geezenstacの森

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音楽に美術たまに映画にパソコン、そして読書三昧のブログです。つまりなんでも有りです。

人生の峠を越えはや70代に突入し、ここで一度過去を振り返って整理してみようと思い立ち、10代の青春時代に立ち戻って新たにブログをしたためます。
人生いつでも「往去来今」

内容は雑多です。音楽と美術たまに映画やパソコン、そして読書三昧のブログです。

流星の絆 

 

著者:東野圭吾

出版社:講談社 講談社文庫

 

 

 何者かに両親を惨殺された三兄妹は、流れ星に仇討ちを誓う。14年後、互いのことだけを信じ、世間を敵視しながら生きる彼らの前に、犯人を突き止める最初で最後の機会が訪れる。三人で完璧に仕掛けたはずの復讐計画。その最大の誤算は、妹の恋心だった。涙があふれる衝撃の真相。著者会心の新たな代表作。---データベス---

 

 この小説は『週刊現代』に2006年9月16日号から2007年9月15日号まで連載され、2008年3月5日に講談社より単行本が刊行され、2011年4月15日には講談社文庫版が発売されています。そして、2026年7月8日には児童向けに編集された講談社青い鳥文庫版が発売されたところで、シリーズ累計166万部を突破したことが公表されています。また、2008年10月17日から12月19日まで二宮和也氏の主演でTBS系「金曜ドラマ」枠で放送されたことを覚えてい人も多いのではないでしょうか。この記事を執筆現在ではNetflixで配信されていますし、アマゾンプライムでも視聴できますが、見放題ではなく有料のレンタル配信となっています。Amazonは最近はこういう配信が多いですね。

 

下は現在会員なら視聴可能な東の作品です。


🎞️沈黙のパレード 

🎞️マスカレード・ホテル 

🎞️マスカレード・ナイト

🎞️さまよう刃 

📺東野圭吾「さまよう刃」 

🎞️容疑者Xの献身 

🎞️真夏の方程式 

🎞️ラプラスの魔女 

📺ガリレオ 

📺流星の絆 8/5配信開始 

📺東野圭吾「ゲームの名は誘拐」 

📺東野圭吾「変身」 

📺東野圭吾「カッコウの卵は誰のもの」 

📺東野圭吾「幻夜」 

📺東野圭吾「分身」 

📺東野圭吾「片想い」 

📺東野圭吾「ダイイング・アイ」

 

 さて、単行本で480ページ、文庫本では600ページを超える長編小説です。大きな章は無く週刊誌連載時の号数と同じ53のブロックに分けられています。この作品、なんの予備知識もなく読み始めました。本の厚さから長編だということは分かっていましたが、最初はドラマ化されているのも知りませんでした。2000年代はテレビはほとんど見ていませんでしたし、ましてや東野圭吾作品も全く興味がなかったのです。テレビドラマ化されているのでサスペンスドラマということはわかりますが、それ以上にヒューマンドラマということに驚きました。文藝春秋の「東野圭吾公式ガイド」には氏の言葉でこの作品について以下のように書かれています。

 

 "この「流星の絆」で書こうと思ったこと、それは兄弟や家族の「絆」です。両親を殺された三兄弟が色々悪いことをするんですが、最終的に兄二人が、妹を幸せにするために自分たちを犠牲にしてまでも頑張ろうとする。そんな流れを考えました。"

 

 それもあり、最初の20ページくらいで涙腺が緩みます。長男の功一が、妹の静奈を思い遣って「まだ静奈は知らないから、せめて明日までは寝かせてやりたい」って言うところに功一の心情が描かれます。何も知らないで寝ている幼い静奈がすごく切ないですなぁ。いずれ静奈に事実を知らせる必要がありますが、どう伝えるべきか考えるだけでも絶望的な気持ちになる感じはつらすぎます。功一にとって、自分が事実を知った時よりも、静奈が事実を知ったら、どんなに悲しい思いをするかを想像した時の方が、もっと辛くなるというところにすごく共感します。

 

 場面は変わって孤児院を卒業し、その後の詐欺をしているシーンでは、詐欺の手口がとても巧妙で、東野圭吾氏の、詐欺の手口についての記述はそれが本筋のストーリーではないだけに感心させられます。まるで2003年に公開されたデカプリオ主演の「キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン」を彷彿とさせます。ここでは、詐欺を躊躇なく行う功一の価値観に納得できて、本当にそう思っている詐欺師もいるかもしれないと納得させます。こういう描写ができるのが東野圭吾氏なんでしょう。

 

 殺人事件から14年後。この小説が発表された2007年当時は殺人事件の時効は事件発生から14年に設定されていました。間も無くその時効の期限が来るという時にこの物語は存在しています。ただし、小説の中ではその事項についてはあまり言及されていません。そして、ストーリー中盤からは詐欺の方向性からちょっと逸脱していきます。物語の軸となるのは、流星の下で立てた「俺たち三人は絆で繋がっている。だから、何もこわがるな」という誓いです。それが次男の泰輔がレストランチェーン「トガミ亭」の御曹司の戸神行成の父親が両親殺しの犯人の横顔に似ていると言い出すところから方向性が変わっていきます。つまり、

「あの夜・・・父さんと母さんが殺された夜、家の裏口から出ていった男・・・今の男が、あの時の男だ」という泰輔の衝撃的な一言で一気に物語は復讐のフェーズへと加速します。それにしても長編でありながら、冒頭の刑事が登場するところから、すでに伏線が色々貼ってありそれが最後の戸神家での対決シーンで次々と明らかになっていく様は推理小説の醍醐味をきちんと抑えています。

 

 さらに、「『アリアケ』のハヤシライス。今夜食べたハヤシライは、あれと同じだった。同じ味だった」という静奈の気づきが証拠となり、政行を標的とした復讐計画が動き出します。しかし、「あいつ、惚れてるよ。戸神行成に惚れてる。芝居じゃない。本気で惚れてるんだ」という一言によって計画は大きく揺らぎます。

 

 次第に推理小説に恋愛感情が持ち込まれます。静奈が行成を本当に好きなのに、行成の前で架空の人物を演じなければならず、全て嘘の友人関係を話している時の虚しくなる気持ちを想像していくとだんだん切なくなります。戸神行成は本当の静奈のことは全然知らないで、偽の偽名の高峰沙緒里を好きになっていきます。自分の本心を抑えて、どんどん辛くなる静奈ですが、兄弟のためには両親の仇を取らなければなりません。静奈のメンタル崩壊しちゃうんじゃないかなって思ってたら、やっぱり最後の方で決壊してしまいます。こういうところは男と女のドラマになっています。

 

 行成の家に見学に行ったシーンは後半の注目点の一つです。行成のお母さんが、静奈を本当に気に入って、高価な香水を譲ってくれて、静奈が下を向いて涙を堪えるシーンがあります。これから策に陥れようとしている相手から、温かく接してもらうことの罪悪感を感じたのでしょう。また、これが嘘じゃなくて本当の関係だったらどれだけ嬉しかったかとドラマ的には盛り上がります。

 

 ただ、展開思わぬ方向に展開していきます。行成が真実を知ってからの行動は特に想像以上でしょう。実の父親が犯人なのかを行成が思いもよらない方策で暴こうとします。親が大罪を犯してしまうような人と思われる割に、ずいぶん真っ直ぐ育ったような性格をしていると思われる描写にちょっと驚きます。

 

