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geezenstacの森

音楽に映画たまに美術、そして読書三昧のブログです

Non Stop West

Al Caiola & Leroy Holmes Orchestra

 

曲目/

1.The Good, The Bad And The Ugly-続・夕日のガンマン  2:53

2.A Professional Gun-ジャガー   2:12

3.True Grit  -トゥルー・グリット  3:53

4.A Fistful Of Dollars-荒野の用心棒   2:00

5.Ole Turkey Buzzard-マッケンナの黄金   3:26

6.Hang 'Em High-奴らを高く吊るせ   2:25

7.The Big Gundown-復讐のガンマン   2:45

8.The Magnificent Seven-荒野の七人   2:00

9.For A Few Dollars More-夕日のガンマン   2:20

10.Bonanza-ボナンザ   2:16

11.The Big Country-大西部   2:23

12.Wagons Ho! -ワゴン・トレイン  3:44

13.Return Of The Seven-続荒野の七人   2:15

14.High Chaparral- シャパラル高原  2:13

 

演奏/ルロイ・ホルム・オーケストラ 1-6

  アル・カイオラ楽団 7-14

発売/1972

 

英SUNSET SLS 50312

 

 

 英SLSはユナイテッド・アーティスト系の再発専門の廉価版レーベルでした。サントラ版はこのレーベルで結構集めました。これまでには下記のアルバムを取り上げています。

 

 

 

 

 

 前半を担当しているのはルロイ・ホームズです。このルロイ・ホームズ(1913年9月22日 - 1986年7月27日)は、アメリカの作詞家、作曲家、編曲家、オーケストラ指揮者、そしてレコードプロデューサーでした。そして、ホームズはハリウッド高校を卒業後、イリノイ州エバンストンのノースウェスタン大学とニューヨークのジュリアード音楽院で音楽を学び、1930年代から1940年代初頭にかけて、エルンスト・トック、ヴィンセント・ロペス、そしてハリー・ジェイムズといった多くのバンドリーダーと共演しました。

 第二次世界大戦中はアメリカ海軍でパイロットと飛行教官、そして中尉を務めた後、ハリウッドに移り、MGMミュージック・スタジオに専属編曲家兼指揮者として採用されました。1950年にニューヨークに移り、MGMでレコードプロデューサーとして活動を続け、後にユナイテッド・アーティスツに移籍しました。1960年代初頭にユナイテッド・アーティスツ・レコードに移籍し、数多くの映画テーマ曲のコンピレーション・アルバムに楽曲を提供し、自身の名義でアルバムをリリースするとともに、コニー・フランシス、グロリア・リン、シャーリー・バッシー、そしてプエルトリコ出身のティト・ロドリゲスやチューチョ・アヴェジャネットといっ​​た歌手のバックオーケストラを務めています。

 

 今回このアルバムを取り上げたのは今月までNHK-FMで放送中の「✖️クラシック」で特集中のエンリオ・モリコーネがらみということで考えました。まあ、アル・カイオラにしてもウェスタンをテーマにしたアルバムを服末発売していましたからねぇ。必然的にエンリオ・モリコーネもたくさん含まれています。このアルバムでいうと1.2.4.7.9とモリコーネの作品が並びます。

 

 冒頭は「続・夕日のガンマン」です。ユナイテッド・アーティストで活躍していましたから、映画音楽は得意なものです。いいアレンジで原曲の雰囲気を掴んでいます。日本とはヒットの基準が違いますから2曲目の「ジャガー」はあまり知られていません。3曲目はジェフ・ブリッジェス主演の西部劇で音楽はエルマー・バーンスタインが書いています。

 

 後半のアル・カイオラはギター奏者でしたが自らのオーケストラを率いて勢力的に1960-70年第二活躍しました。彼の演奏した「荒野の七人」はベストセラーになりましたし、テレビドラマの主題歌としての「ボナンザ」も大ヒットしました。あまり知られていない「ワゴン・トレイン」の主題歌、「ワゴン・ホー」も彼がヒットさせました。まあ、楽しいアルバムですが、日本ではこういうアルバムはリリースされていません。

 

