的レベル。オペラで鍛えた声は好みが分かれます。

横山⇒伊藤塾基準でも平均以上の講義力。珍しい女性講師です。丁寧な話し方です。

山本⇒伊藤塾基準でも平均以上の講義力。ざっくばらんな感じの話し方です。

岡崎⇒伊藤塾基準では講義力はあまり高くないほうだと思います。

 

★TAC(Wセミナー)  世代交代の真っ最中です。伝統的に条文重視の講師が多いのが特徴です。

中村⇒基礎講座は徹底した条文重視です。少ない回数で全体を一気に総まくりします。

羽広(白)⇒条文講義はかなりのおすすめです。ただし、講義力は低いです。

羽広(黒)⇒応用的な講座は全くおすすめできません。こういうものに逃げてはダメです。

渡辺⇒インプット講義は及第点はクリアしています。話は上手です。

辻本⇒可もなく不可もなくという感じです。話は上手です。

★LEC  インプットは伊藤塾的。上半分が伊藤塾に移籍してしまって、下半分がLECに残った感じです。

岩崎⇒伊藤塾の呉講師と似たタイプ。教材加工を細かく指示していくタイプの講師です。

柴田⇒著作ほどの良さはありませんが、講義力は及第点はクリアしていると思います。

工藤⇒入門テキストはコンパクトで良いです。講義レベルが高いです。

千葉⇒TACからLECに移籍した講師。伊藤塾的。講義はシャープで分かりやすいです。

宮武⇒伊藤塾からLECに移籍した講師。インプットの講義力はLEC内ではNo.1です。

松田⇒短答知識の総まとめ講座を聴いた感じでは、可もなく不可もなくです。

 

★辰已  ほぼ全員が「実務が本業」「講師は副業」の講師なので、どうしても評価は低くなります。

西口⇒元気があるところはgood。ただし、準備不足のやっつけ仕事の感は否めません。

⇒入門段階から論文が意識されているところは評価できます。講義力は低いです。

稲村⇒大学受験予備校講師の経験あり。講義慣れしている感じで分かりやすいです。

若手講師陣⇒辰已にはプロと呼べる講師がいません。受験生を舐めないで欲しいです。
 

 

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【アウトプット部門】



満 中村(TAC)

9 吉野(伊藤塾)

8 白羽広(TAC)

7 林(TAC)

6 呉(伊藤塾)   工藤(LEC)   原(辰已)

5 山本(伊藤塾)  渡辺(TAC)   柴田(LEC)

4 岡崎(伊藤塾)   柳澤(辰已)

3 西口(辰已)   稲村(辰已)

2 若手講師陣(辰已)  北出(実務法学研究会)

1 伊藤(伊藤塾)   黒羽広(TAC)

0 

 


★伊藤塾  伝統的にアウトプット(方法論)面が弱いです。インプットが上手すぎることが一つの要因です。

伊藤⇒論文指導は漠然とした感じ。話に軸がありません。塾長には方法論がありません。

⇒答練解説はまずまずですが、論文講座は「解答例にマーク」のインプット類似講義です。

吉野⇒論文指導は具体的で、背後に型を感じます。本試験分析講義は秀逸です。

山本⇒実務的観点を重視した論文指導。特にこれといった方法論はない感じです。

岡崎⇒塾長よりは具体的でいいですが、漠然としていて軸がないのは塾長と一緒です。

 

★TAC(Wセミナー)  方法論重視の論文指導です。方法論面では一番強い予備校だと思います。

 

中村⇒受験界で最も完成度の高い論文方法論です。基礎講座から大量に問題を潰します。

羽広(白)⇒条文重視の方法論&問題分析手法は素晴らしいです。

羽広(黒)⇒新司の難しさを強調し、受験生を「応用」へ誘惑するのはブラック羽広です。

⇒羽広講師の弟子。条文重視&問題分析に優れています。

渡辺⇒「合格答案の公式」という講座は、方法論系の隠れた名講義です。

★LEC  論文はほとんど工藤講師一人でやっている感じです。工藤講師が去った後が問題だと思います。

柴田⇒応用的な突っ込んだ説明が得意。実力者向け。明確な処理手順はない感じです。

工藤⇒柴田講師の弟子。講義の生産性の高さには感服します。

 

実務法学研究会  新興予備校。余計なお世話ですが、もう少し授業料は安くしたほうがいいのでは。

北出⇒昔は基本重視の優れた方法論を語っていましたが、今はブラック羽広化しています。

 

★辰已  旧司組のプロ講師をほとんど駆逐し、今では新司組のアマチュア講師しか残っていません。

 

西口⇒相変わらずやっつけですが、論文指導は、説明が多彩で柔軟性もあって良いです。

⇒インプット講義(入門講座)よりも、論文指導のほうが向いている講師だと思います。

稲村⇒可もなく不可もなくです。特にこれといった方法論はない感じです。話は上手です。

柳澤⇒旧司時代の人気講師。あてはめ重視の方法論です。

若手講師陣⇒ロー経由新司合格者講師たちの講義は、まるで合格者講義みたいです。

 


 

 

【最終補足】
 

司法試験情報局は、当時の受験界の一般的通念と大きく乖離しないよう、ある程度妥協しながら書き進められました。そのため、いくつかのエントリーで、私の本音(100%の真意)が示されていない部分があります。本エントリーには、特にその自己欺瞞が強く表れてしまっています(申し訳ありません)。

私の理想の講師観・講座観・教材観は、初めから一貫して変わっていません。

私の最終的な本音(100%の真意)は、下記をご覧ください。

 

司法試験情報局の見解の変化についての釈明<その1>

司法試験情報局の見解の変化についての釈明<その2>


 

 

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