 犯人の最後について真っ先に思ったのは、そんな終わらせ方をしたら、功一が怨恨でやったと警察に疑われないか心配ということでしょう。なにしろ犯人はあっさり飛び降りてしまうのですから。犯人の心理はわからないけど、これまで何度も終わらせるべきか考えてきて、ついに全てが露見した時、ここで本当に終わりにしよう…と思ってしまったのでしょう。大罪を犯して、同情の余地はないのかもしれないけど、犯人も悲しい人生を背負っていたのだと考えさせられます。

 

 エピローグ的に、静奈を救済するために功一がが行成のところへ全てを洗いざらい話に行きます。そして、行成は指輪を購入することを提案します。騙されて買うはずだった指輪を買い、功一達にお金を貸す理由とすると同時に、静奈にその指輪で告白してみせるという流れは泣かせます。序盤に出てきた偽の高級指輪が、最後に重要なアイテムとしてまた出てくるとは・・・・。

 

 こんなエンディグならドラマ化にはうってつけの流れです。ということで、この後はドラマで「流星の絆」を楽しむことにします。

 

 

 

 

 

ベルリオーズ 序曲集 
アレクサンダー・ギブソン
 

曲目/ベルリオーズ
1.歌劇「ベンヴェヌート・チェッリーニ」 Op. 23 - 序曲 10:29
2.序曲「宗教裁判官」 12:09
3.序曲「海賊」 8:08
4.歌劇「ベアトリスとベネディクト」 - 序曲 7:41
5.序曲「ウェイヴァリー」 Op. 1 10:22
6.序曲「リア王」 14:09

 

指揮/アレクサンダー・ギブソン
演奏/ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団

 

録音/1995/01 CTIスタジオ、ロンドン
 
MEMBRAN 233253-3

 

イメージ 1

 

 MEMBRANの「ロイヤルフィルコレクションVol.2」の中の注目の一枚がこのアレクサンダー・ギブソンの指揮するベルリオースでした。面白いことにギブソンは1992年にシャンドスにロイヤル・スコティッシュ管とベルリオーズの序曲集を録音しています。このCDとは「海賊」、「ベアトリスとヴェネディクト」、「リア王」の3曲がダブっています。僅か3年の間に再録したということは何か問題があったのでしょうか。残念ながらシャンドス盤は所有していないので比較は出来ませんけど、ギブソンは1995年1月14日に亡くなっていますから、もし表記の録音データが間違っていなければ、多分ラストレコーディングではないでしょうか。

 

 このロイヤルフィル盤は以前SACDでも発売されたことがあるので録音は極めて優秀です。冒頭の「ヴェンヴェヌート・チェルリーニ」序曲は、冒頭はティンパニが派手に鳴って弦が豪快に主題を奏でるのですが、それがちょっと引っ込んでしまっているのが残念です。ただ、その他の点ではその後に続くゆったりとしたメロディでも優雅さを感じる事が出来、ベルリオーズの管弦楽法を満喫出来る演奏になっています。ギブソンは一般にはイギリスの指揮者ということになっていますが、正確にはスコットランド生まれの指揮者です。そんなこともあり、ロンドンでの活躍よりもスコットランドでの活躍が主でしたので、日本ではあまり紹介されなかったのが残念です。心臓発作でなくなったということですが、まだ60代の若さでしたから、ここでの音楽も生き生きとしています。

 

 

 宗教裁判官も見事なドラマ性を表出した演奏です。オペラの序曲として作曲されていますが、肝心のオペラは完成していません。ベルリオーズの作品としては幻想交響曲よりも初期の作品ですが、オーケストレーションは既に重厚を極めています。さて、ロンドンの5大オーケストラの中では一番下に見られるオーケストラですが、それは指揮者によって変わるものだなぁということが実感出来る演奏です。ベルリオーズって「幻想交響曲」だけが突出していて、他にもいい作品があるのにあまり聴かれていないのが実情ではないでしょうか、確かに、へんてこな楽器を使ったり、大オーケストラでないと演奏出来ない作品が多くてプログラムに載りにくいことは確かで、こういう序曲集という形でアルバムを出している指揮者はそんなに多くはありません。主だったところではデュトワ、コリン・デイヴィス、チョン・ミュンフン、そして、ギブソンの他はボールトやビーチャムなどイギリス系が多いのが特徴です。

 

 

 序曲「海賊」はアンセルメの幻想交響曲にカップリングされていて初めて知った曲です。冒頭、ティンパニーが、ド、ドンと鳴って、弦が猛烈な勢いで飛び出してくる威勢のいい曲です。1844に作曲された作品ですが、楽器使いはとても18世紀中旬のものとは思えません。ただし、序曲と入っても演奏会用序曲で、オペラが作曲された訳ではありません。ここではトランペットの他にコルネットやトロンボーン、更にはテューバまで活躍します。ギブソンは冒頭こそ慎重な運びで、それほど速いテンポでは演奏していませんが、全体はキビキビとしたテンポで金管を上手くドライブして重厚な演奏に仕上げています。

 

 

 後半の3曲は普段あまりカップリングにも取り上げられない曲でしょうか。歌劇「ベアトリスとベネディクト」 - 序曲は晩年の作品で、最後に完成した大作のようですが、管弦楽の規模の割に地味な音楽です。原作がシェイクスピアの「空騒ぎ」だそうですが、喜劇の割には音楽はコミカルな部分は感じられず、平板なのが残念です。
 

 
序曲「ウェイヴァリー。も作品1という番号があるとおり、初期の作品で、オペラ自体も破棄されてしまい序曲のみが残ったというものです。何処かベートーヴェンの「アテネの廃墟」を思わせる作品で、音の印象は近しいものを感じます。まだ習作段階のレベルの曲ですが、ベルリオーズの管弦楽法の原点を見ることが出来ます。ギブソンの指揮は、あまり音楽をいじり回すことはしないで、音色の重ね方に腐心をしているようです。金管はバランスの中に上手く溶かし込んで、あくまでもオペラのための作品ということを念頭に置いて演奏しています。

 

 最後は「リア王」ですが、この作品が幻想交響曲の書かれた翌年の作品とは思いませんでした。やはり、幻想交響曲が突出しているんでしょうかね。曲としては14分以上の時間を要する序曲としては規模の大きな作品です。リア王といえば悲劇の作品で、この時期ベルリオーズの心境を表現していると思われる作品です。冒頭の弦楽の主題は悲壮感を漂わせたものです。そして、それに続く旋律もまるで幻想交響曲の第3楽章を思わせる曲想を奏でますが、完成度はイマイチです。そういう作品を上手く聴かせるのですからギブソンの力量はしたたかなものを感じさせます。ここでは、オーディオ的に満足するサウンドで捉えられてい面がどうしても前面に出てしまいますが、演奏の質についてもデイヴィス/シュターツカペレと比べても決して引けを取るものではありません。ロイヤルフィルの実力を知る分にも充分な内容です。

 

 

 

 ニュー・ヘルシンキ四重奏団の 

 「inner voices」                               
               

 曲目/
シベリウス/弦楽四重奏曲 作品56《親愛なる声》
1. Andante-Allegro molto moderato 6:46
2. Vivace 2:32
3. Adagio di molto 12:44
4. Allegretto (ma pesante) 5:59
5. Allegro 5:33
グリーグ:弦楽四重奏曲 ト短調 作品27
6. Un poco andante-Allegro molto ed agitato 13:31
7. Romanze:Andantino-Allegro agitato 7:02
8. Intermezzo:Allegro molto marcato-piu vivo e scherzando 7:12
9. Finale:Lento-Presto al Saltarello 9:35

 