音楽を楽しむ会

新美南吉、文学と音楽
 

 あいにくの雨模様でしたが、テーマが興味があり、今月も音楽を楽しむ会のコンサートに出かけてきました。テーマは地元の児童文学者、新意味南吉に関する文学と音楽と題するものでした。

 

 愛知県は半田市にある新海南吉の誕生から始まりますが、もう幼い頃から文学に対してはかなりの才能を見せていました。まぁ半田が産んだ全国の児童文学者でしょう。今回はその彼の創作活動と当時彼が聞いたであろう音楽をたどると言う内容になっていました。

 

今回、コンサートでかけられた曲は、以下のプログラムになっていました。

 

会場の様子、今回も蓄音機が大活躍です

 
 時代的なこともあるようですが、新美南吉は結構音楽好きで、東京に住んでいた時はあちこちの音楽喫茶をはしごして回っていたようです。当時の音楽の主流はクラシックでしたから必然そういう音楽になっていました。新美南吉は1913年生まれでした。冒頭に掛けられたのはチャイコフスキーの「アンダンテ・カンタービレ」でした。ここで演奏しているみっしゃ・エルマンは1891年ウクライナ生まれのヴァイオリニストでしたから、当時はバリバリで活躍していました。
 

 
  次に掛けられたのも専門の童謡で、野口雨情、中山新平コンビの「証城寺の狸囃子」でこういう曲も聴いていたんですなぁ。歌っている平井英子さんは102歳まで長生きをされた生粋の童謡歌手として活躍された方で、このレコードでは作曲の中山新平がピアノを弾いているという貴重なものでした。
 

 

 ワインガルトナーのベートーヴェンは当時としては一番ポピュラーに聴かれた演奏でしょう。

 

 

 南吉は生涯独身でしたが初恋は小学生時代でした。同級生の「木本みなこ」で、家の格の違いもあり鯉は実りませんでしたが、恋敵の遠藤家に押しかけて敵情視察もしています。そのきっかけがベートーヴェンのクロイツェル・ソナタで遠藤家でさんざんレコードを聴きまくったようです。そのレコードと蓄音機は遠藤家から寄贈され、現在は「新美南吉記念館」に保存されているようです。

 

 

 SP時代はレコードの片面が5-6分でしたから小品がこぞって録音されています。「アリオーソ」は元はバッハのカンタータ156番。バッハのカンタータにはそれぞれ聖書の物語にちなんで147番の「主よ人の望みの喜びを」のような題名がついているのですが、この156番の題名がちょっとびっくりです。

片足は墓穴にありてわれは立つ」(Ich steh mit einem Fuss im Grabe)というものなんですなぁ。でもメロディは気に入っていたらしく、バッハは後にチェンバロ協奏曲第5番にも転用しています。

 

 

 演奏の珍しいのはフィレンツェ・カルテットの「ドリゴのセレナーデ」です。ヴァイオリンにフルート、ハープといった楽器が使われています。

 

 

 プログラムでは名前が間違っていますが、関屋敏子さんの歌うシューベルトの子守歌」の伴奏はフィラデルフィア管弦楽団の変名だそうです。今でも歌われている日本語歌詞が初めてつけられたのがこの録音のようです。

 

 

 南吉はいろいろな同人誌に投稿していますが、その中でも「赤い鳥」には1932年1月号に代表作の「ごんぎつね」も発表されています。まだ18歳の時でした。

 

 後半のストコフスキーの「新世界から」は彼のフィラでルティアとの3度目の録音です。よほど得意としていたのか生涯に5度録音しています。彼の「新世界から」の特徴はフェルマータかけまくりという特徴があります。曲のメリハリがはっきりするという特徴があります。

 

 

 音楽としての最後は安生高等女学校の卒業式で使われた曲だそうです。「アロハ・オエ」はさようならという意味だそうで4年間の教員生活にも別れを告げるという意味も含まれていたのでしょう。

 

 

  さて、当日は図書館ですから蔵書の新美南吉の本がずらりと並べられていました。豊明市民ならそのまま借りる事も出来たようです。

 

 

 

 

当日のレジメ

 

最後に代表作の「ごんぎつね」のアニメを張り付けておきます。

 

 

