ラザール・ベルマン
リスト/超絶技巧練習曲
曲目/リスト 超絶技巧練習曲
第1番 ハ長調《前奏曲》プレスト 0:51
第2番 イ短調《モルト・ヴィヴァーチェ》 1:51
第3番 ヘ長調《風景(パイサージュ)》ポコ・アダージョ 5:29
第4番 ニ短調《マゼッパ》アレグロ 7:12
第5番 変ロ長調《鬼火(フー・フォレ)》アレグレット 3:46
第6番 ト短調《幻影(ヴィジョン)》レント 5:30
第7番 変ホ長調《英雄(エロイカ)》アレグロ 4:40
第8番 ハ短調《荒々しい狩り(ワイルデ・ヤークト)》プレスト・フリオーソ 4:42
第9番 変イ長調《回想(リコルダンツァ)》アンダンティーノ 9:34
第10番 ヘ短調《アレグロ・アジタート・モルト》 4:06
第11番 変ニ長調《夕べの調和(アルモニー・デュ・ソワール)》アンダンティーノ 9:44
第12番 変ロ短調《雪あらし(シャス・ネージュ)》アンダンテ・コン・モート 5:04
ピアノ/ラザール・ベルマン
録音/1963 メロディア・スタジオ モスクワ
E:ヴァレンチン・スコブロ
ビクター音楽産業 VIC−3095(メロディア原盤)
ラザール・ベルマンの名を一躍世界中に知らしめたのが、この1963年にモスクワで録音された「超絶技巧練習曲」全12曲です。モノラルでも半分以上旧録音があったのですが、この全曲は西側にも出回り、カラヤンがギレリスに尋ねた答えはレコードの襷にも書かれている「リヒテルと私が4本の手で弾いても敵わない」という言葉でした。結果、カラヤンは急遽ベルマンをベルリンに招聘。チャイコフスキーを録音しています。およそ人間技とは思えない指さばきとスピード感。ピアニストほどこの凄さが解るでしょう。1963年の録音ながら最初はモノラルで発売されていて、ステレオでは1974年に初めて発売されています。その時はもう少し曲がプラスされて2枚組で4,000円で販売されていました。手持ちの一枚は1978年に再発されてもので、「超絶技巧練習曲」だけで、2,300円となっていました。
この作品、1826年、リストがまだ15歳の時に、彼はすでに才能の片鱗を見せた《12の練習曲》を発表しました。1837年にはこの素材を「四方八方に拡張し、再構成し、加筆し、削除し、旋律・リズム・和声をねじり、彼自身の力量に応じて複雑化」し、そして何よりも、それまで欠けていた詩的な優美さを吹き込みました。元は教育目的の練習曲でしたが、《大練習曲》というタイトルのもと、ピアノによる交響詩へと昇華され、あらゆる技巧が求められる作品となりました。
その技巧はあまりに超人的であったため、リストは1851年に再び手を加え、不要とされた困難さを排除し、形式と内容のバランスを見直し、音楽的な明晰さを加えました。翌年、《超絶技巧練習曲(Études d'exécution transcendante)》として最終版が発表されました。それは「より洗練され、透明で、抑制があり、狙いが正確となり、かえって効果を高める」作品に仕上がっています。そして、全12曲のうち9曲に付けられたタイトル(「風景」「マゼッパ」「鬼火」「幻影」「英雄」「荒々しい狩り」「回想」「夕べの調和」「雪あらし」)は、この文学と詩に育まれた作曲家のロマン的精神を見事に表現しています。
もはや練習曲ではない。そんなことを忘れさせ、音の隅々まで歌い尽くすかような豊かな響き。それでいて、彼の演奏は、恐ろしいほど、あくまで譜面に忠実です。まるでリストを挑発するかのような盛り上がりです。最初の一音から圧倒されます。それでいてイン・テンポで粛々と演奏を進め、アゴーギクをほとんど崩さないのも特徴的です。ベルマンは楽譜に示されたペダルの長さを厳格に守る傾向もありました。
ピアノを弾く者なら、持っていて当然の古典的な、驚嘆の一枚でしょう。ただ、彼の名前が今の時代ほとんど忘れ去られているのはひとえにドイツ古典派のベートーヴェンやモーツァルトの録音をほとんど残していないからでしょう。コンサートデビューがモーツァルトのピアノ協奏曲第25番であったにも拘らずです。そして、皮肉なことに1956年のブダペスト国際音楽コンクールにおいて優勝し、1956年にはウラジミール・アシュケナージとともにベルギーのエリザベート王妃国際音楽コンクールに参加しましたが、5位に入賞に留まりました。ちなみにアシュケナージは優勝です。ショパンコンクールに何度もチャレンジしながら入選していません。彼のスタイルがショパンと合わなかったのでしょうかねぇ。まあ、世の中にはリスト弾きと称されるピアニストがいます。みなさんはリスト弾きと聞いて誰を思い浮かべるでしょうか?おそらくブレンデル、シフラ、アラウ、ボレット、ベルマン、ワッツなどの名前が挙がるのではないでしょうか。他にも全体のレパートリーの割合からしてリストを特別多く取り上げているわけではないけれど、素晴らしいリスト演奏をするピアニストとして、ホロヴィッツやリヒテルなどもあげられます。これらのピアニストの中でこのベルマンの「超絶技巧練習曲」はその最初の一音から圧倒されました。
改めて、ピアノという楽器は小さなオーケストラだということを再認識させられたような演奏です。ちろん近年の奏法は、どんどん進化している。だが、それが進化と言えるのか。この領域においては、演奏以前に、演奏家としての楽器に取り組む姿勢が問われる。同じ楽器から、同じ音符から、どれだけの音を引き出すかは、演奏するものの執念にかかっています。そもそも、この曲は作曲者のリストさえも演奏不能という難曲だったらしく、十本の指という絶対条件において難しい位置の音であろうと、差異なしに弾きこなすテクニックは、個々の指が個々のキーを叩くのではなく、ピアニスト本人がピアノ全体をかき鳴らすのです。その意味を理解して、ほんとうの意味で弾きこなせる者は多くないのではないのでしょう。
しかし、ベルマンは、強靱な精神力で、それをここでやってみせています。どの指も、どのキーも、彼の意志に従い曲に溶け込んでいます。だからすごいのでしょう。古典ピアノですら困難だったこの十二曲を、現代のピアノで弾きこなすということがどういうことなのか、もはや曲さえも越えて、ピアニストであるということそのものが示されてくるような名演奏になっています。






















