演奏/ニュー・ヘルシンキ四重奏団
 ヤン・ショーデルブロム(第1ヴァイオリン)
 ペトリ・アールニオ(第2ヴァイオリン)
 イラリ・アンゲルヴォ(ヴィオラ)
 マルコ・ユロネン(チェロ)

 

録音/1997/09 シグユン・ホール、ティルク フィンランド
EP:ヤリ・ティエサロ
P:ペッカ・サヴィヨキ
E:マッティ・ヘイヨネン

 

FINLANDIA 3984-21445-2

 

 

 

 

 このCDはニュー・ヘルシンキ四重奏団の国内デビューCDの一枚だったようです。調べると1999年四月にリリースされています。同時にヤナーチェクとドヴォルザークの作品集もリリースされていました。録音はそちらの方が早いようです。所有するのはドイツ製造の国際リリース盤です。まず、タイトルの「inner voices」ではてなと思いました。ジャズ・ファンならマッコイ・タイナーの同名のアルバムやア・カペラの同名のグループもいました。しかし、どう見てもそれらとは関係が無いようです。でもってジャケットをよく見ると下の方にニュー・ヘルシンキ四重奏団の記載があります。で、CDケースを裏返すと、ようやくそこでシベリウスとグリーグの弦楽四重奏曲のCDだと理解できました。今では結構知られた四重奏団ですが、当時は全く未知のアンサンブルで、一か八かで購入したのを覚えています。まあ、どのみち今までシベリウスの弦楽四重奏曲なんて手持ちはありませんでしたからレパートリーの拡大が出来るなと思っていた程度でした。
 

 

 しかし、聴いてみて度肝を抜かれました。最初の一音からして聴けばシベリウスと分かる響きで、それが交響詩の「トゥオネラの白鳥」のようなヴァイオリンの独奏による開始です。それはすぐチェロに引き継がれますが、こういう出だしは意表をつかれます。それはやがて、弦のゆらゆらと揺れ動く響きを伴って、まるでシベリウスの交響曲の世界のような響きを形成していきます。この室内楽のシベリウスの世界に触れると、金管の響きはシベリウスにとっては添え物の世界なのかなと思ってしまいます。確かに、シベリウスの交響曲は番号が進むに連れて内性的な世界に向かっていますからね。そんなことで、多分初めて耳にするシベリウスの弦楽四重奏の世界に魅せられてしまいました。知らない世界がまだまだあるというものです。

 

 

 

 

 

 

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 それにしても、こういう演奏を引っさげてデビューしたニュー・ヘルシンキ四重奏団に魅せられてしまいました。で、後でネットで調べてみるとフィンランディア・レーベルから出ているシベリウスの弦楽四重奏全集のCDが、それまでシベリウス・アカデミー弦楽四重奏団の演奏で発売されていたものが、この曲だけニュー・ヘルシンキ四重奏団のものに差し替えて再発売されているではありませんか。それだけ、この演奏に対する評価が高いということでしょう。メンバーはオストロボスニア室内oの首席で構成されていて、アンサンブルの精巧さはもとより,北欧特有の凛としたリリシズムに特色があるようです。それにしても、このCDにはびっくりさせられっぱなしです。ジャケットの写真もクラシックらしからぬ写真が使われていますし、裏面も正装はしていますがどことなくポツプスのアーティストのような構図の写真が使われています。さらに驚きは、CDのレーベル面の印刷で、ここにも彼らが飛び跳ねるデザインが施されている、いわゆるピクチャーレーベル仕様となっています。そして、呆れることに、そのレーベル写真とインレイカートのバック写真が連動しているんです。まさにポップス感覚のCD仕様になっているんですね。ジャケットにはこれをデザインしたピルッコ・フットネンの名前もちゃんとクレジットされていました。ヤナーチェクの方は少しまともなデザインですが、こちらもポップアーティストのようなジャケになっています。まあ、今までクラシックのCDのジャケットはそれと分かる保守的なデザインのものが多かったですから、こういうものの方が今後は受け入れられるのかもしれませんなぁ。シベリウスの弦楽四重奏曲は「親愛なる声」というニックネームが付いています。CDのタイトルもそこから来ているのでしょうが、ジャケットだけでは、何のことやらと思ってしまいます。

 

 もともと、弦楽四重奏曲は交響曲の縮図みたいなところがありますが、このシベリウスの弦楽四重奏曲はまさにそういった雰囲気を持っています。全5楽章の構成ですが、何処を切り取ってもまぎれも無いシベリウスです。第2楽章はヴィヴァーチェの弦の無窮動の刻みはシンフォニーでもよく聴かれるフレーズです。第3楽章のアダージョは時々、昂揚しながらもどこか寂しげな歌が続きますし、第4楽章も情熱的ですがどこか北欧の凛と張りつめた空気を感じます。第5楽章は中盤からコーダに向かって疾走するシベリウス独特の高揚感が見事に息づいています。このニュー・ヘルシンキ四重奏団の演奏は、全体としてはやや遅めのテンポでありながら各楽章をじっくり歌い込んでいてお国ものの良さを充分伝えているのではないでしょうか。国内盤は2002年にapexシリーズに組み込まれて再発されたようですが、既に廃盤のようです。でもこのアルバムデザインではインパクトは無くなってしまっています(^▽^。シベリウスは完成された弦楽四重奏曲はこれ一曲しか残していませんが、これは偉大な7曲の交響曲に匹敵する作品といっても過言ではないでしょう。どんな曲か聴いたことが無い人のためにその第1楽章をバックに貼付けておきます。

 

 さて、シベリウスのフィンランドの隣国ノルウェーのグリークも弦楽四重奏曲が1曲あります。それが併録曲です。最初の序奏の部分を聴いただけではこれがグリークの作品だとは見当もつきません。しかし、その後に出てくる主題は情熱的なもので聴き方によってはピアノコンチェルトの主題に似ていてグリークだと気がつくのではないでしょうか。グリークが学生時代に作曲した作品で元々は未完成だったものをドイツの作曲家ユリウス・レントゲンが補筆完成させたものです。この曲は歌曲「吟遊詩人」から引用されたモチーフが使われています。グリークが作曲したのは2楽章までで、レントゲンはそのモチーフを第3楽章、第4楽章に変形させて使っています。

 

 その第3楽章は途中に民族舞踏的な旋律が出てきます。これがまた、グリークの「ノルウェー舞曲第3番」によく似た旋律が使われています。そう、映画にもなったグリークの生涯を描いたミュージカル「ソング・オブ・ノルウェー」のテーマにも使われた旋律です。そういう旋律も使っていかにもグリークの弦楽四重奏曲という雰囲気をレントゲンの補筆はうまく表現しています。シベリウスもグリークもこういう完成された弦楽四重奏曲は一曲しか残していませんからこれは秘曲といえるのではないでしょうか。このニュー・ヘルシンキ四重奏団は、情熱的なところでも濃くなりすぎない透き通った北欧の弦らしい響きがして、一度にお気に入りになりました。

 

 

 

 

 

 現在再発それているアルバムには「inner voice」の表記は消えています。

 

ウェス・モンゴメリー

 California Dreaming

 

曲目/

1.California Dreaming    3:08

2.Sun Down    6:00

3.Oh You Crazy Moon    3:40

4.More, More, Amor    2:50

5.Without You    3:00

6.Winds Of Barcelona    3:07

7.Sunny    4:00

8.Green Peppers    2:25

9.Mr. Walker    3:25

10.South Of The Border    3:15

 