 主催されたネコパパさんの記事は下記でご覧ください。

音楽を楽しむ会・文学と音楽「新美南吉」 - 児童文学と音楽の散歩道reload

 

10月ですから図書館は全館ハロウィンの飾りつけもなされていました。

 

 

 

 

 

カラヤン/ベルマンのチャイコフスキー

 

曲目/

チャイコフスキー:ピアノ協奏曲 第1番 変ロ短調 作品23 

1.第1楽章:Allegro Non Troppo E Molto Maestoso    21:59

2.第2楽章:Andantino Semplice    8:01

3.第3楽章:Allegro Con Fuoco    7:18

 

ピアノ/ラザール・ベルマン

指揮/ヘルベルト・フォン・カラヤン

演奏/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

 

録音/1975/11/17,18 フィルハーモニーザール

P:ハンス・ヒルシュマグダレーネ。パトベルク

D:ミシェル・グロス

E:ギュンター・ヘルマンス

 

DGG 2530677

 

 

 先日ベルマンの「超絶技巧練習曲」を取り上げたのでちょいとこのディスクを思い出しました。単品では所有していませんでしたがカラヤンの1970年代の録音を集めたボックスセットの中に含まれていました。このボックスセットはDGに録音したカラヤンの管弦楽録音の集大成になっていました。

 

 カラヤンはチャイコフスキーのピアノ協奏曲は第1番しか録音を残していませんが、下記の録音が存在します。

  1. 62年(リヒテル/VSO)I:22:07、II:6:55、III:7:09
  2. 67年(ワイセンベルク/BPO)[F]
  3. 70年(ワイセンベルク/パリo)I:23:12、II:8:48、III:7:31
  4. 75年(ベルマン/BPO)I:21:55、II:7:57、III:7:18
  5. 88年(キーシン/BPO)I:23:41、II:8:33、III:7:35
  6. 88年(キーシン/BPO)[F]
Fとあるのは映像で残されているもので、6が1988年ジルヴェスター・コンサートのライヴ映像でカラヤンとベルリンフィルの最後の録音です。2006/08/17

 

 ラザール・ベルマンも忘れかけられているピアニストでは無いでしょうか。リヒテルの後を追って1970年代に西側に現れこのCDの様にカラヤンと共演するなどして話題になりました。カラヤンはステレオ以降ではリヒテル、ワイセンベルクもそしてこのベルマンとチャイコフスキーを録音していますが、小生はこのベルマンとの共演が一番好きです。下記はカラヤンの録音タイミングですがベルマンとの演奏が一番、第1楽章のタイミングが早くなっています。そして、ベルマンは1986年にテルミカーノフと原典版で再録音していますがほとんどタイミング的に違いがありません。これはカラヤンを向こうに回して自分のテンポで録音を押し進めていたからではないでしょうか。

 

 第1楽章から実に堂々とした鳴らしっぷりで痛快です。リヒテル盤は何処か神経質な所があり、ワイセンベルクは技巧でバリバリと弾きまくるだけのような印象が強いので、そういう意味でもカラヤンと対等に距離を置いて、自己主張をしながらベルマン流のチャイコフスキーを組み立てているベルマンは好きです。

 

録音 第1楽章 第2楽章 第3楽章
ベルマン盤 21:55 7:57 7:13
リヒテル盤 22:07 6:55 7:09
ワイセンベルク盤 23:12 8:48 7:31
ベルマン原典版 21:40 7:30 7:38

 

 ピアノは中央にきっちりと定位し堂々の鳴りっぷりなのですが、オーケストラの低域がちょいとだぶつき気味なのが気になります。73年頃まではイエス・キリスト教会が使われていましたがこの頃は全面的にフィルハーモニーホールで録音されるようになっていました。しかし、まだ75年当時は音のバランスがどことなく悪いものもあったのでしょうか、この録音もそういう面では損をしています。これに引き換え。65年のヴァイオリン協奏曲のほうは今となっては音質的には十全ではありませんがバランスの麺では完成されたベルリンフィルの音を聴くことができます。

 