Personnel

Wes Montgomery – guitar

Mel Davis – trumpet

Bernie Glow – trumpet

Jimmy Nottingham – trumpet

Wayne Andre – trombone

Johnny Messner – trombone

Bill Watrous – trombone

James Buffington – French horn

Don Butterfield – tuba

Stan Webb – clarinet, English horn, saxophone

Raymond Beckenstein – flute, piccolo, saxophone

Herbie Hancock – piano

Al Casamenti – guitar

Bucky Pizzarelli – guitar

Richard Davis – double bass

Grady Tate – drums

Jack Jennings – vibraphone, castanets, scratching

Ray Barretto – percussion

Production:

 

Creed Taylor – producer

Don Sebesky – arranger, conductor

Rudy Van Gelder – engineer

Gert Van Hoeyen – remastering

Dennis Drake – remastering

 

録音/1966/09/14-16 RVGスタジオ、ニュージャージー

Verve Records – MV 4003

 

 

 当時の輸入版のセールでこの一枚は多分イージーリスニングに分類されていてそういうイメージで購入したと覚えています。Wes Montgomeryのイージーリスニング路線と言えば,CTIの3作ってことになると思いますが,それに先立って,Verveレーベルの時代からそういう路線は始まっていたという査証です。個人的にはこまイージーリスニング・ジャズの路線が気に入り、その後CTIにのめり込んでいったのを覚えています。

 

 彼のギター奏法の特徴であるピックを使わない右手親指による指頭奏法とオクターブ離れた同じメロディーを一弦間をおいて引きおろすオクターブ奏法は、自らのアイデアで開発しています。そのサウンドは暖かさがあり、聴く者を優しく包み込みます。ドン・セベスキーが編曲と指揮を担当し、プロデューサーのクリード・テイラーの進めるイージー・リスニング・ジャズの新しい世界を切り開いています。


 当時のウェス・モンゴメリーは、純粋なギタリストとしての作品としては頂点を極めながらも、その売り上げはその内容に比例していませんでした。ある意味でそうしたジレンマを救ったのが、この作品だったといえます。ドン・セベスキーのゴージャスな編曲がウエスの心地よい音色とぴったりと合って見事な先見的な「スムース・ジャズ」が完成した。ギターの音色の素晴らしさを全て引き出したウエスの演奏は、コマーシャル的に大きな成功を収めたとしても賞賛されるべき作品です。
 

 ファンの間では「初期のハードバップ期に比べてイージーリスニング的(商業的)になった」という評価がある一方で、「ウェスの変わらぬ音楽性と心地よいアンサンブルが楽しめる名盤」として親しまれています。

 

 このアルバムはジャズ・アルバム・チャートで1位に、そしてR&Bアルバム・チャートでは4位にランクインされ、 ランキング位置は低かったもののポップ・アルバム・チャートにも登場したていました。タイトル・トラックでもありオープニング・トラックでもあるママス&パパスの「California Dreaming」を聴いただけで、特別な作品であることが分かるだろう。ドン・セベスキーが手がけたアレンジは、その後のクリード・テイラーの推し進めるクロスオーバー(当時はまだヒュージョンという言葉はありませんでした)作品としての方向性を打ち出しています。

 

 1966年9月14日から16日の間にニュージャージー州イングルウッド・ クリフにあるルディ・ヴァン・ゲルダー・スタジオにてレコーディングされたこのアルバム『California Dreaming』には、全体に計り知れないほどの貢献をもたらしている輝かしいミュージシャンの面々が参加している。上の一覧でも確認できますが、ピアノにハービー・ハンコック、ドラムにグラディ・テイト、ベースにリチャード・デイヴィス、そして素晴らしい金管楽器奏者が何人もウェス・モンゴメリーと共に演奏しているのです。

 

 しかし、どんなに伴奏が最高でも、彼の融合するアタックと絶妙の表現方法でウェスはすべての舵を取っている。選曲については“軽いポップス”だと批判する者もいますが、それはポイントがずれているでしょう。大切なのは彼らの演奏です。この作品は確かに商業的かも知れませんが、しかしそれは悪いことではありません。「Oh You Crazy Moon」のウェスの美しいギターは、「More, More, Amor」での優美さと非常にバランスが良く合いますボビー・ヘブの「Sunny」のカヴァーは、タイトルと同様に太陽のように眩しく輝いています。そしてもしファンキーなものを求めているのならば、「Green Peppers」がお薦めです。

 

 

 

 

 

下はレコードです。

 

Andre Kostelanetz & His Orchestra 

Today's Golden Hits
 

曲目/

1.Michelle    2:55

2.What Now My Love    3:05

3.Try To Remember    2:31

4.A Taste Of Honey    2:03

5.Unchained Melody    2:36

6.Mame    1:41

7.September Of My Years    3:00

8.Love Me With All Your Heart    2:12

9.Yesterday    2:16

10.If I Were A Rich Man    2:14

11.Help!    2:14

 

指揮/アンドレ・コステラネッツ

演奏/彼のオーケストラ

録音/1968

P:テオ・マセロ

 

米COLOMBIA  CS9334

 

 

 このアルバが発売された1966年はビートルズの大旋風が世界を席巻していました。そんなことでこのアルバムにもビートルズの作品が3曲収録されています。もう一つの潮流としてアメリカのイージーリスニング界はコーラス入りのアレンジが流行していました。ここでも、冒頭の「ミシェル」からコーラスが入ります。こりゃハズレかなと思いましたが、その後はやはり小ステラネッツの編曲にハマっていきます。CBSはセミクラ部分ではオーマンディとの被りが少々ありますが、ポップスものはこの子ステラネッツの独壇場です。ソニーはひたすらパーシー・フェイス推しでしたが小生はコーラス多様のパーシー・フェイかはあまり好きではありませんでした。

 

 そのアンドレ・コステラネッツ(1901-1980)は、ロシアでキャリアをスタートさせ、メトロポリタン歌劇場、ニューヨーク・フィルハーモニックをはじめ、世界中のオーケストラを指揮した、著名で尊敬を集めた指揮者でした。コステラネッツは、ラジオ放送黎明期にCBSでマイク技術の先駆者として活躍したことで知られています。第二次世界大戦中は、オペラ歌手の妻リリー・ポンスと共に、USO(米軍慰問協会)のために数多くのコンサートを開催しました。これらの活動を通して、アメリカ音楽の普及に力を注ぎ、アメリカ人作曲家たちにアメリカをテーマにした作品を委嘱しました。委嘱作品には、アーロン・コープランドの「リンカーン肖像」、ウィリアム・シューマンの「ニューイングランド三部作」、ファーディ・グローフェの「ハドソン川組曲」などがあります。コステラネッツは1953年、ニューヨーク・フィルハーモニックとの「スペシャル」コンサート・シリーズを開始し、それが後に人気を博した「プロムナード」コンサートへと発展しました。このコンサートは、リンカーン・センターに新設されたフィルハーモニック・ホールで開催され、彼は1962年から1978年にかけて数々の初演を行いました。小ステラネッツは日本へは二度来日し、1955年にはNHK交響楽団と、1965年には当時の日本フィルハーモニー交響楽団を指揮しています。

 

 Michelle(ミッシェル)はコーラスと言ってもメロディをスキャットで歌っているだけです。ちょっとしっとり目のアレンジです。

 

 

 What Now My Love(そして今は)はジルベール・ベコーの持ち歌ですね。ここではボレロのリズムでゆっくり目でリズムがきざ切れています。最初はトランペット、続いてホルンでメロディが奏され次第にストリングスが加わります。ここでもバックコーラスはスキャットしています。途中で転調するところなんざ編曲が凝っています。

 

 

 Try To Remember(トライ・トゥ・リメンバー)はミュージカル『ファンタスティックス』のナンバーです。邦題は「思い出の9月」です。小生らの世代ですとブラザーズ・フォーの歌で親しんだものです。

 

 

 A Taste Of Honey(蜜の味)はちょっと変わったアレンジです。アメリアッチ・スタイルではないので少々面食らいます。

 

 

 Unchained Melody(アンチェインド・メロディ)は映画「ゴースト」に使われていましたのでそのイメージが強い曲です。

 

 

 Mame(メイム)は「メイム(Mame)」は、1955年の小説『メイム叔母さん』を原作とする1966年初演のブロードウェイ・ミュージカル、およびそれを基にした1974年のアメリカの同名映画 です。1930年代の米国を舞台に、自由奔放で愛情深いメイム叔母さんの波乱万丈な人生を描いています。

 

 

 September Of My Years(わが人生の九月)は、アメリカの歌手フランク・シナトラが1965年に発表した名作スタジオ・アルバム、およびそのタイトル曲です。人生の秋(高齢期)を迎えた心情をしっとりと歌い上げたコンセプト・アルバムでグラミー賞を受賞しています。「マイ・ウェイ」と雰囲気が似ている曲ですね。。

 

 

 Love Me With All Your Heart(太陽は燃えている)はエンゲルベルト・フンパーディンクの持ち歌ですが、歌詞に「太陽」は何処にも出てきませんし、燃えてません。原題は直訳すると『心底愛してくれ』。日本の歌で例えると城卓也の『骨まで愛して』なんでしょうかね

 

 

 Yesterday(イエスタデイ)のアレンジもちょいと変わっています。イントロだけ聴くと「ティファニーで朝食を」の雰囲気です。

 

 

 If I Were A Rich Man(もし金持ちなら)-はミュージカル『屋根の上のバイオリン弾き』の挿入曲です。主人公の手ヴィ絵が切々と歌う曲です。

 

 

 最後は「help」です。ビートルズの曲の中では金管が一番賑やかに使われています。個人的には一連のビートルズもののアレンジではこの子ステラネッツのものはあまり出来の良い方ではないと感じます。

 

スザナ・ルージチコヴァ

ゴールドベルク変奏曲

 

 

チェンバロ/スザナ・ルージチコヴァ

録音/1970/06/30 

P:ミシェル・ガルサン

 

ERATO   B15D-38189

 

  スザナ・ルージチコヴァは2017年9月27日にプラハの病院で亡くなりました。晩年は闘病生活だったといいます。1927年、チェコのプルゼニ生まれだからそれでも90歳だったんですね。プルゼニはドイツ語名だとピルゼン。そう、あのピルスナー・ウルケルの生まれた街ですよ。それって何?と思う人は世界的に有名なビールです。現在ピルスナーと呼ばれるビールのいわば元祖なのです。

 

 このバッハのゴールドベルク変奏曲はもちろんグールドの演奏も所有していますが、この曲はやはりチェンバロで聴くのが本筋でしょう。で、レオンハルトも所有していますがやはり響的にフランスエラートの録音で聴くチェンバロの響きがなぜかしっくりきます。

 

 1927年、西ボヘミア地方のプルゼニュに生まれたルージチコヴァの人生は壮絶なものでした。ユダヤ系の家庭に生まれ、幼少のころからピアノをはじめました。ナチス・ドイツ時代には強制収容所の経験もありますが、この時代の体験のためにピアニストになるのを諦めチェンバロにストに転向しています。その並み外れた個性が讃えられ、戦後は強い意志力と格調の高い音楽性でチェンバロの独奏楽器としての存在を飛躍的に高めることに貢献し「チェンバロのファースト・レディ」とも称されました。チェンバロをひとつの独立したコンサート楽器として認知させることに尽力した、まさに草分け的な存在です。先輩のワンダ・ランドフスカのあとを引き継ぎ、モダン・チェンバロだけでなく、歴史的チェンバロによる演奏も積極的に行っています。 このセットの音源は1969年から74年頃エラートに録音されたもので、当時40歳代のルージチコヴァが弾いたバッハのチェンバロ作品です。

 

録音の行われたエッフェル塔近くのアディヤール・ホール

 

 このルージチコヴァがチェンバロに転向した経緯はあまり語られることがなかったのですが、今は亡き黒田恭一氏のエッセイ集「ぼくだけの音楽」の第1巻の最後でこんなエピソードを披露しています。(初出は95年の「シグネチャー」誌6月号)

 

{{{ルージィチコヴァ(黒田氏の表記、小生も昔はこう書いていました)の手は、まるで赤ん坊の手のように小さくて、しかも、力をいれて握ったらこわれてしまいそうに柔らかかった。ぼくは、さわってはいけなかったものにふれたような気持になり、軽く握手をするだけにとどめた。

そして、ごく平凡な、しかし、ぼくがもっとも知りたかった質問からルージィチコヴァヘのインタビユーをはじめた。「なぜ、あなたは、ビアニストではなく、チェンバリストになられたのですか?」というのが、ぼくの最初の質問だった。

「わたしも、子供の頃にはピアノをひいていました」ルージィチコヴァは、淡々と話しはじめ、さらに、こうつづけた。「でも、戦争中、わたしは強制収容所にいれられていたので、食事も満足にあたえられず、栄養失調になり、手が充分に成長しなかったんです。それで、ほら、みてごらんなさい、わたしの手はこんなに小さいんです。このように小さな手ではピアノをひくのはとても無理ですが、チェンバロならひけますから」

そのようにいいながら、ルージィチコヴァは両手をひろげてみせた。考えてもみなかったルージィチコヴァのことばに、ぼくはひどくうろたえた。尋ねてはいけないことを尋ねてしまったのではないか、と思い、心ない質問をしたことを反省しないではいられなかった。しかし、いいわけになるが、ぼくは、それまでに、ルージィチコヴァについて書かれた文章で、彼女が幼児期を強制収容所ですごしたことについてふれたものを読んだことがなかった。それで、不覚にも、彼女の心の傷にふれるようなことを尋ねてしまった。

ぼくは、はなしの接穂をうしなって、おそらく、茫然としていたにちがいなかった。ルージィチコヴァは、(当時はまだ若かった)インタビュアの狼狽を救おうとしたのであろう、にっこり笑って、「いいんですよ」といいながら、ブラウスの袖をめくりはじめた。ルージィチコヴァは、いったい、なにをするつもりか。ぼくは目をみはらないではいられなかった。

これが、そのときの認識番号です。ルージィチコヴァの細い腕には強制収容所で記されたにちがいない刺青の文字があった。

そのときのルージィチコヴァにとってのぼくは、たまたまインタビユーしただけの、どこの馬の骨ともわからない外国のジャーナリストでしかなかった。そのような、ゆきずりの人間の尋ねた質問に対して、あたりさわりのない、体裁をとりつくろったようなことをいってお茶をにごすことも、おそらく、ルージィチコヴァにできなくはなかった。しかし、誠実なルージィチコヴァは、そうはしなかった。

しかも、そのようなことをはなしてくれるルージィチコヴァの様子に、大仰さはまったく感じられず、その真摯な人柄にふさわしく、あくまでも穏やかな口調で終始した。ルージィチコヴァの淡々とはなしてくれるはなしが一段落したところで、ぼくは、ルージィチコヴァの誠実さに負けないだけの誠実さをもって、このようにいった。「あなたがピアノからチェンバロにかわられたために、ぼくたちはあなたの素晴らしいバッをたくさんきかせていただけます」ルージィチコヴァは、「ありがとう」といって、にっこり笑ってくれた。 }}}

 