第1楽章:序奏は中の遅。主部(4:44~)は中。ベルマンのヴィルトゥオーソ風の演奏スタイルが曲に良く合っている。鮮やかな技巧と強靱なタッチが基本で、身振りの大きめなところも聴かれます。音色も絢爛豪華な印象である。ただテンポの変動は極力抑えているようで、アルゲリッチのような恣意的なデフォルメはありません。さてカラヤン三度目の録音にして初めてのベルリンフィルと録音しています。。リヒテルに対抗して熱く燃えたウィーン響、ひたすら遅めでピアノは置き去りにして大音量で鳴らしたパリ管、これらと異なり本演奏でのカラヤンとベルリンフィルはやや遅めのテンポで、中庸の演奏を繰り広げています。輝かしい音色はさすがこの時代のベルリンフィルです。温度的にはさほど高くない演奏ですが、その分音色は磨き抜かれており、スタジオ録音でのカラヤンらしいとも言えます。ただ、この録音はそれまでのイエスキリスト教会での録音ではなく、フィルハーモニーでの録音になっていて、まだ音がこなれていない部分が感じられます。


 雄大な序奏で一旦盛り上がった後、主部の入りは穏やかで控えめです。ルービンシュタインとは正反対のやり方と言っても良いでしょう。その後展開部の頂点に向けて息長く徐々に盛り上がってゆきます。コーダは中やや遅いのですがこれがベルマンのテンポなのでしょう。


第2楽章:中の遅。遅めに演奏され、チャイコフスキーの美しい緩徐楽章を堪能できます。音量的には控えめながらベルマン、ベルリンフィルの名人芸に浸れる演奏となっています。


第3楽章:中。BPhの美しくも豪華な音響とベルマンの巨匠風ピアノが規模の大きさを感じさせます。やや速めで充実した主要主題部とゆったり演奏される副主題部が鮮やかな対比を示し、次第に盛り上がり。コーダでの達成感が素晴らしいものになっています。


 発売当初は、ソ連の鉄のカーテンの向こうから現われた天才ピアニスト、ベルマンとカラヤンの夢の共演といった感じで話題になったものの、最近ではあまり取り上げられることもなく、殆ど忘れ去られたような演奏です。


 カラヤンが招聘したベルマンでしたが、やや肌が合わなかったのか共演はこの録音だけです。


 一方カラヤンは、旧盤(ワイセンベルクとのパリ管での演奏)の作為的とも言えるテンポ設定から一転して、非常に中庸度の高い速度設定と、インテンポを保つ品位の高さを示している。そしてこの曲では初登場のBPhがやはり華やかで美しい。全体として中庸、リファレンス的名演と思います。ただカラヤンが少し冷静すぎて演奏の温度がやや低いかなと感じられます。

 

 

 

 

 

ローラン・ドゥアット

テレマン/水上の音楽

 

テレマン

水上の音楽「ハンブルグの潮の干満」TWV55:C3

1.第1楽章/序曲

2.第2楽章/サラバンド-眠るテティス

3.第3楽章/ブーレー-目覚めるテティス

4.第4楽章/ルーレー-恋煩いのネプチューン

5.第5楽章/ガヴォット-戯れる水の精たち

6.第6楽章/アレルッキアーデ-おどけたトリトン

7.第7楽章/吹き荒ぶ風

8.第8楽章/メヌエット-心地よい西風

9.第9楽章/ジーグ-潮の緩慢

祭りのにぎわい「ホルン2つ、バスーン2つ、オーボエ2つと弦楽合奏のための組曲第2番」

10.第1楽章/序曲

11.第2楽章/嘆き

12.第3楽章/

13.第4楽章/

14.第5楽章/

15.第6楽章/

 

オーボエ/ピエール・ピエルロ、ジャック・シャンボン(オーボエ)
フルート/クリスチャン・ラルデ、アラン・マリオン(フルート)
バスーン/ポール・オンニュ、ジャン・ルシェ(バスーン)
ホルン/ジョルジュ・バルボトゥ、ジルベール・クルシエ(ホルン)

 

指揮/ローラン・ドゥアット

演奏/パリ・コレギウム・ムジクム合奏団

 

コロムビア OW−7512-MU(仏ムジディスク原盤)

 