 こういうエピソードを読みながら聴くこのルージチコヴァの奏でるバッハは至福の1時間を提供してくれます。曖昧な表情づけが一切なく、音符の隅々にまで表現意図が行き届いた演奏です。アリアで始まりアリアで帰結するバッハの小宇宙の世界を情緒に流されるくとなくとても理知的で、しかも繊細な感覚が生かされた表現が印象的です。「ゴルトベルク変奏曲」では明快さと自在さが同居していて、ときどき垣間見せる個性的な間合いがとてもいい雰囲気に仕上がっています。

 

 

 

 

13デイズ

 

著者 ティム ロリンズ 

翻訳 富永 和子 

発行 カドカワ 角川文庫

 

 

 一九六二年十月十六日、ソヴィエトの核ミサイルがキューバに配備されていることが判明、ホワイトハウスに衝撃が走る。ミサイルが発射されれば、全米の主要都市は五分で壊滅する。空爆か、海上封鎖か、また、フルシチョフとの交渉は可能なのか?一歩間違えれば全面核戦争の危機に、若き大統領ジョン・F・ケネディと閣僚たちが立ち向かった13日間のドラマ。---データベース---

 

 映画の「13デイズ」は2000年に公開されています。映画のノベライズ本と言うと、どこか上滑りの感がいなめないし、脚本と小説はほとんど乖離してしまうほどの差異があるものが多い中、この本(映画)は題材そのものがドラマであり歴史的事実であったがゆえに、軍部の好戦的な面を強調しているという側面がある(この為映画は国防省の協力が得られていません)ことは否めませんが、対立関係を際立たせることにより、一気呵成に読ませてしまう迫力があります。

 

 小説の舞台は平和の祭典であった東京オリンピックの2年前、1962年の冷戦まっただなかのアメリカ、ホワイトハウスが主舞台で、世界が核戦争に最も接近したと言われるタイトル通りの13日間の「キューバ危機」を描いています。時のアメリカ大統領は、ジョン・F・ケネディ。ケネディを支える司法長官に実弟のロバート・ケネディがつき、大統領特別補佐官として、ケネス・オドネルがいました。そして、このケネス・オドネルの視点から物語が語られていきます。

 言うまでもないことですが、冷戦時代のアメリカとソ連は同等の武力=核兵器を持ち合うことで均衡を保っていた。巨大な力を持つ二つの国の、どちらか一方だけが圧倒的な武力を持つことは、世界を危機にさらすことになると考えていたからです。

 そもそも、キューバ危機はアメリカの侵攻を恐れたキューバが、友邦のソ連に武器の援助を申し込んだことに端を発します。しかし、戦争にも使われかねない武器を渡してしまうのはさすがにマズイと判断したソ連は、代わりに、核ミサイルをキューバ国内に配備します。

 核は戦争のための兵器ではなく戦争を抑止するための兵器である、という冷戦時代特有の、今日では理解できない発想が原点にあります。ですが、結果としてこれにアメリカが猛反発して、危ういバランスで成り立っていた均衡が崩れそうになるのです。

 もともと『13デイズ』は“ケネディ・テープ”と呼ばれるケネディ大統領自ら13日間の会議の模様を録音したテープや、ロバート・F・ケネディの回想録『13日間』、機密文書、そして映画ではケビン・コスナーが演じた実在の人物、ケネス・オドネルへの100時間にも及ぶロング・インタビューなどを基に練り上げられたといいます。

 

 どのようにしてソ連とアメリカの緊張が高まり、どのようにして最悪の事態、つまり第三次世界大戦を免れることになったのかが、非常にわかりやすく、かつスリリングに事実関係をドキュメント的に描いています。

 この「13デイズ」では、アメリカにとって「キューバ危機」は対ソ連であると同時に、国防総省やCIAとの戦いでもあった点が詳細に描かれており、それが非常に興味深いところです。戦争回避のホワイトハウスは軟弱な態度として、空爆を主張する主戦派の人々との対立と懐柔がストーリーの鍵になっています。

 彼らの強硬論をケネディ兄弟とオドネルが、いかにして抑えたかがこの小説の核心です。それが「13デイズ」で日々の展開を緊迫感ある描写でドキュメントタッチで描いていきます。

 

 この本はすでに絶版になっていますが、古書店にはあると思います。現代史ではアメリカの傍若無人な一人の大統領が世界を引っ掻き回していますが、極右勢力も行き過ぎると頼るところは北朝鮮になるのでしょうかねぇ。またぞろ火種をぶちまけるような気がしてなりませんが。愚かな大統領は10年もすれば歴史が証明するような気がします。

 

 人類が経験した核戦争の淵を歩く若き指導者達の苦悩と共に、この事実を風化させない為にも是非若い方々にも読んでもらいたいものです。下は映画の一シーンで、ミサイル配備の事実を偵察飛行するシーンです。

 

 

 

 

 

 

 

ミュージックライフが見た

ビートルズ

 

 

 

 この8月18日まで愛知県図書館で「ビートルズ来日60周年記念展」を開催していました。そこはまるで「ビートルズ図書館」のような状態でさまざまな資料が展示されていました。その資料は貸し出し可能ということでこの「ミュージックライフが見たビートルズ」を借り出してきました。当時は「レコード芸術」を愛読していましたからこの「ミュージックライフ」という雑誌は縁のない雑誌でした。そもそもこのブログで取り上げているビートルズのアルバムは全て映画がらみです。来日60周年をこういう形で振り返るのもいいかなと思って取り上げた次第です。

 

 

 この本、昔の記事がそのまま載っていてフォントも内容も、今とは違い、とても面白く仕上がっています。今では、The Beatlesは過去のものとして語られ、知りたいと思えば本やネットで事細かに当時の状態を容易に知る事ができますが、ここには当時のリアルタイムで取り上げられていたメディアの生々しい記録を垣間見ることができます。

 

4月号でもまだ正確な情報は掴んでいなかったようです。

 

MLの当時の編集長、星加るみさんと

サインペンで星加さんが型どった手形、ジョン・レノン

ジョージ・ハリソン

リンゴ・スター

ポール・マッカートニー

 

 何より面白いのは、当時の広告もそのままの形で掲載されているところです。

 

不二家のキャンペーンはビートルズだけが対象では無いようですが、こんなキャンペーンもあったのですなぁ。

 

発売元の東芝はコンサートに2000名招待キャンペーンを打っていたようです。

 

 ところで、ことし8がつ1日と2日に名古屋ローカルでCBCとNHK名古屋がコラボして開局記念番組を放送していました。今年はCBCは開局75周年 、NHK名古屋は開局101年だそうです。その番組の中で60年前の6月29日に初来日した英国の人気ロックバンド・ビートルズ。東京・日本武道館での3日間公演の収支精算書がCBCテレビに残されているものが開示されました。資料からは、熱狂の裏側で興行を無事に終えるために入念に準備していたことが読み取れました。公演はCBCテレビと読売新聞社が主催しました。当時、CBCテレビ事業部にいた佐久間一弥(87)は63年、ドイツのベルリン・ドイツオペラ、65年にはイタリア歌劇団オペラの公演なども招聘し、ポップスでもミッチ・ミラー合唱団、コニー・フランシス、ペレス・プラード楽団の全国公演などを協同企画(現・キョードー東京)と開いた実績があり、CBCが主催者に名を連ねることになっています。最初は在京の放送局にも声をかけたそうですが、どこも尻込みをしてCBCに話が回ってきたようです。何しろ1ドルは360円ですし、外貨準備が大変な時代です。資金に余裕のあったCBCだからこそ可能であったようです。そこで、CBCは運営費を拠出し、読売は広報などを担当することになりました。まあ、この辺の経緯は下の記事に譲ります。

 

 

 話はちょっとそれますが、それもありビートルズの来日公演のパンフレットもCBCが製作しています。

 

 

 もちろんCBCが自前で製作したわけでしなく、名古屋といえば松坂屋です。そしてビートルズの来日公演プログラムを製作したのは名古屋の印刷会社「栄印刷」でした。同社は松坂屋が自社の包装紙を印刷するため印刷機と鋳造機を導入して開設した印刷部が母体となり、昭和22年に設立された松坂屋グループ子会社であした。主催者であるCBCはコンサート会場で販売する「ザ・ビートルズ日本公演プログラム」と、そのプログラムに挿入する「ピンナップポスター」の2つの製作をこの栄印刷に発注したのです。しかしながら、その印刷スケジュールは熾烈を極めるものであったということです。全36頁のプログラムは5日間で印刷、製本。ピンナップポスターに至っては、6月29日に来日したビートルズが飛行機から降りてくるところを撮影し即日製版、印刷し、翌日の公演に間に合わせるというものであったというものです。

 

当時の栄印刷、左上にオリエンタル中村デパート、手前は錦通で地下鉄東山線の換気口が見える

 

 当時、栄印刷の工場は名古屋・栄(現在の超高層複合ビル「ザ・ランドマーク名古屋栄」)にあったため、羽田で写真を撮って、徹夜で名古屋に持ってきて製版、印刷し、また徹夜で東京へ運ぶという綱渡りでした。こうして、無事プログラム9,000部が会場で販売されました。ハードスケジュールの中、納品を成し遂げたことで栄印刷の評価は高まり、その後もサイモンとガーファンクル、ボブ・ディラン、カーペンターズ、イーグルス、マドンナなど大物アーティストの公演関係の印刷受注が相次いだそうです。そして、この時写真家の浅井慎平氏もデビューしています。「100時間のロマン」というものでこれも栄印刷が手掛けていました。

 

 

 ということでこのビートルズの招聘には約8.600万ほどかかったようです。

 

 

スタンリー・ブラック

ブラック・マジック

 

曲目/

A1.シャフトのテーマ

A2.フィーリング

A3.燃ゆる初恋

A4.波(ウェーブ)

A5.二人だけの園

B1.ハッスル

B2.恋のアランフェス

B3.ビリンバウ

B4.愛は雨に乗って

B5.ボラーレ

 

指揮、ピアノ/スタンリー・ブラック

 

録音/1976 デッカ・スタジオ

E:アーサー・バニスター

P:トニー・ダマート

 

DECCA   PFS4374

 

 

 このアルバム、日本では「フィーリング」というタイトルで1977年に発売されましたし、「PHASE4」のマークは外されていましたので全く気がつきませんでした。こんなデザインでした。

 

 

 全くイメージが違いますわな。このアルバムは、聴き慣れたロンドンフェスティバル管弦楽団を指揮したものではなく通常のヒズ・オーケストラとのセッション盤です。それでもストリングスまで入った演奏で気に入っています。ただ、長らく輸入盤での所有でしたので曲名がわからないものもあったのでうっちゃってありました。

 

 タイトルは欧米と違いますが、いずれにしても当時のヒット曲を網羅したアルバムといえます。ただ、イギリスデッカの制作の割には10曲しか収録されていないのはちょっと解せません。スタンリー・ブラックはセミ・クラシックまでこなす人で、そういうイメージでこのアルバムを聴くとちょっとイメージが違うのでがっかりしてしまうかもしれませんが、ここでは本来の彼のピアノを堪能することができます。

 

 冒頭は1971年にヒットした映画「黒いジャガー」のテーマです。なかなか原曲のギターリフを再現したアレンジで、パッと聴いただけではコレがスタンリー・ブラックのアルバムとは思わないのではないでしょうか。そうそう、輸入盤はA1はこの「黒いジャガーのテーマ」ですが日本盤はタイトル通り「フィーリング」が1曲目に収録されています。その「フィーリング」はスタンリー・ブラックのピアノをフューチャーした演奏になっていますから、日本盤はそのイメージを優先したのでしょう。3曲目の「燃ゆる初恋」は原タイトルは「アワ・デイ・ウィル・カム」(Our Day Will Come)といい、ルビー&ザ・ロマンティックスが1962年に発表した楽曲です。翌1963年に全米1位を記録していますが、なぜ今頃このアルバムに採用されたかは意味不明です。ですが演奏はノリノリです。

 

 4曲目はアントン・カルロスジョビンの名曲です。ここでも、自身のピアノがメロディを奏でラテン的なノリで演奏されています。薄いですが、ストリングスも加わりイージー・リスニングの体は保っています。A5は全く調べてもわからない曲でした。最近邦題を見つけたことでようやくこのアルバムを取り上げることができました。原タイトルは「All It Takes Is Two (Like Me And You)」というものでこれが「二人だけの園」となるのですから意訳もいいところです。どんな曲かは聴いてのお楽しみです。

 

 B面はこの時点の最新ヒット曲です。1975年発表の本作は同年夏の間、Billboard Hot 100とHot Soul Singleで首位を独占し、累計売上1000万枚以上となり、1976年のグラミー賞 Best Pop Instrumental Performanceを受賞という快挙を成し遂げています。イギリスでは最高位3位、年間16位のヒット曲です。ただし、ボーカルがなっちゃいません。ノリが悪く曲を台無しにしています。2曲目はバラード調の「恋のアランフェス」です。ここでもブラックのピアノがしみじみと切ないメロディを奏でています。次の「ビリンバウ」とは、ブラジルのボサノバの曲なんですけど、カポエイラという戦いの時に焚き付ける楽器のことです。4曲目はコレも邦題が不明の作品でした。原曲は Love In The Rain」なんですがこれがなぜ「愛は雨に乗って」になるんでしょうなぁ。最後の「ボラーレ」も飛ぶというイタリア語なんですが、未知の曲でした。

 

 

 

 

 

 

ネーメ・ヤルヴィ

ショスタコーヴィチ交響曲第12番

 

曲目/ショスタコーヴィチ

交響曲第12番ニ短調「1917年」Op.112

1.第1楽章「革命のペトログラード」 モデラート - アレグロ    12:16

2.第2楽章「ラズリーフ」 アダージョ    12:59

3.第3楽章「アヴローラ」 アレグロ    4:27

4.第4楽章「人類の夜明け」 リステッソ・テンポ - アレグレット - モデラート    9:22

組曲「ハムレット」Op.32a

バレエ組曲「黄金時代」Op322a

 

指揮/ネーメ・ヤルヴィ

演奏/エーテボリ交響楽団

録音1989/01、1990/08 エーテボリ・コンサートホール

P:レンナルド・レーン

E:ミカエル・ベルイエック

 

DGG    431 688-2


 

 ショスタコの交響曲の中で一番好きなのは交響曲第7番で次で交響曲第12番です。そんなことで何枚もこのブログでは取り上げています。

 

 

 

 

 

 

 レコード時代、廉価盤で発売されるショスタコーヴィチの交響曲は第5番「革命」だけでした。そんな中でフィリップスが開始したミドルプライスのユニヴェルソシリーズに突然登場したのはオハン・ドゥリヤンの第12番でした。聴いたことがない指揮者でしたがいきなり新録音での登場でした。この曲、構想はありましたが実際に作曲されたのは1961年の春から夏の間に本格的に取り掛かり、8月に完成されました。 そして、初演は1961年10月の共産党大会の開会日に合わせて、ムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィルにより行われています。つまり、当時は同時代の作曲家による現代音楽でもあったわけです。ショスタコの交響曲は輸入盤では集めていましたがこの12番はエアーポケットで抜け落ちていましたから発売されるとすぐ購入した記憶があります。わかりやすい曲で、その鳴りっぷりに痛く感動したものです。その後は全集をいくつも集めましたからその中には必ず含まれていますから聴き込んでいます。 