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 このローラン・ドゥアットのテレマンは最初は1000円盤で発売されていました。RE−1517という番号でフランスのムジディスク原盤を使いまるでエラートの穴を埋めるようなレパートリー輪揃えていました。当時は。このレーベルの価値があまりわからずほとんど無視していたのは痛恨の極みです。何しろリステンパルトのバッハの「ブランデンブルク協奏曲」、「フーガの技法」、「管弦楽組曲」などの名盤が溢れていました。このシリーズ、当時はローラン・ドゥアットの指揮するものを何枚か所有していますが、この一枚は漏らしていましたので、今回中古版で入手出来て思わずニンマリです。

 

 「水上の音楽」と聞いて、我々が真っ先に思い浮かべるのはヘンデルの作品でしょう。しかし、存命中ドイツ随一の人気(当時のバッハは2流と見なされていました)を誇ったテレマンにも同じタイトルの作品があるのです。そして彼の作品には「ハンブルクの潮の満干」というサブタイトルが添えられています。この作品は、ハンブルク市の音楽監督だったテレマンが、11723年ハンブルク海軍設立100周年の記念行事のために、序曲「ハンブルクの潮の満干」として書きました。この曲は大好評を博し、通称「水上の音楽」と呼ばれるようになり、その後何度も演奏されました。

 

 当時のテレマン人気は大変なものだったようで、ライプチヒ市の新聞が作曲家の人気投票を行ったところ、1位はテレマン、2位がヘンデルだったそうです。地元ライプチヒの楽長 J・S・バッハは・・・7位でした。

それほどの人気を誇ったテレマンですが、20世紀以降は忘れられてるとまでは言わないものの、バッハ、ヘンデルに比べて影は薄いです。テレマンの代表曲の筆頭は「食卓の音楽」なのでしょうが、その「テレマンの曲を何か口ずさんでみろ」と言われても何にも歌えない人、小生を含めて大多数ではないかと。曲自体はキャッチーで覚えやすいので、取り上げられる機会、聴く機会が圧倒的に少ないのだと思います。何しろ作品の整理が未だに終わっていないという作曲家です。wikiによると、

 

“12歳以降の74年間、生涯にわたって現役であったテレマンは、少なくともオペラ40曲、室内楽200曲、協奏曲170曲、管弦楽組曲600~700曲、受難曲46曲、教会カンタータ1700曲以上などの膨大な曲を残した。一般に17世紀後期から18世紀にかけてのバロック時代のヨーロッパでは、教会の礼拝用または王侯貴族や富裕層などの娯楽や祝祭典用など様々な方面において音楽の需要が増加していたため、当時の著名な作曲家たちは必然的に多作になる傾向があったが、特にテレマンの作品数は、現在知られている同世代のアントニオ・ヴィヴァルディの作品数800曲以上やヘンデルの作品数600曲以上、バッハの作品数1100曲以上などと比較しても群を抜いている”

 ということです。バッハのような小難しい音楽ではなくわかりやすいメロディの中に当時の先端を行く作風で絶大な人気があったのでしょう。テレマンは当時台頭しつつあった市民階級の好みを敏感に嗅ぎ取り、彼らに「ウケる」音楽を量産しました。
ビジネスマンとしても有能で、楽譜の出版も自分で行い、大きな富を築いたそうです。

 

 さて、テレマン、ヘンデル双方の「水上の音楽」に共通している点は、当時の管弦楽組曲の形態を取るところ。すなわち付点リズムによるゆったりした序奏の後に急速なフーガが続くフランス風序曲で始まり、その後に何曲かの舞曲をつなげていくパターンであるということです。冒頭の序曲は、穏やかなハンブルクの海を思わせる荘重な音楽で始まります。その後はこの時代の舞曲のフォーマットを用いつつ楽章毎にタイトルが付けられ、それがその楽章のキャラクターを象徴しています。特に印象的なのは第9曲の「潮の満干」でしょうか。ジーグという舞曲の形態で、潮が満ちては引いていく様子を巧みに描写しています。さらに、前後しますが、第7曲の「吹きすさぶ風」及び第8曲の「心地よい西風」も巧みな自然描写が光っています。