 

 ネーメ・ヤルヴィはムラヴィンスキーに師事した人で、彼の演奏するショスタコの音楽はかなり聴いていたと思われます。このネーメ・ヤルヴィもショスタコの小瀬を録音しているのですが、あまり話題にはなりません。それは全集といっても2つのレーベルにまたがって録音しているからで、それも2つのオーケストラで分けて録音しているのです。前半の曲をスコティッシュ・ナショナル管弦楽団とシャンドスに、後半の曲をエーテボリ交響楽団とDGに録音しています。また、2つのレーベルを合わせるとショスタコの主だった管弦楽作品はほぼ網羅しているのです。以下にリストを挙げますと、

 

交響曲第1番 ヘ短調 作品10

1984.08

交響曲第4番 ハ短調 作品43

1989.02.05-09

交響曲第5番 ニ短調 作品47

1988.04.22

交響曲第6番 ロ短調 作品54

1985.05

交響曲第7番 ハ長調 作品60 「レニングラード」

1988.02.22-23

交響曲第8番 ハ短調 作品65

1989.02.07

交響曲第9番 変ホ長調 作品70

1987.04.14-17

交響曲第10番 ホ短調 作品93

1988.05.12

タヒチ・トロット(二人でお茶を) 作品16

1987.04.14-17

祝典序曲 作品96

1987.04.14-17 

バレエ音楽「ボルト」 作品27a ※8曲版

1988.05.14

バレエ組曲第1番

1988.04.22-26 

バレエ組曲第2番

1988.04.22-26

バレエ組曲第3番

1988.04.22-26

バレエ組曲第4番

1988.05.12

ヴァイオリン協奏曲第1番 イ短調 作品99

1989.10.16-17

ヴァイオリン協奏曲第2番 嬰ハ短調 作品129

1989.10.16-17

歌劇「カテリーナ・イズマイロヴァ」 作品114a(五つの間奏曲)

1987.04.14-17

 

 以上がシャンドスによる録音で、スコティッシュ・ナショナル管弦楽団の演奏です。
 

交響曲第2番 ロ長調 作品14 「十月革命に捧げる」

2000.08

交響曲第3番 変ホ長調 作品20 「メーデー」

1996.12

交響曲第11番 ト短調 作品103 「1905年」

1989.12

交響曲第12番 ニ短調 作品112 「1917年」

1990.08

交響曲第13番 変ロ短調 作品113 「バビ・ヤール」

1995.11

交響曲第14番 ト短調 作品135 (死者の歌)

1992.05

交響曲第15番 イ長調 作品141

1988.08

ロシアとキルギスの民謡の主題による序曲 作品115

1988.05

交響詩「十月革命」 作品131

1988.05

バレエ音楽「黄金時代」 作品22a

1989.12

バレエ音楽「ボルト」 作品27a ※8曲版

1999.08

劇付随音楽「ハムレット」 作品32a

1989.12

クルィロフの二つの寓話 作品4

1993.08

日本の詩人の詩による六つの歌曲 作品21

1994.09

プーシキンの詩による三つの歌曲 作品46a

1993.08

イギリスの詩人の詩による六つの歌曲 作品62/140

1993.08

ユダヤの民族詩より 作品79a

1992.05

ツヴェターエヴァの詩による六つの歌曲 作品143a

1994.03

ミケランジェロの詩による組曲 作品145a

1994.09

ムソルグスキー「死の歌と踊り」管弦楽編曲

1992.05

 

 こちらはグラモフォンへの録音でオーケストラはエーテボリ交響楽団との録音になるものです。見事にレパートリーはダブっていません。コレが全集として合わさればかなり魅力的な録音になるのですが、ヤルヴィにはそういう意図はないようです。

 

 さて交響曲第12番の第1楽章は低弦による序奏で始まります。変拍子の旋律が全曲の中心主題となります。革命歌「憎しみの坩堝(るつぼ)」も用いられています。ショスタコーヴィチ自身によれば、これはレーニンがペトログラードに帰還し、勤労者、労働者階級と出会う物語であるとのことです。ヤルヴィは打楽器奏者出身の指揮者であるためか、ティンパニや小太鼓等を強調する傾向があると共に、速いテンポ設定により、音楽のうねりや力感を強調し、情緒やニュアンスを排した解釈が特徴的である。それ故引き出される音楽は、一方では知的で構成力を感じさせる半面、ともすれば無味乾燥ともとられかねない。しかし、細部にとらわれずに、巧みな牽引力によってオーケストラから輝かしく力強い音色を引き出し、爆発的に燃焼力の高い演奏を行なっています。

 

 

 第2楽章は「ラズリーフ」というニックネームが付けられています。「ラズリーフ」とはは、ペトログラードの北にある湖の名前です。レーニンがこの湖の湖畔で革命の計画を練ったと言われることに由来します。美しくも冷え切った空気感に包まれたアダージョになっています。全体が早いのでこのテンポでも十分アダージョしています。 

 

 

 第3楽章「アヴローラ」 は静かな打楽器が開始の合図を示し、巡洋艦アヴローラの主砲による宮殿への砲撃が開始されて、ついに十月革命が始まったことを表します。非常に力強く勇壮な音楽です。 

 

 

 第4楽章「人類の夜明け」 は第3楽章からアタッカで繋がってホルンにより勝利のファンファーレが始まります。弦楽、木管の変奏の後にトランペットとトロンボーンの強奏となります。いくつかの主題の変奏からクライマックスへと移り、最後は輝かしいコーダで終結します。この楽章には第一楽章の主題が返ってきて、色々変化しながらティンパニの強烈な打ち込みとともにフィナーレのクライマックスになります。ここでの早めのテンポでのヤルヴィの主旋律の処理はクールながら見事な手綱捌きです。

 

 

 組曲「ハムレット」は若きショスタコーヴィチがアキーモフ演出の劇のために書いた劇付随音楽からの作曲者自ら編纂した13曲からなる組曲版です。ショスタコーヴィチの「ハムレット」には、1932年の舞台劇のための作品32(組曲版は作品32a)と、1964年の映画のための作品116(組曲版は作品116a)という、シェイクスピアの戯曲に基づいた2つの異なる重要な音楽が存在します。で、コチラは前者です。一般的には映画音楽版はよく録音されていますが、劇付随音楽「ハムレット」は意外にも録音が少なく他にはも素晴らしいが、ロジェストヴェンスキーやクチャルぐらいです。ヤルヴィ盤はまた都会的な響きで奥行きのある録音と併せて素晴らしい演奏になっています。誰もが想像するとおり、スネアがものすごく格好良く鳴っています。そして、やはりテンポが早くスマートです。そういう意味では「ヤルヴィのショスタコーヴィチ」を存分に味わえる一枚となっています。

 

 タイトルの「黄金時代」は、架空の西側某国で開催中の博覧会の名前で、そこにソ連のサッカーチームが招かれ、ファシストの陰謀を防ぐという当時のソ連らしい内容。ショスタコーヴィチは大のサッカー好きで知られ、審判の資格も取得していたとか。ヤルヴィはやはり打楽器の扱いが上手く、スピーディで抜群のテンポ感でコミカルなストーリーをスマートに処理しています。