第1曲 Overture (海の水がゆったりたゆたうような冒頭から引き込まれます)
 

 


第2楽章/サラバンド-眠るテティス、テティスは海の女神のことです。

 

 

 

3.第3楽章/ブーレー-目覚めるテティス

 

 

第4楽章/ルーレー-恋煩いのネプチューン

 

 

.第5楽章/ガヴォット-戯れる水の精たち わりかし覚えやすい曲でしょう


 


第6楽章/アレルッキアーデ-おどけたトリトン この曲もキャッチーです。


 

 

第7楽章/吹き荒ぶ風

 

 


 

第8楽章/メヌエット-心地よい西風

 

 

第9楽章/ジーグ-潮の緩慢

 



 B面も分類でいくとTWVという作品番号で分類されていますが、軽やかで優美で素敵な曲ばかりです。TWV の分類では、TWV 51 が一つの独奏楽器とオーケストラの協奏曲、TWV 52 が2つの独奏楽器群とオーケストラの協奏曲、TWV 53 が3つの独奏楽器群とオーケストラの協奏曲、TWV 54 が4つ以上の独奏楽器群とオーケストラの協奏曲となっていて、TWV 55 は管弦楽の序曲・組曲にあてられています。「祭りのにぎわい」も組曲です。こちらもなかなか演奏される機会がなく、このドゥアットの演奏は貴重なものです。

 


まあ、死後の評価なんて、ご本人にとってはどうでもいいことでしょうけど。
とにかくテレマンの音楽、21世紀のいま聴いてもとっても楽しめます。

 

シンセサイザー「四季」

 

 

 

 

 

 ヴィヴァルディの「四季」といえば、ひところはさまざまの楽器で演奏されるのが流行ったものですね。このプログでも、お琴や三味線で演奏した和ものとか、ジャズにアレンジされた演奏もの、ヴァイオリンではなくフルートに編曲されたものなどもこのブログで取り上げています。

 

 

 

 

 

 もちろんシンセサイザーのものもありましたよく知られているのはパトリック・グリーソンの演奏するものでした。こういう演奏でした。こちらは1984年に発売されたもので、すでにデジタル収録されていました。

 

 

 そして遡ること6年の1978年に、このレコードのフランク・ベッカーという日本在住の作曲家が、モーグの向こうを張ってローランドが開発したモジュール型のシンセサイザーSystem100を使って作ったものが、世界で最初のものだったのではないでしょうか。今でこそ、そんなものは簡単に作れてしまうようになりましたが、当時はもちろん単音しか出ないアナログシンセで、シークエンサーもせいぜい10音ぐらいしかセットできないという原始的な代物でしたから、それで「四季」全曲を作るのは大変だったことでしょう。こういうシステムです。

 

 当時のミックスダウンの様子の写真が掲載されています。

 

 

 このアルバムの存在は、中古レコードショップで見つけるまでは全く知らなかった存在です。シンセサイザー・ミュージックはその最初の頃から興味があり聴いていました。まだ冨田勲の「月の光」が発売される前で、走りとなったワルター・カーロスの「スィッチド・オン・バッハ」というアルバムでした。まだこのブログでは取り上げていなかったようですが、その第2弾となったブランデンブルク協奏曲は下で取り上げています。

 

 

 そして、冨田勲はしばしば取り上げています。

 

 

 

 

 

  さて、このフランク・バッカーの「四季」です。まあ、聴いて貰えばわかりますが、基本的に四季の楽譜をシンセサイザーの音で置き換えただけの演奏に感じます。そして、ヴァイオリン協奏曲としては本来のヴァイオリンにソロパートは任せるという非常にシンプルな構成で出来上がっています。言えば単純に楽譜のオーケストラパートをシンセサイザーに置き換えただけの演奏という事ができます。まあ、1977年レベルのローランドの装置ではこの程度のことしか出来なかったということです。


 下はレコードからの音源ということで、盛大にパチパチノイズも入っていますが、黎明期のローランドのシステムによる演奏はこんなものであったという事がわかります。1974年の冨田勲の「月の光」がモーグシンセサイザーの機能をフルに使って素晴らしい創作になっている事が分かろうというものです。